クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード 作:TFRS
飛行船は崩壊した遺跡のあった場所を離れ移送空間に入っている中、外からのノックやこちら側に語りかけてくる言葉を聞かず、遊馬は後悔の底に居た。
元より真月、ベクターの裏切り、アストラルとのケンカ等が精神的にキている状況で畳みかける様に襲い掛かって来たこの状況は歴戦を潜り抜けてきたとはいえども精神的に考えれば中学生である遊馬の心に大きな負担となっていた。
小鳥、鉄男を除くナンバーズクラブ、カイトを先に行かす為にバリアン七皇のギラグとアリトと戦いを挑み敗北したドロワとゴーシュは洗脳されバリアン側に付いてしまった。
まだ遊馬と行動を共にする決闘庵の師範代である六十郎やその弟子である闇川、遊馬の友達であるアンナやロビンが残っているがのこちら側の被害は大きい。
更に言えば洗脳された決闘者の数は数えきれないほどいて、バリアン七皇や顔もデッキも分からないドン・サウザンドがいる。
このまま戦い続ければバリアンの圧倒的な物量にいつかは磨り潰される。
それは遊馬の頭の中で分かっている。
目をつむれば幻聴の様に聞こえてくるのは徳之助達の負けたときの言葉、アストラルがNo.96からの攻撃を遊馬の代わりに受けた後の言葉だ。
ナンバーズやこの世界の命運を託し、希望を託した仲間と相棒の言葉がぐるぐると遊馬の頭の中を回る。
「だけど……」
だけどこのまま戦えば仲間は一人、また一人と消えていく、だが戦わなければ人間世界はバリアン世界に飲み込まれる。
戦う、戦わない。
その言葉が延々と繰り返される、そしてそれを遊馬は決めることは出来ない。
どんなに魂が高潔で、どんなに精神が優れていても遊馬は人間だ。
大切な物を全て守りたいと願う心を持っている遊馬に仲間と共に死地に向かうことを許容できない。
「俺はどうしたらいいんだ……」
何度となく聞こえてくる扉の外の声を意識外に締め出し、何度も自問自答を繰り返し、何度も託された言葉を思い出し、何度も人間世界の危機を思いだし遊馬は苦しむ。
そして、思いついた。
仲間を失わず人間世界を救うためにどんな行動をすればいいのか、そんなときだ、遊馬のいる部屋が静かになった。
諦めたのか、と遊馬は思い、自分が思いついた行動を実践しようとベッドから立ち上がろうとしたその時、扉に猛烈な勢いで衝撃が走った。
謎の物質で出来ている飛行船だが、何度も何度も衝撃を受けるうちに扉は歪み、ついに開かれる。
「遊馬、入るね」
入ってきたのはボロボロになったフライパンを手に持った小鳥だ。
逆光の中で顔は良く見えないが声色は平坦である。それが遊馬にはとても恐ろしく感じた。
遊馬の恐怖を知ってか知らずか小鳥はそのまま真っ暗な部屋を進み、ベッドの端へと逃げる様な体制を取っている遊馬の前に座った。
●
部屋には静寂のみがあった。
遊馬は何も言わない小鳥の背中に怯え、動けずにいた。
そして扉を破壊し入って来た小鳥は荒くなった息を整えていた。
見る者によっては凄みを与える無表情の小鳥だが実は内心でパニックを起こしていた。
―――どどどどど、どうしよう!? つい入ってきちゃったけど、何を言えばいいんだろ?
部屋に引きこもった遊馬を明里さんや春さん、鉄男君やロビンや船に乗っている皆が来て励まそうとした。
小鳥も何度も何度も扉越しに励まそうとした、だがその度に拒絶された。
カイトは1度だけ扉の前に来たが何も言わず、小鳥達を見て飛行船を何処かへと動かし始めた。
そして小鳥は何度目かの遊馬を励まそうとした、だが拒絶された。そしてついこのような行動をとってしまった。
その理由がなんなのか考え、頭を巡らせる。
―――みんな大切な仲間を失って苦しいけど頑張ってるから頑張ろう?
いいや違う、それは言われなくても遊馬も分かっているだろう。そして小鳥はその言葉を面と向かって言いたい訳では無い。
―――仲間を失いたくないからどこかへこのまま逃げよう?
でもどこへ? 逃げ場所なんてない、遊馬の持つナンバーズを狙っていずれ敵が攻撃を仕掛けてくるからいつかは戦わないといけない。
―――私たちはまだ中学生だから、世界の命運とかそういうのを決められる訳無いじゃないって逆ギレする?
絶対違う。
―――決闘しましょう? 確かに遊馬は決闘がお互いに分かりえる物だって言ってたし私の思いも伝えられ…………ない、本当の気持ちは口で、って違う、そういうのじゃなくて、ああもう!
言葉にできず、頭を何度も振り、小鳥は立ち上がる。
胸にある何かの言葉を形にするために。
「いい、遊馬」
「は、はい!」
小鳥の剣幕に遊馬はおもわず正座する。
少しの間だけ小鳥は考える。短絡的とはいえ何かを思いついたと感じたからだ。
一体、それが何なのか考える間、小鳥は今まで思いついては否定してきた事を言う。
「このままじゃ人間世界だって危ないんだよ! だから」
―――そういう言葉を言いたいんじゃない!
そう分かっていても大きな声を出し大きな声で口論に発展する。
そのまま幾度となく意見をぶつけ合い、お互いに肩で荒い息をし相手の目を見つめる時間が続き、小鳥は最後に残った言葉を言う。
「だったら、このまま私とどこかへ逃げない?」
つい本音が言葉に出てしまう、隠しておこうと思った本音を。
バリアンとの戦闘で何度も何度も小鳥は実体化したモンスターの攻撃を浴びている、目立った傷ではないが今だって痛みは残っている。
小鳥はただただ怖かった。
決闘し自分が傷つくのが、大切な友達が傷つくのを見るのが、それは自分や大切な人が傷つくのを見たくないという誰でもあるような感情だ。
危険から逃げ、好きな人とずっと共に居たいと言う感情、だがそれを口にしても遊馬は逃げる事すらできない。
相棒や仲間から託された希望と仲間を失いたくないと思う感情が彼を縛り付ける。
「そんな事、できる訳無いだろ! こうしている間にもバリアンの進行は進んでんだろ、だったらほっとけるわけない!」
「だったらどうするのよ! 仲間を失わず人間世界を救う? そんな方法あるわけないじゃない!?」
思わず言ってしまた小鳥の強い言葉に遊馬は酷く傷ついた表情を見せた。
見たくない、聞きたくない事を突きつけられ逃げることが出来ないという表情を見せ、遊馬の口が開き、なにかを言いかけ閉じる、その動きから小鳥は悟った、遊馬が暗い部屋に閉じこもり何を考えたのか、
「遊馬、もしかして一人で行くつもり?」
「…………」
「ねえ、答えて!」
「だってしょうがないだろ、もう誰も失いたくないんだよ!」
仲間を失いたくないから、でも世界を救わないといけないから1人で行く、1人で全てを背負いこもうとする、その姿を見て、小鳥は自分が何が言いたかったのか、自分の本音にようやく気付く。
そして自分の選択が正しいと信じ切って、相手が懇切丁寧に説得すれば分かってくれるものだと信じている遊馬の目を覚まさせるために行動に移す。
手を挙げ、思いっきり振る。
「遊馬のバカッ!」
必死で自分の意見が一番自分が傷つかない方法だと思い込んでいる遊馬の目を覚まさせるために小鳥は頬を掌で思いっきり打った。
頬を赤くしベットに倒れこんだ遊馬の上に小鳥は座り込み襟元を掴んで、
「どうして、いつもそうやって一人で全部背負い込もうとするの? 私達がそんなに頼りない? いつもいつもっ!」
遊馬に馬乗りになっているために遊馬の顔は良く見える、なにかショックを受けた顔だった、だが少しずつ視界はぼやけていく。
「私達はっ、私達の意思でここにいるのよ、遊馬に守ってもらうためにここにいるんじゃないのよ、一緒に戦いたいから、一緒に居たからここにいるんだから…………だからもっと私達を頼ってよ」
小鳥は涙を流しながら遊馬に自分の本音を告げる。
「っ、小鳥」
自分の身を挺してでも誰かを守ろうとする意志は崇高だ、それを実際に実行に移せる事は言葉では評価できないほど素晴らしいものだ。
だが対象の考えを考えず、理解せず、守ってやると自分の意見を押し付けるのは手放しで素晴らしいとは言えない、その中には傲慢と綺麗事で塗装されただけの自分が愉しむための愉悦があるからだ。
大切だから守ろうと自分1人で結論付け、遊馬達はベクターの罠にはまり危険な目にあった、そしてアストラルと嘘を許し合い共に戦うと決めたはずだった、だが遊馬はまたも1人で行こうとした。
自分が、大切で守りたい仲間達が傷ついて失われていくのが見たくなくて遊馬は1人で全てを解決しようと考えていた、
それを小鳥は気づいたのだ。
そしてそれを指摘され、遊馬が思い出すのはベクターだと知らなかったとき遊馬が真月に言った言葉だ。
騙されていたとはいえども、あのときいった言葉は確かに遊馬の本音である。
守られているだけでは嫌だ、一緒に戦うと言った真月に対し遊馬は自分が自分の意見を押し付けていただけだったと確かに認めた、それなのにまた忘れて一人で戦おうとしていた。
「ごめん、小鳥、俺」
「それはみんなの所に言ってみんなに言おうよ、みんな遊馬を待ってるよ」
小鳥は遊馬に笑いかけた。
●
話を廊下から窺っていた鉄男は椅子とフックの付いた縄を静かに下した。
小鳥が突撃しなければ鉄男が行くつもりだったからだ。
難しい話は鉄男には分からない。
だがサルガッソで自分達と相棒のどちらかを取るかとベクターに言われた時、どちらか片方を選べなかった超超お人よしの遊馬が自分達の事を危険に晒したくないと考えるだろう、だがアストラル達に託された事を途中で投げ出す事も出来ないだろう。そこまでは長い付き合いがあるために鉄男は手に取る様に分かる。
「全く、心配かけやがって」
2つの逃げる事の出来ない出来事を前にして遊馬が一人でどこかに行くだろうという事は予測でき、その前に縄で縛ってでもみんなの前に引き吊りだそうと考え、本が大量に置いてあった部屋からフック付きの縄まで持ってきたのが無駄になった。
鉄男は椅子や縄を元の場所に戻そうと踵を返し、
「よし、そうと決まれば行くか!」
「……きゃっ、ちょっと急に立ち上がらないでよ!」
誰かが尻餅をついたような物音が鉄夫の耳に入ってきて、
「ああ、悪い、って、うぉ!?」
「えっ、あ、遊馬、どこ見てんのよ!!」
小鳥の照れ隠しのような声と先ほどよりは軽い平手打ちの音が聞こえ、鉄男は思いっきり舌打ちをし、再び切り返した。
―――璃緒さんがどこにいるか分からずにこっちはやきもきしてるってのに、いちゃいちゃしやがって!
縄を手に、友達2人が軽い口喧嘩をしている空間に踏み込んだ。
●
縄で簀巻きにされた遊馬がカイトの前に姿を現したのは、小鳥が姿を消して飛行船に聞こえるぐらいに大声でケンカして少ししてからだ。
皆が苦笑する中、遊馬は中央まで運ばれ、深刻そうな顔で口を開こうとする。
まずそれを近づいて止めたのは姉である九十九明里であり、祖母の九十九春だ、少し強めに遊馬の頭をチョップし、優しく撫でた。
裕や鉄男が肩を小突き遊馬を追い越していく。視線を向けられたカイトやオービタルは何も言わず頷いて見せる。
闇川、六十郎、アンナ、ロビン、響子達も遊馬に声をかけ、飛行船の操舵室に残る。自分の意思でここにいるという意思を示す。
「みんな」
「お前らが大声でケンカしたからここにいる全員が遊馬の思いを知っている」
「ええっ!?」
カイトの声を受け、声を上げたのは遊馬ではなく小鳥だ。
遊馬の言おうとした台詞をかき消すぐらいに大きな声が上げられ、頬や耳は熱を持ったのだろう、赤色になっている。
部屋に居る皆がニヤニヤした表情を見せたり、知らぬ顔でカードを整理したりする中、慌てふためき、真っ赤にし、何かを言おうと口をもにょもにょと動かすもそれらしい言い訳も出てこず、最後に赤面した顔を隣に見られたくないがために両手で顔を覆った小鳥を置き、カイトは言った。
「みんな、気持ちは変わらない、戦うぞ、遊馬」
「みんな、ありがとな」
縄から脱出し遊馬は元気よく拳を突き上げる、それに習う様に皆が拳を突き上げる中、カイトが言う。
「よし、ではアストラルを取り戻しに行くぞ」
言葉から一拍、空いた。そして次の瞬間、誰もが、え、と困惑した声をだし、遊馬がカイトに走っていく。
先ほどの決意に満ちた表情から一転し必死な表情でカイトに近づいて、
「じゃっ、じゃあ、やっぱりアストラルは生きてるんだな、そうなんだな?」
「それをはっきりさせる」
カイトは手元のDパッドを眺めながら言う。
「はっきりさせるって?」
「俺とクリス達はアストラル世界に行く方法を見つけた、それには」
突然、カイトのDパッドが鳴り響き、飛行船内部に取り付けられたホログラムスクリーンに映し出されたのはスラリとした長身、眉目秀麗な男が凄まじい剣幕で怒っている姿だ。
「カイト、九十九遊馬に全てを話すとはどういう事だ!?」
WDC予選でちょっとダメージを受けただけで凄い顔芸を全世界に発信し、その凄まじいまでのギャップ、色々とキャラの濃い家族関係からネットの中で色々な意味で有名になったトロン一家の長男、Ⅴが普段の彼からは想像もつかないようなきつい表情でこちらを見ていた。
カイトは遊馬と小鳥の本音のぶつかり愛の後に起こった痴話ゲンカが終わった後、Ⅴにメールを出した。
自分が秘密にしてきた事を遊馬に全てを話すと、
それを受けてカイトの意図を確かめるために連絡したつもりだったが、皆がこちらを真っ直ぐに見ている状況に直面する。
Ⅴは面食らうも、その中にいる遊馬の顔を見つけてカイトへと冷たい声音で聞く。
「まさか、もう話したのか?」
カイトは何も答えず、ついに堪え切れなくなった遊馬がⅤへと声を上げる。
「Ⅴ、俺にどうして教えてくれなかったんだ!?」
遊馬の必死の表情からもはや隠しきれることではないと判断しⅤは静かに言う。
「……教えれば君は絶対に行くと分かり切っているからだ」
「アストラルを取り戻せるって言うんなら当たり前だ!」
当たり前だろ、と表情を取る遊馬を見て、Ⅴは遊馬を睨み付ける。
「君はこの実験の危険性を理解していない。理論上はアストラル世界に行けるという物であって試した訳では無い、それに万が一アストラル世界にたどり着いたとしてもそこは我々の人知の及ばない未知の世界、リペントの話を聞いた限りではカオスを排除するアストラル世界が、カオスを持つ人間を排除しようとすることだって考えられる。最悪の場合、生きては戻れない、それでも行くと言うのか?」
前人未到の全くの未知の場所、リペントの言葉を信じるならばカオスを持つ者を排他する世界、そんな場所に人間が行けばどうなるか予想できるだろ、Ⅴは暗にそう言っている。
だが遊馬の意思は変わらない、変わるわけが無い。
それを知っているカイトは助け舟を出す。
「遺跡に残され、俺達が運よく入手できた7枚のコイン、これは遊馬がアストラル世界に来いと言う遊馬の親父からのメッセージだと俺は考えている」
それを予想しているように、あるいは誰かとそれを何度も話があったようにⅤの顔は聞き飽きたという表情を取る。
そしてどこか遠くを見る様に視線を動かし眉をハの字にし悩むⅤ、そしてカイトの言葉を受け、遊馬は顔をほころばせる、ようやく希望が見えてきたと言う様に、影のあった表情が明るくなり、
「やっぱりアストラルは生きてんだ、やっぱり……そうだ、あいつは死んだわけじゃない、生きてんだ、だから俺が絶対に探し出すんだ」
自己暗示でも欠ける様に自分へ言い聞かすように言う遊馬を見て、小鳥は遊馬が部屋に閉じこもる前にアストラルを探す、絶対に見つけ出すんだと言っていた事を思い出す。
この面子の中で小鳥もアストラルとはかなり長い付き合いだ。もしも生きているならば嬉しいが、生きていないと言う事が分かる事も必要だろうと判断する、不明なのは一番いけない事だ。たとえどんな結末が待っていようとも今の遊馬にならば受け止めることが出来るだろう。
小鳥はそう考え、遊馬達の意見を後押しする。
「私からもお願いします、アストラルを取り戻すのは遊馬しかいません、だからお願いします!」
ただの一般人としてのお願いをⅤは聞く必要はない、だが視野は何度も何度もどこかへと移ってはこちらを見るを繰り返している。。
「…………」
「どうかね、若い者達の願いを聞いてみる事にしないか? たぶん一馬君もそれを願っているんじゃないかと私も思うぞ」
画面外より声がする、ⅣやⅢのような若い声ではなく、もっと年老いた声だ。
その声に遊馬達は聞き覚えがある。
「堺博士、分かった。こちらも用意しておく、説明をお願いします、事態は一刻の猶予もありませんから」
「分かっておる、さて、知っている者もいるだろうが、一応名乗らせてもらう、元プロ決闘者の堺だ」
姿を消したⅤの代わりに現れたのはWDC補填大会でナンバーズを奪う腕輪を開発した堺だ。
山高帽を取り、柔和そうな表情を浮かべる堺は一礼をし、手元を操作し飛行船のディスプレイに1枚のコインを移す。
「さて、どうやってアストラル世界に行くかという話をしよう、それにはこのコインが関係している、遊馬君、これに見覚えはないか?」
それは何の変哲もない金色のコインだ、それに遊馬は見覚えがあった。
「これ、父ちゃんが見つけた遺跡に置いてくる覇者のコインだ、どうしてこれを?」
「これは私が一馬君から貰った物だ、今この場所には合計7枚のコインがある、おっと、そうだ、カイト君、君から貰った皇の鍵のスキャンデータがあって助かったよ、あれが無ければもう少し実験が遅れて手遅れになるところだった」
えっ? という表情をし、遊馬はカイトを見る。
肌身離さず身に着けている皇の鍵をいつスキャンされたか遊馬には心当たりがないからだ。
カイトは何もない方角を見ながら、
「以前、皇の鍵をお前から奪った事があっただろ、あの時、色々スキャンしておいた」
「ええ!?」
「このコインと遊馬君の皇の鍵はアストライトという地球上には存在しない物質で作られていた」
遊馬は己の首にかけられた皇の鍵に目を落とす。
そうしていると過去、遊馬の父、九十九一馬が妻と共に雪山を登っていた際クレバスに転落して生死の淵をさまよい、その中でアストラル世界とアストラルのようなものを目にした事、その時アストラルらしきものから皇の鍵を渡された事をよく遊馬に話してくれた事を思い出した。
「これはカイト君の自作したオービタル7のエネルギー源、バリアライトと対極のエネルギーを有している事が分かった。君達がサルガッソに行っている間にこれを研究し、この中からエネルギーを取り出す事に成功しアストラル世界への道を作る事に成功したのだよ、6つの遺跡を回ったり昔のツテから他の研究者が発掘した遺跡の出土品に覇者のコインが無いかを確かめるのは中々骨が折れたが、なんとか7枚は見つかった、だが肝心のナンバーズが見つからなかった」
僅かに眉を落とし堺は力及ばなかった事を悔やむように少しだけ声のトーンを落とし、
「いや、正確に言えば無くなったと言うべきか、何件か発掘に参加した職員が異常な行動をとる者が居たらしいがいずれもどこかに消えた後、意識不明で倒れていることがあった。何らかのナンバーズかゴルゴニック・ガーディアンのような呪われたカード群があるのではないかと私は睨んでいる」
言いたい事を言ったのか堺は一息つき、横を見る。そしてカイト達に聞いてくる。
「あと、君達はどれくらいでつけるかね?」
カイトは手元に目を落とし、答える。
「10分程度でしょうか」
「長い、8分、いや5分以内に来れないか?」
はっきりとした言葉で堺は言う、真剣な表情を浮かべ、周りにいる皆の様子を見て、眉を僅かに上げ、そうか、と呟く。
「もしかして君達は外の様子を知らないのか?」
「外の様子?」
遊馬の呟きを受け、堺は手元を操作し映像を送信する。
「……ここで君たちにショッキングな映像を見せる、これは真実で、今の地上の様子だ」
ディスプレイに見えてきたのは赤黒に染まった世界だった。
人が全く居なくなっただけで普通の赤黒の街並みだ。
ビルも噴水も水も木々も塗り潰されている。
「なっ!?」
「なんだ、これ?」
まるで地獄の業火に焼かれているように画面に映る全ては赤と黒に染め上げられ、当然外を歩く人などいない。
空だけが依然と変わらず青色を湛えておりそれが更に異常な事が起こっているという実感を膨大にしていく。
「あい、アレ見ろよ!」
鉄男が指さす先、巨大な大穴があった。
突如として現れた地獄にでも通じているようにぽっかり空いたそれと大地と海が赤黒に覆われているのには何か関連性があるのだろうということしか分からないが何か重大な事が起きている事だけは分かる。
「まさか、ここまでやるとは! 人間世界、丸ごとバリアン世界にする気か、ドン・サウザンドめ!」
リペントの呟きは看破できるものではない。
遊馬はリペントへと駆け寄り、
「どうなってんだよ?」
「おそらくあの穴はアポクリファが人間世界とバリアン世界を繋げるために作った柱の様な物だろう、洗脳された決闘者がいないのは⋯⋯あの柱を維持するための人柱にされたのだろう。そしてこのまま浸食が続けばドン・サウザンドが直接、人間世界に乗り込んでくるぞ」
「ええっ!?」
小鳥は最悪の想像が頭をよぎり恐る恐る聞く。
「じゃ、じゃあ今、洗脳されてない人は?」
「おそらくまだ無事だろう、だがこのまま人間世界とバリアン世界が融合を続ければバリアン兵がやってきて人間を狩り出すはずだ、奴らからすれば人間は楽に力量を上げれるだけの物でしかないのだから」
「それじゃあ…………!」
連絡が取れなかった家族を思いだし、小鳥は顔をそむける。
それを一瞥し、カイトもハートランドシティに残してきた父親とハルトが無事であることを願い、一刻も早く事態を収束させるために飛行船のシステムを再度見直す。
「事情はこちらでも理解した、そちらでも準備をしてくれ」
「ああ、そうしてくれ、あとカイト君、こんな時になんだが君が立てた仮説が一番正しいんじゃないかと私は思う」
「仮説ってなんだ?」
カイトは下に視線を固定したまま遊馬からの質問に答える。
「仮説は2つ、1つ目は九十九一馬の事だ」
「父ちゃんの?」
「ああ、奴はナンバーズの事に詳しすぎる、うちの親父のところに残してあった遺跡の資料、それに初めて飛行船を動かしたときに現れた遺跡を示すメッセージを見た時から不審に思っていた、それに遊馬から聞いた話と親父から聞いた話をすり合わせて、リペントの話を組み合わせると、1つの仮説が出来上がる」
カイトの父フェイカーより聞いた話、大量に残してあった資料、遊馬からの話、トロンの残した研究データ、そして最後に得られたリペントの話よりカイトはとある仮説を立て、堺達にそれを話したものだ。
「リペントの話によるとアストラル世界はランクアップした物だけが行き付ける高貴なる世界だ、元より九十九一馬がアストラル世界に登れるだけのランクアップした魂を持っていて、クレバスに落ちて生死の境を彷徨いアストラル世界に行きかけて、アストラルのような何かによって使命を与えられたんじゃないか?」
「使命?」
「未来に起こる全ての起こる事を予知したとは考えにくいが、明らかに俺達はお前の親父が示したルートを歩かされている」
「そんな事、あるわけが……」
遊馬の否定する言葉を発する遊馬を遮り、
「リペントの話を聞くとアストラル世界も人間世界にも干渉を仕掛けてきている、この世界に危機が迫っていると言ってお前の父親を操って、俺達をバリアン世界と戦わせてもおかしくないんじゃないか? 自分の手を汚さず人間とバリアンで争いバリアン世界を消滅させるための手伝いをさせられたのではないかと俺は考えている」
「それは」
「もう1つ、ジンロンの話を聞く限り、バリアン七皇は元は歴史に残るような人間だった、それがドン・サウザンドによって憎悪や何かしらの感情を抱きながら死ぬようにされてバリアン世界に堕としたんじゃないかと俺は考えている」
ジンロンの話を聞いたときのミザエルの信じられるわけが無いという態度からするにバリアン七皇自体にも何か記憶に細工をされている可能性もある、そう付け加えカイトは更に言葉を続ける。
「遺跡やその周囲の町に残る伝説と、飛行船や親父の研究室に残っている資料と食い違っている遺跡の伝承は5つある。今まで俺らが見たバリアン七皇は5人、そいつらと遺跡のナンバーズが関係があるのかもしれない。証拠らしい証拠は遊馬がバリアン七皇のギラグと決闘したとき1枚のナンバーズが反応を示した事と凌牙と決闘していたドルベがオーバーハンドレット・ナンバーズを召喚したとき遊馬のエクストラデッキが光っていた事だ」
カイトがオービタル7に目で指示を飛ばし、それを素直に受け止めたオービタル7は両手よりコードを伸ばして操作し5枚の壁画や資料をディスプレイに表示する。
竜と男、皇子と拳闘士、狸と大名、白馬に跨る騎士、1人の王のそれぞれの矛盾点を上げている。
それを受け、飛行船内部に沈黙が下りる。
やっとバリアン七皇の鍵となるかもしれない事実が判明したのに遺跡のナンバーズは3枚しかない、あとは相手の手にあるからだ。
「……」
再び表情を暗くし黙った遊馬、先の見えない状況、バリアンに洗脳された仲間の安否や未だに連絡取れない凌牙と璃緒、悩む事は山積みだ。
「とりあえず、こちらからの連絡は以上だ、こちらも作業に取り掛かる、とにかく大急ぎで来てくれ」
●
氷河までも赤黒になっており突き抜けるように真っ青な空、長時間見続けると気が滅入りそうな光景が真っ直ぐに続く北極にたどり着いたのは堺との会話を終えて7分ほどだった。
冷たい風を受け遊馬はクシャミをする。だが極寒の風を受けくしゃみをするだけで済んでいるのは遊馬が優れた決闘者だからだ。
超一流、プロ級の決闘者は己の体温調節、体調管理、免疫細胞の活性化等が行えるため自分の普段の服装を崩すことは無いのだ。
北極の真っ直ぐに空いたクレバスの中にある基地へと降りた飛行船から降りた皆が見たのは巨大な円形の機械だ。
巨大な円状の機械には遊馬達の腕よりも太いコードが繋がれておりその先には7つの青白の光がある。
「これは?」
「これがクリス達が作り上げた時空移動装置だ、アストライトのエネルギーを抽出しアストラル世界への扉をこじ開ける」
カイトが説明をしてくれる中、遊馬達を見て駆け寄ってきたのは先史遺産を使う赤毛の少年、Ⅲとギミックパペットデッキの使い手、元極東チャンピオンのⅣだ。
「おお、来たか」
「遊馬、小鳥、久しぶり!」
二人の明るい声を聴きつけ作業をしている堺の横にはⅤがこちらへと歩いてきている。
WDC補填大会で遊馬達と凌ぎを削った響子の姉、海皇水精鱗使いの麗利やマシンガジェ使いの藤田、暗黒界使いの大崎やテレビによく出てくるような有名なプロ決闘者が半袖だったり半裸で熱く決闘をしている。
ここにくる直前にカイトがメールか何かで話を通してあったのだろう、Ⅴは皆の後ろから歩いてくる遊馬達の家族へと近づき、氷河についた扉を指差し、
「さあご家族はこちらへ」
誘導する中、遊馬へと大きな風呂敷を持って遊馬の祖母、九十九春が歩いてくる。
「あ、遊馬、これ、みんなに配っときなさい」
「ばあちゃん、これって」
春が差し出した風呂敷の中にあったのはサランラップに包まれた大きいおにぎりだ。風呂敷に大量にあるそれは遊馬をいつも力をくれた食べ物だ。
「デュエル飯だよ、具とかは持ち出せなかったから塩味だけだけど明里や小鳥ちゃん、ママさんみんなで一緒に作ったんだ、私達にはこれしかできないけど遊馬、お前が決めた道、頑張ってきなさい」
鼻をすすり遊馬は手を上げる。
「おう! 行ってきます」
「行ってらっしゃい」
何気ない外出でもするように挨拶をして手を振り、春はⅤに従って扉へと向かった。
遊馬は風呂敷に目を落とすとおにぎりの大きさはバラバラだ。
あまり家事をしない明里もこれを握ったのだろう、形が崩れた物がある。
大きさが一際大きいのは春が握ったものだろう。手馴れており綺麗な球体が出来ている。
そして微妙に形が崩れているも大きさが一定の物は小鳥が作ったのだろう、いずれのデュエル飯からも皆を心配し励まそうとする志が伝わってくる。
遊馬は風呂敷を持って皆を回り、一人一人にデュエル飯を配って歩く。ⅢやⅣにはナンバーズを渡し最後に春達をどこかへと案内したⅤが返って来たのでナンバーズとデュエル飯を渡すと、これが寿司という物か、等と見当違いの事を呟きつつポケットへと収め、
「バリアンからの妨害が無くって助かった、あと2分ほどでエネルギーは受電が終わるだろう、さて九十九遊馬、準備はいいか?」
「ああ、いつでも良いぜ」
Ⅴは堺を見る、皆から視線を向けられた堺は口いっぱいにデュエル飯を頬張りながらも親指を立て、準備万端であると示したのを見て、
「では始めよう」
●
巨大な輪の中には金色の光を背に遊馬が立っている。
金に輝く水の中にいる様に遊馬の体は少しだけ浮かび上がっておりあちこちに視線を動かしている。
「準備はいいかい?」
「ああ、いつでも良いぜ」
「では始めよう」
堺はキーボードをタッチし続ける、それと共に装置が大きく唸り声を上げるように動き始め中央の遊馬の背後に広がる黄色の光が輝きを増していく。
「絶対、絶対帰ってきてね」
遊馬は何かを答えるも装置の音にかき消され届かない、だが人の良い遊馬の事だ。心配するなとかそのような内容なのだろうが誰にも分からない、だがこちら側に手を振る遊馬に小鳥は大きく手を振り返す。
装置の駆動恩は大きくなっていき黄色のひかりは青白へと変わっていき、光は強く遊馬が見えなくなるほどになり遊馬を伴った青白の光が弓なり上に上に伸びていった。
●
「ああ、行ったぜ、確かにこの目で確認した」
皆が遊馬が飛んで行った空を無言で見つめる中、声がある。
その声は冷たく、そして愉悦が含まれている。
「裕、どうした?」
いつもとは違う様子で呟く裕へ鉄男は恐る恐る問う。
裕はゆっくりと鉄男を向き、
「さあ、攻撃開始だ」
いつもは見せない様な邪悪な笑みを浮かべ、はっきりと皆に聞こえる様に裕は言った。
「っ!?」
Ⅴ達がその呟きに反応を示すよりも先に地獄の亡者のような叫び声が上より聞こえた。
上を見た者は言葉を失う。
上空に広がっていた青かった空を覆い尽くすほどの膨大な数の赤黒の人型が落下してきたのだ。