残念、ちょっと遅れているだけです。
戦闘を終えた宗介とクルツはトゥアハー・デ・ダナンへ帰還した。
負傷したマオはすぐさま医務室へ運ばれ、搭乗機であるM9も整備に取り掛かる。
仰向けに寝かされ、機体をチェーンで固定し、整備兵が1番損傷の激しい右腕の状態を確認する。
ラムダドライバのエネルギー波で吹き飛ばされた腕部は胴体から先が完璧になくなっており、剥き出しになるちぎれた配線。
骨格を形成するフレームごと破壊され、衝撃の激しさを物語っている。
「こりゃヒデェ。ゴッソリ持ってかれてんな」
灰色の革手袋をはめた整備兵はM9の破損具合を見るとそう呟いた。
オイルと緑色の冷却水が溢れだし装甲を汚している。
トゥアハー・デ・ダナンにはASが使用する武器と弾薬、機体その物の消耗品は充分に備わっている。
モーターにケーブル、装甲板に至るまで揃うのは海を動く工場のよう。
それでも右腕を丸々1本となるとさすがに無理である。
部品もない、道具もない、長時間の修理に割く人員もない。
ガンダムとの戦闘でASを3機も失い戦力の低下したトゥアハー・デ・ダナンに、マオの機体を無理してまで修理する必要性はなく、戦闘を避け基地への帰還進路を進んでいる。
「しばらくはこのまま寝ててもらうしかないな」
アーバレストも両膝とマニピュレーターを床に付けた状態で固定され、宗介はハッチを開放させて中から飛び降りた。
戦死者が出た今回の任務の責任を強く感じている宗介の表情は暗く、うつむき加減に格納庫から出て行く。
頭の中では生前の姿が浮かび上がり心から離れない。
任務の失敗、使いこなせないラムダドライバ、ガウルンとガンダムの存在。
これらに宗介の精神は翻弄されており、どうにも出来ない自分に増々ストレスが溜まる。
今の宗介は張り詰められた弦のように余裕がなかった。
黒いパイロットスーツから着替える為に更衣室へ向かっていると、通路脇から私服姿のかなめが顔を覗かせる。
「あ、居た」
宗介を見つけたかなめは早歩きで近づき隣へ並ぶ。
一般人として保護され戦闘の事など知る筈もないかなめは、いつものように太陽のような笑顔で宗介に話しかけるが、それでも彼の心は塞ぎこんだまま。
目だけをチラリと動かし、彼女の声に返事も返さない。
「おかえり、宗介。大変だったって聞いたけど」
かなめの声はちゃんと届いている。
けれども今は口を動かすのも億劫で、無視するように歩き続けた。
「宗介?」
声に出さないと伝わりはせず、気になりながらもかなめは数歩離れて後ろから付いて行く。
作戦が終わった後のトゥアハー・デ・ダナンは静まり返っていた。
事後処理に追われ戦闘員以外はどこかの部屋に入り浸りで通路には2人しか歩いていない。
更衣室に入った宗介は備え付けられているベンチに腰掛け、口から深い溜息を付く。
見た事のない宗介の表情にかなめは少し困惑した。
それでも彼女なりに彼を慰めようと、隣へ座って精一杯の笑顔を向ける。
「ねぇ宗介、どうかしたの?」
「千鳥には関係ない」
「そんな事ない。話せばスッキリするかもしれないし」
「話した所で無意味だ」
「そうかもしれないけど、そんな顔のアンタ見てられない。だからさ、アタシでも少しは力になれるかもしれないし」
拒否する宗介だが、かなめの心も折れない。
健気に振る舞うかなめではあるが、今の宗介には何もかもが鬱陶しく、声を荒らげてしまう。
「俺の事は放っておく置いてくれ!! 千鳥が居ても邪魔なだけだ!!」
「邪魔って……邪魔ってなに!! 人が心配してるに!!」
「キミに一体何がわかる!! 戦場を知らないキミが、戦いを知らないキミが何を知っている!! さっきの作戦で仲間が3人死んだ。アーバレスト、ラムダドライバ、ガウルン、未確認機体、キミの護衛任務、ケチが付きっぱなしだ。こんな筈ではなかった」
互いに感情を剥き出しにして言葉をぶつけ合う。
慰める筈だったかなめも火が付いてしまい、大口を開けて声を出し自分の意思だけでは後に引けなくなる。
何よりも宗介に自身を否定されたのが1番許せなかった。
溢れ出る悲しみは止まらず、それは彼女の精神を安定させる為に作用し返って宗介を遠ざけていく。
「何それ。だったら止めればいいでしょ!! アタシはアンタになんか守ってもらわなくてもいいんだから!!」
「そうはいかない。任務である以上は全うする。そうでなければ、ここまで苦労した意味がなくなる」
「訳のわかんない事言わないでよ!! だったらなに? アンタにとってアタシはその程度でしかないって事?」
「そうは言っていない」
「言ってんでしょ!! もういい、アンタなんか何処ぞの戦場で野垂れ死ね!!」
考えるのも嫌になり、かなめは視界から宗介を切った。
瞳に熱い涙を溜め走り去るかなめを、宗介は何も言えず呆然と見守るしか出来ない。
立ち上がる気力すら起きず、ベンチに座ったまま作戦失敗の自責の念ばかりが頭を埋め尽くす。
部屋を出たかなめは行く宛もなく走り続けるしかなかった。
1人になる事で感情が抑えきれなくなり止めどなく涙が溢れ出る。
海を進む潜水艦の中で外に出る方法などないが、それでも彼女はただひたすらに無心で走るしか出来ない。
膨れ上がるかなめの悲しみが、冷たい潜水艦の空気で冷やされる事はなかった。
鉄の通路、床にある鉄板の繋ぎ目を眺めながら走るせいで、前から来るクルツとマオが居る事に気が付けない。
真っ赤に染まった顔を、緑の軍服を着ているクルツの胴体にぶつけた。
「いっ!?」
「おっと、どうしたのかなめちゃん?」
兵士として鍛えているクルツは10代の少女にぶつかった所でびくともせず、かなめの両肩を掴み表情を覗きこむ。
ぶつかってようやく気が付いたかなめは泣いている姿を見られたくないと、服の袖で急いで涙を拭った。
けれども瞳の涙が拭われても、彼女が泣いていたのは赤く腫れている目元と震える声で簡単にわかる。
「ごめんなさい。大丈夫ですから」
(泣いている。あのヤロウの仕業だな)
事情を話そうとしないかなめに、クルツは言及はしない。
でも彼女が涙を流す理由を感覚で理解し、原因が宗介である事も確信した。
女性に対してユルユルのクルツだが、その分女性に対しては人一倍気を使い接している。
傷つけないように、悲しませないように、繊細で壊れやすいガラス細工を扱うように。
故に泣かせるなど言語道断で怒りがこみ上げてくる。
しかしトゥアハー・デ・ダナンに時間は余り残されていなかった。
額に包帯を巻いたマオは肘でクルツの体を小突き、かなめに伝えるべき本題に入る。
「悪いんだけど、これからヘリに乗ってもらうわ。本当なら島へ向かうか、明日までここに居てもらうつもりだったんだけど、そうもいかなくなっちゃって」
「何かあったんですか?」
「さっきの作戦で予定外の事が多すぎてね。緊急のミーティングやら、整備と補給やらで忙しくって。このままダナンに居ると、日本に届けるのが遅れて学校に行けなくなるよ」
「わかりました」
「じゃあ部屋に荷物取りに行くよ」
マオはかなめの右手を取ると、一緒に並んで持ってきた荷物を取りに歩き出す。
視線でクルツに合図を送り、言葉を発しなくてもマオの言いたい事を読み取ったクルツは、まだ更衣室に居る宗介の元へ向かった。
その足取りは強く、怒りに手が震えている。
熱く燃える感情を宗介にぶつける為に。
更衣室まで来ると、俯いてベンチに座ったままの宗介に怒声を発する。
「宗介!! テメェは」
「クルツ」
クルツは勢いに任せて胸ぐらを掴み、拳を顔面に叩き込んだ。
鍛えられた筋肉と固い骨とで飛んできた拳は鋭く、脳が揺れて一時的に視界がボヤけてしまう。
殴られた理由もわからないまま、宗介は床に倒れた。
手加減ナシで顔を殴られ、痛みがヒシヒシと伝わって来る。
状況を理解しようと立ち上がり、殴ってきたクルツを視界に入れ何とか話を持ちかけた。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりだぁ? ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ!! お前、かなめちゃんに何しやがった!!」
「千鳥に……」
ここまで言われてもまだ、宗介の感覚ではクルツが言いたいことが伝わらない。
殴られた理由も、かなめの名前が出てきた事も、全く理解出来なかった。
「このクソッタレが!! かなめちゃん泣いてたんだぞ!!」
「っ!! 泣いていた……」
「そうだ。テメェの足りねぇ脳みそで、少しは反省しやがれ!!」
言われてようやく気が付くが、不器用な宗介に泣いている女性をなだめる方法などわかるはずもなく、立ち去るクルツの背中を見るしか出来なかった。
///
ブリッジのシートでテッサは巨大ディスプレイに映し出されるガンダムの映像を見ていた。
装甲の強度、マシンキャノンの貫通力、バスターライフルのエネルギー量。
現地で戦闘したクルツとマオのM9、宗介のアーバレストに蓄積された情報も元にして、AIのダーナにガンダムを可能な限り解析させている。
「この未確認機体、目的は何なのでしょう」
「現状では図りかねますな。味方でない事は確かですが、完全に敵と断定するのも軽率かと。もしもそうであるならば、残っていたASをそのまま見逃した事に説明が付きません」
いつものようにマデューカスが隣に直立不動で立ち艦長のテッサに意見を述べる。
潜水艦艦長として過去に名を馳せてきた彼でも陸の上の相手、それも情報の全くない相手には慎重にならざるを得ない。
数分間に及ぶダーナの解析結果が画面に表示され、2人は顔をしかめる。
『解析が終了しました。現時点で考えられるおおよその敵戦力です』
AIの機械質な音声でガンダムの情報が読み上げられている。
他のどの国が開発したスーパーコンピューターよりも高性能なAIが導き出した答えに固唾を呑んだ。
『装甲強度、不明。それに伴う破壊数値、不明。ライフルのエネルギー量、6000MW以上と推定。機関銃の貫通力、複合合金20枚分は貫通出来ると推定。変形時の速度はマッハ3.2を計測』
映像から解析された細かなデータが数値として表されるが、推定や不明ばかりで明確なモノはなかった。
それだけ強力な戦闘力を持っていると言う証拠であり、並のASが数機揃った所で勝てるような相手ではない。
第3世代型ASのM9を複数保持しているミスリルでさえも、対策もなしにガンダムと戦う事は敗北を意味する。
「また対峙するかも知れません。この機体と」
「えぇ、その為にも準備を進めないと。素人目に見ても、この性能は強力すぎます。もしも暴挙に出た場合、誰も止める事が出来なくなります」
新たに増えた敵、その目的さえも今はまだわからない。
映像に映るガンダムはバスターライフルを彼女に向けている。
頭部のツインアイはまるで彼女を睨んでいるよう。
ガンダムの対策を思考していたテッサだったが、通信兵から伝達が回ってきた。
「艦長、ご客人がヘリに搭乗なさいました。発進準備はいつでもOKです」
「わかりました。艦を浮上、120秒で離陸してください」
シートに座ったままのテッサが指示を出し、隣のマデューカスが復唱しそれに続いて各員が連携して動き出す。
海面に浮上するトゥアハー・デ・ダナンは、息継ぎをするクジラの如く。
かなめの3連休は後味の悪い気分だけを残して終わっていく。
///
火曜日、久々の長期連休も終わり生徒達は学校へ登校する。
休みを名残惜しく感じながらも、女子生徒は友人に旅行へ行った話や、彼氏と過ごした話などを相手に聞かせていた。
男子生徒はあくびをしながら部活しかしていなかった、家から1歩も出なかったなどと自慢するように話し、一部の生徒は彼女とデートに行っていた事を羨ましがられている。
そんな他愛もない日常がまた再開し、かなめも学校へと向かう。
いつも一緒に登校している宗介は任務でまだ日本に戻って来られず、この日は1人だった。
だが喧嘩別れしてしまった事に罪悪感を感じているかなめに、次に宗介とどのように接したらいいのかがわからず、故に今日だけは1人である事に安心してしまう。
でも心がモヤモヤするのはなくなるはずもなく、精神状態は不安定なままだ。
カバンを持ち通学路を歩きながら、頭の中ではその事ばかり考えている。
(ちょっと感情的になりすぎたかな。でも、アイツだって……)
自分の事も宗介の事も、今のままでは許せる気にはならなかった。
あの状況でどちらが悪いかを明確に判断する材料は何処にもなく、かなめにもそれはわからない。
だからこんなにも悩まなくてはならず、解決するには当人同士でもう1度話し合うしかなかった。
(でも宗介はお昼ぐらいには来させるってマオさんが言ってたし)
心の中で呟きながら歩いていると、同級生の恭子が小走りでやって来た。
お下げ髪を揺らしながら、愛用しているトンボメガネを掛けて。
「おはよう、かなちゃん」
「あぁ、恭子。うん、おはよう」
「あれ? 相良君は一緒じゃないの?」
「アイツ今日は遅れて来るって。まぁ、アタシには何にも関係ないけどね」
「ふ~ん。だからちょっと元気がなかったんだ!!」
「そ!? そんな事ないし!! 全然!! 全く!! これっぽっちも!! むしろ静かで嬉しいくらい」
かなめの心情を一瞬で見抜いた恭子。
彼女から見たら表情と態度で表してくれるかなめは非常にわかりやすかった。
宗介は関係ないと必死に否定するが、そうでない事は一目瞭然だ。
声を荒らげて恭子に説明するが、声を発する度により明確になっていく。
「あんなヤツなんて何処か辺境の地で野垂れ死ね!! そうすればアタシの高校生活も平穏に戻るってね」
「はいはい、かなちゃん。もうわかったから。あんまり言うと可愛そうだよ」
「ふん!! 言ってわかるようなら苦労しないわ」
かなめの宗介に対する悪口は教室に付くまで延々と語られた。
///
朝の教室では生徒達がグループに囲まって口々に何かを話している。
自分の机へカバンを横掛けるかなめ。
宗介の席を見るが勿論、誰も座っていないしカバンもない。
知っているのに思わず見てしまう。
(何見てんの? あんなヤツ)
あれだけ嫌味の言った相手を気にしている自分が恥ずかしくなりすぐに視線を反らした。
宗介と同じでかなめも器用な人間ではない。
気にしないように、考えないようにと思えば思う程、宗介の事ばかりが頭に浮かび上がってしまう。
椅子に座り肘杖を机に付いてそっぽを向くと、隣のヒイロの席にも誰も居なかった。
(ヒイロ君まだ来てないんだ。もうすぐホームルームなのに)
転校してきてあまり日は経っていないが、ヒイロは今まで無遅刻無欠席だった。
優秀な成績も相まって、宗介とは違い教師からの印象も良い。
ただ、社交性だけはいつまで経っても薄いまま。
半ば強引に写真部へと入れられたが、放課後は活動せずそのまま帰って行ってしまう。
秘密主義で自分の事を一切話さないヒイロは、クラスの中でも話題に上がる事は少ない。
そのせいでヒイロが居ない事にほとんどの生徒は関心がなかった。
(遅れてるのかな? 珍しい。でも宗介も居ないし、工作員とか言いがかりを付けられる事もないか。でも、アイツの言う事を真に受ける訳じゃないけど、やっぱり気になる)
トゥアハー・デ・ダナンの中でテッサと話していた時に感じた違和感。
敵兵に囲まれても取り乱さず、常に冷静に動いているヒイロの姿は、普通の高校生には見えない。
どれだけ宗介に言われても聞き流していたが、あの時に現実味を帯びて来た。
ぼんやりのヒイロの席を眺めていると呼び鈴が校内に響く。
廊下へ出ていた生徒も一斉に自分達の教室へ戻って行き、担任の教師も自分のクラスへ向かう。
神楽坂も呼び鈴が鳴って数分すると教室へやって来た。
かなめはちらっと隣の席をもう1度覗いてみるが、ヒイロはまだ来ていない。
スーツを纏った神楽坂が教卓に登ると朝のホームルームが始まる。
「え~、皆さんおはようございます。先ほど連絡がありまして、相良君は用事で登校がお昼からになります。ヒイロ君は1日欠席です。委員長のかなめさんは授業の先生にそのように伝えて下さい」
「わかりました」
返事を返すかなめ、その後も簡単な報告を神楽坂は続けていく。
宗介はしばらく学校には来ず、ヒイロは1日居ないまま。
かなめの心の中はモヤモヤしたまま晴れない。
///
「任務変更、了解。目的地は朝鮮半島」
ガンダムはミスリルとガウルンのコダールiとの戦闘の後、ずっと海の底で気配を消して隠れていた。
ガンダニュウム合金の特性でレーダーやソナーに引っかかる事もない。
光の届かない海底であぶくを上げてガンダムが重たいボディーを動かし立ち上がる。
右足でペダルを踏み込み、両翼のメインスラスターが火を吹き周囲が気泡に包まれていく。
浮力が発生し脚部が地から離れ、機体はみるみる内に上昇を始める。
海水がうねり、魚達はその巨体に驚いて逃げていく。
「周囲に反応ナシ。行ける」
レーダーを見ても敵どころか船の1隻も居ないのを確認し、さらに速度を上昇させていく。
海面から飛び上がったガンダムはしぶきを上げ、全身から水を滴らせる。
バスターライフルを左腕のシールドへマウントさせ、コクピットの天井のレバーを倒す。
人型だったガンダムをバード形態へ変形させ、ガンダムは大空を舞う。
装甲の水は一瞬の内に吹き飛び、叩き付けられる強風で乾いて行く。
さらに加速するガンダムに、追いつけるモノは少ない。
ヒイロは次の任務を遂行する為にガンダムで飛ぶ。
更新は月に1、2回しかありませんが途中で止めたりは絶対にしないのでご安心を。
必ず完結させます故に、応援してくれると嬉しいです。
活動報告で言い訳する暇があるなら執筆進めろよ、と他の作者をディスっていくスタイル。
ちょっと言い過ぎかな?
問題があるなら消します。