俺の固有スキル『成現』はプラモが動くようになるスキルではなかった。
どうやら、想いの籠ったものを本物にするらしい。
成って現われる、ということなのだろうか。
……なんてチートスキルだ。
アイテムだけじゃなくて、人間も出せるなんて。
たしかに閲覧制限がかかるほどの強力なスキルだと思う。未熟神が固有スキル目的で俺を選んだのはたしかなようだ。
ドラゴンとかも出せるのかな?
……ガンプラで実験した時、GPやEP不足で失敗してよかった。成功してたら部屋が無茶苦茶になったり、俺が潰されたりしていたとこだ。
パチ投影? それとも英霊召喚ぽい?
そのどちらよりも不便だけどね。
触媒、いや、使うとそれが本物になるから触媒じゃなくて素材か。にEP、つまり想いが籠っていないと駄目だし、その上でGPやMPを消費しなければいけない。
効果時間はGP消費で長い間。MP消費で短い時間。
EPは感情値で、低下すると欝や無気力になる。実際に低下した時はかなりネガティブ、無感動になった。危険だ。
GPは通貨だけではなく、スキルレベルの上昇にも使えたりする。
MPは魔法やスキルを使うと減るらしい。
コンバットさんが一日以上本物でいるところを見るとGPは超効果。
ゴッドポイントというより、ゴッドパワー、神力といった方が正しいんじゃないだろうか?
GPのかわりにMP消費でスキルを試したぬいぐるみがほんの一瞬で元に戻ってしまったのだから、MPとは比べ物にならない。
インターセプトドールと人間との違いもあるかもしれないけど。
……と、現状把握に固有スキルのことを考えようとしてるけど、実は結構焦っている。
だってさ、一瞬とはいえぬいぐるみが女の子になっちゃったんだよ!
しかも恋姫†無双に出てくる美少女に!
ど、どうしよう?
夢で会話した方がいいんだろうか。
……布団に潜ったけど興奮して眠れそうにない。さっき昼寝したばっかだしなあ。
寝酒でも飲むか。
冷蔵庫の扉を開けたとこで思い止まる。
「……無理だ」
ぬいぐるみと思ってたから会話できたけど、呪われた顔のせいで女の子と会話なんてもう何年もまともにしていない。
ど緊張するのが目に見えている。
ましてや、好きにしていいなんて約束してくれてる美少女。
ゲームプレイした時は何度かお世話になったし、意識しないわけにはいかないでしょ!
寝るのはもうちょっと落ち着いてからにしよう。
冷蔵庫を閉じて、今度は炊飯器を開ける。空だったので一安心。
最後に使ったの一週間以上前だったからね。釜を取り出して軽く洗っておく。
落ち着くためにまずは食事をすることに決めた。
目の細かいザルを大きさの合ったボールにはめ、お米を2合投入。水を注ぎながら泡立て器を使って米を研ぐ。この方法だと上手に手早く研げる。それに直接手で研がずにすむのだ。
プラモを作っている時に手についた接着剤や塗料の汚れは石鹸だけでは落ちにくいが、直接手で研いだりすると米の粒々が研磨剤のようになって結構落ちたりする。手は綺麗になっても、そんなご飯はあまり食べたくない。
まあ、それもあってプラモ製作中はあまり料理をしないんだよね。
弟が結婚して嫁さんといっしょに実家で暮らすことになったから俺は実家を出た。呪われた顔のせいで義妹に嫌われて、弟との仲がこじれるのが嫌だったから。他にも理由はあるけどね。
それまでは実家で家事手伝いみたいな状況だったんで、一通りの家事はできるのよ、俺。
もちろん料理もね。まあ、家庭料理だけどさ。
ただ、自分しか食べる人間がいないと料理するよりもプラモ作る方を選んじゃうんだよねえ。
炊飯器のスイッチをオンにして準備完了。
オカズ? さっき冷蔵庫を開けた時に卵があったからそれでいい。
ご飯が炊けるまでに病院へ行く準備を進める。あそこならEPもMPもすぐに回復するはずだ。
今なら無料だし。
スターターセットと、寝巻きその他の着替え等を旅行鞄に詰めていく。
あとはプラモ……いや、成功した時のサイズを考えるとフィギュアの方がいいかな? でもあんまりフィギュア系は持ってないんだよなあ……。
野菜な宇宙人のフィギュア持っていたらすんごい戦力になってくれるだろうに。
まあ、消費するGPやMPが洒落にならんのだろうけど。
あと食費も。
悩んだ挙句、数体を選んだ。
ついでにそれらが登場しているDVD数枚とノートパソコンも持っていくことにする。EP籠める時の役に立つだろう。
ノートパソコンはちゃんとインターネットが使えた。……回線とかプロバイダーってどうなっているんだろう?
フィギュア他を厳選してる間に炊飯が完了していた。
卵かけご飯で食事。バターを足したりするのは邪道だと思う。いや、美味いけどさ。
その後、炊飯器に余ったご飯にゆかりを混ぜ込んでおにぎりにする。このために2合も炊いたのだ。
できたおにぎりをラップでくるみ、完成。魔法瓶には熱い麦茶を入れて、と。
歯磨き、洗顔を終えたら眼鏡とマスクのチェック。
ぬいぐるみだからあまり気にしていなかったけど、女の子だったら気を使わないとね。
……やっぱり身体も洗っておこう。期待しているわけじゃないけど、念のために。
期待はしてないよ。……下着も新しいのを出しておくか。
うん、シャワーも浴びたしこんなもんかな?
準備ができたので病院に出発しよう。
コンバットさんに「いってきます」と挨拶すると、ビシッと敬礼して見送ってくれた。可愛いなあ。留守番頼むね。
コンカのマップを頼りに病院に到着。マップ表示にはMPを使わなくて助かった。
MPで成現の実験で使いきっちゃったからね。MPがゼロになっても死亡とか気絶はないみたい。安心して使いきることにしよう。
コンカで見るとMPが少し回復している。時間が経てば徐々に回復するようだね。
昨日と同じ病室に入る。6人部屋だった。個室だと回復量がいいとかあるのかな?
やはり同じベッドを使うことにした。
よかった、ちゃんとコンセントがある。サイドテーブルにノートパソコンを置いてコンセントに接続。
……インターネットは使えないか。無線LANのアクセスポイントは見つからなかった。この古そうな病院にそんな設備があるはずもないよね。
ベッドに入って、枕元に華琳ぬいぐるみをセット。続いてコンカで自身のステータスを確認。
うん。みるみるEPとMPが回復していく。睡眠をとらなくてもベッドにいるだけでいいようだ。
あ、MP回復したから涼酒君たちにメールしておこう。アパートじゃなくて病院にいます、と。
よく見るとEPとMPの最大値が増加している気がする。これもスキルみたいに使うほどにアップするんだろうか?
スターターセットからプレイヤーの書を取り出して確認すると、やはりそうらしい。
スキルに対する熟練度のように、能力値には鍛錬度というのがあってそれが貯まるとステータスが上昇するようだ。
ふむ。ならば、無料でこの病室が使える今こそチャンスだ!
地球育ちの人参さんが高重力の宇宙船内でしたように、瀕死寸前までダメージを受けてすぐさまベッドで回復。を繰り返せばHPの伸びもいいはず。
最強の肉体を目指して鍛え…………痛そうだなあ。
だいたい、どうやってそこまでダメージを受ければいいのさ?
自宅から包丁でも持ってきて自分で刺すとか?
……パス。この案は保留。失敗したら死んじゃいそうだし。
おとなしくEPやMPを鍛えることにしよう。それとも他に伸ばしやすいステータスやスキルがあるかな?
おざなりになっていたマニュアルの確認を今度こそしっかりするとしますか。
でもその前にもうMPが満タンになったから使っておこう。
ベッド上で上半身を起こし、華琳ぬいぐるみを布団越しに膝の上に乗せる。
「これから固有スキルの持続時間を延ばす特訓するからね。何度かやるけど、たぶんさっきみたいに瞬間で戻ってしまうから怒らないでね」
一瞬で戻っちゃったこと、怒ってないといいなあ。
ぬいぐるみの肩――左腕上腕の辺り――に右手を置いて大きく深呼吸。左手にはコンカを持って準備完了。
「GPのかわりにMPで成現!」
『MPで成現を使用しますか?
→ 真・恋姫†無双ぬいぐるみ曹操』
はいと決定。音もなくぬいぐるみが美少女に一瞬変わり、すぐにまたぬいぐるみへ。
俺の膝の上に横抱きになっていたので、かなり至近距離で彼女の顔を見ることができた。
やはりすごい美少女だ。
一瞬だったためか、重さはあんまり感じなかった。元々彼女は小さいはずなので、体重が軽いのもあるかもしれない。
今回のでわかった。たぶんこのスキルはMPで使用の場合、使用中に徐々にMPが減っていくのではなく、スキルを使った瞬間にMPが減少して、その消費分効果があるのだろう。
回復ベッドの上なら消費しながらも回復し続けて効果がずっと続く、ってのも狙ってみたんだけど無理なようだ。
地道に最大MPを増やすしかないのかな。
「え、MPが回復次第またやるからっ! これを繰り返せばMPの最大値が増えて持続時間も延びるはずだからっ!!」
間近での美少女を見たせいで緊張して、説明がちょっとどもってしまった。
コンカを見るとちゃんとMP最大値が増えてる。現在値はゼロから回復中。
このベッドでの回復って時間で回復する量決まっているのかな?
マニュアルで調べてみたら満タンになるまでの時間は決まっているようだ。MPの最大値が増えれば秒間あたりの回復量も増すということね。これはどうやら、自然回復でも同じらしい。
このベッドだとゼロから回復する場合、MPは1時間で満タンに。HPは5時間かかるらしい。
予想通り個室のだともっと短いけど使用GPも高く、今も無料では使えない。
HPの方はあまり自然回復しないので、薬や魔法で回復の方がよいとのこと。
ふむ。ベッドがタダで使えなくなったらMPでHPを回復させるしかないか。
プレイヤーの書でステータスのことを調べてる内にMPが満タンになっていた。時計を見ると何分か無駄にしていた。むう。
ソシャゲでいうとこの溢れてしまった状態だ、もったいない。
目覚まし時計も持ってくるんだったか。
「GPのかわりにMPで成現!」
長いな、もう。次は別パターンで試そう。
『MPで成現を使用しますか?
→ 真・恋姫†無双ぬいぐるみ曹操』
ここの選択肢も省略したいなあ。コンバットさんの時は選択肢とか選んだ覚えないんだし、できるはずだ。
はい、と念じて美少女出現、一瞬でぬいぐるみに。
……まだ時間は延びないか。MP最大値は、初めて確認した時の倍ぐらいにはなったけど。
満タンになり次第すぐにできるようにしたいなあ。コンカでできないかな?
MPが満タンになったら表示。
うん。できるようだ。さすがに音は出せないみたいだけど。
コンカを調べていたらコンフィグを発見した。
ずっといじっていたんでシステムツールのスキルレベルがいつのまにか2になっていたのにも関係あるのかもしれないな。
スキルのレベルが上がったら表示。もONにしておこう。
あとは……っと、『MP FULL』って表示が出た。便利だけどやっぱり音が欲しいなあ。スキルレベルがアップしたらなんとかならないかな?
略式のスキル発動を試してみることにする。
「右の
結局長くなっちゃったんで、口に出した方が念じやすい。
唱え終わったら美少女出現の瞬間芸。
うん。上手くいったみたい。
パソコンの実行ファイルのコマンドオプションをイメージしたら、こんな詠唱っぽくなった。
右の腕で触れしもの――対象物の選択を省略。
魔力にて――GPのかわりにMPでを省略。
せよ――しますか。はいを省略。
もっと略せるかもしれないけど、念じやすさを考えたらこれでいいと思う。雰囲気って大事だよね。
それにしても効果時間が全然延びないので彼女と会話ができていない。
もしかしたら、スキルが失敗してて完全な人間になっていない? 時間短すぎて体温あるかすらわからないし……いかん、怖い考えになってしまった。
固有スキルはいまだ名前しか表示されていないけど、もしかしたら熟練度が貯まっているかもしれない。
この方法を続けよう。
一瞬、訓練所に向かうことが頭をよぎったが、病院での無料回復ができなくなるのは困るし、基礎が終わったら出陣しなきゃいけなさそうだし、後回しでいいよね。
美少女を優先するのは当然!
最大MPは確実に増えている。2桁だったのが3桁になった。一気に全MPが無くなるのは鍛錬度の貯まりがいいようだ。
ベッドが無料の内に気づいてよかった。……こんな使い方は想定していなかったか、それともこのステータス上げが前提か、どっちだろう? 後者だったら使徒の仕事がハードだからってことになるけどさ。ゾンビだらけの世界とかあるし……。
EPも回復するベッドのパワーのおかげか、何度もネガティブな発想が浮かんできても、あまり長続きしないですんでいた。
なにより、持続時間が目に見えて伸びてきたのがわかるようになったのが大きい。
1秒。やっと彼女の瞬きを確認できた。よかった、ちゃんと生きてるみたいだ。
2秒。彼女の香りがした。とてもいい香りだった。
3秒。彼女の声が聞こえた。「ふむ」とだけだったけど。
5秒。「少しずつだけどちゃんと延び」喋ってる途中でぬいぐるみに戻ってしまった。会話にはまだ短かすぎる。その次に成現した時には一言「早漏」とだけ。途中で途切れないような短い言葉で嫌味を言うとは……美少女に言われるとなんかくるものがあるな。
10秒。コンカに時計を表示させて持続時間を計ってみた。だいたいMP100消費で1秒持つようだ。
うん。ついに最大MPが1000を超えていた。999でカンストしないでほっとした。
成現後、俺の手が離れても効果時間が変わらないことを確認したり、彼女がちゃんと動けるかを確認したり、色々と試す。
座っている時も思ったけど、ベッドから降りると彼女の小ささがよくわかる。身長140センチと公式HPで紹介されていたけど、実際に見るとこんなに小さかったのね。可愛い。
時々わかったことをノートにメモりながら特訓を続けていたら、いつのまにか夜になっていた。
太陽の動きがどうなっているのか、わからなかったな。明日は確認してみよう。
回復ベッドにいるせいであまり疲れはないし、同じ姿勢だったのにコリもない。腹も減ってないのは空腹もステータス異常扱い? 食事なしでもすむのならありがたい。
このベッド、自宅に欲しいなあ。病室にないと効果ないのかなあ。
MPは10000を超えていた。それでもやっと100秒。まだまだ特訓しよう。
「……久しぶりの食事もゆっくりできないなんて」
彼女の方はベッドに入ってないせいか空腹を訴えたので、さっきの成現で持ってきたおにぎりをあげた。
短い時間では小さなおにぎり1個を食べるのがやっとだった。
「このベッドで寝てみる? 空腹感もなくなるみたいだよ」
「ベッド? ……寝台のことね。誘っているのかしら?」
自分の発言の意味に気づいて慌てて言いわけする。
「そっ、そんな意味じゃなくてね、普通に寝ないかって、……ああ、そうじゃなくて!」
駄目だ。俺の緊張が解けてきたと思ったのは回復ベッドの効果だったのかもしれない。
「俺がどくから、寝てくれればいい」
気持ちが落ち着くのを待ってから、ベッドから出る。
「残念だけど時間切れのようね。続きは夢でかしら?」
音もなくぬいぐるみに戻る彼女。俺よりも効果時間を把握してるみたいだ。
たしかにもう遅い。腹も減ってないし、自宅には戻らないでここで寝てしまおう。
コンカでメールを確認すると、涼酒君たちからメールが届いていた。時間がかなり経っちゃったな。コンカのコンフィグを呼び出して『メール着信を報告』をオンにする。
メールの内容は田斉君が復活したこと、まだむこうにいること、だった。
復活できたんならいったん戻ってくればいいのに。
おめでとう、の後に帰ってくればと書いたがやっぱり消して返信した。おっさんが寂しがってると思われるのもカッコ悪い。
「よくやったわ」
夢に出てきて俺を踏んでいる足は、今度はぬいぐるみではなかった。
ちゃんと人間の足だった。それでもやっぱり小さい足だったけれど。
靴は脱いでくれているようだ。喜ぶべきか残念がるべきか難しいところだ。
すぐにどいてくれたので俺も布団から出る。
今までは気にしなかったけど、なんにもない空間に布団しいて寝ていたなんて変だ。夢なんだからこんなものかもしれないが。
「あなたに私の真名を預けましょう」
「ありがたいけど、俺にはその、真名がない。そんな風習、こっちにはないからさ」
嬉しいけど貰っちゃっていいもんかね? もう既に知ってはいるし。今まで恥ずかしくて名前でも呼べてないし。
「そうなの? まあいいでしょう。私の真名は華琳よ。覚えておきなさい」
「うん。か、かかっ……華琳ちゃん、だね」
女の子を名前で呼ぶなんて俺にはハードル高すぎる……いつかちゃんと呼べるといいなあ。