クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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機殻の襲撃 下

 最上は運命なんてものは存在しないと信じている。

 WDC補填大会で自分が劣勢でカードをドローできたのは能力のおかげだったと信じていて、裕のドローもたまたまドローできたんだと信じている。

 そう、偶々だ。

 彼女はデッキを信じているなんてくだらないと笑い飛ばし、切り札は必ず引けるなんてのは結局は主人公補正と能力頼みだろと笑い飛ばす。

 神と出会った事はあるがあの神は手出しはしないだろうむしろ酷い状況に叩き落とすだろし、ドローする瞬間に叫ぶ奴らは総じて頭のおかしい異常者だろうと馬鹿にしている。

 所詮はカードゲーム、カードを上から引いていくだけのゲームでそこにカードとの絆もデッキを信じる心とやらも意味を成さない。それが彼女の揺るぎない哲学だった。

 だが、

 

―――なんなのだ、これは!?

 

 色濃く残るWDC補填大会の決闘と似ている場、似たような伏せ、この絶体絶命の状況で偶然、似たような場が作りあげられたとは考えにくい。

 能力も神も運命も存在しないとして、あの日とよく似た状況を作りあげたのは上げるのはなんなのか、最上はそれをアニメなどでよく知っていて、理解したくなかった。

 本当はデッキやカードに意思があって、デッキと持ち主と絆で結ばれていて、脅して使っている自分に意思があるのだとを思い知らすために負けた状況を作り上げたと、

 

「はっ、はははは、これは、そんなの認められるもんか、こんな事があるわけが、無い、なんだこの手札は、これではまるであの時……」

 

「最上?」

 

 最上はあの日の敗北を納得したわけではなかった。 

 裕に負けてからずっと一つの事以外にやる気が起きなかった。なんでもないようなフリをして何度も水田裕に決闘を挑んだ。

 アポクリファには過去を振り返らないと言い切ったが裕と決闘するたびにこの状況になれと望む自分が居た。

 次は自分が間違わず勝つから、起これと願っていた。

 私があんなくだらないミスをしたのが認められないと自分の非を認めず、あいつがデッキを信じるだのくだらないパフォーマンスをしてきたから、あいつの言動、全てが私をイラつかせたから私がいつものペースにならなかったんだと相手のせいにし続けてきた。  

 それらが全て子供の様に駄々を捏ね、自分の負けを認められない事を最上は分かっていて、だけど切り捨てれなかった感情だ。

 

「…………っ」

 

 最上は裕を見る。

 裕の不思議そうな表情からは最上の現状があまり理解できていないのだろう、ぽかーんとした間抜け面をしている。

 場を見て、再び裕を見て、最上は自分が今どんな表情をしているかも分からないぐらいに混乱し、憤怒し、聞こえない様に一人呟く。

 

「私の負けを認めろってか?」

 

最上場      TGハイパーライブラリアンATK2400(レベル4)

LP2900     ジャンク・バーサーカー ATK2700(レベル6)

手札0      レベル・スティラー DEF0

         伏せ2

 

アポクリファ場   クリフォート・シェル ATK2800

LP2600      

手札3                

 

 少し決闘をした事がある者ならば最上の場を見ればすぐに分かる状況、墓地にレベル2のフォーミュラ・シンクロン、そして場のシンクロモンスター2体のレベル合計は10、伏せは2枚。

 最上が狙っているのは強化蘇生、またはリビングデットの呼び声でフォーミュラを蘇生し相手ターンにシンクロ召喚を行い、レベル12、シューティング・クェーサー・ドラゴンを呼び出すことだ。

 そして相手はそれを看破するだろう。

 決闘の前にアポクリファは言った、君の魂を吸収すると。

 最上のように不純に心を折るわけでもなく、勝ちのみを求めてくる。だが大嵐はすでに使った。残るは違う方法で妨害が来る。

 

「私のターン、ドロー、スタンバイ」

 

 故にアポクリファも少しずつ進行する。

 間合いを詰める様に一歩、ナイトショットがあるかも、という風に軽く匂わせてくる。

 だがそれに最上は乗らない。 

 

「私は今、は何も発動しない、お前は?」

 

「ない」

 

 更に一歩。

 

「ではメインフェイズに入る、こちらは今、発動したい物は何も無い」

 

「……っ」

 

 アポクリファが行うは自分の優先権の放棄。

 今、と区切る言い方をするそれの意図を最上は分かっている。だが最後の確証がない。ドローしたのがブラックホールかサイクロンのどちらなのかが、だ。

 最上とアポクリファの間に長い沈黙が下りる。

 互いに互いの腹の底を探り合う。

 

「ない」

 

「ではこちらは何もせずバトルフェイズに入ろう」

 

「っ!」

 

 アポクリファは仕掛ける。

 ここでバトルフェイズに入ればライブラかバーサーカーは殴られてクエーサーに届かなくなる。これを通せば本格的に敗北が確定すると最上は長いこちらの世界での決闘経験から感じ取り最上は諦め、

 

「まだだ! 私はメインフェイズにすることがある、永続罠発動、リビングデットの呼び声、墓地のフォーミュラ・シンクロンを特殊召喚する」

 

「その発動には何もない」

 

―――その発動、つまり奴が引いたカードは!

 

 場にF1カーが現れる。

 最上達と戦うときは荒ぶるようにタイヤから火花を散らすのだが今はそれの音を立てずにいる。

 アポクリファはやはりという顔をして、

 

「これでレベル12、最強のシンクロモンスターが出てくるか、だが甘いのだよ、今は私がターンプレイヤーだ、私に優先権がある、魔法、ブラックホールを発動」

 

 発生した黒の重力場。それを見て最上は肩の力を抜く。

 自分もWDC補填大会で相手を絶望させることを考えなければ勝ったと、何度も何度も寝ても覚めても求め続けた光景だ。

 それを見せつけるためにこのデッキはここまでの事を仕組んだのだろう。

 

―――私は、ここでミスをしたんだよな、あのときこうすれば勝てたんだ、このデッキは嫌らしいデッキだな、私がどんなバカな事をしたか、見せ付けるためにこの状況を作ったのか、そうか……そうか。だったら、

 

 あの日はちょっとミスをしただけで私が正しく強い。

 あいつらが間違っているんだ。

 決して水田裕とデッキとクェーサーの絆なんかに負けたわけじゃない。

 運が悪かっただけだ。

 何度も最上の胸に溢れるは自分が犯したミスで敗北してなどいないと荒れ狂う自己愛の感情、それらとその甘い言葉を押さえつけ最上は泣くように顔を歪めて叫ぶ。

 

「全てを認めよう、過去の私が愚かで、私がお前らの言う絆とやらに、あの日、あの場所で負けていたとっ!」

 

―――言ってる言葉の矛盾を突きつけ、見たくない真実と現実を叩きつけ、顔真っ赤にしてピーピー反論してきた馬鹿を嘲笑う、だって? 見たくない物を見てなかったのは私じゃないか、自分の発言が自分に突き刺さるなんてでっかいブーメランを投げたもんだ。

 

 決闘前に言ったばかりの過去の言葉の矛盾を突きつけられ、見たくない真実と現実を叩きつけられ、顔真っ赤にして私は悪くないと喚く自分を嘲笑い、最上は息を大きく吸い深呼吸し決闘盤を撫でる。

 苛立ちとも憤怒とも取れる感情と感謝と信愛の意思という矛盾した物を込めて撫でる。

 自分以外にこうやって本気で感謝も、親愛の感情を持ったことは無かったが今回だけはお前に感謝してやろう、いや、しよう。

 

「私は私が犯した間違いも敗北も認めよう。子供らしい汚らしい部分も、相手に勝利に執着する事も全てを! 自己愛塗れで自己保身ばっかりの最悪最低の女だろうだけど、私は勝つぞ、何故なら私が勝つのが大好きだからだからだ! さあ勝たせてもらうぞ過去の子供の私(アポクリファ)! フォーミュラ・シンクロンの効果発動、レベル4のTGハイパーライブラリアンとレベル1のレベル・スティーラーにレベル2のフォーミュラ・シンクロンでチューニング!」

 

 一応、大切なデッキを借りている以上、裕の相棒を破壊されるのが確定してるのに出すってのも可哀想だな、そう考え目の前へと迫る黒い渦、それに黒く長い髪が吸い込まれていくのを気にせず最上は叫ぶ。

 黒い渦の作り上げる風に負けない少女の決意の叫びの中、F1カーは輪となって空へ上る。そしてそれに強制的に引き摺りこまれるように図書館員と天道虫は星になり吸い込まれる。

 そして現れるは黒に灰色の巨体、プラネタリーに貰った竜星の名を持つシンクロモンスターの一体、邪なる意思の力によって新しい力を手にした邪竜が金の装甲を纏い吠え叫ぶ。

 

「シンクロ召喚、邪竜星ガイザー!」

 

 現れた竜はすぐさま、黒く巨大な翼を動かし必死で逃れることは出来ず黒い重力場に沈んでいく、それを見てアポクリファは叫ぶ。

 

「だがブラックホールで破壊される!」

 

「破壊された邪竜星ガイザーの効果! デッキから幻竜族、魔竜星トウテツを守備表示で特殊召喚する」

 

 黒の重力場が収まり残るは黒赤の稲光のみだ。

 その瞬きは徐々に強くなり黒い霧を生み出しその中よりのっそりと動くのは先ほど破壊されたガイザーを一回り小さくした黒い竜の姿だ。

 アポクリファはそれを見て、

 

「君も何かを心に決めたようだ、ならば私も全力を尽くそう、私はスケール9のクリフォート・ツールとスケール1のクリフォート・アーカイブでペンデュラムスケールをセッティング、これで私はレベル2から8までのクリフォートモンスターを同時に特殊召喚可能となった、更に私のライフを800支払いクリフォート・ツールの効果発動、デッキよりクリフォート・ゲノムを手札に加える」

 

 アポクリファ LP2600→1800

 

 大嵐によって砕かれた光の柱が復活する。

 機械の歯車が軋みを挙げ動き始め、その中央に振り子が現れる。

 赤黒の空に銀のラインが引かれ魔方陣のような絵柄を作り上げる。それはエクストラ、手札とフィールド、区切られた異なる世界を行き来を可能とする門だ。

 その門を通り現れるは場とエクストラを輪廻転生し続ける5つの機殻。

 

「ペンデュラム召喚、現れろ、手札、エクストラのクリフォートゲノムの2体、更にクリフォート・アーカイブ、クリフォートシェル2体!」

 

 特殊召喚されたクリフォートではいずれ最上が魔竜星の戦闘破壊のあとにデッキから出てくる水竜星ビシキの守備力2000を突破できない。

 だがアポクリファの最後の手札、その一枚からは膨大な力を感じ、最上は身構える。

 

「……決して見くびっていた訳では無い、だがまさかここまでやるとは思いもよらなかったぞ、私の第3の神を呼ばなくてはいけないのは本当に久しぶりだ!」

 

 言葉、そして掲げられたカードが輝きを放つ。

 3体のモンスターはエネルギーに分解されアポクリファの足元の地面に突き刺さり、最上達の立っている地面を揺らし地震と化す。

 

「来るか……」

 

「アーカイブ、ゲノム、ゲノムをリリースしアドバンス召喚! 命を育み新たな進化をもたらす神聖樹の下に眠りし邪悪なる樹よ、目覚め給え! 全てを染め上げる影をその身に取り込むために、再び世界と主を砕いた生き残りに終わりを齎すために」

 

 最上の前で地面が隆起する。爆発するように地面と岩盤を砕き、突き上げられるは黒と白2つの色を交互に混ぜ合わせ、巨大で棘の様な砲塔が無数に生えた盾が4つ。

 跳ね上げられた岩盤が落ちて来て轟音と土煙を発生させていく中、巨大な盾の内側にある機構が浮力を発生させ錆びついた歯車を無理矢理動かすような、長年錆びついていた機械が動く際に奏でる軋みと金属音を響かせ、本体を現していく。

 最上達はその巨体が浮上する際に発生した地響きで立っておられず地面に倒れ、それと同時にアポクリファの下から玉座のような要塞が姿を現し始める。

 巨大だ。

 そうとしか言い表せない程の玉座のような形をした要塞がアポクリファを乗せて独りでに浮かび上がる。

 それの中央に機殻の魂たる機械と、ピンク色の宝玉が装填されそれは赤黒の太陽を背に全てを見下ろす。

 

「起動せよ、アポクリフォート・キラー!!」

 

 すでに機殻要塞の上に立つアポクリファの姿は豆粒ほどでしかない。

 決闘盤の音声通信、そして送られてくるアポクリフォート・キラーの効果に目を通し最上は憎たらしげに舌打ちを見せ、

 

「リリースされたアーカイブのカード効果、対象を闇竜星トウテツを指定、そしてゲノムの効果で私のペンデュラムカード2枚を破壊する!」

 

 アポクリフォート・キラーの中心、ピンク色の球より緑がビシキへと、オレンジの光2本がアポクリファの背後に立つ柱へと直撃する。

 先ほどのアポクリフォートキラーの効果、そして今残っている伏せカードを確認し最上は動かず、

 

「まだだって言ってんだよ! 墓地のスキルプリズナーの効果発動、トウテツを守る」

 

 砕けていく柱を背に、最上の行動を見てアポクリファは最上の最後の伏せカードの正体を考える。

 

―――竜星モンスターを蘇生させるカード、和睦の使者等のダメージ無効化、もしくはブラフのどれかというのは誰でも分かる事だ。一番確実な手を打つべきだな。

 

「レベル4となっているクリフォート・シェル2体でオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚、現れろ、深淵に潜む者!」

 

 己を守るように丸くなった海竜を目にして最上は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 墓地誘発効果を封じる深淵に潜むものの効果はドッペル・ウォリアーのシンクロ素材になった時の効果やレベル・スティーラーの過労死、竜星のリクルート効果も発動できなくさせてしまうシンクロンデッキの大敵である。

 

―――やっぱデッキ借りてる恩とか考えずクェーサーを爆散させとけばエクシーズされずに済んだな、でもこの伏せだけじゃなぁ……。

 

 最上は思わず口から出そうになった台詞を喉元で抑え、代わりに適当な当たり障りのない台詞を吐く。

 

「まずい……!」

 

「アポクリフォート・キラーの効果発動、相手は手札または場のモンスターを墓地に送らなければいけない!」

 

 周囲の棘のような無数の砲塔より細く鋭い射撃が最上に降りかかる。

 

「トウテツを対象に速攻魔法、速攻魔法ドロー・マッスルを発動! このカードは表側守備表示の守備力1000以下のモンスターにのみ発動できる。そのモンスターは戦闘では破戒されない、そしてデッキから1枚ドローする」

 

「運試しか、安全策無しに博打はしない主義ではなかったのか?」

 

「そうだな、そう言ったけどこういう賭けでもしないとどうにもならない事もあるんでね」

 

 目を閉じる、そして最上は神に祈らず、デッキにこの世界に来て初めて祈る。

 

「ドロー」

 

 周囲へと降り注ぐ光線の雨、もうすでに全身傷だらけの最上からすれば今更、足元の岩石が弾き飛ぶ際に出来る擦過傷など気にしない。

 最上は目を開きカードを確認する。

 

「手札からTGストライカーを墓地に送る!」

 

 黒い竜へと叩き込まれようとした光線は現れた青色の戦士が庇い墓地に沈んでいった。

 

「っ、凌いだか、ターンエンド」

 

アポクリファ場    アポクリフォート・キラー ATK3000

LP1800       深淵に潜むもの DEF900 (ORU2)

手札0               

 

最上場      魔竜星トウテツDEF0

LP2900    

手札0      

 

「…………」

 

「どうした?」

 

 アポクリファはこちらを期待する最上の視線に気づいたのだろう、不審げに声をかけてくる。

 

「いや、ほら、こういうときにお決まりじゃないか、もうお前の敗北は決まったようなものだ、サレンダーしろってやつ」

 

「私はそんな事は言わない、私はお前の魂を吸収すると宣言し、お前は私の異能が欲しいのだろ、ならばどちらかが死ぬまで降伏は受け入れられるわけが無い」

 

「そうだな」

 

「私が敗北し主からの命を途中で中断しなければいけないとしても私の魂はあの人の物だ、最後まで主の計画のために生きて死にあの人の元へと帰る、それが私の喜びだ!」

 

 狂信者の長台詞に付き合ってられないと最上は会話の途中からカードをドローしにかかる。

 

「ドロー」

 

「スタンバイフェイズ、私は深淵に潜む者の効果発動、オーバーレイユニットを1つ使い相手は墓地でカード効果を発動できなくさせる!」

 

 最後の言葉で理解できないなと感じ、ドローしカードを見た最上はため息を吐く。

 そして場を見る。墓地で効果を発動できず、アポクリフォート・キラーの効果により特殊召喚されたモンスターの攻守は500ポイント下がり、そしてアポクリフォート・キラーはレベル10以下のモンスター効果を受けず魔法と罠効果を受け付けない。

 3幻神とかにでもやれよ、特にヲーなんて馬鹿にされる可哀想な神とかそういうのに、と思ってしまうも最上は頭を振りアジャスト、考えをまとめる。

 

「貪欲な壺を発動、墓地のフォーミュラ・シンクロン、ジャンク・バーサーカー、TGハイパーライブラリアン、邪竜星ガイザー、琰魔竜レッド・デーモンをデッキに戻し2枚ドロー…………あいつらはこれが楽しいってか、こういうのが楽しいってか?」

 

 引いたカードを見て最上は呟く。

 いつもの様に、淡々と、だが本人の口元にはいつもは浮かべない笑みがある。

 他人を嘲笑う笑みではなく、普通の年頃の少女が見せる笑みだ。

 

「本当に、分からない連中だ! ジャンク・シンクロンを召喚」

 

 現れるはオレンジの戦士、シンクロデッキの最初期から存在しアニメでも現実でも優秀だと評価されるそのカードを最上は召喚する。そして呼び出すは白と金色の鯱のような竜だ。

 

「ジャンク・シンクロンの召喚時効果、墓地より光竜星リフンを特殊召喚、そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚成功時、TGワーウルフを特殊召喚する。そしてレベル5魔竜星トウテツにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング、シンクロ召喚、琰魔竜レッド・デーモン」

 

 闇に飲まれた幻竜は星になりオレンジ色の戦士がそれを束ねていく。そして空へと上り光が爆発する。

 再び現れるは巨大な焔の塊、そして腹の底に響く唸り声だ。それは徐々に膨らみ熱を増していき爆発し周囲へと焔の雨を降らしていく。

 大地を強靭な脚で踏みしめ宙に浮かぶ機殻要塞へと吠える。

 

「だがアポクリフォート・キラーの永続効果で攻撃力は下がる、それではアポクリフォート・キラーの攻撃力には達しない、シンクロ召喚しなかった方が良かったのではないか?」

 

 吼える声をものともせずアポクリフォート・キラーが放った白い光線が龍を貫いていく。

 

琰魔竜レッド・デーモンATK3000→2500

 

「はっ、私にもこの台詞をいう時が来るとはね⋯⋯それはどうかな!」

 

「むっ」

 

「レベル3のTGワーウルフにレベル1の光竜星リフンをチューニング、シンクロ召喚、アームズ・エイド」

 

 鋭い爪の生えた黒を基調とし金のラインの入ったガンレットの形をしたシンクロモンスターが現れる、つなぎになったり打点を挙げたり相手に装備させてリクルーターで特攻してバーンと色々活用方法のある一枚である。

 

「アームズ・エイドの効果発動、場のモンスターの装備カードとなる、琰魔竜レッド・デーモンに装備する!」

 

琰魔竜レッド・デーモンATK ATK2500→3500

 

 小手は炎の中を突き進み、黒を基調とする王者の風格を持つ竜の突き出された腕へと装着される。

 

「…………私が負けるのか!」

 

 アームズ・エイドのテキストを読んだアポクリファは一歩怖気づき下がる。

 その眼に宿すのは自分の敗北し消滅することに対する恐怖ではなく、ドン・サウザンドという自分の信じる神の指令を途中で中断しなければいけないという事に対しての怯えだ。

 そしてそれへと全てを燃やすように灼熱の意思を目に宿し龍は飛ぶ。

 

「バトルフェイズ、琰魔竜レッド・デーモンでアポクリフォート・キラーを攻撃!」

 

琰魔竜レッド・デーモン ATK3500 VS アポクリフォート・キラー ATK3000

 

 アポクリフォート・キラーの全身に設置された砲台が紫色の閃撃を乱射する。縦横無尽に迫りくる攻撃、それを琰魔竜は避けない。

 小手を装備していない手の平より生み出した炎の球を目の前に投げつけ目の前より迫る全てを焼き払い黒い翼を力強く打ち付け飛ぶ。

 それを迎え撃つためにアポクリフォート・キラーの中枢にあるピンク色の球へと光が収束し、発射された。

 まっすぐ空を割る砲撃は触れれば消滅しそうなほどの光量と力を秘めた一撃、それは真っ直ぐに飛ぶ琰魔竜に叩き込まれる。 

 琰魔竜の姿は光線の中へと掻き消えるも、次の瞬間、真っ赤に燃える巨大な拳が光線を突き破りアポクリフォート・キラーの中枢を貫き、爆砕した。

 

破壊→アポクリフォート・キラー

アポクリファLP1800→1300

 

「更にアームズ・エイドの効果発動、このカードを装備したモンスターが戦闘破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 アポクリフォート・キラーという足場を崩され落下するアポクリファが見たのは、グズグズに溶けた地面に立つ琰魔竜の姿だ。

 足元の僅かな光に照らされる黒と赤の竜は勝鬨の声を上げ、落下してくるアポクリファに真っ赤な拳を叩き込んだ。

 

アポクリファ LP1300→0

勝利 最上

 

                      ●

 

「私は負けたの、か」

 

 消し炭にはならない程度に焼かれたらしく地面に落ちてきたアポクリファはあちこちを赤黒の炎に焼かれながら無念そうに呟く。

 

「さあ、早く力を寄越せ」

 

 最上もボロボロになりながらもふてぶてしくアポクリファに手を差し伸べる。

 アポクリファとの決闘が終わって、最上がこちらに歩いてきたとき一瞬だけ、誰だこいつと思うようなすっきりとした表情をしてたかと思えば全く変わらない様子に裕は苦笑しつつ、手当てをするべく包帯を取り出す。

 

「分かっている、あの方の定めたルールだ、私も従うさ、人間に直接吸収する事はできないだろうからこの腕輪に私の力を授けよう」

 

 アポクリファが差し出したのはなんの変哲もない普通のどこかで見た事のある腕輪だ。

 裕はどこで見たのかをしばらく考え思い出した。

 

「最上がWDC補填大会でこれつけてたよな」

 

「あー、そういえば、そうだったな」

 

「だが、そう簡単には渡さん」

 

 アポクリファは倒れている兵士達へと手を向ける、赤と黒の光が広範囲に散らばり倒れている兵士達とその地面ごと消していく。

 

「お前は何をしているんだ!?」

 

「ふ、ドン・サウザンド様の元に私が集めた兵を送っているのだ、最後の最後まで、私は貴方に尽くします……」

 

 アポクリファの体の炎がどんどん大きくなっていく、それは足を燃やし炭となっていく。

 だがアポクリファの顔に浮かぶのは恐怖ではなく、恍惚の笑み、敬愛する者に尽くす者が浮かべる笑みだ。

 

「ふはははは、残った力はルール通りこの腕輪に入れてやろう、だが途中でエネルギーが尽きるかもしれんなぁ」

 

「お前、それが目的で!!」

 

 最上は立ち上がり近づくもすでにアポクリファを包む炎は大きくどうする事も出来ない。

 

「はぁっ、ははははは、ドン・サウザンド様に立てつく愚か者どもめ、貴様らにアストラル世界進軍計画は邪魔させん、ドン・サウザンド様、万歳ぃいいいいいい! ばぁあああん、ざぁああああぃいいい! ばぁあああん、ざぁあああああ」

 

 高笑いからの万歳三唱、そして見る者に恐怖を与えるような壮絶な笑みと炎に焼かれる痛みから逃れる様に両腕を上げては下ろす奇行ともとれる行動をしながらアポクリファは消え、デッキと腕輪が残された。

 残された腕輪が熱くないか、ちょんちょんと確認し、最上はアポクリファの残したデッキをポケットに入れ、

 

「よし、じゃ、水田、人間世界に戻るぞ」

 

「ええっ!? 今さっき超不安になる台詞言われたばかりなのに行くのか!?」

 

「当たり前だろ、とりあえず帰らないとお前は話にならないし私も帰りたいんだ、今、本当にこの腕輪に力が残っているか試すような事をするのもアホらしい、それこそ実験して途中でなくなったらどうするつもりだ」

 

「いやだけど、うまく帰れる保証とか無いんじゃね?」

 

「ふむ、それなら僕から良いものをあげよう」

 

 今まで黙っていたトロンが懐から1枚のカードを取り出した。カード名に書かれているのはNo.の文字だ。

 

「これは?」

 

「これを目印に使えばナンバーズを多く持つ人の元に行ける筈だよ、出た先までは固定できないけど九十九遊馬達のいる場所に転移できるかもしれない」

 

「それってつまりバリアン七皇の前に出る可能性もあるんじゃ……?」

 

 ニコニコとトロンは人懐っこい笑みをただ浮かべるばかりで裕の呟いた言葉を否定しようとはしない。

 全身から冷や汗を流す裕の首根っこを最上は掴んで歩いていく。

 

「ほら、すぐ出発するぞ」

 

「……うう、分かったよ、あっ、プラネタリー、村のみなさん、お世話理になりました」

 

 それをすぐさま振りほどいて裕はお辞儀する。

 

「いや、こちらとしても礼を言うべきじゃな、ありがとう、これで私たちの村も救われた、助けが欲しいときはなんとかして連絡してきてくれ、どれだけ手助けになるかは分からんが駆けつける」

 

「あ、僕の息子達に会えたら僕は無事だって伝えてね、あと紋章の力を多用しない様に注意しろって伝えておいて」

 

 トロンとプラネタリーはニコニコ笑いながらこちら側に手を振ってくる。

 それを少しだけ目を細め、最上は手を挙げる。ぎこちなくやりなれていないような動きではあるが確かにそれは他人に向けられた動きだ。

 

「分かった、じゃあな」

 

 最上は腕輪に手を通し空へと掲げた。黒赤の力が裕と最上を包み、二人は空へと昇る彗星となった。

 

                     ●

 

「ここは?」

 

 燃え尽きたはずのアポクリファは目を覚ます。

 周りは先ほどまでいたバリアン世界ではなくただ一面に黒が広がる世界だ。

 そこにアポクリファは見覚えがない場所だ、魂だけになった存在は最下層の猛獣や竜といったバリアン世界がアストラル世界と戦争を始めたときに戦力として作った生物がいる場所へと堕ちるはずなのだが全方位が黒の世界だ。

 

「いったいここは?」

 

「起きたか、アポクリファ」

 

「この声はドン・サウザンド様!」

 

 黒一面だった世界に赤黒の目玉が1つ、開かれる。

 それは彼が敬愛する神の姿だ。

 体があったならば頭を下げるべきなのだが、体が無い今の状況ではかしこまった姿勢を取れずアポクリファは歯がゆく思う。

 

「私がお送りした兵士は無事に届いたでしょうか?」

 

「無事に届いたぞ、傷は癒し今か今かとアストラル世界への進軍を待っておる状況だ、よくやった」

 

「ああ、もったいなきお言葉」

 

 主から褒められた。

 体があれば5体投地で喜びを示すのだがそれが出来ない、だが彼の心には幸せという感情だけで占められている。

 

「して、最後に貴様の持つ世界移動の力が欲しいのだが、我に記憶と力全てをくれるか?」

 

「はい、今すぐ貴方様にこの身を捧げます、この身に宿した記憶、力、全てを貴方様に差し出します!」

 

 叫び、アポクリファはドンサウザンドの開けた口の中へと飛び込んでいく、口が閉じられようとも、彼の視界が無くなる寸前まで彼の魂は幸せ以外の感情を浮かべる事は無かった。

 

                      ●

 

「ベクター、状況はどうだ?」

 

 アポクリファの持つ、力と記憶を取り込み、ドン・サウザンドは体に寄生しているベクターへと聞く。

 背後にはアポクリファの転移させたバリアン兵と今までベクターの部下だった者達がいる。

 皆が手にはドン・サウザンドから与えられた異能とデッキがありその膨大な力を使うときを待ち侘びている。

 

「ああ、九十九遊馬達が仲間だと信じている水田裕の五感を借りて色々分かったぜ、飛行船に乗り込んだ九十九遊馬が一旦凄まじく沈んでいたがなんとか持ち直してカイトが北極に行けって指示を出した所だ、お前の目論見通り北極にトロン一家が研究基地を作っているのも現地の洗脳決闘者に確認させた、全て予定通りだ」

 

 途中、アストラルや九十九遊馬に近づきすぎたためかカイト達の会話が聞き取れない場所もあったが九十九遊馬達の現在の状況をしっかりと把握しているベクターは笑っている。

 船を守る際にナンバーズクラブの大半とギラグとアリトに敗北したゴーシュとドロアが敗北し洗脳してバリアン側に着いている。

 すでに仲間の大半を奪われ、更に一番の相棒であるアストラルも失った九十九遊馬の落ち込み様は凄まじく、ベクターからすれば爆笑しかなかった。

 十分以上も笑い転げた後、この後、水田裕のフリをしている黒が後ろから襲いかかればあいつはどんな表情をするんだろうなぁ、とワクワクするベクターだが彼にも時間がない。

 既にナッシュとメラグがドルベを連れてこちら側へと向かってきているとドン・サウザンドから聞かされているベクターは少しでも早く力を得るためにドン・サウザンドへと急かす。

 

「それで? 九十九遊馬達が基地に着いて少ししたら俺らが直接、攻撃してもいいんだな?」

 

「ああ、トロン一家がアストラル世界への扉を無理矢理に抉じ開ける、そして九十九裕馬はそこからアストラル世界に行くだろう、その扉から我らも入り込みアストラル世界を攻撃する、そのためには」

 

 ドンサウザンドの言葉をベクターは引き継ぎ、

 

「ああ、人間世界をバリアン世界にする必要があるんだろ、撒いた偽りのナンバーズも人間達の欲望をたっぷり吸って実戦に使える程度にはなっただろうし、そろそろ、よからぬ事を始めようかぁっ!」

 

 ベクターとドン・サウザンドは共に力を合わせ、人間世界へと力を放つ。

 赤黒の雷となったそれは見る者、聞く者を恐怖のどん底に叩き込むような轟音と光を放ちながら人間世界全てに万遍なく降り注ぐ。

 人間世界に直撃し雷が直撃した場所は黒赤で構築された巨大な縦穴へと変わっていく。

 まるで地獄の門のように闇しか見えないそれは全世界に同時に発生し、人間世界の遥かの時空の壁を越えてバリアン世界と人間世界を繋ぐ縦穴と成っていく。

 それを補強するのはもう用済みになった洗脳された決闘者達だ。

 偽りのナンバーズを持つ者の手からはナンバーズが離れベクターの手に集結していき、洗脳決闘者の体はカオスへと分解され縦穴を補強する力に代わり、残った魂はバリアン世界に堕ち、ドン・サウザンドの撒き散らすカオスによって急速に体を構築し彼に従うだけの兵士へと変えられてベクター達の後ろに並んでいく。

 そうして人間達の悲鳴をBGMに後ろに並んでいくバリアン人の軍は何千、億と膨らんでいく。

 

「ひゃっはっはぁっ、これでアストラル世界なんて軽く潰せるんじゃないか? そしてナッシュをぶっ倒して七皇の力を全て俺が吸収して俺が王になるんだ!」

 

「ああ、そうだな」

 

 ドン・サウザンドの声は平坦だ、それを聞きベクターは考える。

 体に寄生するドン・サウザンドとベクターは思考を共有していない、もとよりドン・サウザンドが用済みになればベクターは裏切る気だったからだ。

 だが相手も策謀を仕掛ける陰謀大好きな根暗野郎だ、こちらの考えも呼んでいるだろう。そこまでベクターは考え、そして次の目的を考える。

 

―――こいつが次に狙うとしたら俺とナッシュ達を戦わせて同士討ち、そして俺がある程度の力を持ったら俺の心臓を潰すなりして裏切るだろう、とすれば、次に用意すべきは……

 

 ベクターは策謀を考え、そして待つ。

 全てを裏切り自分が王になるという野望を達成するチャンスを。


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