ワルキューレによって集められた、戦死した勇者の魂。
彼らはヴァルハラ宮の中庭で互いに殺し合うという。夕方には蘇って夜には宴会。朝起きたらまた殺し合い。それが毎日続くらしい。
霞や雪蓮たちが「オーディンさんちの子になる」とか言い出しかねなさそうな戦闘狂にはたまらない環境。でも俺は勘弁したいなぁそんなの。ラグナロクに備えての鍛錬らしいんだけどさ。
2面の女神ワルテナの名前はそのイメージと固有スキルから俺がワルキューレとアテナからつけたのだが、それは間違いではなかったようだ。
いや、もしかしたら名前に引っ張られちゃったのかもしれない。元々はアテナそのものな女神だったみたいだし。
そうそう、俺の『リアライズ』に影響されたのか、ワルテナも『英霊召喚』の読み方を考えていた。それが『ヴァルキリースカウト』だそうだ。戦乙女の勧誘という意味だと言っていたが、臓物をブチ撒けられそうで怖い。
あ、バーサーカーってエインヘリャルを目指してるってのもあったっけ。
その
EXギアのおかげか、それとも腕か、さすがに2人とも死亡直前までいって医務室の世話にはなってはいないけど、機体は何度も大破し、その度に俺が修理魔法で修復してる。
「修理魔法のスキルレベルがどんどん上がっていくのはいいんだけどさ、これ絶対、効果時間が切れたら使いもんになんなくなってるよ」
「なに、撮影の間もちゃいい」
「データはこちらに転送している。問題はない」
ドライツェンと眼鏡エルフはあまり気にしてないよう。眼鏡エルフはパトリニアという名前だそうだ。「空中に浮かんでそうなパトカー?」って聞いたら
2人が保証するので修理魔法の持続時間を2時間ぐらいにして修理しまくった。30分ぐらいでもよかったかもしれない。
撮影開始当初はミシェルの勝率が高かったが、カミナも慣れたのか、今は同じくらいにまでなっている。すごいな。……いや、
「やるわね、あの眼鏡」
ヨーコも同じ感想らしい。
「ふん、まだまだなのだ。私が前衛にいれば負けることなどありえないのだ」
「カミナだってあたしがついてりゃ負けないわよ!」
元カレの応援を始める2人。やっぱりまだ好きなんだろうかと不安になっていたら、言い争いがエスカレートしていた。
「ミシェルなんていなくても私だけでお前たち2人に勝てるのだ!」
「あたしだってカミナなしでも余裕よ!」
……あれ?
いつのまにか元カレさんから自分の実力の方へと話がシフトしちゃってる?
「カミナ! チェンジなのだ!」
「ミシェル、かわって!」
闘技場、いや訓練場内に乱入する2人。頭に血が上っているようでいながら、自分の戦い方や好みに向いている機体を寄越せというのはさすがといっていいのか。クラン機はグレンと同じく赤かったもんなあ。ゲームオリジナルのクラン専用VF-25Sも赤かったし。俺も場内に入りながらそんなことを考える。
「待てって。ヨーコはともかくクランの試作EXギアはまだ、シート形態が完全じゃない。戦闘は無理だって」
俺が
「早く完成させてほしいものね」
身長140センチ(公式)の華琳もそっち側なのでATが操縦できないのは不満のようだ。
「鈴々もえーてーに乗りたいのだ!」
場内に入ってきてATをのぞいたり触ったりしながら次々と急かすちびっ子たち。
「仕方ない。ならば私は……」
変身アイテムを取り出そうとするクランを慌てて止めた。
「そこまでして戦わなくてもいいでしょ」
「力の差を見せつけてやるのだ! レーティアや桃香みたいに義妹からはお姉さんと呼ばれたいのだ!」
ああ、クランとヨーコは華琳も入れて義姉妹になってたっけ。華琳はともかくヨーコはクランのことを姉さんって呼ばないから気にしているのかもしれない。ピクシー小隊のネネ・ローラにも「お姉様」と呼ばれていたからそっちの方がいいのかな。
「今回は撮影もあるからさ、勝負はまた別の機会に……」
「そうね。閨で決着をつけましょう」
なんでそうなるかな。華琳の発案にクランとヨーコは真っ赤になっちゃったよ。
「なにをするつもりなのさ?」
「あら、煌一もその気なのね」
「違うから!」
そんなことされたら、嬉しいかもしれないけど俺がピンチでしょ。俺が勝者を決めることになったら大変じゃないか。どっちがよかったかなんて決められるわけがない。
「審判は私がやるわ!」
なにを判定するつもりだ、華琳?
「そ、それじゃどっちがエッチな女か決まるだけじゃない! あたしはやらないわよ」
「え、エッチな女ではない! 大人の魅力なのだ。私の大人の魅力に負けるとわかって逃げるとはヨーコもよくわかっているのだ」
「あのね……もうそれでいいわ」
変に得意気なクランに毒気を抜かれたのか、ヨーコが折れて義姉妹長女の頭をなでなで。
「だから、お姉さんを子供あつかいするなー! なでるのは私がやるのだー!」
その後、なぜか俺がミシェルとカミナと戦うことになり、ボコボコに負けた。ロボ戦初心者相手になんてやつらだ。
いくら本人ではないとはいえ、恋人を奪ったようなもんだから一発ぐらいは殴られても仕方ないのかもしれないけどさ、これはないんじゃない? まあ、医務室送りにならないぐらいには手加減してくれたみたいだけど。
「修理が遅れるからに決まってるじゃない」
ああ、そういう理由だったのね。桂花に言われて納得した。俺が医務室で回復に時間取られたり、治療にMPを無駄使いさせたくなかったわけか。もしかしてそれがなかったらいきなり医務室送りにされてたかもしれない。
「まったく、あんなに負け続けるのだから、さっさと諦めて修理に専念すればいいだろうに」
春蘭、さっきは俺が1勝もできなかったことが不満だと怒ったくせに。
「いや、そうなんだけどね。ロボが動かせて楽しいってのもあったんだよ。ロボ戦にも慣れたかったし」
専用ゴーグル代わりのEXギアのヘッドギアのバイザーに表示される映像でしか状況がわからなくて、生身で戦っているのと全然違った。
装甲があるっていっても、まだ動作テスト用の試作機だからそんなにいい材質じゃなくて簡単に操縦室に攻撃が届く。
元々ATは打たれ弱いイメージがあるしね、死なないってわかっててもかなり怖かったよ。おかげで、回避の腕は上がったんだから。
「わたしだって動かしたかったのだ!」
「早く操縦覚えてね」
今回取れたデータを元にシミュレータも作るようだから、修理を気にしないで戦闘訓練もできるようになる予定だ。
「う、もう少し小難しい操作を減らせないのか?」
「あれでもシンプルな方なんだけど」
優秀なシステムエンジニアであるエルフたちのおかげで操縦桿とペダル、あと音声や視線入力でほとんどの操作が可能。
残念ながらミッションディスクはない。EXギアの高度な自己学習機能で不要なんだよね。パイロットの動きについてこれずにディスクが焼きついて出てくるの、再現したかったんだけどなあ。
「姉者ならできるさ」
秋蘭の理由のないフォロー。いやでも、無理そうなら言わないだろうしできるって信じてるのか。
「あなたらしくないわ、春蘭。難しく考えすぎず、馬を乗りこなすつもりで挑みなさい」
いや、さすがに馬とは違うでしょ。
……この時はそう思ったんだけど、華琳のアドバイスを全面的に信じた春蘭はそれでATや他のロボまで完全に操縦できるようになるんだから、妄信ってレベルじゃないよ、無茶苦茶だ。
今夜の当番は春蘭、秋蘭、桂花とそれに華琳。魏の上層部にしては遅い真初夜の順番なんだけど、どうやら華琳が焦らしていたらしい。
だからさっきのクランとヨーコの勝負が実施されることになったら、さらに先延ばしにされる可能性が高くて、中止になってほっとした3人はヨーコに感謝していた。
「さあ、誰からいこうかしら?」
今夜はハードそうだなあ。
そしてマーケット当日。
CM用の映像はなんとか撮影が間に合った。ATも試作機が何台もスクラップになったけど、それなりに戦闘できるぐらいには仕上がっている。
「それじゃ、買うの頼んだよ」
「おう、任せておけ」
1つの面だけじゃなくてこのサイコロ世界全体で出店する俺たちは人員に余裕がそれなりにあった。店員をしないやつらは他のサイコロ世界に行ってマーケットを楽しんでくることになっている。
それで、買ってくるものがないか聞かれた。
聖剣や魔剣やら文字通り神器といった物から、ファミリアになるのか大型モンスターや精霊、果ては人間までカタログに載っている。
なんだかなあ。人身売買は気が引けるし、マジックアイテムは俺の固有スキルでなんとかなるかもしれない。このカタログは成現する時の参考になるけど、そんなにほしい物はないなあ。……高くてほとんど手が出ないものが多いし。
なので、オリハルコンを頼んでおいた。ドワーフたちなので損はしない価格で買ってきてくれるといいな。買えたら指輪やEXギアに使いたい。
「……で、目玉商品ってなってるそれ、本当にあの価格で売るのか?」
「もちろん! これでも安いぐらいだぜ」
その目玉商品を腰に巻いたヘンビットが得意気に答える。
「いや、機能限定でビニフォンの廉価版じゃないか。それなのにビニフォン以上の価格で売るの?」
「違う! これは廉価版ビニフォンなどではない。変身ベルトだ!」
そう。目玉商品とは、変身アプリの機能に特化したベルト。ビニフォンのようなコンカ機能などついてはいない。それどころか、他のアプリも使えない。
いつの間にこんな物を作っていたんだか。そりゃ俺もほしいけどさ。
「終了後の売り上げを楽しみにしててくれ」
「そうだな。ビニフォンの販売も好調だし、アプリだけでも問題はないだろう」
販売するアプリはコピー対策に複製防止の魔法も仕込んである。魔法の
まあ、物がデータなので全然売れなくても不良在庫になることもないだろうし、開発部にそんなに痛手はないはず。
「それでは行きましょう」
久しぶりの、少しやつれた感じのする瀬良さんに連れられて俺たちは目的地へと向かう。
瀬良さんが操作したゲートの先は大きな部屋だった。……というか牢屋?
太い鉄格子の奥にいくつものクレーンゲームが並べられている。
「あの中では魔法やスキル、
「その中でも人形は元に戻らないのか」
干吉の技術力の方が上なのか?
そう悩んでいたら突然背後から声をかけられた。
「ふーん、キミが噂の新使徒かい?」
振り向くと、1人の少女がいる。
なかなか、いや、かなりの美少女だ。
……あれ? 誰かに似ている?
「あのキャッチャーの中には僕の使徒とファミリアもいるんだ。助けてあげてよ」
ということは修行神、その
いっしょについてきた剣士に知ってるか聞いてみた。
「初めて見る顔ぜよ。じゃがこの気配は覚えがあるのう……ま、まさかポロりん?」
ポロりん……またあだ名か。
剣士の知り合いってことはワルテナやドンさんと同じギリシア神系なのかな? 衣装もそんな感じだ。トーガだっけ、古代ギリシアだか古代ローマだかの衣装に似たのを着てるけど、ポロリを期待できるような着方じゃない。
ポロりんねえ……そんな女神いたっけ?
ポロりん、ポロリン……ポロン……アポロン?
よく見たら、頭に葉っぱの冠をかぶっており。あれは月桂冠か!
これやっぱりアポロンなのか。
「そんなに見つめられると照れちゃうな」
「いや、俺にはそっちの趣味ないから……なんでアポロンが男の娘なのさ……」
「え? 煌一、これが男だというの?」
華琳の鑑定スキルでも見抜けなかったようだ。驚いた顔をしている。
「なんだ、もうばれちゃったの」
くっ、男だとわかっているのにここまで破壊力のある『てへぺろ』とは。恐るべしポロりん。
「どうしたんじゃポロりん、その姿は?」
剣士もこの姿のポロりんを見るのは初めてらしい。まさか、使徒やファミリアがぬいぐるみにされたみたいに干吉になにかされたのか?
「最近はね、こっちの方がモテるんだよ。女の子にも、男の子にもね」
そこでウインクされても。女の子はともかく男の子にモテてどうするのさ。
……古代ギリシアは同性愛も普通だったな、そういえば。ワルテナが腐女神になる土壌はあったわけか。
「ねえキミ、僕の使徒にならない? 恋人でもいいよ」
「全力でお断りさせていただきます!」
男の娘神よりも駄神の方がマシだ。たぶん。
「むー。つれないなあ。エロ坊だったらノってくれたのにぃ」
いやあんた、アポロンはエロースとは因縁があるでしょうに。その月桂冠がらみでさ。
「あんまり冷たくされるといいこと教えてあげないよ」
「いいこと?」
「ポロりんは予言の神でもあるんぜよ」
ああ、そんな話もあったね。
「ほら、ノンビリしてるからやつらが動きだしちゃったよ」
クレーンゲーム攻略から脱線したのはポロりんのせいだと思う。
「やつらって……ちょっと待って」
質問の途中で俺のビニフォンが鳴り出した。この着メロはアサギさんか。
「はい、もしもし……え、中国軍が動いてる? それもシャンハイじゃなくてペキンで?」
対魔忍のアサギさんからの緊急連絡はペキンの刑天に向けて中国軍が攻撃を開始したというものだった。
「刑天は首を刎ねられても黄帝と戦い続けた反逆者だよ。黄帝を崇拝する連中は気に食わないんだろうね」
ポロりんが教えてくれたけど、本当にそんな理由なんだろうか?