クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード 作:TFRS
WDC決勝から数日後、裕は路地で一人、悩んでいた。
結構自信をもってデッキを組み、大会に臨んだまでは良いのだが、初戦で敗退した事は中々にダメージが大きかった。
更に言えばほとんど何もできずに負けたのだから悔しさは倍増するというものだ。
更に、更に付け足すならば友達となった遊馬がそのWDCで優勝した事を羨んだりもした。
だがその羨む感情は長続きしない。
最近、遊馬と連絡を取り、遊馬が置かれている現状を知ったからだ。
WDCは決勝以外の試合がほとんど見れなく、不満が各地で続出していた。
決勝はモンスターエクシーズの連打戦という見ごたえのある物だったが、それ以外の試合は組み合わせが発表され、決闘は放送されず勝敗のみが知らされ、そしてまた次の組み合わせが発表されるという決闘を楽しみにしていた観客からすれば激怒する者であった。
ネット上ではWDCチャンピオンである遊馬の実力を疑問視する声があったり、そもそも中学生如きが決勝まで勝ち上がって来れたこと自体が話題作りなのではないかという声もある。
幸いなのか不幸なのか、WDCを終えても同級生からの遊馬への評価はあまり変わらず学校内では平穏な生活を送っているという、そしてそれは裕も同じだ。
学校での状況はあまり変わらないし、最上とは殆ど会わずに菅原先輩に決闘を挑みに行ったりする程度だ。
だが今、裕が1番悩んでいるのはデッキや今の学校生活でもない、元の世界に戻る方法はいまだ見つからず普通の水田裕として過ごす日々も不安が大きくなっていく一方ではあるが現状で最も悩むべきは目の前に白紙のカードが落ちていることだ。
「これってあれだよな、ナンバーズだよな?」
WDCやその他の出来事すべての原因となったカードを触りたくないと、裕はその場に座り込み、遠巻きに恐々眺める。
遊馬に連絡しようとしていたが決闘中なのか連絡がつかず、最上や黒原にはあまり連絡をしたくない。
裕はこのカードをどうするか、それを悩んでいた。
―――今のところ切羽詰まってない、悩みが少し有るだけで触れても大丈夫な気がしている、遊馬に持っていってやるべきなんだが…………。
触れてまた変な事になったら遊馬に迷惑をかける、そう思うとどうしても触れる気にならない。
そうしているうちに背後で慌ただしい物音がした。その方向に顔を向けた裕の目に飛び込んできたのは茶髪の少女が裕へと全速力で走っている光景だ。
両手を大きく振り走る少女の速度は非常に早く、あと数秒もしない内に裕と接触するような位置である。
「見つけたぞ、昨日の女! 俺のナンバーズを返せ!」
「逃げるぞ響子! ってわー!? どいてどいて!」
聞き捨てならない事を叫ぶ男の声、どいてどいてと焦る感情の籠った少女の声に裕は思わず更に身を小さくしてしまう。
頭を抱え亀のように身を小さくした裕が聞き取れたのは縮こまる裕の背を飛び越える風切音、シュルシュルとなにか細い物が擦れる音、そして徐々に遠のいていく声だ。
しばらく丸まっていた裕だが静かになったのを耳で確認し、ゆっくりと身を起こし声が遠ざかっていった方角に目を移すもそこには人影はない。
「なんだったんだろ、あれ…………って、あ!?」
そして目の前に落ちていた白紙のカードもなかった。
先程の少女達が蹴り飛ばしたのかと近くを探すも見つからない。
―――もしかしてさっきの人達に持っていかれた!?
ナンバーズに憑りつかれた決闘者が決闘以外で大きな被害を出すことを裕は身をもって知っている。
ナンバーズを取り除く力は裕にはないがせめて所有している決闘者が誰なのかだけでも知っておこうと裕は声が遠ざかっていった方角へと走り出した。
しばらく走るも誰ともすれ違わず、人の気配はない。焦りを強くした裕は足を速めるも、すぐに急ブレーキを踏む羽目になってしまう。
Yの字に伸びる道、それが裕の前に立ちはだかったのだ。
どちらに行ったのか、そう悩む裕の耳に先ほど聞いたばかりのシュル、シュルという音が届いた。
「こっちか」
音の方向へと走った裕の視界の隅に銀河のような輝きが煌めいた。
エクシーズ召喚のエフェクトだ。
それを頼りに走った先、黒い帆船型のモンスターが浮かんでおり、その下に佇む黒いジャケットに鈍く輝く装飾品を身に着けた男の背中が見えてきた。
腕を水平に構えているその後ろ姿からは決闘を行っていることが見て取れる。
そして更に近づき裕は驚きの声を漏らした。
WDCで知り合った響子が決闘盤を構えていたのだ。
響子の背後にはフェンスがあり、そこから裕はフェンスによって退路を阻まれ決闘に移行したのだろうと推測を立てることが出来る。
響子も裕が居る事に気づいたのだろう、軽く頭を下げて来る。その動きにつられるように黒いジャケットの男が裕へと振り向いた。
その振り向いた男の顔を裕は見覚えは無い。
「へえ、お前が水田裕か」
だが男は裕の名前を言い当て、つま先から頭までをじっくりと見据え納得したような様子を見せる。
「なんで俺の名前を知ってるんですか?」
裕の問いを聞き、男はニヤリと口元に笑みを浮かべ、
「まあちょっとな。あとでお前とも決闘してやるから大人しく待ってろ」
そう言って響子へと向き直った男の手に光があるのを見、裕は声をあげた。
「ナンバーズ!?」
さきほどより見えていた黒い帆船型のモンスター、その帆にある数字、それらが示すのはたった一つ、男はナンバーズを所有しているという事実だ。
だが同時に裕は疑問に思う。
男の様子があまりにも普通なのだ。
ナンバーズに操られる様子も不穏な気配も感じさせない男の立ち振る舞いになにか嫌な物を裕は感じてしまう。
不安な感情が顔に出てしまったのだろう、響子は安心させるように裕へと笑顔を見せる。
「水田さん、あと少しで終わるんで安心してください」
「ちょっとばかし厄介なリバースモンスターを使ってるからって調子乗ってんじゃねーぞ! 俺はオーバーレイユニットを使いギアギガントXの効果でデッキよりブリキンギョを手札に加え、カードを1枚伏せターンエンド」
男場 ギアギガントX ATK2300 (ORU1)
LP2200 No.50ブラック・コーン号 ATK2100 (ORU1)
手札2 伏せ2
響子場
LP700
手札2
「私のターン、ドロー。魔法、
響子の手にしたカードより黒紫の糸が溢れ出る。
それは男の場のブラック・コーン号とギアギガントXへと絡みつき、その体に満ちるエネルギーを奪い去っていく。
「このカードは貴方の場にエクストラデッキより特殊召喚されたモンスターが存在するとき、デッキのモンスターを融合素材として融合召喚を行えます!」
「なんだと!? なんだその融合カード、聞いたことないぞ!?」
男の叫びに響子は応えない。
黒紫の糸が響子のデッキへと突き刺さり、2枚のカードを引き抜いていく。
「デッキからシャドール・ドラゴンと光属性の超電磁タートルを融合、破壊の力を身に宿した修道女像よ、その糸を持って全てを操れ、現れ給え、エルシャドール・ネフィリム!」
2枚のカードを黒紫に取り込みそれらは光り輝く繭に包まれ、それを紫色の腕が突き破る。
生まれ出るは巨大なる女性の像だ。
紫と白、金で織り込まれた修道服を身に纏い、墓地、デッキへと伸びる紫色の糸、それを背より排出し、影の中より全てを操る修道女像。
そのモンスターの纏う雰囲気に見知らぬ少しだけ男は気圧されながらも、テキストを即座に確認し、
「この効果は……罠発動、奈落の落とし穴!」
「こちらも行きます。ネフィリムの効果でデッキよりシャドールカードを墓地に送り、カード効果で墓地に送られたシャドール・ドラゴンの効果発動、貴方の伏せを破壊する!」
ネフィリムの足元に奈落へと通じる穴が作られ、そこより緑色の鬼が修道女像へと手を伸ばし、ネフィリムの放つ糸が響子のデッキへと突き刺さり、墓地より放たれた黒紫の糸が男の最期の伏せへと突き刺さる。
全ては1瞬のうちに起こった出来事だ。
そして更に、響子の動きは止まらない。
「更にシャドール・ドラゴンの効果にチェーンし、手札のライトロード・ハンター・ライコウを捨て速攻魔法、超融合を発動。場のシャドールモンスター、エルシャドール・ネフィリムとあなたの場の闇属性モンスター、ブラック・コーン号で融合召喚を行う」
闇属性のブラックコーン号、いかにナンバーズとはいえ融合に耐性はなく強力な光の中に飲み込まれる。
超融合の効果の前にいかなるカード効果も発動できず、男はその渦を妨害することは出来ない。
「ちっ!」
「融合召喚、現れ給え、エルシャドール・ミドラーシュ、シャドール・ドラゴンの効果で貴方の伏せを破壊、そしてネフィリムの効果でデッキよりシャドール・ヘッジホッグを墓地へ」
「俺の奈落の落とし穴は不発……か」
だが男の表情には焦りはない。
響子の手札は0であり、現れた東洋風の竜に乗る少女、エルシャドール・ミドラーシュは攻撃力2200、ギアギガントXの攻撃力は2300であり突破は出来ないからだ。
だが、
「墓地に送られたエルシャドール・ネフィリム、カード効果で墓地に送られたエルシャドール・ヘッジホッグの効果発動、デッキよりシャドールモンスター、シャドール・ファルコンを手札へと加え、ネフィリムの効果で墓地にあるシャドールと名の付いた魔法、罠カードを手札へと加える。」
「なんだと!? さっきから手札が減ってねーぞ、ふざけんな! 俺のデッキよりもひでえアドの取り方しやがって!」
男が怒鳴るも響子はそれを気にもせず、シュルリ、シュルリと糸の音だけが周囲になり回っていく。
墓地から影依融合を、デッキよりモンスターカードを加え、更にその動きは止まらない。
「チューナーモンスター、シャドール・ファルコンを通常召喚、レベル5のエルシャドール・ミドラーシュにレベル2のシャドール・ファルコンをチューニング、シンクロ召喚、レベル7、現れ給え、月華竜ブラックローズ」
ブラックローズドラゴンによく似た姿をした赤い竜が現れ、その体より真紅の薔薇の花弁がギアギガントへと突き刺さる。
男はブラックローズの効果を知っているのだろう、忌々しげに吐き捨てる。
「ちっ、くっそたれめ」
「月華竜の効果、このカードの特殊召喚成功時、相手の場の特殊召喚されたモンスターを手札に戻します。更に墓地に送られたエルシャードル・ミドラーシュの効果発動、墓地より影依の原核を加えます」
ギアギガントはバウンスされ、響子は油断なく墓地のカードをサルベージする。
その姿に男は響子をしっかりと見据え、苛立ちと敵意の視線を送る。
「正直、舐めてたな。だがお前のデッキの戦術は分かった。次は俺達が勝つぜ」
「何度だって私達が勝ちます。勝ってナンバーズを貰い受けます! 月華竜ブラックローズで直接攻撃!」
赤い竜から放たれた光が受け入れるとでもいう様に手を広げた男を直撃した。
男LP2200→0
勝者 響子
●
裕は先ほどの光景に圧倒されその場に立ち尽くしていた。
―――あれ、本当に融合デッキなのか?
裕の知る融合を使う強いデッキはHEROぐらいだ。
そのデッキも強いが基本はエクシーズと罠で相手を削り、ミラクル・フュージョンにより墓地から融合し属性融合HEROを叩き込む、または超融合でクェーサーを素材にしてくるぐらいだ。
それだというのに目の前のデッキは融合を主体にしながら手札は減らず、デッキから融合し、相手の場を削り取り、サーチとサルベージの連射という凄まじい性能を見せつけた。
ズルいと言いたくなるほどの高性能に目が奪われている裕、そして倒れ込んだ男へと響子の声が届く。
「貴方が持ってるナンバーズ回収させてもらいます。安心してください、貴方達のように魂から無理矢理引き抜くことはしません」
伸ばされる少女の手を恐れるようにじりじりと男は下がるも、響子の手よりあふれ出た黒紫の糸が胸に突き刺さるほうが早い。
痛みは無いのだろう、呆然とする男の顔、そしてそれから数秒もしない内に男は崩れ落ちた。
それを確認し、響子は裕へと歩き出し、
「あーあ、狩ったナンバーズを奪われるなんて、藤田プロはダメダメだねー」
脚を止める。
裕の背後で発せられたハスキーボイスがナンバーズという名を呼んだためだ。
裕が振り返るとそこには中学生くらいの少女が腕輪を煌めかせ立っている。
小さな矮躯にどこかの学園の制服、通学カバンを背負いコンビニの袋を手にした少女はこちらを見て、
「そこの君」
「えっ、はい」
裕は返事をするも、突然現れた少女はしっしっ、退けとジェスチャーをし、
「そっちじゃない、そこの奥の少女に質問なんだけど彼からナンバーズを抜いたの?」
響子からの返答はない。それを拒絶と受け取った少女はため息を吐き、決闘盤を耳に当て、
「響子ちゃんに藤田が負けちゃってさー、うん、うん。オッケー。足止めしとけばいいんだよね」
響子から視線を離さずに話を終え、少女は子供が使う角の丸くなった可愛らしい決闘盤を展開、デッキが装填、足早に近づいてくる。
ただ近づいてくるだけなのに最上達のような迫力ある姿に裕は逃げたいと思うも、それと同時に決闘してみたいと強く思ってしまう。
目の前の少女は明らかに強い、自分のデッキがどこまで通用するか確かめたくなってきてデッキに手を伸ばし始めるもそれよりも早く、
「逃げます」
響子が裕の腕をつかむと人間離れをした脚力で地面を蹴った。
すぐさま眼の前にはフェンスが迫り慌てた裕は悲鳴を挙げかける。
「えっちょっと、そっちにはフェンスが!」
「響子、体を使う。 しょうがない、お願いね」
「あ、ちょ、待ってよ、ナンバーズを置いてけー!」
少女の声を振り切り、裕を掴んだまま響子はフェンスを蹴り、空中に黒紫の糸で作った足場を構築、蹴り、フェンスを越えた。
華麗な着地をし、叫ぶ少女の声が遠くなるまで裕と響子は走り続ける。
路地を抜け、人通りのある場所へと出た2人は目についたデパートへと走り込み、入り口近くのカフェテラスに座り込み、休憩を取ることにした。
ウェイトレスに冷たいジュースを頼み、裕はよく分からないこの状況を打開するために響子へと話しかける。
「響子さん、貴方はいったい何者ですか?」
「…………私は、その、一般決闘者よ」
「そんなわけないでしょ、黒紫の糸を使って色々する人を一般決闘者なんて言ったら俺は一般決闘者以下になるんですけど?」
そう言って裕は周りの人間を考える。
遊馬はWDCで一瞬で金髪になってよく分からないコスプレをしたり、最上は性格はアレだが運動神経は人間離れしていたりする。
よくよく考えて見ればバイクで派手に横転しても軽傷なプロの人もいたし、コースターから落下しても軽々と着地して何事もなく決闘してた男の人とかもいた。
―――つまり、そういう事が出来ない事が俺は一般人決闘者以下なんじゃ……!?
否定しようにも周りの身体能力が高すぎて否定しきれず裕は肩を落とす。
裕が悩んでいる間に響子も響子で考えをまとめていたのか、ジュースが来る頃には響子の方から切り出していた。
「私もちょっとした理由からナンバーズを集めているの」
「その糸、みたいな力、何処で手に入れたの?」
響子がナンバーズを集めている理由を聞く前に裕は思った疑問を口にする。
裕が遊馬から聞いた話だとナンバーズは特殊な力を持っていないと集めることが出来ないらしい。
そのような特殊な技術を響子が持って居るとすれば何故なのか、それを聞く。
「そ、それは、私がそういう能力者だからだ!」
「へー」
「…………ごめんなさい、謝るからそんな可哀想なものを見る目で見ないで」
あからさまに適当な言い訳に裕は思わず冷たい視線を送ってしまったが、実際の所、モンスターを実体化させる決闘者も居る世界である、だが先ほどの響子の台詞はあからさまに適当であり信じれない。
―――さて、言いたくないから言えないんだろうが、結局、遊馬達の敵になるか、そこが問題だな。
「何らか」の理由からナンバーズを集めていて、「何らか」の手段でナンバーズを手に入れることができる。
この「何らか」と言う部分が裕にとって問題なのだ。
裕、自身としてはナンバーズなんて2度と触りたくないし、ナンバーズを巡って命を賭けた戦いとやらに巻き込まれたくない。
だが友達である遊馬に害が及んだりする可能性があり、どうするか悩み、響子の答えを待つも、
「あー、でもな……うーん、信じてくれないだろうしなぁ」
呻き声が返って来るだけだ。
しばらくあー、とかうーとか漏らしながら響子は頭を抱え、諦めたようにため息を吐く。
「あー、もう、お願い。任された、私は生きるためにナンバーズを集めている、だが安心して欲しい、今のところあの人とは争う気はない」
「あの人?」
言葉の途中で別人格に切り替わったように喋りだした彼女の言葉に困惑しつつも裕は黙って話を聞く。
「私の目的はただ1つ、あのときの選択が正しかったのか、そしてあの世界はどうなったのかそれが知りたいだけだ、それを知るまでは死ねないのだよ」
言葉の意味を考えればなんとなくだがシリアスなのだろうと予測できる、だが裕は呟かずにはいられなかった。
「まるで意味が分からない!」