「うん……何だ? もう少しの所で改変が止まった? オムニスフィアは充分に集まってる。システムの異常か。いいや、あり得ない。だとすれば残された可能性は……」
レナードもコクピットの中で意識を取り戻す。
遂に実現したと思われた世界の改変が上手く進まない。
考えられる可能性をありとあらゆる手順で思考するが、そんな事をする必要もないままレーダーに1つの反応が現れた。
目を見開きその存在を確認したレナードは溢れるような小さな声で呟く。
「ガンダム……くぅっ!! 最後まで僕の邪魔をするのか!!」
コクピットの中で叫ぶ。
レーダーに映るガンダムの機影は確実にメリダ島へ迫って来る。
けれどもそれを阻止するべくサビーナのエリゴールが正面から立ち塞がった。
「レナード様の計画はもう少しで完遂する。羽根付きにはやらせない!!」
「あの女か……」
緊急展開ブースターの出力を上げ両手に握る巨大ガトリング砲を向けるサビーナ。
ヒイロはソレを前にしても構わずガンダムを前進させる。
ゼロシステムを通して見た改変された世界、ヒイロだけはそれを知って居た。
「まだあの男の為に戦うつもりか?」
「それが私の使命だ!! レナード様の邪魔をするモノは排除する」
「アイツが求める世界にお前は居ない!!」
「それでも私は……」
「自分の意思で存在意義を見い出せないお前はかつての俺と同じだ。お前はレナードのコマとして動く事でしか自分を構築出来ない」
「敵である貴様に言われる事ではない!!」
「現実を受け入れろ!! そうしなければ変わる事など出来はしない!!」
「私はあの人の傍に居られればそれで……」
景色が歪む。
サビーナの意識に改変世界のビジョンが入り込んで来る。
それは幼い頃の自分。
両親が誰なのかもわからない。
名前も、顔がどのような容姿をしてるのかも。
栄養失調で衰弱した体に鞭打つのは彼女を買った使用人の女。
「金を出した分は働いて貰うからね。それまでアンタに自由があるなんて思うな!!」
「ぐぅっ!! 痛い」
「口答えするなっ!!」
まだ年幾ばくもない、無抵抗な少女に対して使用人の女は容赦ない罵声と鞭を振るう。
改変された世界での彼女。
それは14歳の時に経験した心の奥底にしまいこんだ忌まわしき記憶。
(そう、この女を殺したい程に憎んだ。私を捨てた親も同じ。私を助けない奴らも同じ。みんな忌まわしい存在だ。でもあの方は……レナード様だけは私を見てくれる!! レナード様のお陰でこの腐った生活からも抜け出す事も出来た。この狂った世界を変えるとあの人は言ってくれた。だから私は忠誠を誓う。腐った世界を、狂った世界を変える為に)
埃が漂う小汚い部屋。
数年は人が使用した形跡もない部屋でサビーナは毛布に包まって睡眠を取ろうとした。
体のあちこちにはアザや傷が付いてる。
満足に与えられない食事のせいで力も出ない。
昨日は何も食べておらず、使用人の目を盗んで調理場のパンを勝手に食べた所をあの女に見つかった。
背中の生傷がまた増える。
痛いを通り越して体が熱くなり、少女の柔肌からは血が滲む。
幼い少女の限界は近かった。
それは肉体的にでもあるし精神的にでもある。
(レナード様が私を救ってくれた。だからこれからだって……)
頭の中に流れ込んで来るビジョンのサビーナは限界を迎えた。
その日も使用人に罵詈雑言を吐かれながら仕事をしてたが理不尽な暴力をぶつけられる。
鞭で叩かれ、休む時間も与えられず、少女の瞳からは生気が消えた。
「何をチンタラしてるんだ!! このウスノロ!!」
「ぐぅっ!?」
歩くのが遅いと言う理由だけで頬を平手で殴られた。
少女は気が付いた時には床に倒れており痛みすら感じなくなってしまう。
瞳からは涙の1滴すら流れず、耳から聞こえて来る音は次第に遠ざかる。
(うそ……嘘よ、こんな!? レナード様が私を助けてくれる!! 救ってくれる!!)
ビジョンは入れ替わる。
幼い少女は調理場で銀色に光る包丁を手に取ると見つからないように服の中へ隠す。
目元に深い隈を作り恐怖に怯えながらも何とか自我を意地する。
「ふぅっ、はぁ、はぁ、はぁっ!!」
心臓が高鳴り過呼吸気味に口から酸素を取り込み、そして殺意の眼差しを相手へ向けた。
自分を痛め付ける使用人。
それは今の彼女にとって恐怖そのモノ。
使用人の女の存在はそれ程までに彼女を苦しめる。
「死ね……アハハ、アハハハハッ。死んじゃえよ」
隠した包丁を両手を使って何とか握り締める。
そして光る切っ先を女の脇腹へ突き立てた。
滲み出る鮮血。
少女の両手は真っ赤に汚れる。
「やったぁ!!……」
「このウスノロ!? がァッ!!」
けれども響き渡る1発の銃声。
幼い少女は何が起こったのかもわからずに床へ突っ伏した。
ボロボロになった服にもまた赤い血が滲みだす。
(そんな筈ない!! 新たな世界でもレナード様が私を導いてくれる!! こんな……)
改変された世界の中で彼女の元にレナードが現れる事はない。
何度繰り返そうとも、やり直しても、彼女の人生に大きな変化は訪れる事はなかった。
「こんな……こんな筈では……ぐぅっ!?」
エリゴールに強烈な衝撃が伝わる。
コクピットの中で呆然とするサビーナがようやく認識した時には機体は真っ逆さまに落下して行った。
操縦桿を握り直し両肩に増設されたスラスターで姿勢制御しようとするも機体を再び浮上させるだけの出力は持ち合わせてない。
「制御出来ない!! 体当たりを掛けたのか、羽根付きは!?」
緊急展開ブースターを切り離すエリゴール。
海へ落下する寸前に見た光景は一筋の輝き。
(流星……)
瞬間、サビーナの視界は闇に包まれる。
白いエリゴールは大きな水しぶきを上げ、闇が支配する海中へと飲み込まれて行った。
ヒイロが目指すのは1点、ペダルを踏み込みガンダムを加速させる。
メインスラスターから青白い炎を放出し飛行する姿は闇夜に光る流星。
「来たか……」
ガンダムはバレルロールするとメリダ島を上空から見下ろす。
その先にはアイザイアン・ボーン・ボウを構えるベリアルの姿。
「避けただと!? スクラップ寸前の機体で!!」
「ターゲット、ロックオン。目標、レナード・テスタロッサ」
バスターライフルの銃口をベリアルへ向ける。
残されたカートリッジは今装填されてる3発が最後。
「僕を撃つ気か? 生憎、幾らガンダムの強力なビーム砲でもベリアルのラムダドライバを貫く事は出来ない。キミの行為は無意味だ」
「言いたい事はそれだけか」
「何だと?」
ヒイロは躊躇なくバスターライフルのトリガーを引く。
カートリッジに充填されたエネルギーを最大出力で発射した。
眩い閃光。
音を突き破り、空気を焼き払い、大出力のビームは一直線にベリアルへ向かう。
メリダ島を揺らす衝撃。
巨大な爆風が木々をなぎ倒し一時的に視界が効かなくなる。
ベリアルはビームを避ける事はなく確実に直撃を受けた筈だがレーダにはまだ反応が残って居た。
舞い上がる煙を風が流し良くなる視線の先。
そこにはラムダドライバを展開したベリアルがまだ無傷で立って居る。
「ふふふふっ、無駄だよ。どれだけやってもこのベリアルを倒す事など出来はしない」
「お前の言葉を聞く気はない。カートリッジはまだ2発ある」
「キミも聞き分けが悪いね。それにわかって居るのかい? もし僕を倒せたとしても、そのビームの直撃を貰えばこの島くらい簡単に吹っ飛ぶよ。ここには君達が追い掛けて来た千鳥かなめも居る。それでも――」
言ったようにヒイロはレナードの言葉など聞く気はない。
余裕から懇切丁寧に説明するレナードのベリアルに向かって第2射をぶつける。
エネルギーは最大出力。
膨大なエネルギーの濁流はベリアルへ迫るが寸前の所でラムダドライバの防壁に阻まれる。
視界一杯が光に包まれる中でレナードは悠々とアイザイアン・ボーン・ボウを構えるとガンダムに向かって発射した。
攻撃に転用したラムダドライバを直撃を受けるガンダム。
今までは一切の攻撃を受け付けなかったガンダニュウム合金が耐え切れずに破壊されてしまう。
機体は爆発の炎に包まれ右脚部が根本から吹き飛ばされた。
左脚部も膝から先が失くなり頭部も焼け爛れて半分溶解してしまって居る。
両翼ももはやボロボロ。
機体を何とか浮かせるだけで精一杯の出力しか出せない。
それでもまだバスターライフルは残って居る。
「世界改変の歪みのせいか。まぁ良い、次で終わらせる」
(千鳥かなめ……俺は……)
///
歪む世界の中でかなめはソフィアと向かい合う。
外の世界でヒイロとレナードが戦う姿を見て彼女の感情が揺れ動く。
「どうしてまだ戦うの? 絶対に勝てる訳ないのに!!」
「まだわからないの? 諦めてないからよ。可能性が少しでも残ってるならそれを掴み取る為に全力を尽くす。今までにアタシ達がやって来た事よ」
「諦めない? フザケてるの? 無理に決まってる。この状況ではもう味方も来ない。次で終わりよ」
「味方なら居るわよ。とっておきのがね!!」
ソフィアはかなめに向かって睨みを効かす。
目の前には彼女しか居ない。
そしてようやく気が付く。
血まみれで倒れてた筈の宗介の姿が消えてる事に。
「まさか……あの男が?」
「宗介なら絶対にこの逆境を何とかしてくれる。宗介とヒイロ君が居れば出来る!!」
「何をするつもりかは知らないけれど、このままだとガンダムのビームに巻き込まれてアナタも死ぬわよ?」
「良いわ」
かなめは迷わずに言い切った。
そして歪む空に向かって大声で叫ぶ。
「頼むわよ、宗介!! 撃ちなさい、ヒイロ!!」
///
ガンダムのコクピットの中でヒイロは必死に操縦桿を握った。
カメラは完全に使いモノにならず現状では敵の姿を見る事も出来ない。
それでもベリアルにピッタリと照準を合わせられるのはゼロシステムを活用して居るからなのだが、それでも機体は限界だった。
至る所からスパークが上がりこのままシートの上に座るだけでも危険な状態。
だがヒイロは決して逃げる素振りなど見せはしない。
バスターライフルに装填された最後のカートリッジ、そのトリガーを引くまでは。
「俺は……」
「ガンダム!! これで終わりだよ」
ラムダドライバを展開したままベリアルも上空に浮かぶガンダムの姿を捉える。
今のガンダムにこれ以上ラムダドライバの攻撃を耐える事は出来ない。
次の一撃で決着が付く。
この瞬間、周囲から一切の物音が消える。
(後の事は任せろ)
(宗介、ヒイロ君……一緒に帰ろ……)
只の幻覚か、改変されたビジョンが流れこんで来たのか。
ヒイロに2人の声が届いた。
「わかった……」
意を決したヒイロはトリガーを引いた。
カートリッジに充填されたエネルギーが最大出力で発射される。
大出力のビームは寸分違わずベリアルへ向かって突き進む。
ビームを阻むモノはなく、本当の最後の一撃が放たれた。
目前に迫るビームを見てレナードはほくそ笑む。
「無駄な事を!! 消え失せろ、ガンダム!!」
「いいや、まだだ!!」
「なっ!?」
倒れて動かなくなった筈のレーバテインが這いつくばりながらもベリアルの右脚部にしがみつく。
「アル!! ジェネレーターが壊れても良い!! 出力最大だ!!」
『ラージャ。終わらせましょう』
「それも違うな。始まるんだ、これから!!」
左肩に残された『妖精の羽』が稼働した。
損傷した状況で出力は低いがベリアルのラムダドライバの効果を低減させる事は出来る。
『お前達はどこまでも邪魔をして!!』
「お前の思い通りにはさせん!!」
レナードは思わず視線をレーバテインに向けてしまい攻撃するのが僅かに遅れてしまう。
その瞬間、眩い光が前面を覆い尽くす。
「来るのか?」
ラムダドライバの防壁に阻まれるビーム。
ガンダムにはこれ以上、最大出力のバスターライフルを発射し続けるだけの耐久性はない。
発生する衝撃に機体は限界を超え各部から爆発が起こる。
脱出する手段もなく、炎に包まれるガンダムを宗介は見上げる事しか出来ない。
「ヒイロ!?」
「相良宗介!! このまま一緒に死ぬつもりか!!」
「お前を道連れに出来るなら!!」
「ここには千鳥かなめも居るんだぞ!!」
「言われずとも知って居る。これが俺達の意思だっ!!」
弱くなるラムダドライバの防壁。
そのほころびからビームが貫きベリアルの右腕を焼き払う。
「パワーがダウンしている!? ダメなのか……」
メリダ島の中央に巨大な爆発が起こる。
再び灰色の煙が舞い上がり視界は完全に効かなくなってしまう。
ベリアルとレーバテインは衝撃と爆発に吹き飛ばされ木々をなぎ倒す。
「ぐぅぅぅっ!!」
宗介は操縦桿を固く握り締めながら歯を食いしばり、衝撃に吹き飛ばされる機体の中で耐えるしか出来ない。
きりもみしたレーバテインは為す術もなく地面に激突する。
それでもまだ速度は落ちない。
10トンはある機体重量が引きずられ地面をえぐる。
土や砂埃、枝どころか折られた木を受け止めながら白い装甲は灰色に汚れていく。
妖精の羽はもう起動しない。
けれどもラムダドライバを展開させる事も出来ず、時間が過ぎるのを待つしかなかった。
意識が遠のくのをギリギリで耐え、巨大な爆風が数秒後には収まる。
静寂する夜の闇。
虫のさえずりすら聞こえない状況で宗介はペダルを踏み込んだ。
土に埋もれるレーバテインは致命的な損傷はしておらず地面に手を付いて立ち上がる。
「アル……どうなった?」
『敵機の反応、確認出来ません。ガンダムも同様です』
「ヤツならそう簡単には死なない。メリダ島の中枢へ向かう。そこに千鳥が居る」
『ラージャ』
レーバテインのツインアイが見せる光景は酷いモノだった。
バスターライフルの衝撃に着弾点周囲は完全に焼け野原にされてしまって居る。
草木は吹き飛ばされ草の根すらも残ってない。
視線を少し下へ向ければ巨大なクレーターのようなモノが出来上がっており、バスターライフルの威力を見せ付けさせられる。
それでもメリダ島が消えずに済んだのは皮肉にもベリアルのラムダドライバのお陰だ。
偶然が重なりあう事で敵を倒す事も、この戦いに生き延びる事も出来た。
(千鳥……今から行く!!)
思いを胸に宗介は囚われた彼女を助けに向かう。
配備された敵機は完全に機能停止しており、パイロットはまだ意識を覚醒させてない。
ビームの衝撃に吹き飛ばされた機体からパイロットの意識が失くなったせいで力なく倒れる機体まで数多く居た。
地形が変わったメリダ島をレーダーを頼りに進む宗介。
幸いにも地表面だけで地下部に甚大なダメージは通ってない。
このメリダ島で今動いてるのは宗介とレーバテインだけの筈だが、突如として地下に繋がるシェルターが開放された。
「何だ!?」
『データに該当なし新型です』
シェルターの奥からエレベーターに乗せられて何から運ばれて来る。
額に汗を滲ませて臨戦態勢に入る宗介。
だがもうレーバテインに残された武装は頭部チェーンガンと左腕のアンカーのみ。
ここに来てデータにない新型と戦って勝てる要素は限りなく低い。
高速で上がって来るエレベーター。
そこから現れた新型アームスレイブ。
青い装甲、鎧を纏った様に無骨なボディー。
両肩と腰部にはサビーナのエリゴールと同じくスラスターが取り付けられて居る。
右手には改良された40ミリライフル、銃口の先には単分子カッターがマウントされてるがそれ以外の武装は見当たらない。
「来たか!!」
『どうするつもりですか?』
「決まってる。先制攻撃だ!!」
レーバテインは走った。
拳を握り締め、敵の頭部目掛けて全力で叩き込む。
『遅いな』
敵は僅かに体を反らせると足払いでレーバテインの姿勢を崩す。
反応する宗介だが機体がもうパイロットの操縦に追い付かない。
「しまっ!?」
容易く地面に倒されてしまう。
衝撃がコクピットにまで伝わって来るが倒れてる暇などなく、両手を地面に付き急いで立ち上がろうとする。
だが敵の銃口は既にレーバテインを照準に収めて居た。
宗介の体に戦慄が走る。
(やられる!!)
容赦などない、敵は装備した40ミリライフルのトリガーを引いた。
激しいマズルフラッシュ。
避ける事は出来ない。
だが、発射された弾丸は寸前の所に光の防壁に阻まれる。
『ラムダドライバか』
「まだ使えるな?」
『肯定。しかしエネルギー残量が限界です。これ以上の使用は機体が稼働出来なくなります』
「それでも良い。ここまで来て負けられるか!!」
ベリアルを倒した先に待ち受ける敵。
満身創痍のレーバテイン、それでも勝たなくてはならない。
これが宗介にとっての本当に最後の戦いになる。
ご意見、ご感想お待ちしております。