クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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集まりゆく願い、そして

 最上愛のこの世界における実力はかなりのものだ。

 WDC補填大会では能力を封じられようとも最後の最後で望むカードをドローし、無数のバリアン兵と決闘でも手札事故を起こさず勝ってきている。

 勝利、そう自分が楽しみ他人に勝利する。それが最上愛の決闘をする理由である。

 ただ勝利するといっても相手を蹂躙し叩き潰す事も混じっておりその行動の中心には努力して強くなっていく他人を自分は楽して勝ちたいという子供のような考え方がある。

 そのような考えを持つ少女を多くの者は恐れ、忌み嫌うのは当然だろう、または自分よりも強い人間が叩き潰されるのを見て、決闘に勝てない自分のフラストレーションを発散する見せ物として多くの人々に彼女の名は知られている。

 だがその少女はそれを知りつつも何もしない。

 どうでも良いのだ。彼女は自分のみを愛し、他人を愛さない。いくら敗北を認め他人を少しだけ気遣うようになってもそれは未来永劫に渡り変わることのないものだろう。

 他人に勝っている自分が何よりも至高の存在だ。

 他人を楽して叩き潰す自分が最高にカッコいい。

 どんな逆境だろうと切り返す自分は誰よりも素晴らしい。

 そう考え続ける少女だからこそ、絶対に歪まず曲がらない自己愛を持っているが故に彼女はここぞという場所で最高のカードを引き当てることが出来る。

 それはこのドン・サウザンドとの決闘においても発揮された。

 そして、最上愛はドン・サウザンドに敗北した。

 

                   ●

 

 巨大な光に飲み込まれ最上が口を開いた。

 一番最初に漏れるは敵に対する怒りだ。

 

「チート過ぎる、そんなの、誰も勝てるわけが無いじゃないか…………!」

 

 最上とドン・サウザンドとが決闘した周囲は最上の胸のようにまったいらになっており地面は如何なる超高温で炙られたのかガラスへと変化している。

 周囲に動く影はなく、ただひたすらに輝く大地があるのみだ。

 

「私達じゃ、それは能力を使っても出来なかった。お前はいったいどれほど努力をしたんだよ?」

 

 最上の吐き捨てるような言葉にドン・サウザンドは答える。

 

「気が遠くなるほどの歳月、決闘し続け我は勝利を渇望し勝利を手にしてきた。貴様ではこの境地には至れまい。これはただ勝利のみを渇望し続け一切合切、全てを捨て研鑽したその極みにあるものだ」

 

 2人の間には共通点がある、勝利を求める気持ちだ。

 そして不純な渇望を持つ最上はそこに至ることは出来ないとドン・サウザンドは言い切る。

 消滅が始まった下半身を見て、最上はこの敵と自分の何が違うのかを理解しその極技を眼にしてからずっと欲しがっていたのだが諦めた。

 

「ああ、確かにそれは私には出来ないな。そんなのつまらないし、何より」

 

 いったん口を止める。

 すでに最上の下半身は消滅しあまり女性らしからぬ貧相な胸が消え始めている。

 

「そこまで努力するのが面倒だ、私はただ楽に他人に勝ちたいだけだから」

 

 ことりと最上の横で音がする。それは最上の腕が消え決闘盤が地に落ちた音だ。

 いよいよ最後の時間を悟り少女の脳裏を過ぎるのは、たった一つ。

 

―――そんなチートありかよ。ぶっ壊れにもほどがある。ああ、全く。

 

「どうして私は一番勝ちたい所で負けるんだろうか、こんなぶっ壊れのチート野郎なんかに私が負けるなんて、ああ、悔しいなぁ、憎たらしい、努力はしたくないけどその能力が欲しい、羨ましいなぁ」

 

 最後の最期まで最上愛は自分を倒した者を呪い、今も戦っている者達へ思う事も、願う事も、想う事も、託す事もせず、ただ自分のみを愛し続け、そしてドン・サウザンドへと吸収された。

 

                    ●

 

「俺が消えるだと」

 

 エアロ・シャークより放たれた爆発が晴れその場に倒れ込み呆然と呟いたベクター、そして遊馬が声をかけようとした時、別の声が響く。

 それは重く邪悪に満ちた声、ベクターによって消されたかのように思えた者の声だ。

 

「そう、ベクター貴様は負けたのだ。勝利を望ながら努力をしてこなかった小物よ」

 

 巨大な植物のような物が下より伸びて来る。

 それはまるで昔話に出て来る釈迦が垂らした蜘蛛の糸の様に光り輝きその存在感を遺憾なく発揮している。

 そしてその植物の茎の上に立つのは燃え散ったかのように思えたドン・サウザンドだ。

 自分が燃え散らしたはずの男の姿にベクターは狼狽し、声を荒らげる。

 

「てめえ、どうして生きている!? 俺に吸収されたんじゃなかったのか!?」

 

「我がその程度で消滅すると思ったのか、貴様は七皇を倒し我の力を取り戻すために働いたにすぎん。そして、さあベクター最後の仕事だ」

 

 ドン・サウザンドの腹に生々しく蠢く赤瞳が禍々しく輝いたその瞬間、ベクターの体がドン・サウザンドへと徐々に吸い寄せられ始めた。

 掃除機のように周囲に散らばる瓦礫が腹の赤瞳に吸い込まれ消滅していくのをベクターは目にし、必死で手が届く範囲にある亀裂を掴み、ベクターはドン・サウザンドへと手を伸ばしエネルギー弾を放とうともその強大な力を持った攻撃はドン・サウザンドに触れるだけで砂に染み込むように消滅していく。

 そうしている間にもベクターの体は浮き上がりを見せていく。

 

「い、嫌だ! 俺はまだ死にたくねえ!」

 

 彼はこの期に及んでこの場に居る他の人間へ助けてと言う言葉を口にしない。

 最後の最後まで死にたくないという感情を吐き出し続けるだけで他人を信用せずあてにしない。それが彼の歪んでしまった本性だ。

 あるいは彼も心の何処かで自分を助けてくれる人間なんていないと思っているからこそ助けを求めたりはしないのだろうか、そうだとするならば彼は心のどこかにまだ正しい心があるとでもいうのだろうか。

 

「ちくしょう、ちくしょうっ!」

 

 叫び、抵抗した所でドン・サウザンドの吸い込む風は止まらない。

 そしてベクターの指先が少しずつ浮き上がり始める。

 

―――嫌だ、こんな所で終わりたくない、俺はやっと力を手に入れたんだ。全部をぶっ壊して俺様が世界を!

 

 必死で亀裂を掴む。

 だがその人間離れした膂力で大打撃を受けた床に走った亀裂を掴めばどうなるか、答えは簡単だ。

 当然割れた。

 

「い、いやだぁあああああっ!」

 

 紅い目が少しずつ近づいてくる。

 それは時間が遅く感じるほどゆっくりと、だが確実に近づいてくる。

 

―――嫌だ、こんな、誰かに良いように利用されて終わるなんて、嫌だ!

 

 吸い込まれれば自我を奪われ七皇の力を吸収される事が分かってしまい、その惨めな事実が長く続けば続くほどにその屈辱は強く色濃くなり、このゆっくりとすぎる時間すらも早く終われと願ってしまうようになってくる。

 終わりはゆっくりと確実に迫りベクターは嫌な現実を見たくないが為に目を閉じようとし、その耳にとある声が聞こえた。

 

「かっとビングだぁ! 俺えええええ!」

 

 最後まで何か掴む者は無いかと開いた手に温かい物がしっかりと入りこんでくる。

 風が轟々と耳のそばを通り過ぎていく中、ベクターは声の方を見る。

 そんな事在る筈ない、自分に助けなんて来るはずない。そう思っていたがゆえに、ベクターの確認の動きはゆっくりと首を動かし、眼でそれを見た。

 遊馬が、今まで騙して策略に嵌め、仲間を消滅へと追いやった張本人である自分を助けてくれるように手を握りしめていた。

 

「遊、馬?」

 

 遊馬はベクターが握っていた場所よりも多きく深い亀裂をしっかりと握り、床に空いた穴に足を突っ込み踏ん張っていた。

 

―――そんな事ある訳無い、助けなんて来るわけが無い。そうだ、助けた振りして希望を与え、手を放して更に深く絶望させるつもりだろ、そうだ、そうなんだ、そうなんだろっ…………!

 

 自分の中でそう思う感情が膨れ上がる。

 それが正しい、それほど恨まれるような事をした。酷い事を沢山して数えきれないほどの国を亡ぼし、人を間接的に直接的に死へと追いやった。

 故に、自分は許される筈が無い。

 そのような事をした人間を自分ならば絶対に許す筈が無い。苦しんで死ねばいいとさえ思う、だからこそ。

 だからこそ、ここで手を放すんだろ、そうベクターは強く思う。

 そして更に強く手を握られた。もう離さないとでもいう様に。

 

「大丈夫か! しっかりしろ! 手を離すな!」

 

 今にも吸い込まれそうな遊馬、それを心配した小鳥達の声が風にかき消されそうになりながらも響く。

 

「ダメよ、遊馬!」

 

「君だって吸い込まれるぞ!」

 

「助けても無駄だ、そいつはもう一度裏切るだけだ!」

 

 ナッシュの言葉にベクターは心の中で頷く。

 

―――そうだ、だから諦めて手を放しやがれ!

 

「だったら、だったらもう一度信じる! 心が無いなら、心が出来るまで俺は信じる!それが俺のかっとビングだ!」

 

 その言葉にベクターは目を見開く。

 最後の最後までお人好しで決闘バカの少年の心の底からの叫びがベクターの中に入ってくる。

 

「ベクター!お前にだって良い心はある! お前が真月だった時だ、いつも陽気でいらないお節介をして俺もみんなもお前が大好きだった。仲間だったんだ! お前の本当の姿は真月零なんだ」

 

「俺が、真月…………?」

 

「そうだ! お前は真月だ、俺とやり直そう!!」

 

 思い出されるのは遊馬達と過ごした日々、真月零として過ごした笑顔が絶えない日々だ。

 そこでは真月も笑顔を浮かべている。

 まるでその日々を心の底から楽しんでいるとでもいうように、だからこそベクターは遊馬を否定しようとした。

 そんな人間などいないんだと信じたいが故に遊馬の手を両手でしっかりと掴みもう話さないとばかりに力を込め縋り付く。

 

「なら俺の道連れになってくれよ、俺と一緒に逝ってくれよ、遊馬ぁ!」

 

 言った自分でも無様と思えるような道連れを願う言葉、これならば遊馬だって手を離すかもしれない。

 そのようなベクターの最後の願いは遊馬の笑みによって打ち砕かれる。

 

「ああ、いいぜ、真月」

 

 目に涙を浮かべ風に煽られた遊馬の涙がベクターの頬に当たった。

 その暖かさがジワリとベクターに浸透していく。

 

「お前を1人になんかさせない、お前は俺が守ってやる」

 

―――本気で言っているのか、こんな俺のために命を捨てる気か。

 

 そしてベクターは呆然としたままの頭でとある事に気づいた。

 

―――そういえばドン・サウザンドはなんて言った? 確か最期の仕事だとか言ったが…………

 

 ドン・サウザンドは異世界人で未来とよく似た世界での結末を知っていると語る黒原よりあるかもしれない未来を得ていた。

 そしてこの状況がもしもあるかもしれない未来と一緒ならば、この状況に追い込むために自分が利用されたとするならば、そう考えたときそれは起こった。

 今まで吸い込む風の威力は何かにしがみついていればなんとか耐えれる物だった。

 その風の威力が増したのだ。

 

「まさか……ドン・サウザンド、てめえっ!」

 

 轟々と響く風が遊馬の体を浮かばせドン・サウザンドの元へと送り込もうとする。

 ドン・サウザンドの低い笑い声が響く。

 これで邪魔者はいなくなるという確信を持った笑い声にベクターはその意図を完全に理解した。

 事実、アストラルも遊馬から離れゼアルにはなれない状況で風に抗い空を飛ぶことは出来ない。

 ベクターは遊馬を吸い込むために餌として利用された事に気づき屈辱と怒りに震え、そして自分が最も愚かだとさげすんでいた行動を取った。

 遊馬を引き寄せ他の誰にも聞こえない声で一言だけ、呟く。

 

「とんだお人よしだ、バカバカしい、君なんて道連れにできないよ」

 

「真、月?」

 

「さよならだ……現れろ、CNo104仮面魔踏士アンブラル!」

 

 ベクターは最後の力を振り絞りモンスターを実体化させ七皇のカオス・オーバーハンドレッドナンバーズと彼らの魂を持たせると遊馬へと突っ込ませた。

 仮面魔踏士はその錫杖で遊馬を捕らえるとナッシュ達の元へと送り届けていく。

 ベクターへと手を伸ばす遊馬の声は風にかき消されて聞こえない、ただ一言、遊馬達が勘違いしないように一言だけ届けたかった。

 

―――勘違いすんな、ドン・サウザンドの思い通りになるのが嫌だったから七皇の魂をナッシュにくれてやっただけだ。決して遊馬にほだされたわけじゃねえ。俺は、俺様は全てを裏切り勝利を手にする男、ベクター様だ。

 

「ざまあみろ、ドン・サウザンド、テメエの思い通りになんてなってやるかよぅ!!」

 

 けたたましい笑い声をあげベクターはドン・サウザンドへと突進していく。その顔に恐怖は無く相手の思い通りにさせなかった事に対する喜びがある。

 ベクターは体にエネルギーを纏い、ドン・サウザンドへと自分の意思で突進し、吸収された。

 

                   ●

 

 遊馬の慟哭が響く中、凌牙はアンブラルが差し出したカオス・オーバーハンドレッドナンバーズを手に取っていた。

 ベクターの行動が無ければ遊馬はここに居なかった。そして七皇の魂がナッシュの元に帰ってくることもなかった。

 地面に手を突き泣いている遊馬へと声をかけようと凌牙は近づこうとし、自分の体が動かない事に気づく。

 自分の手へと目を移せば神代凌牙の手が真っ黒に変色し遊馬の首へと伸び始めている。

 

―――ドン・サウザンドの仕業か!

 

 いくら力を込めようとも手は止まらない。

 心の中で叫び続けようともともドン・サウザンドの作り出したカードを使用し侵食された体は凌牙の意思を無視し遊馬の首を掴もうと伸びる。

 

「何をしている!?」

 

 アストラルの声に遊馬は振り向き尋常ではない様子に慌てて飛びのいた。

 それを見て凌牙も安堵の息を心の中で漏らした。

 

「ふん、流石にそう上手くはいかんか」

 

 ベクターを吸収しただけで終わったドン・サウザンドは若干不満げに呟き、それを聞いた遊馬達はドン・サウザンドへと怒りを叫ぶ。

 

「ドン・サウザンド! シャークに何をしたんだ!?」

 

「我がナッシュを操っているのだ。後ろから縊り殺そうかとも思ったがまあいい。さあナッシュ、九十九遊馬と決闘しろ」

 

 緩慢な動きで凌牙の腕は動き、決闘盤を装着していく。

 ベクターによって七皇の力を奪われた彼にそれを抗う術はない。

 故に望まない決闘が今、始まろうとしていた。

 

「シャーク、しっかりしろ! お前はそんな簡単に操られる奴じゃないだろ!」

 

「そうだ、君はそのように意思の弱い決闘者ではないはず」

 

 遊馬達が必死に呼びかけるも凌牙の腕は止まらない。

 近づけばどうなるか分からない状況ではこの場に居る誰もが彼の動きを止めることが出来ない、だからこそ一人の男がナッシュの背後より駆け寄っていた時、誰もが虚を突かれた。

 それはただのバリアン兵だ。

 特別な力など持たず、ただ蹴散らされるだけ。ドン・サウザンドからすれば吹けば消滅する程度の存在だ。

 この場に場違いとも呼べる彼はただ自らの王の蛮行を止めようとしていた。

 

「止めてください、王よ。あなたの力はこのような事をするためにあるのではないはず!」

 

 バリアン兵は凌牙の腕に縋りつき叫ぶ。

 その顔に凌牙は見覚えがある。

 生前、ベクターを倒すためにナッシュとともに戦いへと出向いた兵士の一人だ。そしてその男に負けじとたくさんのバリアン兵がナッシュの元へと走ってきて王を止めるべくその体へと縋り付いていく。

 

「我らは国と王の幸いを願っています、このような王が望んでいない事を許すわけがない!」

 

「王よ、自分の行動で喪った者への後悔を抱く心優しき王よ、今こそあなたに貴方は自由になるべきだ」

 

「王様がそうしたいって言うんなら俺らは止めない、だけど俺らには分かる。王様はこんな事望んでいないって!」

 

 止めようと手を伸ばしてくる男達、それらは全て生前よりナッシュに仕えてきた男達、その王を止めようとする動きの中、一人の小柄な少女がナッシュの前に歩み寄る。

 

「みんな王様がこっちに来てからずっと思ってたんだ、自分達の事を後悔してこんな所まで追ってきちゃうようなお人よしな王様に何か出来ないかって」

 

―――イリス、それにお前ら。

 

少女の言葉に笑みを浮かべた男たちはなおも動こうとする王の体を抑え込む。

 

「みんな王様が大好きなんだよ、もちろんイリスも王様の事大好き。だから何がなんでも王様を止めるよ。こんな事、王様が望んでいないから」

 

 ドン・サウザンドはそれを見、更に強い力を流し込んでいく。

 

「なるほど、だが我がナッシュを操る事実は変わらない、いくら雑兵が集まろうとも無駄だ」

 

 何十人という男達が止めようとするがそれを跳ねのける様に凌牙の腕が動き男たちが跳ね飛ばされてしまう。

 体にまとわりつく者達を引っぺがし凌牙の体は遊馬へと歩き始め、それを止めようと男達が何度も走りよる。

 だが全て弾き飛ばされてしまう。兵士たちがいくら王の為を願おうとも思いだけではどうする事も出来ない。

 それをどうにかできるのは力を持つ者達だけだ。

 

「ならば私達の力を使えばどうでしょうか?」

 

 何十人の願いが集うこの空間い静かな声が響く。

 そしてベクター以外の七皇の魂とカオス・オーバーハンドレッドナンバーズが遊馬の前に浮かび上がった。

 

「アリト、ギラグ、それにメラグにドルベまで!?」

 

 カードより漏れ出したカオスが人型を取る、それは誰かへと願いを託し散っていったバリアン七皇達の姿だ。

 魂だけになろうとも七皇は操られる王の元へと集い、その体へと入り込んでいく。

 ミザエルが、アリトが、そしてベクターのカードを手にし複雑そうな表情を見せながらもメラグとドルベが凌牙と融合していく。

 凌牙の体を侵食していくドン・サウザンドの呪縛と激突した七皇の力は確実に効果を見せ、徐々に肌色を取り戻していく

 だがそれでは足りない。凌牙の全身を元に戻すにはまだ足りないのだ。

 

「だったら俺達がやるっきゃねえ、そうだろみんな、ここで王様を救わなきゃ俺らは何のためにここにいるって言うんだよ!!」

 

 自分達のトップである七皇が全ての力を出しきってもドン・サウザンドの侵食を完全に払拭できなかった事を理解し男達も覚悟を決める。

 自分達に何が出来るかなんてわからない、だけどこんな王は見たくないと。

 雄たけびを上げ男達がナッシュの体へと融合していく。皆が王の望む未来を見せようと願い凌牙へと託していく。

 最後にイリスが凌牙へと微笑みかけその体に入った。

 王を救うという思いは何物にも負けない強さを発揮する、その感情は光を発し空を振るわせていく。

 赤黒の七つ星が空へと浮かびあがり凌牙の体へと優しい光をかぶせていく。

 そして膨大な1人の男を呪縛から解放したいと願う感情は1つの結末を呼び起こした。

 凌牙の体より黒が消えたのだ。

 

「シャーク、大丈夫か?」

 

 その場に倒れた凌牙へと心配そうに駆け寄る遊馬達、伸ばされた手を握り凌牙はゆっくりと立ち上がる。

 体には力が戻っておりどんな事にだって打ち勝っていける、そう考えれるほどにまで回復していた。

 

「ああ、大丈夫だ。みんなが残してくれたこの思いを決して無駄にしねえ」

 

 七皇と王を思うバリアン兵達の願いは強く七つの星を集束させ1つのカードとなって凌牙の手元に落ちて来る。

 それを手にしエクストラデッキへと入れ凌牙は立ち上がると、全ての元凶であるドン・サウザンドを睨み付ける。

 

「さあ今こそ全てに決着をつける時、決闘だ。ドン・サウザンド!」

 

                    ●

 

 ドン・サウザンドはナッシュが起き上がって来たのを目にし、ため息を吐いた。

 あったかもしれない自分の結末を知りなんとしてもそれを回避すべくドン・サウザンドは動いてきた。

 絆、人を思う感情、願い、未来を思う希望それらがどのような力を発揮するかドン・サウザンドは理解している。故に自分が敗北する可能性を理解していた。

 

「しょうがない、我が動くとしよう」

 

 ドン・サウザンドの大男という偽りの体、その腹より植物の芽が芽吹く、根は大地をしっかりと掴み地上に居るバリアン兵を吸収しさらに巨大になっていく。

 それは蓮の花だ。

 とある神話に置いて泥から生え気高く咲く花、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴だとされる華だ。

 あらゆる欲望を切り捨て一つの事だけを執着しその心理を求道していく男にふさわしい蕾が膨らみ、開いていく。

 

「我は我が負けるあらゆる可能性を潰したかった、だがそれはもはや意味を成さぬようだ。ここからはバリアン世界の神たる我が相手をしよう」

 

 蓮の花より現れるは黄金の人型、カオスをまき散らすことなく静かな声で、三人を見おろしてくる。

 いつもとは様子が違うその姿に2人が警戒の色を強め決闘盤を構える。

 ドン・サウザンドも赤黒の決闘盤を構築し、いざ決闘を始めようとするその瞬間、黄金の光がドン・サウザンドと二人の間に叩き込まれる。

 ドン・サウザンドはその光に見覚えがある。

 努力の果てに手に入れたこの力を恐れ忌み嫌い己を世界の一部ごと排斥したアストラル世界のトップ、エリファスだ。

 遊馬達の前に立ったエリファスは決闘盤を構え静かに前に歩み出る。

 二人が近づくだけで地面は悲鳴を上げる様に砂になり始め、大気はこぞって逃げ出し暴風を生む。

 

「なんだ、貴様が我が相手をするとでもいうのか?」

 

「ああ、そうだ。これは私達アストラル世界の咎でもある、それゆえに私が終わらせなければいけない」

 

 その言葉にドン・サウザンドは頷きを見せる。

 

「確かに我達を捨てなければこのような事態は起きなかったであろう」

 

 あのままドン・サウザンドがアストラル世界に居ればドン・サウザンドがアストラル世界を総べ、その下にある人間世界をも楽に手にすることが出来た、このような第三次を齎すことなくカオスをまき散らす人間を飼う事ができた筈だったがゆえにドン・サウザンドはそれを首肯する。

 

「だからこそ私が貴様を止める」

 

「エリファス! 勝手に決めるなよ!?」

 

「九十九遊馬、すまない。だがこれだけは譲る事ができないのだ、ドン・サウザンドは、ドン・サウザンドだけは私達が止めるべきだ」

 

 遊馬の話を聞かずエリファスはドン・サウザンドの前に歩み出る。

 

「まあよい、まずは貴様に勝利し吸収してやろう」

 

 エリファスとドン・サウザンドは向かい合い、決闘盤のデッキトップへと手を置く。

 その手に集まるは光と混沌。二つの相反する力が収束し持ち主の願いを叶えようとする。

 

「シャイニング」

 

「カオス」

 

 黒紫、黄金の輝きが炸裂し太陽がこの場に召喚されたかのように全てを照らし出していく。

 2人の力はぶつかり合い、まだ決闘が始まっていないと言うのに周囲の大地が砂となり巻き上げられていく。

 そしてその時が訪れた。

 

「「ドロー!」」

 

 2人がドローした瞬間、2人を中心に空気が弾き飛ばされ暴風を作り出した。

 手より放たれる金と黒、2つの光が空を、雲をまとめて消し飛ばしていく。

 ナッシュ達がまとめて後ろへと弾き飛ばされるような暴風の中、アストラル世界のトップとバリアン世界の神との決闘が幕を開けた。

 

「先攻は私だ、私のターン、シャイニング・ドロー!」

 

 それは神話で語り継がれるような素晴らしい決闘になるだろう、だれもがそう思った。だがただ一人だけそれとは別の感情を抱いていた。

 その男がまず抱いたのは落胆だ。

 

―――先攻、私のターン、何を言っているのだこの男は?

 

「そうか、アストラル世界代表もその程度か」

 

「何!?」

 

 やっと己と互角に戦える者が現れた、そう期待したがゆえにその期待が裏切られたときの衝撃は大きい。

 だからこそその存在を目にする事を嫌い、ドン・サウザンドは言葉を紡ぐ。

 

「もうよい、貴様は我の前に立つ資格すらない、消え去れ。我はこの瞬間、手札よりモンスター効果を発動する」

 

 ドン・サウザンドは手札5枚を背後へと投げ捨てる。

 

「この瞬間、だと!?」

 

 鎖に繋がれし右腕、右脚、左脚、左腕がその投げ捨てられたカードより現れる。

 この場に現れた手脚だけでその場の空間は悲鳴を上げひび割れていく。

 それほどまでの力を持ち現れる存在は最古にして最強の神、三幻神ですらもデュエルモンスターズのルールの中ではその存在の前には無力でしかない。

 その存在は誰でも知っているであろう神、その力が振るわれた瞬間、決闘は終了する。

 彼が渇望と研鑽の果てに手に入れた極技、それはアストラル世界の決闘において唯一やってはいけない事とされるほどの物、それが可能となってしまえば敗北か引き分けしかもたらさず決闘が根競べにしかならないからだ。

 ドン・サウザンドの1人のためにアストラル世界に決闘でやってはいけない唯一の禁忌が作られた。

 それのやってはいけない禁忌とは、 

 

「封印されしエクゾディアの効果発動、我はこの決闘に勝利する! 茶番を終わらせよ。怒りの業火 エクゾード・フレイム!」

 

 彼が手に知れた極技、それは必ず初手にエクゾディアが揃う事だ。

 五芒星より現れた巨大な絶対神、その手より放たれた一撃は超新星の輝きをも凌駕するような光、徹頭徹尾、最強無敵、誰であろうとも消し飛ばされるその一撃はエリファスへと叩き込まれ、大爆発を巻き起こした。

 誰も何にも、いかなる力を持ってしても敗北を免れる事など不可能、それこそが極技、その光の中より生き残れる事などありはしない。

 バリアン城が崩壊し更地となった場所、遊馬達は吹き飛ばれ地面に転がっていた。

 ドン・サウザンドの目の前にエリファスが倒れている。立ち上がるような力も残っておらず消滅が始まっていた。

 相手をする価値も無いとドン・サウザンドはエリファスに見切りをつけ、遊馬達を見る。

 そしてずっと遊馬達の決闘を見てきた感想を言い放つ。

 

「貴様らの戦い、あれは決闘などと呼べるものではない」

 

「なん、だと?」

 

 爆発の余波で体中に激痛が走っているようだが遊馬達は起き上がってくる。

 いままで積み重ねてきた日々を否定されたからだろう、瞳には怒りが見える。

 だがその怒りではまだ弱いとドン・サウザンドは判断する。

 

「ナンバーズを狙い貴様等が相対してきた全ての者達と貴様らが行ってきたのは遊戯でしかない。所詮は子供の遊び、あんなものを決闘などと呼ぶものか」

 

「俺達の戦いが遊びだとでもいうのか!」

 

 ナッシュと遊馬、アストラルが立ち上がりドン・サウザンドを睨み付ける。

 初手エクゾディアという絶技を見せ付けられようとも彼らの気持ちは萎えていないらしい。

 それはドン・サウザンドが危惧した物だ、この圧倒的な力を目にしてもまだ折れないその力こそがドン・サウザンドを敗北へと導いたのだろうから。

 

「そうだ、シャイニング・ドロー、バリアンズ・カオス・ドロー。それらはドローカードを思い通りにする力を持っているのだろう。なんだったかな、最強デュエリストのデュエルはすべて必然! ドローカードさえもデュエリストが創造する! だったか? ならばそのような力を持ち本当に勝ちたいと願う者が何故、エクゾディアを引かない?」

 

 展開されるドン・サウザンドの言葉は暴論だ。

 そのような事ができる訳が無いと誰もが思っていた事だから。

 誰でも考えて、実行に移して、出来なかったという結果を得たからだ。

 

「本当に勝ちを願う者がその能力を持ちながらエクゾディアを引かず、それ以外の適当なその場しのぎのカードを作り出しそれが素晴らしいとでも言うつもりか? そんな相手を舐め腐ったくだらない行動がかっこいいとでも言うつもりか、いいや違う筈だ」

 

「そんな事、出来ないからに決まってるだろうが!」

 

 プロ決闘者ですらもその境地にたどり着いた者は居ない。

 ナッシュ達も一度はそれを考えた事がある、だがいくらやった所でそれを可能にすることは出来なかった。

 そしてそれは黒原と最上も同じ事だ。異世界の神より与えられた能力をもってしてもそれを可能にすることは出来なかった。

 だからこそ誰もが無理だと諦めた、この男以外は、

 

「我は可能とした。我と言う成功例があるのだから不可能ではない。ただ貴様らが我より願いが、祈りが、努力が足りなかっただけ、ただ我より勝ちたいと言う気持ちが弱かっただけだ」

 

 自分は出来たそれゆえに出来ないわけではないという事を知っているのに、その能力を持ちながら勝利したいと口にする者達は努力を放棄し、適当なカードをドローする事だけに耽っている。

 追い詰められても都合の良いカードを引けさえすればいい、そのカードをドローさせないための戦略ばかり練るナッシュ達の決闘はつまらないの一言でしかないのだ。

 疎ましく思っている。

 それぐらいならばこの素晴らしい能力を持たない水田裕の様な決闘者の方がよっぽど見てて楽しめると言う物だから。

 

「決闘は互いの全力を使い行われるものだ。全力とは全ての力と書く。ならば己が出来る全てを行うべきだ。自分の人脈、動かせるだけの駒を用いて相手が最も失いたくない者を奪い犯し、暴力を振るい相手の心をへし折り、知略を持って相手を貶める。手段など選んでいられるものか、勝つための全力とは自分が持てる全て、善悪など踏み捨て、論理も道徳も投げ捨て、なりふり構わぬものであろう!」

 

「違う! 決闘はそんなもんじゃねえ! 決闘ってのは終わった後にみんなで笑顔になるもんなんだ、そんなルールも何もかもを投げ捨ててやるもんが決闘なわけねえ!」

 

 遊馬が否定の言葉を放つ。

 だがドン・サウザンドには届かない。

 聞く耳など持つ訳が無い。他人の言葉がドン・サウザンドに何の意味があると言う。自分の考えに絶対の自信を持って居る者が他人の言葉如きで揺らぐ事など在りえない。

 

「貴様が決闘にくだらぬ幻想を持っているようだが、アストラル世界の決闘と人間世界の決闘が同じわけが無かろう。そもそもの土台が違うのだ。貴様がいくら言葉を吐こうとも我とお前の間には決闘に対して意気込みが違う。決闘に賭ける願いが、垂れ流す言葉が、貴様の全てには重みが足りん。決闘が全ての結果と成るのに全力を振るわずに負けて終わる? それこそ生きるのを諦めたのと同義であろう」

 

 言葉を切り、ドン・サウザンドは更に畳みかけて来る。

 

「そもそも全力を振るうのがなぜ悪いのだ? 悪いのは我と同じ領域に立てぬゴミ共だ。何故、我が努力の果てに得た力を封印しゴミ共と同じ下の領域に降り立ってヘラヘラと笑わねばならん? 何故、貴様らが努力して我と同じ上の領域に立とうと思わん? 敗北という泥の中で蠢くゴミクズ共が自分の欲望と諦めの汚泥にまみれた手で我の足を引っ張り、自分達と領域に堕とそうとする、それこそが正しいとでも言うつもりかッ!!」

 

 激昂が黒い波動となって放たれ、遊馬達の体を撃つ。

 その男の感情が、言葉が理解できなくはない。だが、それでも、遊馬は決闘をこんな事に使うこの男を許せるわけが無い。

 

「汚らわしい、汚らわしい。なんと不愉快なゴミ共だ。決闘は元より不平等な物。カード、能力、運、全てが個人の性能に左右される。それを知っているだろうに下で蠢いて願望というクソを垂れ流すゴミ以下の存在如きのために我が絶対に勝利する力を抑えねばならんのだ。勝つ、勝つ! 何をしてでも他人に勝つ。我が抱く渇望は貴様等とて少し考えればそれなりの共感だって得られるはずだ、他人に勝ちたいと願い努力する、ただそれだけの事だ」

 

 誰でも他人に勝ちたいと願わずにはいられない。

 それには目的があり何かしらの終着点があるだろう。だがこの男にはそれが無い。

 

「他人に、ライバルに、気に食わない相手に、親に、兄弟姉妹に、周りの者全てに、我を下に見る全てに、我が出来ないと決めつける者に、我を見ても何の感情を抱かない者に、歴史上に存在した全ての偉業偉人に、知能で人間で劣るが優れた能力を持つ異種生物に、時や時空、神羅万象、死んでいる者も生きている者も、事象も、理も、概念も、他の神すらも我は勝利したいのだッ!!」

 

 コイツが存在する限り希望などどこにもありはしない。

 そもそも抗い、戦いを挑もうと考える事自体がおこがましいのだ。これはそういうモノではない。

 神とは敬い祀り上げ、畏れと敬意を持ち、崇め奉るモノ。

 人は神の戯れをどうする事も出来ず(こうべ)を垂れ嵐の様に過ぎ去るのを待つしかない。

 だがこの神は我欲に狂っている。

 勝利のみを追求し、神すらも起こせない極技を手に入れた男は目に入る者も目に入らない者にさえ勝利したいと餓え、狂い、荒んでいる。

 

「ただそう考え他人に勝ちたいと願う事の何がいけない? その為ならば自分の持てる能力を限界を超えた先まで錬磨し磨き続ける事の何が悪い? 手にしたそれを最大限に利用し何が悪いという?」

 

 その男が体に宿す勝利への渇望は獲物を求め餓え乾いている。

 その男が腕を振るえば全ての者は終わっていく、それゆえにその男の意思に抗う先にあるのは破滅しかない。

 男の持つ渇望を上回れなければ自分達はその場に居る事すらも許されないと相対する3人は理解した。

 

「さあ決闘だ、九十九遊馬、ナッシュ。貴様らに教えてやろう。未来を思う希望も、仲間との絆を信じる気持ちも我の抱く渇望がそれを上回ると。貴様らに希望など、残っていないと言う事を!」


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