クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード 作:TFRS
ドン・サウザンドが言い放った後、遊馬達はその場より動けずにいた。
彼らに求められるは単純明快、目の前の神以外に誰も成し遂げられなかった初手でエクゾディアを揃えること。更に追加するならばデッキに無いものをまず創り出すことから始めなくてはいけない。
遊馬がゼアルの力を十全に発揮し凌牙が皆より与えられた力を発揮すれはなんとかなるかもしれない、だがそれでは引き分けにしかならない。あとに続くはひたすらに互いの力が無くなるまでの根競べだ。
そしてドン・サウザンドはヌメロン・コードを掌握しかけ無限とも言うべき力を持っている、どう考えても勝てる見込みなど有りはしない。
「九十九遊馬、それにアストラル」
あまりにも勝ち目がない戦いに心が折れそうになるも必死で自分を励まし踏ん張る遊馬の耳に自分を呼ぶ声が届く。
弱々しい声に目を向ければ倒れ伏したエリファスがいた。
「エリファス、おい大丈夫か!?」
駆け寄って来た遊馬の腕をエリファスは弱々しく掴み、真っ直ぐにこちらの眼を見据えゆっくりと首を横に振った。
「すまない、初手エクゾディアをすることは私には出来なかった。だが君とアストラル、そして私の力を全力で使えば……」
エリファスの手に握られるは2組のエグゾディアだ。
エリファスはそれを遊馬へと差しだし真っ直ぐに遊馬を見る。
「これは私が作り出したエクゾディアだ、君達に、これを渡そう」
遊馬はエリファスの振るえる手とそのカードを手に取り、ゆっくりと受けとった。
そのエクゾディアを通じて流れこむはエリファスが持っていた膨大な力。それを感じて遊馬は崩れそうになった自分を叱咤する。
「九十九遊馬、君には不思議な力がある。どんな高い壁だろうと駆け上がる天馬のように、自分の思いを他人に届けることが出来る力が。君ならば、あの男をも説得出来るかもしれない、君が彼を」
エリファスは最後まで言葉を言い切ることなくドン・サウザンドへと吸収された。
それでもエリファスが言いたかったことは遊馬へとしっかりと受け継がれている。それが証拠にエリファスに託される前は絶望と不安で曇りかけていた遊馬の眼は決意と未来へと希望で輝きを見せている。
その眼を見て遊馬の意思が折れていないと判断したのだろうか、ドン・サウザンドはゆっくりとこちらを向き、満足そうにほほ笑む。
「なるほど。我の力が枯渇するのが先か、貴様らが力を絞り出すのかを比べようと言うのか。別にそれでも良いぞ。我はヌメロン・コードの力を完全に制御し切れてない故に時間が欲しいところだ、貴様らの決闘をいくらでも受け続けよう」
時間が立てば立つほどに力が雪達磨式に増していくドン・サウザンド、力を使い続ける遊馬達。
ドン・サウザンドの考えが僅かでも揺らぐことを期待するか、それともまだ何か別の勝つための方法があるのだろうか。
ドン・サウザンドが勝利の渇望を止める訳が無い。
故に選択肢は1つしかない。
「それとも時間を稼ぎこの場に水田裕が来ることを期待しているのか?」
たった一枚のナンバーズを手にし裕はギラグのバリアンズ・カオス・ドローをも封じ込めた、ならばほぼ全てのナンバーズを彼が持てばどうなるのか、ドン・サウザンドの極技を打ち破れるものにまでなる可能性がある。
だがドン・サウザンドはそれすらも想定しているように言い放つ。
「無駄だ、あやつは今、己の咎に殺されようとしている」
「どういう事だよ!?」
意味深な言葉に遊馬は戸惑いを見せつつも答えを求め叫ぶ。
それの答えを用意するようにドン・サウザンドが腕を振るった。
炎が遊馬とドン・サウザンドの中心に生まれどこかで行われている決闘の様子を浮かび見せた。
祝福するような鐘の音が鳴り響き、星と輪が空へと踊り、色鮮やかで多種多様の龍が激突する戦場がそこにはある。
その中で2頭の龍が激突し、その爆風に飲み込まれた2人の決闘者の内、1人がその場に膝をつく。
その少年の服装は遊馬達がよく見慣れた物である。
「裕!?」
遊馬が声を挙げたその瞬間、炎は掻き消えた。
「さあ決闘だ、九十九遊馬、ナッシュ。時間ならいくらでもある。貴様らがエリファスより託された力で我と同じ場所へと至れると言うのならば至るがよい。そこまでしてようやくこの場所に居る事を許そう」
初手エクゾディアを出来なければこの場に居る事すら許さない、負けて死ね。という常識的に考えれば意味不明だと言い切れるレベルの言葉、信じられないだろうがそれがこの場に立つ最低条件だ。
そこから更に自分達の願いを通すために無限ともいうべき神と戦わなければいけない、己が力を全て失い初手エクゾディアが出来なくなった瞬間、その者は消滅する。
そのような絶望的な舞台へとナッシュと遊馬は上がる。
手にするは託されたエリファスのカード、自分達が託された多くの人々の願いをデッキへと込めデッキトップへと手をかける。
「さあ、話があると言うのならまずは軽く1000回ほど引き分けをしようではないか、そこからなら聞いてやってもいい」
4329億7452万8064分の1の確率で起こるまさに奇跡と呼べる所業、その神は軽く、あまりにも軽く1000回連続でやり続けようと言い放った。
●
水田裕が飛行船よりたたき落とされた後まで時は少しだけ遡る。
裕がリペントより伸ばされた糸をギリギリでキャッチできなかった事より始まる。
裕はモンスターを実体化なんて出来るわけもなく。高い場所より投げ出されれば当然、落ちるしかない。
「うわあああああ!?」
口からは悲鳴が漏れる。
下を見ればどんどん地面が近づいておりこの高さから落ちればピンクやら肌色、真っ赤な物体Xになる事が想像できてしまう。
裕の思考は完全に硬直しうまく考えることも出来ず口からただ声を吐き出すだけとなった。思わず目をつぶり衝撃から頭を守ろうと無駄ともいえる行動を取る。
だがその身を砕く衝撃はいつまでたっても訪れない、それどころか今までうるさかった風切音すらも聞こえなくなっている。
―――あれ?
目を開ければ空中で視界が固定されたように変わらない地面がある。
空から落ちていないと理解するまでしばらくの時間を有し裕が恐る恐る上を見れば黒く槍のように尖った顎がある。
「ダーク・リベリオン!?」
その名を呼ばれ様とも反逆龍は声を発することなく地面へと降りると裕を掴んだまま走り始めた。
反逆龍の走りは強く大地を踏みしめ小刻みに足を動かす物だ。時折翼よりエネルギーを蓄えては放出し空を跳ねる事で加速を付け主が待つ場所へと向かっている。
そして反逆龍の両腕で拘束されている裕は凄まじく揺れるわけであり、三半規管を激しくシェイクされる。
「逃げない! 逃げないから! もうちょっとこう、優しく、優しく運んでくれねえか!?」
反逆龍は裕の言葉を理解しているのだろう、バカにするように鼻を鳴らし更に上下に動きながら足を早めていく。
それは主の敵をなぜ自分が運ばないと行けないんだ、とでもいうように不機嫌さとそれを解消するための憂さ晴らしを行っているようにも見える。
反逆龍の外見とのギャップが普段ならば笑えるのだが、飛行船よりたたき落とされる前に裕は軽く胃の中に物を入れており、
「待って! ちょっと待って、マジでやばい、ヤバいから本当に待って、1分でいいから、ね! 本気で吐きそうなんだって!」
―――あ、これマジヤバイ
口の中に唾が溜まりはじめ全力で危険な事を走る龍へと何度も言うがそんな事を聞くような相手ではなく、更に不機嫌にさせてしまったのか更に上下の揺れが激しくなり、裕は胃の中より上ってくるのを感じ取る。
口をすぼめ口腔内で収めようと努力するがその上昇を止められるわけもなく、反逆龍の悲鳴らしきものが大地へと響き渡った。
●
裕の口の中が酸っぱさで溢れかえり何度目かの唾を吐く。
全てを吐き出した後、反逆龍は水辺に立ちより体に付着した物を洗い流し少しだけ優しく裕を運ぶようになった。
裕も一応は水で口を漱いだのだが胃液のような酸っぱさは簡単に取れる物ではない。
更に何度目かの唾を吐き捨てながら前を見ると、フードを被った人物が立っているのが見えてきた。
周囲に人影はなくその人物は決闘盤を噛めこちらをじっと見つめている。
決闘は避けらない。
だからと言って話さないと分からない事もある。水田裕がどう思って何を考えているかを。
だが、
「さあ決闘だ」
黒の前に裕が降ろされ水田裕は開口一番、切り捨てる様に彼は言う。
裕が行った挑発に対し文句の一言だってある筈だ。
裕に対し何か思うことだってあるはずなのだ。
だが水田裕は裕と相対しても何も言わずただ決闘盤を構えるだけだ。
その態度に裕も建前は捨てていきなり本題へと入る。
自分が水田裕のどこまでを理解しているかを彼へと伝えるために。
「あんなのに手を貸したからってヌメロン・コードは手に入らないかもよ、それなのに手を貸すのか?」
ドン・サウザンドの話、最上より与えられた話、そしてヌメロン・コードの力、それを理解して裕が導き出した答えはヌメロンコードの力を使ってクェーサーに奪われる前の過去に戻るという物だ。
そしてそれが正解なのだろう、水田裕は否定を口にしない。
「…………っ」
その一言が黒の心の地雷を踏んだのだろう、無表情だった黒の頬に赤が混じり葉を剥き出しにして怒鳴ってきた。
「当たり前だ、お前だって、お前なら分かるだろ!」
「分かるよ、だけど」
「だけどなんだ、お前はそんな事を言うためにここに来たってのか!? 俺の前で、俺とクェーサーが俺を止める、ってそんなぶっ殺したくなるような挑発してその挙句にそんな事を言う為だけに来たってか?」
理解できるのならば、この胸の痛みと苦しみが分かるならば立ちふさがるんじゃないと水田裕は叫ぶ。
あと少しなんだ、ドン・サウザンドがヌメロン・コードを手にした今、あとはその力を使うだけなんだと、水田裕は強く叫ぶ。
そして裕は否定しに来たのだ。。
「そうだよ、俺はお前を止めるためにここに来たんだ。……どうして、どうしてヌメロン・コードの力を使って過去を変えようとする?」
「お前だって分かる筈だろ! どんな事をしても、誰を犠牲にしても、たとえ全てを捨てて世界を敵に回そうとも俺は奪われたクェーサーを取り戻す」
水田裕の身を切るような声が裏返るような感情の籠った言葉、そこは裕にも理解できる。
堺に奪われた時、自分もそう思っていたから。
「分かるだろ、お前だって堺に奪われた時、そう思って筈だ」
「……ああ、そうだよ」
「だったら」
奪われた物を取り戻そうと言う気持ちは分かる。
大事な大事な相棒を奪われた苦しみも分かる。
裕が水田裕に聞きたいのはその先だ。
「だからって本当にそれしかないのか?」
「何?」
「本当にヌメロン・コードに頼らないとどうにもならないって、そう思ってんのか?」
「何?」
「確かにあいつらに奪われた時、絶対に奪い返すまで挑戦すると考えたよ。どんなに負け続けててもいつか絶対に勝って取り戻すと、⋯⋯まあ最上との決闘ではデッキとクェーサーのおかげで勝って取り戻すことが出来たけどさ」
頭を掻き、裕は話を続ける。
「あの決闘で1つ、心残りがあるんだ。最後の最後まで俺は」
認めたくはない事が1つある。
あのような勝利では自分は納得はしていないから、相手が能力を持っていて自分がそれを無効か出来ないから、オカルト能力に勝敗全てを任せにするという屈辱的な終わり方をした事を、ずっと蓋をしていた感情を裕は吐き出す。
それがどれだけ水田裕の心を抉るかを理解しながら。
「本当は自分の力だけで勝って取り戻したかった。俺が一番大嫌いな、オカルト能力がなきゃ俺はここまで来れなかった。最上にあの場所で負けていたかもしれないしギラグにあの場所で敗北していた」
思い出されるは今までの強敵達、皆が強く裕は何度も敗北しかけた。
そしてデッキが力を貸してくれて掴んだ勝利や能力を使わなければつかめなかった勝利がある。
「だからなんだよ、結局勝てたじゃねえか!? 勝って心残りがあるだとっ、勝てなかった奴がただ勝つだけの事をどれだけ望んでると思ってんだあ!?」
水田裕が怒るのも当たり前だろう。
勝利を望みそれすらも出来ない人が、目の前で勝利した、だけど不満がある等と言うのだ、勝ち方に問題があると贅沢な事を言ったのだ。
「俺はオカルトじみた能力なんて嫌いだ。だけど今だけはこの力に全てを託す。その力を使ってでも全てを壊して俺はあの日あの場所に戻るんだ、あいつを喪った場所に戻って俺は過去をやり直す! そのためならばどんな事だってやってやる、ドン・サウザンドがヌメロン・コードを使わせてくれないかもしれねえ。だからって構うもんか、それなら俺はあいつだって倒してやる、限界なんてぶち破って不可能なんて超えてやる。神様だってぶっ殺して俺はあの場所に戻るんだっ!!」
水田裕の決意の叫びに裕が思い出すのは部屋にあったカードだ。
トレジャーシリーズを探し回ったのだろうかバラバラのカードシリーズ。
何度も決闘したであろう角が擦り切れたデッキ。
対戦した結果を書き連ねどこが悪かったのかを徹底的に洗い出した涙で皺が出来たノートの山。
全ては彼がクェーサーを取り戻すために積み上げてきた努力の山だ。
それを彼は捨てようとしている。
そんな事をする水田裕を裕は許せなかった。
「それしか方法は無いのか、お前は諦めなかったじゃねえか!? あれだけの努力を、熱意を、日々を全部無駄にして簡単なオカルトなんかに頼っていいのかよっ!?」
「諦めなかった。だけど、だけどっ!」
声を震わせ水田裕の頬に水が走る。
「どれだけ積み上げようと結果が出なけりゃ意味がねえ、結果が出なくてでも諦めきれねえ目標がある、それがある限り何度でも努力して戦える。戦えちまう。そして負けるんだ。その繰り返しなんだよ。そんなもん………………重いだけじゃねえかっ!」
だからといって水田裕は諦めきれない。
重いから等と言うくだらない理由で自分の至高の星を取り戻す事を諦めることが出来ない。だがどれだけカードを捜し歩こうとも負け続け奪われ結果に繋がらない、それがどれほど苦しい事なのかはその苦しみ全てを裕は理解しきれない。
だがそれが重しになってこのような事を引き起こしたのだろうという事だけは分かる。
「どんだけカードを集めようともそれよりも強いカードをたくさん持ってるやつが勝つじゃねえか」
「……違う」
「どんだけ戦って経験を積もうとも勝てねえ、負ける、負けて奪われるっ」
彼は胸の内に溜まった澱を吐き出していく。
全ての感情をここで吐き捨て後悔と決別しようとする。
「どんだけ負けても立ち上がって努力して何度でも挑んでも、このデッキじゃ勝てねえんだよぉ…………」
―――勝ちたいならば強いカードを使えばいい、本当に勝ちたいならばそんな安定性の無いそのデッキなんて使わず強いカードシリーズを集めてりゃいい。それすら出来ない奴が勝利なんて欲しがるんじゃねえ。
その水田裕の叫びに最上の言葉が思い出される。
確かにそれもある意味真理だろう。
だが水田裕は自分のデッキで勝ちを願った。あくまでも自分のデッキであの連中に勝つことを望んだのだ。
何度もデッキを変えようかと悩み、デッキを愛しているが故に変えられず、クェーサーを愛するが故にその執着も捨てようとして、だが捨てきれずただ後悔だけが水田裕の中に沈殿しこの結末を作り上げた。
自分が来なくても水田裕は諦めきれず戦い続けてただろう。
最後の最後の最後、刹那にも満たないような可能性を求め手を伸ばし続けていただろう。
「過去に戻れることが出来るんだぜ、あの日、あの場所の敗北を無かった事にできるんだ。そんなありえない事が出来るんだぜ。それがどんなにしちゃいけないか分かってるさ。だけど、だけど…………それを手にしたいって手を伸ばして何が悪いってんだよ!?」
積み上げてきた努力の日々を捨て、あるかもしれない可能性を信じきれず捨て、彼はオカルトへと手を伸ばした。
自分が一番嫌いとするようなありえない、決闘が楽しくなくするそれがもたらす者に狂ってしまった。
全てを塗り替える代物に、歴史を思い通りにする事を可能とするそれを手にするためならば彼はなんだってするだろう。
「戻ってくる可能性があるんだ。少なくとも。いつかきっとなんてずっと自分を騙して鼓舞するような事を信じずに済むんだ。それを手にすれば終わるんだ、だから…………!」
それでも彼の口からその決闘を行う切欠を否定するような言葉は出ない。
アンティ決闘で敗北しカードを奪われた見知らぬ少年の為に決闘した事を彼は否定しない。
最後の最後まで彼は水田裕だから。
アンティ決闘なんてだれも楽しく思えないから、笑うことが出来ないから。だからこそ彼はあの場所での勝利に執着するのだ。
水田裕の口より放たれようとする言葉を遮り裕はその意思を否定する。
「だからってそんな意味の分からない力に頼ってクェーサーを取り戻そうとしていいわけ無い!」
「ふざけんな! こうすればいいという方法もどこにあるという情報も分からないのに必ず取り戻すなんて自分に言い聞かせて生きていくなんて俺にはもう無理だ!」
知らなかったからこそかたくなにひた走って来れた、だが過去に戻れる方法があると知ってしまえば、不明瞭な物を信じるよりも確実な方法に流れてしまう。
己の過去を振り返り、儚い希望を信じ努力する日々が辛いものであればそれはなおさら強く心に刻み込まれる。
水田裕の感情が乗る吐き出された言葉を裕は受け止め、否定し打ち砕く。
「こんなオカルトじみた物を使わなきゃ本当にクェーサーは帰ってこないのか? 水田裕とクェーサーの縁って奴はそんな簡単に喪われちまうもんなのか?」
問いかけられた言葉に水田裕は答えない。
「違うだろ、あいつは、クェーサーは最上のエクストラデッキからでも力を貸してくれた。どんなに離れようとも鎖で縛られようとも封じ込められようとも俺に力を貸してくれた、だから俺は最上に勝てたんだ。お前だって」
「うるさい、黙れ!」
水田裕の叫びを聞かず、裕は更に進む。
―――黙れと言われたって、どれだけ傷口を抉ろうともここで引くわけにはいかない!
「積み重ねてきたもんが上手く行かないのが苦しいなんて当たり前だろ、カードの性能差があり過ぎて勝てる訳が無い? たくさん持っている奴が強いのが当たり前で面白くない? 相手が理不尽な事をしてくるから俺は目標を叶えられない? だからどうしたッ!」
叫ぶ裕の脳裏をよぎるは今まで出会ってきた決闘者、どれもが自分よりも強い者ばかりだ。
規制などかかっていない征竜や甲虫装機、アニメオリジナルカード、望んだカードをドローする等、敵が使うは理不尽だと叫びたくなるようなものばかり。
それでも裕は諦めなかった。
自分が信じるはリスクなどない楽しいだけの決闘、願うは能力などないただ普通の、突き詰めれば運が最後の鍵となってしまう決闘だ。
それをさせようとしない敵に拳を握り戦いを挑んできた。
全ては自分が愛する楽しい決闘、そして自分の我欲だ。
「泣いても、喚いても、嘆いても相手が俺よりも強いなんて当たり前だろうが! そんなもんなんに負けてたまるか、相手が理不尽だろうが最強だろうが超チートだろうが俺の願いは変わらねえ、そんなもんに折れちまったら俺が俺じゃなくなっちまう!」
裕の元居た世界的に考えればカードとの絆、デッキが力を貸してくれたというのもあり得ない、オカルトだと笑い飛ばされるだろう。
望んだカードをドローする、カードを書き換えた、決闘が人、世界の命運を決める、そのような事をある訳が無いと否定しながらもデッキ、カードの絆を信じるなんて結局は自分の信じたいものだけを信じて他人にそれが至高だと身勝手に押し付けてるだけじゃないかと笑い飛ばされる物だ。
そう最上に言われた事が何度もある。
だが裕は自分の願いを改めない。
裕は普通の決闘が好きで、事故る確率が高いクェーサー特化クイック・シンクロンデッキを愛していて、ピンチになってデッキトップに逆転の望みをかけてドローしてもしょうがない、だけど次に頼むぜと考えるような決闘好きのクェーサー厨でしかない。
強くあのカードが欲しいな、と望んでも叶わないかもしれないという事は理解している。
だからこそデッキとの絆という物を信じ、来るかもしれない希望に笑みを浮かべてカードをドローするのを止めないのだ。
引けなかったらしょうがない。引けたらありがとう俺のデッキと感謝するそれだけだ。
それだけの願いしか持たないただの少年でしかない。
「お前はあいつに勝つためにたくさん決闘したんだろ、それだったら絶体絶命になってデッキに祈ってカードを引いたことは? それで良いカードが引けて嬉しかったことは? そこから一気に逆転勝利して楽しかったことは? そういうのがなかったのか? 勝ちたい奴に勝つために積み重ねてきた日々を、負けを俺はなかった事になんてしたくない。……それに」
ここにきて裕は笑みを見せる。
一番、重要な、水田裕が忘れてはいけない重要な事を水田裕に伝えるために。
「自分が過ごしてきた日々を無駄だって言って、オカルト能力で全部無かった事にしてクェーサーとずっと共にいるなんてのを水田裕が言ったらクェーサーが超怒る、絶対に激怒されるし二度と力を貸してくれねえかもしれない」
反論しようと水田裕は口を開く。
だがその言葉を否定する事は彼には出来なかった。
それは否定できないと言わんばかりに水田裕は口元を僅かに緩ませ、そして表情も感情も全て消した。
「心意気が何だ、積み重ねた日々が何だ、何を願おうが歴史を塗り替えれば全て無かった事になるんだ。この戦いも俺がヌメロンコードを手に入れるために行ってきたこと全てもあの日からの死んだ日々の記憶を捨ててあの日に戻るんだ」
そうすればクェーサーから嫌われることは無い。そう言い聞かす様に幽鬼の様に目に何緒感情も移さず水田裕は冷静な声色で呟く。
「バリアン世界で手に入れたこのデッキを持って過去に帰ってあの場所で勝利する。そしてもう一度全てやり直すんだ。どうせお前と俺は分かり合おうとも最後は互いを許せるわけがねえ。だから決闘だ」
裕は水田裕が言葉で止められない事は分かっている。
水田裕がどれだけ苦しみながらも何を切り捨ててオカルトじみた物に手を伸ばそうとしているのか、その胸中を水田裕は理解していて、だけど止めなくてはいけないと思っているから目の前に立ちふさがる
「構えろ、どうせこうなる事は分かってたはずだろ」
「…………くそったれ……!」
互いの意見は平行線のままだ。
全てを捨ててオカルト能力で過去を変えることに全てを賭す水田裕、オカルト能力を使い今までの決闘の日々を無かった事にしようとする事を許せない裕、言いたいことはほとんど言い終わった。
最後に来るのは互いに理解しつつも殴り合う事しか終わることが出来ない愚か者と愚か者の決闘だ。
「「決闘!!」」
●
「俺の先攻、ドロー」
表示された先攻は水田裕、静かに彼はデッキよりカードを引き初手とにらめっこを始めた。
この決闘に置いてオカルトじみた力は全て無効化される。
あるのは運と言うどうしようもない物だけだ。
「俺は永続魔法、天輪鐘楼を発動、そして調律を発動、デッキよりクイック・シンクロンをサーチ」
響くは鐘の音。現れるは星と輪を祝福する楼閣だ。
裕は墓地に落ちたカードと永続魔法のテキストに目を通し驚く。
―――ドッペル・ウォリアーか…………ってこっちの永続魔法ってライブラリアンの永続魔法版!? しかもあいつが使ってるの白黒ジャンドだろ!?
一応シンクロ召喚が成功したプレイヤーが1枚ドローできるというテキストから自分にも利点があると言える。
だが自分は瞬間火力はあるが息切れがしやすいクイック軸、相手はある程度シンクロ召喚を続けられる白黒ジャンド系、長く続ければ続けるほどに裕が敗北しやすくなる。
「ボルト・ヘッジホッグをコストにクイック・シンクロンを特殊召喚、さらに墓地のボルト・ヘッジホッグの効果発動」
「あー、くそ、何も無いよ。まったく、この重要な時に何も来てくれないなんてなぁ」
裕は手札誘発が来てくれない事に悔しさを見せる。
それを理解し水田裕は口元に僅かな笑みを浮かべ、
「このカードを墓地より特殊召喚しレベル・スティーラーを通常召喚」
「合計レベル8って白黒ジャンドにそのカードを入ってんのかよ!?」
同じシンクロンデッキ、対応するカードは3種類ほど思い当るが今の状況で出して旨みがあるカードは1つしかない。
「ああ、俺はレベル1のレベル・スティーラーとレベル2のボルトヘッジ・ホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング」
3つの星、そして5つの輪が風を作り出しながら空を上っていく。
現れるは黄金の機械の鎧を身に着けた戦士、裕が愛用するクイック軸に置いてかなり頼れるカード。
「シンクロ召喚、俺に勝利の道を作り出せ! ロード・ウォリアー!」
空より降りてきた黄金の戦士が巻き起こした風は鐘を鳴らしていく。
鐘の音に導かれる様にデッキから浮かび上がったカードを水田裕はキャッチ、そして更に動く。
「ロードの効果発動」
「くっ、何もない……」
「デッキよりジェット・シンクロンを特殊召喚」
「シンクロン? ってなんだこのカード、すげえ、超欲しい!」
ロードのマントより現れた小型のロケットブースターのようなモンスターの名を見て裕は効果テキストを見る。
シンクロ素材に使われ墓地に送られた時、ジャンクと名の付くカードのサーチ、それか自分の手札を1枚捨てて墓地から特殊召喚するという素晴らしいとしか言いようのないカードテキストがそこにあった。
まだ見ぬシンクロンカードにテンションが上がりまくる裕、そしてすぐに危機感に塗り潰される。
「いくぞ、俺は墓地のレベル・スティーラーの効果発動、ロードのレベルを下げてこのカードを特殊召喚、そしてレベル1のレベル・スティーラーにレベル1のジェット・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚」
星と輪が新たな風を運んでくる。
砂埃を巻き上げ駆け抜けるは希望の力を持つF1カー、タイヤより火花を散らし水田裕の場を駆け巡る。
「レベル2、駆け抜けろフォーミュラ・シンクロン! 天輪鐘楼、そしてフォーミュラ、ジェット・シンクロンの効果発動、デッキよりジャンクと名の付いたカード、ジャンク・シンクロンを手札へ、そしてデッキより2枚ドロー」
2枚ドローに1枚のサーチという凄まじいアドを叩き出し、最後のとどめと言わんばかりに裕へとプレッシャーを与える構えを見せる。
「そして再びロードのレベルを下げてスティーラーを特殊召喚、俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」
水田裕場 ロード・ウォリアー ATK3000
手札4 フォーミュラ・シンクロン DEF1500
LP4000 レベル・スティーラー DEF0
天輪鐘楼
伏せ2
裕場
手札5
LP4000