クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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力の使い道

 全てに終わりを告げるような虹色の光が炸裂し、そして赤く小さな光達が空へと昇っていく。

 それらはドン・サウザンドによって作り出されたバリアン兵が解れ光になる光景だ。

 それらはドン・サウザンドによって作り出されたカード達が消滅していく光だ。

 その中には最上の姿もあった。

 

「ああ、勝ったのか。まったく、結局、私が活躍してないではないか、不愉快だなぁ」

 

 自分が役に立たず喝采を浴びない事に腹を立てる様に吐き出す彼女の口元には、彼女も気付かない笑みが浮かんでいる

 周りを見れば最上を取り囲んでいたバリアン兵達も呆けた表情で虹色の光を見つめている。

 

「あーあ、つまらないの」

 

 愚痴り、最上がふと思い出すのはドン・サウザンドへと走る少年の顔だ。

 WDC補填大会で見せた本気の顔、あれを倒さない事には自分の気が晴れない事は分かっている。

 そうしないと自分は水田裕という他人に付きまとうだろう。勝つまで、勝って自分の感情を晴らしたいが故に。

 それは、

 

「私らしくない、そんな事は分かっているさ。私は私を愛している。私は私だけを愛している。他人なんて私が愉しむための存在だ、私が他人なんかを気に掛ける必要なんてない」

 

 最上は確認するまでもなく、そして解れ始めている自分の手を見る。

 この胸に在る水田裕を倒すという執着を晴らさない限り自分は自分ではないような違和感が残り続ける筈だ。

 だがよほどの事をしない限り水田裕は自分に必死な顔を向けては来ないだろう。

 

―――私が勝ちたいのはあの表情だ、こちらに勝ちに来ている表情ではなく、私を見て、私の眼を見て、必死で仕掛けた相手任せの策に祈りをこめ私を本気で倒しにくる表情だ。それを叩きつぶしたとき私は初めて私のみに成れるんだ。

 

 不純物とも呼べるような他人へと向けられる感情を彼女は許さない。

 彼女は彼女以外がこの心に在る事を許さない。

 自分以外の誰に対しても何に対しても楽しい以外の感情を抱く事を許さない。

 そうするためにどのような事をすればいいのか、そう考え、虹色の光を見て、決めた。

 

「面倒だけど私の為に頑張るか」

 

 口元に嗤いを浮かべ、最上は決意し、そして光と変わっていく。

 たとえこの体が偽物だったとしても、抱いた決意は本物だ、全てが終わり何がどう変わろうとも自分が決めた夢だけは失わない。

 口元まで消えようとも最上の眼は笑いの感情がある。

 

―――ああ、目が覚めたとき、面白い世界になっていればいいんだがなぁ。

 

                     ●

 

 光が収まってくと同時に遊馬の眼に映るのはドン・サウザンドが倒れ伏した姿だ。

 決闘盤には勝者と書かれているが、それすらもドン・サウザンドが作り上げた罠ではないかと考えてしまう。

 だがいくら待っても身動きしないドン・サウザンドを見て、遊馬はようやく自分達が勝利した事を実感する。

 表情だけではなく体全体でようやく全てが終わった事に対する嬉しさを表現、遊馬とアストラルは抱き合った。

 そしてゆっくりと裕も立ち上がると遊馬達へと歩み寄って来る。

 

「勝ったのか? 勝ったんだよな?」

 

「ああ、我々の勝利だ」

 

 勝利を実感し、そして遊馬は2人の決闘盤を見、そして世界を見渡す。

 バリアン兵になってしまった人々の魂が返ってこないのだ。

 

「だけど、どうして、どうしてみんな戻ってこねえんだ?」

 

 人が居なくなった世界、アストラル世界も人間世界と融合したバリアン世界にも人が戻らない。

 世界を結ぶ力として分解された人々が戻ってくることなど、無い。 

 そして遊馬が疑問を口にし、その答えがアストラルより帰って来るよりも先に、それが動く。

 

「遊馬!」

 

 それに見て動くのは2人、結果はすぐに現れる。

 

「父ちゃん!?」

 

 無数の黒の触手が遊馬とアストラルをかばった九十九一馬とトロンに突き刺さっていた。

 その触手の源にいるのは、

 

「我が負けるなどありえん。認めてなるものかァッ!!」

 

 己の敗北を認められない男が居た。

 己が定めた理により消滅が始まっているドン・サウザンド、だがその男はそれを無視しナンバーズを求めたのだ。

 一馬達を貫通した触手は縫い付けられたようにその場に呆然と立つ遊馬へと襲い掛かる。

 だがトロンが作り出した紋章による結界が一馬とトロンごと触手を隔離し遊馬達へと害を成さないようにする。

 遊馬が呆然と立ちすくみ、裕がこちらへと走り寄ろうとする。だが全ては遅い。

 

「遊馬、お前が、後悔の無い、未来を選、べ」

 

 2人は触手に飲み込まれドン・サウザンドへと吸収された。

 アストラル世界とバリアン世界の力の一部を吸収したドン・サウザンドだがその体の消滅は止まらない。

 それを知り、ドン・サウザンドは遊馬達へと触手を差し向けようとする。

 だがドン・サウザンドも時間切れだ。

 触手を生み出そうとする手は消滅が始まり、立ち上がろうとする脚はすでに消えている。

 普通ならばここで諦めるであろう、だがこの男は諦めない。

 遊馬と同じく願いを諦めたりなんかしない。

 自分が消滅する? だったら消滅するよりも先に敵を排除するまで。

 それよりも早く消える? だったら更に早く敵を取り込むまでだ。

 それすらもできないならば?

 その答えは即座に現れる。

 ドン・サウザンドの体より溢れ出したナンバーズ、それらが蒼と紅で構築された一枚のカードとなった。

 ヌメロン・コードだ。

 全ての戦いの源であるヌメロン・コード、幾多の人々がそれを手にしようとしていた今も過去も未来も書き換える代物がそこに浮かんでいる。

 

「ドン・サウザンド、それをどうする気だ!?」

 

「決まっている、我は我の敗北を認めない。貴様らが勝つ事など在ってはならんのだ! ヌメロン・コードよ、我を敗北を無かった事にしろ!」

 

「なっ!?」

 

 だが光は放たれない。

 すでにヌメロン・コードを作り出した龍は遊馬達の味方でありドン・サウザンドの命令を従わない。

 己の願いが叶わぬとしったドン・サウザンドは憤怒で顔を染め、そして、

 

「ならば貴様らの勝利の意味を無かった事にする!」

 

 アポクリファの力を使い異次元へと繋がる門を開く。

 

「…………まさか! 止めるぞ、遊馬!」

 

 アストラルはドン・サウザンドが今行おうとしている事を察し飛び出していく。

 ドン・サウザンドの言い放った勝利の意味さえも無かった事にする、というのが示すのは何か、それはナンバーズを揃えヌメロン・コードを発動指せるという遊馬達の希望を潰す物だ。

 ドン・サウザンドは自分が持って居たナンバーズを誰も知らない次元へと捨てようとすしている。

 そうしてしまえばヌメロン・コードは永久に発動できずこの数えるほどしか人間が居ない世界で遊馬達は寿命が終わるまでナンバーズを探し続けるだろう。

 己が勝利し願いを叶えようとするのを邪魔した挙句、己に勝利した者が願いを叶える事など許さない。

 たったそれだけの嫉妬と憤怒の入り混じった感情でドン・サウザンドは最後の力を振り絞り異次元へと手を伸ばす。

 遊馬達が走り出した所で距離が離れすぎている。中断する事など出来はしない。

 

「やめろぉおおおおおおおお!」

 

 誰かが叫び、誰かが手を伸ばした。

 だがドン・サウザンドの手が開かれナンバーズ達が異次元へと通じる門へと吸い込まれていく。

 遊馬達の顔は歪み、そしてドン・サウザンドは満足げな笑みを浮かべる。

 ナンバーズは宙をゆっくりと舞い、門をくぐり抜ける。

 

「良い表情だ、我は貴様らのその表情が見たかったのだ」

 

 まだ門が閉じきっていない、あの門さえ維持し続ければ、そう希望に縋る3人を置き、門は閉じ始める。

 全ての希望を飲み込み、捨てさせる地獄門の様に、それは閉じられていき、

 

「縛れ、シェキナーガ、ミドラーシュ、アノマリリス」

 

 声が響く。

 その声に反応するよりも先にドン・サウザンドを取り囲むようにモンスターが実体化する。

 機殻に座する修道女像が、影に堕ちし少女が、水晶に覆われし蛇を身に絡ませる女性像が、金属糸、闇糸、氷糸を放ちドン・サウザンドの伸ばした腕を、全身を、そして閉じられようとしている異次元へと繋がる門を絡め取る。

 驚愕に包まれるドン・サウザンド、だが即座にそれら全ての糸を破壊すべく最後の力を放つも、

 

「守れ、ウェンディゴ」

 

 海豚と共に影に取り込まれし幼女が作り上げた風が糸を包み、ドン・サウザンドの手を弾く。

 

「砕け、エグリスタ、ネフィリム」

 

 関節に10色取り取りの宝玉を輝かせる紅蓮の巨人がドン・サウザンドを殴りつける。

 打撃のインパクトは凄まじくドン・サウザンドの背後の大地は割れていく。

 そしてその紅蓮の巨人の背後より強襲するは影衣達を操る糸を作り出す修道女像だ。

 彼女の全身より紫糸が全方位よりドン・サウザンドを包み込み、内部へと侵食する。

 

「貴様ァッ!」

 

 ドン・サウザンドは、そしてこの場にいる3人はそれらのモンスターを操れる者を知っている。

 そして裕はぽつりと言葉を漏らし、そして手元のカード群を見る。

 

「どうして!?」

 

「そういう君の諦めの悪さは好きだったんだがね、だけど今回ばかりは許せないな」

 

 裕の持つナンバーズ達へと黒紫の糸が集まり、裕を弾き飛ばし、大きな繭を形成していく。

 その中で動くは人の形をした生き物だ。

 それらに集う様に今なお絡め取られたドン・サウザンドも、異次元へと落ちて行ったはずのナンバーズ達をも引き摺り、エルシャドール達が繭へと吸い込まれていく。

 繭の表面に浮かぶのは10と10の球体、それぞれへとラインが走り個々の球が色鮮やかに輝いていく。

 皆が言葉を失う中、その繭が動き出す。

 もぞりもぞりと繭の背が動き中より現れるは男性型のバリアン人、いやそれはバリアン人と表現し辛い。

 蒼と白、そして赤と黒の色がまだらに混じり合ったそれをバリアン人と呼んでいいのだろうか。

 その男はゆっくりと目を開いていく。

 蒼と紅の瞳が裕達へと向けられ、口がゆっくりと開いていく。

 

「さあ、総取りの時だ」

 

                      ●

 

 体を再構成し終え、リペントは固まった遊馬達を見る。

 

―――彼らには感謝すべきだな、彼らが居なければドン・サウザンドを私が吸収することは出来なかった。

 

 こちらを警戒しているアストラル、色々な事が連続で起きすぎて処理がしきれないのか呆然としている九十九遊馬、そして、

 

「どうして、今、ここから!?」

 

 手に持って居たナンバーズの束よりリペントが生まれた意味を理解できない裕が目を白黒させている。

 その疑問に答えるべく、リペントはドン・サウザンドの持っていた知識をのぞき込み問いを返す。

 

「君はNo.96を知っているか?」

 

「なんだ、それ?」

 

 リペントの言葉にナンバーズに関する戦いのほとんどに参加していない裕は首を傾げるのみだ。

 NO.96というのはナンバーズに憑りついたドン・サウザンドの力の一部であり、アストラルと同じような姿を取っていた。そしてアストラルになり変わろうと策を練り、ベクターに吸収された者だ。

 

「何故、ここでNo.96の話を? まさか君はNo.96と同じ存在とでもいうつもりか?」

 

「そうだ。ドン・サウザンドへ私もこのナンバーズに憑りついていた。そして君達がドン・サウザンドを倒す時を待っていたんだよ」

 

 取り出すは裕に手渡したナンバーズ、それには絵も効果テキストも書かれていない。だがナンバーズとしてここにあると言う様に脈動し目覚めの時を待ち構えている。

 

「ドン・サウザンドに暗示を相手に施す術と人に寄生する術を与えたのは私だ、それを使いナンバーズに寄生し私は生き延び、そして今まさにこの場所に立っている」

 

 そこまでして叶えたい後悔、それを一度だけ遊馬達の前で吐露した。だがあれはほんの一部でしかない。

 その先にある目的、それをリペントは叶えるべく動いている。

 

「さて九十九遊馬君、交渉というべきレベルでもない、そうお願いだな。それを聞き届けてくれるだけで私が持っているナンバーズをすべて君に返そう」

 

「お願い?」

 

「そうだ」

 

 一度頷く、そして遊馬は絶対に受け入れられないであろう自分の願いを言う。

 

「私が願うのは3つ、ドン・サウザンドを無かった事する。アストラル世界はカオス受け入れる。そしてアストラル世界は他の世界に何の影響も与えられない事ようにする事だ」

 

 2つ目は叶えられる事は出来るだろう、遊馬はそれを望んでいる。

 だが1つ目の願いは叶えらえれる訳が無い。

 今しがたドン・サウザンドへと彼らは絶対に見捨てないと言った故に。

 

「なんでドン・サウザンドを無かったことにしなければならない?」

 

「分からないかアストラルよ、ならばそうだな、遊馬君、君はドン・サウザンドをどうするのだ?」

 

 問う。

 

「そもそも君はヌメロン・コードを持ってどんな世界を作る気なのだ?」

 

 問いを連打していく。

 

「君はヌメロン・コードを持ち、未来をどうしていくつもりだ?」

 

 胸に焦がれる感情を持ち、頭では冷静に願いをしっかりと伝えていく。そのためにもまずはそれの土壌作りが必要だ。

 相手が何を願っているのか、何をしたいのか、それを聞き、そして自分の願いとの妥協案を見つけるのだ。

 たとえ最初から決裂する事が決まっているとしても、自らの願いが感情が相手に残り続ける事を信じて。

 そしてリペントの問いかけに遊馬は応えない、自らの中で答えをまとめきれずにいるのか、それとも最初から考えていないのか。

 

―――そうだとするならばまずは私が自らの願いを口にすべきか、いや、まだ早いか、まずは問題点を彼に理解させよう。そして私の願いを聞き彼がどう答えをだすのかを聞き届けるのも悪くはない。

 

 なにせすでにあったかもしれない歴史の分岐点は過ぎている、ここから先は自分達のみが作り出す事の出来る時間だ。

 そして自分達が破壊していく時間でもある。

 リペントはドン・サウザンドの中にある原作知識から必要な部分だけを抜き出し、あったかもしれない世界の話をする。

 

「君はヌメロン・コードの力を用いて誰も見捨てない世界を作ると言った。だがその世界において君達が相対してきたドン・サウザンドをどうするのだ? 力をすべて無かったことにしそのまま人として放逐するのか? そんな程度で彼が止まるとでも本当に思っているのか?」

 

 遊馬は動きを止める。

 あの男が最後の最後まで分かり合う様子を見せずこちらの希望を捨てさせようとした我儘を思い出したからだろう。

 違う考えを持つ者同士が分かり合える事が確かにある。分かり合えない者も全力でぶつかり続ければ心を開く可能性はある。

 諦めなければ、失敗しても何回でも立ち上がり夢、目標に向けて努力し続ければきっと叶う。

 それはどの世界、どの時代においても神話や都市伝説、噂などの形で残っている。

 人がそれを焦がれたからだ。

 それは理解しえない者と理解し合う、それができたら、できればという願いの積み重ねが作り上げた物だ。

 だが、

 

「彼にだって夢がある、叶えたいと願う望みがある。それを力を失った程度で立ち止まると君はそう考えているのか?」

 

「っ、だけど」

 

 現実は違う。

 異なる考えを持った人間同士がぶつかり合ったからといって理解し合える訳では無い。

 我も人、彼も人であり誰もが異なる考えを、夢を持っている。

 それが譲れないからこそ、人は闘うのだ。

 

「君の考えは尊く素晴らしい物だ、未来に希望があると信じている。いつかは分かり合えると信じぶつかる事を、自ら傷つく事を厭わないその心意気は尊敬に値する」

 

 九十九遊馬は未来に希望を持っている。いつかくるであろう日々を信じている。

 

「だが私は君の夢を信じられない」

 

 リペントはその名が示す通り自らの行いを悔いている。そして未来の僅かな可能性などを信じていない。

 

「いつかは、やがていつかは分かり合える日が来る可能性はあるだろう。だがその未来に行き着くまでにどれほどの人々が彼の策略に使われるのかを想像したことはあるのか?」

 

 リペントが口を開き放つは自分の持つマイナスの感情。

 未来に希望など持ってはいけないと、他人の言葉に希望を持ってしまいそれを後悔する男は自らの悪い想像ばかりを語っていく。

 そうして悪い可能性ばかりで埋め尽くし、自分のやりたいことこそが正しいと言うために、彼は全ての希望を、他人の言葉を掘り返していく。

 

「彼が君達に勝つためにどれほどの人々を使うのか想像できるか? 被害に遭う人々を全て救えるとでも言うのか?」

 

 遊馬が僅かな希望を信じていると言うのならばリペントはありふれた未来を語ろう。

 遊馬があるかもしれない夢を語るならばリペントは一番手短で一番現実味のある予想を語ろう。

 

「それは」

 

 遊馬は口を開きかけ、だが次はない。

 でもでもだってだってなどと他人の言葉を否定し己の意見が正しいと言う言葉を遊馬は発しない。

 感情論ばかりを口に出した所で誰も信用はしない。

 それを実際にしなければ誰も信用してくれないとエリファスが教えてくれたがために。

 

「まあ、全ての責任を君に押しつけはしない。アストラルや神代凌牙、天城カイト、水田裕、今この場にいる君の仲間達も、消えていった君の仲間達が蘇った世界で君を助けるだろう」

 

 そこまでは予測ができ否定はしない。

 リペントが悲嘆するのはそこではない、その中で現れるであろう取りこぼしの事だ。

 たとえそれが屁理屈やこじつけだと言われようともリペントは自分の意見を曲げない。それが正しい信じているが故に。

 

「だが被害は出る。だからこそ聞きたいんだよ、君はドン・サウザンドをどうする?」

 

「…………」

 

 黙った遊馬、そしてアストラルは何も答えない。ただじっと遊馬を見るだけだ。

 信じる、信じる、信じる、そう彼は口にして、不可能に挑戦し成功してきた。

 それは評価すべきだ。だが結果が良ければ全て良しではない。

 そんなものは自分が良ければそれで良いという傲慢な考えでしかない。過程になにがあるのか、誰が傷つき害を受けるのかそれを考えているのかをリペントは問う。

 

「だったらリペントはヌメロン・コードを使ってどんな世界を作るんだ?」

 

 裕は立ち上がりこちらをしっかりと見据えリペントへと問う。

 

―――そうだな、他人の批判ばかりしてもしょうがない、まずは私の考えを言うべきか。

 

 己の未来を悲観し時空の狭間へと身を投げた仲間達を想う。

 地獄のような空間がねじれた景色ばかりが続く日々。

 気が触れ叫びだす仲間達と徐々に浸透していく棄てられたという事実。

 そして終わりがあるのかすらも分からない時空の狭間へと身を投げた者達の表情。

 全てがリペントの中にあり、彼を焼き、動かしている。

 リペントは胸の軋みを思い返すのを止め、息を吐き、

 

「私が作る世界か、そうだな……私は喪った仲間と笑って暮らせればそれでいい、その暮らしを邪魔する者は全て排除する、その者が生まれた歴史を無かった事にする」

 

 望むのは自らの仲間達と楽しく暮らす事、死者を無かった事に死、その原因となった世界の否定だ。

 アストラル世界を平和にするためにはドン・サウザンドという存在が邪魔でしかない。だからこそ生まれた事を無かった事にする。

 それに似た者が生まれればそれを無かった事にする。

 そうしていけばずっと平和に暮らしていけると信じているから。

 その言葉にアストラルは目を開く。リペントの言葉から彼が何を望んでいるのか正確に分かったからだ。

 

「死んだ人はそれを望んでいない。そう言う者もいるだろう。だがそんな訳が無い。自らが望まない死を遂げた者が何を叫ぶかなど決まっている。なんで、こんなはずではない、こんなの現実ではない、認めない、誰か私を助けてくれ! 誰もが憤りと拒絶の声を上げるだろう。黙って理不尽な死を受け入れるような者などほとんど居ない」

 

 一息、その上で更に連射する。

 

「だからこそヌメロン・コードの力を使い全ての人々を救うのだ。過去、現在、未来、全てを壊し、私は私が救いたい者を救おう」

 

 たった一人の男と自分達が在る事を認めない存在が全て悪いと押し付け、それが消えれば全てが解決すると信じている。

 そして解決しなければ解決しない要因を排除し自分の住みやすい世界を創造すればいいそう考えている。

 

「ドン・サウザンドが全ての元凶ではないのかもしれない、だがドン・サウザンドが消えればドン・サウザンドの策謀によって死んでいったバリアン七皇とそれに関係する人々の運命は元に戻るだろう。本来捻じ曲げられることなく強要された戦争もなくただ自分の人生を送れたはずだ」

 

 救うと言う言葉が九十九遊馬を討ち取りに行く。

 全てを救うと言う言葉は自分とその周囲の皆を指す言葉なのか、それとも自分が知らない人々を指すのかと。

 

「君は自分の願いの為にドン・サウザンドの存在を許し過去の人々を救わないのか?」

 

 遊馬は顔を上げ、こちらを見る。

 口から出ようとしているのは自分の意見を飲み込んだ言葉だろうと予測がつく。

 

―――だがそれではダメなんだよ。君がそれを言う事は出来ないのだから

 

「いや言わなくて良い。君ならば、だったらみんな救うと言うのだろう。だがまだ早い、そしてそれを言うのは私の役目だ。君が私と相対する理由がもう一つある。君は私と分かり合おうとも私の願いを阻止しに立ち上がるはずだ」

 

「なんだと!?」

 

―――少々ズルではあるが、だが利用しない手は無い。

 

 本来は最後の最期で語られるべき真実を今、リペントは語る。

 

「アストラル、君ならばもう気付いているのだろう。私の持つ願いが今、ここにいる九十九遊馬という人間を歴史から消滅させるということを」

 

「…………っ、まさか!?」

 

「そう、ドン・サウザンドとアストラルが最初の戦いで飛び散ったのは50枚のナンバーズだけではない、アストラルの力の半分もあのとき分かたれたのだよ」

 

 ドン・サウザンドとアストラルの激突、それは50枚のナンバーズを様々な時間軸にばら撒いただけではない。

 アストラルの半身とも呼ぶべき力が飛び散ってしまったのだ。

 そして、

 

「そして、分かたれた力は一人の人間へと受け継がれた」

 

「それって、まさか」

 

 そこまで言ってしまえば遊馬の次に何が言われるか理解したのだろう、声を震わせアストラルを見る。

 

「そう、九十九遊馬、君だ。だからこそ、という言葉を使いたくはない。君は君の意思の力でここまで来た。だが君がエリファスとの決闘でアストラルが居ないときにシャイニングドローが出来たのもアストラルとオーバーレイできたのも全ては君の中に眠るアストラルの力のおかげもある」

 

 リペントが九十九遊馬達と対立するのはこのためだ。

 ドン・サウザンドを消滅させると言う事はドン・サウザンドとアストラルの戦いすらも起きなかった世界を作るという事だ。

 

―――それは。

 

「それはドン・サウザンドを歴史上より消滅させれば九十九遊馬という存在はこの世界に生まれ出ないという未来に繋がるのだよ、むろん君と同じような人間は生まれるだろう、だがそれは今の君ではない。ただ決闘が好きで決闘チャンピオンを目指すだけの普通の少年で、アストラルと出会う事もナンバーズをかけた戦いにも巻き込まれない、何も力を持たない九十九遊馬が生まれるのだ」

 

 リペントの持つこの願いはただ仲間を喪ってしまった事を無かった事にし、穏やかな時間を過ごす事だ。

 理不尽な事など無く、ただ楽しい時間が続く事を願っている。

 それが出来ないと思っていたからこそ彼は過去に後悔していた。

 それを無かった事に出来るからこそ彼はここに立っている。

 自分の後悔を無かった事にするために、自分の感情を打ち払いたいがために、彼は言葉を続けていく。

 過去は変えられない筈だ、だがもしも過去を変えられるとしたら、己の持つ後悔を無かった事に出来るのならば、それに手を伸ばして何が悪いと言うのだ。

 水田裕が持っていた願いと同じように、誰でも持ってる感情がリペントを突き動かしている。

 リペントは腕を大きく振り、指を前に突き出す。

 それはまるで心臓を撃ち抜かんとする狙撃兵の様に、真っ直ぐに伸びる。

 

「だから、ドン・サウザンドと九十九遊馬へ理不尽で未来に絶望し、喪われた死者の言葉を代弁する。頼む、私達の平穏と幸せのために君達のここまでに積み上げきた戦い、友情、希望、夢、これまで得た物全てを無かった事にしてくれ」


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