クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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学校での決闘 下

 裕はあの決闘の後、かなり落ち込んでいた。

 気落ちというレベルを超え、授業などほとんど頭に入ってこず、裕が正気を取り戻すと既に日が傾きかけ、放課後になっていた。

 あの敗北をしょうがないとは思いたくない、自分があの瞬間にクェーサーを出さかった判断が悪かったのかは裕には判断がつかない。

 敗北の原因はわかっているがそれをどう解消するか、それを考え、悩みながらも歩いているうちに、無意識に中庭についてしまった。

 手痛い敗北をした場に立ち、裕は周りを眺め、木陰に設置されたベンチの下に1枚のカードが落ちているのが見えた。

 

「ん、落し物?」

 

 持ち上げると白紙のカードである、名前は無く、黒枠のエクシーズモンスターという事だけは分かるがテキストもイラストも白である。

 裕は即座にピンときた。

 

「もしかしてこれがトレジャーシリーズ! ピンチのときに遊星みたいに白紙を塗り替えたり出来るようになるんだろ! よっしゃ、さっそくエクストラに入れとくか!」

 

 冗談をを言って裕は落ち込んだ自分を励ます。

 そして周りを見回すもカードを探しているような生徒の姿はない。

 

「うーむ、どうすればいいんだ?」

 

 悩み、とりあえず職員室に届けておくかと裕は歩き出し、体育館の前を通りかかると、、

 

「あ、すいませーん、ちょっと体育用具の出し入れを手伝ってもらえないですか?」 

 

 周りを見るも人影はない。

 そこで裕は自分に言われた言葉だということを理解し、

 

「えっ? あー、いいですよー!」

 

 裕へと声をかけた声の主は体育館へと入っていく。

 裕の眼に見えたのはスカート姿であり、顔までは分からなかったが女子生徒のようだ。

 裕はその白紙のカードをポシェットに収納すると体育館に入った。 

 体育館内部はライトもついておらず真っ暗であり、ちょっと汗の臭いがする。その中をまっすぐ歩き裕は周囲を見回すも先程の女子生徒の姿を探すも見当たらない。

 

「あのー、何を手伝えばいいんですか?」

 

 声をあげたそのとき、背後のドアが大きな音を立ててしまった。

 急いで駆け寄るも扉は開く様子はなく、取っ手を全体重を乗せようともびくともしない。

 

「閉じ込められた!? なんで!?」

 

―――もしかしてクェーサーを持ってるのがばれてアンティ決闘を!? いやまだ見せてないはず、でも。 

 

 裕は何度か自分の中で提案と否定を繰り返す。

 その上で扉を開けるのを諦め、振り向き体育館の暗がりに人影がないかを探る。

 

「始めまして、水田裕。少しばかり知りたいことが在り手荒な真似をしました」

 

 見れば先程の少女がいつの間にかライトアップされたステージに立っている。腕を組みこちらを見下ろす制服の少女はこちらを指さし、

 

「ですがこれは必要な事なのです、ご安心を、私の用事が済めばすぐに出して差し上げます」

 

―――こんな状況さっきも合ったような? だとしたら裏で糸を引いてんのは生徒会長って奴か!

 

 裕はいつでも走り出せるように身構えながらもステージへと近づく。

 徐々に近寄る裕を怖がる猫を見るような生暖かい視線で少女は見、口元に指をあて、

 

「ああ、申し遅れました、私の名は式原雛(しきはらひな)。この学園の副生徒会長をしております」

 

「それで聞きたいことって?」

 

 人形のように切りそろえられた黒髪を揺らし式原が浮かべる笑みは僅かに歪んでいる。

 裕を追い詰めるようにゆっくりと、芝居がかった動作で腕を裕へと伸ばし、

 

「ええ、貴方の持つシューティング・クェーサー・ドラゴン、TGハイパーライブラリアン、ジャンク・デストロイアーなど高価なシンクロモンスターをどうしてあなたが所持していたかですか?」

 

 その言葉に裕は返答に困ってしまう。

 それに追撃する様に、裕に反撃の隙を与えない様に少女がさらに口を開く。

 

「あなたがこの学園の授業中に行なった決闘全ての記録を遡りましたが貴方はジャンク・ウォリアーとロード・ウォリアー以外のウォリアーシリーズは使用していませんでした。それらすらあの事件より前に見なくなりました。そして今日、突然、フォーミュラ・シンクロンのような高価なカードを使い始めれば誰だって不審に思います。ですからこの学園の副会長であります私はわざわざ人目を避けてあなたに会い、聞くのです」

 

 息を吸い、薄い笑みを浮かべ、裕が答えられない問いをぶつけてくる。

 

「それらは本当にあなたのカードなのですか?」

 

「っ!? これは俺のデッキだ! 誰から何を言われようが俺が考えて悩んで作った自慢のデッキだ!!」

 

 目の前の少女が何をたくらんでいるのかは分からないが、裕に今できることはただ一つ、己が潔白だと叫ぶことだけだ。

 だがそんな言葉でどうする事もできない。

 

「言葉ではなんとも言えます、幸いこの件を知っているのは私と会長である最上さんだけです。あの方もあなたがクェーサーを出したところを目撃しております。そんなカードをどこで手に入れたんですか?」

 

「カードは、拾った……」

 

 苦し紛れに裕が言った言葉、それを少女は笑い飛ばさない。

 ふむ、と呟くとしばらく考え込み、

 

「見苦しい言い訳ですが、そういうこともあり得ますね。ではこうしましょう」

 

 最初からこうするつもりだったかのように少女は白と黒のデッキを取り出し両手で握る。

 

「この私に勝てたならば、これ以上、私があなたを追及することはしません、むしろその証言を支持しましょう。ですがあなたが負けたら……そうですね。それらのカードをどこで手に入れたのか、私が納得するような理由がなければ退学してもらいましょう」

 

「た、退学!?」

 

「ええ、非常に心苦しいですがこの学園から生徒の逮捕者が出るなんていうのは我が学園の名が傷つきますので退学後に警察にでも届け出ましょう。表市場に出ない様な裏ルートからカードを不正に購入した男がいます、とでもいえば最近の警察はすぐに逮捕しますよ」

 

 警察に、自分が異世界からやってきてその時何故かこのデッキとクェーサー達を所持していました、なんて言ったところで信じてもらえるわけが無い。

 苦し紛れの嘘だと判断されるのが関の山だ。

 そしてこの学園を止めればこの体の両親、そしてもしもこの体の本当の持ち主が現れた際に確実に問題へと発展する事は確実であり、裕は一か八かの決闘を行う以外に道はない。

 

「やるしかないってか……」

 

 裕が苦しげなつぶやきを聞き、少女の手はまるで天秤のように開かれる。

 両の手には白と黒のデッキケース、悪か善を裁き図るように広げられ、

 

「そうですか、流石我が校の生徒です。決闘者ならばまず決闘で語るべきですわ、では右と左どっちのデッキがいいか、答えてください、天使と悪魔、貴方はどちらを選びますか?」

 

 その言葉にどちらからも不吉な印象を裕は受けるも、どちらをとっても厄介そうなのは明白だ。

 裕は考えず、勘で指さす。

 

「左」

 

「悪魔ですか、良いでしょう。では先攻はそちらに上げます、ハンデだと思ってください」

 

「っ、絶対に勝つ!」

 

 黒いデッキケースよりデッキを取り出し少女はいかにも高級そうな決闘盤を慣れた手つきで構える。

 明らかに手慣れたその様子、そしてデッキを選ばせる余裕、実力者である事は間違いない。

 相手の実力がどれほど上だろうと、相手がどれだけ手馴れていようと裕が負けていい諦めの理由にはならない。

 裕はこの世界に来て、2度目の負けてはいけない決闘に身を投じる。

 

「「決闘!」」

 

                       ●

 

「俺のターンドロー、行くぞ、愚かな埋葬を発動、デッキからレベルスティーラーを墓地に送る」

 

「来なさい、私に貴方の本気が届くかしら? 悪魔が貴方を笑ってるわ」

 

「ガスタ・グリフを墓地に送りクイック・シンクロンを特殊召喚、墓地に送られたグリフの効果でデッキからガスタ・グリフを特殊召喚する、そしてジャンク・シンクロンを召喚、効果で墓地のレベル2のガスタ・グリフを特殊召喚する」

 

 圧倒間に裕の場が埋まる。そして行われるは連続シンクロだ。

 

「まずは、レベル2のガスタ・グリフとレベル3のジャンク・シンクロンでチューニングレベル5、TGハイパーライブラリアン!」

 

「ああ、それと言い忘れておりましたが」

 

 式原は今思い出したとでも言うようにお道化た表情で、

 

「私は別にここであなたが何のモンスターを召喚しようとも誰にも言いふらしたりしませんわよ。だから本気でかかってきてください」

 

―――この場に人が居ないのも、全部そのためか!

 

 生徒会長である最上が何を思い、菅本や目の前の少女をけしかけてきたのかは裕には予測できない。

 それでもこの決闘は負けちゃいけない決闘だ。全力を出せるならば出して勝ちに行く。

 そう心に決める裕を式原は面白い演劇を見るように眺めている。

 

「そして更にライブラリアンのレベルを1つ下げレベル・スティーラーを特殊召喚、レベル1のレベル・スティーラー、レベル2のガスタ・グリフにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚、レベル8、ロード・ウォリアー!」

 

 菅原との決闘でも姿を現した黄金の戦士が裕の場に現れ身構える。

 黄金の戦士はマントを翻し、勝鬨の声をあげ、そのマントの内より臣下のモンスターを呼び出す。

 

「ライブラリアンの効果でドロー、更にロードの効果でデッキからアンノウン・シンクロンを特殊召喚、ロードのレベルを1つ下げてレベルスティーラーを特殊召喚し、レベル1のレベル・スティーラーとレベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング、レベル2、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 連続するシンクロ召喚は風を呼ぶ。

 星も輪も何もかもが体育館を揺らし駆け巡り、この場に至高の龍を呼び出しにかかる。

 

「ライブラリアンとフォーミュラの効果でデッキから2枚ドロー、ロードのレベルを下げてスティーラーを特殊召喚! これで準備はそろった!」

 

 光が連鎖し、風が吹き荒れ光が爆裂する中、この程度ならばまだ余裕だ、いつでも返せるとでもいうように式原の笑みは崩れない。

 

「レベル4となっているTGハイパーライブラリアン、レベル6となっているロード・ウォリアーにレベル2のフォーミュラ・シンクロンをチューニング、レベルマックス! 最も輝く龍の星よ、今この場に来やがれ! シューティング・クェーサー・ドラゴン!!」

 

「ほう……これがクェーサー、なるほど、素晴らしいですわ」

 

 敷原はその光り輝く龍の姿に魅入られる様に目を輝かせる、だけだ。

 一向に脅威ではないかのようにその表情は笑みだけがある。

 その姿に裕は不気味なものを感じ、表情を硬いまま、息を大きく吸い、

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンド」

 

裕場   シューティング・クェーサー・ドラゴン DEF4000

LP4000  レベル・スティーラー DEF0

手札2    伏せ3枚

 

式原場

LP4000

手札5

 

「なるほど、少しはやるようですね…………それにしても会長の言ってた事は本当かもしれませんわね。ダーク・コーリングもレスキュー・ラビットもこないなんて久しぶりです、こんな珍しい事はプロと本気で戦ったとき以来でしょうか」

 

 のんびりと自分のターンが来たにもかかわらず手札を見て何やら頷くだけの式原に裕はいら立ちを募らせる。

 

―――誰のせいでこんな目に合ってると思ってんだよ、早くしろよっ!

 

 よほど苛立っているのだろう、裕の心の声は漏れてしまい、それを聞いた式原は丁寧に腰を折り、

 

「ああ、すいません。では私のターン、ドロー、ふう、流石私のデッキですね。助かりました、私は儀式カード、高等儀式術を発動します」

 

 雛はドローしたカードをこちらに見せ付けるように発動する

 ダーク・コーリング、そしてレスキューラビット、そして高等儀式術と言う言葉から

考え付くのは前の世界で戦ったデミスガイアというデッキだ。

 その瞬間火力はすさまじく、ライフ4000のこの決闘ではライフなどあってないようなものだ。

 そして焦るがあまりに、式原の漏らした助かりましたという彼女の言葉を信じてしまう。

 

「通さない、クェーサーの効果発動!」

 

 恒星龍より放たれた光によって高等儀式術より放たれる圧倒的な何かの鼓動が小さくなり消滅していく。

 だがその逆転の切り札の様に発言していた少女の顔が曇っていく。

 

―――よし、なんとか、耐え、

 

「残念ですわ、こんなに早く終わるなんて。マジック、ダーク・フュージョンを使用」

 

「それは……!?」

 

「トレジャーシリーズではなく私の家に代々伝わる伝説の1枚、私の手札の岩石族、ガイアプレート、悪魔族、終焉の王デミスを融合素材とします! 来たれ無双の一撃、その一撃で全てを砕き終焉を齎せ! 融合召喚、E・HERO(イービル・ヒーロー)ダーク・ガイア!」

 

 フィールドに立つ儀式により儀式召喚を待つ半透明の終焉の王を中心に地面から巨大な岩が突き上がり、終焉の王を飲み込み大地へと沈んでいく。

 そして次の瞬間、大地はその膨大な力を抑えきれず大噴火した。

 溶岩が、分厚い岩盤が宙より降りしきる紅蓮の場を、1体のモンスターが悠々と歩き来る。

 それは終焉の王とガイア・プレートの部位が微かに残る戦闘を強要する覇王だ。

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は融合素材としたモンスターの攻撃力の合計、つまり2800+2400で合計5200です、そしてダーク・フュージョンによって融合召喚されたモンスターは対象に取られません」

 

「そ、そんな……」

 

 裕が伏せていたのは禁じられた聖槍、サイクロン、そしてブラフの増援だ。そのカード達ではあのダーク・ガイアの一撃よりクェーサーを守る事は出来ない。

 

「昼の決闘を見ましたが貴方のデッキ、自分がしたい事のみを通すためのデッキでしょう。妨害用のカードはほとんど入っていないのではありませんか?」

 

 見事に言い当てられ、裕は言葉を失い顔色を蒼白にする。

 ダーク・ガイアの効果を決闘盤で確認しどうしようもない事を悟ったのだ。

 

「そして個々のモンスターが貧弱ですね。バトルフェイズ、ダーク・ガイアでレベル・スティーラーに攻撃宣言、この瞬間ダーク・ガイアの効果発動、レベル・スティーラーを攻撃表示に変更します。覇王絶命拳」

 

 ダーク・ガイアは恒星龍の横、縮こまっているテントウムシを掴み握り潰した。

 そのうえで手札を取り落した裕へと岩石で構成した巨大な拳を叩き込んだ。

 

E・HEROダーク・ガイア ATK5800 VS レベル・スティーラー ATK600

破壊→レベル・スティーラー

裕4000→0

勝者 式原雛

 

                    ●

 

「くっそ、っくそぅ」

 

 嗚咽が体育館に響く、床を叩き本気で悔しがる裕。 

 その眼の前でどうすれば良いのかとおろおろしている雛、そしてその様子を見かねたようにこっそりと観戦していた最上がステージへと姿を見せる。

 

「やりすぎるなって言ったのに、あーあ、泣かせちゃってぇ」

 

「すいません、あんまりにも久しぶりすぎて昂ってしまいました。彼の能力は本当に面白いですね。あのドローで高等儀式術を引かなかったら結構きつかったですのよ」

 

 白々しい式原、その手に握られている手札を最上はとる。

 

「嘘つけ、ダーク・こーリングまで握っていた奴がギリギリなんてよく言うよ、先攻をあげて、自分を危機的な状況に追い込んでそれを巻き返すのが大好きなド変態の癖に、楽しかったんだろ?」

 

「ええ、とっても、最上さんレベルではありませんでしたが楽しめましたわ」

 

 クスクスと笑う二人、その姿に裕の怒りが爆発した。 

 

「何が面白いんだよ、何が目的だ、答えろ最上!」

 

 午前中の敗北も今回の敗北も元を正せば最上の仕業である。

 あらぬ窃盗の疑いをかけられ、どうやっても怪しさ満点の裕の主張を誰も真面目には聞いてくれないだろう。

 だからこそ先程の決闘は勝たなくてはいけなかった。

 そして負けた。

 その上、まるで珍獣でも見るように決闘をして楽しかった、と言われれば怒らずにはいられない。

 だがそんな感情を分からないとでも言うように、

 

「怒られちゃった」

 

「煽るような言い方をするからですよ、素直に助けて欲しいといえばよかったのに、こんな回りくどい方法なんかとって、嫌われましたよ」

 

「お前ら、俺を苛めて楽しいか、負けたくないし、負けちゃダメなのに負けて、んで泣いてる姿がそんなに面白いかよっ!!」

 

 裕はこれまでため込んできた不安が極限状態にまで達していた。

 異世界に行かされ、自分の元の体ではなく他人の体を使わされ、更にその体の持ち主と同じような行動を取らなくて行けない事。

 一縷の希望を持ち、街に繰り出し手も有力な手がかりが得られなかった事。

 そしてこれ以上この体の両親と持ち主に迷惑をかけるような事をしたくないと思い決闘を挑み敗北した事、裕の感情は暴走し、もう制御しきれず、ただ涙が溢れ出すばかりだ。

 

「面白いが苛めてるわけではない、これはテストだ」

 

 最上はその裕の様子を見て、面白そうに笑いながら言い放つ。

 

「テストだと!?」

 

「お前の力を試したんだ、そして見事に力があると証明してくれた。だから私の用件を言おう、君が欲しがっているカードをほぼ全てやろう、だから私を助けてくれ」

 

 最上は心の底から愉しいと嗤っている。

 裕には選択肢などないことを知っていて、自分の意志で屈服するように迫っている。

 私の役に立て、そう最上は裕の喉元に刃を突き付けながら言う。

 

「嫌だって言ったら」

 

「入手ルート不明のカードを所持しています、本人は元から持っていたと主張していますがこの2日間以外に使った記録はありません、よくわけの分からないことを喚いており精神鑑定が必要かもしれません、なんて警察に突き出されるのは嫌だろ、将来にも家族にどんな影響を及ぼすと思う?」

 

「…………っ」

 

「それにお前にだってメリットはある。まず強くなれる、誰にも負けない、とまではいかないけどよく負けることはなくなるはずだよ、君の持っていないカードをあげよう、クェーサーを奪われたくはないんだろ、今のままではお前をカモだと思った強い人に奪われちゃうよ、今みたいにねぇ」

 

―――負けたくない。勝たなければいけない、だが今のままではまた負けてしまう。

 

歯を食いしばり方を震わせる裕、それを見て、最上は笑みを浮かべ芝居がかった様子で腕を広げる。

 

「それともクェーサーやらほぼ全てのレアカードを宝物みたいにどこかに隠して保存する? 使わないで額縁にでも飾っておく? そうしたら誰にも奪われないなぁ、私達以外誰もその存在を知らないんだから」

 

――――嫌だ。

 

「このデッキで勝ちたい? 勝てばなんだって良いだろうによく分からない信念なんて言っちゃってさ馬鹿じゃないの? それで負けて悔しい? だったら強いカード使えばいい、強いテーマデッキで誰でも叩き潰せばいい。せめてさ、どっちかにするべきなんだよ」

 

 裕の葛藤を置き、最上は自分の正しいと信じる考えを述べる。

 その言い分はまるで、自分の意見が正しく世界の常識であり、私が正しい。そしてお前が間違っているのだと言い切っているようだ。

 その言い方に問題はあろうとも、その言っている内容はある意味、カードゲームにおいて否定できない一面を持つ。

 

「私は楽に勝つために高い金を払ってカードを買っている。すべては勝つために。お前らは弱いデッキだけど自分が考えた好きなデッキで戦えりゃ満足あんだろ、だったら勝ちなんて望んでんじゃねえよ、踏み潰されてピーピー文句なんか言うな。環境に上ってこれないようなデッキ如きが両方を欲しがるなんて強欲だ」

 

 言いたいことを全て言い切りすっきりとした表情を見せた最上はようやく本題へと突入する。

 

「選べよ、このままクェーサーと別れるか、それとも私と協力してレアカードを手に入れて挑んでくる敵全員を叩きのめすか? 学校の成績も金、権力、命、世界の命運より決闘が優先される。気に入らない敵にただカードゲームで勝てばいい、この世界ではそれが許されるんだから。私が好きなだけ力を与えよう、だから私の役に立て、私を助けてくれ」

 

 これほど我欲と邪悪さに満ち溢れ上から目線の助けてくれという言葉があっただろうか。

 それを聞き、裕は静かに黙り長い長い葛藤する。

 だがいくら考えたところで答えは1つしか浮かばない。

 

「…………お前を、助けてやる。だけど、俺は絶対にお前を許さねえ。絶対、絶対にお前を負かしてやる」

 

「はっ、今から4日、私と2人でデッキを造る、反論はないよな?」

 

                    ●

 

 こそからの日々を裕はあまり覚えていない。

 いや思い出したくないから覚えていないフリをしているだけだ。

 

「なんだこれ、手札切るの少ししかないじゃないか、手札切る罠か、もっと手札を切るカードを入れないと腐るよ。それに初手で引いた時モンスターが多すぎ、もっとモンスターを減らさないと動けないでセットエンドばっかりになるぞ、それに墓地で発動するカードばっかり入れても落とさないといけないのに落とすカードがないとかダメだろ、作り直し」

 

「……」

 

「そもそも、こんなにチューナーばっかり入れたら事故るだろ、罠レスってのも戦略だけど式原みたいに対象に取れなかったりすると処理がきついんじゃないの? エクストラもこの辺全部抜いてを抜いて、エクシーズを入れれば少しはマシになるよ、作り直し」

 

「…………」

 

「ライオウが立つだけで半壊するってデッキとしてどうなんだよ、ライオウぐらい殴れないときついだろ、もっとまともなカードと凡庸カードをを入れろよ」

 

「……っ」

 

「安定性が欲しいのか速度に特化するのかどっちかに決めろ、手札消費少なくビートか瞬間火力高めか、3ターンキルを狙うか、どれがいい?」

 

「…………くっ」

 

「ほらこの辺入れてもうちょっと死なないようにすること、ワンキルもあるから手札誘発も入れる」

 

「……くうっ」

 

 優等生キャラを演じる最上の手腕で母親に電話で外泊することに決定し、裕は最上の指示の元、夜遅くまでデッキをひたすら考え続けた。

 前世でもそこそこの強さを持っておりこの世界で更に磨きをかけたという最上の知識とレアカードの量で今までのデッキよりも数段強いデッキが完成し、1日だけの休日をもらった。

 街を歩きながら裕はひたすら何も考えなかった。

 休憩がてらベンチに座り空を眺めると見慣れてきたビルが眼に映る。

 手に弄ぶは自分が汲み上げたデッキだ。それは他人からの借り物ばかりが詰まったデッキは、とても軽く感じた。

 

「あぁ」

 

 何の感情か分からないがため息が漏れ、手からデッキが滑り落ちてしまった。

 その拍子にデッキカバーが開きカードが外にばらけてしまう、まるで自分から逃げ出すように広がったカードを全て回収し立ち上がると裕は街を歩きだした。

 

                     ●

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

 WDCを3日前を控え、学校が休みになり、教師が対応に追われたり生徒が大会に向けてデッキを組み始めるなど様々な動きを見せ始める中、最上は水田と共に黒原の待つ倉庫へと足を進めていた。

 

―――さて、こいつの力も把握したけど役に立つのかな……?

 

 最上が思うのは裕の能力だ。

 予想とは違いスキドレに似た能力ではあるがその能力は弱く、はっきり言ってあてになるかは微妙なところだ。

 それでも自分がいくよりはマシだろうと最上は諦め、この少年に全てを託す覚悟でいる

 WDC3日前、それはWDCに出場して勝負を挑むのか、それともナンバーズを実験がてら手に入れてみるかを決めるためには短すぎる時間である。

 だからこそ最上は今日で決着をつけようとしていた。裕を使い3勝して全てを終わらせる気でいた。

 だからこそ全てのカードを収納したトランクを持ってきたし、サイドチェンジよろしくデッキチェンジを行なうための予備デッキ、予備デッキを使うための知識、自身のデッキの回し方を教え込んでこの日に臨んでいた。

 

「絶対に勝つ」

 

                     ●

 

 黒原と対峙し黒原もエヴァから話を聞いていたのだろうか、珍しげな物を見る様にじろじろと裕を眺めるも、

 

「代打? いいよ、負けたら約束通り賭けたデッキを封印ね」

 

 予想してきた筋書きも何もかもを置き去りにしあっさりと裕の代打は了承された。

 

「君がエヴァを倒したシンクロン使いでしょ、少し興味が合ったんだ、会えて嬉しいよ」

 

 黒原は裕に朗らかに握手を求め、裕はそれに素直に応じる。

 表情は無表情であり何も感じていない機械のようだ。

 

―――大丈夫か?

 

 このとき初めて最上はほんの少しだけ裕の身を案じる。

 むろん、黒原に勝って欲しいためであり、体の調子の心配ではなくまともに判断できるのか、プレイミスをしないかだけが心配なのだ。

 

「そういえば帰ってから思い出したけど引き分け、自爆スイッチのようなものはどうなるのだろう?」

 

「そのときはOCGと同じで引き分け、両方のデッキが使えなくなるってことで良いんじゃないかな?」

 

「つまり、そっちが使ってくる可能性もあるのか?」

 

「うん、そうだよ、自爆スイッチを使う予定だけど?」

 

 明らかなブラフである。と思う。

 だがそれすらも否定できない。

 

「…………良いぞ、私は征竜を賭ける」

 

「じゃあ僕は、ヴェルズを」

 

「今日で全部決着を付けよう、頼むぞ水田」

 

「ああ」

 

「いいよ、じゃあシンクロン使い、決闘だ」

 

 ゆらり、と裕が決闘盤を構える。

 

―――シンクロン使いとすでに知られている、黒原の性格が把握できない以上どうにもならないがヴェルズがきても対処できるようにしておいたから何とかなるはず、だがなんか裕から嫌な力を感じる、この感覚は…………プロの頂点と当たったときに感じた奴と似てる? いやまさかな。

 

 先攻を決める決闘盤の光が止まる、先攻は裕だ。

 その事に黒原の眉が困惑と不満にしかめられた。だがすぐさま表情をにこやかにすると叫ぶ。

 

「「決闘!」」

 

 最上は裕の力を欲した、自分だけを真面目にみる彼女は裕と言う人間を見ていなかった。

 裕は自分を殺してカードの性能を欲した。ただひたすらに最上や全てを呪いながら無感情で何も考えずデッキを作った。

 黒原は裕を敵として見ていなかった。手札を見て先攻が取れなかったことの両方を不審に思い、その理由を考えるばかりだった。 

 だから誰も気付かなかった、裕の腕に数字が薄く浮かび上がるのを。


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