フルメタルWパニック!!   作:K-15

21 / 51
いつも以上に文章が長くなってしまった。
コメディーを書くのは難しいですね。
特にヒイロを絡めて行くのが苦戦してしまいます。


第21話 決着!! 究極の勝ち方!!

かなめの絶叫が木霊する事30分後、担任の神楽坂が急遽駆けつけて硝子山高校の教職員に平謝りしている。

彼女の目の前に居る50を過ぎた白髪の生えて居る男性教職員は、前代未聞の出来事に呆れていた。

 

「本当にすみません。今後はこの様な事がないように厳しく指導しますので」

 

「お願いしますよ? 防犯センサーの修理費も、キッチリ都の方に報告させて頂きますので」

 

「はい!! 本当に申し訳ありません」

 

神楽坂は只々、相手に謝り通す。

消防車は何もないと言う事で戻って行ってしまった。

周囲に住む住民も騒ぎが収まると何処かへと消えてしまう。

硝子山高校の教頭と神楽坂が玄関前で向き合っており、かなめと宗介と瑞樹は少し離れた場所から眺めて居た。

神楽坂が懸命に謝罪する言葉はかなめ達の所にまで聞こえる。

 

「後でアタシ達もキツく絞られるだろうなぁ。ったく!! 何だってアンタはこう、毎回毎回騒動を起こすのよ!!」

 

「千鳥、これは仕方がなかったのだ。何故なら――」

 

「んな訳あるか!!」

 

かなめは何処からかハリセンを取り出すと、宗介の脳天に唐竹割りを打ち込む。

空気が割れる音が響き、宗介の姿勢が傾いた。

それでも宗介は痛みを表情には出さず、まだピンピンして居る。

 

「なかなか痛いぞ、千鳥」

 

「やかましい!! どんな事情があれば実弾ぶっ放すのよ!!」

 

「聞いてくれ。コレにはヒイロ・ユイが関与している」

 

「ヒイロ君? そう言えばさっきから姿が見当たらないけど」

 

かなめはキョロキョロと周りを見渡すが、ヒイロの姿は何処にも見当たらない。

残された瑞樹は半泣きになってヒイロの事を叫んで居る。

 

「ダーリィィィン!! 何処に居るのぉぉぉ!! アタシを置いて行かないでぇぇぇ!!」

 

「あの娘はもうダメかも……」

 

瑞樹を哀れに感じたかなめはそれ以上は何も言わない。

かなめは瑞樹を視線から切ると、宗介の方を見て話の続きをする。

 

「それで、ヒイロ君が何かしたの?」

 

「ヤツは迷わずに職員室に向かって行った。そして中で何かを掴んだ」

 

「掴んだって何を?」

 

「わからん」

 

キッパリと言い切る宗介にかなめは肩透かしを食らう。

結局は何もわからずじまいで、宗介が他校でまたもや騒動を起こしただけに終わってしまった。

 

///

 

硝子山高校の試合まで残り2日。

スケットを頼まれたかなめと宗介とヒイロだが、試合に勝つ為に何かをしている訳ではなかった。

練習すら見に行っておらず、ラグビー部がどのような活動をして居るのかすらわからない。

日が短くなるに連れて不安になるかなめは、4時限目が終わった昼休みにヒイロの元へ行く。

自分の席に座ったままのヒイロは片手でスマホを操作して居た。

 

「ねぇ、ヒイロ君。アタシ達何もしてないけど大丈夫なの? このままで試合に勝てるの?」

 

かなめの声を聞いてもヒイロはスマホの画面から目を離さない。

親指を使い器用に文字を打ち込みながら、ヒイロはその質問に答える。

 

「問題はない。順調に進んでいる」

 

「順調って、だから何を?」

 

「その日が来ればわかる。それよりもお前に頼みたい事がある」

 

「頼みたい事?」

 

ヒイロが初めて自分を頼りにしてくれた事に驚いて素っ頓狂な声を出す。

けれども同時に、人との交流を少しずつ深めているヒイロにかなめは安心感を覚える。

転校して来たばかりの頃と比べれば変わって来たヒイロ。

かなめは嬉しさに口元を緩める。

 

「良いよ。それで頼みたい事って?」

 

「試合当日、アイツらを1人も欠かさず会場に連れて来い」

 

ラグビーのルールがわからなくとも出来る、当然の事を言うヒイロ。

それ以上ヒイロは何も言わず口を閉ざしてしまい、余りに簡単な事にかなめは拍子抜けしてしまう。

 

「それだけ?」

 

「あぁ、それだけだ」

 

ヒイロの顔を見つめるが、表情からは何も読み取れない。

ずっとスマホに向き合って指でタッチスクリーンをスライドしているだけだ。

ちらっと覗いた画面には顔文字や絵文字が見える。

 

(に!?……似合わない)

 

いつもの態度などからは想像が付かない事を目の当たりにして驚くかなめ。

つい先程は笑みを浮かべていたが、その表情は引きつったモノに変わってしまう。

どうしたら良いのかわからず立ち尽くしていると、教室の扉が勢い良く開かれた。

そこには別のクラスの瑞樹が立って居る。

 

「ちょっとかなめ!! アタシのダーリンに馴れ馴れしくしないで!!」

 

「アタシのって……見向きもされてないのに」

 

瑞樹は他の生徒達を押しのけながらかなめとヒイロの所まで歩いて来る。

大きな声を出して目立った事で廊下から見物する人も現れ、3人は晒し者になってしまう。

けれども瑞樹はそんな事など気にしない様子で、かなめに睨みを効かせて突っ掛かって来る。

 

「アタシとダーリンは将来を誓い合った仲なんだから。いくらかなめでも変な気を起こしたら許さないから」

 

「一体、何時からそんな仲になった訳? アタシの知ってる限り、瑞樹とヒイロ君がまともに会話してるのも見てないんだけど」

 

「アタシ達は心が通じあってるの!! 高校を卒業したら大恋愛の末に結婚して、毎日アツアツの新婚生活を送るんだから!!」

 

人に聞かれたら恥ずかしい事を大声で叫ぶ瑞樹。

かなめも話を聞いていて呆れてモノも言えない。

肺に溜まっている酸素を口から大きく吐き出し、瑞樹を諭すように喋る。

 

「もう好きにすればいいんじゃない? アタシは邪魔しないから、後は恋人同士ど~ぞごゆっくり」

 

「そう言ってまた横からちょっかい出す気でしょ!!」

 

「またって何よ、またって。人聞きの悪い」

 

「アンタは相良と一緒に入ればいいじゃない!!」

 

思いもよらぬ人物の名前を聞いてかなめの表情は赤面してしまう。

宗介との関係をごまかそうと彼女は途端に懸命になり、大口を開いて瑞樹に声を上げる。

 

「なっ!? ち、違う!! あんなヤツ傍に居られた所で迷惑なだけ。モノは壊すは、銃で人を脅すは、こっちは溜まったもんじゃないんだから!!」

 

「そう言う割にはほぼ毎日一緒に居るように見えるけど」

 

「そ、それは~」

 

宗介がかなめの傍に付き添う理由、彼女はそれを瑞樹に説明する事は出来ない。

ウィスパードの秘めた能力を持つかなめは、外国の秘密機関に狙われた事がある程の重要な人物だ。

包み隠さず正直に話した所で信用される訳もないし、それと同時にかなめがウィスパードだと何処から漏れるかもわからない。

故に簡単に話す訳にはいかない。

宗介はそれを守る為に、任務でかなめの傍に居る。

かなめは返す返事が思い付かず言い淀んで居ると、メガネを掛けた同級生の風間が2人の間に割り込んで来た。

 

「あの~、2人とも」

 

「何よメガネ!! こっちは大事な話をしてんの!!」

 

怒り心頭の瑞樹はかなめだけでなく、無関係の風間にまで突っ掛かる。

余りの剣幕に風間は息を呑んで1歩後ずさりした。

それでも風間は勇気を出して足を元の位置へ戻し、右手でメガネの位置を直すと瑞樹と向き合う。

 

「それなんだけど。ヒイロ君、もう何処かへ行っちゃったよ」

 

「えっ!?」

 

声を上げた瑞樹がすぐ傍の机を見ると、さっきまで居たヒイロの姿が何処にも見当たらない。

かなめさえも気が付かない内に、またしても何処かへ姿をくらましてしまう。

 

「いつの間に!? かなめ、アンタのせいよ!!」

 

「だから、アタシのせいにされても困るって」

 

「こんな事してる場合じゃ!? ダーリン、今行くからぁ~!!」

 

瑞樹は学校中に響き渡るくらいの大声を出しながら、嵐のように教室から去って行く。

彼女が居なくなると集まって居た野次馬もバラけて行き、ようやくかなめはひと息付いた。

 

「何でアタシの周りって、こんな面倒なのしか居ないの」

 

「千鳥さんも相良君だけでも手一杯なのに大変だね」

 

「えぇ、本当に」

 

瑞樹の声は昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで響き渡った。

 

///

 

6時限目も終了し、かなめはイスに座りながら凝り固まった背中を両腕を上げて伸ばす。

少しばかり血行が良くなるのを感じ、肺に溜まった空気を吐く。

新鮮な空気を取り入れると、頭の中もリフレッシュされる。

 

「さて、宗介?」

 

かなめは隣の席の宗介を見ると声を掛けた。

机の横へ引っ掛けたカバンを手に取り、ノートを詰め込んでいる最中の宗介。

かなめに視線を向けながらも、手の動きは止まらない。

 

「どうした?」

 

「うん、ラグビーの事なんだけど。やっぱり練習した方が良いと思うの。ヒイロ君は何もしなくて良いって言ってたけど、やらないよりかはマシだと思う」

 

「ヤツの考えている事がわからない以上、迂闊に動くのは危険だ」

 

「アンタじゃないんだから、そんな心配要らないわよ。最近はメールにご熱心で、現にヒイロ君は何もしてないでしょ?」

 

「それは……そうなのだが」

 

顎に手を当てて考える宗介。

かなめはその様子をじっと眺めるしか出来ない。

けれども5秒程経過すると、手を離しかなめの方へ向き直る。

 

「わかった。俺も行こう」

 

「本当に!? なら早速行くわよ!!」

 

「肯定だ」

 

右手にカバンを持つ宗介とかなめ。

2人はイスから立ち上がり、ラグビー部員の待つ部室棟まで足を運ぶ。

青く塗装されたドアの目の前に立つ2人、かなめはノックして中に人が居るのか確かめた。

 

『はい』

 

中からキャプテンの郷田の声が聞こえ、内側からドアが開かれる。

背も高くガタイの良い体の郷田が現れ2人の姿を見ると目を丸くした。

 

「あれ? 相良さんに千鳥さん。今日はどうしなんですか?」

 

「試合まであと2日しかないけれど、付け焼き刃でも練習した方が良いと思うの」

 

「練習ですか? そうしたいのは山々なのですが、今日は別の活動がありまして」

 

「別の活動?」

 

「はい。宜しければ、お二人もご一緒にどうですか?」

 

別の活動をすると言う郷田。

ここまで来て引き返す訳にも行かず、かなめは何も言わずに頷いた。

 

///

 

頭上から太陽の光が降り注ぐ中、かなめは火鉢を持たされて居た。

左手には透明なゴミ袋を握り、駅からの通学路に落ちているゴミを拾わされて居る。

 

「どうしてこんな事を……」

 

唖然とするかなめとは対称的に少し前を歩く宗介は文句も言わず、黙々と作業を続けていた。

灰皿変わりに使われた缶コーヒーの空き缶をまた1つ、ビニールの中へ入れる。

 

「どうした、千鳥? これがラグビー部の活動なのだろう。なら、最後までやり通す義務がある」

 

「それは……そうなんだけど。やってる事も別に、悪いって訳でもないんだけど……」

 

納得の出来ていないかなめの歯切れは悪い。

宗介はそんなかなめの気持ちなど露知らず、アスファルトに落ちている螺旋状に捻れたネジを拾う。

 

「コレもだな。おそらく、工事現場を出入りする車両から落ちたのだろう」

 

「ねぇ、宗介」

 

「なんだ?」

 

「おかしいって思わない?」

 

最後の望みを賭けてかなめは宗介に相談した。

これ以上こんな事を続けるのは我慢の限界で、固く握り締める拳は火鉢をワナワナと揺らす。

 

「別に何とも思わん」

 

宗介はぶっきらぼうな顔でかなめと向き合い、質問の応えを即答する。

それを聞いた瞬間、かなめは頭の中で何かが切れた。

時を同じくしてバラけていたラグビー部員達も彼女の所へ集まって来る。

キャプテンの郷田が先頭になり、他の部員を誘導してかなめの元へやって来た。

 

「ご苦労様です。どうですか、千鳥さん? こちらの方は?」

 

「あのねぇ……」

 

俯いて見えなくなるかなめの表情。

郷田はそんな彼女の顔を見ようと下から覗きこもうとした直後、割れんばかりの怒声が響き渡った。

 

「こんなので試合に勝てる訳ないでしょうがあああぁぁぁっ!!」

 

「ひぃぃ~!?」

 

情けない声を出す郷田は尻餅を付き、へっぴり腰でかなめから距離を離す。

後ろに続いていた他の部員も同様に、大人数であるにも関わらずかなめ1人に怯えきって居る。

屈強な男達が女1人に何も出来ず震える様にかなめは情けなくなり、今まで試合に勝てなかった理由を悟った。

 

「あのね~。練習しないでこんな事してるから、いつまでたっても強くなれないのよ」

 

「でも、地域の清掃活動はみんな喜んでくれています」

 

「そうかもしれないけど、それはボランティアで練習の後にでもやればいいでしょ!! 練習時間中は練習しなさいよ!!」

 

「けど――」

 

嫌気が刺したかなめは、弱々しく言い訳を連ねようとする郷田の前でハリセンを取り出し、全力でアスファルトに叩き込む。

ハリセンの音が鳴ると、郷田達はまた情けない悲鳴を上げた。

そしてゲラゲラと下品な笑い声が聞こえて来る。

 

「がぁぁぁっはっはっはっ!! 無理だよ嬢ちゃん、虫1匹殺せないコイツラじゃ。まぁ、ちょっとやそっとじゃ俺達は負けねぇけどな」

 

かなめは声が聞こえて来た背後に振り向くと、その人物は仁王立ちして居た。

ゴリラに似た顔面と茶色く焼け焦げた肌。

練習で培った肉体は筋肉でムキムキだった。

彼の取り巻きに見分けの付かない同じような容姿をした男達が3人付いている。

 

「今までも仕方なく試合して来たが、コイツラの弱さは筋金入りだぜ。俺1人でも勝てらぁ」

 

「誰、この人達?」

 

突然現れた男達をかなめは面識がない。

宗介に聞いてみるが頭を横へ振られてしまう。

さらにその後ろで地面に尻を付いて震えていた郷田が、男達に指を刺す。

 

「が……硝子山高校ラグビー部のキャプテン!!」

 

「聞いたぜ、郷田!! 次の試合で俺達に負けたら廃部らしいな? ようやくお前らに引導を渡せるかと思うと清々するぜ!!」

 

「ま、まだ試合はしてないじゃないかぁ」

 

「無理無理、ありえねぇよ。それともここで息の根を止めてやろうか?」

 

闘志をみなぎらせる硝子山高校のキャプテン。

拳を握り締め骨をボキボキ鳴らし、郷田達を威嚇して来る。

脅えて、震えて、縮こまるしか出来ない。

中には涙を零しているモノも居た。

見るからにひ弱で抵抗する力などない郷田だが、それでも相手は攻撃をしようとして来る。

宗介は咄嗟にポケットから銃を取り出そうとした。

 

「宗介!!」

 

「っ!?」

 

かなめは宗介を睨みつけ銃を取り出そうとするのを押さえ付けた。

息を呑んだ宗介はグリップから手を離し手をゆっくり引く。

不穏な空気が漂い、周囲の一般人も危険を察知して離れて行ってしまう。

1歩ずつ迫ってくる相手に、郷田は身を守る事すら満足に出来ない。

 

「さ~て。死にさら――」

 

豪腕を振り上げ筋肉の塊が襲い掛かろうとした瞬間、彼らの動きが一斉に止まった。

ズポンのポケットに入れている携帯が振動し、設定されている着信音が持ち主に電話が掛かって来たのを知らせて来る。

男達は全員ポケットに手を伸ばし携帯を取り出すと、ボタンを押して耳に当てた。

その表情は高揚しており、みっともなく鼻の下を伸ばしている。

 

「はい……あっ!? 雪野さん!! はい、僕で宜しいのですか? はい!! わかりました!! 必ず行かせて頂きます!! はいぃ!!」

 

電話の向こう側に全力で応えている様を見て、かなめは何が起こったのか理解出来ない。

ゴリラ顔の男達がだらしない表情で電話して居る様子は異様だった。

見ているのも嫌になり、かなめも1歩ずつ後ろへ下がる。

 

「め、目が腐るっ!? みんな、何だか良くわからないけれど逃げるわよ!!」

 

「はいぃ!!」

 

かなめの号令と共に、郷田達ラグビー部員も地面から這い上がり一目散にこの場から退散する。

宗介はにやけながら電話する様をしばらく観察して居たが、ラグビー部員が全員逃げ出したのを確認したら走って行った。

その日は何も出来ないまま、まともな練習も出来ずに試合当日を迎えてしまう。

 

///

 

試合当日の土曜日の朝、かなめはマネージャーとして雇われている事もあり学校の制服に着替えると部屋を出た。

肩には暑さに備えてピンク色の水筒がヒモで引っ掛けてある。

エレベーターで1階に降りマンションから出て、試合会場へ向かう為に駅に向かう。

雲1つない快晴、アスファルトに太陽光が吸収されて気温は見る見る内に上昇する。

 

「今日も熱いわね。日焼け止め大丈夫かな?」

 

かなめは肌に塗り込んだ日焼け止めの効果を心配した。

どんな日焼け止めでも長時間、完璧に肌を保護する事は出来ない。

立ち止まり自分の右腕をもう1度だけ見てから、かなめはいつも使っている駅へ急いだ。

休日の駅は空いており、改札口までスムーズに行く事が出来る。

定期券を取り出し改札を潜り、電車が来るホームへ階段を降りると宗介と瑞樹が居た。

 

「おはよう、宗介。みんな一緒なんだ?」

 

「あぁ、偶然乗ろうとした時間帯が一緒だったみたいだ」

 

いつもと変わらずぶっきらぼうに言う宗介。

彼も学校指定の白いYシャツと黒の長ズボンを履いている。

けれども瑞樹は違い、他の誰よりも異色を放って居た。

フリフリとした黒いスカートを纏い、頭には赤いリボンを付けている。

ゴスロリと言われるファッションをかなめは初めて目の当たりにした。

 

「どうしたのよ、その格好!?」

 

「今日はこれからダーリンとデートに行くの」

 

「それでその格好?」

 

「そうよ!! 愛するダーリンに頼まれたら、断る訳にはいかないでしょ!!」

 

「これ、ヒイロ君が言ったの!?」

 

瑞樹の言った言葉が信じられず、驚いて思わず聞き返してしまう。

想像していたモノとかけ離れたヒイロの趣味は、普段の態度からはありえない。

かなめは瑞樹が着ているゴスロリ衣装をまじまじと見つめるしか出来なかった。

呆然と立ち尽していたら、ホームに列車が迫って来る。

線路の繋ぎ目の上を車輪がガタガタと通過し、甲高いブレーキ音を鳴らしながら車両は減速して行く。

停止した後に慣性で前のめりに揺れて、圧縮された空気が開放され左側の扉を開けた。

ガラガラの車内から人は誰も降りて来ない。

 

「じゃ、アタシは商店街に行ってくるから」

 

「商店街!?」

 

「そう。そこでダーリンと待ち合わせなの」

 

「商店街でデートって……ヒイロ君、何考えてんの?」

 

ヒイロの考えている事が一切掴めないまま、瑞樹は車両の中へ乗ってしまう。

扉が閉じられ、瑞樹を乗せた電車はまたゆっくりと発進する。

電車の加速に伴い空気を動かし、かなめの長髪をなびかせた。

 

「アタシ、ヒイロ君の事勘違いしてたのかな?」

 

「アイツは工作員だ。人を欺くぐらい、造作も無い筈だ」

 

宗介の冷静な分析ではかなめの心は癒せない。

心の中のヒイロのイメージがガラガラと崩れる。

その2分後、時刻表通りに次の列車が到着した。

2人は何も言葉を交わさずに乗り込み、試合会場へと向かう。

 

///

 

試合会場へ到着した2人はグラウンドのベンチに集合して居る郷田達を見つけた。

白いヘルメットとストライプ柄のユニフォームを着ており、見た目だけは強そうなラグビー選手に見える。

その中には生徒会長の林水とヒイロも居り、かなめと宗介は彼らに合流した。

 

「ヒイロ君? それに林水先輩も来てるんですか?」

 

「会長閣下、ご視察でありますか?」

 

林水はいつものシワ1つない真っ白な制服と、右手に扇子を広げて居た。

敬礼しながら話す宗介に、林水は涼しげな表情で応える。

 

「視察など、そこまでのモノではないよ。ラグビー部の行く末がどうなるのか見届けたいだけさ」

 

林水は優雅に扇子を仰ぎ、グラウンドを見た。

グラウンドでは既に審判が配置されており、後は試合開始を待つだけ。

かなめは周囲を見渡すと対戦相手の硝子山高校の生徒がまだ1人も来ていないのと、美樹原がここには居ない事に気が付いた。

かなめは林水の傍へ寄り、その事に付いて聞いてみる。

 

「先輩、今日はお蓮さん居ないんですか?」

 

「今日は予定があるらしい。無理に引き止める事も出来んので、ここへは私1人で来た」

 

「そうなんですか。あと、硝子山高校の選手はどうなってるんですか? 誰も居ないんですけど」

 

「この事に関してはヒイロ君に聞いた方が良い」

 

林水に言われてヒイロの方を見ると、青いベンチの上に両腕を組んで座って居た。

かなめは右隣に座り、事の成り行きをヒイロに尋ねる。

 

「ねぇ、ヒイロ君。瑞樹から聞いたんだけど、今日ってデートじゃないの?」

 

「誰もそんな事は言っていない。アイツが1人で勘違いしているだけだ。俺はあの服を着て商店街へ行けとしか言って居ない」

 

(瑞樹、可愛そうな娘……)

 

心の中で瑞樹を哀れむかなめ。

 

「で、何で対戦相手が来てないの? これじゃ不戦勝になっちゃうのに」

 

「あぁ、それが目的だ」

 

「え!?」

 

「何もしなくてもコイツラが勝つ方法。それは不戦勝だ」

 

真顔でヒイロはそう告げた。

当然、かなめはすぐにそんな事を信じられない。

思わず立ち上がり、ヒイロの両肩をガッチリ掴む。

 

「不戦勝で勝つって。相手が全員来ないなんて、そんなの偶然で出来る事じゃない。一体何をしたの? それがこの前、硝子山高校へ行った理由なんでしょ!!」

 

「俺はアイツラを少し暴走させただけだ」

 

「ぼうそう?」

 

「その為に硝子山高校へ行き、連絡先を入手して来た。相良が俺の後を付いて来るぐらい簡単に予想が付く。アイツが勝手に暴れてくれたお陰で、仕事もしやすくなった」

 

「そこまで予想してたの……」

 

かなめが今まで悩んで居た事すらヒイロの手の平の上で操られているようだった。

わかっていながら宗介を止めないヒイロを白状だとも思うし、自分よりも早く短い期間で宗介の特性を理解してしまう所に舌を巻く。

ヒイロはかなめの事など気にもせず、話の続きを語る。

 

「後はラグビー部に所属している人間の携帯電話に、間違い電話だと偽って接触した」

 

「それで何が暴走するのよ?」

 

「変声機を使って女のフリをした」

 

「女のふりぃぃっ!?」

 

想像も出来ない発想に声を上げて驚くかなめ。

彼女がどれだけ驚いてもヒイロは表情を崩さない。

ヒイロはその後の細かな経緯を話し始める。

 

「雪野五月と言う女と偽り、ゆかなと言う少女と偽り、奴らの心理を惑わした。後は試合当日、商店街に来るように伝えた」

 

「でもそれを全員が聞いてくれるの?」

 

「少し仄めかせば簡単に引っかかった。それにここのラグビー部は弱小だ。レギュラーが1人抜けたくらいではまず負けない。それを全員に言った」

 

「なんて……面倒で周りくどいことを……」

 

かなめはこんな事を現実にしてしまうヒイロを信じられないと言った様子で眺めた。

開いた口が塞がらず、体からどっと力が抜けてしまう。

肩を大きく揺らして呼吸をし、額から汗が流れて来る。

心を落ち着かせる事数秒、かなめはここには居ない2人の事を思い出しある事に気が付いた。

 

「そう言えば!! 商店街って瑞樹が行ってるんじゃ!?」

 

「美樹原蓮も一緒だ。アイツラに雪野五月とゆかなになって貰った」

 

「本人はその事を承諾してるの?」

 

「バレなければ問題ない。それに危険が及ばないよう保険もある」

 

「保険?」

 

事もなく言い切るヒイロにかなめの思考は追い付けない。

口を閉ざし考えようとした時に、ズボンのポケットに入れた携帯から着信が入る。

片手をポケットへ伸ばし折り畳みの携帯電話を取り出し画面を見た。

傷つき防止の透明なフィルターが張られた液晶画面には、親友である常磐恭子の名前が表示されている。

通話ボタンを押したかなめは耳元へ携帯を当てた。

 

「もしもし、恭子。どうしたの?」

 

『あ、かなちゃん。駅前の商店街で暴動があったみたいだけど大丈夫?』

 

「商店街で……暴動……」

 

冷汗が背中を流れた。

これから聞かされる恭子の言葉が怖くなって来る。

それでも彼女の感情は電話の向こう側の恭子には伝わらず、話の続きが嫌でも聞かされてしまう。

 

『うん。何処かの学校の生徒とヤクザの人が暴れてて、警察も一杯来て大変だったよ』

 

「ヒイロ君が言ってた保険って……」

 

かなめは美樹原が秘密にして居る事を知っている数少ない人間の1人である。

美樹原の実家は江戸時代から長く続くヤクザだ。

美樹原蓮はそのヤクザの総長の娘であり、男手1つで大切に育てられており組合員からの信頼も厚い。

そんな彼女が屈強な男共に詰め寄られるのを見ては、血の気の多い彼らが黙って居る筈はなかった。

 

『保険? それで一緒に美樹原先輩と瑞樹ちゃんも居るんだけど』

 

「2人は無事なの!?」

 

『うん、何ともないよ。でも美樹原先輩は和服着てるし、瑞樹はフリフリしたのを着てるし』

 

「和服? どうしてそんなのを」

 

『それよりかなちゃん。今日は試合じゃないの? 結果はどう?』

 

「試合は――」

 

かなめが言おうとした時に、グラウンドから黄色いユニフォームを着た審判達がベンチへ走って来た。

ホイッスルをヒモで首にぶら下げた主審が前に出て、キャプテンである郷田に告げる。

 

「対戦相手の硝子山高校が試合時刻も過ぎても到着しないので、この試合は不戦勝とし陣代高校の勝ちとします」

 

「ほ、本当ですかぁ!?」

 

何もせずとも勝ちを取った郷田達は歓喜に湧いた。

力なくその光景を視界に入れるかなめは、恭子に試合結果を報告する。

 

「0対0でこっちの勝ちよ」

 

『0対0って?』

 

疑問の声を上げる恭子にかなめはこれ以上何も言いたくはなかった。

あっという間に試合は終わり、事の成り行きを見に来ていた林水は自らの見解を述べる。

 

「千鳥君。キミはハニートラップを知っているかね?」

 

「何ですか、それ?」

 

「女性が男性を誘惑し、機密情報を盗んだり相手の弱みを握ったりする事だよ。ヒイロ君がやった事はそれに似ている」

 

「こんな勝ち方、アリなんですか?」

 

「勝負とは常に非情なモノだよ」

 

目に涙を浮かべ全員でバンザイをして居るラグビー部。

かなめは哀れで何も言えず、一緒に来た宗介も何もせずその光景を眺めて居た。

事情を知らない宗介は、的外れな事を口にする。

 

「ラグビーとは平和なスポーツなのだな」

 

「違う……」

 

今回に限ってはかなめは強く言わなかった。

 

///

 

(その後、陣代高校ラグビー部は地区予選を全て不戦勝で勝ち進み全国大会へ出場した。だがその影で、対戦相手の選手の所に雪野五月と言う未亡人と、ゆかなと言う少女から電話が掛かって来た選手達は惑わされて言ったと都市伝説が広がる。陣代高校は1回戦で前大会優勝校と対戦し、548対0と記録に残る大敗退を全国に晒されてしまう。ラグビー部はこの大会を最後に、全員自主退部した。これで良かったのかなぁ?)

 

胸の内で聞くかなめの疑問を応えてくれる人は誰も居ない。




次もまた日常パートです。そして久々に彼女にも登場して貰います。
誰が出るのか想像を膨らませて、また次回をお待ち下さい。
ご意見、ご感想お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。