かなめがヒイロに親切すぎるのは後々の話で書きたいと思います。
それにしても何か不自然な気が……
ヒイロは学校から出るとそのまま帰宅する為に歩いている。
真っ黒なアスファルトの上を真っ直ぐに、他には一切気にかけることもなくただただ歩いて行く。
程なくすると横断歩道に差し掛かり信号が赤の為そこで立ち止まった。
鋭い目つきのまま向かい側の歩道で立ち止まっている人達を視線がぶれる事なく見ている。
一見すると普通の学生にしか見えないヒイロだが彼を工作員だと信じて疑わない宗介は少し離れた場所から観測、追跡をしていた。
「目標は国道23号線を直進中、現在は信号で立ち止まっている」
壁を這うように、影に溶け込むように、気付かれずにヒイロの追跡をする宗介。
学校から出て行ったヒイロの後をそのまま付けて来たので学生服のままだ。
周囲の人は奇妙な行動を取る宗介を避けて行ってしまうがそんな事は気にならない。
「必ず決定的な証拠を掴んでみせる。よし」
信号が青に変わるとヒイロはまた歩き出した。
工作員だという事実を突き止める為に宗介は行動を続ける。
けれどもヒイロは目立った動きなどはせずただただ歩くのみ。
傭兵として長い期間を過ごして来た宗介にはこのくらいでは根を揚げたりはしないが、追跡を続けている内に奇妙な感覚を感じた。
「ん、このルートは――」
その感覚が何なのかを考えようとしたらヒイロが今までにない動きを見せた。
思考を切り替え再び観測すると彼は右手を耳に添えていた。
「あぁ、問題ない」
「携帯電話か、おそらく会話しているのはアイツの司令官だな」
電話の声を聞き取ろうと宗介は口の動きを読み取ろうとした。
相手からの声は聞き取れないが少しでも情報を集める為に無駄になる事はない。
「もうすぐ着く。……あぁ、了解した」
「いたって普通に話しているな。ばれないように暗号化して情報を伝えているのかもしれん」
「……邪魔が入った。切るぞ」
ヒイロは片手で握っていた携帯を操作すると通話を終わらせズボンのポケットへ閉まった。
何事もなくまた歩き出すが、最後に言った一言を宗介は聞き逃さない。
「アイツ、今邪魔が入ったと言ったな。どう言う事だ、俺が追跡しているのに気がついているのか?」
周囲に電話の邪魔になるような物はないし聞こえて来る騒音も困るほどではない。
細かい疑問は残るが歩いて行くヒイロを追う為にさらに追跡を続けた。
///
テッサはクスリで意識を失っているタクマを引き連れて1人、宗介の住んでいるマンションに向かっていた。
タクマの腕を担ぎながら額に汗を滲ませて、肩で息をしながらなんとか連れて来た。
元々運動能力、体力共にあまり良くない彼女に人を1人担いで歩いてくるのは相当は負担だ。
カリーニンは敵の追手を振り切るために囮になって時間稼ぎをしてくれた。
その想いに応える為にも彼女は1人で歩いた。
「もうすぐ、相良さんの……」
息も絶え絶えに宗介のマンションを目指して歩き続ける。
道路の角を曲がると下を向いていたせいで誰かにぶつかってしまった。
「キャッ!!」
「失敬……」
限界まで来ていた体力に追い討ちを掛けるように、姿勢を維持する事が出来ずにアスファルトへ尻餅をついてしまう。
「いった~」
体に伝わる鈍い痛み、遂にはそのまま地面にへたり込んでしまう。
元から少ない体力が限界に来てしまい緊張の線も切れてしまった。
「大佐殿!!」
聞こえて来るのは彼女がよく知っている声、部下でもあり自分の想い人、忘れる筈もない。
「この声は、相良さん!?」
地面に座ったまま頭を動かし何処に居るのかと、さっきまでの疲れも忘れて必死に探す。
目の前に立つぶつかった相手は鋭い目付きでテッサを睨む。
その彼の後ろから宗介が全力で走ってくるのが見えた。
宗介はテッサの元まで来ると倒れている彼女を抱えてくれる。
「ご無事ですか、大佐殿?」
「さがらさん……」
間近に見える宗介の顔に思わず赤面してしまう、テッサは今の状況を心の中で堪能していた。
その表情は恋に焦がれる乙女の顔、普段部隊の指揮官として振舞っている時の彼女とはまったくの別もの。
「良かった、ケガはないようで」
「はい、大丈夫です。私ドジだからうっかりこけちゃっ――」
彼女は最後のセリフを言い終わる直前に自分の置かれている状況を思い出した。
今は敵に見つからずにタクマを連れて行かなくてはならない。
そうしなければタクマはラムダドライバー搭載機のパイロットとして、殺戮兵器の道具として使われてしまう。
「そうだ、タクマは!?」
「タクマとはあの少年の事ですか?」
宗介が指摘した先にはアスファルトに寝転がっているタクマが居た。
ぶつかってこけた拍子に抱えていた腕から落としてしまいそのままだ。
「よかった、ケガもないようね」
「大佐殿、彼は?」
「相良さん、すぐに彼を安全な場所へ」
次に発した言葉はつい先ほどまで乙女だった彼女とは違う。
宗介の上官として鋭い視線で命令を下す。
「了解しました。でしたら1度私の部屋に」
「お願いします。それと―――」
テッサは宗介の腕を振りほどき自分の足で立ち上がると誤ってぶつかってしまった人物の元へ向かった。
彼は立ち止まったまま睨むようにテッサを見た。
「先ほどは申し訳ありませんでした。すぐに謝りもせずに」
「気にしていない。用がないなら行くぞ」
「待て、ヒイロ・ユイ!」
宗介は携帯していた銃を引き抜くと彼、ヒイロの頭部に狙いを定める。
途端に緊張した空気に場が包まれるが彼は一切動揺しない。
けれども突然の宗介の行動にテッサはすぐに理解出来ないで居た。
「相良さん!? 一体何が?」
「大佐、この男は危険です。我々の情報を掴む為に派遣された工作員かもしれません」
「何を言っている?」
「ヒイロ・ユイ、どうやって大佐の居場所を掴んだ。お前が陣代高校に転校してきたのもこの為か!」
「…………」
「黙秘か、その程度で引き下がる俺ではない。この銃は威嚇じゃない、俺の質問に答えるんだ。さもなくばお前の足を――」
「ふん!!」
甲高い音が響き渡る。
宗介が銃を下げ後ろに振り向くとそこにはハリセンを握ったかなめが居た。
さっきの音はフルスイングしたハリセンが宗介の頭に当たった音だ。
「なかなか痛いぞ千鳥」
「うるさい!!心配して来て見ればやっぱり変な事をして!さっさとその物騒な物をしまいなさい!!」
「千鳥、だがコレは――」
「何、まだ何か言いたい事があるの?」
かなめの目は今、怒りに燃えていた。
こうなった彼女を上手く丸め込めるだけの技量を宗介は持ち合わせていない。
ドスを聞かせた声を発するかなめに従い宗介は渋々銃をしまった。
「それで、こんな所で何をやってんの?」
「俺はアイツの追跡をしていただけだ」
「さも当然のように言うんじゃありません。この2人は知り合い?」
「男のほうは知らない。彼女は……その……」
宗介がミスリルの構成員だと言う事はもうかなめに知られているので仕方がない。
それでもまだテッサの事をかなめは何も知らない。
トゥア・ハー・デダナンの艦長だと本当の事をそんな簡単に言える訳がない。
例え言ったとしてもすぐには信用してくれないだろう。
どのように説明したらいいものかと宗介は悩みかなめから目を逸らしてしまう。
「うがあああぁぁぁ!!」
耳に聞こえたのは獣のような叫び声、ずっと寝ていたタクマの意識が戻っていた。
地面に寝転がっていたタクマはそこに居らず両手の爪を伸ばして傍に居たヒイロに飛び掛った。
一瞬でも気を緩めてしまった事を宗介は後悔した。
「クソッ!! 俺とした事が」
けれどももう間に合わない、ヒイロとタクマの距離が近すぎる。
右手の爪をヒイロの顔面に目掛けて振り下ろした。
「があああぁぁぁ!!」
「ふん」
体を少し傾けただけで右手は空を切り裂いた。
全力で前方に力を入れたせいでその後前のめりになってしまった所にヒイロの拳がぶち当たる。
みぞおちにめり込む拳、肺の空気がすべて口から出て行くような激痛が襲う。
「ぐっ!? うぅ」
「終わったか」
意識のなくなったタクマがまたゆらゆらと地面へと倒れていく。
「タクマ!?」
テッサは意識のない彼を抱え揚げると心配そうな眼差しで見つめた。
でも殴った当の本人は見向きもしない。
「お前達に付き合っている暇はない。用がないなら行くぞ」
「ちょっとヒイロくん、待って」
問答無用でこの場から去ろうとするヒイロ、けれどもかなめはそれを止めた。
かなめはヒイロの傍まで寄ると学生服の胸ポケットからハンカチを取り出して頬に当てた。
真っ白な生地が肌に当たると赤いシミが付く。
「ほらケガしてる。さっき引っかかれた時に切れたのよ」
「このくらいなら何ともない」
「ダメよ、ちゃんと手当てしないと。もうすぐ私の家だから、そこなら救急箱もあるから」
「千鳥、行くのなら俺の部屋だ」
「ん、そんなに距離は変わらないしそれでもいいけど」
「それならすぐに移動しましょう。彼は自分が」
「えぇ、お願いします」
宗介はテッサから了解を得るとタクマを抱えて自分の家を目指した。
彼に続くテッサ、でも離れていく3人にヒイロは付いていこうとはしない。
「ほら、何やってるの?行こう」
かなめはヒイロの腕を掴むと強引に引っ張って宗介の家に向かった。
///
宗介は部屋の扉を開けると3人を招きいれた。
「ここが自分の部屋です。どうそ」
「ありがとうございます。お邪魔しますね?」
「なんで敬語なのよ?」
「その事は後で説明する」
「本当でしょうね?」
テッサの素性を説明するのを濁す宗介にかなめは苛立つ。
疑問に思いながらも彼女も部屋に入る。
ヒイロもかなめに続いて部屋に入るのを確認した宗介は扉の鍵を閉めた。
「よし、後はコイツだ」
そう言うと宗介は運んできたタクマをフローリングの床に寝かせると両腕を後ろに回させた。
交差させた手首に鉄製の手錠を掛けて自由を奪う。
「ちょっと宗介、何やってんの?」
「手錠を掛けている。またいつ暴れられても適わん。両足にはロープを巻きつけて満足に移動出来ないようにさせる」
淡々と作業を行なう宗介の姿を見てかなめは改めて普通の学生ではないと認識した。
「これで良い、目が覚めても動ない」
「相良さん、1ついいですか?」
「はい、何ですか?」
「あの~、シャワーをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「問題ありません。浴室はその先にありますのでご自由にお使いください」
「ありがとうございます相良さん。それではお借りしますね」
テッサは案内された浴室に向かうと3人だけになる。
「まぁいいわ、あの子が出てきたら話は詳しく聞かせてもらうからね。それよりヒイロ君のケガの手当てしないと」
「このくらいなら何ともない」
「ダメよ、ちゃんと消毒しないと治りも遅いんだから。宗介、救急箱ある?」
「あるにはあるが」
「どうしたのよ、じれったい」
「中にハサミが入っている。訓練された者が使えば十分な武器になる。くれぐれも奪われないように――」
「そんな心配せんでいい!!いいからさっさと出す!!」
「わかった」
かなめの怒声が響くと観念して引き出しに向かった。
中から救急箱を出してくるとそのまま素直にかなめに引き渡した。
「何回も言ったけどヒイロ君が工作員な訳ないじゃない。どっからどう見ても普通の人でしょ。ったく~」
(アレが普通の学生の在るべき姿なのか。俺の間違いだったのか)
かなめは渡された救急箱をテーブルの上に置くと中を開けて消毒液と綿を取り出した。
新品の消毒液のビニールを剥がすとパチンとキャップを開ける音が鳴る。
「ほらヒイロ君、イス座って」
「これぐらい平気だと言ったはずだ」
「大丈夫大丈夫、ちょいちょいってすぐに終わらせるから痛くないわよ」
「お前は……わかった」
言いかけた言葉を飲み込むとヒイロも観念して言われたようにイスに座った。
かなめは綿に消毒液を染み込ませると血が出ている左頬に軽く当てた。
消毒と一緒に頬に付いた血の跡も消えていく。
手当てをしている間にヒイロは一切動かなかった。
「よ~し、こんなもんかな」
「千鳥かなめ」
「うん、どうしたの?」
「感謝する」
「いいってこのくらい、それにコレ宗介のだしね」
「相良宗介」
「なんだ?」
「詳しく話を聞く必要がある、あの女から」
「それは俺も同じだ。今の状況がまったく理解できん」
テッサが何故日本に居るのか、一緒に居た少年は誰なのか、何一つ分かっている情報がない。
「あの~」
いくらか時間が経過すると申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
振り向くとTシャツと長ズボンを着たテッサ、ズボンの裾の丈が合わずに折り曲げて居る。
「すみません、着る物がなかったので勝手に借りてしまいました」
「いえ、御気になさらずに。それよりも今日はどうしてこのような場所に?」
「それを話すには一般人の2人には危険が付き纏います。無関係な人を巻き込むような事は――」
「こんな事をしている暇があるならさっさとここを移動するべきだ」
テッサの声を遮るようにヒイロが間に割り込んできた。
「敵がこの男を簡単に見逃す筈がない。密閉されたこの部屋はすぐに囲まれるぞ」
テッサは普段の艦長としての仕事も否定されているようですごく不愉快な気持ちになる。
そのせいで口調も普段よりすこしきつくなってしまう。
「失礼ですけれどアナタは?」
「ただの学生だ」
「巻き込んでしまったのは本当に申し訳ないと思っています。けれどこの場では私や相良さんの方が専門です。2人を無事に帰すのが今の私の責任なんです」
「命令するなら相良だけにしろ」
「待ってください。アナタは今の状況をちゃんと理解出来ていません!」
「お前の指示に従うつもりはない。俺は行く」
「ちょっとまったぁぁぁ!!」
張り詰めた空気を引き裂くようにかなめの大きな怒鳴り声が響き渡った。
まるで時間が止まったように誰も微動だにしない。
「一体、何の話してるの?」
///
「気分はどう?」
「生で蛇を食べたような気分だ」
「いいじゃない、美味しそうで。私は食べないけれど」
カリーニンが目を覚ますとむき出しの電球で照らされた薄暗い個室のベットに寝かされていた。
脇腹には銃で撃たれて負傷した跡があったが包帯を巻かれて手当てをされている。
壁に寄りかかり白いパイロットスーツを着た女を顔を動かして見た。
「何故私を助けた?」
「アナタと話をしてみたかったの。一応言っておくけど拷問じゃないわ」
「一体何が目的だ。あの少年タクマは?」
「タクマ、ねぇ。タクマはラムダ・ドライバ搭載機のパイロットとしてお金が掛かってるの。アナタもラムダ・ドライバがどんな物かは知って居る筈よ」
「情報を聞き出すつもりか?」
「そんな事はしないって言ったでしょ」
「聞くつもりがないのならこちらから聞いてもいいかな?」
「内容によるわ。アナタの事気に入ってるけど何でも話せるほどお人好しじゃないの私」
「南アメリカ前線基地、あそこを襲撃したのはお前達か?」
カリーニンは以前から気になっていた事を口に出した。
今までは自身が所属するミスリルと相対する組織、アマルガムが襲撃したのだと考えていたがここに来て第2の可能性が出てきた。
ラムダ・ドライバがなければ巨大な基地を一瞬で壊滅させるなど到底不可能だ。
けれども彼女は期待していた答えを出してはくれない。
「何それ?そんな事をして私達に何の得があるの?」
「ラムダ・ドライバを搭載したASの稼動実験をしたはずだ」
「完成はしているわ。けれどタクマはまだコクピットに入ってすらいないわよ」
(どう言う事だ?ウソを付いているようにも感じない。やはりアマルガム、それとも別の……)
「アナタを見ていると昔を思い出すわ。彼と一緒に居た頃のあの時を」
「彼、というと」
「私達を育ててくれた師匠とでも言いましょうか。武知征爾って名前聞いた事ある?」
「いいや、ない」
カリーニンは答えると彼女はその人物について語りだした。
そのときの彼女の顔はとても優し表情を浮かべている。
「元傭兵だったらしいんだけど、私達を引き取ってくれた彼は戦闘技術を叩き込んでくれた。何も出来なかった私達にとってそれは自信を与えてくれた。けれどもそんな物があったところで社会は認めてはくれなかった。彼は社会に、世界に葬られたのよ」
「私はその男に会った事がない。だからどんな人物なのかも分からない。けれど彼はキミの中で生きている、キミの行いが死後の彼の存在を決める事になる」
「説教のつもり?それとも説得?計画は揺るがない、タクマさえ戻ってくればベヘモスは起動する」
「ベヘモス、それがラムダ・ドライバ搭載機の名前か」
「えぇ、そうよ。ベヘモスが街を炎で包む。アナタには見せてあげられないけれど」
彼女はホルダーから銃を取り出すと弾を装填してカリーニンの頭部に付き尽きた。
黒光りした鉄の塊が額に辺り冷たい温度が伝わってくる。
だがカリーニンは死に直面した今でも動揺はしなかった。
「話はここまでよ。アナタとはもっと早くに出会いたかった」
「今からでも遅くはないんじゃないか?」
「ううん、もう遅い。もう私は引き返せない、引き返さない」
「決意は固いようだな」
「さようなら、カリーニン」
ご意見、ご感想お待ちしております。