『世界は元へ戻る。本来の在るべき世界へ。アナタが望む世界へ。想像して、イメージして。理想の世界を。アナタの思いが新たな世界を構築させる』
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
都立陣代高校に通う千鳥かなめは学校指定の制服に着替えて自室の扉を開けた。
教科書を詰めたカバンを手に持って2階の階段から降りて朝食の用意されて居るリビングへと向かう。
扉の向こう側ではテレビから流れるニュース番組の音が微かに聞こえる。
「おはよ~。今日は魚か」
「おはよう、かなめ。お味噌汁すぐに出すから」
台所に立つ母親のシズはかなめの顔を見ると朝食の準備を始める。
テーブルには既に父親のシュンヤと妹のあやめが朝食を食べながらテレビを見てた。
ペットで飼ってるネコのサムもエサ箱に入れられたキャットフードを一心不乱にたべており、かなめもフローリングの床へカバンを置いてあやめの隣の椅子へ座る。
テレビでは最新技術で作られたロボットの特集が放送されて居た。
「凄いモンだな。最近の技術の発展ってヤツは。いつかはこう言うのに乗ってみたいもんだよ。男としては」
シュンヤは焼かれたホッケの干物を箸で食べながら呑気に言葉にした。
かなめも液晶テレビに映る映像を見る。
民間企業が作り上げたロボット。
全長は4メートル程、重量は4トンにもなる。
脚は3本ありその先にはタイヤが付いておりコレで移動する事が出来るが、現状では整地された道しか走る事は出来ない。
無骨なロボットの中には黄色いヘルメットと作業服を来た作業員がロボットを操作しながら、アナウンサーがその様子をレポートして居る。
『え~、赤坂重工業が作ったこのロボット。開発までに4年の歳月が掛かったそうです。ショベルカーなどの重機のエンジンや油圧装置を組み合わせる事で動く巨大ロボとしての開発に成功。コレを1つ作るだけで1億円以上掛かるそうです。来月からインターネット上でコレを1億2000万円で販売するそうですが、予約が殺到してパンク状態みたいです』
「男って本当にこう言うの好きよね。デカくて大きくて、どこが良いのよ?」
「ロマンだよ。ロ・マ・ン!! 女のかなめにはわからないかもしれないけどな。男は小さい頃からこう言うのに乗りたい夢があんの。あんなのが家にあったらなぁ~」
「1億2000万円? 買えるわけないでしょ。それに何処に置く気? 車のローンだって残ってるんだから」
「そんなの買うくらいなら私のお小遣い増やしてよね」
「わ、わかってるよ……」
かなめとあやめに現実を突き付けられて肩を落とすシュンヤ。
そうこうしてる内にシズがトレーに朝食を乗せてテーブルに持って来てくれた。
「そうよ。家のローンだって残ってるんですからね。はい、かなめ。暖かい内にさっさと食べちゃって」
「は~い。いただきます」
かなめは箸とご飯が入れられた茶碗に手を伸ばし、出来たての朝食を口にする。
肩を落とすシュンヤだったが、シズの一言だけには最後の抵抗とばかりに喰らい付いた。
「そうだよ。誰かさんがまだローンが残ってる車に傷を付けてくれたせいでお金がなくて大変だよ」
「そ、そうね。大変ね。おほ、おほほほほ」
ビクっと震えたシズは笑って誤魔化す。
他愛もないいつもの光景。
かなめは箸でホッケの骨を器用に取りながら身を口へ運ぶ。
テレビではアナウンサーのレポートが続いて居た。
『ですがこの巨大ロボはまだ2体しか開発されてないようです。海外からも多数の応募があるようで、どの様な人がコレを買うのか。それも楽しみですね』
「そう言えばお姉ちゃん。昨日はどうだった?」
「どうって何が?」
「誤魔化したって無駄だよ~。昨日、相楽って人とデートしてたじゃん。友達から聞いたよ」
「で、デートじゃないわよ!? 生徒会室のストーブが壊れちゃったから、それの部品を一緒に買いに行っただけ」
「ソレを世間一般ではデートって呼ぶんだと思うんだけどなぁ。私は」
「アタシと相楽君はそう言う間柄じゃないから。只の友達。昨日も一緒に買い物に行った、ただソレだけ」
ニヤニヤした目でかなめの表情を見て来るあやめ。
かなめは必死になって関係を否定しようとするが、必死になる時点で友情とは少し違う点には気が付いてない。
一方で、父親のシュンヤは動揺を隠せないで居た。
「お……お父さんはそ、そ、そう言うの良くないと思うな。付き合ってもない男女がでで……デートだなんて」
「だから違うって」
「でも――」
鬱陶しく感じたかなめは早々に朝食を食べ終えると床に置いたカバンを掴み上げ椅子から立ち上がる。
「良いから。早くしないとお父さんも遅刻するよ? 行ってきます」
「行ってらっしゃい。ほら、お父さんもあやめもあんまりゆっくりしてると遅れるわよ」
「やっば!! 私も電車乗らないと。行って来るね~」
シズの後押しであやめも器に入る味噌汁を飲み干すとリビングから出て行く。
呆然とするシュンヤは立ち上がる気すら起こらない。
「ちょ、ちょっと待て。まだ話が……」
「お父さんもいい加減にしないと会社に遅れますよ?」
「そうだが、でも――」
「そろそろ子離れしないと。あの子達も、もう高校生なんですから」
『ニャァ』
餌を食べ終えたサムは小さく鳴き声を上げた。
家から出て行く娘達を見るシズの目は全てを包み込んでくれる温かい母親の目をして居る。
陣代高校に通うかなめは歩いて最寄り駅まで来ると電車で4駅離れた駅で降りた。
いつも通りの日常。
朝の時間帯は通勤、通学で駅の中は人でごった返してる。
定期券を通して改札を出たら学校までは暫く歩く必要があるが、出た先ではとんぼメガネにお下げ髪の常磐 京子が待って居た。
「おはよ~。かなちゃん、昨日はどうだった?」
「京子までそう言う。只の買い出しで何かあるわけないでしょ」
「そう言いながら発展してるパターンは良くあるよ。相楽君は人当たりも良いからぼやぼやしてると取られちゃうかも」
「だから違うって。も~、変な事言いふらさないでよ?」
2人並びながら、他愛もない事を話しながら学校へ向かう。
昨日見たドラマの話、もうすぐ始まる期末テスト、瑞樹がまた振られた事など。
歩き進む内に周囲の人は段々と学校の生徒が殆どになって来る中で、ふと視線を向けた先に彼は居た。
隣の京子もソレに気が付きチョンっと脇腹を指で突いて来る。
「ほら、相楽君が待ってるよ。行ってあげたら?」
黒の学ランに身を包む相楽は外から見ても緊張してるのが手に取るようにわかる。
額に滲む汗、沸騰したように熱くなる体は冬なのに寒さを感じない。
相楽宗助はガチガチに固くなりながら通学途中のかなめに近寄り話し掛けた。
「お……おはよう、かなめさん。ストーブの調子はあれからどうかな?」
「どうって直して貰ってからまだ使ってないから何とも」
「そ、そうだよね。ごめん」
「別に謝る必要はないけど」
「うん……そうだね。謝る必要はないか」
「先生にストーブ買い替えてって頼んでも門前払いされちゃうしさ。だから直してくれて感謝してる。これで今年の冬は越せそうね」
昨日の放課後の続きを話す2人。
気が付けば京子は少し離れた場所から様子を伺って居た。
「それで……今日はもう壊れてるのとかないよね? 機械イジリが趣味みたいなモノだから、こんな事ばっかり得意になっちゃって」
「そうは言っても壊れてるのなんかもうないわよ。ストーブは昨日、エアコンはまた来年でしょ。あとは……ノーパソって直せる?」
「ノートパソコン? どんな感じなの?」
「電源入れたらファンがうるさくって。買って2年くらいしか経ってないのに」
「ファンのグリスがキレてるのかも。補充か、もしかしたら交換しないとダメかも」
「ファンの交換って値段どれくらいする?」
「モノにもよるから何とも。でも買い替えた方が早くて安い場合もある」
「買い替え~!?」
驚くかなめは思わず大声を上げてしまう。
2人はすっかり話にのめり込んだ。
気が付いたらもう学校はすぐ目の前にまで近づいて居た。
肩を寄せ合いながら歩く2人、会話に意識を向けてたせいで正面から歩いて来る人物に気が付かない。
通り過ぎ様にかなめの左肩にぶつかってしまう。
「失敬……」
「あっ……こちらこそすみません」
聞こえて来たのは男の声。
それでもかなめが振り返った時には既に人混みの中へ消えて居た。
「大丈夫、千鳥さん?」
「うん。何ともない、けど……」
「けど? ケガでもした? 違和感があるなら保健室に」
「そうじゃないんだけど。何なんだろ、この変な感覚は……」
言葉に出来ない違和感を覚えるかなめ。
けれどもソレが何なのかはどれだけ頭を悩ませてもわかる事はない。
「たしか……たしか……そうだ!! 今日転校生が来る筈でしょ!!」
「転校生? そんな話は聞いた事ないんだけど。 本当なの?」
「うっ!? そう言われると自信失くなって来た」
「まぁ、ホームルームになればわかるよ。ノートパソコンの部品は放課後までに調べておくから」
「うん。お願いね」
校門を潜る2人は各々の教室に向かい歩く。
結局、かなめの予想は外れて転校生が来る事はなかった。
///
授業も終わり放課後。
夕焼けが校舎を照らし、屋外で活動する部活も次第に片付け始める。
生徒会の副会長である彼女も遅くまで生徒会室に残って居た。
会長の森川は定例会議で今日は居らず、部屋にはかなめとノートパソコンの様子を見る宗助だけ。
電源が入ったノートパソコンからはカラカラと異音が鳴り響き非常にうるさい。
「ごめんね。仕事が長引いちゃって」
「別に大丈夫だよ。それよりも酷いね、コレは」
「そうなの。うるさくって普通に使ってるだけでもイライラしちゃって」
「コレはグリスだけで直るかどうか。明日家から工具持って来るから、1度分解してから判断しよう」
「なら今日はもう帰りましょ。もうすぐ暗くなるし」
「そうしようか」
2人はカバンを手に持つと生徒会室から出る。
生徒の数も少なくなった校舎を出ると駅に向かって歩き出す。
ここに来てようやく、宗助はかなめと2ふたりきりなのを実感した。
途端に緊張が走り体が強張る。
「うん? どうかした?」
「い……いえ!? 何でもありません」
「そう……なら良いけれど」
かなめの表情を直視出来ない。
真っ赤になる顔は恥ずかしくてとても見せられたモノではなかった。
駅に着くまでの短い時間の中で宗助は頭がパンク寸前。
思考も正常に働かず喋りもカミカミになってしまう。
「あ……ああ、あぁ、あ、あの!!」
「今度はどうしたの?」
「てて、てれ、ニュースで見たのですが!! きょんやは流星が見れるようですね!!」
「あぁ、最近ずっとやってるわよね。195年ぶりなんだっけ?」
「それで、その……ヨヨヨ良かったら一緒に――」
「でも見れるのは夜中の2時とかでしょ。明日も学校だし、アタシは見ないかな」
誘おうと意を決した直後にシャットアウトされてしまい宗助は両肩をガクッと下げた。
シチュエーションと言う武器がなければ彼にはまだ告白する勇気は持てない。
自身の不甲斐なさを呪うしか出来ず、宗助は落胆しながら駅の入り口にまで到着した。
周囲には帰宅途中の学生や迎えに来た親などが大勢居る。
見上げる空は暗くなってしまい、星空の輝きが2人を照らす。
「こっからは反対方向だから。またね、相楽君」
「は、はい。また明日」
呆然と遠ざかるかなめの背中を見る事しか出来ない宗助。
再び見上げた空には一筋の輝き。
「流れ星……キレイだ……」
///
翌日、いつも通りに目が覚めたかなめはいつも通りに朝食を食べて家を出る。
変わった事など何もない。
日常は変わりなく続いて行く。
今日も改札を抜けたら満員の電車に乗り京子と一緒に歩きながら学校に向かう。
何も変わらない、いつもと同じ。
(でも、何だか最近引っかかるのよね。この奇妙な感覚は……)
誰に言う訳でもなく、心の中で小さく呟く。
いずれはこの感覚も完全に頭の中から消えてしまうだろう。
そう感じるのは彼女だけなのだから。
時刻は8時30分。
もう少しすれば担任の神楽坂がやってきて朝のホームルームが始まる。
かなめはいつも通り自分の教室に入り机に向かう。
けれども見慣れないモノがそこにはあった。
「かなちゃん、何か置いてあるね。手紙付きで」
「テディーベアーね。誰のだろ」
「決まってるでしょ。誰かがかなちゃんの為にプレゼントしたんだよ。その手紙だって絶対ラブレターだよ!!」
「今どきそんな事する? 小学生でもしないんじゃない?」
「良いから。早く中身見てみようよ」
興味が掻き立てられる京子は乗り気になって机の上の人形を見る。
かなめは置かれたテディーベアを手に取り、人形の両腕に挟まれた白い封筒を掴む。
何気なしに表と裏を見るが差出人は書かれてない。
封筒を開け、中の折り畳まれた便箋を取り出した。
そこに書かれた文字に2人は息を呑む。
「何よ、コレ。只のイタズラじゃない」
『お前を殺す』
パソコンで印刷された文字で中央にそう書かれてた。
「で、でも学校の誰かがやったのかな?」
「部外者が入って来れるとも思えないし多分そう。ったく、質の悪い」
「イタズラにしてはでも……変じゃないかな? それだったら手紙だけで良いもん。何で人形なんて用意したんだろ?」
「知らないわよ。どうせどこかでコソコソとアタシ達の様子を見てるんでしょ。アホらしい」
言いながらかなめは手紙を破り捨て、教室の隅に置かれたゴミ箱へ投げ捨てた。
けれども人形は捨てられる事なくそっとカバンの中へ入れられる。
///
昼休みに入り校舎内は和気あいあいと生徒達の声が響き渡る。
購買部ではパンを求める男子でごった返しており熱気が漂う。
家からお弁当を持って来てる殆どの女子は机の上に小さなお弁当箱を広げてグループに別れてうわさ話等に花を咲かせて居た。
かなめも自分の教室で親友の京子と机を並べて母親のシズに作って貰ったお弁当箱に箸を伸ばす。
1番初めに口へ運んだのは半分にカットされたウインナー。
「っにしても、結局あの手紙は何だったんだろ?」
「只のイタズラじゃなかったの?」
「そうなんだけど、どうにも怪しいのよね。思ったんだけど、イタズラするにしてももうちょっと迫力と言うか……地味!! そう、地味なのよ。普通もっとわぁって驚く事とかするモンでしょ」
「そう言われるとそうかも」
「でしょ!! だから引っかかるのよ。何でこんな事をしたのかって」
プラスチック製の箸で小分けにしながらご飯を食べる。
かなめの相談に京子も聞き入りながら時間は少しずつ進んで行く。
「手紙には殺すって書いてあったよ」
「まさか本当に殺しに来る訳ないし。ニュースで殺人鬼がうろうろしてるなんて聞いてないし、そんな人が人も一杯居る学校に来るとも思えない」
「も~、考え過ぎだよかなちゃん。やっぱり只のイタズラだって」
「そうかな~?」
「そうだよ。気にしてたらキリがないよ。そう言えばあの人形、まだ持ってるの?」
「あるよ。ちょっと待って」
言うとかなめは箸を右手に掴んだまま机の横へ掛けたバッグの中に左手を突っ込んだ。
手探りで中を探しながら、指先に伝わる情報を頼りに目当てのモノを探し出す。
指の腹に触れる柔らかな感触。
それはフワフワとして軽い。
「あった、これこれ」
出されたのはかなめの机の上に置かれてたテディーベアー。
京子は箸を一旦容器の縁へ奥と差し出されたソレを手に取った。
「でもこのクマの人形は可愛いね。どこで買ったのかな?」
「多分だけど手作りだと思う」
「どうしてわかるの?」
「その人形、どこにもタグが付いてないから。切ったような痕もないし」
かなめの説明に京子は手に持つ人形を注意深く見渡した。
クマの人形全体、生地の繋ぎ目、かなめが言うようにタグは見当たらない。
「本当にないね。こんな人形作るくらいだから女の人なのかな?」
「考えても全然わかんないのよね。あ~、ヤメヤメ!! どうせわかんないんだし気にするだけ無駄ね。せっかくのお弁当がマズくなっちゃう」
考えるのを止めたかなめは再び箸を掴み、昨日の晩御飯のオカズであるバジルチキンを大きく口を開けて頬張った。
ゆっくりと過ぎて行く時間の中でかなめは少しずつ迫って来る影に気が付く事はない。
///
光も音も届かぬ深海。
その水底で仰向けに横たわるのは左腕を失くした巨人。
白い装甲は全身ボロボロ、至る所が剥がれ落ちフレームもあらわになる。
胸部サーチアイは以前からの戦闘により既に破壊されており、頭部のツインアイも輝きを失った。
時折、装甲に挟まれた酸素がアブクとなり海面へ向かい上昇する。
静まり返るコクピット。
システムもダウンしており動き出す気配もない。
パイロットはまぶたを閉じ、両手も力がなく操縦桿から離れてしまって居る。
その時、ブラックアウトした戦闘画面に光が灯った。
緑色の文字が浮かび上がりシステムの復旧を行う。
無数のアルファベットや数字が画面を埋め尽くしては下へ流れる。
『Z.E.R.O.System』
システムはパイロットの脳に直接情報を伝達させる。
これからあり得る未来、来るかもしれない未来、ほんの数パーセントにも満たない可能性。
シートの上に座るパイロットの指が微かに動く。
海底は暗く、冷たく、静かだ。
ご意見、ご感想お待ちしております。
次回6月1日