最強を目指す剣士の境界線   作:三代目盲打ちテイク

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閑話

 昼下がり、武蔵艦上、奥多摩艦首近くの墓所を本多・正純が手桶下げて歩いていた。

 男子制服だが、れっきとした女である。一応言っておけば、男装趣味ではない。

 その顔は思案顔だ。

 クラスのことやら、葵・トーリがなぜか皆から支持されていることなどを考えていた。

 

「……アイドル人気ってことかなのかな。だが、それなら悠理まで葵を支持する理由にはならないよな」

 

 自分と結構同じか近いタイプであろう悠理がアイドル人気でトーリを支持するはずがない。

 そもそもアイドル人気で選ぶようになったら、それは今の支配に対する完全な諦めだ。

 だからこそ悠理が彼を支持する理由がわからない。

 悠理もまた、正純と同じで諦めたくないと、正純が行き倒れた時にお世話になる軽食屋青雷亭(ブルーサンダー)で語り合ったのは記憶に新しい。

 というか、一種、嫌な思い出だ。

 性別が怪しいからという理由で、青雷亭の店主と従業員の自動人形P-01sと悠理の三人に脱がされたのだ。

 まあ、そのおかげか腹を割って話せるのだが。

 

「やはり、諦めたくはないな」

 

 正純は政治家志望だ。将来は、少しでも極東を変えられないかと思っている。

 この極東は危ういバランスの上に立っているのだ。何かあればすぐさま“聖譜記述の再現保護”の名目で完全支配だ。

 そうなってしまえば最悪だ。生殺与奪が全て相手に握られてしまうのだから。

 だから、今、武蔵は頭を低くしている。三河もだ。

 だが、いずれ状況は変わる。

 いずれ極東は三河が松平家によって統一される。

 

「だが、その時に、私たちは本当に各国と相対できるのだろうか」

 

 聖連の暫定支配に居心地の良さを感じ、手放してしまわないだろうか。

 

「それは、嫌だな」

 

 手放したくない。

 今まで、何もかもを手放して来たのだ。

 もうこれ以上手放したくはない。

 

「もう二度とあんな思いはしたくないし、誰にもさせたくない。

 なあ、葵、お前は、どうなんだ?」

 

 手放すことを厭う人間なのか。

 いや、そうだとして、どうするのか。

 

「状況的に見て、お持ちいたします」

 

 不意に声がかけられる。見知った女性。

 

「P-01s、どうしてここに……」

 

 Jud.、と自動人形が答えた。

 小脇に抱えた本を見せ、それを静かなところで読むと。

 その際、かなり、どんな視点で読んでいるのか疑問なことを言っていたが。

 

「――それで、正純様、どちらへ参りますか?」

 

 

「まさか、こんな場所で会うなんてな」

 

 正純は墓所の前にしゃがみこんで草取りをしながら、

 

「P-01sは、掃除か?」

「Jud.、ここの掃除は日課としております」

 

 と、P-01sが近くの墓所の草をむしりながら応じる。

 そして、雑草が溜まったらそれを通路横の側溝に持っていく。

 側溝の蓋が持ち上がり、武蔵の下水を管理する黒藻の獣が現れる。

 

『むのうやく? てんねんそざい?』

 

 P-01sが雑草を黒藻の獣に与え、それを藻は頭に載せて側溝へ下がっていく。

 正純はそれをスルーする。

 

『ばれてない? おーけ? いけそう?』

「Jud.、大丈夫だと判断出来ます。我々の活動は完璧です」

 

 と、完璧にバレてるにも関わらずバレないようにしているからだ。互いの共通見解らしい。

 ……まあ、バレてるんだが。

 思いつつ草を抜いていると不意に後ろから声が来た。

 

「正純様は、こちらの墓石をよく手入れされておられますね」

「ああ、母のでね」

「なるほど、……率直に推測致しまして、正純様は、お母様がお好きなのですね」

 

 いきなり過ぎの上にあまりにも直球な物言いに正純は反応できなかった。

 そんな正純の背後からP-01sの歌声が響いてきた。

 それは、メジャーな童謡。“通し道歌”。

 

 ――通りませ 通りませ――

 

「通しか、な――」

 

 P-01sの魂は、喉にあるという。歌声はP-01sの魂の震えだ。

 

 知らない歌ではない。この歌は極東に生きている者なら誰だって知っている。

 だが、正純は、皆とこの歌を歌った覚えがない。

 いや、あった。あまり良い記憶ではないが、悠理と初めて会った日。初めて行き倒れた日に。膝枕された時に。彼女が歌っていたのに合わせて無意識に。

 それ以外ではない。

 しかし、口ずさんだことはある。

 母が子守歌として歌っていたのをだ。

 

「どうかなされましたか、正純様」

「ちょっと、昔のことを思い出してな」

 

 一度思い出すとずるずる全てが思い出される。

 口に出す意味はない、必要がない。

 だが、敢えて正純は口にした。

 松平には二つの本多が必要。忠勝を代表する武闘系の本多、それと本多・正信を代表とする内政系の本多。

 そのうち、父は正信の襲名しようとしたが、

 

「失敗したよ」

 

 だからこそか、それとも自分の望みか。

 正信の子、正純を襲名しようとした。

 その為には、何でもやった。

 だが、

 

「――失敗したよ。失敗、したんだ」

 

 表に出したことのない言葉が唇から零れる。

 愚痴だな、と思う。だが、今まで、それすらしていなかったことに気がつく。

 そして、正純は口を開いた。

 

「私は、さ。襲名の権利を争うとき、不利にならないように、手術したんだよ。女なのを男に変えようっていうのを。だけど、突然の人払いで全部無意味になった」

 

 目標が消えた。進路を決めて、試験勉強を頑張ってたら、進路そのものが消えた。そして、無意味だけが残った。

 そして、全てを手放すことになった。

 

「何でだろうなあ……、手放してばかりでさ」

 

 目尻から雫が零れ落ちる。

 

「泣くとは、格好の悪い話だ」

「そうなのですか」

 

 正純はP-01sの言葉に頷いた。

 

「正純様に対する疑問が一つ解けました」

「?」

「男の制服を着ているのは正純様の趣味ではなかったのですね。何と」

 

 一気に現実に引き戻され、思わずずっこけそうになった。

 怒るべきか、いや、憤るべきなのだが、なにか妙な感情がわいている。

 はじめに言っておくと恋ではない。

 とか、考えて、反論でもしようと正純がしている間にP-01sは黒藻の獣と会話していた。

 

『まさずみ?』

「Jud.、正純様です。以前、正純が飢えてぶっ倒れたとき、潰されそうになったのを、覚えてらっしゃいましたか」

 

 倒れるときは周囲を確認してからにしようと正純は思った。

 P-01sと黒藻の獣の会話は続く。

 

『まさずみ、せーじか?』

「Jud.、そうです」

『ともだち? ともだち、なれる?』

 

 P-01sは口ごもり、こちらを見る。

 だから、

 

「最近、友達欲しいなあ」

『なれるの?』

「Jud.、率直に申しまして正純様、友達少ないのでチョロいです」

 ……何だ、その語弊ありまくりな言い方は!!

 

 思っていると、空が割れた。ステルス航行の解除。

 一気に、青空が広がる。

 三河に到着するのだ。

 それから、正面頭上に一つの船が来た。

 ……悠理なら、何の船わかるんだろうな。

 無駄に他国に詳しい友人を思っていると、三つ葉葵が確認できた。

 

「元信公の船か!」

 

 それと同時に、武蔵のありとあらゆる外部拡声器から、男の声が響いてきた。

 

『やあ、久しぶりだ、武蔵の諸君。私が、三河の当主、松平・元信だ。先生と呼んでくれて結構だとも』

 

 ……これだ。

 元信公は、通神によるアピールが異常に好きだ。

 元々は郊外に自分の声を届けるために始めたのだが、いつの間にか、ことあるごとのパフォーマンスと化した。

 今も、一方的にまくし立てている。

 内容は三河と交流して欲しい、そして君たちがどん生活をしているのか、これからどうしたいのか聞きたいということ。

 更には面白いもの用意してるからみてねという宣伝だ

 

『では、本日の授業はこれにて!』

 

 そう言って通神は消えた。

 

「全く、三河だけでなく、こちらにも公は来ていた――」

 

 のだな、という正純の言葉が止まる。

 P-01sが、船に手を振っていたからだ。

 船が三河への帰途をとるまで、手を振りっぱなしだった。

 

「……お上りの観光客みたいなことするんだな」

「Jud.、船からこちらに手を振っている方がおられましたので」

 

 それが誰か正純にはわからない。おそらくP-01sにもわからないだろう。

 だが、

 

「こちらを見て、笑っていました」

 

 その言葉と共に、鐘の音が響いてきた。アリアダスト教導院が、昼休みを迎えた音だ。

 




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