クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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私は私を愛している

 修羅場を切り抜けてきた裕の勘は正しかった。

 少なくとも最悪の事態はなんとか逃れる事が出来た。少なくとも一ターンの猶予が与えられる。だがその代償はとてつもないプレッシャーだ。

 フルバーンと征竜のデッキに手札を与えてしまった事、恐らく自分はこのターンで何とかしないと次のターンを迎える事など出来ない。

 気持ちが折れかけようとも、祈り願いその先にある物を掴む。

 たとえ体が瀕死であろうとも。

 血が足りなくて半分頭が回っていな状況だろうとも。

 見渡す限り敵しかいないこの場でも。

 敗北し消滅するはずの敵がほぼ無限に再生し続けるような地獄だろうとも。

 カードの性能が違いすぎてほとんど勝てる状況が見えなくても裕はその先の未来を諦めない。

 

「俺の、ターンっ!」

 

 裕の夢は、願いはデッキのカード達と共鳴し風を呼ぶ。

 光は祝福するように優しく降り注ぎ裕の体に力を戻していく。

 

「ドロー!!」

 

                    ●

 

―――何もかもが気持ちが悪い。

 

 まず意識を取り戻してソレが感じたのは吐き気だ。

 それは何に対してか?

 眼前にいる今にも崩れ落ちそうな体で、体中ボロボロで膝が笑っていて、身体能力はただの普通の少年でしかない彼が立ちあがり、潰れろと言う声に、状況に抗おうとする姿か?

 

―――違う。そんな物に興味などない。

 

 煩わしくこちらに不快に感じる光を送って来る巨大な龍にか。

 

―――違う。これは確かに不快だが、これ以上に不快な物がある。

 

 まるで味方の様に私の横に立って水田裕の動きを観察している黒原にか?

 

―――違う、これはこれでうっとおしいがこれでもない。

 

 その少女が何度目かの自問自答をしたとき水田裕が動いた。

 

「クェーサーを攻撃表示に変更しバトルだ! スターダスト・ドラゴン、閃光竜スターダスト、ドラゴエクィテスでビッグアイを攻撃!」

 

 2つの星屑竜が、竜騎士が偽りのナンバーズへと攻撃を放つ。

 光と槍の一撃は巨大な目玉を砕き爆散させる。

 

「そしてクェーサーでカオス・エンド・ルーラーを攻撃!」

 

 恒星龍の右の拳に集まった光、光剣は膨大な熱をばら撒きながら空より混沌と終焉を操る者へとぶち込んだ。

 カオスエンドルーラーも光と闇のエネルギーを拳に貯め応戦しようとするがその圧倒的な光にはぎりぎり届かず、飲み込まれる。

 

シューティング・クェーサー・ドラゴン ATK4000 VS カオスエンド・ルーラー -開闢と終焉の支配者- ATK3500

破壊→カオスエンド・ルーラー -開闢と終焉の支配者- ATK3500

最上LP3000→2500

 

 少女を傷つける爆風を手で払いのけ視界を確保した視界に映るのは青白い光剣だ。

 それは大きく空へと振り上げられ少女の視界を覆っていく。

 

「クェーサーで直接攻撃!」

 

「手札より速攻のかかしの効果発動。バトルフェイズを終了させる」

 

 光剣をブースターを噴かせながら飛んできたかかしが受け止めようとするが、

 

「させるか、クェーサーの効果で無効にする!」

 

「なら墓地からだ。私は墓地のカイト・ロイドの効果発動、直接攻撃を無効にする」

 

 恒星龍によって砕かれたかかしに代わり墓地からカイトに目玉を付けた機械が光剣を受け止める。

 防がれると思ってなかったのだろう、裕の表情には驚愕と焦りが浮かぶ。

 最上はその顔を見て少しだけ苛立ちが晴れそうだ、と思うも更に苛立ちが募る。

 

―――なんで、なんでこんなにも苛立つんだ。

 

「俺はこれでターンエンド!」

 

裕場    シューティング・クェーサー・ドラゴン ATK4000

LP2000   波動竜騎士ドラゴエクィテス ATK3200

手札2    閃光竜スターダスト ATK2500

      スターダスト・ドラゴン ATK2500

       伏せ1

 

黒原場  

LP4000  伏せ3

手札8

 

最上場   

LP2500

手札5   

 

「じゃあ僕のターンだ、ドロー」

 

「スタンバイフェイズ、増殖するGだ!」

 

 まだ裕の瞳に闘志が燃えているのを見て、まだ食らいつくか、そう黒原は笑う。

 その上で畳みかける。

 まず裕の背後に現れるのは小さな地割れ、そしてその割れ目は大きくなり中より溶岩でできた腕が現れる。

 

「ならお望み通りにしてやろう、僕は君の場のクェーサー(相棒)とドラゴエクィテスを生贄に君の場に溶岩魔人ラヴァ・ゴーレムを特殊召喚!」

 

 その腕は恒星龍と竜騎士の腕を掴むと生贄とばかりに自分の口へと持っていき貪り食う。その上で満足したとでもいう様にゲップし裕の場にその巨体を現した。

 相棒を貪り食った溶岩魔神を裕は拳を握りしめ見、そしてそれを行わせた黒原を見る。

 

「さらに大嵐を発動、君の最後の伏せカードを破壊する」

 

「スターダスト・ドラゴンの効果発動! このカードをリリースし破壊を無効にする!」

 

「ならそれに罠カード、自業自得、連鎖爆撃を発動」

 

 開かれた連鎖爆撃のカードより鎖が伸びる。

 それは自業自得を通りスターダストが居た場所へと突き刺さり大嵐へと戻って来た。そしてその貫通した場所が光り始める。それはまるでカウントダウンをするように短く早く点滅していく。

 

「これで終わるか!?」

 

「まだだぁ! 永続罠、リビングデットの呼び声を発動、俺は墓地から波動竜騎士ドラゴエクィテスを特殊召喚する!」

 

 波動竜騎士ドラゴエクィテスには自分が受ける効果ダメージを相手に跳ね返す永続効果がある。

 これによって裕が受ける筈だった2600のダメージは黒原が受ける事になる。

 

「おっと、なら大嵐、連鎖爆撃、自業自得をコストに速攻魔法、非常食を発動。ライフを3000ポイント回復させる」

 

 鎖が爆発を起こしそれが次々に連鎖、赤の花を咲かせていく。それが引き起こした爆風は裕へと向かうが場に現れた竜騎士が爆風を受け止め、方向を操り黒原へと叩き込んだ。

 爆風が黒原を飲み込み過ぎ去る。そして黒原は汚れた服を叩き埃を落とし、考え込む素振りを見せる。

 

「ふん、まだまだか。僕はカードを5枚伏せてターンエンド」

 

黒原場  

LP3900  伏せ5

手札2

 

最上場   

LP3500

手札5   

 

裕場    溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム DEF2500

LP2000   波動竜騎士ドラゴエクィテス ATK3200

手札2    閃光竜スターダスト ATK2500

       リビングデットの呼び声

 

 最上にターンが回って来る。

 裕を見ればまるで何かに祈る様に目をしっかりと閉じている。

 その様子を見て頭の中を掻き毟られる様に不快な感情が荒れ狂う。あれを砕けと命じて来る。

 

―――ここで引くべきカードはなんだ? 大嵐か、ブラックホールや幻魔の扉だ。

 

 すでに殺せるだけの手札はある、あとは破壊するカードをぶち込み邪魔な竜騎士を破壊できればその時点で少女が願う勝利が訪れる。

 故に願う。願う。

 心内で荒れ狂うのは補填大会での屈辱を晴らせと言う声。正しいドローが出来なかったから負けた。ならば今度こそ正しいカードを引き当てろ。そう何かが叫んでいる。

 最上愛は強い。

 たとえ能力を無効にされようともそれを打ち破り望むカードをドローしてここまできた。

 裕の最後の希望を打ち砕く。そう決め、デッキへと手をかけ、

 

「ドロー」

 

 引いたカードを見た。

 そして少女の口から漏れるのは1つの感情だ。

 

「ちっ」

 

 それを見た裕が笑みを浮かべる。それを見た最上は苛立ちをさらに募らせ叫ぶ。

 

「何がおかしいっ!」

 

「最上、お前弱いな」

 

 少女の表情から色は消える。

 怒りの感情も困惑も全てが抜け落ちる。まるで仮面を引っぺがされたのっぺらぼうのようだ。

 

「今のお前じゃ俺に勝てるもんか、最上、聞こえて無いんなら、届いてないんならもう一度言うぜ。最上、お前弱いな」

 

 裕の言葉を正確に理解した最上は怒りに震え、激昂する。

 

「ふざけんな、ふざけんなっ、私がお前よりも弱いだと、何を言ってんだよ、私がお前よりも弱い訳が無い」

 

 その少女の怒号をうけても裕の笑みは変わらない。

 裕は確固たる理由があるとでもいう様にその態度を崩さない。

 

「言える、言えるさ。お前がそのドローで望んだカードを引けない時点で今のお前なんて敵じゃねえ、怖くもなんともねえ」

 

「なん、だと?」

 

「最上、お前は誰を愛してる?」

 

「そんなのっ」

 

 言葉に詰まる、そして何かが自分を押しのけて出てこようとするのを感じ最上は考えるのを止めた。

 

「今は関係ないっ、炎征竜バーナーと風征竜ライトニングを除外し焔征竜ブラスターの効果発動、このカードを特殊召喚する」

 

「チェーン、増殖するGだ!」

 

―――このまま星態龍でも出して殴るか、いやまだ急がなくてもいいか、その気になればドラゴサックを2連射出来るけどそれだとドローされる、私が攻撃しなくても、黒原がなんか伏せてるだろうし。

 

「邪魔な閃光竜から破壊させてもらう、このままバトルだ、ブラスターで閃光竜スターダストを攻撃!」

 

 紅蓮の竜が閃光竜へと襲い掛かる。

 溶岩の中で研磨されしその外皮は閃光竜の放つ光を通さず、焔征竜は光り輝く翼を握りこむと喉笛へと噛みついた。

 

「っ、閃光竜スターダストの効果発動、ドラゴエクィテスを1回だけ破壊から守る!」

 

炎征竜ブラスターATK2800 VS 閃光竜スターダスト ATK2500

破壊→閃光竜スターダスト

裕LP2000→1700

 

 最後の足掻きにと閃光竜は羽を羽ばたかせ竜騎士の周りに風のバリアを作り上げる。

 それを見て最上は心の中で舌打ちをする。

 その効果が無ければ、もしも裕が閃光竜を守ったならば、最上はドラゴサックを2回ほど特殊召喚し波動竜騎士を破壊、そして黒原がチェーンバーンで焼きにかかる予定だった。

 

「めんどくさい、私はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 最上の言葉に裕は重い重いため息を吐く。

 生き残った事とこれから行うドローで全てが決まるという期待から裕の顔には笑みが僅かにある。

 

「これでっ、俺の」

 

「何を言っている? まだ僕達のバトルフェイズは終了してないよ」

 

 裕の表情から笑みが消える。

 口元はまさかと動き、声は出ない。

 黒原はゆっくりと手を動かし、伏せていたカードを発動させる。開かれたそのカード枠は緑、書かれている文字は、

 

「時の、跳躍………………!」

 

「そう、君に次のターンは回ってこない。僕のターンのバトルフェイズだ」

 

最上場   焔征竜ブラスター ATK2800

LP3500

手札3   伏せ2

 

裕場    溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム DEF2500

LP1700   波動竜騎士ドラゴエクィテス ATK3200

手札2   リビングデットの呼び声

 

黒原場  

LP3900  伏せ4

手札2

 

 裕でなくてもはっきりと分かる。誰でも目に見て取れるほどに分かりやすくその少年の心に今、何があるのかが分かる。

 裕の心を支えていた柱が今、折れた。

 地面に膝を付けた裕、それを見て黒原はつまらないとため息をはく。

 

「そうか、やっぱりお前もカスか」

 

 やっぱりという言葉の裏にはお前も自分と同じカスなんだろうと思っていた黒原の本心がある。

 自分もお前も最上も同類、困難にぶち当たってへし折れる。夢を信じて、願いを叫ぼうとも理不尽な現実にへし折れ負ける。そういう人間なんだろう、と。

 

「そうだろう、そうだろう。お前なんかがそんな心なんて持ってるわけない、主人公な訳が無い。どうせこっちの世界に来た人間なんてどいつもこいつも屑ばかりだ。僕はそんな屑どもに囲まれて過ごしたくない。本物が見たいんだよ。言葉で、行動で希望を与えてくれるヒーローを!」

 

 黒原は裕を嘲笑い侮蔑する。

 そして手に持つ少ないカードの中より一枚を抜き取り発動させる。

 

「こいつはもしかしたら、なんて思わせる屑は死ねよ、偽物なんて消えちまえ、バトルフェイズを終了しメイン2、僕はエクストラ・フュージョンを発動、光と闇、二つの相反する仮面を被りし英雄よ、今こそ交わりて境界線上より現れよ。融合召喚!」

 

 光牙と闇鬼、二つの仮面が赤と青の渦に落ちていく、そして光と闇、その渦の底より黒と白のマフラーをたなびかせ一人の戦士が掛け声と共に飛び上がる。

 右から見れば白一色、左から見れば黒一色、2つの相反する色がその男の体を半分ずつを構成している。そして鮮やかな蒼色の眼を輝かせ右手を振り、ゆっくりと裕へと左手で指差す。

 

「現れよ、C・HERO(コントラストヒーロー)カオス!」

 

 現れたヒーローの背後より風が吹き荒れ、膝をつく裕を撫でていく。

 それに導かれる様に裕は顔を上げる。

 

「カオスの効果発動、一ターンに一度、表側表示のカード効果を無効にする、僕が無効にするのは波動竜騎士ドラゴエクィテスだ!」

 

 カオスの拳が波動竜騎士へと延びる、

 それを呆けたように見つめていた裕は、なにかに叩かれたかのように体勢を崩し、急に意識を取り戻したように立ち上がると墓地へと手を伸ばす。

 

「ま、まだだ、まだ終わってねえ! 俺は墓地からスキル・プリズナーの効果発動、子のカードを除外しドラゴエクィテスを対象を取るモンスター効果より守る!」

 

 打ち払われたヒーローの拳、そして最上は黒原の顔を見た。

追い詰めているはずの黒原の表情はあり得ない物でも見たように汗が流れ、眼は極限まで見開かれている。

 

「なんで、なんで立ち上がるんだよ、手札もそれ以外にまともなカードなんて無い、伏せカードも無い、普通なら諦めるだろうが、なんでお前なんかが!」

 

 その言葉に裕は少し淡く笑って答える。

 

「場違いなんて知ってるよ、主人公なんてがらでもない。だからってこんな所で諦めれるかよ、()が言ったんだ。こんな所で諦めるのか、俺の願いを砕いたんだから約束ぐらいは守りやがれって」

 

 それは当人にしか分からない何かなのだろう、なにか諦めきれない何かなのだろう。 その言葉が裕の折れたはずの柱を新しく作り替えていく。

 力の限りに吼える。

 

「俺が俺に願ってんだ、俺が俺に誓った約束をこんな所で諦めていい訳がねえ!」

 

 その言葉に少女の奥底にある何かが動く、それは強く強く押さえつける壁を打ち据えていく。

 まるで胎動する赤子の様に何度も何度も少女の壁を揺らしていく。

 

「ちっ、だが最上のターンが来ればドラゴエクィテスの効果は無効にできる、そうすれば僕たちの勝ちだ。運命を宝札を発動、サイコロを振る。出た目は4、よって4枚ドローし4枚をデッキトップより除外する、僕はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「相手のエンドフェイズ、私の場の焔征竜ブラスターは手札へと戻る」

 

黒原場   C・HEROカオス ATK3000

LP3900  

手札4   伏せ5

 

最上場   

LP2500

手札4   伏せ2

 

裕場    溶岩魔人ラヴァ・ゴーレム DEF2500

LP1700   波動竜騎士ドラゴエクィテス ATK3200

手札2   リビングデットの呼び声

 

 少女はデッキへと手を伸ばす。

 その小さな体を暴れるは二つの意思だ。

 1つは何かの胎動、そしてもう一つは殺せと言う意思だ。

 望むカードを引き補填大会での屈辱を果たせ、今度こそ勝つのだと暴れる声、それに従い少女は手をデッキに置き、ドローする。

 

「ドロー…………なんで引けないんだよ」

 

 ドローしたカードはまたしても望んでいないカード、いつも違う状況に疑問を抱き、少女は考えを巡らし、そして気付く。

 己の中にある気持ち悪い何かの存在に。

 

―――屈辱を果たす? 私が今度こそ勝つ? この状況で? いや⋯⋯いや、違うだろう。私がこんな状況で勝つことが嬉しいだと?

 

 だが胸の中では逸れこそが正しいと囁いてくる何かの存在、それをはっきりと認識し、少女は、最上はようやく自分の中にあった不快感の正体がわかる。

 

―――私じゃない何かが私の体と声を使って話している。なんだこれは、まるで別人じゃないか、私の素晴らしい体にへばり付いて何をさせようとするんだ。気持ちが悪い、気持ちが悪い、気持ちが悪い。ああ、全く不愉快だ。

 

 少女はまるで蝶が蛹より羽化するように目覚めていく。

 本当の私が何をしたいかを。

 あのバリアン世界で機殻の軍勢を前に私が認めた言葉を、

 そして『私』に。

 

―――私が倒したいのはコイツだけど、私が欲しい勝利はこんな形じゃない。私はあの場所で負けを認めたじゃないか。それなのにどうしてこんな事を思うんだ。この思考は私じゃない。

 

「ああ、そうだな。これじゃ裕に笑われても仕方ない」

 

「最上?」

 

「でも許さない、私を笑った事はしっかりと落とし前を付けさせてやる」

 

 最上は嗤い、裕を見る。

 裕の表情は微妙に引きつりつつも、納得したように笑みが浮べその場に座り込んだ。

 

「私が誰を愛しているかって? そんなの聞くまでもない。問われた所で返す言葉など一つしかない」

 

 歌い、詠い、誇り高らかに謳い最上は産声を上げる

 

「私はッ、私は私を愛しているっ」

 

 最上愛は自分のみを愛し、他人を愛さない。

 他人に勝っている自分が何よりも至高の存在だ。

 他人を楽して叩き潰す自分が最高にカッコいい。

 どんな逆境だろうと切り返す自分は誰よりも素晴らしい。

 その身をいつか滅ぼすであろう自己愛を抱き続ける少女だからこそ、確固たる「私」を崇拝する彼女だからこそ、ここぞという場所で最高のカードを引き当てることが出来る。

 故に最上は他人の為なんていうくだらない理由では強さなど発揮される訳が無い。

 ビッグアイの3連射だって本当の最上ならばそこから更にドラゴサックの2連射からの光と闇の龍をアドバンス召喚ぐらいはやってのける。そういう少女だ。

 最悪の事態を想定していた裕はそうならなかったが故に最上を弱いと判断したのだろう。

 

―――いくら私が私じゃないからと言って私を弱いと評価したことは絶対に許さないけどね。

 

 後で裕をどうやって蹂躙してやろうかとも考え、最上の顔に笑みが咲く。

 そして最上の異変に気付いたのだろうか、黒原は若干焦ったように早口に効果を発動指せにかかる。

 

「最上のスタンバイフェイズ、僕はC・HEROカオスの効果発動、波動竜騎士ドラゴエクィテスの効果を無効にする!」

 

「させないよ、私は速攻魔法エフェクト・シャットを発動、発動したモンスター効果を無効にし破壊する」

 

「なっ」

 

 カオス目掛けて発動された一撃に黒原は言葉を失い最上を見る。

 

「なん、で? お前が……?」

 

「お前が言ったじゃないか、自分以外全員敵だと」

 

 それはただ水田裕の手札を5枚で固定するための言葉だった。実質は2対1の決闘でしか無いはずだった。

 

「お前が、お前がドン・サウザンドの洗脳を破っただと、お前なんかが?」

 

「七皇の奴等だって違和感を覚える程度の洗脳、だったら私にだって違和感ぐらいは覚えるのが当たり前じゃないか、私は私で満ちている。私以外の者が入ってくれば私には分かるさ」

 

「認めない、認めないっ、認めるもんかっ! お前なんかが、お前らなんかがそんな心を持って居る訳が無い!」

 

「お前が認めなくていいよ、どうでもいい。だけど私は無性に腹が立ってるんだ。だから終われよ。黒幕気取った観客者風情が、口出ししてんじゃねえよ」

 

 最上は狼狽える黒原だが最上の眼に揺らぎが無いのを見て、

 

「だったら先にお前を始末する。その発動にチェーンして自業自得を発動、更にチェーンしておジャマトリオを発動」

 

 連打され積み上げられていくチェーン、そして動かない最上を見て黒原は更にチェーンを積み重ねようと手を動かし、

 

「カウンター罠、神の宣告を発動」

 

最上LP2500→1250

 

 止まった。

 

「これで、何?」

 

 最上は自分がチェーンバーンに負けた2度目の決闘を思いだし笑う。

 

―――そうだとも、能力がないコイツなんて敵じゃない。私の敵は、勝ちたい相手は他に居る。

 

「それじゃ行くよ、私は死者蘇生を発動、墓地のガード・オブ・フレイムベルを特殊召喚、そして墓地より閻魔竜レッド・デーモンズと水征竜ストリームを除外しタイダルの効果発動、このカードを特殊召喚する。そしてレベル7のタイダルとレベル1のガード・オブ・フレイムベルをチューニング」

 

 全てを押し流す瀑布が最上の脚元より発生、瀑布を突き破り現れ出でるは細身の青の竜が現れる、そして、竜は星となり空へと上がる。

 

「シンクロ召喚、レベル8、ブラックフェザー・ドラゴン」

 

 輪の中より生まれる黒い羽の渦、その中より現れるは黒いと白の羽をはためかせる一等の龍だ。

 その姿を見た時、黒原の動きが静止した。

 

「更に手札の青眼の白龍、そして墓地のタイダルを除外し墓地の巌征竜レドックスの効果発動、このカードを特殊召喚する。続いて墓地の瀑征竜タイダルと幻木龍を除外し手札の焔征竜ブラスターの効果発動、このカードも特殊召喚する」

 

 それと同時に巨大な山が地中よりせり上がって来る。そしてその山の頂点より吹き上がるはマグマだ。

 山の中腹の岩盤、内部より食い破り姿を見せるのは角の折れた茶の竜、そしてマグマの中より首を伸ばすは真紅の竜だ。

 いずれも大自然の内で死と生を繰り返す4竜の一角だ。

 その竜達は咆哮し、出現した渦の中へと飛び込んでいく。

 

「レベル7のブラスターとレッドクスでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚。現れろ、幻獣機ドラゴサック、そしてドラゴサックの効果発動、幻獣機と名の付くモンスターをリリースすることで相手の場のカードを破壊する。私はドラゴサックをリリースし黒原の最後の伏せカードを破壊する」

 

 渦の中より飛翔する大量のデコイを積んだ超大型輸送機、竜の形を模したその飛行機は黒原目掛けて落下し始める。

 

「和睦の使者を発動、このターン、僕が戦闘で受けるダメージは0になる!」

 

 黒原の場に落ちてきたドラゴサックは大爆発を引き起こした。

 和棒の使者より作られた膜によって黒原は守られる、だがその周辺で裕を取り囲んでいた決闘者達はまとめて吹き飛ばされていく。

 

「更に墓地の風属性カイトロイドとドラゴサックを除外し嵐征竜テンペストの効果発動、このカードを特殊召喚する」

 

 次に来るのは竜巻と地。

 竜巻は四肢を構築し竜巻そのものが竜へと変貌を遂げていく、まるで黒原の抵抗など意にも留めずその竜達は空を舞う。

 

「黒原、お前も事故ってんだろ。いくらチェーンバーンが強いからって殺せるだけの火力を握れるかは運しだいだ。それをお前は能力で補ってきたよな。だから私のデッキを征竜にした。自分が事故って攻めきれなくても私が攻めれば隙は空くとでも考えたんだろ」

 

 実際そうなった。

 圧倒的な征竜の蹂躙劇、それによって裕の場は更地になりかけた。一つ誤算があるとすればパートナーを最上にしたことぐらいだろう。

 

「なあ黒原、他人任せの願いなんか祈ったって叶うわけねえだろうが。私が、私がっ、私がッ! 何かを願う自分が素晴らしい、自分の軸がぶれない私が素晴らしい。どんな困難だろうが立ち向かう私が最高だ。私が私を愛している、そう胸を張って言えない様な、自己愛が持てない奴が願いを叶えられるなんて思うなよ! お前が信仰しているヒーローだって全員我欲優先の自己愛塗れじゃないか!」

 

「なんだとっ!?」

 

 まるで最上と自分が好きな諦めないヒーローが一緒の存在だ、そう言い放たれ黒原は激怒する。

 自分が侮蔑している者と自分が信仰しているものを一緒にされて喜ぶような人間などいる訳が無い。

 

「自分がやっている事が、自分が考える意思が正しい。自分が気に食わないから事件に首突っ込んで気に食わねえ事を殴り倒す、そこに他人が喜びそうでいかにも万人受けそうな理由を付けてるだけじゃないか。どいつもこいつも底にあるのは自己愛ばっかりだ!」

 

「ふざけんな、ふざけんなッ!! 認めない、お前らなんか絶対に認めるもんか、なんでお前らなんかが、僕と同じ世界から来たお前らなんかが、どうして!?」

 

 黒原の声には悲痛がある。

 どうして自分がああではないのか、どうしてあいつらなんかがと、言外に言っている。

 自分は出来ない事が出来る他人を羨む声がある。

 

「分かんねえか。私はただ、私が愛している物を愛し続ける。それだけだ。見たい物を見て見たくない物を偶に頑張りながらちらりと見る。私の世界は私が見たい物で溢れ続ける。そして欲しい物は全て手に入れる。そう求め続ければいいだけだ」

 

 少女の世界は閉じられている。

 歩く道は更地であり背後に積み上げる物などほとんどない。

 自己愛、我儘、傲慢、強欲、ただ自分を満たすためだけに最上愛は行動している。

 彼女は折れない、都合が悪い事は受け流し頭の中で自分に都合の良いように改変するから。

 彼女は故に笑う、己が今成している事が今、一番楽しくやりたい事だから。

 

「チェックメイトだ。私はライフを半分支払い、罠カード、異次元からの帰還を発動。再び現れろ、青眼の白龍、瀑征竜タイダル、幻獣機ドラゴサック」

 

「…………あ」

 

 異次元の裂け目をくぐっりぬけ現れるは3体の竜、そして手札はまだ2枚、召喚権すら最上はまだ使っていない。

 その事に気づき黒原は口を開ける。

 

「そして黒原の伏せを対象にドラゴサックの効果発動、このカードをリリースし破壊する」

 

 破壊されるはスターライトロード、この状況では役に立たないカードだ。

 残る伏せは一枚、それをちらりと一瞥し最上は更に動く

 

「タイダルとテンペストでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚、現れろ、2体目のドラゴサック。ドラゴサックの効果だ、オーバーレイユニットを使い幻樹機トークンを2体特殊召喚する。そしてドラゴサックをリリースしドラゴサックの効果発動、黒原の伏せを破壊する」

 

 砕かれた最後の伏せは連鎖爆撃、黒原の最後の願いすらも砕かれた。

 それを知り黒原が膝をつく。

 

「青眼の白龍を除外しレッドアイズ・ダークネス・メタルドラゴンを特殊召喚、レッドアイズの効果で墓地の青眼の白龍を特殊召喚、そして幻獣機トークン2体をリリースし光と闇の龍をアドバンス召喚」

 

 カオスエンド・ルーラー、C・HEROカオスが出現したように光と闇の狭間より一体の龍が飛翔する。

 その身に宿すのは己の身を削り敵を全てを打ち払う力。外敵を打ち払いそして主を守り次に繋ぐ白と黒の龍だ。

 

「このままターンエンド。決めろよ裕」

 

最上場   光と闇の龍 ATK2800

LP625   青眼の白龍 ATK3000

手札0    ブラックフェザー・ドラゴン ATK2800

      レッドアイズ・ダークネス・メタルドラゴン ATK2800

 

裕場    溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム ATK3000

LP1700   波動竜騎士ドラゴエクィテス ATK3200

手札2   リビングデットの呼び声

 

黒原場   

LP3900  

手札4

 

「こ、こんな事が」

 

 黒原の手より手札が滑り落ちる。

 最上は笑みを浮かべ、芝居がかった動きで両手を広げる。

 

「操られても自分で逆らって本当の意識を取り戻した、好きだろうそういう系。お前が見たかったのはこういう話だろ。なあ、どうだ? これがお前が見たかったものじゃないか、見れて嬉しがれよ、私を素晴らしいと称えろよ」

 

 4竜を操りあの場を更地にした最上は笑う。

 先程までは裕が諦めかけていた。だが今度は黒原が追いつめられていた。

 絶句し動かない黒原を裕は見て、息を吐き立ち上がる。

 

「俺のターン、ドロー。そして溶岩魔人の効果が発動する、だけど」

 

「私の光と闇の龍がそれを無効にする」

 

 強制発動するラヴァ・ゴーレムと光と闇の龍。それらが効果を打ち消し黒原の場に守るモンスターは居なくなっている。

 黒原は目を限界まで広げたまま動かない。

 

「波動竜騎士ドラゴエクィテスで直接攻撃だ!」

 

黒原LP2100→0

 

 槍の一撃を受けた黒原は消滅が始まった。だがその脇にはすでに黒原と同じ靴が構成されつつある。

 最上は走って裕の横に立ち、

 

「さてと、じゃあやるぞ」

 

「えっと、やるって何を?」

 

 全体的に血が足りないのだろうか、眼の焦点が微妙に合っていない裕の頬を叩こうとし、恩があるのを思いだしデコピンで喝を入れる。

 本来、かなりの重傷者である裕にやっちゃダメな分類なのだろうが、どうせこいつも決闘者なのだから大丈夫だろうと言う常識的判断のもとに一発やられたぐらいでは正気を取り戻さない裕の額へとデコピンを連打する。

 何発か後にようやくまともな焦点があって来た目を見て最上は言葉を続ける。

 

「バリアン世界で見ただろ、決闘してた二人が決闘盤の電源を落とすの」

 

「あ、ああ。そうか、その手があったか」

 

 二人は息を合わせ決闘盤の電源を落とす。決闘中だろうと平常時だろうと爆破されようとも砲弾を受けても深い谷底に落下しようとも壊れない決闘盤だが電源を落とされてしまってはただの頑丈な機械でしかない。決闘は中断された。

 背中合わせに周りを見ればぐるりと操られた人々によって取り囲まれている。逃げ場はない。

 最高性が終わった黒原は怒りで震える指先を最上と裕に突きつけ叫ぶ。

 

「逃がさない、絶対に逃がすもんか、やれ!」

 

 操られた人々が決闘盤よりアンカーを射出、拘束しようと試みる。

 だがそのアンカーは上空より放たれた黒紫の糸によって阻まれた。

 

「封じよ、シェキナーガ」

 

 一体の巨大な機殻の玉座に座する修道女像より糸が放たれ裕達を取り囲む決闘者達の動きを封じていく。だが放たれ封じる糸の量よりも裕を捕らえようとする決闘者の方が圧倒的に多い。

 シェキナーガの横を通り、または放たれる糸を潜り抜けた決闘者達が裕達へと飛び掛かって来る。だが援軍はそれだけでは無い。

 

「理解と慈悲より生まれし竜星の輝きよ、数多の色と星が一つと成りて今こそその姿を成さん。現れろショウフク、チョウホウ!」

 

 9と8の輪と星が連続して瞬き、光の中より現れるのは東洋風の龍。その体より放たれる光が決闘者達を封じ込めていく。

 そしてその龍達の背より降り立つのは2人のバリアン人だ。

 片方は見覚えがある。バリアン世界で知り合ったプラネタリーだ。

 

「…………誰?」

 

 エルシャドール・シェキナーガを使う時点でなんとなく予想が出来るが裕は一応聞く。

 

「この姿は始めてか、私はリペントだ、それよりも我々が時間を稼ぐ、だから君達は早く逃げてくれ」

 

「逃げるってどこに!?」

 

 周囲を囲む人、人、人の群れ。逃げ道など一見内容にも見える。だが、

 

「当然、空だ」

 

 リペントが指さした空、銀河の様に無数の光が瞬いていく、その光に裕と最上は見覚えがある。

 銀河の光を内包した竜は一度裕達の頭上を飛び去ると、一度大きく羽ばたき足元の決闘者を散らした後、裕達のすぐ傍へと降り立つ。その竜の背に居るのはカイトとハルト、そして半壊したオービタルだ。

 

「カイト、無事だったのか!」

 

「ああ、この二人に危ない所を助けてもらった。それよりも早く乗れ、遊馬達がこのままでは危ない」

 

 銀河眼は両手を裕達へと差し出してくる、それに乗れと言う事なのだろう。

 裕と最上は銀河眼の手に乗ろうと走り出す。

 

「させるか!」

 

 糸と竜の妨害を潜り抜けてきた黒原が裕の横より飛び出し腰にタックルをかます。

 バランスを崩し倒れた裕に馬乗りになった黒原は拳を握り顔面を殴りつけようとするもリペントの腕によって阻まれる。

 そのままシェキナーガの糸にがんじがらめにされどこかへと放り捨てられた。

 

「私達はここでこいつらを引き留める、君達は先に行け」

 

「でも」

 

「あと、これを君に渡しておこう」

 

 リペントより投じられたのは白紙のカード、そのイラストには何も描かれていない。

 そのカードを見たとき、トラウマがある裕はそれがなんであるか真っ先に気づく。

 

「それは私が依代にしていたナンバーズだ、あの場所に全てのナンバーズを集めるのだろう。ならば約束通りそれは君達に預けよう」

 

「分かった、負けんなよ」

 

 最上の伸ばした手を握り裕は銀河眼の手に乗り込む。

 それを確認した銀河眼は一声上げると翼を広げ羽ばたき上空へと飛び上がった。あっという間にリペント達の姿は小さくなり見えなくなる。

 そしてようやく安全だと判断したのだろう、裕は、

 

「最上」

 

「なんだ?」

 

「着いたら、起こしてくれ」

 

 電池が切れた玩具の様にその場にぶっ倒れた。それを見て最上は頭を掻き、なにかを言おうとして止める。

 

「ここで言うのはダメか、クソ、全く不愉快だ」


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