夢を見た。
首だけのリッチを抱えた達郎君の夢。
夢を見てるんだってすぐにわかった。
以前の俺からすれば考えられないことだが、怖くはなかった。ゾンビやスケルトン、神職スキル、霊視スキルのおかげで幽霊を見慣れてしまい感覚が麻痺しているのかもしれない。
どちらも無言で俺を見つめていた。
それはそうだろう。俺は2人の声を聞いたことがないのだから。
神職のレベルが上がれば派生で霊聴スキルを覚えて達郎君の声は聞こえたかもしれないけど。
元は日本人だったっぽいリッチは、首になった後に会ったので喋るどころか動くのすら見ていない。ヤニくせーという印象しかない相手だ。
「なにか言いたいことがあるの?」
しかし、夢でも幽霊の達郎君は口も動かさず、じっとこっちを見ているだけ。
怖くはないけど、気まずい。
かなり居心地が悪い。早く目が覚めてくれないかな……。
起きた時には汗だくだった。
「……理由はわかってるんだよ……」
うん。あんな夢を見た理由はわかっている。
俺の左右にはその原因である2人の美少女が寝ていた。
達郎君の姉、凛子。達郎君の恋人、ゆきかぜちゃん。結婚しているとはいえ、彼女たちに手を出してしまったことが達郎君に後ろめたいのだろう。
そう、夢に現れた自分の無意識を分析してみる。
「……じゃあ、リッチは?」
なんであれも夢に出てきた?
精神防壁スキルもあるし、屋敷には結界を張っている。むこうの精神攻撃ではないはずだ。
なにか引っかかっているのか?
もう倒した相手のことなんて考えたくないんだけどな。
……もしかして、
人殺し……とは違うはずだ。元の人間には戻れそうになかった。
智子やゆり子の浄化技で戻らなかったんだから、他に方法は思いつかない。
セラヴィーみたいに魔族に騙されて魔人にされていた可能性もあるけど、それならなおのこと詳しく知りたくない。
「人間とは戦わないですめばいいんだけどな……」
人は殺したくない。
俺や嫁さんたちに危害を加えられそうになったら、そんなことは言ってなれないだろうけどさ。
ゾンビタウンのある外国との交渉、うまくいくといいな。そう思いながら二度寝する俺であった。
トウキョウ解放がなった翌朝。
しかし、朝刊でもニュースでもその発表はされなかった。
「完全に確認されるまで極秘にしておきたいじゃろ」
「遺体の回収は人手がいる。ゾンビの防虫効果がなくなってるんだから早い方がいい」
「それは対魔忍と自衛隊が協力してくれる手はずになっておる」
トウキョウも広いんだけどな。
朝食後のミーティングで今日の予定を確認する。
耀界スキル持ちはそれぞれ別々の小隊に編成してトウキョウの各所に設置された待機所にて、集められた遺体を分離ヤマちゃんで処理することになった。
必要なのは耀界スキル持ちの娘だけなのだが、敵の拠点を破壊したとはいえ、なにがあるかはわからない。単独行動はしない方がいいだろう。
「使徒とファミリアの存在はまだ極秘じゃ。わしらはあまり外部とは接触せんようにと政府からのお達しがあっての。待機所で退屈せんよう、宿題を持っていくのを忘れるでないぞ」
夏休みの宿題か。
死体処理の横でなんてシュールな光景になりそうだなあ。
「ねずみやのこと、頼んだからね」
耀界スキル持ち全員を動員するために、自分の代理としてねずみやで働くことになっている月ちゃんと詠に念をおす結真ちゃん。
心配はいらないと思うけど、後で俺も見に行こう。
「資格試験やその他の用事のある者は忘れていないな?」
前もってみんなが提出した夏休みの予定表を確認する軍師たち。
試験を一番受けるのは彼女たちなんだよな。英検や漢検、簿記その他、すでに受けた試験は軍師全員が合格してるんだから、本当に古代の人? って疑いたくなるぐらい。
「ウチらはそろそろ免許取れるはずや」
「……真桜、プラモ作るの手伝ってくれ」
「ええんか?」
「うん。入門用に渡したのは上手くできていたし」
霞のはロードサンダーが完成してるからいいとして、他の娘たちのはまだできていない。数が多いから1人じゃ大変なんだよ。選んだのも手ごわいキットだし。
「DVDも渡すから待機所で確認しながら作ってくれ」
「ウチだけで作ってええの?」
「うん。好きに作ってくれていいよ。真桜の作品も知っておきたいし。あ、ドリルは目立つからない方がいいけど」
プラモデルは好きに作った方が楽しくできると思う。
楽しいのは大事だ。EPが籠っているはずだから。
「各自、弁当は持ったね? 待機所からはあまり出ないでくれ。それと遺体の処理という性質上、あまり騒がないようにね。運んでくれる人たちもかなり辛い精神状態になってるかもしれないから」
「気にしすぎなんじゃない?」
「不謹慎だって不評は受けたくないでしょ」
神経質になりすぎるぐらいでちょうどいいと思う。
「それでは、なにかあったらすぐに連絡を入れるように」
注意事項を確認して俺たちはシンジュクの都庁前にポータルで跳び、そこから自衛隊の車で運んでもらい、各地の待機所へと移動した。
「……学校とか」
俺のいる班が案内された待機所は中学校だった。思わずため息が出る。
すでに体育館には青いシートが敷き詰められて、この学校の生徒だったであろう遺体たちが並べられていた。
仇は討ったはずだが、やはり悲しい。子供たちなら尚更だ。
「緊急時にヘリの運用や、遺体の置き場所を考えたら学校は向いていると思います」
そうは言いながらも辛そうな顔の詠美ちゃん。すぐにヤマちゃんを呼び出して遺体の処理を始めようとする。
「まずは現場の指揮官に挨拶してからでないと駄目よ、ヤマを見たら驚くわ」
うん。異世界魔族の仲間と勘違いされても困るので、ここ担当の自衛官や対魔忍の人に挨拶を済ませた。
俺たちを見て驚いていたけど。
……俺たちの情報は極秘にされているから、美少女と子供がくるなんて思ってなかったんだろうな。
作業を開始すると、次々と遺体が運び込まれていく。
それを黙々と飲み込んでいく剣魂大蛇。
ある程度の数の処理を済ませると圧縮された遺体を一気に吐き出すヤマちゃん。それは1センチ角の黒いキューブで表面にバーコードが彫られていた。
光臣は効率優先だったのだろう。場所はとらないけど、サイコロ状の遺体は無機質すぎて余計にもの悲しかった。
その後、ヤマちゃんに作業をまかせ、俺たちは校舎の空き教室に移動した。
スキルの耀界も範囲がそこそこあるので、少しぐらい離れた距離でも剣魂は実体化できる。スキルレベルが上がれば範囲も広がるらしい。
まずは校庭を行きかうトラックを眺めていたが、続々と遺体を運搬してくるだけなのですぐに見るのを止めた。
この小隊は俺、華琳、春蘭、秋蘭、詠美ちゃんの5人だ。俺は模型製作、他は宿題や勉強をする。
この編成は期末試験で赤点をとってしまった春蘭の学力向上のためである。契約している俺が小隊長の小隊なら熟練度の貯まりがいいからね。
他の赤点の子? 春蘭で手一杯です。
桂花も入りたがったが、春蘭と言い争って勉強にはならないだろうと他の小隊に回された。今頃は季衣ちゃんたちの勉強を見ているはずだ。
「むー?」
「どうした?」
華琳のそばで夏休みの宿題中の春蘭がうなっている。
「穴埋め問題なのだがな。意味は美女の例えらしい。つまり華琳さまを称えるのに相応しき言葉! 間違えるわけにはいかんのだ!」
どれどれ、と問題を覗き込むと『立てば( )座れば( )歩く姿は( )の花』というもの。
答えを知っている秋蘭がヒントを与える。
「姉者、これは全て花の名が入るのだ」
芍薬って花なんだっけ?
「そうか、
勢い込んでシャーペンを走らせる春蘭。
魏武の大剣が自信満々に書いた答は、『立てば(ザヤク)座れば(イチジク)歩く姿は(キク)の花』だった……。
「ええと、せめて漢字で書かないと」
漢字で書けば、立っているのに座の字を使うのはおかしいとか、
というか、ピンポイントに間違えすぎでしょ。ネタなの? 狙ってるの?
「漢字はわからなかったのだ! ひらがなとカタカナは便利でいいな!」
あんた漢字の国の人でしょ……。
「春蘭、欲求不満なの?」
「は? ……い、いえ、華琳さまを思い浮かべながら問題に答えただけなのですが」
春蘭の返答に華琳が微笑む。ちょっと頬がひきつってるけど。
「姉者、ちょっとこっちへ」
秋蘭が春蘭を教室の隅に連れて行き、なにやら小声で話している。きっとイチジクや菊の意味を教えたのだろう。
すぐに春蘭が真っ赤な顔をして戻ってきた。
「も、申し訳ありません華琳さま! これは間違いです!」
深々と頭を下げる春蘭。
そして次には俺を睨んだ。
「元はといえば貴様が悪いのだ!」
「俺?」
「そうだ! 貴様がいつもお尻でばかりするのがいけないのだ!」
なにその責任転嫁?
鼻息荒く春蘭が続ける。
「伽の時に、華琳さまの可憐な蕾が貴様の粗末なものを受け入れてしまった! とか、お尻で感じてしまう華琳さまが可愛いすぎるっ!! とか、わたしも華琳さまのお尻を感じたい!! とか、そんなことを思っていたからつい無意識に間違えてしまったのだ! だからこれは貴様のせいだ!」
問題を指差しながら一気に言い切った春蘭。
なにそのドヤ顔?
やっぱり俺が悪いの?
「本当にお尻でしてるのね」
詠美ちゃんも頬を染めている。
「い、痛くはないの?」
「最初は辛かったがな。慣れるものだ」
ここでそんな話は勘弁してほしいんですが。
せめて俺のいないところでして。
お尻談義を始めてしまった嫁さんたちから逃げるように、すごすごと教室の隅に移動し、プラモを作る俺。
せめて真桜がここにいれば、プラモの話ができたかな?
……いや、真桜もお菊ちゃんのためにあっちにまざりそうか。
「俺としてはそろそろ本番を許してほしいかな、って思っているんだけどなあ」
苦戦したけど、がしゃどくろも倒せるぐらいにはなったんだしさ。
苦戦しないで余裕で倒せるぐらいに魔法が強くならないと駄目なんだろうか?
いつの間にか隣に座っていた華琳が俺の呟きを聞いていたらしい。
「そうね。元の姿に戻れたら考えないでもないわ」
「マジでっ!?」
思わず声が大きくなってしまう。なにごとかと、尻話に夢中だった3人もこっちを向いた。
だってさ、やっと……。
「泣くほどのこと?」
え? 俺泣いてた? 慌てて涙を拭う。
「やっと本物の夫婦になれる気がして……」
「今は偽物なの? まったく。性行為をするのが本物なら、そこら中本物の夫婦で溢れるわよ」
「お、俺は嫁さんとしかするつもりはないから!」
そりゃ魔法使い卒業はしたいけど、誰でもいいってわけじゃない! ……嫁さん以外はさせてくれるわけないし。
「煌一は妻だけで十分多すぎるではないか」
気になったのだろう、3人もこっちにやってきて話に参加する。
「いいのですか。華琳さま?」
「ええ。目標が必要だもの」
「目標?」
「そう。トウキョウを解放した今、次の大きな目標が必要よ」
目標か。恋姫ぬいぐるみを集めて人間に戻すのは達成した。トウキョウを取り戻すのもだ。そうなるとたしかに、嫁さんたちと一線を越えるというのが今一番の目標になるのか。
「他の国のゾンビタウンも解放するというのでは駄目なの?」
「それは流されているだけよ。それに、
聖鐘の音色は霊的な音。録音することも放送することもできないようだった。
1年は他の場所に動かすこともできないから、別の聖鐘が届くまでは、次のゾンビタウンは浄化できない。
「剣士たちやセラヴィー頼みじゃなくって、他の方法も考えてみる必要があるか」
「それとも、煌一担当の世界攻略を次の目標にする?」
いい加減、あっちもなんとかしたいのはたしかだ。このあっぱれ対魔忍世界は柔志郎担当なわけだし。
だけど、今すぐに自分担当の世界をって理由が思いつかない。この世界もまだまだ手が放せそうにないのに、あっちにまで手を広げられない気がする。
「でも、本番の前にやることがあるわね。元に戻ったら妻の家への挨拶が先かしら?」
「そうでした……」
さすがに今の姿では挨拶に行けないって、先送りにしてる。
トウキョウを解放したから、親御さんたちの印象が良くなってるといいんだけど……。
「初夜の前には、結婚式も必要かと」
「秋蘭に賛成です。華琳さまの花嫁姿を見るまではわたしは死ねません! むしろ初夜は不要かと」
ちょっ、なに言ってるのさ春蘭。
魔法使いを引退させてってば!
そんな風に数日、小隊の人員を変更しながら遺体の処理を続け、今後の目標を相談していった。
「早く卒業しておおっぴらにお酒が飲みたいわね」
「それって目標?」
「留年したら叶わぬのだから目標でいいだろう」
雪蓮の目標を否定しない冥琳。もっと大きな目標を持てよ! ……人のことは言えないけどさ。
「煌一さんと映画や遊園地に行きたいな」
それってデートですか?
「桃香さま、私たちも御一緒します」
「鈴々もなのだ!」
まあ、2人だけってのはないか。
映画館はたしか学園島にもあったけど、遊園地はなかった。トウキョウって名前はつくけど、他県にあるので無事だった夢の国にでも行こうかな?
「恋は動物園に行きたい」
「ねねが連れて行ってあげるのですぞ!」
「……みんなで行く」
うん。恋はいい子だ。思わずなでなで。
でも、檻に入れられてる動物たちを見て悲しい気持ちにならないかはちょっと心配だな。
「あたしはやっと免許とったんだしサーキットってやつに行ってみたいな。速度制限ないんだろ?」
見るんじゃなくて走りたいのか。それってできるのかな?
「お姉様、学科試験で苦労したもんねえ」
教習所に行っていたメンバーはなんとかみんな合格した。
真桜のおかげでバイクも間に合ってみんな気に入ってくれている。
「たしかに最高速度って、4面でしか試してないんだよなあ」
「白蓮、いつ試したの? というか、生身じゃあの速度はキツイでしょ」
俺が用意したプラモはモトスレイヴ。
OVA『バブルガムクライシス』に登場する可変バイクだ。ハードスーツというパワードスーツを着用して使用されていた。生身での最高速は危険だと思う。
「いや、ちょっと大変だな、程度だったぞ」
「それはお姉様たちだけだと思う。ファミリアになったせいだってば。たんぽぽはしんどかったし」
蒲公英ちゃんが大きくため息をついた。
モトスレイヴはバイク形態のモトサイクル、ハードスーツ用の強化外骨格形態のモトスレイヴだけでなく、自律行動する人型のモトロイドに3段変形する。
まあ、そのおかげでプラモを満足する出来に改造するのは手間だったんだけどね。
ハードスーツは作ってないんで肝心のモトスレイヴ形態になれないし。
名前が同じネネ用のハードスーツをねねちゃん用に作ってもいいけど、サイズ調整がね。
ロードサンダーのように会話はしないけど、乗り手になった娘たちは可愛がっているのでモトスレイヴのAIも懐いている。
時々、サンダーやマインとデータのやり取りもやっているようだ。
「……なんか目標というよりやりたいことばかりな気が」
「オレは1日駅長をやってみたいッス!」
「柔志郎まで……。世界各地の車窓を堪能するよりは時間かからないか」
そっちは外国のゾンビタウン対応の時にやるつもりなのだろうか?
俺たちが遺体処理をしてる間に、ゾンビタウンを持つ各国政府の代表が極秘で集まり会議が行われた。
その場でニホンはトウキョウの解放を発表したらしい。
俺たちの情報は小出しにしていたようだ。まあ、ある程度は調べられてるんだろうけど。
「神様が交代したってことも話しちゃったの? それって騒ぎになりそうなんだけど」
「まあ、そうじゃろうな。しかし、隠しても仕方があるまい。わしらを捨てた神に義理立てする道理はなかろうて」
光姫ちゃんはそう言うけどさ、新しい神様って剣士だよ。みんな不安になるんじゃないかな?
「それを信じ、国民に発表するかは各国の判断じゃ。それよりも問題があっての」
「問題?」
「会議の参加者に魔族が紛れ込んでいた」
紫が詳しい説明をしてくれた。
会議には対魔忍のアサギも護衛をしていたらしく、会場に俺たちが用意した呪符で結界を張っていた。
ある国の参加者が会場入りを拒んできたので、同じく渡していた聖水を試したら正体を現したらしい。その魔族は対魔忍たちに倒された。
「魔族? 異世界魔族じゃなくて?」
「ああ。札を使わなくても攻撃は効いたそうだ」
ふむ。対魔忍アサギの3でも政府に魔族が潜り込んでいたっけ。
「危機感を覚えた各国政府から聖水の供給を求められている」
「それは構わないけど、ニホン政府はだいじょうぶなの?」
「すでに主要な政治家や官僚は確認済みだ。……若干名が紛れ込んでいたが小物ばかりだ」
そうか。対魔忍の政府と違って、大江戸学園の卒業生の多いニホン政府は優秀なのかもしれない。学園にいる間に異常事態には慣れてそうだし。
「聖水の増産はするよ。それで、その会議に出てきたのが魔族だった国って?」
「……隣国だ」
どうやらニホンが無事だったかわりにお隣の半島が魔族に狙われているらしい。
「今回の魔族もニホンの陰謀だと言い出す始末でな」
「あそこらしいから驚きはしないよ」
「逆にニホン政府は、ニホンを貶めようとするのは魔族がやっている、と強気に出た。トウキョウに続き、自国のゾンビタウンも解放してもらいたい各国はそれを認めたよ」
マジでこっちのニホンの外交は有能なのかもしれない。
……魔族の疑いをかけられた各国の政治家のためにも聖水の増産を急いだ方がよさそうだ。個人的にはそいつらが政治家を引退するはめになってもいいんだけどね。たとえ魔族じゃなくても。
そう思っていたんだけど、数日でそいつらは表の世界から消えてしまった。聖水は渡したから、まさか本当に魔族だったの?
「どうでしょう? とりあえずはニホンのご機嫌取りに隔離されているだけなのかもしれません」
「無実で有能なら、ゾンビタウンが解放されれば表舞台にも戻ってくるでしょう」
無能なら消えたままってこと? 政治の世界って怖いなあ。
朱里ちゃんと雛里ちゃんも怖い予想ができるんで、そっちの方に驚いたけどさ。
神様に関しては、まだ発表するのは早すぎる。次のゾンビタウンが解放されたら、とのスタンスをとる国が多かった。宗教は敵に回したくないんだろうね。信者の票がなくなると困る政治家も多いだろうし。
ニュースでの発表はまだだが、データの検閲を受けながらもマスコミも僅かながらトウキョウ入りを始めた。
まあ、俺たちは隠形を使ってれば撮影はされないはず。
それはわかっているけど、休日、俺は学園島に残った。
毎日出ずっぱりではもたないから、ローテーションで休みを入れることにしているんだ。
「月ちゃん、そのエプロンも似合うね」
「へぅ……」
結真ちゃんの代理としてねずみやで働く月ちゃんと詠にも休みはある。その時は斗詩と猪々子がくるようになっていた。彼女たちの目標はまだ聞いてなかったな。
「詠の目標ってなに?」
注文したコーヒーを持ってきた詠にも質問。
「月を幸せにすることよ!」
むう。内容はあれだが一番目標らしいかもしれない。
俺の人生目標も家族の幸せにしようかな?
ねずみやでコーヒーを堪能して、その帰り道。
「華琳? 帰ってきてたの?」
今日はまだ現場にいるはずの華琳がいた。
「早く戻るんなら連絡くれればよかったのに。そうしたらいっしょにねずみやに行けたよ」
俺の呼びかけに華琳は振り向いたきり、返事をしてくれなかった。
「隊長、なんや怒らせたんとちがう?」
「華琳さま、なんか怖いの」
護衛の三羽烏が俺を脅すので、俺もびびってしまう。
「なんだかわからないけど、怒ってるんなら謝るから」
土下座でもしなきゃいけないのだろうかと近づいた俺に華琳もむかってきた。それも勢いよく。
とっさにその身体を抱き寄せる俺。
まさか寂しかったの? その考えはすぐに否定された。
俺の下腹部の痛みによって。
「か、華琳?」
華琳の手には短刀が握られていて、それが俺の腹を刺していた。
「ど、どうして……?」
けれども華琳は答えてくれない。相変わらず無表情のままだ。
そういえば、華琳が今着ている服も大江戸学園の制服ではない。見たことがある服ではあるのだけど。
「おや、まだ喋るということはレジストしましたか。さすがは使徒、といったところでしょうかね」
その声は俺の耳のそばから聞こえた。そちらを見れば、そいつがいた。
「干吉……」
「よくご存知で」
干吉。無印恋姫の悪役。
たぶん華琳たちをぬいぐるみした犯人。
「隊長から離れろっ!」
凪の手が輝いている。気弾を使うつもりだろうか? 波動拳か、かめはめ波のモーションを教えておけばよかったな。
「操」
干吉のたった一言で短刀を俺から引き抜く華琳。
「ぐっ」
痛む傷口に回復魔法をかけながら、干吉を睨む。
「抵抗すればその人形が死にますよ」
華琳が短刀の切っ先を自らの喉元に当てていた。
俺は華琳の手をおさえて止めさせようとするがピクリとも動かない。
「なにが望みだ?」
「あなたですよ」
眼鏡の道士は背後から俺を抱きしめて一言。
「転」
次の瞬間、俺の視界は暗闇に包まれた。
「ク~ックックックッ」
妙な笑い声が聞こえている。
いったいどこから……あれ、身体が動かない?
手足はおろか、瞬き一つできない!
「クックックッ。気分はどうだい?」
俺の前に干吉の顔が現れた。
……眼鏡がさっきと違うな。レンズ面積の大きなぐるぐる眼鏡だ。俺に対する挑戦だろうか?
「返事がねえなあ?」
口調も変わっている。あの眼鏡にその笑い方と口調、これではまるでクルル曹長じゃないか。……中の人繋がり?
「ま、その姿じゃ無理もねえか」
返事しようにも声も出せないのがクルル干吉にもわかっているようだ。
彼は円盤を取り出して俺に向けた。……鏡?
それには小さなぬいぐるみしか映っていなかった。
「ク~ックックックッ」
鏡をどこかに仕舞い、片手で軽々と俺を持ち上げる干吉。
やはり俺の身体はぬいぐるみにされてしまったらしい。
ケロロ軍曹にもそんな技術があったな、そういえば。
あっちのはサイズは変わらなかったり、ぬいぐるみ状態でも喋れたり、少しは動けたはずだからそのものではないのかもしれないけど。
「ほらよ、いとしのあの娘のお膝だぜ」
クックックッと笑い続けながら、椅子に座っているらしい華琳の膝の上に俺を置く。
干吉の術で操られているままなのだろう。華琳は微動だにしなかった。
「ここは曹操の墓。その人形ではなく、この世界の曹操のね」
眼鏡を戻して、口調も戻った干吉。
ってことは中国なの、ここ?
「使徒は殺しても復活しますからね。人形にするのが一番でしょう? なのにあなたときたら、それを戻す力を持っている」
俺の能力を知って、始末しにきたのか。
「さて、そろそろお暇させてもらいましょう。なに、明かりは残しておいてあげますよ。動けないその身で、その娘が朽ちていくのをじっくりとご覧なさい」
なんという悪趣味な。
これでは華琳が死んでカードになってしまって俺の元に戻ってきても、復活させることができないじゃないか。
……いや、死なせるつもりはない。なんとかしてみんなに連絡をとらなくては!
「あなたのことが好きで好きでたまらない左慈に、想い人を始末したことを報告したら、どれほど怒ってくれますかね。楽しみですねえ」
干吉は上機嫌で去っていってしまった。
変態め。もしかしてこれは邪魔な俺を始末じゃなくて、恋敵を始末するためなんだろうか?
ごめん、華琳。俺のせいでこんなことになってしまって……。
次回は華琳回