最強を目指す剣士の境界線   作:三代目盲打ちテイク

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 右舷二番艦・多摩。そこの高さが不揃いな屋根の上を悠理は走っていた。背後から降り注ぐのは幾つもの光の矢と弾丸、光線を連ねた壁のような攻撃。

 総長連合の第三特務マルゴット・ナイトとその片割れ、漆黒の翼を持つ第四特務マルガ・ナルゼの魔女のコンビだ。彼女らは機殻である箒に跨りながら、射撃してきていた。

 

「速射重視の非加護射撃ね。まあ、当たないけど!」

 

 そこから更に面倒くさい商人二人組。シロジロとハイディが商品を売っている。この場合の商品は術式符だ。周りへの被害などお構いなしらしい。

 

「まったく、少しは周りへの被害というものをね!」

 

 十徳刀を構えると悠理は柄の端を掴むと引いた。十徳刀がまるで花のように広がる。十徳刀の使い方その一。

 円形に広げて盾に使う。高速回転させれば更に防御力アップだ。態々直撃しないようなのも全てそれで防ぐ。

 

「むう、やっぱり、ミヤモーフクチョー、全部防いだね」

「そうね、マルゴット。でも、チャンスがないわけじゃないし。速度は落ちたわ。一日奴隷にしたら執筆手伝わせるわよ」

「はいはい、ガッちゃん。ミヤモーフクチョー絵うまいもんね」

「行くわよマルゴット」

「はいはい、ガッちゃん」

 

 光の矢や弾丸は全て盾に防がれた。それにより若干ながらも速度は落ちる。

 まだまだだなと舌打ちしながらも悠理はなるべく周りに被害がいかないように走る。そこに小さな影が走り込んできた。

 

「おう、やっぱりお前が一番か」

「自分脚力自慢の従士なんで!」

「知ってるよ。来い!」

 

 アデーレの足に旧派聖術の加速術式が発動する。それにより加速したアデーレが槍を突き出す。一撃目。

 それを悠理は十徳刀で受け止める。

 アデーレはその衝撃を逃がすために右手を離し一回転し柄を掴みなおして二撃目。

 それも悠理は受け止める。またもアデーレは右手を離し回転。

 その後石突きを持って打ち込み三撃目。

 いわゆる三段突きだ。

 

「良い突きだっと!!」

 

 三撃目を十徳刀をハサミのような形状にして受け止める。槍は完全に固定した。だが、それは悠理も動けないということ。

 そこに飛び込んでくるカレーの大皿を持ったインド系褐色人ハッサン・フルブシ。

 

「(じゃ、原作通りということで)」

 

 小声で悠理は呟く。それと同時にドンッ、という衝撃と共にアデーレの体が浮く。

 震脚によって踏み抜き、その衝撃によって浮いたアデーレを十徳刀をグイッとひねって、そのままブン投げた。

 ――我ながらうまく飛ばせたな。

 

「ひゃああああ」

「カレーいかがですブッ!」

 

 空中でぶつかって二人仲良く飛んで行った。

 

「うん、よし」

 

 よし、じゃねえよ! というツッコミが方々から来るが悠理は無視。

 どうせ、淫靡な妖精イトケンとスライムっぽいネンジが救助している。なんか後ろでネンジが踏まれたような声が響いてきたが大丈夫だろう。きちんと防御姿勢をとったはずだ。それがどんなものかはわからないが。

 

「っと、急げ急げ、この攻防が終わったら先生が来る。それだけはなんとか防がないと。一日奴隷なんて何を要求されるかわかったもんじゃない」

 

 つまり、梅組には頑張ってもらいたいということである。初っ端から出てきたとはいえ、生徒がやってるときは来ないだろう。一応は教師なのだから。経験を積ませるのがこの体育の一番の目的なのだ。教師が来ては本末転倒だろう。

 魔女二人組の攻撃を避けつつ、悠理は走る。そろそろ右舷二番艦・多摩を走り抜ける。そろそろ誰か仕掛けてくるだろう。

 来るとしたらまずは“第一特務 点蔵・クロスユナイト”の腕章をしている同級生。忍ばない忍として有名だが、その実力はかなり高いと言える。

 

「行くで御座るよ。悠理殿!!

 戦種 近接忍術師(ニンジャフォーサー) 、点蔵、参る!」

 

 予想通りそいつはやってきた。

 

「少しは忍らしく忍べ!!」

 

 そんな悠理の叫びなど意に反さず点蔵は速度を上げる。

 悠理はここで引き離そうと思えば引き離せる。だが、それをするとおそらくというか確実にオリオトライが出てくる。それは勝率を自分から下げることに他ならない。点蔵に向き直い、後ろ向きに走る悠理は十徳刀を十文字にしたものを投擲した。オリオトライに投げていたのと同じものだ。

 当然、それに当たる点蔵ではない。体勢を伏せて十徳刀かわす。そのまま十徳刀を掴むこともできたが、それをしない。掴むよりも攻撃した方が早い。

 今、悠理は武器を持っていないのだ。武蔵最強と言えども、武器を持っておらず、こちらが武器を持っているのなら、やれないことはないかもしれない。

 短刀を翻し悠理を狙う。

 悠理はそれを迎撃しようとする。武器がないくらいで、どうにかなるようなほど悠理は軟弱ではないと自分では思っている。両手で短刀を挟み込むようにして受ける。白羽どりである。

 だが、これで悠理の動きは止まった。

 

「行くで御座るよ。ウッキー殿!!」

「応!!」

 

 上空から航空系半竜の“第二特務キヨナリ・ウルキアガ”が腕を突き出しながら急降下してくる。

 ……なるほど、実際に直面すると結構厳しい。だが、わざわざなんで点蔵を捕まえたと思いるのか。

 

「フッ……、行くよ」

「!?」

 

 点蔵の腹を思いっきり蹴り上げる。それと同時に掴んでいた短刀を離す。そこから更に顎を蹴り上げ点蔵とウルキアガを激突させることでこの攻撃をかわすことに成功する。きちんと手加減をしたので、それほどダメージはないはずである。

 そして、明らかに失敗。だが、点蔵とウルキアガの目には落胆の色がない。当たり前だ。これも作戦。想定通りである。そこからは制服をラフに着込んでサラシを腹に巻いた少年ノリキが出てくる算段だ。

 

「ん! どうしたで御座るかノリ殿!」

 

 だが、そのノリキが来ない。戻ってきたのは悠理が投げた十徳刀だった。

 

「はい、残念。点蔵が名乗り上げてきた時点で陽動なのはわかりきってる。だから、対策させてもらったよ」

 

 点蔵は悟った。悠理が投げた十徳刀。アレは自分に投げられたものではなく。背後にて機をうかがっていたノリキを狙ったものだったのだ。忍術で気配を消していたのに気が付くとはどういうことなのか。規格外とはよくいったものである。

 

「まあ、惜しかったよ」

 

 悠理は走り去った。これ以上は点蔵たちでは追撃は不可能。ならば――。

 

「あとは御頼み申す。浅間殿!」

 

 武蔵が誇るズドン巫女浅間・智。彼女が上半身裸でバケツヘルムを被った大柄な少年? のペルソナ君の上に乗って弓で狙っているのを悠理は見た。

 

 

「地脈接続――!」

 

 ……相変わらずの規格外ですね。

 浅間の視界の中、先行している点蔵とウルキアガが悠理によって無力化されているのが見えた。更に、点蔵に気配を消させて奇襲する予定であったノリキまでやられていた。

 そして、悠理は十徳刀の中から一番長く形状も最も刀に近いものを取り外し、備えている。

 ……どう考えても副長というよりあのリアルアマゾネスの眷属ですよね。……恐ろしい。

 浅間は気を入れ直す。始まる前は手加減しようかと思っていた自分を引き締める。アレは間違いなくリアルアマゾネスの眷属だ。手加減したならば、必ず迎撃される。そうなれば、奴隷権をもらえなくなる。それは、困るのだ。このところ浅間神社は人でが足りないのだ。悠理ならば、その術式を以て、数十人分の働きができる。それを利用しない手はない。

 

「――行きます。うちの神社経由で神奏術の術式を使用しますよ!」

 

 だから、こそ本気でやる。

 術式。それはこの世界を構成する“流体”を操作する技術のことだ。

 いくつもの流派があるなかで浅間や悠理たちが使用するのは極東でメジャーの神道、神奏術。そして、それの補助をする走狗(マウス)であり、ハナミと呼ばれる二頭身の微かに透けた少女が出てきた。

 

『接続:浅間神社・走狗:サクヤ型01:――確認』

『浅間神社に接続しました。修祓・奏上・神楽、走狗にて完遂』

『浅間・智 様、御利用有り難う御座います。加護の選択をどうぞ』

「浅間の神音借りを代演奉納で用います! ハナミ、――射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四術式を通神祈願で!」

 

 浅間の声にハナミが小さく頷くと、光る吹き出しと文字が出る。

 

『神音術式 四つ だから 代演 四つ いける?』

 

 神道の神奏術は、契約時に得られる常時加護の他に、符と言霊による神音借りの術を持つ。浅間が使用しようとしている神音借りの場合は、代演という契約した神が喜ぶことを奉じることによって術式効果を得るというものである。

 

「代演として――昼食と夕食に五穀を奉納! それに二時間の神楽舞に二時間ハナミとお散歩+お話の合計四代演! OKだったら加護頂戴」

『……うん 許可出たよ 拍手』

 

 ハナミの拍手と共に構えた矢に光が宿りそれが倍増していく。それが最高度になった時点で、悠理と己を結ぶ中点に、赤光の縦長鳥居が二重に現れる。これは照準だ。そして、緑の義眼と同期する。完全に捉えた。こうなると避けるのはほぼ不可能となった。

 

「義眼“木葉”、――会いました!

 行って!!」

 

 射る。

 快音を響かせて矢は飛ぶ。

 本来ならば蛮族の仲間であるオリオトライ用に準備した術式だ。あの術式かけても防ぐような化け物用だ。悠理が如何に武蔵でリアルアマゾネスとかを除いたら最強と言っても、術式使用禁止の今ならば防ぐことはできない。先ほど一撃加えていたが、おそらくもう不可能だろう。

 悠理が刀を振るのが見える。切り落とそうというのだろう。もし術式を悠理が使っていたらそれも可能だった。だが、

 

「無駄です! 回り込みます!」

 

 そう、回り込む。矢は横滑りするようにして悠理の斬撃を避けてそのまま本体へと向かう。術式を使えないのならこれに対応することはできない。

 ……これで出席点と労働力いただきですね。

 浅間は来る結果を予想して喜ぶ。

 

「……“秘剣”燕返し」

「なっ!?」

 

 だが、浅間の喜びは聞こえてきた悠理の鋭い声によって無へと帰す。

 浅間は見た。刀の斬撃を避けるはずの矢が、斬られているのを。ありえないはずのことを成し遂げているのを。

 悠理は特に何も特別なことはしていない。悠理がやったのはただ斬り下げて間髪入れずに斬り上げただけだ。

 ただ、その速度が尋常ではないだけのこと。「まったく同時に」二度の斬撃が放たれたかのように浅間には見えた。まったく同時に放たれる斬撃など如何に加護といえど避けることは不可能だろう。

 そうだとしたらその速度は神速を超えている。ただの技術で神音術式四つまで付与した矢を防いだのだ。感心する前に呆れが来る。なんだ、この化け物はと。

 その当人は悠々と品川に向けて走っている。途中で重戦車系の豊富な銀髪の少女“第五特務 ネイト・ミトツダイラ”が投げたアデーレの槍を叩き返しながら、悠理は品川へと続く太縄の空中回廊を渡り始めていた。

 

 

 ……ちょーっと、危なかったかな。

 空中回廊を渡りながら悠理は回想する。先ほどの浅間の一撃はそれは見事なものであった。防げたのは経験の差だ。それに結構ギリギリのタイミングであった。

 もう少し遅ければ当たっていた。運も良かったのだろう。もう一度やれと言われたら断固拒否である。術式を使えるのならいいが。

 

「っと、来たか」

 

 そんなことを考えている間に悠理を追い越す二つの影。黒の六枚翼を持つナルゼと、金の六枚翼を持つナイト。自身の翼で大気をぶちまけ飛翔していた。

 

「皆の術式展開の時間稼ぎか?」

「そういうこと。授業中だから黒嬢(シュバルツフローレン)も白嬢(ヴァイスフローレン)も使わないでおいたげる」

「それで後悔しないようにな!」

「……!?」

 

 不意にいくつかの巨大な影が通り過ぎた。見上げれば長銃を手にした十字型の四枚翼と、城の鉄肌に赤の装甲服をまとって飛翔する巨人。

 

「――三征西班牙(トレス・エスパニア)の航空用重武神ね」

「騒いでたから警告に来たってところかな。無粋だな」

 

 その間に武神は上空で見下ろす位置へと移動していた。

 

「私たち武蔵から出ようなんて考えもないのに、トリガーを掛けた指を見せつけるなんてサイテー。搭乗者調べ上げてうちの漫研のホモ漫画に出してやろうかしら。三征西班牙の総受け……!」

「やめてあげなよ。あ、書いたらあとでもらうけど」

 

 下で走りながら悠理が言う。

 

「じゃあ、いつものね」

 

 ナイトが言う。

 

「あいあい」

「まいどー。さて、じゃあ、授業授業っと」

 

 準備していた術式の効果を二人は発射した。

 

 

 中央前艦、艦首付近、展望台となっているデッキの上で“武蔵”と書かれた腕章をつけた黒髪の自動人形は、今現在、品川方面で行われている鬼ごっこの方をじっと見つめている。その周りではデッキブラシやらモップやらが、持ち手がいないのに自在に動いて甲板を掃除していた。不可思議な光景だが、見慣れた光景である。

 すると、背後から男の声がした。

 

「“武蔵”さんは午前からお掃除かい。御苦労なことだ。艦橋にいなくていいのかい?」

 

 問いかけに自動人形“武蔵”は振り返らずに答えた。

 

「Jud.。重奏領域の多さで難所のサガルマータ回廊も抜けましたし、既に三河入港の準備は終了しております。

 三河周辺は安全域ですから、武蔵総艦長である、私の為すべきは各所の執行確認だけで、ぶっちゃけ暇です。

 補足するなら、掃除は自動人形という種族の基礎業務ですし、基礎能である重力制御でそれを行うことは苦労に値しません。

 Jud.? 酒井学長。――以上」

 

 Jud.という声と共に、武蔵の横に中年過ぎの男、酒井が並んだ。

 

「三河かあ。……俺は関所に降りて寄港手続きとらないといけないんだけど、今回は三河中央にいる昔の仲間から“十年ぶりに顔出せ”って言われてるんだよね。

 今三河は鎖国に近い状態になってる、しかも俺が三河中央まで行くってことを、どっからかそれを聞きつけた宮本まで行くって言い出すし。行って大丈夫かね?」

「Jud.、十年前に酒井様がこちらに左遷させられた時期にP.A.ODAとの正式同盟を結んだことで、交流許可が郊外までに限定され、今や中央部はブラックボックスです。

 更に地脈炉を有した大工房“新名古屋城”を建てたおかげで町中に怪異が溢れているので、不穏な状況になっているようです。

 率直に申しまして些か心配と言っておきます。――以上」

 

 武蔵の言葉に、なぜか顔をしかめつつ酒井は問う。

 

「一応聞いておくけどそれは俺が?」

「いえ、宮本様、がです。現武蔵最強と言えども、酒井様のような方と一緒だと何があるかわかりません。酒井様、間違っても間違いのないように御願い致します。――以上」

 

 やっぱりかー、という表情の酒井は、とりあえず武蔵の発言を否定する。

 

「いやいや、武蔵さん? 俺一応学長だよ。何かするわけないじゃん」

「Jud.、ですがもしも、という言葉もありますから。――以上」

「ないない。というか、向こうからついて来たいって言ったんだよ?

 それより、どう思う?」

 

 酒井はその手の話題をそらすために、爆発やら何やらが巻き起こる品川方面を指しながら問う。

 

「Jud.、現在逃げているのが宮本様であることを考慮しても、昨年度より表現的に言えば派手だと判断出来ます。

 物質的に言えば宮本様のおかげか、破壊量はそれ程ではありませんが、住民的に言えば迷惑度と観戦度が上がっており――」

「個人的に言えば?」

「武蔵本体と同一である“武蔵”は複数体からなる統合物であるため、個人という観点の判断が下せません。――以上」

 

 じゃあ、と酒井は言って、甲板の縁、腰壁に肘をつき、武蔵全艦としては、どう? と聞いた。

 

「Jud.、ここ十年、改修以降の記録で言えば一番かと。

 聖連の指示で戦科が持てず、警護隊以外の戦闘関与組織も持てない極東の学生としては、他国の戦士団と比較して――」

 

 彼女は少し考え、

 

「個性が生きれば、相応だと判断出来ます。――以上」

 

 と、武蔵は言った。

 

「なるほど、色々期待できそうだよね」

「Jud.、ですが、聖譜(テスタメント)によれば、そろそろ世界の全てが終わりです。――以上」

 

 そう言った時、一際大きな爆発が音が響き渡った。

 

 

 品川先端、艦首側甲板は、貨物艦になっており、暫定居住区という市場街が存在する。あくまで暫定であるため管理が甘いのでヤクザの事務所なんかがあったりするのだが。

 そこを高速で疾走し、剣戟の火花を散らす影が二つ。一つは黒でもう一つは青だ。もちろん黒は副長 宮本・悠理。青は教師 オリオトライである。

 

「あはは、本当にやるね君は!」

「それは、ありがとうございますっ!」

 

 ……相変わらず、何て馬鹿力。流石はリアルアマゾネスってところか。

 オリオトライに一撃一撃打ち込まれる度に肩まで衝撃が伝う。だが、それでも十徳刀を取り落とすなんて無様なマネはしない。

 ゴールまではあと少しなのだ。勝敗条件はヤクザの事務所に到着すること。断じてリアルアマゾネス討伐ではない。だから、何とか機を伺う。

 オリオトライが大きく振りかぶる。

 ここだ、と思った悠理は全身の力を一気に抜き、背後へと思いっきり跳ぶ。オリオトライの長剣を十徳刀で受ける。

 オリオトライの力もあって、悠理の体がさながら野球のボールのように飛んだ。そして、そのまま品川のヤクザ事務所前に落っこちる。

 

「とうちゃーく!」

「あっちゃー、飛ばしすぎたか。まあ、それにしても強くなったわね」

「Jud.、自分最強目指してますから」

「そっか」

 

 そんな話をしている間に、梅組の連中がやって来る。ほとんどが身体を前のめりや仰向けにしており、人によっては涙まで流していた。

 そんな皆に対して、オリオトライは息一つ乱さず、

 

「はいはいコラコラ、後からやって来て勝手に寝ない。

 えっと、生きてるのは逃げ役の悠理と、鈴だけ?」

「はい? ……あ、いえ、わ、私、運んで、貰って、いた、いただけですので、え、はい」

「それがチームワークとしての選択だから別にいいのよ。――生存二名、途中リタイアもちゃんと救護してたみたいだし、二年の時より遥かにいいわ」

 

 その時、オリオトライの背後の事務所の正面玄関から、身長三メートルはくだらない有角の巨大が出てきた。

 これが魔神族であり、オリオトライの目標(ターゲット)でもある。

 

「あらあら、魔神族も地に落ちたわね」

「いや、先生、今は空にいるんですよ。言うなら空に上がったじゃないですか? なんか地獄とかに住んでそうですし」

 

 赤色の鱗に覆われた四本腕を見たオリオトライと悠理がそんな馬鹿なことを言った。

 

「誰だてめえらは!?」

 

 野太い声が響き、その間に倒れていた皆が起きる。

 

「先生……、マジにやんの?」

「モチ、これから実技よ。まずは先生がお手本を見せます」

 

 魔神族の倒し方の実技である。魔神族は、体内に流体炉に近いものを持っているおかげで内燃排気――自分の内側に溜められる排気という単位の流体燃料のことだ――の獲得速度が半端ではない。肌も重装甲並で、筋力も軽量級の武神とサシでいけるという化け物種族である。

 しかも、魔神族や大型生物は脳の代わりとなる神経塊と呼ばれるものがあるため脳震盪などの回復が早い。倒すのは、至難の業だ。

 だが、決して倒す方法がないわけではない。

 現にオリオトライは魔神族のチャージをかわし、頭部のホーン先端部を角に引っかけるようにして打ち、一時的に動けなくなったところを打った左ホーンの先端の対角線上にある右顎を打つことによって倒した。

 これが魔神族の倒し方である。それをやれと言うらしい悠理以外の反応は、

 

「あんな曲芸出来るかあ――!」

 

 みんな青い顔をした。

 そんな時にそいつはやって来た。

 

「――あれ? おいおいおいの皆、何やってんの?」

 

 少年の声に皆が振り向く。悠理は小さく溜め息をついた。

 そこにいたのは茶髪に、笑ったような目の、鎖付きの長ラン型制服を着崩した少年。左の小脇には紙袋を二つ抱えて、パンを食いながら歩いてきた。

 

「トーリ“不可能男(インポッシブル)”葵……」

 

 少年の名を誰かが言った。

 




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