フルメタルWパニック!!   作:K-15

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長らくおまたせしました。
ここから最終話まで一気に更新して行きます。


第43話 混沌への誘い

まだまだ爆発の炎が消えない中でヒイロも目的地へ向かって走った。

けれども防衛網は全くなく、草木が生い茂る道無き道を駆け抜けるだけ。

走る、前に向かって。

その先に待ち構えるモノが何であろうと。

生い茂った草を抜けた先に建つのは汚れ1つない真っ白な屋敷。

だがそれとは別に甲高いエンジン音が空気を揺らして居た。

 

「これは……」

 

ヒイロが鋭い視線を向けた先には既に軍用輸送機が離陸しようとして居た。

その中にはレナード・テスタロッサと千鳥かなめが乗ってるのが見える。

もう追い付く事が出来ない事をヒイロには瞬時に判断が付いたし、レナードも追い付かれる事はないと確信を持って居た。

島から飛び立つ軍用輸送機の中でレナードは静かに呟く。

 

「手遅れだったね。次に会うとすれば、新しい世界で」

 

ヒイロには手持ちの武器は一切なく抵抗すら出来ないまま見上げるしか出来ない。

だがそこに銃声が響く。

振り向いた先には銃を構える宗介。

 

「レナード!!」

 

宗介は更にトリガーを引いた。

マズルフラッシュと同時に発射される弾丸は緑色に塗装された装甲へ当たるが僅かに火花を飛ばすだけでビクともしない。

やがてマガジンの残弾は空になりトリガーをカチカチと引く音しか聞こえなくなる。

 

「やはり無駄か」

 

使えなくなった銃を投げ捨てた宗介は高度を上げて行く輸送機を同じ様に睨むしか出来ない。

何も出来ずに指を咥えてるしか出来ない状況に歯を食いしばり悔しさを顔に表す。

だが不意に、分厚い鉄板で形成されたスライドドアが開かれた。

そこに立って居る人物に宗介は目を見開き驚きを隠せない。

 

「カリーニン……少佐!? 何故!!」

 

声は届いてないのか、それとも聞く耳を持たないのか。

久しぶりに再会した男は敵となって現れ、宗介に向かって冷酷にライフルの銃口を向ける。

 

「っ!?」

 

殺気を感じ取る宗介。

ヒイロもまた自身の身を守る為に射程圏内から離れるべく後方に向かって走った。

響き渡る銃声は容赦なく2人を襲う。

吐き出される薬莢。

弾丸は地面を抉る。

いきなり現れたカリーニンの事すら何もわからないまま宗介とヒイロは逃げ帰るしか出来なかった。

草木の中にまで逃げて行った2人の姿はもう目視では確認する事が出来ず、カリーニンは銃口を下げてスライドドアを閉じる。

輸送機はエンジンの回転数を更に上げてプロペラの回転を早め、もはや用のなくなった白い屋敷から飛び立って行った。

次第に小さくなる輸送機の姿とエンジン音を宗介は見る事しか叶わない。

 

「目前にまで迫って置きながら……」

 

「まだ全てが終わった訳ではない。ミスリルの残党と合流すれば取り敢えずの戦力は整う。後は奴らに追い付く」

 

「アマルガムの……レナードの目的はわからないんだぞ。だが、そうするしかないか。手掛かりがあるとすればあの屋敷だけだ」

 

見据えた先の白い屋敷に向かって宗介は歩を進める。

数少ない手掛かりを掴むにはもうこの屋敷にしか残されてない。

 

///

 

屋敷の中は完全に無人だった。

アラストルが配備されてる事もなく捜索はスムーズに進むが、肝心のレナードが企む計画に関わる情報はまだ見つからない。

幾つもある部屋の一室。

施錠されてないドアを開いた先には大きなベッドとテーブル。

そよ風で揺れるカーテン越しに月明かりが見える。

 

「本か」

 

敷かれた絨毯の上を進むとテーブルの上に置かれた本を手に取る。

無造作にページをめくると文字は日本語で書かれて居た。

ボールペンで書かれて居る文字に宗介は見覚えがある。

 

「これは千鳥の書いた字だ」

 

日付が書かれた紙にはその日1日の様子が大雑把に書かれてた。

ごはんが食べたい、今日は雨だ、プールで50メートルを泳ぐタイムが縮まったなど。

連れ去られてからの日常が書き綴られてる中で重要な文面が宗介の目に止まる。

力強く握ったページを凝視した。

 

『レナードの目的は世界の改変。オムニスフィアを集結させればそれは可能らしい。その為にヤムスク11に行くとアイツは言ってた。時間はもう少ない、アタシ1人でも何とかしないと』

 

短い文面だがようやく敵の目的が見えた。

けれども抽象的な表現ではっきりと掴めた訳ではない。

 

(世界の改変、どう言う意味だ? 掌握する事とは違う。何かもっと……)

 

思考するが如何せんまだ情報は少ない。

宗介だけが考えてたのでは答えが導き出される事は無理。

 

「他には何か書かれてないのか」

 

更なる情報を求めてページをめくろうとした時、宗介の感覚が人の気配を捉える。

床から伝わる微かな足音、息遣い。

ナイフを引き抜いた宗介はかなめの日記をテーブルへ戻し、足音を立てないようにして入り口の傍で息を潜める。

近づいて来る足音。

高まる緊張感。

足音は待ち構える扉の前で止まり、ドアノブが握られる。

目を見開きナイフを敵の急所へ瞬時に突き立てられるように狙いを定めた。

ゆっくりと開かれるドアの先。

 

(ここだ!!)

 

その先の敵に向かって宗介は飛び掛かった。

相手を背面へ押し倒し顔面を押さえ付ける。

首元の頸動脈に鋭く光るナイフの刃を突き立てるその瞬間。

 

「クルツか?」

 

「わかってるならそのナイフをさっさと退けろ!!」

 

言われて宗介は押さえ付けてた手を退けて立ち上がり、ナイフも必要ないと判断して戻した。

目の前に居るのは敵ではなく同じ部隊に所属してたクルツ・ウェーバー。

 

「ったく。ヒデェ事しやがる」

 

「スマン。敵かと思った」

 

「ようやく合流出来たってのに会って1秒と経たずに殺される所だったんだぜ? もう少し言う事があるだろ?」

 

「スマン」

 

無表情のまま一言謝るだけの宗介にクルツは力が抜けるのと同時に呆れてしまう。

 

「まぁ、生きてるだけ良いか。積もる話はあるが早くココから動くぞ」

 

「それは良いがどうやって?」

 

「ダナンだよ。ここから近い所で待ってる。話はそれからだ」

 

「わかった。クルーゾー中尉とヒイロと合流してダナンへ帰還する」

 

事務的に応える宗介だがクルツはその中の一言を聞き逃さなかった。

 

「ちょっと待て。クルーゾー中尉はわかる。もう1人のヒイロってのは? 俺の勘違いじゃなけりゃソイツに腹をぶん殴られた記憶があるんだがな」

 

「アレはクルツが油断して居るせいだ。相手の力量を見誤ればそうもなる」

 

「そう言う意味で言ってんじゃねぇよ!! アイツは羽根付きのパイロットかもしれねぇんだぞ!! 何でそんなヤツと一緒に居るんだよ。あの機体のせいで仲間も殺された。俺達だって下手すりゃ死んでたんだぞ!!」

 

「詳しく話すと長くなる。この事は大佐殿にも報告する必要がある。兎も角、今はお前が言ったようにダナンに戻るのが先決だ。話すくらいの時間ならある筈だ」

 

「そうだけどよ……」

 

腑に落ちないながらも2人はみんなの待つトゥアハー・デ・ダナンへと向かう。

 

///

 

強襲揚陸潜水艦トゥアハー・デ・ダナンは深海で静かに息を潜めて居た。

どの国のレーダーに探知される事もなく、アマルガムの襲撃から生き延びてここに居る。

月明かりも届かぬ海の底。

ブリーフィングルームには艦長であるテッサ、クルーゾーとマオとクルツ、合流した宗介。

そして渦中の人物であるヒイロ・ユイ。

重苦しい空気が漂う中でテッサは体が疲れつつある中でもヒイロに鋭い視線を向ける。

 

「この様な形でまた会えるとは思いませんでした。3ヶ月ぶりでしょうか?」

 

「今はそんな事を話す時間はない筈だ。本題を言え」

 

「私なりの社交辞令だったのですが必要ありませんでしたか。では聞かせて貰います。アナタがあの白い未確認機体、羽根付きのパイロット。以前にも伺いましたが間違いありませんね?」

 

「あぁ、ガンダムのパイロットは俺だ」

 

誤魔化す事もなくヒイロは応えた。

感情を表さないその態度にクルツは怒りを覚え、強い足取りでヒイロに歩み寄ると胸ぐらを掴み上げた。

 

「お前のせいで仲間が死んだ。テメェのようなガキのせいでな!! あのガンダムってのがなけりゃいつだってお前を八つ裂きに出来る!!」

 

「俺の事を殺したいと思うなら殺せば良い。但し、少しは抵抗するぞ」

 

「あぁ、やってやるよ!!」

 

クルツの目に殺気が宿る。

それを感じ取るヒイロも同時に戦闘態勢に入ろうとするが寸前の所で背後からクルーゾーがクルツを引き剥がす。

足払いを掛けられ姿勢を崩したクルツは冷たい床に組み伏せられ右腕をねじ上げられる。

 

「ぐぁぁぁっ!?」

 

容赦無い激痛が体を襲い満足に動く事も出来なくされてしまう。

攻撃出来ない事を確認したヒイロもそれ以上は何もしない。

 

「ウェーバー、気持ちがわかる。だが今は感情的になって争う場面ではない」

 

「うるせぇっ!!」

 

「今の我々には戦力が限られてる。味方になると言うのなら使わない手はない。だが私としても納得はしておく必要はある」

 

言うとクルーゾーも鋭い眼光をヒイロへと向ける。

ヒイロは何も応えず、テッサへ視線を向けると口を開いた。

 

「時間を無駄にする必要はない。早く要件を言え」

 

「えぇ、わかってます。聞きたい事は山ほどありますので。まず、あの機体は何なのですか? 以前ははぐらかされてしまいましたが、今回はそうは行きません」

 

「ガンダムは俺が開発した訳ではない。俺は只のパイロットだ。同じ事を何度も言わせるな」

 

「そうですか……わかりました。では次に――」

 

少し考えるテッサではあるものの追求するでもなく次の質問に切り替えようとする。

その様子にマオは異議を唱えた。

 

「ちょっと。そんな簡単にソイツの言う事を信用するの? 仮にも敵対してた相手だよ?」

 

「わかってます。ですが言いましたように余計な時間を使う余裕はありません」

 

「そうだけどさ」

 

「では暫く口を挟まないように」

 

テッサは普段と比べて明らかに疲労が蓄積し抱えきれないストレスが溢れ始めて居た。

敵にオメオメと尻尾を巻いて逃げ出し少ない人員と資材をやりくりしながら今日まで生き延びる事は出来たが、不眠不休で敵の影に神経を集中しながら、尚且つ敵の足取りを掴むのには相当な苦労が掛かる。

でもを全て抱え込んだままで居るには限界があり、マオはその苦労をわかるからこそこれ以上は何も言わない。

 

「では次に。アナタの目的は何ですか? アレだけの強力な兵器を何に使うつもりなのです?」

 

「ガンダムはもう必要ない」

 

「必要ない? どう言う意味です?」

 

「そのままだ。ガンダムはこの世界に必要ない。だから俺はガンダムを破壊する為に動いた。結果的には失敗に終わったが、今と言う状況にガンダムが必要になった」

 

「これまでの戦闘行為は全てガンダムを破壊する為に……死ぬ為に戦ってたと?」

 

「そうだ」

 

ヒイロは事もなくテッサに告げる。

死ぬ為に戦うと言う矛盾した行為。

疲れていつもよりも思考が上手く回らない事もあるが考えが理解出来ない。

軽い頭痛がする額を押さえながらテッサは質問を続ける。

 

「私には理解出来ません。アレだけ強力な兵器が必要なくなったのも、わざわざ破壊するのも、アナタが死ぬ事に対して全く恐怖を抱いてない事も。ですがアナタは応えてはくれないでしょうね。今はもうどうでも良い事なのですから。かなめさんを救出したい考えは私達と同じ。どうして考えが変わったの?」

 

「人間は感情で行動するのが正しい生き方だと学んだ。それに従うだけだ」

 

組み伏せられてたクルツが意義を唱え今にも噛み付く勢いで声を荒らげる。

 

「ならテメェは何の為に敵を殺すんだ!! 殺人鬼みたいなひねくれた欲求でもあるのかよ?」

 

「俺に銃口を向けるモノ、俺の命を狙うモノ、全てが俺の敵だ。それに、戦場で戦う以上死ぬ覚悟は出来てる筈だ」

 

「納得出来るか!! 死にたいくせに敵を殺すのかよ!!」

 

「アームスレイブが何機集まった所でガンダムは倒せない。あの状況ではミスリルの存在は邪魔でしかない」

 

「邪魔だとぉぉぉ!!」

 

クルツは激昂して襲いかかろうとするも固く押さえ込んだクルーゾーから逃れる事は出来ず数センチとして前に出る事は出来ない。

 

「止めろウェーバー」

 

「でもよぉ、悔しくねぇのかよ!!」

 

「アイツの言う事は間違ってはない。兵士である以上は歯車として動かなくてはならん。例えそれで死ぬ事になろうともな」

 

この言葉を聞いてもヒイロは尚、表情を変えはしない。

それは兵士が通らなくてはならない道でもあるし、その先にあるモノを自らが見つけなければ真の意味で強くなる事は出来ないからだ。

ヒイロもこれまでの戦いでようやく気が付く事が出来た。

 

「この世界は狂って居る。それでも戦うしか出来ない俺には他に方法がなかった。全てが狂って居るなら、俺は自分を信じて戦う。誰に認められる必要もない」

 

 

「狂ってるとは……そう言う意味で?」

 

冷ややかな視線を向けるテッサ。

スゥっと細めた目からは普段の彼女からは想像も付かない、殺気すら漂って来そうな程に。

 

「これまでの技術レベルでアームスレイブを開発出来る事自体が異常だ。余りにも技術進歩が早過ぎる」

 

「でもソレを可能にするのがウィスパードのブラックテクノロジーです。アナタのガンダムだって充分に異常な存在です」

 

「理解してるからこそ俺はガンダムを破壊したかった。ガンダムが現れて世界は完全に狂ったからだ」

 

「世界が狂う……」

 

テッサは顎に細い指を当てて何かを考え始めた。

兄であるレナードが目指す先。

ウィスパードの存在。

歪んでしまった世界。

全てを集約した先にあるモノは全ての初めリの地であるヤムスク11。

 

(レナードが言う世界の改変はこう言う事だったのね。でもそれだけでは足りない。彼が目指す世界には届かない。何かもう1つ、重要なモノがある筈)

 

思考してたテッサが突然、いやらしく口元を歪めた。

 

「レナードが目指してるモノがわかりました。ソレを阻止するには相手より先回りしなければならないのですが、皆さんはどう思いますか?」

 

「どうってどう言う事さ?」

 

身近な存在であるマオでも彼女の言葉の意味がすぐに理解出来ない。

細い目から覗かせるテッサの瞳は酷く濁ってた。

 

「私、チェスが得意なんです。5歳の時に初めて打ってからみるみるうちに上達しました。11歳の時には有段者に勝った事もあるんですよ。でも、ただ1人だけどれだけ挑戦しても勝てない相手。それがレナードでした」

 

「チェスに勝てないからってこの戦いも勝てないって言いたいの?」

 

「私が考える事は簡単に先読みされてしまう。相手には絶対的なアドバンテージがあると言う事です。それを覆すには私が彼を超えるしかありません。レナードだってこのくらいの事は気が付いてる」

 

「なら、アタシ達が向かう先はヤムスクじゃない」

 

「えぇ、敵より先回りするしか活路は開けません。その為にはヒイロさん、アナタにも協力して貰います。正直に言いますとこちらの戦力では相手に渡り合えません」

 

「良いだろう。アイツには借りがある」

 

「ですが、こちらの指示には従って貰います。聞かないなら後ろから撃ちます。以前の私のように思わないで下さい」

 

凄みを見せるテッサ。

でもその表情は疲労で疲れてたし、ヒイロには全くと言って効果が見当たらない。

 

「好きにしろ」

 

一言だけ告げるとヒイロは静かにブリーフィングルームから立ち去ってしまう。

静けさが漂う中でテッサはこの場に残る人間全てを見渡し口を開く。

 

「次の作戦は決まり次第報告します。それまでにコンディションを整えて下さい」

 

クルーゾーに拘束を解かれたクルツは立ち上がり、乱れた服装はそのままにテッサへ詰め寄る。

 

「あのガキを信用すんのかよ!!」

 

「違います。敵ではありませんが味方でもありません。その立ち位置は今も変わりません。彼にも言ったように不審な行動を取れば容赦なく撃って下さい。それでもまだ疑うのならガンダムに爆弾でも仕掛けて下さい」

 

テッサはそう告げると同じくブリーフィングルームから移動してしまう。

一言も喋る事なくジッとしてた宗介は心の中で思うしか出来ない。

 

(恐らく次の戦いが最後になる。ミスリルも、俺にとっても。それまでに新型が間に合うかどうか……)

 

///

 

連れだされたかなめは何の情報も与えられぬまま輸送機の中で時間が過ぎるのを待つしか出来ない。

窓から見える景色は真っ暗で今が夜である事くらいしかわからなかった。

シートベルトで体を固定させて目の前を見ても腕を組んだまま全く動かないカリーニンとサビーナがこちらを監視するだけ。

隣に座るレナードの事は見る気にすらならない。

 

(どうなってるの? この人はミスリルの人間でしょ? 本気で裏切ったって言うの)

 

カリーニンを睨み付けるかなめだが相手はそんな事くらいでは動揺する素振りすら見せてくれない。

エンジン音が響いてくる中で不意にレナードは口を開ける。

 

「もうすぐヤムスクに到着する。そうしたら僕と彼女だけで行く。カリーニン、留守は任せたよ」

 

「了解です」

 

「待って下さい。無人とは言えお一人では危険です。私も同行させて下さい」

 

レナードの提案にサビーナは異議を唱えるがレナードは許可しない。

 

「いいや、ダメだ。乗り込むのは僕と彼女だけで良い。理由は説明してもわからないだろうから。わかった時にはもう遅いかもしれない。サビーナ、キミは僕にとって必要だ」

 

「レナード様……」

 

(今だけの話だけどね)

 

ほくそ笑むレナードの考えにサビーナが気が付く事はない。

目的地であるヤムスク11へ到着した輸送機はゆっくりと降下する。

ヒビ割れたコンクリートの上に着地した輸送機の内部に振動が伝わりかなめの体も少し揺れた。

シートベルトを外したレナードは立ち上がると隣に座るかなめに向かって手を差し伸べて来る。

 

「着いたみたいだ。さぁ、行こうか」

 

「結構よ」

 

差し伸ばされた手を振り払いかなめは1人で輸送機のスライドドアを開けてしまう。

扉の先ではプロペラによる強風が吹き荒れており思わず目を細めた。

長髪が風で乱れながらも足元を確認しながらタイラップを降りると、目の前から不気味な空気が漂って来る。

 

「何なの……これは?」

 

「これがヤムスク11、初めてウィスパードを研究した施設さ」

 

呆然としながらも振り向くと、すぐ傍にはレナードの姿が。

 

「僕の事を好きになってくれないのは良いけれど、この場所で勝手に動くとどうなるかわからないよ?」

 

「脅しのつもり? アンタ1人くらいならアタシでも逃げ切る自信はあるけれど」

 

「別にそんなつもりはない。でも、僕が言った事は本当だよ。この場所ではどうなるかわからない」

 

「ムカつく喋り方ね」

 

「だからさ、ほら」

 

言うとレナードはもう1度かなめに手を差し伸べた。

だがチラリと視線を向けるだけで触れる事はなく、かなめは目の前の施設に向かって全力で走る。

 

(アイツは絶対に追い掛けて来る。サビーナ達が来れない距離まで離れれば余計な事は考えなくて済む。あの変なコートのせいで多分背後から攻撃しても無理かもしれない。レナードはそれを過信してる。そこさえ何とかなれば、あとは割ったガラス片とかで刺せる。悪いけど……)

 

一矢報いようと行動に出るかなめ。

レナードは遠ざかる彼女の背中を眺めるとようやく歩き始める。

 

「まぁ、良いのだけれども。これで僕の計画は揺るぎないモノになる」

 

その声は離れて行くかなめの耳には届かない。

走るかなめはぶち破られてガラスのなくなった自動ドアを潜り抜けると兎に角前に向かって進む。

長い年月放置されたこの施設は埃臭く、至る所にサビやカビが浮き出てしまって居る。

電気は通って居らず真っ暗な廊下、老朽化によりヒビ割れたコンクリート壁。

覗ける部屋の中は機材がグチャグチャにされて酷い状態だ。

とても人間が健全な活動を行える場所ではなく、数秒居るだけでも嫌悪感を抱く。

立ち止まり振り返るかなめ。

肩を揺らしながら呼吸し、暗い通路の先を見るがレナードの影すら見えて来ない。

 

「取り敢えず武器になりそうなモノを探さないと」

 

先程とは違い周囲の状況を良く見ながら歩くかなめ。

薄気味悪いこの空間に思わず毛が逆立つ。

 

「にしてもホラーゲームみたいた所ね。ゾンビとか出ないでしょうね」

 

廊下に転がる汚れた試験管をスニーカーで踏み潰して前に進む。

冷たい空気に反響してガラスが割れる音が木霊する。

不気味な程の音が響き渡り足音すらも耳によく入って来た。

進む先にある一室に目を付けたかなめはドアの所にまで来るとサビが浮き出だノブを右手で掴み押し開ける。

扉を抜けた先。

かなめはゴミや機材が散乱する通路を歩いて進んだ。

 

「にしてもホラーゲームみたいた所ね。ゾンビとか出ないでしょうね」

 

長い年月使用されずに汚れた廊下で視線をキョロキョロ動かして見る。

肌寒い空気を少し我慢しながら、前に見える扉に向かって進んだ。

右手を伸ばしノブを掴むと扉を押し開ける。

その先にある通路をかなめは慎重に歩を進めた。

ヒビ割れたコンクリートを横目で見ながら、肌寒い空気を耐えながら奥へ行く。

吸い込まれそうになる程、暗闇の先は深く濃い。

 

「にしてもホラーゲームみたいた所ね。ゾンビとか出ないでしょうね」

 

前に見える汚れた扉の前まで来るとサビ付いたドアノブに手を添える。

 

「待って……同じ事を繰り返してる? アタシはココをもう通った?」

 

嫌な汗が背中を流れる。

ドアノブから手を離し兎に角この場所から走った。

暗い通路を突き進み、襲い来る恐怖を振り払おうと無我夢中で走り続ける。

口から息を吐き体を動かす。

微かに見えるコンクリートの壁にはヒビが入って居る。

床に転がる汚れた試験管に気が付かず勢い良く踏み潰してしまう。

ガラスが割れる音が反響して耳まで届く。

そしてかなめはまた走るのを止めた。

 

「待って……同じ事を繰り返してる? アタシはココをもう通った? 違う、違う……どうなってるの!?」

 

「だから言ったんだよ。1人で動くとどうなるかわからないよって」

 

「レナード……」

 

振り向いた先にはいつの間にかレナードがここまで来て居た。

不敵な笑みを浮かべるレナードだがかなめにはこの不思議な空間に対して対処しようがなく、悔しいが彼に頼るしかない。

 

「キミが強い娘だって言うのは今まででわかってるけど、それだけではこの場所で耐える事は出来ない。普通の人間が長時間居れば頭がおかしくなる。キミにそうなって貰うと困るんだ」

 

「悔しいけど付いて行くしかないって訳ね」

 

「素直に来てくれると助かる」

 

もう1度レナードは手を差し伸べるがかなめはキッと睨むだけでやはり触れたりはしない。

軽くため息を付きながらレナードは先導する。

この広い施設、ヤムスク11で精神を正常に保ったまま活動するのは常人には不可能。

ただ1人、彼を覗いては。

ロングコートを身にまといながら何事もないように進んで行く。

 

(コイツは平気なの? でも、あの変な感覚がないって事はちゃんと前に進めてるって事?)

 

かなめにはこの場で起こってる奇妙な現象も、レナードはそれを受け付けない事も何1つわからない。

隙を付いて人質にするつもりだったがそうもいかなくなった。

今はただ自分の前を進むレナードに付いて行く事が最良の方法。

 

(ここから行く先に何かがある。それこそがレナードが考える世界を改変させる源。アタシが何とかしないと)

 

「僕が何故キミを連れて来たかわかるかい?」

 

「わかる訳ないでしょ」

 

「僕の計画を完璧なモノにするにはどうしても必要だからだ。変わってしまったこの世界を元に戻すには過去と現在、未来の情報が必要になる。アマルガムが所有するTAROSを使えば限定的ではあるけれど未来を予知出来る。でもそれでは完璧とは言えない。次元に干渉出来るだけのエネルギー、そして未来予測。僕が求める世界を取り戻すには必要だからだ」

 

「だからどうしてアタシなのよ? ウィスパードは他にも居るでしょ」

 

「キミは数少ないウィスパードの中でも特別な存在だからさ。キミは今までに数回、戦闘に巻き込まれて来た。望もうと望まないとね。ブラックテクノロジーを引き出す能力はあっても、それ以外は至って普通の少女のキミが、どうしてここまで生き残れたと思う?」

 

革靴から響く足音。

横並びで進むレナードの顔を覗くかなめだが、ニヤリと釣り上がった口元を見るとまたすぐに視線を反らす。

聞かれた質問にかなめはぶっきらぼうに応える。

 

「さぁ、運が良かったからじゃない?」

 

「運なんて不確定なモノではないよ。キミは絶対に死ぬ事はなかった。何故ならばキミは特異点だから」

 

「特異……点」

 

「わかりやすく言うとキミは――」

 

レナードが不意に立ち止まった。

そして見上げた先には一昔前に作られたであろう大型のコンピューターが埃を被って置かれて居る。

電力は既に共有されておらず稼働する事もない。

 

「これは……」

 

「ウィスパリング。ささやいてたのはキミ自身だ。千鳥かなめさん、キミはこの次元とは異なる世界でも存在する。そのもう1人のキミが、この世界のキミへささやいてる」

 

「アタシが……別の次元? う゛ぅっ!?」

 

「始まったか」

 

目を細めるレナードの前で頭痛に襲われるかなめは両手で頭を押さえるも耐え切れず、すぐに地面へ片膝を付いてしまい動けなくなる。

見開く視線は定まらない。

激しい頭痛と耳鳴りだけで思考は一杯になってしまう。

 

(何これ……ナニ、何なの? アタシじゃない。私じゃない。書き換えられる……わたしは……)

 

遂には耐え切れなくなり倒れ込むかなめ。

その様子をレナードは静かに見守るだけだった。

 

「降臨した……降臨したんだ!! この時を!! 遂に!! ははははははっ!!」

 

(宗介……み……んな……)

 

完全に溶け込むかなめの意識。

狂気じみたレナードの笑い声も聞こえずに、暫くするとムクリと立ち上がる。

 

「お目覚めかい?」

 

「えぇ、大丈夫。行きましょう、レナード」

 

言うとかなめだった筈の人物は手を差し伸べる。

レナードは喜んで手を取るとサビーナ達を待たせた輸送機に向かってまた歩き出す。




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次回 5月24日

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