救出されたクダン・ミラはハンター達の居る隠れ家で新しいASの設計図を作って居た。
幽閉されてたソ連軍基地と比べれば温かい食事もあるしシャワーも使える。
それでも部屋から1歩も出る事が出来ないのは変わらない。
宗介達もアマルガムから追われる身であるので迂闊な行動は取れないし、救助されたクダン・ミラも同じだ。
休憩を取りながらもノートパソコンの前に座り続ける事3日は経過したが完成にはまだ時間が掛かる。
「う~んっ!!」
背もたれに体重を乗せながら両腕を伸ばし凝り固まった体をほぐす。
部屋の中には彼女とハンター、護衛するヒイロしか今は居ない。
ハンターは自前のノートパソコンで情報収集、ヒイロはソファーに腰掛けて両腕を組んだままジッと動かずに居る。
ミラは立ち上がると糖分を補給しようと食料が保存されてる冷蔵庫へ足を伸ばす。
設置されてる冷蔵庫は小型で、ミラは2段しかない扉の1番上を開けると中から冷気が溢れだし火照った肌を冷してくれる。
「え~と……あった!! オレンジ味」
ミラは中からアイスキャンディーを取り出し包まれてたビニールを破くとソレを口元へ伸ばす。
小さな舌でチロチロと舐めると冷たい感触が伝わり口の中へオレンジの味が広がった。
片手にアイスキャンディーの棒を持ちながらゴミ箱へ要らなくなったビニールを捨てると、ミラはヒイロの隣へと移り静かにソファーへ座る。
アイスキャンディーを舐めながらそっとヒイロの表情を覗く。
助けて貰ってからまだ1回もヒイロと言葉を交わしてないミラは、感情を殆ど表に出さず、言葉数も少ないヒイロに興味があった。
「アイスキャンディー、食べます?」
「必要ない」
「彼はいつもこんな感じですよ。相良軍曹とはよく口喧嘩してますがね」
「ふ~ん」
補足するハンターへ適当に返事を返すミラ。
アイスキャンディーを食べきるにはまだ時間があった。
「お名前、ヒイロ・ユイさんでしたよね? 相良さんから聞きました。出身は何処なんですか?」
「言っても良いが、話すと長くなる」
「ふふふっ、相良さんと同じ事を言いますね」
ヒイロは横目でミラの事を睨むか、彼女はそんな事を全く気にしない。
純粋無垢な瞳を向けてヒイロに話し掛けて来る。
「あのレイスさんが持って来たASは相良さんが使うのですか?」
「第3世代型はアイツの方が慣れて居る。使うなら奴が適任だ」
「でも、アナタは何を使うのですか? ASはあの1機しかありませんし」
「方法なら幾らでもある。必要なら敵の機体を奪えばいいだけだ」
「そんな事して危なくないのですか? 私ならもっと確実な方が良いと思いますけど」
「ならさっさと設計図を完成させろ。そうすれば強奪したASは俺が使う」
「すぐに出来るなら苦労しません」
一方的に言うヒイロにミラは取り付く島もない。
アイスキャンディーをひと口噛み、口の中にオレンジの味が広がる。
喉を潤わしたミラはそれでも諦めずに何とか会話を続けようとした。
「ユイさんはどうしてこんな危険な事を? 助けてくれたのは本当に感謝してます。でも死ぬかもしれない危ない事を……。年齢だって私と殆ど変わらないのに」
「年齢も性別も関係ない。目の前に敵が居れば戦う。そうでなければ死ぬだけだ。俺には、こんな事しか出来ない」
「戦うのって……怖くないですか?」
「人類が居る限り戦いは失くならない。だがそれは血を流す戦いばかりではない筈だ。痛みを恐れて何もしなければ状況は変わらない。アメリカとソ連の冷戦が終わったとしても、ミスリルとアマルガムの抗争が終わったとしても、俺は戦い続ける。ソレが俺の抵抗だ」
「強いんですね。日本人は平和ボケしてるってテレビとかで良く言われてるけど私もそうなのかな? 私もそんな風に強くなれれば良いんですけれど」
周囲の状況に流され、自分の考えを言う事すら出来ない。
目に見えない社会、組織を相手に1人の人間がやれる事などたかが知れており、ミラもその1人だ。
戦争や人の死ぬ血生臭い戦いでなくとも、人は自分よりも強大な相手には逃げ出してしまうモノ。
彼女の場合は学校と言う社会、その中で自分が先頭に立ち何かを成し遂げる事は難しい。
立ち塞がる壁や障害は自分を痛めつけて来る。
それを押し返す力もなければ耐え抜く精神力もないミラ。
けれどもソレは彼女だけではない。
他の大多数の人間も考えを言わず、状況に流されるがまま生きて居る。
状況に流される行為、それは思考停止と考えても良いのかもしれない。
だからヒイロは誰にも縛られる事なくこの世界では自分の意思で戦い続けた。
「人間は誰しも弱い。俺やお前も同じだ」
「そんな事ないです。あそこに居た時は本当に怖かった。いきなり連れ去られて、何が何だかわからなくて。ただ泣くしか私には出来ません。アナタの様に戦うなんて出来ませんよ」
「さっきも言った筈だ。血を流す戦争だけが戦いではない。人は誰しも戦いながら生きて居る。生きる為に戦え。己の存在意義を他人に求めるな」
「存在意義……」
ヒイロがこの世界でも生きて来れたのは戦う力があったから出来たのではない。
幼少からの訓練でヒイロは誰にも負けないように強く訓練された。
本人の意思とは関係なく、敵を殺す為の殺人兵器として。
(俺は戦う事しか出来ない。戦う事が俺に貸せられた任務。地球を壊滅させ、コロニーの自治権を得る。それが上層部が求める最終目標。オペレーション・メテオを決行し地球人類を抹殺する)
兵器に感情は必要ない。
ヒイロはモノとして、兵器として扱われ、地球を壊滅させる為のオペレーション・メテオを遂行する筈だった。
けれどもソレを止めたのがウイングガンダムの開発者でもあるドクターJ。
(OZの壊滅がお前の任務だ。そうだな……。コードネームはコロニーの平和的指導者でどうじゃ?)
(任務了解)
ドクターJはオペレーション・メテオの決行を寸前で変更させる。
指導者ヒイロ・ユイの復讐の為に20億人を殺す事は、マッドサイエンティストと呼ばれる彼でも出来なかった。
ヒイロの攻撃目標をOZだけに限定させ、コロニーの平和を望んで戦おうとする。
「存在意義は自分で決めるモノだ。周囲の言葉や環境に踊らされて居ては見つける事は出来ない」
「私は誰かに頼っちゃいますよ。お母さんにお父さん、先生や友達とか。ユイさんや相良さんみたいに1人で何でも出来ないです。だから凄いと思います」
「お前は……」
「え……?」
「20億人殺せと言われれば、疑問を持たずにする事が出来るか? 人類を抹殺しろと命令されて、迷いなく頷けるか?」
「どう言う意味ですか? 話が飛躍し過ぎて……」
「それが普通だ」
突然言うヒイロの話に付いて行けないミラ。
そんな事は気にせず淡々とヒイロは話を続けた。
「俺には与えられた存在意義を全うするしか生き方を知らなかった。命令、任務を遂行するのが俺が生きる理由。けれどもソレも終わった。命令も任務も失くなった俺は戦う意味を求めて戦った。何も考える事が出来ず、存在意義を求めた。だが、戦いの先にあるのは何もない。俺は生きる目的が欲しかった」
「自分が生きてる理由……」
「そしてようやくわかった。人間が生きるのに理由など必要ないと。感情が赴くまま、心に従って生きれば良い。俺が戦い続けてわかった数少ない事だ」
「それを教えてくれたのが千鳥かなめさんですね?」
「……」
最後の質問にヒイロは無言を貫く。
まぶたを閉じて寝てるかのように動かなくなってしまう。
ミラもアイスキャンディーの最後のひと口を口の中へ入れた所で部屋の扉が開放された。
振り向いた先には宗介とレイスが居る。
「ASのメンテナンスは終わりだ。あのシャドウと言うASの状態は良い。被弾しなければ2回は戦闘出来る」
「進捗はどうだ?」
ハイヒールをカツカツと鳴らしながらハンターの元へ歩み寄るレイスは机の上に置かれたノートパソコンを覗く。
液晶ディスプレイには不鮮明な衛星画像が映し出されて居る。
画素数の荒い画像だが、それでもわかるのはこの場所が何処かの別荘地なのと異常に警備体制が整って居る事。
ハンターはこれまでに調べてわかった事をレイスに報告する。
「場所はメキシコ南部、座標も特定出来た。この赤く光ってるのは恐らく無人ASの赤外線でしょうな。少なくともアマルガムの関係者が居る事は間違いない。ところでレイスはこの画像を何処で入手したんですか?」
「ミスリルは解体されたがそう言うのをペラペラと話す訳にはいかないな」
「ま、そうですね。それで相良軍曹、いつ攻め込みますか?」
「現地のもっと詳しい情報が欲しい所だがこれ以上は無理だろう。無人AS以外にもラムダドライバ搭載機が居る可能性も充分ある。アーバレストの修理の目処も立たん。あのシャドウを使って深夜に攻め込み、機体を起動する前に破壊する。そうなれば只の鉄クズだ」
「ですが警戒態勢の中を潜り抜けるのは至難の業ですよ? 新型が出来上がるのを待ったほうが」
慎重を期するハンターは装備も充分に整ってない現状で攻め込むのは無謀だと考える。
けれどもヒイロはそれに異を唱えた。
まぶたを開けると鋭い目付きで意見を述べる。
「敵の戦力比から考えて持久戦は出来ない。新型のASでも補給もナシに戦い続けるには限界がある。新型の性能を把握されて対策されると厄介だ。今は既存の装備で攻め込むしかない」
「あぁ、それにあの男の目的も未だにわからん。アマルガム……組織とは関係なく動いて居る。今までの連中はウィスパードの能力を目当てに狙って居たが、奴はどうにも違う気がしてならん」
宗介もまだ新型を使う事に反対した。
戦闘員である2人に反対されればハンターも黙って頷くしかない。
「ではどうする気ですか? たった1機のASで出来る事などたかが知れてますよ」
「輸送機による高高度からの降下、タイミングを合わせて爆破で目眩ましをして注意を反らした隙に千鳥を奪還する。あくまでも最終目的は千鳥の奪還だ。戦闘は最小限に納めれば良い」
「目眩ましはどうするつもりです?」
「俺がやる」
ヒイロは名乗りを上げた。
ASによる奇襲攻撃は宗介、その為の陽動をヒイロが担当する。
共同作戦ではあるが役割を分担した単独行動が主なので2人とも動きやすい。
立ち上がるヒイロは何も言わないまま部屋から出て行こうとするがドアノブを握った所で宗介に止められてしまう。
「待て」
銀色の丸いドアノブは数ミリ動かした所で手の動きはピタリと停止する。
振り向くヒイロの視線を感じた宗介は閉じた口を再び開き言葉を続けた。
「陽動はお前に任せる。作戦はいつ決行する?」
「急いだ方が良い。時間が掛かればそれだけ相手にも余裕が出来る」
「なら明日だ。お前の腕は当てにして居る」
「了解した」
一言だけ言い残すとヒイロは何処へ行くとも告げずに部屋から出て行った。
残された部屋で宗介はミラの座るソファーの対面に腰を下ろし、彼女へこれからの事を説明する。
「すまない。また1人にさせてしまう」
「謝らないで下さい。あそこから助けて頂いただけでも」
「それでも俺達は、キミのウィスパードの能力を利用してる点では同じだ。敵を倒す為の兵器をキミに作らさせてしまって居る。それにここも安全と呼べるような場所ではない。見つかれば敵は容赦なく俺達を殺しに来るだろう。そうなれば俺はもうキミを守る事も助ける事も出来ない」
(相良さんもユイさんと似てる。本当は優しい人なのに怖い場所で戦ってる。本当なら……本当なら普通に日本で暮らしてる筈なのに)
短い期間ではあるがミラは宗介とヒイロの本質を理解し始めて居た。
戦場と言う生死が混雑する場所に置いて、生き延びる為には敵を殺すしか道はない。
幼少期から戦いに身を置く2人だがこうではない可能性もあった。
感情を、優しさを押し殺す必要もない未来もあった筈。
ミラはその事に気が付いて居たが今と言う状況下では2人の戦闘能力が必要なのも理解出来た。
故に心の中で思うしか出来ない。
「だが敵と対等に渡り合うには新型がどうしても必要だ。キミに危険が及ばないように俺も全力を尽くす」
「わかってます。私もなるべく早く出来上がるように頑張りますから」
「そう言ってくれると助かる」
「サムも一緒ですから寂しくもありません。私も頑張りますから相良さんも」
「肯定だ。レイス、輸送機はまだ使えるな?」
レイスはポケットから白い箱を取り出し、その中から新品のタバコを1本摘み出す。
フィルター部分を口に咥え、ジッポーのフタを指で弾きカキンと音が鳴る。
着火させる為フリントホイールを勢い良く指で回し、火花が飛ぶと同時に小さな火が灯った。
タバコの先端をジリジリと燃やし燃え移ったのを確認するとジッポーのフタを閉じポケットの中へ戻し、フィルターから送られて来る煙を肺の中へ充満させ、そして吐き出す。
レイスの口とタバコそのモノから漂って来る煙の臭いに宗介は嫌悪感をむき出しにするが、レイスはそんな事を一切気にしない。
「メキシコ南部か。使えるが往復したらもう燃料が失くなる」
「良し、行けるな」
「ならアタシも準備を進めるぞ。後の事はハンターと合わせておけ」
レイスは再びタバコを口に咥えて部屋から移動する。
入り口のドアがバタンと閉じられると部屋に残された3人には静かな空気が支配する。
ハンターは使ってたノートパソコンのディスプレイを閉じ、額から流れ出す汗をハンカチで拭う。
「ヤレヤレ、自分勝手な人達だ」
「あの2人は今まで単独行動で動いて来た。今更連携して動けと言われても無理だろう」
「そうかも知れませんがねぇ。あのガンダムが使えれば、作戦もやりやすくなるのですが」
「無理だろう。奴はガンダムを使うつもりはないらしい」
「ガンダムの事はデータで見ました。従来のASを圧倒的に凌駕する機動力、装甲、攻撃力。アレがあればアメリカ軍とも渡り合えるでしょうな。いいや……勝てる。あのビーム砲の攻撃力は素人目に見ても異常です。何故ガンダムを使おうとしない!?」
「俺には奴の考えは理解出来ん。ただ、邪魔になるとは言って居た」
「くっ!! 今が1番必要な時なのに。邪魔になるとはどう言う意味だ?」
苦虫を噛み潰した表情をするハンター。
ヒイロがガンダムを使わない理由は誰にもわからないが、現状の戦力で戦って行くしかないと言うのは確かな事。
作戦開始までの僅かな時間、宗介も自分の装備の最終チェックに入る。
///
日も落ちた夜。
星空が煌めく中でかなめは夜空を見上げる訳でもなく、サビーナが用意したミートスパゲッティーをフォーク1本でズルズル音を立てて食べて居た。
口の周りにソースを付けながら、フォークの先端を真っ白な皿にカチャカチャ鳴らしてまたスパゲッティーを啜る。
(ここから逃げ出す方法が見つかった訳じゃない。でも宗介達はまだ諦めずに戦ってる。兎に角、いつでも動けるように食べるモノ食べて体力は付けとかないと)
あの日からかなめは塞ぎ込んでた生活を止めてランニングやプールで水泳等、体を動かして鈍った感覚を戻して居た。
そして食べる。
料理の味は日本人好みの味付けではないが贅沢は言ってられない。
最後のひと口を絡めとり大きく口を開けて頬張った。
咀嚼しながらテーブルの隅に置かれた紙ナプキンを引っ掴み口元に付いたソースを拭い取る。
その時部屋の扉がノックされ、かなめは使った紙ナプキンをクシャクシャに丸めてテーブルの上に置くと返事を返した。
「どうぞ。サビーナなんでしょ?」
グラスに注がれた水を飲むかなめ。
ゆっくりと開かれた扉の先に見えたのはメガネを掛けた少女ではなく、長い銀髪に黒いコートを来た少年。
「残念だけど彼女ではないよ」
「アンタは!?」
早歩きで近づいて来たレナードはかなめの側まで近づくと強引の右腕を掴んで立ち上がらせる。
瞳から伺える感情はいつもと違い冷たく鋭い。
「ちょっと!! いきなり何よ!?」
「すぐにここから出るぞ」
「出るって次は何処に連れ行く気よ?」
「ソ連のヤムスク11」
「ヤムスク?」
かなめは聞いた事のない地名に頭を悩ませるがレナードはそれを許してくれない。
返事も聞かぬまま部屋から連れ出そうと歩き始めるが、当然かなめは抵抗の意思を見せ前に進むまいとブレーキを掛ける。
「だから!! アタシは行くなんて一言も言ってないでしょ!!」
「残念だけどキミの意思は関係ない。僕の計画はもう最終段階に入った。例えここで足を切り落としてでもキミを連れて行く」
「今までは鼻に付くお坊ちゃんみたいだったのに、それがアンタの本性って訳?」
「そんな事はどうでも良い。言った筈だよ? 無理やりにでも連れて行くと」
レナードは懐から黒光りする拳銃を取り出すとセーフティーを解除してかなめの眼前に突き付ける。
瞳から伝わって来る感情はやはり冷たく、口にしたように必要とあらば本当に撃つ殺気がわかった。
生きて帰る事が目的のかなめはこれ以上の抵抗は無意味と判断し、奥歯を強く噛み締めながらレナードの意向に従う。
「わかったわよ。付いてけば良いんでしょ。そのかわりアンタが言う計画ってヤツが何なのかを教えなさい。それぐらいなら歩きながらでも出来るでしょ」
レナードはすぐに返事を返さない。
トリガーに掛けた指をそのままに、かなめの表情を凝視する。
空気が氷付き大時計の秒針がカチカチ鳴る音だけが静かに聞こえた。
秒針が6回動いてようやく、レナードは銃を収め重たい口を開く。
「そうだね。キミにも無関係ではないからね。でもこの計画を理解してもらうには時間が掛かり過ぎる。だから――」
ハッとかなめは息を呑む。
体の力が抜けて意識がぼんやり霞んでしまう。
自分の意思ではどうしようもなく、満足に抵抗する事も出来ずにレナードに向かって倒れ込んでしまう。
(この感覚……共振)
かなめの深層意識へレナードの意識が混ざり合う。
完全に意識を手放してしまうかなめだが、頭に直接レナードの声が聞こえて来る。
『妹から聞いてるか、もしくは自分で気が付いたかもしれないけど、ウィスパード同士の共振は危険って事を知ってるかな?』
『テッサから聞いたわ。テレパシーや超能力みたいに便利なモノじゃないって。下手をすれば戻って来れない事も』
『それを知ってるなら充分。でも僕は敢えて共振でこの計画の全貌をキミに伝える。言葉で伝えても理解出来ないだろうし、この方法が1番手っ取り早い』
『それで? 危険を犯さないと言えない計画なんでしょ? 余程ご立派な計画なんでしょうね。子供みたいに世界平和の為、とか言うもんなら後でぶん殴ってやるから』
『少し違うかな。この計画は世界に平和をもたらしはしない。世界を元に戻すんだ』
『元に……戻す?』
『そうさ。この間違った世界をね』
少しずつ紐解くように、些細な力で壊れてしまう卵の殻のように、かなめは慎重に言葉を選びながらレナードに疑問を問い掛ける。
『そもそも、何が間違ってるって言うの……』
『僕達の存在そのモノ。ウィスパードがもたらすブラックテクノロジーにより世界の技術レベルは飛躍的に上昇した。けれどもその代償は終わらない戦いの日々。ASが開発された事で戦火は更に広がった。中国は南北に分断され、アメリカとソ連はいつ終わるともわからない冷戦を続けて居る。燃えないゴミばかりが増えて、人類は何も変わろうとはしない』
『そうかも知れないけれど、アタシだって好きでウィスパードになった訳じゃないんだから。関係ない戦争に巻き込まれて、死ぬ思いまでして。こんな事してまでウィスパードになりたいだなんて考えないわよ。他の人だってそうじゃないの? アンタだって』
『僕もウィスパードになった事で宿命を背負わされた。父は戦いの中で死に、母も妹を守る為に殺された。こんな世界は間違ってる、って何度も呪った。そして気が付いた、そもそもが間違ってる事に。キミは疑問に思った事はないかい? 映画やアニメでしか見ないと思ってた巨大兵器が今や実際の戦いに導入されてる事に。そしてたかが開発されて10数年しか経ってないのに従来の兵器を遥かに凌ぐ性能に』
『それがウィスパードのブラックテクノロジーって事でしょ』
『キミの言う通りだ。このブラックテクノロジーのせいで世界は変わった。だから僕は戻すんだ。こんな不純物などない元の世界に』
レナードが言う言葉にかなめはまだ理解出来ない。
これから先に伝えられる計画の全貌に慎重な足取りで踏み込む。
『戻せる訳ない。そんな都合の良いモノ、あるわけないじゃない』
『ある。その為に僕達はヤムスク11に行く。キミには知っておく義務がある。ウィスパードが生まれてしまった理由を』
かなめの中に強引に入り込んでくる様々な情報。
ウィスパードが生まれてしまった理由。
1981年12月24日23時50分、絶望と苦しみに苛まれながら彼女はこの世を去った。
ソフィア。
人類に初めて現れた最初のウィスパード。
当時のソ連軍は彼女を拘束し、投薬など様々な方法で彼女の中を蹂躙した。
何日も何日も何日も。
日付の感覚も失い繰り返される実験に衰弱して行く体。
そして崩壊する自我。
誰も助けてなどくれず、向けられる目線は自分の事をモノとしか見て居ない。
新しい情報、新しい兵器、新しい力。
ソフィアは道具としてしか扱われない。
もはや意識も自我すらもない状態でも、心の中には恨みと憎しみ、苦しみと痛みの感情だけが増幅されて行く。
耐え切れなくなった体は彼女の精神を解き放ち、そして死んで行った。
『これがウィスパード?』
『彼女の精神に同調した人間、それがウィスパード。1981年12月24日23時50分から00時までの間に生まれた新生児がそれだ。だから世界にウィスパードの数は少ないし、生まれた瞬間の事なんか分かる筈もないから本人すら気が付かない』
『たった10分じゃない。お母さん、どうしてアタシをクリスマスに産んだのよぉ』
誕生日がクリスマスなせいでかなめはクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントをまとめられて居た。
妹は年に2回も貰えるのに姉であるかなめは1回だけ。
小さい頃は駄々をこねたりしたが中学生にもなれが気にしなくなった。
けれども誕生日のせいでこんな目に会ったとかと思うと失くなった母の事を愚痴りたくもなるし、僅か10分の間ともなれば涙を流したくもなる。
『ウィスパード、アンタが言いたい事はわかったわ。納得は出来ないけど』
『僕はキミを連れ去る前に1回だけ挑戦したんだ。この世界を元に戻すにはどうすれば良いのか。簡単さ、彼女がウィスパードだとわかる前に殺せば良い。ラムダドライバのエネルギーでもあるオムニスフィアを集結させれば出来る。そうして僕はタイムマシーンを作った』
『タイムマシーン!?』
『そうさ、驚くかい?』
『アニメや漫画じゃないんだから。そんなの出来る訳ないでしょ!?』
『でも僕は作った。いや、違うな。作ったと思い込んでた。実際に起動してみたけど僕は過去にも未来にも行けなかった。マシーンは1回起動したらすぐに壊れてしまってね。これはダメだと自分でも笑ってしまったよ』
瞳を閉じて乾いた笑いを出すレナード。
かなめはタイムマシーンなどバカバカしいと考えてたが、ある可能性が頭の中を過った。
こんな事はありえない、無理に決まってる。
そうやって考えを誤魔化そうとするがレナードには筒抜けだった。
レナードの体には変化はなく過去にも未来にも行けなかったが、他の人が過去か未来から来た可能性。
『過去ではないよ。いつかはわからないけど未来から来た。キミにもようやくわかったよね、彼の正体が』
『止めて!!』
『ヒイロ・ユイ、そしてガンダムは未来から来た。何年後の未来かはわからないけどね』
真実を知ってしまったかなめ。
心ではどれだけ否定しようとも流れこんで来る情報はそれが真実だど否応無く突き付ける。
『僕もキミも、そして彼も、この世界には必要のない存在だ。だから元に戻す。本来のあるべき姿に。その為には全ての元凶であるヤムスク11へ行く必要がある。そう……全てはここから始まった』
明かされる真実、そしてレナードが企む計画の全貌。
新型機の開発も間に合わず、ガンダムも使えない状況でどうなって行くのか!?
ご意見、ご感想お待ちしております。