クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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喪失を嘆く者達 上

 裕と最上がトロンによってつれてこられた場所、それは村のような場所の中心だった。 

 いきなり現れた見知らぬ人間の姿に一瞬だけ広場は騒然とし、ちょっとした騒ぎになった。

 兵士らしき槍型決闘盤をもったバリアン人が駆け寄ったり住人が走って逃げだしたりと色々あったがトロンの姿を見て皆が安堵した表情を浮かべた。

 わざわざ出向いてくれた兵士に手を振り、トロンはこちらを振り向く。

 裕の目の前に立つのは子供だ、目の前に立つのは裕の肩ほどしかない子供だ。

 しかし遊馬から聞いた話によるとDNAみたいなビーム触手で縛ったり、仮面で隠した顔半分がブラックホールになっていたり、実は3人も息子がいる年齢詐称だったりと意味が分からなかったがようやく目の前にしてわかることが在る。

 

―――この人、話に聞いていた以上に胡散臭いな!

 

「さてまだ名乗っていなかったね、僕の名前はトロン、昔、九十九遊馬達のナンバーズを狙っていた決闘者だ」

 

 顔の半分を仮面で覆うトロンは道化のように腰を曲げお辞儀し、

 

「君達を助けたのには訳がある、まあ僕も人間世界の話を知りたいし君達も色々知りたいでしょ、さあこっちに来てよ」

 

 指差すは周りの民家に比べれば大きい家だ。

 裕達は一瞬だけ罠じゃないかと疑ったがこの状況で断れば何をされるか分からないと考え提案に乗ることにした。

 

                        ●

 

 兵士達に脇を挟まれ家に入った裕達を置きトロンは子供のように走って部屋の奥に行ってしまう。

 

「長老ー、やっと僕以外の人間をつれてきましたよー」

 

 間の抜ける無邪気な声に若干警戒心を揺るがされつつも最上はどんどんと足を進めていく。裕は背後を振り返ると随伴していた兵士達は部屋の前で止まり、こちらを値踏みするような目で見送っている。

 家の中は骨組みはしっかりしており長老と呼ぶ人物の済むにはふさわしい場所だ。通された部屋は大きく机と4人分の椅子がある。

 そしてトロンの声に応じ姿を見せたのは白い着物らしいものを着込んだバリアン人だ。アポクリファよりも背は曲がり老人のような印象を受ける人物は裕とボロボロになった最上を見てトロンに駆け寄る。

 

「まさか、お前、アポクリファの所から奴隷を盗み出したのか!?」

 

 悪戯をした子供を叱るよう祖父のような状況だが声には真剣であり、咎を正そうとするようにも聞こえる。

 

「いや、されそうになったのを助けたんだ、まあアイツの造ったデッキは持ってきちゃったけど」

 

「そうか、君達は運が良かったのう、少し前に同じようにこちらで保護した少年がいたが私達とは話をしたがらなくてな、彼とも仲良くしてほしいものじゃ」

 

 長老と呼ばれたバリアン人へと最上は手を挙げ、

 

「彼ですか⋯⋯ふむ、こいつぐらいの背で、太めですか?」

 

 具体的な身体特徴を口にする。

 

「ああ、そうじゃな、同じぐらいで、どちらかと言えば彼よりも太めかのう⋯⋯確か自分を熱田って名乗ってたような」

 

「熱田、ああ、そういう意味か、ここでこの話と繋がるのか」

 

 熱田の名に聞き覚えのある最上は納得したように頷くのを見て、知り合いか何かを知っているのだろうと言う事が理解できる。

 

「知り合い、のようじゃな、それは助かるのう。彼とも話をしてくれんか、儂等とは全く会話をしないのでな」

 

「ええ、そうですね、そのほうが説明しなくていいし、今後の為にもその方がいいようだな」

 

「おお、そうじゃ、まだ自己紹介が住んでなかったな、わしの名はプラネタリー、3賢者の内の1人じゃ、まだ状況がうまく呑み込めていないかもしれんが儂の頼みごとを聞いてくれないか」

 

「頼み事ですか?」

 

 裕と最上はその言葉に若干身構えてしまう。

 こういう状況で頼まれる事と言ったら厄介ごとが多いからだ。漫画やアニメから情報を仕入れている2人が身構えるのを可笑しそうに笑いながらプラネタリーは、

 

「礼ならば後で幾らでもする、だから私に君達の世界の状況を教えてはくれまいか?」

 

「えっ? そんなことでいいんなら喜んで、できればお礼はカードでお願いしたいんですが」

 

 礼という言葉に即座に最上が飛びついた。

 

「待て、勝手に決めるなよ」

 

「今は黙ってろ、運が良ければなんかデッキを強化できるカードが手に入るかもしれないんだぞ」

 

 普段は全く下でに出ない最上だが今回ばかりは最上の言葉には必死が混じっている。

 黒原達の襲撃、2人のデッキの消失と半壊、ペンデュラム召喚、そしてモンスターの実体化によるダメージ、これら全てがたったの1時間の間に最上に起きた出来事だ。

 その中でバリアン世界に叩き込まれ慣れないデッキを使い絶対に勝たなければいけない決闘を強いられた最上からすれば強化できる可能性のあるものには積極的に飛びついていく。

 

「さーて、じゃまず根本的な話からしよう、君達、九十九遊馬達の事を知っている?」

 

 いつのまに移動したのかトロンは椅子の背もたれにあごを載せ乗馬をするようにガッタン、ガッタンと体を揺らしながら聞いてくる。

 そして長老の持ってきた椅子に座り裕達は質問に答え始めた。

 

                     ●

 

「とまあそんな感じに人間世界の半分以上はバリアンに侵略されているわけだ、そして私達はとあるバリアン人に敗北しここに叩き堕とされました」

 

 最上と裕は交代で話を終え、一息つく。

 話の途中、トロンが質問してきたり長老が質問してきたりもしたがこちらの伝えられるべきことを全て伝えた。

 その中で裕だけが知っていて最上が語ってなかった事を長老へと話す。

 

「そういえばリペントって人って知ってますか?」

 

 効果は覿面だった、プラネタリーは顔色を変え、こちらへと身を乗り出し、

 

「どこのでその名前を?」

 

「えっと、とある少女の体に寄生? してるんです、その人からバリアンとアストラル世界の話を少しだけ聞きました」

 

「……そうか、まだその名前を名乗っていると言う事はあやつは悔やんでいるのか」

 

「?」

 

「そうじゃの、そちらの話もしてもらった事だしこちらの話をしよう、ア、じゃなくて君たちの知っている名前で呼ぶか、リペントと儂とアポクリファはバリアン世界の創世を知る者じゃ」

 

「創世ですか」

 

 だいたいは原作知識があるからいいやというスタンスを取り続けていた結果最上は裕からもたらす話か知らない。

 そして裕が知っているのは遊馬から少しだけ話してもらったバリアン世界がなんらかの理由でアストラル世界とバリアン世界が衝突して大参事になる、それを防ぐためにバリアン七皇であるアリトやミザエルがナンバーズを集めてるという事だけだ。

 

「そうじゃの、語った所で理解はし難いだろうし儂の記憶している映像を見せようかのう」

 

 プラネタリーの言葉、そして柏手を打つように両手を合わせる音が響く。

 それと同時に広がるのは黒と赤の塗りつぶしの力だ。そして部屋に居る全ての者に過去の映像が来た。

 広がるは青と白の無機質な世界。

 砂と仰ぎ見るような空のようなものがある世界だ。

 プラネタリーの見せる映像には赤黒のバリアン人とは対となる様に青白のアストラル人がともに暮らし合っている風景が映し出されている。

 天馬や龍といった明らかに人外の生物もいたが、同じように決闘盤を使い決闘しているところを見ると外見だけが違うアストラル人なのだろう。

 

「全ての発端はアストラル世界から始まったのじゃ、元よりアストラル世界はランクアップした魂だけが行ける精神世界じゃった。さらなる高みへ、さらなる高みへ、理想、思念、高潔なる意思を磨き上げる事のみを求める世界、その中で決闘は更に高みを目指すための儀式じゃった」

 

 その中には決闘盤を使い決闘している様子が見える。

 皆が真剣な顔をして決闘をしている。小さな子供の姿から大人のような姿、全ての人々が決闘という儀式をし続けていた。

 

「勝った者が素晴らしいと言う訳ではなかった。戦い、互いを認め更なる高みを目指す、決闘とはそのような儀式だった。そしてこの世界の力は人間世界にも影響を及ぼしていたのじゃ」

 

 皆が見る映像は切り替わる。

 青と白の世界が地球の上に存在し青白の光が彗星のようにアストラル人が光の尾と共に地上に落ちていくのが見える。

 よくよく見ると天馬や龍や竜といった存在がすでにいる世界であるが過去の世界は架空の生き物が存在する世界だったのだろうか、だとすればクェーサーっぽい龍もいるのだろうか、居たら友達になりたい等と裕が考えていると、

 

「人間を決して下に見ていた訳では無い、だがアストラル世界はあらゆる悪も憎しみも存在しない潔癖な世界であり、悪も憎しみもある人間世界を自分達がより正していけると信じていた。いやそれが優れた精神を持つ我々の責務だと信じていた方が正しいかのう。そして崇高なる魂を持つ者を人間世界に送り込み人間たちのランクアップを行ってきた」

 

 プラネタリーの言葉と共に地球より浮かび上がるのは決闘、技術、戦い、政治、生活等で何らかの歴史に名を残してきた偉人の姿だ。

 

「その中でじゃ、奴が、ドン・サウザンドが目覚めたのは」

 

 そして場面は移り変わる。

 アストラル世界へと移行し映し出されるは男の姿だ。

 青の髪を腰まで伸ばした長身の男だ。白と青、そして青の中に異色の赤の入り混じる男は両手を広げ体にオーラを纏い始めた。

 カオスと呼ぶべきその力は男を、そして足元の白い砂地が男を中心に赤と黒に飲み込まれていく。

 

「何に?」

 

「勝ちたい、他人よりも上に行きたい、他人に負けたくないという感情に」

 

 彼の前に立つアストラル人は皆が項垂れ崩れ落ちる、人も龍も人外も全てが平等に彼の前で頭を下げ倒れふす。

 そして崩れ落ちた中には体色を赤黒を混じらせる者が現れる様になっていく。

 それは病原菌のように爆発的に数を増やしていく。

 

「時を重ね、決闘を行うたびに肥大していく力に何十人というアストラル人が飲まれ彼の下についていく、そして奴は常にその先頭に居た。その姿は王であり、アストラル世界の目指す理念とはかけ離れたものじゃった」

 

 時は移り変わる。

 何百回、何千回と決闘と時間を重ねようとも彼の姿は老いを見せない。

 それどころか青年だった体は決闘筋肉によって更に磨きがかかり体つきはより大人へと変わっていく。

 変わったのは男の背後だ。

 すでに何千人へと膨れ上がったそれを人は軍と呼ぶだろう。皆が恐れ離れ幾その様子を男は満足そうに眺め追いかけては決闘を挑み叩き潰しては愉悦に浸るその日々の繰り返しだった。

 まるで最上の未来を見ているようで裕はそっと最上の方を見るが最上はその光景を見て笑っていた。まるでその光景を羨む様な笑みを浮かべる最上の姿、それは病的で退廃的な雰囲気を生んでいる。

 そしてそれの繰り返しは終わりを迎える。 

 

「アストラル世界最強となった彼の力は個人では抗えないほどになっていた。じゃからアストラル世界はある日、彼と彼らの家臣と彼の住んでいた城を切り離し時空の狭間へと捨てたんじゃ」

 

 突然、世界は砕けはじめる。

 彼の城と家臣たちの住まう赤黒の土地が突然割れ始めたのだ。

 白青の土地のみが残る様に世界は割れ切り離されていく。

 その光景は世界の終わりと言っても良い程の光景だ。地が割れる衝撃で一番端の家々が異次元の狭間へと飲み込まれる。

 堕ちながらどうなるか分からない物へと堕ちる恐怖より悲鳴を上げる姿、そして助けを求め、手を伸ばす手を必死で助けようとする者、家族か友人か恋人かが狭間へと姿を消し、それを悔やみ狭間へと身を投げる者。まるで救いの無いその光景を見てはおれず裕は目を離し辛そうな顔をするプラネタリーに聞く。

  

「……あなたはどこに居たんですか?」

 

「儂か、儂もあそこにいた。捨てられた側じゃ。あの時、世界が切り捨てられる光景は凄まじかった、大地も空もすべてが引き裂かれ捨てられていく、あれをもう二度と見たくはない光景だ」

 

 青白の世界より切り離されたちっぽけな土地は時空の狭間へと進んでいく。

 悲嘆や希望、諦めや前向きな姿。感情をあまり持たないアストラル人とは違い感情を豊富に表すそれはまるで人間のようであり、それが余計に悲惨な姿に見えてくる。

 

「そして捨てられた儂らは長い間時空の狭間で徐々に小さくなる土地の上で生活していた。時間を置重ねるうちに悲しみという感情を制御できず精神を壊した者もいた、怒りの感情から身を焦がし周囲に当たり散らす者もいた、そして最も多かったのは裏切られた喪失感と先が全く無い閉じた世界から逃亡したいと願う感情により、時空の狭間に身を投げた者が多発した。我々の人数はどんどん減っていく一方じゃった」

 

                    ●

 

 目を閉じ響子の口を借りてリペントは語る。 

 自らの得た全ての事を。

 その場所は遊馬達の飛行船だ。

 ナンバーズやバリアンの事を理解しない者は別の部屋に集まってもらい、遊馬達ナンバーズクラブや移動途中に合流したゴーシュ達がリペントの語るそれを聞いている。

 麗利や堺、トロン一家の姿は無いがDパッドによる通話機能によって話を聞いている状況だ。

 

「そんなとき、彼、ドン・サウザンドが言ったんだ、私に感情を預けてはみないかと」

 

 飛行船はハートランドシティを飛び出し最後の遺跡のナンバーズの眠る遺跡へと飛翔している。

 それは遊馬達がサルガッソより人間世界に戻る際に映し出されたもので遊馬の父、数馬からのメッセージだった。

 ある者は警戒しいつでも飛び掛かれるように身構え、ある者は腕を組み静かに静観する中、リペントは語る。

 

「元は私が蒔いた咎だ、全ての責任は私にある、私と皆のカオスを集め私達だけの世界を作らないか」

 

 それは甘い言葉だ。

 

「私達を追放した閉鎖的でつまらないアストラル世界よりももっと優れて彼らが羨む様な物を作り上げる事がきっと出来る」

 

 それは誰もがかけてほしい言葉だ。

 

「私達は挫折し捨てられたのかもしれない、だけど挫折したから終わらなくてはいけないのか? 捨てられた物には何の価値もないのか? いいや違う筈だ、捨てられた私達は、だからこそ私達にしかできない事がきっとある筈だ、その可能性を私は信じたい」

 

 他人から自らの価値を認めてもらう。それは他人や世界から捨てられ絶望していた者達にとっては禁忌の猛毒だ。

 そしてそれを受け取ってしまたことをリペントは恥じる。

 

「思えばあいつは待っていたのだろう、精神が消耗し絶望した我々に偽りの希望を与えそれに縋り付いてくるチャンスを!」

 

 悔恨の言葉を叫ぶ。

 それが一番の後悔だからだ。

 何も考えず与えられた甘言に乗ったこと。その愚かさを彼は恨む。

 そしてアストラルはその姿にかつての自分を思い出す。

 ベクターの嘘、そしてカオスに暴走した自分の姿を彼と重ね合わせた。

 

「誰もが言って欲しい事を言ってもらい、彼の心地の良い言葉に踊らされた、そして私達は彼に感情、力、全てを預けた。残った人々の全ての力を集めた彼の力はまさしく神と言ってもいいほどのもので世界を新しく創造する事が出来た。そうして出来上がったのがバリアン世界だ。切り離された土地より広がった世界は小さかったがそれでも我々からすればユートピアだった、そこで私達は互いを励まし時には衝突し力を磨いていった」

 

 片目より水が落ちる。

 それに含まれているのは後悔か悲しみか両方なのか、それは彼以外に分からない。

 

「ああ、あの日々だけは良かった。ひたすらに目の前の事に一生懸命になれた、命を懸けるほどの目標がそこにあり邁進していく事が楽しかった」

 

 片目より涙を流しながらも彼女の口元は笑っていた。過去を思い出すたびに笑えるほど楽しい日々を過ごしたのだろうと誰もが思えるほどの明るい笑み、そして笑みは無くなる。

 

「だがそんな日々も終わりを告げる。アストラルが、アストラル世界がこちらの世界を壊しに来たのだ」

 

「えっ!?」

 

 皆の視線は一挙にアストラルへと集まる。

 アストラルはそれを一挙に受けつつ、リペントから目を離さない。

 

「アストラルはバリアン世界を破壊してさらなるランクアップを目指すために創られた穢れ無き存在だ、アストラル世界の力の結集とも呼ぶべきその力はドンサウザンドと同等だった。そして次元を超えアストラル世界はこちらの世界へと兵を送り込んで戦争になった、もちろん家族も土地も全てをまた、喪いたくなかった我々も抵抗した」

 

 それは当事者からすれば痛みしか友わない記憶だ。

 捨てられた世界よりもう一度攻撃を受け、今度は形も残さず消え去れと言われる。それはどれだけの精神的ダメージか計り知れない。

 

「何百日にも及ぶ長い戦争で徐々に大きくなっていた世界は再び砕かれ、数えきれないほどの犠牲者を出したとき、ドンサウザンドが立ち上がりアストラルに決闘を挑んだ、結果は知ってのとおりアストラルに重症を負わせるもドン・サウザンドの敗北だ。バリアン世界を形作っていた彼は封印されアストラル世界からはバリアン世界の崩壊と共に共に砕かれるだろうと見逃された、いやあちらの兵もカオスに侵されたものが多かったしもうアストラル人の被害者を出したくないと言う考えたのだろ」

 

「だったら、なぜ貴様らの世界は崩壊していない? 今の今まで存在しているんだ?」

 

 ずっと腕を組み話を聞いてたカイトは問う。

 それは誰もが思う事だろう、世界の根幹が砕ければ土台はある事もできないはずだ。

 

「その通りだ、バリアン世界は砕かれかけた、だがアポクリファがこちらの世界に堕ちて全てを変えた。彼の持つ世界を移動できる力を使い人間のカオスに塗れた魂をこちらの世界に引き込み始めたからだ。その力と私達3賢者の全力で我々はバリアン世界の崩壊消滅から脱した。だが脱出しただけですでにバリアン人は我々を除きほとんど残ってはおらずその力も消えかけていた」

 

 そしてもう一度、リペントの後悔が訪れる。

 その問いもドン・サウザンドから与えられたものだった。

 

「だがドン・サウザンドの意思を宿した力の残滓が私に囁いたのだ。もう1度世界を再構成することが出来ると、それに私達は乗ってしまった。私が暗示を相手に施す術と人に寄生する術を、プラネタリーが自分の力を逆に使い術を作り上げ、人の心の隙間を探る力を、アポクリファがどんな場所にも現れる移動の力をドン・サウザンドの残滓に施し人間世界に送ったのだ」

 

 片手で顔を覆いリペントは嘆く。嘆く事しかできない彼は嘆き続ける。

 

「私は1人になるのが嫌だった。母たる世界から捨てられ仲間が死んでいく。そんな事を繰り返したくは無かったのだ、心が弱いと呼びたいなら呼ぶがいい、我々の決断を愚かだと言うならば嗤うがいい、だが私はもう二度と失いたくは無かったのだ。友を、あの楽しい日々を!」

 

 片目の涙と共に零れるは悔恨の声だ。

 そして僅かに時間を置き、リペントは涙を拭う。

 

「すまない、感情的になってしまった、そしてその頃は直接的な原因は知らなかったがバリアン世界に多くのカオスを抱えた人間の魂が落ちてくるようになった、それのおかげで土地は広がり人も増えた。そして時が立ち我々3賢人は道を分かれた」

 

                        ●

 

 裕達に語られる後悔、そして移り変わる光景。それらは過去のもので変えられるものではない。

 

「世界を渡る力を持つアポクリファは再びアストラル世界へと戻る為の術を、儂はアストラル世界とは違う皆が手を取り合い皆で高みを目指す術を作ろうとした、そしてリペントはアストラル世界とは違うランクアップを探した、誰も置いていかない、切り捨てる事のない物を、誰にでも機会があり道を踏み外しても再び努力できるランクアップを探したのじゃ」

 

「皆が手を取り合い皆で高みを目指すアストラル世界とは違う、って、あれ?」

 

 裕はそれをどこかで見た気がする、と既視感に襲われる。それはいつも見慣れた光景に似ているような気がして、

 

「そうじゃ。儂はチューナーという者が力量の違う人々の中を取り持ち手を取り合わせる力、新たな可能性、シンクロ召喚を作り上げた。空を登る彗星を見たじゃろ、あれは儂の研究の残滓じゃ」

 

 シンクロ召喚の作られた理由。それはたった一人の男が信念で作り上げたものだ。

 力量の同じ物が互いに作用しあい更なる高みへと至るエクシーズとは違う可能性。力量が違ても弱くても皆が手を取り合い新しい力を手にする、そう考え至ったのがシンクロ召喚である。

 

「リペントはバリアンズ・フォースやバリアン世界で発生した龍や戦士の力を強化する術を作り上げた、その結果七皇に更なる力を与えた。だがそれらを悪用したのはドンサウザンドとアポクリファじゃ、アポクリファの研究自体は上手く行かなかったが儂の作り上げたバラバラの力を上空に打ち上げ収束させ新しいカードを生み出すシステムを悪用しバリアンの力を秘めたカードを人間世界に落とし始めた。それが」

 

 裕にもそれが何を意味するか分かる。

 いつの間にかどこからともなく現れるカード、裕や最上などの転生者が一度は疑問に思ったこの世界のシステム。

 

「なるほど私達の必死で集めてるトレジャー・シリーズ、だな」

 

 消えたカード群、フォノン・ドラゴンやクラウソラスといったカードや大会前に拾ったブレイクスルースキル等といった強力なカードの出所それはバリアン世界だった。

 力を合わせる人数や技術の差により性能が微妙なカードもあるがそれは世界中にばら撒かれ少しずつバリアンの力を人々に浸透させていった。そして、

 

「ああ、その結果、人々の心の隙間に忍び込み魂を少しずつ犯していった。バリアンの力が浸透し世代を重ねていくたびに人々は強欲で他人に攻撃的に、勝ちを求め、他人を蹴落としていく感情的で強欲で傲慢になっていった。儂は君たちの話を聞いて確信した。他人を思いやり他者を慈しむ事のできる心を持った人間がこれほどまでになってしまった原因は儂らにもある」

 

 裕はアポクリファとプラネタリーの話を聞き思ったのは人間世界に似ているというものだ。

 他人を蹴落とし全てを望む、敗者必滅、勝ちに拘るその姿、全てが人間世界と酷似していると思った、だが実際は逆だった。

 アストラル世界が人間世界に影響を与えているようにバリアン世界も人間世界に影響を及ぼし人間世界を侵略していたのだ。

 

「リペントの悪用を知らず儂らはバリアン世界の人口が増えていくのを喜び、新しく増えたバリアン人へと一緒に頑張っていこうなどと笑っていた。そして決別の時が訪れた」

 

 星が流れ続ける光景は一転、真紅と黒の強烈な色のバリアン人がアポクリファと戦闘を行い、バリアン世界より飛び立っていく。それを見送るのは一人、プラネタリーだけだ。

 

「儂等は全てを知ったのじゃ、新しくこの世界に生まれたバリアン人は無念を残して死んだ人間の魂だと、儂達の研究の性で多くの人間が恨みを残して死んだ事、儂らの研究の性で全ての人の人生が狂ったことを、リペントは優しかったし多様な感情を持っていた、だから全てを捨てたんじゃ、全ての自分の選択を悔やみ後悔し時空の狭間へと消えたと思っていたが、そうか彼はあちらの世界に居るのか・」

 

 語りは終わる、そしてそれと共に映像は終わり裕達は元の世界へと戻った。

 

「どうして、あなたはここに残ったんですか? リペントと一緒に出ていくことも出来たのでは?」

 

「…………ある意味、儂は彼よりももっと愚かなのかもしれんが儂は捨てれなかった。儂らの言葉に理解し努力している他の皆を、たまに違う考えを持つ者がぶつかって感情をまき散らして吠え、叫び、笑い、泣く。そのような彼らを儂は捨てれなかった。儂は彼らに儂らが受けた捨てられた悲しみを味あわせたくなかったのかもしれん」

 

 過去を後悔して全てを捨てて逃げた者と最後の最後で皆を想い留まった者、別々の場所で同じことを語る二人の口にするのは後悔だ。

 過去は変えることが出来ず失った者は取り戻せないからこそ重く圧し掛かり影を落とす。

 

「だからこそ、儂はここに残った。バリアン世界が崩壊する事はトロンから知らされている、そしてアポクリファは人間世界にこの世界ごと移動しようと画策してる事もじゃ、彼は自分の力を研磨し新たな召喚方法を生み出しさらに磨きをかけアストラル世界に戻ろうとしているようじゃな」

 

「はーい、はーい、世界の崩壊についてなんだけど」

 

 トロンは話の流れを断ち切る様にワザとらしく大声をあげる。

 

「その仕組みをずっと考えていたんだ、で長老の話を聞いてこの仕組み以外に考えられないって結論が出来た」

 

「ほう、それは?」

 

「アストラル世界がバリアン世界を求めているんだよ」

 

                       ●

 

「カオスとは自分のために生きる欲望の力でもあるが同時に原始的な生命の源である、ならばそれを危険なものとして切り捨て封印した世界はどうなっていくのか」

 

 トロンは息を吐いて皆を見る。

 皆がトロンを注目しているのを確認し、トロンは更に言葉を続ける。

 

「簡単さ、ゆるかに世界が死んでいくんだ。元よりアストラル世界だってバリアン世界と同じ精神エネルギーの集合体だ。ならば生きる渇望を人々が失えば世界も徐々に死んでいく。だからこそ滅ばないためにアストラル世界はバリアン世界を求めている。それが2つの世界の衝突の原因だって僕は考えてる」

 

「はあ? それってつまりアストラル世界が全部悪いんじゃないか、危険だから捨てて、目障りだから殴って蓋をして、欲しくなったから引き寄せる? なんだそれ、私達に関わらず適当にどっかでやって両方滅べよ」

 

 原作に積極的に介入しようとした最上の口から出たとは思えないような言葉だが人間の立場からすればそういいたくなるのも確かだ。

 自分たちの全く関係の無い2つが自分達を使って戦争し、さらに2つの世界が滅ぶ余波でこちらの世界まで危ない状況、巻き込まれた側からすれば勘弁してくれといたくなる状況であるが、

 

「君たちの言い分もあるだろう、だが事態はもうすでに手遅れじゃ、もうすでにアストラル世界とバリアン世界の力はこの世界に巨大な根を張っている。ならば2つの世界が衝突した余波はどれだけ甚大な被害をもたらすと思う? もしかしたら2つの世界の法界に巻き込まれ世界が砕けるかもしれない、もしくは生き残ったどちらかの世界に取り込まれてしまうだろう」

 

「…………取り込まれたらどうなるんですか?」

 

「君達も見た通りバリアン世界は敗者必滅と輪廻転生を繰り返す世界だ。当然、弱者は餌となり続けるしかない。そしてアストラル世界はカオスを危険視し排斥する、ならばカオスを持つ人間はどこかへと捨てられるだろうな、当然受け皿となるバリアン世界が無い以上、永劫的に時空の狭間を彷徨うか魂ごと消えるかだろう」

 

「っ!?」

 

 トロンは立ち上がり机の上にあった水差しよりコップに水を注ぐと一気に飲み干し、

 

「そーれーを防ぐために僕はこの世界に居るんだよ」 

 

「どういう事だ?」

 

「時間稼ぎの為さ、アストラル世界はバリアン世界のカオスを求めている、だったら僕がバリアンの力を出来るだけ吸収してアストラル世界に突撃しようと考えている、決闘で言うならば1ターン、されど1ターン、そのターンを稼げれば僕の息子達や遊馬が何とかしてくれるって信じてる。それは他人任せと言えるかもしれないけどね。そこでまあ、君たちに相談なんだが」

 

「?」

 

「僕としても可愛い息子達と余生をのんびり暮らしたい。だからこの2つの世界の戦争を止めてほしい、それが出来なかったら九十九遊馬達を助けてあげてくれないか?」

 

 出来る事ならばそうするのが一番の得策だ。だが、

 

「戦争を止めるなんて軽く言うね、どんなに面倒な事か分かってんだろ?」

 

「だがほって置く事も出来ない、考えてもみてよ、このままどの世界も終わらずに進んでいくとどうなると思う?」

 

 トロンの言葉に最上は顎に手を置き少しだけ考え、

 

「3世界か? ……アストラル世界はどのみち崩壊するか他人の世界に侵略しに来てバリアン世界はどんどん肥大化していく、そして人間世界は、この調子でいけばバリアン世界に飲み込まれる、のか?」

 

「正解だよ。どのみちほって置くことは出来ない、そして全ての鍵はナンバーズに委ねられている」

 

「……アストラルの記憶に何の意味がある?」

 

 原作知識を失った最上は問い返す。

 

「簡単さ。ナンバーズをすべて集める事によってヌメロン・コードを見つける事ができる」

 

「ヌメロン・コード?」

 

「アストラル世界に古くから伝わってる伝説のカードじゃ、君達の分かるように言うならばアカシック・レコードのようなもので、世界の過去と未来全てが記され、あらゆる世界の運命を全て決める力を持ち、そもそも世界を作り上げたのもこのカードであると伝えられている」

 

「そんな7つの球を集めればなんでも願いが叶う的な便利アイテムを出されてもねえ⋯⋯というかどこにあるのか分からないんだろ?」

 

「ナンバーズはすべて集めるとそのカードの在処を示すとされている、つまり君たちに行って欲しいのは最初から最後までナンバーズを全て遊馬達が集めるのを手伝って欲しいだけだ」

 

 黙り込む室内、そして一番年長者であるプラネタリーは軽く手を叩き立ち上がる。

 

「まあ、ちょっと整理する時間も欲しいかもしれん、少しこの町を見ていくってのも良い物じゃよ」

 

「……よし水田、行くぞ」

 

「行くってどこに?」

 

「その熱田って奴の所にだ」

 

                        ●

 

 兵士に脇を挟まれ、裕と最上は歩く。

 

「さて、ちょっとだけ話をしよう、もう1人のお前についてだ」

 

「何か知ってるのか?」

 

「まあな、式原に調べさせたし私も直接問いただしたから間違っていないと思う、いいか、バリアン世界に堕ちる条件は深い憎しみや後悔を持つことだ、そこまではいいな?」

 

「ああ」

 

「じゃあなんであいつはバリアン世界に堕ちたんだ?」

 

「えっと…………俺が、楽しく」

 

「違う、順序が逆だ、バリアン世界に落ちた奴はお前の活躍を見て恨んだって言っただろ。つまりお前がこっちに来る前からあいつは深い憎しみを持っていたって事だ」

 

「見えたぞ、あそこだ」

 

 最上の言葉を理解するよりも先に兵士に指差された場所は牢屋というよりは普通の一軒家、そこに熱田という少年がいると言う。

 

「それと聞き覚えは無いだろうが一応聞いておく、熱田って苗字に聞き覚えは?」

 

「ないな」

 

「だよな、校内でのお前の扱いを聞いて不審に思ってな、いくら民度が低い遊戯王世界だとしてもこれはいくらなんでも低すぎる、誰かに指示されてるんじゃないかって思ってな、調べてみた」

 

 最上に促され裕はその家の扉の中に入る。部屋の奥にはベッドが見え毛布に包まる人の形をした者がある。

 最上は背後からゆっくりと距離を開けている。まるで裕が逃げないか監視する様に。そして扉を閉め、わざと大きな声で名前を呼んだ。

 

「水田、そこの馬鹿がある意味、全ての元凶だ」

 

「水、田? 水田ぁ!」

 

 最上の言葉に弾かれたように毛布はめくられる、現れたのは少し太めの少年だ。その眼にはおびえ、憤怒、そして憎しみのこもった目がある。

 少年は言葉にならない声緒を挙げながら近づいて裕の襟首を掴み締め上げてくる。

 突然の行動に反応出来ない水田、そして最上はその場から動かず言葉を続ける。

 

「そいつが水田裕からクェーサーを奪った張本人だ」

 

 最上の言葉に熱田の顔は歪む。

 心の底からくだらない事を聞かれた様に、

 

「ああん? 最上、そんな中学時代の話を持ち出してどうするんだ? それともこいつがそんな理由で俺をこの異世界に落としたってかぁ?」

 

 熱田は連続傷害事件の一番最初の被害者だ。

 それは裕の顔をした人物に襲われており彼が街の人々に裕が犯人だと吹き込んだ人物であり、裕によってこの世界に叩き捨てられた人物だ。

 そしてまったく身に覚えのない話だがそれは当然だ。それは自分ではなく、もう一人の自分の過去だからだ。

 

「中学、時代?」

 

 最上はそれを知っていて、それを話す。

 

「そう、確かに高校時代までクェーサーを水田裕は所有していなかった、だが中学時代に1度だけ見た事があるって奴が現れた。そいつは泣ける話をしてくれたよ、自分がアンティ決闘で負けて奪われたカードを、水田君が横から現れて取り戻すとか言って自分のカードを賭けてまで決闘して負けてしまったってな」

 

 最上の全く心のこもらない言葉に熱田は思い出すように頷く。

 

「はっ、懐かしい話だなぁ。ああ、俺は勝ったぜ、お前がクェーサーを賭けたアンティ決闘で、お互いに承知の上だろうが!」

 

 もう1人の自分は過去に漫画のようにアンティ決闘で挑まれたカードを取り返そうとしたのだ。

 そして敗北し奪われた。

 もう1人の自分がヒーローになろうと思ってやったのではないことぐらいは容易で想像できる。

 自分が同じ立場ならばどうするか考えれば一目瞭然だからだ。

 アンティ決闘が嫌いで、皆が笑顔になれない事が嫌いで、他人のカードを奪う連中を許せるわけが無い。その心のままに挑んで敗北したのだろう。

 

「それで、俺はどうしたんだ?」

 

「話によると何度も挑んでぼろ負けしたらしいが詳しい話はそいつに聞け」

 

「ああん? お前俺がやった事忘れたのか、そんなに頭が悪かったのかぁ? まあそうだよなぁ、クェーサーなんて使いにくいし金になるから速攻で売って金にしたって言っても聞かないで何度も挑んできた馬鹿だもんなぁ。俺とお前のアンティ決闘で俺が全戦全勝してデッキからレアカード全部、貰ってやったのにまだ俺に立ち向かって来るんだぜ、勝ち目なんて皆無だってのによ、そんな姿が鬱陶しくってちょっと人脈を使ってお前にちょっかいかけたっけなぁ」

 

「ッ!!」

 

 その言葉でようやく理解したのは裕がこの世界に来てからの家族の様子だ。

 デュエルモンスターズの事になると僅かに態度を変えた母や周りの様子がおかしかった理由を理解した。

 決闘が原因で苛められた息子がいきなりカードを買いたいなんて言い出したら親からすれば脅されているのかふっきれたのかなど色々頭に浮かんでしまうだろう、そして裕は今まで聞こうとして聞けなかった過去を知った。

 そしてようやくもう1人の自分が裕に激怒し憎しみを抱いた理由を悟る。

 どんな状況でも、どんな世界になっても水田裕は水田裕だ。

 楽しい決闘が好きで、アンティ決闘などの笑えない決闘が大嫌いで、そしてクェーサーを愛している。

 もう一人の裕がこちらに殺意を向けた理由がようやく分かった。

 自分と同じ顔で決闘を楽しくやってきたからではない、クェーサーと共に決闘を楽しくおこなってきたからこそ、もう1人の裕は自分へと憎しみ、と敵意、殺意、そして嫉妬を向けてきたことを理解した。

 全く同じ顔で自分の体に入って来た人物が自分の相棒たるクェーサーを使って楽しく決闘し始めて自分が同じ立場になれば嫉妬で狂うだろう。そんなこと考えなくても分かる事だ。

 

「お前からのデッキのレアカードを貰って、売って金に変えてまたカードを買ってお前に勝つ、それだけでいいから楽だったぜ、なんせお前は何度も挑んできたからよう、雑魚の分際で吠えるな、喚くな、鬱陶しい、お前みたいなやつは俺にカードをくれてりゃいいんだよ」

 

 その言葉に裕は我を忘れる。

 その言葉に裕は決闘者であることを捨て目の前の敵を肉体を使って攻撃した。

 襟元を掴んでいる手を払い腹を蹴り上げる、突然の動きについてこられなかったのか、そうすることを予測でき仲たのか熱田はそのまま転げ、裕はその上に馬乗りになる。

 

「っ、お前!」

 

「なんだっけ、お前の最後のゴミレアカード、ウルトラレアの団結の力はまだ大切に持っているのか? さすがにそんなカードを賭けてアンティ決闘して勝ったけどいらないって言ってゴミ箱に捨てたけどまだ大事にとってるのか?」

 

「……っ、ふざけんなっ、人の大切にしてるカードをなんと思ってやがるっ!!」

 

 家屋が裕の叫びに包まれる。それは外で待機していた兵士を呼ぶには十分すぎるものだった。

 裕はその強がるように笑うその顔に生まれて初めて殺す気で拳を振るう。

 肉と骨を殴りつけ、殴りなれてない拳からは痛みが走る。

 だがその上でさらに殴る。

 顔を隠す肉が厚く大きい熱田の腕を上から叩きつけ殴りつける。それは感情のみで暴れる獣の様である。

 何度かの殴打、そして床を転がり上と下を入れ替えながら殴り合う。

 転がっていた床、二人の服は彼の拳か、熱田の顔面か、それとも熱田の反撃から裕が受けた傷からか血が流れる。

 そして騒ぎを聞きつけた兵士たちによって止められるまで裕は叫び、本気で殺そうと言わんばかりに熱田を殴り続けていた。


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