クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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決意を新たに 上

 裕は床に転げたまま、男性に言われた言葉を理解しようと頭を使っていた。

 考えている事は理解できなくもないし共感も出来なくもない。

 だが、男性の話を聞いた時、裕の胸に1つ、聞きたいことが出来た。

 

「あなたが、色々な事を考えるのは、分かりました」

 

 痛みが抜けて少しずつ喋れるようになってきたが体は動かせない、だから裕は思ったことを素直に吐露し時間を稼ぐ。

 

―――最悪の場合、リアルファイトしてでもクェーサーを取り返す!

 

「でも、貴方はパックを買って開けるときワクワクしませんでしたか?」

 

 買ったパックからめぼしい物が出なかった、だけど買ったからには何とか使えないかを考えて楽しかった、金が無かったからなんとか試行錯誤してデッキを組んで勝ったとき嬉しかった、だから裕は思ったままに話す。

 

「俺は楽しいですよ。良いカードが来なくても何かに使えるんじゃないかって思い悩んだり、色々なカードをデッキに取り込めないかを考えるのも大好きです、貴方はどうなんですか?」

 

 裕の問いかけに男性は口元を歪める。

 目は柔らかな光を浮かべ、思い出すかのように優しげな声色で言葉を返す。

 

「ふっ、パックを開けるときワクワクするかだって? そりゃワクワクするに決まってるじゃないか」

 

「何言ってんだコイツら」

 

 げんなりしたような顔を隠さず呟く最上を無視し二人の決闘者は盛り上がる。

 

「当然ですよね、やっぱあんたちょっと頭がおかしいだけのいい人だな!」

 

「はっはっは、いや面目ない、この歳になってもやはりパックを開ける瞬間はワクワクしてしまう、やはり決闘は楽しい物だ、君も遊馬君と同じ素晴らしい決闘者だ、だけど」

 

 子供のような笑顔から一転、目を閉じ悲しむように肩を落とし、

 

「そのように思う人間は少ないのも事実、使えないカードを置いていったり捨てたりと粗末に扱う人間は少なくない、君だってその弊害を受けてきたはずだ、そして勇敢に立ち向かった事を私は知っている」

 

 よく分からない言葉、自分に身に覚えのない事を言われ裕は首を傾げる。

 そういえば、と今思いついたように手を打ち、初老の男性は倒れている裕へと腰を折り、

 

「そういえば、自己紹介が遅れていた。私の名は堺という。カード談義で浮かれてしまい大分本筋から逸れてしまったな。本題の魂のカードの話だが続きがある。君には魂のカードを引き抜かれたあとの被検体になってもらう」

 

 言われた言葉の意味が分からなく、裕は疑問に思うも口を挟まず黙っておく。

 

「私は屑だ、君達のような素晴らしい決闘者を使わないと実験できない様な屑人間だ、謗りを受けるべきだろう、だが私は皆が勝つ喜び、デッキを組む上での努力の上にあるデッキを信じて決闘する楽しさを知ってほしいのだよ。そのためならば君達を生贄にする、私は地獄に堕ちても良いさ、金だって終わった後いくらでも払っても良い、研究完成のためなら怪しげな男とも取引するし謎の力を使うことも厭わない」

 

「堺さん……」

 

 涙を僅かに見せた姿に彼の決意の重さが感じられる。

 裕は先程から一番疑問に思っていたことを聞く。

 

「えっと、魂のカードを抜かれたらどうなるんですか?」

 

「その事なんだが……縁が無くなるということはそのカードを所持していてもカウンター罠や何かしらの妨害で出せなくなる、決闘において召喚できない、日常生活において手元から離れるという幅広い事を指すようだな」

 

 言われたことの重大さに裕は目を限界まで開き必死で言葉を絞り出す。

 

「っ! 指すって言いましたがそれは確定ですか?」

 

「君の他に10人ほど試した、その結果を言っているのだ」

 

 あれだけ楽しそうに決闘について語っていた堺とは思えないほどにその言葉は冷たい。

 目には冷酷な光があり、自分の研究の成果を求める探究者の意思のみがある。

 

「嘘ですよね、堺さん……」

 

「実験の最初、自分の身で試すことも考えたが」

 

 照れるようにこちらを見て、

 

「私もデュランダルを出せなくなるのは嫌なんだ、謗りをうけてもいいさ、地獄に堕ちてもいい、だが切り札と離れ離れになるのは嫌なのだよ」

 

「屑っ、屑がここにいる、最低だ、本当に最悪だ、クズ野郎っ!」

 

「なんとでも言うがいい、そして私は期待している、まだ見ぬ可能性を楽しみにしているぞ」

 

 言うべき事を言って満足したのか玄関へ歩く二人の背中、体はまだ動くことはできず裕は必至で叫ぶ。

 

「あっ、おいこら待ちやがれ、待て!」

 

 床に爪を立て、立ち上がろうとするも言う事を聞かない。

 何度も床を爪で引っ掻き、脚や手に力を入れようとも立ち上がれず床を滑るだけだ。

 そうしている間にも2人との距離はどんどんと遠くなる。

 それは裕と最上達の実力とカード性能差を示すがごとく、はっきり、くっきりと開いていく。

 せめて動かせる声だけでもと、裕は思いっきり喉が枯れ潰れるほどに叫ぶ。

 

「てめえらなんて絶対に俺とクェーサーでぶっ倒してやる、絶対だ、覚えとけっ!」

 

「期待しておくよ、あとから招待状を送るのでその気持ちが折れてなければ来るがいい、ああ、あとクェーサーを出せるように努力してみてもいい。その君どこまでのモンスターのか私に見せてくれ」

 

 堺はそう言って玄関の扉へと手をかけ、

 

「どうでもいい。シンクロン(お前)如きじゃ百回やってまぐれで1回甲虫装機()を追い詰めるぐらいだろ。私に勝とうだなんてそんな事絶対にありえない。それとカギは勝手に閉まるから勝手に帰れよ」

 

 言い捨て、扉が閉まった。

 

                  ●

 

 体に力が戻るようになり裕が最初に始めたのは怒ることでも、物にあたる訳でもなく冷静に思考をまとめることだった。

 腹の中には怒りが渦巻いている、だがそれを今、この場で吐き出した所で最上には届かない。だからこそ裕は腹に貯める事を選んだ。

 最上とぶつかったときにそれら全てをぶつけるために、怒りも悲しみも恨み辛みも全てを飲み込んで、裕は必死で考える。

 

「招待状、研究、舞台、ということはもう1回戦うチャンスが来るってことだ、だったら今度こそ勝つ、ために……」

 

 勝つために、と呟いた裕の脳裏に過ぎったのはナンバーズに取り憑かれて遊馬と決闘した状況だ、あのときクェーサーに怒られたのは何故か、

 

「勝つ事だけを考えるな、自分を頼れ、か」

 

 あの時のクェーサーに怒られたのは結局のところナンバーズに力を借りたのが許せなかったのだろうと裕は考えている。

 クェーサーはシンクロモンスター達が結集したモンスターだ、ただ単純に合計レベル12を揃えて出せるようなモンスターではない、つまりは、

 

「自分じゃなくて俺達を、頼れってことだよな」

 

 メインデッキを取り出し思い返しエクストラを眺める、そして色あせたように色が薄くなてしまったクェーサーを見る。

 考えてみればナンバーズに憑りつかれた際は勝つだけを目指したデッキを使い、いつも自分が使っていたデッキではなかった。

 先程の最上との決闘だってそうだ、勝つという思いが強すぎて楽しく思う感情を塗りつぶしいつもの自分じゃなかった、だからこそデッキは答えてくれなかったのだろう。

 ならばこれから何をすればいいのか、

 

「怒るよりも悲しむよりもまずデッキを作る、クェーサーを出して楽しくそして勝てるデッキを、それが俺にできる全てだっ!」

 

 絶対に最上に勝って取り戻す、そう心に決め、裕は立ち上がった。

                    ●

 

 裕はマンションを出ると遊馬へと連絡を取る。

 堺は遊馬の事を知っているような口調だった。そして路地裏でナンバーズを見つけた際に遊馬に電話が繋がらなかった事を考えれば嫌な予感しかない。

 そしてそれは的中する。

 電話に出たのは遊馬の友達の小鳥だ。その事に疑問に思うも話を聞いているうちに歩みは小走りに、そして走りへと変わる。

 遊馬は堺と名乗る男性によって敗北しナンバーズの何枚か奪われたという話だった。 裕は1枚だけ奪われて体1つ動かせずかなりの激痛が走った。何枚か奪われたということは遊馬は自分よりもひどい目に合ってるのではないか、そう思い病院へ向かう。

 焦りながらも裕は病院の前へ走り着くと、見覚えのある少女が病院の前で謎の行動をしているのが見えた。

 思わず立ち止まり、その少女の背後から声をかける。

 

「なにやってんですか響子さん」

 

「ひいっ!? 君か、ちょっと手伝ってくれ、九十九遊馬が病院に運ばれたらしいから取材しろって言われた響子と彼等とあまり会いたくない私が体の支配権を巡って争っているところなんだ。ちょっと背中を押して病院から遠ざけてくれ」

 

 体の右半分は前に、左片方は後ろへと進みぐるぐるとその場を回る不審者っぷり、設定を全力で守ろうとしているその姿に裕は苦笑しつつ考える。

 ふと思うのは響子とナンバーズを狙う男性との決闘、そしてその後から現れた少女の事だ。

 2人は最上と同じような腕輪を付けていたような気がする、だとすれば最上達は何らあの関係があるのではないかと考え、

 

―――あの連中に目を付けられたってことはこの人も何かしらのアプローチをかけられるはずだ、それならば一緒に居た方がいいのではないか?

 

 そう判断し裕は病院へと響子の背を押す。

 

「響子さん行きましょう、俺、遊馬の病棟知ってるんで」

 

「ちっ、響子の味方をするというのか、見損なったぞ! うん、助かるよありがとう」

 

 無表情で悪態を吐かれたり笑顔で礼を言われるとどう反応していいのか困るも裕は響子の背中を押し、入院している病棟へ進む。

 その途中で響子は1人で何かを呟き始める。

 

「ばれないはずだ、しかしこれはチャンスではないか、彼の姿を見ることができる、いやだが……」

 

 病院の奥へと雄内に途中から呟いていた響子の口が閉じ、反対に進もうとする力は無くなり押す必要も無くなってきた。

 裕からすれば演技を終えたのか、諦めたのか、早めに終わらせようという意図なのかは判断できないが後ろから押し続けていた裕からすれば楽である。

 そのまま2人は遊馬がいるという病室までたどり着いた。

 

「遊馬無事か?」

 

 病室へノックもせずに入ると遊馬がベッドから体を起こしていた。そして遊馬のベッドの周りには先客が2人いた。

 片方は金髪で襟の長いコートを着た少年、もう片方は紫髪で変な形をしたネックレスを付けた少年だ。

 

「おお、WDCの2位と3位が揃ってる!」

 

 裕はその2人が誰なのかは大会で目撃したので知っている。

 だが肝心の決闘は見ていないのでどういうデッキを使うかは分からないがそうとうの実力者なのだろう、強者の雰囲気を纏っている。

 設備の不調による試合観戦が出来なかったり、変なコスプレしだしたりWDCはいろいろ不具合が指摘される中、一番の問題となったのはとある大会で反則を犯した神代凌牙のWDCへの参加だ。

 これは後々に極東チャンピオンであったⅣが自分の策略であったことをネット上で暴露し神代凌牙の順位の剥奪は起きなかった。

 勿論ネットでは大炎上、Ⅳは極東チャンピオンの座を返上等の重い処罰が科せられた。

 これらの事や大会参加者が意識不明になったり救急車で病院に送り込まれたり、1人が行方不明、そして遊馬、凌牙、カイトの3人が少しの間、消息が掴めずに授賞式が中断するなどの不手際があったためネットの1部ではWDCのやり直しが求める声もある。

 

―――もう1回WDCをやってもらってもいいんだけどなぁ、今度こそクェーサーで勝ってやるし……あ、今出せないとか言われたっけ、いや出せる、出せるはず⋯⋯。

 

 裕は誰に説明する訳でもなく決意を新たにしているとWDCの準優勝者である天城カイトが裕を見て警戒するように目を細め、腰へと手を伸ばす。

 

「遊馬、こいつは?」

 

「ああ、裕って言ってすげえカッコイイドラゴンを使うんだぜ、今度カイトも決闘してみろよ、きっと楽しいぜ」

 

「……」

 

 遊馬の親しげな様子から怪しいものではないと判断したのだろう、カイトは腰から手を引き、裕を見る。

 

―――睨みつけないで欲しいんだけどな。

 

 その目つきは鋭く、裕はカイトにビビりつつも握手でもしようかと手を伸ばす。

 

「えーっと、水田裕です、よろしく!」

 

「天城カイトだ」

 

 ぶっきらぼうながらもカイトからも手を握られ、裕は手を元気よく振る。

 

「こっちはシャーク、二人ともすっげえ強い決闘者なんだぜ!」

 

「はあ、遊馬、そろそろ人の名前を覚えろ、俺は神代凌牙(かみしろりょうが)だ、シャークじゃない」

 

 訂正しつつも手を伸ばして来る凌牙に裕は握手しつつ心の底で安堵する。

 

―――ネットじゃ色々言われててビビってたけど怖い人じゃななさそうだな。

 

「それで遊馬、後ろは誰だ?」

 

「えっ、うーん知らないな、裕の知り合いか?」

 

 カイトが裕の後ろに立つ響子を見つけ遊馬に聞くも遊馬も首をかしげるばかりだ。

 遊馬がマスコミから色々大変な目にあったことを知っているため、裕は黙っておくのも有りだと考えるも、それが遊馬にばれたとき非常に面倒なことになりそうなため、裕は素直に紹介する。

 

「えっと、新聞記者の氷村響子さん、俺の知り合いです」

 

「新聞記者……」

 

 微妙にひきつった笑顔を浮かべた遊馬を見てか響子は前に出て必死に言う。

 

「いや、そういう裏を勘ぐるような事は一切しませんから、ちょっとここには倒れたって聞いて来ました、あと私用でナンバーズについて聞きたいなって」

 

「ナンバーズだと!」

 

 響子がよそ見をしながらぽつりとつぶやいた最後の言葉、それにカイトが食いつく。

 カイトは響子へと詰めより、響子の眼を真っ直ぐに睨みながら声を挙げる。

 

「貴様、何を企んでいる!?」

 

「カイト、いくらなんでも怒鳴らなくても」

 

 いきなり怒鳴り始めたカイトをなだめようとする遊馬の前に凌牙が立ち、更に畳みかける。

 

「お前、何者だ?」

 

「シャークまで、いったいどうしたって言うんだ?」

 

「俺には分かる、こいつは得体の知れない何かを持っている、答えろ、何を隠している!」

 

 2人の決闘者に詰め寄られ響子は焦りと困った、という表情を浮かべ、何かを考えるそぶりを見せる。

 

「いや、あの……。 はぁ、静観しようと思いましたけど作戦変更です。このカードは九十九遊馬の物ですか? それとも今はいないようですがアストラルの物ですか?」

 

 明らかに焦った表情から一転、無表情に変わり、響子は胸元から3枚のNo.と名の付いたエクシーズモンスターを遊馬達へ突きつける。

 

「それは!?」

 

 部屋の空気は張り詰める、上半身を起こした遊馬はこちらを驚きの表情で見て、カイトと凌牙は身構え、いつでも決闘盤を取り出せるようにしている

 そして重大なシリアス状況なのだが、ただ遊馬の事を心配をし病室に走ってきただけで他意はなく、アストラルが見えず、ナンバーズの事をよく知らず、決勝戦の後に行われた決闘の結末を知らない裕からすれば全く意味不明で1人取り残されていた。

 そんな全てから取り残された裕へと助け舟のようにメールが届く。

 

「なんだろ?」

 

 裕はシリアスな空気を叩き壊すべくわざとらしく大きな声を上げメールを開くと一言だけ、『テレビを見ろとある』とある。

 差出人は最上愛、名を見たとき裕は即座にテレビへと駆け寄る。

 遊馬が名を呼ぶ声に耳を貸さず電源を入れるとなにかの記者会見が行われていた。

 

「行われたWDCにおける数々の問題発生、そして準決勝と1部の試合が観覧できなかった事、優勝者への八百長疑惑等このような事態になってしまったのは我々大会運営側の管理が甘かったとしか言えません」

 

 スーツを着込んだ男性が背を曲げ、顔を上げる。

 

「我々、大会運営委員会は観客、出場した選手達、関係者の皆様等、全ての皆様がこのような不完全燃焼の終わり方は今後の大会運営に影響を与えると判断しました。そして何より激戦を勝ち抜き優勝したチャンピオンの実力を危ぶむ声を払拭する為、我々は全世界に向けてWDCチャンピオン達とプロ決闘者達のチーム戦を開催したいと思います」

 

 まっすぐこちらを見る男の目の奥、誰も気付けないような深淵に僅かに赤い光が瞬いた。


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