魔法少女まどか☆マギカ [新編]救済の物語(完結) 作:曇天紫苑
いつかのどこか、あるところに、一人の女の子がいました。
やさしいやさしい女の子は、星から来た生き物とけいやくをして、「みんな」を幸せにしました。
女の子は、まわりの「みんな」が幸せになれた世界を、あいしていました。たいせつだと思っていました。きぼうだとかんじていました。
けれど、その中で。たった一人だけ幸せになれなかった子が居ると知ったとき……
女の子は、こころをこわして怪物になってしまいました。ぜつぼうをふらせるかいぶつになってしまいまいた。
でも、怪物になっても女の子は女の子でした。
「みんな」を幸せにしたい。
私を好きだって言ってくれる「みんな」を、「みんな」を、幸せにしたい。
そうおもって、女の子は世界のぜんぶを飲み込んで、しあわせな楽園をつくりました。
だれもかれもが笑っていける。だれもくるしまない、すてきな世界をつくりました。
だけど、女の子がたった一人だけ幸せにできなかった子は、一番に幸せになってほしかった子は、世界のどこにもいませんでした。
たいせつな人が、手の届かない所にいっちゃった。女の子にわかったのは、それだけです。
女の子はなきました。たいせつな人の名前をよびながら、なきました。
ないて、ないて、ないて。らくえんのなかでえいえんになきつづけるまいにち。
そんな時、まほうのかみさまが女の子をむかえにきてくれました。
女の子は、うらみも呪いも無い、すてきな楽園に導かれました。
女の子は、すくわれました。
だからこそ。
女の子は、世界に戻ってきました。
そう……何もかもに嘘を吐いてでも……
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蠢く、蠢く、蠢く。
それは、蠢いていた。
地球と呼ばれる星の上、そこに有る島国の一つ。そこに『彼女』は降りたって、蠢いていた。小さな人型の身が不定形に揺れる様は、まさに怪物と証するに相応の気配を現している。
それは人の形をしていたが、人では決して無かった。黒い何かによって形作られた姿は、どう見た所で黒々と蠢くのみ。詳細な肉体のパーツを描かない、ただの黒い塊としか認識出来ないだろう。それが、どうして人と呼べるだろう。
ぞるっ、ぞるっと蠢いたかと思うと、人型は大きく姿を変える。宇宙が、その存在に恐怖する様に揺れる。空間と呼ばれる物が軋み、世界が怯え狂う。
宇宙の端に存在する小さな星に立つ、そんな塵以下の規模しか持たない存在でありながら、『それ』は確実に世界を犯していた。
ぞるっぞるっぞるっ、そんな音を立てて、人型は変わり続ける。まるで、衣服を選ぶ人間の様に。あれでもない、これでもないと姿を変えていく。
黒い物が動く所を見ただけで、通常の人間には耐えられまい。精神を破壊された挙げ句に取り込まれ、この宇宙から消えて無くなる事だろう。
そんな、致命的なまでに異様な変容を続けると、やがて人型は自らの姿を決めたらしく、一つの形を取った。
そして、何処からか現れた大きな鏡で自分の姿を確認し、やけに人間臭い動作で頷いて、黒の人型は肌色を帯びていった。全身に人間と同じ物が作り上げられ、体を体とするパーツが揃っていったのだ。
最後に頭を飾る赤いリボンを付け、姿を整えると手鏡で自分の顔を確認し、人型となったものは「ほっ」と息を吐いて、満足げに頷いた。そして、恋する乙女の様な声音で、とある人物の名前を呟いた。
「ほむらちゃん」
甘く、優しい声から溢れた物は、慈悲と悲哀だった。
絶句する程に美しくも可愛らしい声は、虚空に響いて消えていく。
そして、人間の姿となった『何か』は自分の立つ場所から飛び降り、背中に翼を作り出した。
広がり、浸食し、蠢く翼。それは、世界に新たな秩序を生みださんとする怪物の物に違いなかった。
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目が、覚めた。
「んっ……」
見覚えの有るベッドに寝ている事を確認すると、私は身体を起き上がらせた。見慣れた服に、眼鏡越しに見える見慣れた世界。そこは病室で、私が長年使い慣れた部屋である。
「私は……?」
寝ぼけているのだろうか、何となく頭がボウっとして、自分が何をしようと思っていたのかが頭に浮かび上がって来ない。眼下で両手を開いては閉じてみたが、特に何か変わった点は見受けられない。
第一、私は誰だったのか。そう考えた時、私は改めて自分の名前や経歴を思い出した。
そうだ。私は、暁美ほむら。この病院には心臓関係の病気で入院していて、数日後には退院し、その一週間くらい先に見滝原中学への転校が決まっている。カレンダーにマークが書かれていたから、分かりやすい。
「でも、まだ。何か有った様な……」
とても大切な事を忘れている気がする。私の状況なんかじゃなくて、もっと忘れてはならない事が有る筈だ。
でも、それが何だったのかが出てこない。もどかしく思いつつ、手を軽く握る。すると、そこに異物感を覚えて、私はゆっくりと手を開く。
掌に有ったのは、綺麗な宝石……いや、これはソウルジェムだ。
そして、それを目にした瞬間、頭に閃光が落ちた様な痛みが走った。
「うっ……く」
頭の内から引きずり出される様な不快感の中で、記憶が連鎖的に戻っていく。魔法少女、魔女、インキュベーター、グリーフシード、黒猫のエイミー、幾度と無い繰り返し、ワルプルギスの夜……そして、まどか。
「まどかっ!」
鹿目まどか。その名前を思い出した瞬間、私はベッドから飛び起きた。
そう、まどか。まどかだ。私は、まどかを助けたくて同じ時間を繰り返していた。前の時間軸では、確か、まどかが……
まどかは、概念となって消えた。
それを思い出した瞬間、私は背筋に悪寒を覚えた。自分の存在価値が全て否定されてしまったかの様な不安と、それでも自分がまどかを覚えている事への安堵がごちゃ混ぜになって、精神がかき乱されてしまう。
こんな調子では、何も出来ない。
「……そう、そうよ。リボン……リボンは……」
やっとの事で心を落ち着かせて、まどかが手渡してくれたリボンの存在を思い出す。再会の約束の証である、あの赤くて可愛いリボン。まどかを象徴する、あの素敵なリボン。それを、私は持っている筈で。
でも、私の手の中には何も無かった。
「そんな……」
思わず泣きそうになる自分を抑え込む。
でも、酷い脱力感と虚無感が同時に襲ってきて、私は膝から崩れ落ちた。病室の無機質な床で足を痛めたけれど、そんな苦痛は何の事も無く、むしろ私の正気を保つ為に必要な痛みだった。
リボンが無い。だったら、アレは夢だったんだろうか。でも、ソウルジェムはしっかりと私の側に有った。私は確かに魔法少女で、前の時間軸での記憶も確かな物の筈だ。
でも、リボンは無い。無いんだ。もしかすると、まどかはこの世界に存在しているのだろうか。そんな微かな希望を抱いたけど、それは瞬く間に失望に変わった。
「……時間操作が、無くなってる……」
魔法少女としての自分の固有魔法が失われている事を、感覚で理解出来たからだ。
それはつまり、私の願い……まどかを助ける、という願いが根本から消え去ってしまった事の証明になるのではないか。
確認した訳ではないけれど、状況と直感がまどかの不在を告げてくる。なら、私はこれから何をして生きていけば良いんだろう。
「そんなの、決まってるわよね」
決まってる、まどかの愛したこの世界を守るんだ。無理矢理にでもそう考えなかったら、絶望に負けてしまいかねない。
何にしても、こうして崩れ続けている訳にも行かない。戦うにせよ、逃げるにせよ、動かなければ話にならないから。
「はぁっ……」
倦怠感と無気力に苛まれつつも、私は両足に力を入れた。
失望の中で私は立ち上がり、鏡へと向かう。何時も通り、視力を矯正して、髪を解くんだ。慣れた動作だからか、どんなに心が沈み込んでいても、足取りだけは素早く自然だった。
でも、馬鹿馬鹿しい話だ。まどかはもう居ないのに、そんな事をする必要が有るんだろうか。
虚無感に苛まれながらも、鏡へ目を向けて――硬直した。
そこに有るのは紛れもない自分の顔だった。おさげで眼鏡の、大嫌いな自分の顔。だけれど、一つだけ。一つだけ、今までとは違う事が有って。
赤いリボンが、私の頭に付けられていたんだ。
「ぁ……」
思わず、頭のリボンを撫でる。丁寧に結ばれたそれは、普段使っているカチューシャの代わりに頭へ収まっていて、柔らかな布製の手触りを感じられた。
錯覚かもしれないけれど、そのリボンからは暖かみを感じた。何時だったか、私を腕の中で抱いてくれた、まどかの暖かさを。
「まど、うぐっ……まどかっ……まどかぁっ……!」
自然と、涙は溢れ出した。傷ついた感情が一気に癒えて、満開の花畑で踊り出しているかの様に心が踊る。
頭のリボンの存在を感じながら、私は思いきり泣き続けた。それは嬉し泣きでありながらも、まどかがこの世界から消えてしまった証拠を目にした悲しみの涙でもあった。
ほぼ数分近く泣き続けた私は、充血した目をしつつも改めて鏡に向かい、魔力で眼鏡を外して、髪型をストレートにした。この見かけの方が、より意志を強く持てるのだ。それに、まどかはこちらの外見を「カッコいい」と言って誉めてくれた事も有るのだ。
それにしても、泣き過ぎてしまった。声を聞いた看護師さんが心配してくれたけれど、身体には何の不調も無い。むしろ、リボンを見つけられた事で、今の自分の心は十分に明るかった。
「ふふ」
鏡越しの自分は安らかな笑みを浮かべていて、自分の表情とは思えないくらい、落ち着いている。狂気の一歩手前の眼光も、そこには存在しない。
それはきっと、自分の迷い込んだ迷路が消えて無くなったからだろう。私の生涯全てを捧げるべき戦いは、既にその目的が変わっていたんだ。
まどかの居ない世界。そこには私の居場所も、存在価値も無い。だけど、それでも私は此処に居る。
どうして、私は此処に居るのか。それはきっと、まどかの守った世界で戦い続ける為だろう。
そして、戦いの末にはご褒美も有る。まどかに会い、ずっと一緒に居られるという、最高のご褒美が待っているのだ。そう思うだけで、気力が沸き上がってきた。
その為にも、まずは魔法少女としての今の自分を確認しなければならない。固有魔法に頼る戦術を取っていた自分は、これから何をして戦えば良いのだろう。
武器を調達する事も出来ないし、自作爆弾だけでは限界が有る。何かしらの、新たな武器を構築しなければならない。
(確か、巴マミのマスケット銃は固有魔法ではなく、後から構造を勉強して魔法で作り上げた物だったわね……それを手がかりに考えていきましょうか)
だが……そもそも、魔女が消えたであろうこの世界に、魔法少女の敵は存在するのだろうか。それすら分かっていない段階では、何とも言えない。
でも、当面の目標は決定した。後は、状況を確認してから決めよう。
そう判断した時、不意に、誰かの視線を感じた。
気配の感じた方向には、窓が有る。ならば、と窓の外側を見たけれど、そこには誰も居ない。視線も綺麗さっぱり消えていた。
監視、という表現が似合う雰囲気だった。何らかの理由で、私を危険な存在だと認識し、警戒しているのだろう。
しかし、身に覚えが無い。武器を拝借していた時間軸でならともかく、今の自分は、まだ何もしていないのだから。
気のせい、だったのだろうか。余り気を張っていない自分に察知される程度の気配の持ち主が、瞬間的に姿を隠せる筈も無い。
(考えても、仕方の無い事かしら)
気配の主を探った所で、今の私には戦う能力も無い。今は見逃すしか無いだろう。
ベッドに戻り、ソウルジェムを手の中で転がす。相変わらず、この中には私の魂が入っているのだろう。これが濁り切れば、私はまどかに会えるのだろうか。
(こんな自殺願望みたいな事を考えたら、まどかに叱られてしまうわね)
自戒し、ソウルジェムを指輪型にする。
退院まで後少し、転校まではまだ時間が有る。やる事は山積みだ。改変された魔法少女システムの現状の把握、そして失った固有魔法を補う戦い方の模索と、忙しい事この上ない。
だが……
「もう少し、ゆっくりしていても良いかしらね」
それでも、私は茹だった頭を整理する事を優先し、二度寝する事を決めた。こんな高揚した精神状態では、上手く行く物も行かなくなる。
枕に頭を預けて、そこで思わず苦笑した。今までの自分なら焦燥の中で動き出していただろう。
だが、まどかはもう居ないんだ。必死に動く必要なんか無い。状況の把握も、魔法の構築も、ゆっくりと進めていけば良いだろう。
何せ、一ヶ月という拘束が有った時とは異なり、時間だけは無駄に有るのだから。
まどかの夢を見られたら、良いのにな。
そう思いながら、私は布団を肩まで被って目を瞑る。
……まだ確認していないのに、まどかが存在しない事を確信している自分に、ちょっとした不自然さを覚えながら。
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「女子の皆さんはくれぐれも……」
聞き慣れた早乙女先生の失恋話を耳にしながらも、私は教室の前で目を瞑っていた。教室の中の、まどかの席を見ない様に気を付けながら。
見滝原中学は、前の世界と全く変わらず、近未来的でありつつも、ガラス張りの派手なデザインが印象的だった。何だか落ち着けない場所では有ったけど、私にとっては既に母校だ。愛着も有る。
結局、私は予定通りに退院して、予定通りに転校生として此処へ来た。学校なんか通わなくても良いかと思ったけれど、その選択が何か良い結果を招く訳ではない。
学校へ行く理由は無いが、学校へ行かない理由も無い。なら、万が一にも高校へ進学するくらいまで生きていた時の事を考えて、中学には通っておくべきだと判断した。
それにしても、此処に立つのは何回目だろう。数えるのを諦めるくらい、何度も転校生として教室の前で待機した記憶が有る。
魔法少女になる前の私は大いに緊張していたけれど、今の私には欠片も無い。ただ、余り教室に入りたくないな、という気持ちは有った。
「暁美さん、いらっしゃい」
早乙女先生が私を呼んだ。呼ばれた以上、教室に入らなければならない。憂鬱さと、微かな期待を胸にしながら、私は教室の扉を開いて中へと入る。
反射的な速度で、私の目はまどかの居た席へ向いていた。だけど、そこには誰も座っていなかった。
やっぱり、まどかは居ない。一抹の期待が有ったけれど、無駄だった。決定的な物を見るのが怖くて鹿目家を見に行く事も出来なかった私にとって、それはとても重い事実として肩に落ちてくる。
一瞬、教室に一歩足を踏み入れた時点で止まってしまった。だけど、まどかが居ないのは分かっていた事だ。心の中で寂しさと悲しさを覚えつつ、教卓へと歩みを進める。
全員の視線が私へと集中したけど、そんな事はどうでも良かった。
「暁美ほむらです」
名乗りつつも、クラスメイト達の姿を確認してみる。特に変わった様子も無く、違和感も不自然さも無い。見慣れた人々だ。
だけれど、この教室に居るのが不自然な人物が、一人だけ居た。見覚えの有る、というか見慣れた紅の髪をした子が座っていたんだ。
(佐倉杏子……!? 何で、彼女が……?)
何故か、杏子が右端の席に座っていた。風見野を己の領域としている彼女が、どうして見滝原中学に居るんだろう。
そもそも、彼女の家族はどうなったのだろうか。この世界でも杏子の家族が既に亡い事は確認しているが、杏子の現状までは知らなかった。
「あの、暁美さん……?」
杏子が居るという驚きは顔に出さない様にしたが、その為か、早乙女先生の私を呼ぶ声に気づいたのは、かなり遅れての事だった。
一応、軽く頭を下げておく。無愛想なのは分かっているけど、自己紹介は余り得意ではないから、仕方が無い。
そんな私の対応に早乙女先生は少し戸惑った様だけれど、すぐに私の隣へ来て、教室の生徒全員に告げた。
「暁美さんは、最近まで長期の入院をしていたから、久しぶりの学校で色々と戸惑う事も有るでしょう。みなさん、仲良くしてくださいね?」
「はい!」という元気の良い返事が聞こえた。相変わらず、良いクラスだ。陰湿な所も無いし、少なくとも悪い人は居ない。
「暁美さんは、中沢君の隣が空いてるわね。そこに座ってくれる?」
「はい」
言われた通りの席へと座る。この席を使うのも何度目だろう。何度繰り返しても、私の座席は不思議と此処である事が多かった。
何だか、自分の家に帰ってきた様な気分だ。何時もの場所に来たという安心感が有る。これでまどかが居れば、文句は無いんだけれど。
しかし、何時までも落ち込んだままでは居られない。気持ちを切り替えて、意識を授業に戻す。
転校の挨拶も終わった所で、そろそろ授業開始の時間だ。
繰り返しの中で予習復習はしっかり行っていたから、特に不安は無い。教科書は持ってきたが、持っていなくとも問題無い程度の学力は得たつもりだ。
「さて。実は、もう一人転校生が居るんだけど……」
(えっ……?)
それを聞いて、教室に入ってから二度目となる驚きを覚えた。
何時もなら、早乙女先生は此処で諸々の話をして、数分くらいでホームルームを終えるのだが、今回は違った。どうやら、私とは別に転校生が居るらしい。
今までには無いパターンだ。何度も繰り返してきたが、私以外に転校してくる人が居る、などという事は一度も無かった。
「まだ、来てないみたいですね……」
早乙女先生の困った風な口調を聞く限り、どうやら、その転校生は遅刻している様だ。
一時間目の授業も後数分で始まってしまう時間だ。余り待っている事も出来ないのか、先生は小さく首を振って、教卓に立った。
「仕方有りませんね。では……」
「すみませんっ!」
その時、勢い良く教室の扉が開いて、一人の少女が飛び込んできた。
その子は息を切らせながらも教卓の近くへ駆け寄って、先生に向かって深く頭を下げた。
「環之小鳥さん! 遅刻ですよっ!」
「ご、ごめんなさいっ! 遅れちゃいました!」
心の底から謝罪し、転校生と思わしき人物は顔を上げた。
何というか、怖いくらいの美人だ。薄桃色の口元が綺麗で、鼻の形も外国の女優かと言いたくなるくらい抜群に整っていて、しっかりと開かれた大きな瞳は金色と桃色の混ざった様な美しい色をしていて、光り輝いている様にすら思える。
クラスメイトの何人かから、感嘆とも取れるくらいの声が漏れていた。
だが、誰も意味の有る言葉は出さず、唯々吐息を漏らしている。どんな言葉も、彼女の外見を賞賛するには不足だと感じられるのだ。
「転校初日で緊張するのは分かりますけど……」
「はい……ごめんなさい」
「今度から気をつけてね。さ、自己紹介お願いね」
怒られた為か、しょんぼりとしながら教卓の前に立つ。頭を下げていた時には分からなかったが、かなりの長身である。私と比べると、頭一つくらい高いだろう。
そこで、彼女は自分の髪をかき上げた。黒く、長い髪だ。私の物とは違い、分け目の出来ていない純粋なストレートロングで、毛髪の一本一本に黄金を垂らしたかの様な輝きを纏っていた。何の髪留めも使っていないのに、不思議と纏まって見える。
息を呑む程の美人とは、こういう人の事を表現する為に有るんだろう。
でも、彼女には何だか可愛らしい雰囲気が漂っていた。外見から感じられる月明かりの様に静かな美しさに反して明るく、少しばかり緊張しながらも、一生懸命に言葉を出そうとする愛らしさが有った。
「わ、環之小鳥ケンナですっ。あの、突然の転校で少し戸惑っていますが、どうか、えっと、よろしくお願いしますっ!」
わのことり けんな
怖いくらい美人な彼女は、そう名乗った。それを聞いた時、何だか頭の何処かに引っかかる物を感じたけれど、その感覚も彼女の……環之小鳥ケンナの顔を見るだけで吹き飛んでしまう。
彼女は、汚す事の許されない芸術作品だ。全ての挙動から目が離せない。
しかし、私以外のクラスメイトはそれほど熱狂した視線を向けている訳ではない様だった。
「環之小鳥さんとも仲良くしてくださいねー?」
「……はーい!」
異質な少女の存在にも少しずつ慣れているのか、クラスメイトは先生の言葉を聞いて、少し遅れながらも返事をしていた。
初見の動揺や感嘆はかなり薄れている。私だけが、身体を硬直させている。
(なら、彼女から意識を外せずに居るのは……私だけなの?)
私だけが目を離せない状態に有るという事は、環之小鳥ケンナには、私、暁美ほむらを引きつける『何か』が有るのだろう。その『何か』が分からないのが、もどかしい。
しかし、こんな人は今まで一度も見た事が無かった。一度でも見ていれば、絶対に忘れられないだろうから、覚えていないという事は、会った事が無いのだろう。
数有る繰り返しの中でイレギュラーが発生した事は、確かに有る。だが、それでも彼女程に匹敵する程の存在感を放っているのは、まどかくらいだ。
「それで、環之小鳥さんは……ああ、志筑さんの隣が空いてるわね、あそこに座って?」
「あ、はいっ。分かりましたっ」
見かけに似合わずおずおずと歩いていき、席へと座る。背筋も綺麗に伸びていて、前を向いて歩く姿は心の強さを思わせた。
席は、まどかの座っていた場所だ。まどかより背が高いので、大きく見える。
「それじゃ、ホームルームの続きを……」
早乙女先生の声を聞き流しながら、私は環之小鳥ケンナと名乗った少女の顔をそっと見つめた。
やはり、綺麗だ。今の自分でもこの調子なのだから、昔の私であれば、ただ目にするだけで全身が動かなくなると思う。それほどに、彼女は圧倒的な気配が有る。
まるで、魔女みたいだ。私は、そんな感想を抱いていた。
だけど、その妖しげな印象に反して、彼女は近くに座っていた美樹さやかに小さく声をかけられて、仄かに微笑んでいる。人外めいた美しさを持ちながらも、彼女の表情は普通の女の子だった。
ただ、見とれる事しか出来ない。自分が学校の教室に居る事も忘れ、その姿を目に焼き付けていた、その時。
「っ」
こちらへ顔を向けて微笑んできた。それはとても友好的で優しげな意志が含まれていて、ただ見られただけなのに指が震える。
これは、一体何だろう。あの異質な人間は、何者なのだろうか。考えたいのに、思考が麻痺してまともに働かない。
そのまま、ホームルームの時間は過ぎていった。けれど、私は決して彼女から目線を離せず、時間が止まった様に固まり続けていた。
あは、あはは!! 叛逆の物語BD(メガゾーンは関係ない)が届きましたよ!
本作はきらら☆マギカやパンフ、BD特典のインタビューなども参考にしていますが、最も影響が大きいのは、本作執筆開始寸前に発売された「季刊エス 4月号」の新房監督のインタビューです。『叛逆の物語』の設定資料集とプロダクションノートはまだ発売されていない(厳密には、前者は本日発売なんですけどね! あのロゴが嘲笑に見える通販サイトに注文したら発売日の二日後ですって。叛逆の円盤は発売日に届けてくれたのに……)ので、目を通す事が出来ませんでした。TV版や前後編の方は一通り買って目を通していますが……ミスが有るかもしれません。
後、私はあとがき内で基本的に「暁美ほむら」をフルネームで呼びますが、これは、大好きで、共感と尊敬すら抱いているからこそ、彼女の事をあだ名や略称で呼ぶ事が辛くて出来なくなったからです。あえて言うなら敬意と好意を示す方法としての呼び方なので、嫌いだと思われたくは無いのです。気になる方も居ると思うので、一応。
-解説-
オリキャラ……一体何者なんだ……(棒)