クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード 作:TFRS
熱田のいた部屋は殺人事件でも起きたのかと言わんばかりに血が飛び散っていた。
主に裕の血だ。
決闘盤を砕かれた際にできた腕の傷口が開き飛び散ったり、おもにケンカ慣れを全くしていない裕が殴られた際の鼻血等で部屋は赤黒に染まっている。
部屋の主だった熱田は別の部屋へと移る事が決定し兵士によって新たな移住地へと歩いて行った。
そして裕はというと、
「頭冷えたか?」
兵士は裕へと水を差しだしてくる。
顔に痣をいくつも作った裕はそれをおとなしく受け取るとちびちびとい飲み始め、そして兵士を見た。
とても古い時代の服装だ。
上半身はほぼ露出し肩を守る程度の防具しか付けていない、それは裕よりもずっと前の時代に生きていた兵士なのだろう。
―――この人もバリアン人なのか、じゃあこの人も元は人間なのかな?
思い出されるのはプラネタリーの話、バリアン人の中には元は人間であったが強い恨みなどの感情を持ったまま死んだ者がバリアン人となった、というものだ。
もう1人の裕のように目の前の兵士も元は人間だったのだろうか、そう思うも、あなたは恨みをもって死んだんですか、なんて頭のおかしい質問を裕ができる訳もない。
だがそれが表情に出ていたのだろう。兵士は1度怪訝そうな顔をした後、納得したように頷き、
「長老から話は聞いてるよ、なんか分からない事とかあったら言いいな、俺が話せる範囲なら答えてやろう」
「うーん、でも、これは」
「どうせあなたは元人間ですか、とかそういう質問だろ、こっちは何年バリアン人やってきたと思ってんだ、そんなの笑って話せるっていうものさ」
「⋯⋯それじゃ、あなたも元は人間だったんですか?」
「ああ、そうだ。俺も人間だったよ。俺はなぁ、とある王国の兵士だったんだ」
遠い昔を思い出す兵士の顔はプラネタリーとは違い、ただ単純に懐かしい物を思い出す様に苦痛の色は無い。
「でな、俺らの国よりもでっかい国と戦わなくっちゃいけなくて戦争を始めたんだ」
「⋯⋯そこで?」
「ああ、俺達の王様は敵の国の王子の作戦をぶち破って1度退けたんだぜ、そんで殺された仲間とか王の妹とかの仇討ちにその悪い国の王を倒しにいって勝ったんだ、そしてその戦で俺らは死んだんだ」
自分が死んだ事を語ると言うのに彼の表情は朗らかだ、いや、それを誇っているようにさえ見える。
それは自分の死んだ事に満足しているのだろうか、いやそれならばここに落ちる原因は無くなってしまう。それならば何故そのように笑顔で自分が死んだ事を語れるのか、それは裕は分からない。
「あんときは悔しかったなぁ。折角、ペガサスに乗った騎士様が援軍に来たのに俺ら全滅したんだぜ。皇子を打ち取った王をかっこよくみんなボロボロになりながらも生きて迎えてやりたかったんだがなぁ……」
「それでこの世界に?」
「まあ、国に残した家族とかも心残りだったしな、死んでこっちに来てしばらくしたら、なんと王様がこの世界にまで俺らを追いかけて来やがったから笑えねえ」
誇り、照れ、気まずそうと表情をくるくると変えながら男は喋る。
「死んだ俺らなんて、死んでしまったあいつ等の分までがんばろう程度に覚えてくれときゃいいのに⋯⋯今でも昔の仲間と騒ぐときに話をするたびに話題に上がるんだが、全くお人好しで責任感が強くて困る、でもそういうとこに惚れて命懸けたんだからしょうがないよなぁ」
「その人は今どこに?」
「昔はバリアン七皇やってて今は行方不明だ、俺的には記憶でも失って別の場所で別人として生きてくれればいいんだけどな」
それは過去を捨てて生きていくと言う事だ。
自分達が頑張ったという過去を忘れてもよいというのだろうか。
そして彼の語る顔には笑顔が浮かぶ。
それで良い、それが良いんだ。そう表情は語る。
「自分を忘れてもいいんですか、自分がやった事とかそういうのを忘れてもいいんですか?」
どうしてそんな表情が出来るのか、裕には理解できず問うも苦笑しつつ、子供を諭すように頭に軽く手を置かれ兵士は、
「おいおい、王様に覚えてほしいから俺らは命賭けたわけじゃないんだぜ。俺らは家族や国、そういうのを守るために闘ったんだ、そして守れたんだ。ならば後世に名前なんて残らなくてもいい。まあ、まだお前ぐらいの年じゃそういうの分からんだろうがな」
「それは……」
「そして俺らは所詮死人だよ。過去なんて前に少しばかりの進む勇気にすればいいのに王様はわざわざ追いかけてきて俺達の為に戦うなんて言い出した、また会えて嬉しかったけど俺は複雑だったよ。王様は戦に勝って幸せに生きて欲しかったのに後ろばっかみて後悔してして欲しくなかったよ」
裕の名前も顔も知らない主を思い、兵士が呟くのはリペントやプラネタリーが語るのと同じ後悔だ。
「あの人は自由なのに俺達死人があの人を縛り付けている。俺は嫌だよ。あの人の重りになるために死んだんじゃないのになぁ」
選択を間違えた事を後悔しているのではなく、彼が後悔するのは自らのしが大切な主を縛り付けたという物だ。
だがそれもどうする事も出来ない。
この兵の主はとても仲間思いで責任感が強いからこそ、仲間を失った事を後悔し、バリアン世界の崩壊という再び失おうとするこの状況を打開しようとしている。
だがその行動を兵士は嘆いている。そして裕はそれをどうする事も出来ない。
「だからあの人は記憶を失ってどこかで別人として暮らしてほしいね、自由に生きてどっかで、できれば妹様と幸せに暮らしてればいいな」
その兵士の言葉と同時に血だらけの部屋に最上が踏み込んできた。
タイミングを待ち構えているような丁度の良すぎる登場に僅かに呆気にとられる裕を置き、最上は、
「話は終わったな、じゃ、プラネタリーんとこ戻るぞ」
「……おう」
●
裕と最上は並んで歩き、二人の後ろに先ほどの兵士が歩いている。
2人の間に会話はなく、そしてしばらくは静かな街並みがあるだけだ。
子供が井戸らしきものから水をくみ上げたり、露店で野菜を売るような素振りを見せるバリアン人を見て、普通の人間と同じなんだなと裕が考えていると最上が口を開いた。
「もう1人のあいつは何を求めていると思う? あいつが何を取り戻そうとしているおか、お前ならわかるだろ」
「決まってる、熱田に盗られたクェーサーだ」
「ああ、そうだよな。だけど奪われたクェーサーは行方不明だ、調べたがあいつの言葉通りすぐに売られてもうどこにあるのか分からない状況だ」
「奪われた他のカードは?」
「全部、売られたよ。クェーサーと同じだ」
「…………クソ」
普段はあまり怒らない裕でも胸糞悪くなるほどの敵ともいえる熱田の顔、それは裕の脳裏に刻みついている。
それはにやにやといやらしげに笑う笑みであり、バカにする笑い声だ。
「私があいつに目をつけたのはあいつが一番最初の障害事件の被害者だからだ、そしてお前が犯人だと噂を流したのもあいつだ。入院してしばらくして入院先の病院で行方不明になったがまさかこんな場所に叩き込まれているとはね」
いくら探しても見つからないわけだ、などと笑いながら言う最上。
その言葉を聞き流し裕が考えるのはどうやって取り戻すなんていう発想にたどり着くのかだ。
取り戻すということば、そして先ほどトロンから示されたヌメロンコードの話、これらから導き出されるは、
「多分もう1人の俺はヌメロンコードとやらで過去を改変する気なんだろう、奪われたあの日に戻って過去を変えようとしてるんだと思う」
最上は裕の言葉に、多分そうだろうと、同意を示し、周りの民家に目を滑らしながらぽつりと呟く。
「めんどくさ、ああいう過去ばっかり後悔して女々しく後ろばっかり見ている生き方は面倒だろうなぁ」
最上の様々な悲しい出来事を苦しんでいる人々を切り捨てる言葉に裕は少しだけ目を見開き、
「どうしてお前はそういう事しか言えないんだ?」
「分からない、気持ちが理解できないからだよ」
裕はその言葉に歩みを止める。
最上は立ち止まらない。
歩き、歩きながら両手を広げる。
「私が欲しい物は過去にはないからそう言うんだ。だって私が欲しいのは勝利の愉悦と他人を叩き潰して楽しいと感じる事だ、それが私は欲しいんだ。それしかいらない。だから私は後ろを向かない、私は過去を振り返らない、私は感傷に浸らない。私は、前しか見ない」
最上はこの状況になっても曲がらない。志が折れる事もない。それはある意味潔く、そしておぞましい物だ。
徹頭徹尾、勝利のみを求めるその姿はバリアン人とも被ってしまう。
それはこの世界に生れ落ちバリアンの力が作用した物なのか、それとも元から彼女がこうなのか、今の裕に想像は出来ない。だが、
「みんながそういう頭のおかしい考え方なんて出来る訳無いだろ」
「そうかもね、そういう連中だからこそヌメロン・コードを手に入れて過去を変えようとするんだろう」
その言い方に棘を感じ、裕は突っかかる。
「まるでお前がヌメロン・コードを手に入れても過去を変えようとしないみたいな言い方だな」
「そうだよ、私はそういうのはいらない、だってこの世界に来れただけでいいからね。強いカードを使って他人を叩き潰して勝つ、それで楽に生きれるんだそれ以上は望まない。どうしても望むってんなら征竜とかそういうのを黒原に燃やされなかったことにしたかな、それでだ、お前はどうする?」
「えっ?」
「お前がヌメロン・コードを手に入れたらどうする? 過去を変える?」
「俺は……」
辛い事と考え思い出されるは最上と出会ってからの出来事ばかりだ。
物理的、精神的にフルボッコにされた事など数えきれないほどだし、この世界に来てからの負け数も数えきれないほどある。
正直今の状況だって間接的とはいえ自分が招いた状況ではあるが理不尽だと思う事も多い。
それでも自分で選んだ結果を無かった事にしてもっといい未来が欲しいかと言われると、
「俺の過去を変えるつもりはないな、だけど」
歩きながら横を見れば勝敗がついたのだろう同時に決闘盤から腕を抜き握手するバリアン人の子供達がいる。
おそらくは敗者必滅のルールから逃れてでも決闘をするために編み出されたルールなのだろうが子供達の顔は明るく、悔しいや嬉しいという感情が見える。
「ああいう風に楽しく笑えない世界はおかしいと思う、笑って悔しいそれぐらいでいいのに人が死ぬだの敗者必滅だのアンティ決闘だのそういう楽しくない事を要求するのは異常だ。だから俺がヌメロンコードで願いを叶えれるなら、みんなで笑って泣いて悔しがる。そんな決闘が出来る世界が欲しいな」
●
プラネタリーの家に着き最上は提供してもらったカードでデッキを作りに行った。
裕はその空いた時間をどうするか考え、とりあえずプラネタリーに謝りに行くことにした。
「すいませんでした、ついカッとなっちゃって、家は血だらけにするしあんな騒ぎまで起こしてしまって、家の掃除を手伝います」
「いや、そちらにもそちらの事情らしきものがあったことはこちらでも聞いている、なにやら大変な状況のようですし」
やんわりと断られ、痛む腕を押さえながら裕は椅子に腰かける。
カードに触れない以上、デッキを作る事も出来ないためすることが無く、裕は待ちを歩いて疑問に思った事を聞くことにした。
「そういえばなんですけど、バリアン人って物を食べるんですね」
「ん、ああ、アストラル世界とは違ってな、この世界は半端者の集まりじゃよ、精神エネルギーだけでは生きていけない。だからこそバリアン世界の物を食し飲み体を維持するしかないのじゃよ」
「あの、この村はどういう人たちの集まりなんですか? さっきの話で聞いたバリアン人のイメージと凄い違うんですけど」
「ああ、この村はドン・サウザンドや敗者必滅等のルールについていけないと考える者達の集まりじゃ、私としてもそういう世界がいいと初めに願ったんじゃ、始めはな」
―――あっしまった、地雷を踏んだ……
裕が自分のミスに気付いた所でもう遅い。
リペントは顔に手を当て、
「ああ、儂は皆と楽しく決闘できればそれでよかったのに、どこで間違ってしまったんじゃろうか? 最初の決闘を楽しいと感じさえしなければ儂はずっと苦しまずに済んだんじゃろうか」
言葉に涙は流れない。だが彼は確かに泣いていた。
決闘を楽しいと思い仲間を得て、決闘を通じて感情に目覚め世界から捨てられた。
そして行き付いた場所では決闘は戦う道具に代わった。
全てが失われかけ決闘は侵略の道具となり、それが友がこの世界より去る原因となった。
彼は決闘によって感情を得た切っ掛けから過去全てを悔やんでいる。こんな事になるのならば感情など得なければよかったと、楽しい等と思わなければ、楽しいと思ったのがきっかけで全てを失ってしまった、とずっと彼は嘆いている
それを裕はいけない事だと思った。
だから裕は相手の考えを否定する。
悩んだときは自分のカオスに従えとあの日、病室でリペントは言った。だから裕は自らの内にある感情に従い、
「それだけは違うと思います」
裕も決闘からはたくさんの事を学んでいる。
クェーサーという最高の自分の相棒という己の好きな物と楽しく決闘したいと言う思いを貫く事、自分と同じように皆が何かしらの信念があり譲れない物があること、相手が伏せたカードに不安を感じても恐れず踏み抜く事、道に迷ったり困難にぶつかってボロボロにされてもとりあえず歩き出すこと。
自らの知識不足、判断ミスによる敗北の多いところ、目の前にある物ばかり見ていて手札誘発等の他の事に気を配れない事、最上の様に自分の人生に置いて分かり合えるか可能性が想像できない様な人がいる事、自分の行いを今の今まで何も考えなかった事、など悪い面を挙げればキリがない。
「決闘をして得た楽しさが間違っている? それは違う、楽しく思えなくするバカを殴るべきだ。戦いや侵略の道具にするように仕向けた馬鹿を殴るべきだ。みんなで笑って時々炸裂するワンキルや酷いループやコンボに驚いたり、更地にして更地にされて更地にし返して、妨害して妨害されて唸ったりする、それだけで良い筈だ、他に何もいらない」
だけど決闘は楽しい。
どれだけ敗北を積み重ね、酷い負け方をして打ち倒されてボロボロにされても、利用されてボロ雑巾のようになっても、理解できないような頭のおかしい信念を持った者と戦っても、自分が理解できないような超常現象が炸裂しても、物理的におかしい状況にあってもそれだけは絶対に譲る事のできない物だ。
「楽しく、悔しく、苦々しく、嬉しく、ルールを守ってみんな仲良く楽しい決闘をする。それが一番良い筈だよ、だからあなたが得た物は間違ってなかった、楽しいなんて思っちゃいけないなんてあるわけが無い。それが一番正しい物だ。間違ってるとしたら楽しく思えない何かを押し付けてくる奴が悪い」
奇しくもそれはプラネタリー達がドン・サウザンドに言われた言葉の本質と被っている。
己を認めてくれる言葉を、一番言って欲しいであろう言葉を裕は言う。
何かしらの策謀があったならばプラネットは察知する、情に訴えかける言葉も下心があれば察知できた。
だからこのただのクェーサー好きの言葉は、まっすぐに決闘を楽しむことが好きな馬鹿の言葉は裏がない事が分かった。
「だから、だから、そんな顔してそんな事言っちゃいけないと思います」
裕が行ったことは自分の物差しで正しくないと思う事に反論し自分の正しい物を言っただけの押し付けの様な物だ。
自分は15年しか生きていない、そして相手はその何千倍以上もの年を取っている。
プラネットが一番言って欲しい言葉であったとしても、それは本来自分で気付く物だしいつかは気付いただろう。
だが自分は正しいと認めてくれる言葉の心地よさに一瞬だけ目を細めプラネットは口を開く。
「ああ、そうじゃな、皆で仲良く楽しい決闘、それが一番重要じゃな」
●
「……アストラル、あの話は本当なのか?」
「分からない、私は本当に覚えていないんだ」
「そうか、アストラル、俺はお前を信じるぜ」
「ああ」
話を聞き終え、遊馬はアストラルに話しかける。
リペントが語った事に嘘は無いように思え、あの流した涙も感情のこもった言葉も全てが嘘は入っていないように感じる。
そして遊馬はそれを信じたいと考える。
バリアン世界を崩壊させようとした事、ドンサウザンドとの決闘で打ち勝ったこと、自分の知らない自分の姿を他人から教えられたアストラルは動揺を隠しきれずにいた。
自分が本当にそんなことをしたのか、そしてバリアン世界を崩壊させようと使命を帯びているのか、それすらも思い出せないアストラルは苦悩する。
そして会話をする2人を置きリペントは語り続ける。
バリアン人であり元はアストラル人であるリペントは時空の狭間を放浪し命が尽きそうになるまで疲弊し、倒れナンバーズを手に入れ一命を取り留た事。
そして人間界に行き付き人間のカオスで少しだけ力を取り戻しナンバーズ狩りを行い命を繋いでいたという補填大会までの状況を語り、次に来るは自分の目的だ。
リペントが望むのは自分の起こした選択がどのような結末を迎えるのかを見届けるというものだ。
バリアン世界を作ったのも、新しいランクアップを目指したのも、全てがどのような物なのかを確かめ、そして人間界の惨状を見てドンサウザンドを止めるべきだと結論に至り、今回、遊馬達に手を貸す事にしたという。
「遊馬、着いたぞ」
カイトの言葉に遊馬は甲板へと出る。
それは深い霧と豊かな緑に彩られた深い渓谷だった。
山々が聳え立ち、その中で1番大きい山、それをオービタル7は指差し
「ナンバーズ反応はこの上です!」
飛行船を浮上させるために機器を操作するも飛行船は一向に上昇しない。
「どうした、オービタル7?」
「カイト様、すいません。何故かこれ以上は飛行船が上昇しないであります、どうやら特殊な力場か何かが山を覆っているようで徒歩で登らないといけないようです」
オービタル7の言葉を聞いていない様にカイトは山の頂上を見つめ続ける。
何かに呼ばれているように山の一点のみを見つめ続けるカイトに代わり、遊馬が皆に声をかけているその時、それは来た。
「じゃ、山に登る、うわっ!?」
飛行船に衝撃が走ったのだ。それも単発ではなく連続で襲ってくる。
アストラルは宙に浮き、周囲を見回す。そしてその衝撃を生んでいる原因を見つけた。
「遊馬、あれを見ろ!」
アストラル対になる様な黒い半透明の人型が宙を浮き、掌より黒いエネルギー弾で攻撃していた。
それは遊馬達が皇の鍵の中で飛行船を動かす際に解放しなくてはいけなかったNo.96だ。
「あれはNo.96!? どうしてこんなところに!?」
「ひゃはははは、アストラルぅ、九十九遊馬ぁ! 今日こそテメエらを倒してナンバーズを全て奪わしてもらう!」
いつも以上に冷静ではない姿、そして黒と赤に鳴動する。
その姿は何か感情に動かされているように不明瞭であり何か以前とは比べ物にならないほどの脅威を感じる。
「遊馬、誰かが96に手を貸している、この状況で現れた事を考えると⋯⋯!」
「ああ、そうだ、貴様らを倒すために俺はバリアンと手を組んだ、その力をお前らに見せつけてやる!」
96が合図をするように宙へと黒い稲妻を打ち上げると山の麓よりいくつもこちらへと走り寄ってくる人の姿がある。
額にはバリアンの紋章をつけ明らかに正気ではないその数は10以上、皆が飛行船を取り囲むように走り寄ってくる。
明らかにNo.96は自分とアストラルを狙ってきている、その事を遊馬は冷静に捉え、
「…………カイト、ナンバーズをお前にまかせて良いか?」
「ああ、俺もそう言おうと思っていた」
カイトを呼ぶように稲光にも似た音が山より降って来た。
それは音ではない、地球上のどの生物とも違う何かの遠吠えだ。
そしてそれに合わせる様にカイトのデッキから飛び出した銀河眼は共鳴する様に青白の光を点滅させている。
「あの山の頂点で何かが俺を呼んでいる!」
「あっ、おいカイト、待てよ!」
「ゴーシュ、勝手に行くな! 全く」
山の麓に96の攻撃を受けよろめきながらも不時着した飛行船より飛び出していくカイト、そしてカイトを追う様にゴーシュとドロアが走っていく。
「みんな、気をつけろよ」
飛行船から降りて洗脳決闘者を飛行船内に入れないように裕や響子、小鳥やナンバーズクラブが決闘盤を展開しデッキを構える。
遊馬はカイトやナンバーズクラブの皆の無事を祈りながらも96へと向き直り、
「行くぜ、アストラル!」
「ああ、共に行くぞ遊馬!」
「さあ、九十九遊馬、アストラル、決闘だぁ!!」
96もアストラルが決闘する際と同じように腕より決闘盤になる器官を作り上げ、
「「決闘!」」
●
―――計画はすでに最終段階に進んでいる。
ドン・サウザンドはベクターの中より九十九遊馬達を監視していた。
黒原の持ってきた原作知識を吸収し今回の計画を立てたドン・サウザンドはこの後の事を予想し始める。
No.96、そして洗脳が終わったギラグとアリト、ドラゴンのナンバーズと聞いただけで飛び出していったミザエルを九十九遊馬達の足止めに向かわせた。
その中にドルベが居ない事は想定外だがそれでもドン・サウザンドに自身が敗北するビジョンは見えない。
No.96や遺跡のナンバーズは奪われた所でどうでもいい。というよりNo.100ヌメロン・ドラゴンを出現させるための最後の鍵となるナンバーズはカイトの手に預けるのがちょうどいい。
そして遺跡のナンバーズによってもたらされるバリアン七皇の作られ方も九十九遊馬達を動かすために必要な事だ。
ドン・サウザンドが少しだけ気になるのはリペントの事だ。
原作に登場しないリペントの事だが、所詮はバリアン世界を作る際のエネルギータンク、ランクアップマジックの制作に少しだけ役に立つ程度の存在だ。
今更、有象無象が現れた所ですでに計画は最終段階、自分が敗北した未来を知っているドンサウザンドにとってはどうという事の無い存在だ。
そう思いながらもドン・サウザンドはNo.96と遊馬達の戦いや山の中腹で始まったギラグ対ドロア、アリト対ゴーシュの決闘を観戦する。
人間もバリアン人である七皇も所詮は感情に動かされる猿に過ぎない。どんなに猿が力を持ち動いた所で釈迦の掌より逃れられる訳が無い。
「さあ愚か者ども、我が掌で踊れ。貴様らが何を思ったところで我がヌメロン・コードを手にいれ神羅万象に勝利し全てを支配する。それまで偽りの生を生きるがいい」
ベクターはベクターで何か思案しているようだが覗かずに置いてベクターとの接続を一旦切る。
そしてベクターに気づかれない様にドルベの見ている物がドン・サウザンドにも伝わる様にした。
それはサルガッソで行方不明になった神代凌牙と璃緒が本当の記憶を取り戻すかどうかを確認するためだ。
ドルベは邪魔をしない様に4肢を氷に閉ざされ水で覆われた球体に閉じ込められている、だが神殿の上に立つ4人の様子はきっちりと見え、声も聞こえる。
「さあ、計画の最後の駒の姿でも見るとするか」
●
神代凌牙が目を覚まし見えたのは空よりも青い蒼だ。
「ここは……?」
横を見るとボロボロの建物達がある、白い建物だ。
放棄されてから何十年も何百年もたっているようにボロボロだ。そして凌牙は起き上がりどうして自分がここにいるかを思い出そうとする。
―――確か、サルガッソで落ちた璃緒を助けようとして、
「璃緒っ!? 璃緒、どこだ!?」
「ここです」
すぐ横で声がした。
石で作られたベッドのような場所に璃緒はいた。
凌牙も下を見れば同じようにベッドのような場所に立っていた。
「ここはいったい?」
「分かりません、私も気が付いたときにはここに」
「起きたか、神代凌牙、神代璃緒」
2人の名を呼ぶ低い声、男の声がした。
声の方角をすると2人のフードを被った人物がいる。
それは凌牙達を救った者であり、ドルベを氷漬けにして幽閉し、この場所まで送り届けた者だ。
「貴様達は何者だ!?」
「この場所に来ただけでは思い出せませんか」
悲しそうに頭を振る小柄の人型。
「思い出すだと、貴様ら俺達の何を知っている!?」
「全ての因縁と過去を、お二人の覚えていない過去を知っております、それを知りたくば決闘をしましょう」
2人はフードを取る。
大柄の人物がフードを取ると立派なひげを蓄えた男の顔が現れた、その顔に凌牙は見覚えはない、だがもう片方、小柄のフードを取るとそこにあったのは、
「璃緒!?」
凌牙の妹とそっくりの顔だ。
髪の色が緑っぽく。そして少しだけ幼くしただけの璃緒の顔がそこにはあった。
絶句する2人を置き、2人はきちんと腰を折り恭しく礼をする。まるで目上の者に挨拶するような仕草だ。
「我が名はアビス、そして」
「イリスです、どうかお見知りおきを」
璃緒の顔をした少女が優雅に礼をし、決闘盤を取り出す。
「お前たちはいったいなんなんだ?」
「それは決闘を知れば分かることです、さあ、決闘です」
問答無用の雰囲気を発しつつ二人は決闘盤を構えた。
断ると言える状況ではない。その事を凌牙達は決闘者としての本能から察し、決闘盤を構えた。
「バトルはフィールド、墓地共通のタッグ決闘、異存はないですね?」
ちらりと凌牙は璃緒にアイコンタクトを送る。
一緒に戦ってくれるかと、それを受け取り璃緒はすぐさま頷く。
どのような場所にでも共に行くと意思を示され凌牙は叫ぶ。
「いいぜ、俺が勝ったらお前たちが俺らの何を知っているか教えてもらう!」
「ええ、いいでしょう、貴方が勝った暁には我が知る全てをお話しします」
「「決闘!!」」