クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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合流

 裕達がバリアン世界に落ち、氷村響子がハートランドシティに着き、そしてそれらを時を同じくする様に遊馬達の乗る飛行船が姿を現した。

 船内では皆が安堵の表情を浮かべ、だがその中には不安や悲しみがある。

 友達を助けに異次元まで行ったら実は敵の罠で、何とか突破したが敵地から脱出する際に友達を2人も行方不明になってしまったのだから当然といえば当然だ。

 遊馬達はサルガッソの崩壊を逃れ脱出に成功した。

 そして崩壊が収まる兆しを見せたために何度もサルガッソに入れないか試すも飛行船が再び異世界の狭間へと入る事は無く、崩壊していく世界に巻き込まれた凌牙と璃緒がどうなったのかは分からない。

 そして遊馬は自分の行いが友達二人を行方不明にした事をとても後悔していた。

 誰も予測のできる訳の無いベクターの罠、だが罠だと分かったうえで踏み込み、偶然とはいえ凌牙と璃緒が行方不明になった事は悔やんでも悔やみきれない。

 アストラルや小鳥、ナンバーズクラブの皆は何度も気遣ってくれてはいるが遊馬の後悔は晴れない。

 

「俺のせいでシャークや妹シャは……」

 

 悔恨という感情に押しつぶされる遊馬だが敵はそれを待つことはしない。当然のように追い打ちがかかる。

 それは飛行船が人間世界についたとき遊馬にかかってきた一本の電話から始まった。

 

「電話?」

 

 Dパッドに表示される名前は遊馬の姉、九十九明里だ。

 今まで異次元に言っていたために電話が繋がらず気付けなかったが何十件という着信履歴が残っている。

 遊馬達は知るよしもなかったがすでに人間世界の決闘者の多くはバリアンに洗脳され暴動や傷害事件が起きており警察も行政もその対処に追われていた。

 電話が一向に繋がらない事を心配しての電話ならばよかったのだが、

 

「姉ちゃん、大丈夫か?」

 

「遊馬! あんた大丈夫!?」

 

「お、おう、小鳥たちも一緒だ」

 

「そう、よかった、あんた達が無事ならそれでいいわ」

 

 遊馬は気付く。姉の背後でガラスに何か柔らかい物が当たるような音が絶え間なく続いている事に、そしてくぐもってはいるが呻き声がずっと続いている事に、

 

「姉ちゃん! 今どこにいるんだ!?」

 

「家よ、なんか様子の明らかにおかしい連中に取り囲まれてるの、幸い入ってくるような連中は」

 

 明里の言葉はガシャーンというガラスの破砕音でかき消される、それと同時にノイズが走り始める。

 

―――これって真月や裕、アリト達、バリアンが近くにいるときに起こったのと同じ事!?

 

 通話妨害、遊馬がそれに気づいたときにはもう遅い。

 

「姉ちゃん!? 大丈夫か、おい!」

 

「ザザザッ、キャァ、ザザザザザ、蝉の怪 ザザ、って今度はクラゲ!? どうなっザザザザザザザザザザ」

 

「ッ!?」

 

 通話はそこで途切れた。

 遊馬の耳に届いたのは蝉、クラゲ、という単語、そして滅多な事では悲鳴を上げない姉の悲鳴、そして破壊音だ。

 そこから導き出されるのは簡単な事だ。姉が自分の家がバリアンの何者かによって襲撃されたという事のみだ。

 迷う暇も、悲しむ暇すらも与えないバリアンの猛攻、遊馬は涙をぬぐい立ち上がるしかなかった。

 もう二度と失いたくないという強い願いは喪失を悲しむ遊馬の足に力を与える。

 そして遊馬は明里達を助けるために飛行船を飛び出した。

 

                        ●

 

「全く、ベクター様も人使いが荒い……」

 

 人が全く居なくなった町を一人の男が歩いている。

 真っ白な帽子に裏地は虫の翅のように赤い静脈のような筋の走る真っ白なスーツ、イかしたデザインのサングラス、真っ赤な虫の複眼のようなステッキをつき、鼻歌交じりに歩く男、ハートランドは人間の姿で街を歩いていた。

 蠅の姿でベクターの触手室に叩き込まれていた彼がここにいるのは訳がある。

 ベクターがドン・サウザンドと融合しバリアン城へと帰ってきて最初に行ったのは偽物のナンバーズの作成だ。

 すでに人間世界の決闘者の大半は洗脳が完了し感情と欲望のままに暴れまわっている、だがそれだけでは足りないと判断したベクターは偽物のナンバーズをばら撒く作戦を立てたのだ。

 そしてばら撒くために選ばれた運び屋が、触手プレイと放置プレイを同時に行われていたハートランドだった。

 触手部屋より解放されここぞとばかりにハートランドはベクターにごまをすりバリアンの力とナンバーズの1枚を貰い、更に九十九遊馬達のナンバーズを奪えば七皇にしてもらえると約束を取り付けたのだった。

 

「さて、では九十九遊馬の自宅にでも参りますか」

 

 すでにナンバーズをばら撒き終わり自分の運び屋としての使命を終え、そしてハートランドは九十九遊馬達のナンバーズを奪うファンタスティクな策略は完成している。

 

―――まずは九十九遊馬達の家族を人質に取る。その上で決闘を仕掛ける。そうすれば奴は決闘に乗ってくるだろう、そこで私はこう言うのだ。私のライフが減ったら家族を殺すと、幸いなことに家族は2人、姉と祖母がいる。1人ぐらいは見せしめに殺せるし1人死ねば奴も私が本気であると分かるだろう。

 

 人によってはド外道、ド畜生となじるような策略だが、自分はリアリストであるとハートランドは自覚している、

 人間のときより自分の野望の為に悪事を働き、闇デュエル界の4悪人とまで恐れられたハートランドだ。

 恐喝、強盗、考えられる限りの悪事を働き自分が1番になる為に他人を蹴落としてきた。

 どんな卑怯な手を使っても自分は成り上がるのだ。

 

「この心に宿る熱い情熱、ハァッーーーーートッ、バーーーーニングのままに、全てを手に入れる立場まで上り詰めるのだ!」

 

 ハートランドがフェイカーと会う前にコソ泥などという行為に走ったのも自分には金がなかったからだ。

 金が無ければ何もできない。かといって自分で稼ぐのは面倒だ。だからコソ泥をしていた。

 だがある日、ちょっとしたミスより足がついてしまい警察に追われる日々が続く。彼のその時間はまさしくどん底だった。

 自分の目的からは遠ざかるだけ、ひたすらに4悪人の仲間入りして悪事を働くだけの日々。

 だがフェイカーと出会えたことから彼の人生は再び登り始めたのだ。

 フェイカーのお気に入りになる為にフェイカーに頼まれどんな汚い事もやった、自ら手を下したこともある。それも全ては自分がのし上がる為にやったことだ。

 

「さて、そろそろ私のファンタスティックな作戦の前準備が整う頃だろうか」

 

 自分の目的を再確認しつつ、自分がバリアン七皇になれたならばどのようなことが出来るのか、そのような事ばかりを考えていると蝉丸より連絡が入った。

 蝉丸は人間世界の侵略の際に刑務所にぶち込まれたり悪事を働いていたり身を隠していた闇デュエル界の4悪人の内の1人だ。

 彼らにナンバーズとバリアンの力を与え協力関係をハートランドは結んでおり、今回は九十九遊馬の家族を手に入れる仕事を任せていた。

 並の人間の膂力では彼らから逃れることは出来ない。念を入れて逃げられない様に九十九遊馬の家を洗脳した決闘者で取り囲ませているために自分の立てたパーフェクトな計画に漏れはないだろうと考えていた。

 この連絡もパーフェクトな計画が成功したという知らせなのだろうとほくそ笑みつつハートランドは通話に出る。

 映像に表示されるは禿げ頭の男だ。

 強面で狂暴そうな顔な顔にはいつもと違い恐怖と驚きが浮かんでいる。

 疑問に思いながらもハートランドは口を開く。

 

「蝉丸か、九十九遊馬達の家族を確保できたのかね?」

 

「いや、それどころじゃない、蚊忍者がやられた!」

 

 蚊忍者も4悪人の1人だ。

 蚊を調教し、操り、様々な薬物を相手に打ち込み幻覚を見せるスキルがあった彼はバリアンの力によってさらに凶悪な技能を得た。

 ハートランドと手を組み警察からは害虫ブラザーズというあだ名で知られる彼が負ける事を信じられないハートランドは画面に叫ぶ。

 

「何? 九十九遊馬達にか?」

 

「違う、あいつは!」

 

 蝉丸の視線が横に向けられる。そして画面外から聞こえるのはクラゲ先輩の切羽詰まった声だ。

 

「ちっ、蝉丸、先行きな、ここはお前らの大先輩たる俺が引き受ける! 後輩は先輩の立てるものだが、先輩は後輩にの前でダサい背中なんて見せられねえ! それが人生の大先輩たる俺の生き様よ、お前はハートランドと合流しあいつを倒す策を考えろ、行くぞ後輩! 決闘だ!!」

 

「クラゲ先輩ぃいいいいい!」

 

 電話の向こう、蝉丸は号泣していた。

 ハートランドがかろうじて分かるのは何者かがハートランドの立てたパーフェクトかつスタイリッッシュな策略を邪魔していると言う事だけだ。

 

「くっ、おのれ、いったい誰が!」

 

 ゴーシュ達やWDC補填大会で九十九遊馬達と知り合ったプロ決闘者がこの街を目指しているのはハートランドも掴んでいた。

 そしてWDCでフェイカーを倒すべく奔走していたトロン一家もこの事態に動き出している事は予想が出来る。

 だが洗脳された決闘者からはまだ彼らを見たという情報は伝わっていない。

 だからこそパーフェクトな計画をジャマしたのは誰なのかが検討がつかない。

 その犯人を探るべく人間離れした膂力でハートランドは走り始め、九十九遊馬の家の前まで来た、そして見た。

 九十九遊馬達の家を取り囲んでいた決闘者が全て倒され山の様に積み重ねられているのを、

 

「なんだこれは!?」

 

 蝉丸たちの計画開始の連絡を受けてからまだ20分と立っていない。それなのに計画は半ば暗礁に乗り上げている。

 

「一体誰が!?」

 

 ハートランドは土足で室内に乗り込む。室内は荒れに荒れ半分までは策略が上手く行っていただろうと言うことまで予測できる。だが一体誰が邪魔をしたのか。

 

「蝉丸? 蝉丸、返事をしろ!」

 

 返事はない。

 だが人間を辞めバリアンの力を得たハートランドにはその音が届いた。

 誰かが決闘をしている音だ。爆裂音や何かが沈み込む様な音が僅かに聞こえた。

 

「庭か! 蝉丸、大丈……」

 

 ハートランドは言葉を失う。

 窓から庭を見た今まさに巨大な蝉、No.3地獄蝉王ローカストキングが真上より振り下ろされた巨大な柱のような物によって踏み潰された瞬間だった。

 仰ぎ見なければ全体像を掴めないほどの巨大な柱のような物体は宮殿のような玉座に付けられた4つの脚だ。

 そしてそれに座するは白と黒の修道女像、全てを見下ろすそれは絶対の支配者のような威圧感を発している。

 

「なっ!?」

 

「エルシャドール・シェキナーガの効果で貴方が発動したモンスター効果を無効にし破壊、そして手札のシャドール・カードを墓地に送ります、私が送るのはシャドール・ヘッジホッグ。そしてカード効果で墓地に送られたヘッジホッグの効果でシャドール・ビーストをデッキから加え、ネフィリム、シェキナーガで直接攻撃!」

 

 蝉丸の場にはカードは残っていない。人間形態の蝉丸はハートランドを見つけると助けてほしいと手を伸ばすも2体の色違いの修道女像の放ったレーザーに焼かれた。

 

「ああ……!」

 

 敗北し崩れていく蝉丸の体、体全てをバリアンの力で強化した自分達4悪人は敗北しナンバーズを奪われれば消滅するしかない。しかし一般決闘者にナンバーズを奪う力は無い。

 だが目の前の少女はナンバーズを奪いとり黒紫の糸が今まさに光になろうとしていた蝉丸の体を縛り上げ彼女の小さな矮躯へとエネルギーを抜き取り送り込んでいく。

 そして体のエネルギー全てを抜かれた蝉丸の体はボロボロになっていき赤黒の光へと変わった。

 その光景を見送り、少女はこちらを向く。

 眼鏡をかけた少女だ。

 その顔にハートランドは見覚えがないがかなりの腕の決闘者であることは間違いない。

 

「さて残りはあなただけですよ、ハートランドさん」

 

「貴様、何者だ!?」

 

「申し遅れました、私は新聞記者の氷村響子と言います」

 

「新聞記者、だと?」

 

 得体の知れない少女の歩みは止まらない、ハートランドは一度撤退しようと判断する。

 すでに計画は頓挫しており自分も響子と名乗る決闘者に狙われている。

 逃げようとする気配を感じ取ったのだろう、響子は笑いながら、

 

「ええ、そしてあなたを倒させてもらいます。 さあ決闘です、貴方はもう逃げられません大人しく負けて私に食われなさい」

 

「はっ!?」

 

 ハートランドは逃走を図ろうと足を動かすも動かすことが出来ない。

 脚には黒紫の糸が絡まっており動きが封じられているのだ。

 もう逃げる事ができない事を悟ったハートランドは決闘盤を出現させる。

 仮にも4悪人全てを倒した響子と名乗る決闘者、だが自分とて軽々しく負けるわけにはいかない。

 

「くっ、いいでしょう、貴方という危険要素を排除し私のファンッタスティックな計画を実行させてもらいます!」

 

 対する響子は何も答えず、冷静な目でハートランドを見、叫んだ。

 

「「決闘!」」

 

                    ●

 

「レディ・ファーストです、お嬢さん、先攻はお譲りします」

 

「そうですか、では私のターン、ドロー。私は魔法カード影衣融合を発動、手札のシャドール・ヘッジホッグとシャドール・ビーストを融合、現れよ、エルシャドール・ミドラーシュ」

 

「融合使いか」

 

 手札より黒と紫の渦が巻く。獣と針鼠を取り込んだ渦より引き上げられるは機械仕掛けの影の龍に跨る少女人形だ。

 そしてそれだけでは収まらない。渦の中より黒紫の糸が放たれデッキへと突き刺さる。

 

「カード効果で墓地に送られたビースト、およびヘッジホッグの効果発動、デッキよりシャドール・リザードを手札へ、そしてデッキから1枚ドローします。そしてカードを2枚伏せ、モンスターをセットしターンエンドです」

 

響子場  エルシャドール・ミドラーシュ ATK2200

LP4000  セットモンスター

手札2   伏せ2

 

ハートランド場

手札5

 

 特殊召喚を制限する機械少女の人形、ミドラーシュの効果テキストを見て、ハートランドはドローすべきカードを想像する。

 主たるベクターとドンサウザンドより与えられたデッキに入っている物ならば確実にドローするこの力で今引くべきものを想像しデッキに手をかけ、

 

「私のターンドロー、私は手札よりインフェクション・フライを召喚。そして手札からヘル・マルチプリケーションを発動、このカードは私のデッキからレベル2以下の同名モンスターを特殊召喚する、現れろ2体のインフェクション・フライ!」

 

 四肢がブヨブヨの触手のような蠅が3体並ぶ。それは彼の主催するファンタスティックなショーの始まりに過ぎない。

 

「ですが、ミドラーシュの効果で特殊召喚はもうできなくなります!」

 

「それはどうでしょうか、私は手札より禁じられた聖杯を発動、貴方の場のエルシャドール・ミドラーシュの効果を無効にします」

 

「あっちゃあ……」

 

 ぶっかけられた少女より相手を縛る力は失われた、それを皮切りにハートランドはベクターより与えられた偽物のナンバーズを手に出現させる。

 

「そしてインフェクション・フライの効果発動、1ターンに1度、フィールドの全てのモンスターのレベルを2倍にすることが出来る!」

 

 インフェクション・フライの元々のレベルは1、よって全てのインフェクション・フライのレベルは2となる。

 そしてまだハートランドの場にはインフェクション・フライが2体残っている。

 

「という事は、レベル8まで上がるんですか!」

 

「そのとーり、さらに私の場の残り2体のインフェクション・フライの効果でさらに2倍、2ばーーい!」

 

 両手にVサインを作り子供の様にはしゃぐハートランド。その様子に僅かにげんなりとした表情の響子に気づかずハートランドは片手を腰に、そしてもう片方の手で天を指差し叫ぶ。

 

「私はレベル8となったインフェクション・フライ3体でオーバーレイネットワークを構築、エクシィーズ召喚ッ!」

 

 黒い塊が3つ飛翔する。

 発生した金に輝く渦へと吸い込まれ渦は拡大、奔流を吐き出す。

 不快な羽音を響かせ空へと登るは人型体形をした蟲だ。

 蠅の頭部、両手は相手を引き裂く鋭い前足となり六枚の翅はせわしなく宙を高速で動いている。

 

「現れろNo.1ッ! ダークな羽音がファーンタスティックに木霊するアッメージングな蠅の王、インフェクション・バアル・ゼブル!!」

 

 醜悪なモンスターエクシーズの姿に響子は口を大きく開けたまま、微動だにしない。

 それを見て、ハートランドはベクターより与えられしナンバーズを自慢する。

 

「驚きのあまりに声も出まい、全てのナンバーズの1番、つまりこれがナンバー1だ!」

 

 腰に手を当て指を立てスタイリッシュなポーズを取り自慢げに叫ぶ。

 だが空気の読めない響子は、

 

「いや、あの早くしてください」

 

「声も出ないと言ったそばから声をだすなぁ!! 1こそ全ての始まり、ナンバーズの頂点、ひれ伏すがいい、出席番号1ッ、ナンバーーーーズ1ぃッ」

 

 言葉の度に違うポーズをとり自慢するも響子は呆気にとられた表情から飽きたような表情へと変わり適当にあしらう様なジェスチャーを取り、

 

「……あの、決闘を進めましょうよ」

 

「貴様! 1番の素晴らしさが分からないとは恐怖の制裁を加えてやる! インフェクション・バアル・ゼブルの効果発動、このカードがエクシーズ召喚に成功したとき、相手のエクストラデッキからナンバーズを墓地に送る事が出来る、私は貴様のNo.3地獄蝉王ローカストキングを墓地に送ってもらう」

 

 ハートランドは先程の決闘で響子がエクストラデッキにローカストキングを入れているのが見えていた。

 そして相手のエクストラデッキを削るにしてもたった1枚を墓地に送ったところで状況は悪化しない。

 その事に響子は首を傾げる。

 

「なん意味が?」

 

「ふふふ、そのナンバーズには特殊な細工が施してある、貴様の魂に根を張り引き抜こうとするとバリアンズ・スフィア・フィールドの数倍のダメージを与えることが出来る、ただの人間のお前に耐えられることが出来るかな?」

 

 ローカストキングより放たれた赤紫の攻撃的なエネルギーは響子へと襲い掛かる。

 触れれば肌が裂け肉はただれるような高電圧のようなエネルギー、それに触れれば一般人ならば絶命、普通の決闘者ならば卒倒する可能性すらもある。

 そのエネルギーは響子へと直撃した。

 ハートランドは少女の悲鳴を上げるのを待っていたがいつまでたってもそれが起こらない。

 

「な、何故!?」

 

「何故と言われましても、うーん、まあ色々事情があるんです。 そんな説明はいらない、響子、あの偽物のナンバーズごと早く喰わせろ」

 

 荒れ狂う破壊のエネルギーの中、何事もないように少女は立って笑みを浮かべ、まるで二重人格のように一人で会話をしている。

 

「くそっ、だがインフェクション・バアル・ゼブルの効果発動、オーバレイ・ユニットを1つ使い相手の場のカードを破壊しその破壊したカードがモンスターならばその攻撃力分のダメージを与える! 私が選択するのは貴様がセットしているモンスターを破壊する!」

 

響子場→墓地 シャドール・リザード

 

響子LP4000→2200

 

「カード効果で墓地に送られたシャドール・リザードの効果発動、デッキからシャドール・ヘッジホッグを墓地に送る、さらに効果で墓地に送られたヘッジホッグの効果でデッキよりシャドール・ドラゴンを手札に加えます」

 

「さらにインフェクション・バアルでエルシャドール・ミドラーシュを攻撃!」

 

No.1インフェクション・バアル・ゼブルATK3000 VS エルシャドール・ミドラーシュ ATK2600

破壊→エルシャドール・ミドラーシュ

響子LP2200→1800

 

 前足の斬撃は機械人形を軽く砕く。だが機械人形の影はそんな事では死なない。

 墓地に送られた形骸より糸が射出し黒紫の塊となって響子の手札へと戻ってく。

 

「ミドラーシュの効果で墓地から影衣融合を加えます」

 

 影衣融合の効果は非常に強力だ、だがハートランドにはすでに対策は出来ている。

 

「メイン2、私は更にインフェクション・バアル・ゼブルの効果発動、相手の墓地にあるナンバーズをこのカードのオーバーレイユニットに出来る。そして私はセブンストアを発動、私の場のモンスター・エクシーズをリリースし1枚、さらにリリースしたモンスター・エクシーズの持っていたオーバーレイ・ユニットの数分追加ドローが出来る、つまり合計4枚をドローする! そして私はカードを4枚伏せてターンエンド」

 

「エンドフェイズ、私は罠カード、堕ち影の蠢きを発動。デッキよりシャドール・ファルコンを墓地に送る、そしてファルコンの効果で墓地より自身を裏側守備表示でセットします」

 

ハートランド場

LP4000

手札0        伏せ4

 

響子場   セットモンスター

LP1800   

手札4   伏せ1    

 

 そして響子がターンを始めようとしたとき現れたのは九十九遊馬だ。

 全身より汗を滴らせ、息も絶え絶えになりながらも真っ直ぐに視線は家に向かっている。

 

「姉ちゃん、大丈夫か!?」

 

「遊馬、あれを見ろ」

 

「ハートランド!? どうして、お前はあのときアストラル世界に落ちたんじゃ!?」

 

「ふっ、アストラル世界は私を受け入れてくれなかったのさ、それどころか私を追放した。しかし私はドンサウザンド様のお力で新しく生まれ変わったのだ! 見よ、この私の新しい姿を!!」

 

 ハートランドの姿が黒赤の塗り潰す力がハートランドの人間形態を変えていく。与えられたエネルギーは衣服を突き破りハートランドを全裸にする。

 きゃっ、と響子が両手で目を隠す中、尾細身の割に意外と筋肉質な彼の体は黒と赤の力に染め上げられ紫色の硬い虫の様な外殻、バアル・ゼブルの様な人と蠅の融合したような醜悪な姿となった。

 

「それがお前の正体か!?」

 

 遊馬が正体と言ったので響子は前を隠していた手を少しだけずらし、更にげんなりした表情と成る。

 

「……なんか色々な意味で凄い姿だなぁ、リペントの本当の姿も同じような姿なの? 私はあんな醜悪な姿はしていない。 そうなのか、安心しました。私のターン、ドロー、マスマティシャンを召喚、デッキより」

 

「させるか、私は罠発動ブレイクスルー・スキルをマスマティシャン対象に発動だ!」

 

「ならば速攻融合魔法、神の移し身との接触(エル・シャドール・フュージョン)を発動、手札のシャドール・ドラゴンと場のマスマティシャンを融合召喚、全てを取り込め影の力、万象を飲み込みしその異能は全て消去する機殻神すらも取り込み、留まる事を知らない、さあ新たに得たその力で全ての抵抗を退けよ、現れ給え、エルシャドール・シェキナーガ」

 

 空中より出現した白い恐竜の腕がマスマティシャンに迫る、だがその腕が到達するよりも先にマスマティシャンは渦へと引き摺りこまれる。 

 そして現れるのは巨大な金属の脚だ。

 四本足が渦の中より現れ徐々にその全貌が見えてくる。中心に座る修道女より放たれる黒紫の糸が機械の四肢や王宮内部へと侵入しその巨体を制御し内部の歯車やエネルギーラインの輝きが敵を威圧する。

 その身に宿る新たな力、全てのモンスターの反逆を許さない巨大な神の姿だ。

 

「さらにマスマティシャンの効果でデッキからシャドール・リザードを墓地に送る、リザードの効果、さらにドラゴンの効果発動、伏せを破壊します」

 

「くっ」

 

 伏せていた魔法の筒が破壊され、ハートランドは悔しげに唸る。

 

「リザードの効果でデッキよりシャドール・ヘッジホッグを墓地へ、ヘッジホッグの効果でシャドール・ビーストを手札へと加える」

 

 繰り返される墓地からのカード効果の嵐、そして荒れ狂う黒紫の糸。

 それは見る物全てに不安を与える気味の悪い光景だ。

 

「さらに墓地の闇属性、シャドール・ドラゴンを除外し輝白竜ワイバースターを特殊召喚、シャドール・ファルコンを反転召喚しファルコンの効果で墓地からエルシャドール・ミドラーシュを裏側守備表示で特殊召喚、そして影衣融合を発動、場の光属性ワイバースターとミドラーシュを融合召喚、破壊の力を身に宿した修道女像よ、その意図を持って全てを操れ、現れ給え、エルシャドール・ネフィリム」

 

 白黒のシェキナーガとは違う紫の修道女像が渦の中より現れる。

 そして更に墓地から光が炸裂する。

 

「墓地に送られたミドラーシュ、ワイバースター、そしてネフィリムの効果発動、ネフィリムの効果でデッキより影衣の原核を墓地に、ワイバースターの効果でデッキから暗黒竜コラプサーペントを手札に加え、ミドラーシュの効果で墓地より神の写し身との接触を加える」

 

 黒と白の脈動は止まる事を知らない。

 全てを飲み込むように光と闇が交互にハートランド場を砕き侵略していく。 

 

「さらに原核の効果で墓地の影衣融合を加え、そして墓地の光属性ワイバースターを除外し暗黒竜コラプサーペントを特殊召喚する」

 

 場にいるモンスターの攻撃力の合計は1800+600+2600+2800で7800、ライフ4000を余裕でオーバーキル出来るレベルだ。

 ハートランドは冷や汗が止まらない。

 全ては自分の知らない融合カードとシャドールという頭のおかしいカードのせいだ。だがハートランドもただでは負けない。すでに手は用意してある。

 伏せているのはエクシーズ・リボーンと永続罠インフェクション・ミーディアムがある。

 これさえあればどんな強力なモンスターを展開しようがしのぎ切れる自信がハートランドにはあった。

 

「バトルフェイズ・シェキナーガで直接攻撃!」

 

「まだです、罠発動エクシーズ・リボーン、墓地のインフェクション・バアルを特殊召喚します!」

 

―――さあネフィリムでこのナンバーズを破壊しろ、そうすれば貴様は終わりだ!

 

 そう胸中で叫ぶハートランド、そして

 

「モンスターが増えた事により戦闘の巻き戻しが発生、そしてシェキナーガで攻撃宣言、さらに私は手札のシャドール・ビーストをコストに超融合を発動、貴方の場の闇属性インフェクション・バアルと私の場のシャドール・ファルコンを融合、現れろ、エルシャドール・ミドラーシュ」

 

 膨大なエネルギーを放ち続ける渦がハートランドと響子の中心に出現した。

 ハートランドの場のナンバーズも、機械鳥が等しく闇に飲まれ再び姿現した機械少女。

 その光景はハートランドの心を折るには十分な光景だった。

 そして惨劇はまだ終わらない。巨大な渦に紛れて黒紫の糸はナンバーズやハートランドに絡みつきエネルギーを奪い始めた。

 

「馬鹿な、バリアンの力が、私の力が抜けていく!? なんだあのモンスターはっ、私のバリアンの力を食べている!?」

 

 アストラルが叫ぶのは当然だ。

 エルシャドール達より放たれる黒紫の糸が蠅人間のハートランドに絡みつきエネルギーを奪っている光景、それは捕食と呼ぶにふさわしい。

 糸によってエネルギーを奪われバリアン人の姿を保て徐々に人の姿へと戻っていくハートランド、その表情は驚愕に包まれている。

 そしてそれは決闘を見ていた遊馬達にも言える事だ。

 その得体の知れない力に敵ではないかとさえ思ってしまう。

 

「モンスターの増減により攻撃が巻き戻され、シェキナーガで直接攻撃!」

 

「ひっ!?」

 

 修道女より放たれる一撃は全裸のハートランドを転がしていくには十分過ぎる。

 

「さらにネフィリムで直接攻撃!」

 

 転がされた先に叩き込まれるもう一撃は確実にハートランドを捕らえ彼の最後に残っていた力を奪いつくした。

 

ハートランド LP1400→0

勝者響子

 

                   ●

 

「おのれ、どこぞの凡骨決闘者ごときにこの燃えるハートのハートランドが……!?」

 

 ハートランドは呻くも傷は深くバリアンの力は抜き取られている。だが幸い周囲に拘束する糸は無く、ハートランドは逃げ出そうとするも持っていたNo1が浮かび上がる。

 

「こ、これは」

 

 黒の焔をまとったカードはハートランドの体にしがみ付くと黒焔は彼の体に燃え移る。

 まるでバリアン世界の敗者必滅の理を現すように燃え始めた自分の体を見てハートランドは目を開く。

 

「ももも、燃えている、私がハーエバーニング!? あちち、ベクター様、何故っ!? あちち、あち、燃えております、ベクター様ぁああ!」

 

 最後にハートランドが見たのは自分を倒した得体の知れない決闘者、響子の背後、物陰から出てきた少年の黒い笑みだ。

 ハートランドはあの少年を知っている。ベクターからの指示で見かけても手を出すなと命令された決闘者だ。

 

「まさか、お前が」

 

 私を売ったのか。

 言葉は続かない、すでに炎は喉をも焼き満足な言葉を発する事も出来ない状況だった。

 それでも自分の野望を阻止した少女と自分の情報を与え遊馬達に恩を売ったであろう少年を睨み付け、意識は途絶えた。

 

                      ●

 

 遊馬は物陰から出てきた裕の姿を見つけ駆け寄る。

 見たところ傷だらけだが異常な様子がない事に遊馬はほっと胸をなでおろす。

 

「大丈夫だったか? って裕一人か、最上は?」

 

「あいつは⋯⋯黒原にやられた。俺は一人で逃げてきたんだ。すまん、ここまで事態が悪化したのも俺や最上が洗脳した決闘者を抑えきれなかったからだ」

 

「いいって、お前が無事でよかった」

 

「遊馬なの?」

 

 遊馬と裕が肩を組んでいると部屋の奥から顔を出したのは明里だ。そして祖母の九十九春、オボミもいる。皆が無事だったことに安堵の息を吐き、遊馬は氷村に若干警戒しつつも歩み寄り、

 

「うちの姉ちゃんたちを助けてくれてありがとう」

 

「いいって、水田君がこの家の異常を知らせてくれたから私がこっちに来れたんだよ、お礼なら水田君に言ってよ」

 

「そうか、裕、本当にありがとう」

 

「おう、でもこのままじゃまずいな、囲まれちゃうかもよ」

 

「遊馬、確かに彼の言っている事は正しい、このままここに長居は危険だ」

 

 アストラルの助言、裕の言葉。

 それは正しい事だ。

 遊馬も町を突っ切ってきたが洗脳された決闘者達が街に溢れ正気の決闘者へゾンビの様に大群で襲い掛かっていたのを目撃していた。

 今この状況で襲われることだけは避けたい。一刻もはやく安全な飛行船へと戻るべく遊馬は皆に呼びかけた。

 

「そうだな、姉ちゃん、婆ちゃん、オボミ、俺と一緒に来てくれ、そこに行けば安全だぜ!」

 

「待て、遊馬!」

 

 アストラルは遊馬に声をかける。それは注意の言葉だ。 

 

「彼女をこのまま乗せてもいいのか、彼女の得体の知れない力について」

 

「そうだね、警戒するのは当然だね、リペント、彼らに全てを話そう。 そうだな、九十九遊馬、アストラル、、背中を任せてくれないのは当然だし警戒してもらっても構わない、だから安全な場所まで私が盾になる、囮にでも盾にでも好きに使ってくれ、そして話せる状況になったら君達の知らないバリアン世界について全てを話そう」

 

 人を安心させる笑顔から一点、能面のように無表情になった彼女からは何も読み取ることは出来ない、遊馬は少しだけ悩む。

 もう一度信じて裏切られるのではないか、露骨に怪しいこの少女を飛行船に入れて良いのかベクターのように信じた瞬間だまし討ちするのではないかと不安が鎌首をもたげる。

 実際に現状見えるのは不安材料しかない。

 飛行船で父親から示されたドンサウザンドの力を封印した最後の遺跡のナンバーズ。開放され何処にいるかも分からないNo.96、敗北し敵に回った可能性のある最上、町だけではなく世界中の決闘者がバリアンに洗脳されている状況でありバリアン七皇の攻撃も続いている。

 この状況で一歩でもミスをすれば現状は更に悪くなることは火を見るよりも明らかだ。

 そして、決断する。

 

「分かった、飛行船についたら全てを話してもらうぜ」


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