クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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最上と裕 下

「あーあ、ばれちゃったよ、もうちょっと引っ張りたかったのに」

 

裕が見るのは自分と同じ顔がいたずらっ子の様に笑う姿だ。

自分と全く同じ顔、声で笑うその姿に裕は狼狽を示し、そして苦し紛れに思いつく。

 

「バリアンとかそういうのが化けてるんだろ? 俺に成りすまして遊馬達を後ろから攻撃しようって魂胆なんだろ……」

 

そうであって欲しいという裕の願いは否定される。

 

「俺が本物の水田裕だ、だがまあ良い線いってるよ。それがベクターの考えたシナリオだったし、魂だけになってバリアン世界に落ちた俺をベクターとドン・サウザンドが目をつけこの体を与えてくれた、そして」

 

 息を吸い、裕と同じ顔で、同じ口元より放たれるのは悪意に満ちた言葉だ。

 

「ベクター曰く、遊馬が自分との決闘に勝つとしたらそれはアストラルと仲直りして、俺はそれでも仲間を信じるんだ! とかクっさいクっさいセリフを吐いてるんだろうから後ろから襲って思いっきり煽ってやれって言ってたっけ? トラウマは何度も何度も抉っていくのがいいんだとか」

 

 ベクターとやらが言っていた策は裕には理解できないが話を知っている最上は納得したように頷き、

 

「精神攻撃は基本ってか、やっぱりえげつない作戦だよ。黒原、これもお前の入れ知恵か?」

 

「あー、まあ、うん、そうだね、途中からベクターじゃなくてドン・サウザンドが力を貸してたけどそういう感じでいいんじゃないかな」

 

 最上の攻めるような視線を受けながらも、黒原はニヤリと笑いつつ手を広げる。

 

「まあこんな事を知ってもどうせみんなには伝えることは出来ないし、この家にいる奴らはドンサウザンドの兵隊になってもらう、最上はなんか洗脳から逃れて逃げ出しそうだからデッキと知識だけもらって、水田はこっちの計画に邪魔になりそうだから二人まとめてバリアン世界に行ってもらうよ、バリアン世界は凄いぜ」

 

 それを見てきた黒原は嫌悪感を表情にたっぷりと見せ、

 

「なんてって仏教でいう所の修羅道、畜生道、餓鬼道みたいなのが融合したところでな、バリアン人、ほぼ全てが自分、自分、自分、自分、自分って自分優先の世界でさぁ、これまた酷い世界なんだわ、他人を妬んで、憎んで、陥れて、簒奪する事ばっかり考えてる奴らばっかりの世界だ、お前らが生身で落とされれば体もデッキも魂も根こそぎはぎ取られて骨も残らないだろうね」

 

「まさしく地獄ってか、バリアン世界って確か深い恨みを残して死んだ魂の行き着く先ってやつだっけ、じゃあやっぱりもう一人の水田もそういう感情を持ってたんだ」

 

 二人の厨二病のよな難しい話し合いの中、裕が気になったのは深い恨みを残して死んだ魂の行き着く先というフレーズだ。

 

「本物って事はお前がこの体の元の持ち主?」

 

「そうだ、俺はお前にはじき出された水田裕だよ! お前のせいでバリアン世界に落とされてあの地獄の中で逃げ回ってる間、お前がやってきたこと全てを見せてもらった。喜怒哀楽、お前のしたことを全てを俺も見させてもらった。遠くの星を望遠鏡で眺めるような気分だった、近く見えるけど触れないってのは辛かったぜ!」

 

 突然、語気を強め、吐き捨てるように裕を糾弾する水田は裕を睨み付ける。

 

「苦しかったよ、俺と全く同じ顔の人間が友達作って、凄いカード拾って、クソ強え敵と戦って勝っていく姿を見る事しかできないなんてな、しかもクェーサーまで持ってやがったしなっ!」

 

 相手がこちらを見てぶつけてくる感情を本や漫画、ドラマの世界だけではあるが裕は知っている。

 それは殺意という物なのだろう、それ以外に言い表せない。

 羨望よりも深く、憎悪よりも鋭く、憤怒よりもさらに凶悪な感情を言い表す言葉はそれしかない。

 

「まあいい、体は手に入れた。もうその体には戻れないようだしその体は用済みだ。後は本懐を遂げるだけ。さあ、お前のターンはまだ終わってないだろ、といっても手札0枚じゃどうにもならねえか」

 

「クェーサーのレベルを下げてレベル・スティーラーを特殊召喚しターンエンドだ⋯⋯」

 

裕場     シューティング・クェーサー・ドラゴン ATK4000

LP1600   レベル・スティーラー DEF0

手札0     

 

???→水田場     

LP2400  

手札3     伏せ1

 

「俺のターンドロー、俺はリビングデットの呼び声を発動、墓地の月華竜ブラックローズを特殊召喚する」

 

「っ!? させるか、クェーサーの効果で無効にする」

 

 ブラック・ローズが特殊召喚されてしまえばバウンス効果が発動する。

 それを防ぐためにはクェーサーの効果で無効にするしかない

 

「そうだ、無効にするしかない、俺は墓地の闇属性の黒を除外し白を特殊召喚する。そして終末の騎士を召喚、デッキよりレベル・スティーラーを墓地に送る、これで準備は整った! レベル4の白と終末の騎士でオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚!」

 

 白い竜と黒の騎士が光となった。

 そして発生していく黒の渦に飛び込んでいく。渦を砕き、吹き上がる闇、闇、闇、それは全てを塗り潰していく。

 

「全てを飲み込み、砕け黒の覇道! 奪われた全てを取り戻し、奪った者全てに報いを与えよ!」

 

 それは彼のうちにある怒り、嘆き、そして過去へと戻りたいという願望から来る物だ。

 感情は形となり泣き叫ぶような声を上げながら一体の龍が姿を見せる。それは彼自身を象徴する痩せ細った龍だ。

 自由に空を飛ぶことも走る事も出来ない痩せ細った躰と翼、憎悪と簒奪の意思を宿す2対の色違いの眼、神々しい白の恒星龍と対になるように黒と紫の反逆龍は姿を現す。

 

「反逆を誓う黒星の龍! 俺の半身、現れやがれ! ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン!!」

 

 赤黒の雷電を纏う黒の反逆龍と白銀の光を放ち続ける恒星龍、シンクロモンスターとエクシーズモンスター、2体のドラゴンは向かい合い、吠え合う。

 

「ダーク・リベリオンの効果発動、オーバーレイユニットを2つ使い、相手モンスターの攻撃力の半分を簒奪しこのモンスターの攻撃力に加える!」

 

 そして蹂躙が始まる。

 恒星龍は手の中より発生した光の柱を叩きつけてくる。それを反逆龍はオーバーレイユニットを盾に突き進む。

 黒い流星の様に黒いエネルギーをまき散らし恒星龍を肉薄する、それを打ち払おうと恒星龍はその巨大な手で振り払おうとする。

 恒星龍の手は反逆龍の体よりも大きく凄まじい力を秘めている。

 それでも反逆龍は恐れずに突っ込む。全ては奪われた全てを取り戻すために、その為だけに自分はここにいるのだからと、吠え、その手に喰らい付きエネルギーを奪う。

 

「クェーサー!?」

 

 裕は相棒を心配し叫ぶ。

 ソリットビジョンだろうが相棒を傷つけられる姿を見てはいられなかった。

 しかし、その叫びは何も意味を成さない。

 黒の体に白銀の星が流れ込んでいく。銀河を駆ける流星のように体を徐々に煌めかせ反逆龍は大きく力強い姿へと戻っていく。

 恒星龍の手を喰い千切り、翼を貪り、白銀の外殻を引き裂き喰らい、反逆龍の体は恒星龍と成る。

 白銀の体に黒と赤紫のライン、光り輝く青と黒を混ぜた翼を揺らし、恒星龍を踏みつけ反逆龍はその巨大すぎる力に酔いしれ、勝ち誇るように吼える。

 

「さあ、終わりだ、バトルフェイズ、ダーク・リベリオンでクェーサーを攻撃、リベリオン・パニッシャー!!」

 

シューティング・クェーサー・ドラゴン ATK2000 VS ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン ATK4500

 

 ボロボロになった恒星龍を踏みつけ反逆龍の掌に白と黒のエネルギーが収束していく。

 そのエネルギーの向く矛先は裕だ。もはや恒星龍を倒す必要はなく裕に防ぐカードは残されていない、勝敗は決している。

 そして反逆龍は主の願いにより裕へと直接攻撃を行おうとしている。

 

「くっ!?」

 

 ダメージが強力に自分へと襲い掛かるこの状況であれだけのエネルギーを直撃すればただでは済まない、裕はそれを理解し、しかし逃げる時間すら与えてはくれない。

 そして黒と白の一撃は放たれた。

 裕は目を閉じ顔を腕で覆う。だがいつまでたってもダメージは来ない。

 目を開けるとボロボロになったクェーサーが裕を守る様に立ちはだかっている。

 立派な翼も、強靭な腕も、白銀に輝く体も全て血で汚れ、噛み千切られた跡が至る所にある。それでも必死に、自分を相棒と呼ぶ主を守ろうとして恒星龍は前に出て、最後に悔しげに1声だけ啼き、爆散した。

 

破壊→シューティング・クェーサー・ドラゴン

裕LP1600→0

勝者 水田

 

                      ●

 

 反逆龍により放たれたその莫大な一撃で部屋の一部が吹っ飛んだ。

 ソリットビジョンではなく物理的に。

 裕を避ける様に弧を描き抉れ、砕けた床の破片は壁に突き刺さった。

 その破壊力は凄まじく裕の手に付けていた決闘盤ごと腕を削り、血が、デッキが部屋や壁に散らばった。

 爆風は室内を荒れ狂い、倒れ伏した裕をもう一人の裕は見下し、狂ったように笑う。

 

「あとは、あとはあの日に戻るだけでいい、そしてそこで全てをやり直そう。失ったあのカードを取り戻せればあとはどうだっていい」

 

 鬼気迫る顔で呟くもう一人の裕の迫力に僅かに気圧された最上、そして、

 

「さあ、これで君だけだ」

 

「っ!」

 

 黒原は最上に近づいてくる、そして部屋にあったクッションに腰を下ろすと、

 

「見せてもらうよ、お前の最後の決闘を」

 

「ちっ」

 

 舌打ちし、最上は式原を見る。

 

―――まずいな、この状況、普通のフリーだと思ってたから勝てるだろうって手を抜いてたな、こんな状況になるなんて予想できなかったな。

 

 最上の顔色は悪い。

 フリーだと思ったら命を懸けた決闘に早変わりしていて、しかもどうしようもない状況に追い込まれた状況でそれを明かされた事だ。

 

―――せめて、せめてドローする前にそれが分かってれば本気でやったんだがなぁ⋯⋯!

 

 式原が洗脳されていると言う事がドローする前に分かっていれば、欲を出して言えば決闘する前に分かっていればここまでのピンチには陥らなかったと最上は思う。

 ドローした後でそのような非常に危険な真実を告げられたところでドローするカードを持っていなければ最上の持つ望んだカードを引くシャイニングドローもどきは使えないのだ。

 そしてこのターンを生き残れるかと問われれば最上は無理だろうと考える。

 式原は菅原と同じように手札にキーカードが集まってくる系の能力者だった。天使デッキの場合、無限に神光の宣告者の発動コストが手札に来るのと同じでありそれが式原の強さに繋がっていた。

 だがカウンター罠には対応することのできない神光の宣告者に天罰でもぶつければいいと考えピン刺しの天罰を引き当て伏せていたが、相手が望んだものを引きてると言う話ならば話の方向性が変わってくる。

 

最上場      セットモンスター

LP4000   

手札1      伏せ4

 

式原場     崇高なる宣告者 DEF3000 

LP4000   

手札8     伏せ1  

 

「私のターン、ドロー、私は大嵐を発動」

 

 発動するは4伏せしている状況で最も考慮するカード、吹き荒れる巨大な竜巻に最上は唇を噛み、

 

「っ、やっぱり来たか、ブレイクスルー・スキル発動!」

 

「崇高なる宣告者の効果発動、手札のもけもけを墓地に送りその効果を無効にしますわ!」

 

「手札のヒュグロの魔導書を墓地に送りカウンター罠、天罰を発動。モンスター効果を無効にして破壊する。これが⋯⋯通るか?」

 

 この効果が通ればなんとかなる。

 その願いは、

 

「通りません、カウンター罠神の宣告を発動、カウンター罠の発動を無効にします」

 

 容赦なく砕かれ、散らばっていく。

 希望など無い。

 セットしたモンスターカードはカードはバテルだが効果を発動したところでどうにもならない。

 手札も0、伏せも無し、そして式原のドローカード全てが思い通りになり、式原の持つ天使デッキの事をよく知っている最上は次に来る手を知っていた。

 

「打ち出の小槌を発動、手札7枚、全てをデッキに戻し7枚、ドローします」

 

 式原のドローするカード全てがこの世界で言うならばシャイニング・ドローやバリアンズ・カオス・ドローに匹敵する頭のおかしいドローとなってしまう。

 この状況で引かれるのは最上からすれば、いや今日この瞬間よりドン・サウザンドによって洗脳された決闘者と対戦する全ての決闘者からすれば絶望しか無い。

 

「私は手札から代行者、アースを除外しマスター・ヒュペリオンを特殊召喚します、そしてフォトン・サンクチュアリを発動、フォトン・トークンを2体、特殊召喚しますわ」

 

 現れるは秩序を守らない輩を砕く天使、そして、この時点でほぼ勝敗は決しているのだがダメ押しをするかのように、

 

「私はその2体のフォトン・トークンをリリースしてアドバンス召喚、おいでませ、大天使クリスティア」

 

 2体の生贄から得たエネルギーは天の門を開き、そこより現れるのは全ての特殊召喚を封殺する天使が舞い降りる。

 最上は笑うしかなかった。

 今の今まで自分が楽しんでいた絶望というものが最上には理解しきっていなかった。自らの力でどうする事も出来ないという状況に陥った時、自分の運命を呪い、自分を嘲笑う事しかできないと理解した。

 

「ヒュペリオンの効果発動、墓地のもけもけを除外しセットモンスターを破壊します」

 

 墓地で何のカードを発動しようが崇高なる宣告者が全てを打ち消していく。

 ドン・サウザンドとのラストバトルでの九十九遊馬の様にエクストラデッキから効果発動をしようが全ては無駄だ。

 そして最上にターンが回ろうともクリスティアを破壊しなければ特殊召喚をすることは出来ない。

 そもそもドローしたところでたった1枚のカードではどうする事も出来ない、最後の手札を伏せてターンを渡せばマスター・ヒュペリオンによる破壊が待っている。

 最上にも、この状況に陥った全ての決闘者からすればどうしようもない状況だ、最上はから笑いを浮かべ、これからくる光景に目を伏せる。

 

「最上さん、私ずっと前からあなたに勝ちたかったんです。何度も何度もぎりぎりまで追いつめては逆転されるばかり。私は貴方に勝ちたかった! 崇高なる宣告者を攻撃表示に変更、そしてバトル!」

 

 少女は本当に心の底から嬉しそうに笑い、十数年分のつもりに積もった願望を乗せ、3体の天使による裁きが自己愛に満ち、自己中心的で一方的な勝利のみを積み上げてきた少女へ叩き込まれた。

 

「クリスティア、マスター・ヒュペリオン、崇高なる宣告者で直接攻撃です!」

 

最上LP4000→1200→0

勝者 式原

 

                   ●

 

 裕は最上の敗北を見た。

 体のダメージから意識を失いかけるも腕の痛みに気絶する事も出来ず、倒れ伏したまま視線だけを動かした。

 最上の頭より光が浮かび上がり黒原の手に収まり消える。

 そして黒原は最上の腰につけたままのデッキに手をかける。

 

「馬鹿か、お前の」

 

「デッキは奪えないってか、甘いぜ。神に私だけがあれらのデッキを持ってればいいって言ったらしいが、なぁにドンサウザンドに偽物のナンバーズをばらまいたときの様に一文字違ったカードとしてばらまいてもらう。奪えないのならばこのデッキを無くせばいい」

 

 3つのデッキは黒原の手の中で赤と黒の炎に飲まれ燃えていく。

 

「お前!」

 

 裕は怒り叫ぶ。

 人の大切なデッキを燃やしそれを笑ってみている行為を一人の決闘者として見ておけなかった、だが体にはダメージが残り思う様に動かせない。

 

「そっちだけ見てても意味ないぜ」

 

 もう一人の水田裕がこちらを見下ろしていた。

 

                        ●

 

 水田は裕を見おろしながら言葉を紡ぐ。

 表面では取り繕いすました顔をしているが内面では歓喜に震えている。

 ひたすらにエンジンに燃料を叩き込まれているように、倒れ伏している裕の顔を見るだけで無尽蔵に感情が湧き上がっていく。

 

「俺がこの日をどれだけ待ち願い、あの地獄で過ごしてきたかお前には分からないだろう、たかだか3ヵ月、だけど長い3ヵ月だったよ、その間にお前は俺の欲しいものを全て手に入れた。名声も、友達も、レアカードも、俺が欲しくて欲しくて欲しくて、手に入らなかった物、全てだ」

 

 叫ぶわけでもなく淡々と内に秘める感情を吐露していく。そうしないと目の前で倒れている同じ顔をした自分を縊り殺してしまいそうなほどの感情が溜まっていたからだ。

 だがそうすることはしない。できないではなく、しないだけだ。

 生殺与奪、その他全ての権利は奪われて見せつけられ続けたこちらにある。

 

「だが」

 

 一息置き、言葉を切る。

 

「お前にも事情があると言う事はそこのやつから聞いた」

 

 水田裕と裕は座り込んでニヤニヤと笑う黒原を見る。

 黒原から水田裕が聞いたのは、最上の又聞きという前置き。そして、どうして自分の体にもう一人の水田裕が入ってきてしまったかという話だけだ。

 あまり信じられないが神とやらから無理矢理に転生させられたという話、それを裕が望んでこの世界に来た訳では無いという話を聞き、水田裕の憎悪が増した。

 何故、どうして自分なのだ、と荒れ狂い周囲の物全てに辺り散らし、時間をかけて怒りを抑え込み少しだけ冷静になった。

 本人にも悪意は無かった、無理矢理やらされたという部分をほんの僅かだが、ほんの少しだけ許してやろうと考え、裕に対する罰を決めた。

 

「何かしらの事情があるらしいじゃないか、だから失わされた俺の立場からお前への罰を決めた、願うはたった一つ、それさえしてくれればもうどうだっていい、お前を許そう、だから」

 

 目を閉じ、

 

「全部返してくれ」

 

 息を吸い、

 

「俺が、俺の体で得る筈だった名声」

 

 裕が戦い抜いたWDC補填大会での活躍。

 

「友」

 

 学校で得た少ないが確かな友達、ナンバーズと関わって新たに得られた九十九遊馬達、プロ決闘者達。

 

「カード」

 

 レッド・デーモン、トリシューラ等の強力なシンクロモンスター、そして最上より得た全てのカード、拾ったトレジャーシリーズ。

 

「未来、全てを」

 

 もう自分の体には戻れないが為、自分は得られず、水田裕がこれから自分の体を使って得られたであろう全ての可能性を。

 

「お前がこの世界に来て、お前がその体で得た物全てを、これから得ていく物、その全ては俺の物だった、筈だ。だからその未来を返してもらう」

 

 水田の人間として僅かに残った感情はカオスの力を増大させ、そして塗りつぶしの力は裕へと炸裂する。

 

                    ●

 

 強い光が収まり、裕が目を開いたときにはもうすでに全ての出来事は終わっていた。

 裕の体の半分以上が足元に展開する闇に沈み抜け出せなくなっていた。

 先程の一撃で怪我を負い、腕からの出血が止まらない。

 血が失いすぎて意識が薄れゆく中で最上に視線を移せば同じく最上も闇の底へと沈んでいく。

 

「お前らにはバリアン世界に落ちてもらう、そこで俺が味わった苦しみを味わえ、それが最後の罰だ」

 

 水田は裕に視線を落とし、そして散らばったカードからクェーサーを手に取る。

 クェーサーを愛おしげに撫で、部屋の床に飛び散った裕の血で汚れないように裕の腰にあるポシェットへと入れる。

 水田がクェーサーから手を離す時、そのまま自分のデッキに入れようとするのを迷う動きを見せ、手を離し裕から離れた。 

 そのような動きを見せる水田、そして黒原は最上を見下ろし、いい気味だと言わんばかりに笑う。

 

「じゃあな、最上、お前がもっていた能力、デッキを奪われ、体一つでバリアン世界に落ちるってのはどういう気分だ? 遊戯王の知識しか取り柄がなくって性格も悪い自己愛ガチデッカー様にはお似合いの最後だと思うぜ。あばよ、もう一度会えるかもしれねえがどうせ僕らは勝てない、楽しみだなぁ、九十九遊馬達がどうこの状況から打破していくのか、まあ手始めに神影龍を取りに行くんだろうし、裕、主人公の背中から不意打ちでナンバーズを奪ってみようぜ」

 

「正直、今回の件で俺がしたかったことはほぼ終わったからどうでもいいんだが、まあ乗ってやるか」

 

 水田裕はカオスを操作し裕と同じ格好へとなり、黒原と主に部屋を出ていった。

 もう裕には興味がない、そう言わんばかりに。

 あまりに一方的にとはいえ、いきなり体から叩き出されてバリアン世界を漂わされて自分がのんきに決闘を楽しくやっているなんて状況を見続けられたら自分でも怒る。それは当然の反応だ。

 しかし、水田裕はまだ隠しているような口ぶりもあった、勝利した後に裕は聞き取れなかったが何かを言っていた。何かを願っているようだった。

 

「まだ何か取り戻したいものがあったのか……」

 

 呟きは部屋の闇に飲まれ、そして瞼は閉じられ裕の意識は闇に沈んだ。

 

                   ●

 

「おい、起きろ」

 

 頬を叩かれる軽い衝撃に裕は目を覚ます。

 眼前に広がるは最上の顔だ。

 腕は痛む者の何かで止血されているようであり、姿勢は寝転んでいる状況であり、最上が裕の体に跨っている。

 

「わわ!?」

 

 痛みを無視し慌てて起き上がると周りの様子が異常だ。

 

「空が赤黒い?」

 

「あいつ等が言ってただろ、バリアン世界に落ちろって、ここはあの黒原が地獄なんて呼ぶ場所だよ、私もさっき気が付いたところだ」

 

 よく見れば最上の右足のピンク色のパジャマの右足がバッサリと切り取られ程よい肉付きの太ももが見えている。

 そして痛む腕を見るとピンクの布が巻きつけられ簡単な止血がされている。

 

「そのパジャマ……」

 

「ああ、これか、流石に血を流しっぱなしってのはまずいだろうし、その辺にある布で巻いたら病気になりそうだろ、この時期臍だしはきついかもしれないから片足だけ千切った。ありがたく思おうならば誉めろ」

 

「その台詞が無ければなぁ」

 

 最上の全くぶれない態度に呆れつつ、周囲を見回すとカードが散らばっている。しかし裕のデッキから散ったものにしては枚数が少ない。

 悪い予感に襲われつつも裕は周囲のカードを集め、数え直してみると17枚しかなかった。

 幸い身に着けていたポシェットの中身を探るも10枚ほど出てきたがそれだけではデッキと呼べない。

 

「私も探してみたが他のカードは見つからないな、私もデッキが無いし、しょうがない、私の取られなかったサイドデッキから少しだけカードを貸してやろう」

 

 最上がサイドデッキからシンクロンデッキとしてぎりぎり使えそうなカードを選び差し出された物を手に取った瞬間、それが起こった。

 裕の手に持った時、赤黒の力が裕の指先より発生、カードを包み込みボロボロとカードを崩していく。

 

「え、えっ!?」

 

 呆気にとられ、慌ててカードを手放すもカードはひらひらと宙を舞い、落ち、そして完全に消えた。

 

「これは⋯⋯おい、待て、まさかな…………ん、水田、あそこに私のではないエクシーズモンスターが落ちてる、ちょっと取ってきてくれ」

 

「えっ? しょうがないな」

 

 取りに行き、半ば地面から生えたカードを手に取るとまたしても赤黒に塗り潰されていく。

 その様子を見て最上は僅かに考え、そして納得したように頷いた。

 

「ああ、やっぱりか」

 

「何!? 何かわかったのか!?」

 

 この状況を納得できる言葉が裕には欲しかった。そして何かに気づいたような素振りを見せる最上へと近寄り聞く。

 最上はどうするべきか悩むように頬を掻き、重病を宣告する医師のように真面目な顔をして、言った。

 

「ああ、いいかよく聞け、お前はもう、新しいカードを持つことは出来ない」

 

                      ● 

 

「さてさて、お姉ちゃんに頼まれたからここまで来たはいいけど水田君達はどこにいるんだろ? 電話しても出てくれないし」

 

 街中、ハートランドシティを物陰に隠れながら氷村響子は移動する。

 姉は姉で自分たちの事で忙しいらしく手が離せない、堺達はどこぞのナンバーズの事を知る技術者と協力し何かを作っているようでありこちらも手が離せない。

 そのため自分がここまで来たわけなのだが、

 

「さてこの状況は、ひょっとして非常に危険? そうだな、辺り一面バリアンの力が強すぎる、すでにここは彼らの縄張りという事か」

 

 1つの体に2つの魂を持つ少女は辺りを見回しながら会話をし、最上より送られた地図の場所へと移動する。

 だが少し歩いたところで明らかに様子のおかしい決闘者の5人組に取り込まれてしまう。 

 

「わわっ!? これがリペントが言ってたバリアンの力で洗脳された決闘者ですか、この人たちを倒さないとまずいんですよね? ああ、幸い私の力を使えば洗脳はされないかもしれないが勝った方がいい」

 

 そう言って無表情のまま、極上のご馳走が目の前にある様に口元を拭い、

 

「久しぶりのバリアンの力だ、堪能させてもらう」

 

 そう言って響子は決闘盤を構えた。


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