クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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重なり合う世界 上

 ライオンハートの一撃は確かにアリトに届いた。

 ドン・サウザンドの作り上げしオーバーハンドレッド・ナンバーズは消滅が始まりアリトの塗り潰されていた本当の記憶も蘇った。

 だがそれと同時にタイムリミットが定められる。それはアリトの消滅だ。

 吹っ飛ばされ偽物のナンバーズは地面に堕ち黒い焔となる。そして同時に起こるのはアリトの脚の消滅だ。

 敗者必滅、バリアン世界の理が蔓延している。

 アリトが目を開ければ遊馬の顔がある。

 遊馬の顔には涙が浮かんでいる、それは当然だろう、アリトをドン・サウザンドの呪縛の解放した事を純粋には喜べずに暗い表情だ。

 

「へへっ、なんて顔してんだ遊馬」

 

「アリト……!」

 

「ありがとよ、俺をドン・サウザンドから救ってくれて」

 

 アリトは全力で戦ったあのすっきりしたような、そして全力を出したのに負けてしまった事に僅かな悔しさを見せ、デッキに手を伸ばす。

 

「ほら遊馬、本物のナンバーズ、そして俺のカードを持っていけ」

 

 アリトが取り出したのは58、そして80のナンバーズの刻印のあるカードだ。僅かにカオスを滲ませつつもナンバーズ特有の力が放出されている。

 遊馬はそれを手に取り、眼を落とし、

 

「アリト、ごめん、俺」

 

「良いんだ、新しいカードを手に入れて本気でお前に勝とうとしたんだ、そしてまた負けた」

 

 ああ、と息を吐き、アリトは黒赤に染まる空を見る。

 

―――勝ちたかったなぁ、バリアン七皇じゃなく、バリアンでもなく普通の決闘者として。

 

 横へ頭を動かせば少女が空に向けて手を伸ばし赤黒の稲妻を受け止めているのが目に入る。

 世界すらも砕き分解する稲妻を逸らすわけでも相殺するわけでもなく吸収するようなその光景にアリトは大きく目を見開く。

 バリアン七皇でも苦戦しそうな力を持つ稲妻を吸収できるあの少女は何者なのか、そう遊馬へ問いかけようとアリトは遊馬へ顔を向け、

 

「あぶねえ!」

 

「アリト!?」

 

 アリトは腕や腹筋の力を使い飛び起きる。

 遊馬の呆然とした顔がすぐ横にあり、アリトの胸を黒い触手が貫いた。

 

「かっ!?」

 

 アリトは吸収したギラグの魂、そしてアリトの魂を抉られ、同時に肺をぶち抜かれ呼吸が思う様にできなくなる。

 それと同時に遊馬の服を僅かに削った触手の一部が遊馬のデッキへと忍び込んでいくのが見えてしまう。

 見えた所でそれは止められない。

 ドン・サウザンドのカオスが残るナンバーズより力を得、更に強力になった触手は遊馬のデッキの奥底にあるカードに触れる。

 一枚はアストラル世界の強力なエネルギーを内包していたが為、触れられるだけで済んだがもう一枚のカードが抜き去られた。

 アリトの体を抜けていく触手を手でつかもうとするが手に力は入らずすり抜けていく。

 

―――ちくしょうっ、ベクター!!

 

 激情がアリトの瞳に揺らめき、肺をぶち抜かれ声が思う様に出せない。

 苦しみと痛みでのたうつアリトへと駆け寄る遊馬達の顔をアリトは見、激情を収める。

 遊馬達がアリトを暴走されられた激情の中より救ってくれたのだ、ならば助けてもらった事を感謝し笑って終わるべきだ。

 

「…………ま」

 

「お…………ア………………大……夫か!!」

 

 遊馬の声が遠くに聞こえる。体の消滅はほぼ終わりかけ腹も消え始め痛みも薄れてきている。

 アリトは最後の力を振り絞り、今出来る最高の笑みを見せ、

 

「また、……や、ろう……ぜ」

 

                   ●

 

 空に響き渡る稲光の音にかき消されることなくアリトの小さな約束の言葉は駆け寄った皆へと確かに届き遊馬の腕に抱かれるアリトは消滅した。

 遊馬が両目から溢れる涙を拭わずアリトを貫いた触手の出所を見る。

 偽物、そして消滅しなかったカオス・オーバーハンドレッドナンバーズより発生した黒い靄より伸びた触手は靄の内に消え人の形をとる。

 翼の生えた大男がこちらを見おろす、そしてその手に握られるのは、

 

「俺達のヌメロン・フォースを返せ!!」

 

「返せ、だと? それは我の言葉だ、今まで貸していた力を利子をつけて返却してもらっただけの事」

 

「先ほどからずっと気になってた、ドン・サウザンドよ、ヌメロン・コードの力をどうやって手に入れた?」

 

 アストラルは用心深くドン・サウザンドを見て声を上げる。

 その様子をドン・サウザンドは笑う、まだ気づかないのかとでもいう様に。

 

「貴様に封印されてからずっと考えていた人間世界のどこかにあるヌメロン・コード、そしてそれを示し、同時に起動させる鍵となるナンバーズをどうやって手に入れるかを、そして気づいたのだ、そんな事をする必要はないと」

 

 言葉、同時に巨大な穴より大量の鎖が噴出する。

 それは人間世界の地表に突き刺さる。

 探査と分解の稲妻が人間世界に根をおろし、鎖が更にバリアンの力を流し込んでいく。次に来るのは、

 

「人間世界ごと、我の物にすればいいとなぁ! さあ始めよう、我の全てを手に入れる最終計画を!!」

 

「いくぜ、ドン・サウザンド!!」

 

 どこからともなくベクターの声が地獄の底から響くように反響し轟く。

 そしてドン・サウザンドの手の中、浮かび上がるのは、

 

「アージェント・カオス・フォース、なんでそれをお前が!?」

 

「人間風情がランクアップしようと作りあげた未熟なランクアップマジック、それを媒介としない手は無い、喜べ、何も持たない者どもよ」

 

 神は荒み、カオスをまき散らしながら一枚のカードを中心に七枚のカードが浮かび上がりそれぞれ力を放出してく。

 

「我が貴様らの世界をランクアップさせよう、行くぞベクター!!」

 

 人間世界で生まれた未熟な、戦う意思。それを七つの力が塗りつぶし塗り替える。

 本質をコピーされた塗り替える光が、バリアン世界で開発された4つの赤黒、ドン・サウザンドが作り上げた黒紫、そして究極の力の一端が鎖を通じ人間世界へ流れ込む。

 大地は苦悶に身を捻る様にのたうちひび割れ、その上にある全てを砕き落としていく。

 海は海底より開かれた銀河に吸い込まれ水位を減らし、空に罅が走りひび割れ堕ちる。

 そして、

 

「俺は」

 

「我は」

 

「「人間世界とバリアン世界でオーバーレイネットワークを構築、遠き2つの世界が交わるとき、全ての歴史は終焉を迎える、カオス・エクシーズチェンジ!」」

 

 2人を軸とし人間世界、そしてバリアン世界は分解され衝突し重なり合っていく。赤黒のエネルギーは荒れ狂い、建造物を押しのけバリアン世界の物質が作り上げられる。

 地面はエネルギーへ一度分解されバリアン世界に吸収され再構築される。

 全てより悲鳴が噴出しそれを神はものともせず自分の住まう新しい世界を構築していく。

 

「「降臨せよ! Barian's Naraka The World!!」」

 

 そのような天変地異の中、遊馬達が無事であるわけが無い。

 響子の中に潜むリペントが抗い叩きつける大異変を吸収するが限界がきて、遊馬達は足元に開いた地割れに堕ちていった。

 

                   ●

 

 裕の目が覚めたとき、全ては終わっていた。

 周囲は砂とハートランドシティの様な物が見え、赤黒の空がある。

 遠くに目を凝らせば海の様な物が見える。それらは見覚えが無い光景だ。

 失血で頭の回転が鈍くなっている裕は何度も辺りを見回し、横に最上やカイト達が倒れているのを見つける。

 寝ぼけたように靄のかかる頭で最上の肩を叩けば、最上の形の良い眉が苦しげに真ん中へと寄り、眼が開く。

 

「…………っ!? ここは!」

 

 最上が急いで体を起こし、それにつられるようにカイトも意識を取り戻し起き上がる。

 

「人間世界、じゃないな、見覚えがあるような無い様な?」

 

 絵の具を適当に混ぜたように見覚えのある街並みと見覚えの無い自然物が当たり前の様に存在する状況を気持ち悪く思いながら裕は遊馬達へと連絡する。

 電波は何故か繋がるらしく何十回かのコールの後会話が繋がる。

 

「遊馬か、どうなってんだ?」

 

「後で話す、それよりも裕、お前の横に誰かいるか?」

 

「おう、カイトと最上、あと…………名前なんだっけ?」

 

 白いロボットを見、裕は首を捻る。何回かWDC補填大会前に決闘庵で見かけた気がするのだが名前が思い出せないのだ。

 

「オービタル7であります!」

 

「そうそう、オービタル7ってのが一緒」

 

「そうか、良かった、今から迎えに行くぜ!」

 

 どうやって、と疑問に思うよりも先、裕達を影が覆う。

 空を見上げれば異世界に行くために使った飛行船が浮かんでいた。

 遊馬達に合流した裕達は今後の計画を話し合いながら包帯を巻いたり食事をとっていた。

 皆が実体化したモンスターの攻撃を受け傷が目立ち、その中でも裕が一番の重症だ。 傷が深く数多くありとても戦える状況ではないというのは見て分かる、裕を気遣って戦わない方がいいのではと提案してくる小鳥や響子の言葉を裕は押し切った。

 

「カイト、これからどうする?」

 

「俺は月に行く、最後のナンバーズを目覚めさなければいけない」

 

 カイトは白紙のカードを見、呟く。

 この状況で戦う人数が減るのは状況を悪くすることを理解し、だが自分の使命を果たさなければいけないと強く理解した言葉だ。

 

「俺達はドン・サウザンドを倒す、そしてヌメロン・コードを手に入れるんだ」

 

 皆から当然、否定の声は上がらず、遊馬はそのまま裕からは何も居ない様にしか見えない空間へと話しかけ始める。

 麗利はデッキ調整に入っており言葉をかけられない。最上はと言えばどこからか椅子を持ってきて並べて寝ていた。

 

―――できれば誰から詳しい話を聞きたいんだがなぁ。

 

 裕はナンバーズを握った時点で意識が飛びかけていて、ギラグをどうやって倒したのかすらも覚えていない状況で目が覚めてから景色が変わっていた原因も理解していない。

 困った表情を浮かべる裕、それに気づいたのか響子が近づき事情を掻い摘んで教えてくれる。

 

「ええっと、呪縛やらなんかよく分かんないけど、とりあえずドン・サウザンドが全て悪いって事でいいんだな」

 

「そうだね。 ……あってるぞ」

 

「それでいったいこの船はどこに向かっているんだ?」

 

 船を操っているカイトを見れば、カイトはこちらを見返し口を開く。

 

「親父の所だ、あそこならばドン・サウザンドの本拠地も分かるかもしれん、それに月に行く準備もしてもらっていた」

 

 遊馬達のカイトを顔を見る表情から察するに連絡したのはそう長い時間は立っていないようである。

 それなのに出来るカイトの親父さんを凄いと思うべきなのだろう、そう裕が頷いていると飛行船のモニターにハートランドシティの中心、WDCでも決勝ステージとなった塔が見えてくる。

 一瞬明るくなってきた遊馬達の表情は塔の下を見て一変した。

 塔の底、赤黒の人の形が群がっているのだ。大量の蟻が地面に落ちた虫へと襲い掛かるような生理的に受け付けにくいおぞましさがそこにあり、最上を除いた小鳥達、女性人がひっ、と小さく息を呑む。

 

「親父、無事か!?」

 

 その様子にカイトは血相を変え通信を試みるが砂嵐しか見えず声も聞こえない。

 カイトは目に入れても居たくないほど弟を可愛がっている、そして父親とも仲を取り戻しており二人を心配し声を上げる。

 返答はない事に苛立ちを覚えカイトは最上階に止まったままのWDCステージとなった更の様な場所に飛行船をおろしオービタル7を背負って飛び降りていく。

 

「カイトを追うぞ」

 

「おう!」

 

 遊馬に急かされ扉を開ければ塔の中、赤黒に染まり一部は水晶化している。

 人智の及ばぬ状況に裕の頭は理解を拒み、ひたすらにカイトを探すことにのみ集中する、階段を降り走る先、閉じられた防火扉があり、そこからは連続で打撃音が聞こえる。

 

―――映画のパターンだとぶち破られて大量の敵が……。

 

 そんな嫌な予感を湯たちは受けていると扉がぶち破られ大量のバリアン兵が登って来る。

 

「うわっ!?」

 

「やべぇ、みんな逃げろぉ!」

 

 どこをどう走ったか判断する事も出来ず遊馬が走る背を追いかけ続け裕達は大きな部屋に転がり込む、皆が入り込んだ瞬間、巨大な防護壁が降りバリアン兵の侵入を防ぐ。

 

「お前達は!」

 

「ちょうどよかったな、カイト、そして九十九遊馬達」

 

 外部の防護壁をぶち破ろうとする打撃音が響く中、巨大なモニターを背にカイト、そして白髪の老人がこちらを見下ろしていた。

 

                        ●

 

 手にした8枚のRUMを見、ベクターはバリアン城の外へと目を移す。

 城から見える情景は一変していた。

 地獄の様に鋭い岩盤がいくつも並びその遥か遠くにはハートランドシティがある。そらは赤黒に覆われときおり稲光が落ちる。

 そしてバリアン城を見上げるバリアン人の目にはベクターしか映らない。皆がベクターを崇め褒め称えていた。

 その光景にベクターは満足げにため息をついていると、ベクターの背後で水晶が砕ける音が響く。

 

「二人とも目が覚めたか」

 

「はい」

 

「ああ、すまない、手間をかけた」

 

 ベクターは笑いを堪え切れず腹を抱えながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 それらを不審に思わない2人はベクターへと感謝の視線を送っている。

 

「そうか、ならば、ぷっ、お前等をこんな目にあわしたナッシュを懲らしめてやらねえと、くくく、なぁ」

 

「いえ、ベクターの手を煩わせる必要はありません」

 

 巫女は自分が洗脳されている事を理解できずゆがめられた価値観の中でするべき使命に燃えている。

 

「そうだ、我々は一度敗北をした、だが今度こそ勝つ」

 

 騎士はリベンジに燃え親友を討つ決意に燃える、それはドン・サウザンドによって彼へと与えられた偽物の記憶通り王を裏切り謀反を企てる騎士の姿そのものだ。

 

「そうか、ならばこのカードを持っていけ、このカード達があればお前らも負けることは無いだろう」

 

「ありがとう」

 

「ではベクター、行ってきます」

 

 黒紫に汚れた黄色と水色の光は敵を探すために空へと昇っていく。

 それをベクターは腹を抱え面白くてしょうがない、と言ったように笑い続ける。

 二人、ドルベとメラグの魂をわざとベクターは吸収せず残し、カオスで彼らの体を構築し偽りの記憶を与えたのだ。

 全てのナッシュに関わる記憶はベクターへと、ベクターの関わる記憶は全てナッシュへと塗りつぶしたのだ。

 

「さあ、踊ってもらうぜ、ナッシュぅ」

 

 この計画はずさんな物だ。

 勝ったら次は九十九遊馬を襲えばいい、負けてもアリトとギラグの魂を回収したときの様に横から強奪すれば別に何も問題は無いのだ。

 そう、この計画はただの嫌がらせだ。

 

「愛する妹、そして信頼できる親友と殺し合う。何が絆だ、全部俺が塗り潰してやる」

 

 嫌いな者がただ不幸になればいい、自分の気に食わない奴は苦しんでのたうち回って死ね。

 一番分かりやすく、誰でも思うであろう悪意のみで構成された手の込んだ嫌がらせが空を切り裂き地平の彼方へと消えた。


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