クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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第2章 WDC補填大会
動き出した闇 上


―――全く、いつまで待たせるんだよ。

 

 最上はとあるビルの1室にて溜息を吐いた。

 部屋には長机と映写機があり、椅子が5つ置かれている。

 その椅子には初老の男性、20代半ばの男性、10代後半か20代前ぐらいの少女が2人が座り、各々がカードを広げたりDパッドを眺めたりとバラバラの事をしている。

 この部屋に集まった5人に共通しているのは皆がプロ決闘者と呼ばれる事のみだ。

 

―――黒原が来なかったのは予想外だが、まあいいや。

 

 最上が思い出すのは水田と遊馬の決闘を見終え、帰り道に受け取ったメールだ、

 そこに書かれていたのはとあるカードの回収依頼であり、参加は自由とされていた。最上はそれを2つ返事で了承し、この部屋に居る。

 すでに指定された時間から10分ほどオーバーしており、他人から待たされるのが嫌いな最上はストレスが溜まり始めている。

 余りにも暇すぎるのでこの場に居る誰かに決闘を仕掛けようかと最上が思い始めた時、部屋の扉が開かれ紫色のフードを被った人型が入って来た。

 その人物は部屋の中央まで歩み寄り、ぺこりと腰を折る。

 

「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

 そのフードの中から漏れるのは少年らしき声色だ。

 そのまま無反応のプロ達へと目を通し、さて、とフードの男が呟き、懐より黒枠のカードを取り出す。

 

「今回、皆様に依頼するのはナンバーズと呼ばれるモンスターエクシーズの回収です」

 

―――回収、ねえ。

 

 最上はその言葉を聞き、鼻で笑う。

 こんな出来事は最上の原作知識にはない。だが、プロ決闘者を動かしナンバーズを回収するなんてことをする者達の存在を最上は1つだけ心当たりがある。

 この先、九十九遊馬のナンバーズを狙い激戦を繰り広げるであろう異世界の刺客、ベクターだ。

 

「ナンバーズとは特殊な戦闘耐性と強力な能力を持つモンスターエクシーズの総称であり、そのカードには決闘外で使える不思議な能力が備わっています。ナンバーズに憑りつかれた決闘者達が引き起こした事件は全て我々が把握し、原因不明の事故、として処理していますが被害が大きすぎまして、当局としてもそろそろ限界です」

 

「はい、はい! 質問です!」

 

 フード男の言葉が途切れると同時に、まだ幼さの残るハスキーボイスと真っ直ぐに伸ばされる手が挙がる。

 

「何ですか、大崎プロ」

 

 大崎と呼ばれた少女は制服の袖を揺らしながら立ち上がる。その少女の顔には年相応の期待と興奮の色が浮かんでいる。

 

「それってネットの中じゃ都市伝説扱いの奴ですよね、本当に存在するんですか!?」

 

「ええ、何処の誰かは知りませんが、よく事情を知っている者がネットに噂を流したのでしょう」

 

「おお!」

 

 そう答えを返し、他に質問はあるかと他の顔を見、フードの男が咳払いをする。

 

「ここから先が本番です。皆様の中でナンバーズを使う決闘者を実際に見られた方はおられますか?」

 

 その言葉に最上以外の皆が首を横に振る。

 フードの男はそうだろう、そうだろうと言わんばかりに首を僅かに縦に振る。そして最上を見た。

 

「最上プロはどうですか?」

 

「見た事あるよ」

 

 皆のついでと言わんばかりに軽く振られた言葉、それに最上は笑みで口を開く。

 フードの中で息を呑む音を聞き

、最上は更に笑みを浮かべ、自信満々に立ち上がる。

 

「私は1度とある少年に楽、善……苦戦、うん、そうだな。征竜を使ってギリギリの勝負をした。まあ私達が勝ったわけだが」

 

 いつも通りの最上の自己愛っぷりに大崎の顔に苦笑が浮かぶのを最上は見落とさない。

 だが今はそれを追求せず、無視する。

 

「そいつは一般決闘者で能力がちょっと面倒なだけの雑魚だ。普段ならば私が楽勝なんだが、あの時はナンバーズの後押しで私達がギリギリの勝負をするほどの実力となった、それは間違いない」

 

 最上の言葉に周りのプロ達が口元に手を当て考え込んだり、意外そうな表情を浮かべたりする。

 この場に居るプロ決闘者は皆が最上の強さを知っていて、その最低な自己愛っぷりをある程度、理解している。

 その最上が一般決闘者に苦戦したと認めた事、それだけの決闘を一般決闘者が最上と繰り広げた事は皆の決闘者としての本能を刺激する。

 その中で口元に手を当てていた初老の男性が手を挙げ、最上へと聞く。

 

「私達とは?」

 

「それらを説明するのは面倒なので、黒原遊里という少年と私がそいつとタッグ決闘した映像をお見せしましょう」

 

 最上は決闘盤に機械のコードを繋ぎプロジェクターを動かした。

 

                   ● 

 

「さて! WDCも始まったし勝つぞー!」

 

 長い開会式のあいさつ、スピーチに寝そうになるのを必死に堪え、それらのイベントから解放された裕は元気いっぱいに叫ぶ。

 遊馬達と決闘しない様に別行動をとり、裕は対戦相手を探し街を歩き回る。

 周りを見ればそこらかしこで決闘が行われておりDゲイザーを付ければ、ビルを飲み込む様な大波がぶちまけられてたり、町が火に包まれたり、上空から爆撃が降り注いだりと非常に賑やかである。

 決闘する皆の顔には笑みと負けたくないという意地の感情が浮かび、とても楽しそうに煌めいている。

 それらに裕は穏やかな笑みを浮かべ、目を奪われかけるも、

 

―――おっと、こうしちゃいられない。とりあえず俺も決闘をしよう!

 

 と考え周りを見て探すも、相手がいない。

 しょうがないので誰かの決闘が終わるのを待とうと考え、ベンチに座っていると同い年くらいの少女が騒いでるのが見えた。

 

「財布がないーー!? なんでどうして!? あれ!? どこで落としたんだろ…………あれがないと色々困るのにぃっ!?」

 

 メガネをかけた茶髪をショートにした少女の騒いでいる声、その内容を聞き、人の良い裕はついつい近寄ってしまう。

 

「あの、どうかしました?」

 

「えっといや、その……。この子がハートピースが入った全財産入りの財布を無くしてしまって非常に困ってたんです、助けてくれませんか?」

 

―――この子?

 

 変な喋り方をするなぁ、と考えつつも裕は、

 

「ちょうど暇なので良いですよ」

 

「あ、すいません、助かります、私は響子(きょうこ)、響く子供と書いて響子です、貴方は?」

 

「えっと水田です、水に田んぼで水田」

 

「よろしく、水田さん」

 

                    ●

 

 最上は、自分の敗北しかけたタッグ決闘、そして九十九遊馬と水田の決闘映像を見終え微妙に乱暴にコードを引き抜きにかかる。

 明るくなる室内、その中で体中に金属性の鎖やアクセサリーを付けた男性が気だるげに口を開く。

 

「で、九十九遊馬ってやつに負けたそいつは今何処でどうなってんだ?」

 

「ナンバーズを回収され、正気に戻った。今はWDCにでも参加してんじゃないかな」

 

 窓の外は賑わいを見せ始めている。

 WDCの予選が始まり、ハートランドシティが決闘者達の戦場と化しており、各地で決闘が行われている。

 

「ほう、回収とな、彼はどうやってナンバーズを回収した? そして九十九遊馬君がナンバーズを回収する手段を持っていると君達が知っていたのだ?」

 

―――やべ、しくじった。

 

 フードの男を見ない様にしながら最上は頭の中でどのように説明するかを考える。

 

―――まだナンバーズを持った決闘者と決闘しただけって扱いされたいし、余計な事を知っているとこのフード男が何をしてくるか分からない……とすれば面倒な事を全て、黒原へとぶん投げるか。

 

「黒原が九十九遊馬がその様な技術を持っているって言ってたから私もついていっただけで詳しくは知らない」

 

「そうですか、フム」

 

 初老の男性は昔の映画に出てくるトレジャーハンターが被るような中折れ帽を撫でつつ考え込む。

 そこから時計の針が1周する程度の沈黙が部屋に流れ、フードの男がおもむろに机の足元よりスーツケースを取り出した。

 

「ではこれを皆様に差し上げます」

 

「これは?」

 

 最上は差し出されたWDC予選の参加者に配られるハートピース、そして腕輪を手に取る。

 腕輪の材質は金属であり、軽く、ちょっとデッキが取り出しにくくなる程度の物である。

 

「ナンバーズは普通に決闘に勝つだけでは手に入れることはできません、私の持つ力とそこに居られる堺博士の持つ技術力を合わせたその腕輪を持ち、ナンバーズ所有者に決闘で勝つことで初めてナンバーズを手に入れます」

 

 堺と呼ばれた初老の男性は帽子を手に取り軽く皆へと会釈する。

 

「そしてナンバーズには強力な欲望へ執着させる能力がありますのでそれから身を守る力も備わっています。なんでしょうか、藤田プロ」

 

 体中にアクセサリーを付けた男性、藤田がフードの男を警戒するように睨み付け、問う。

 

「んな危ないカードをなんで当局は集めようとしてんだ?」

 

 真っ直ぐに睨み付ける藤田をへとフード男は頭を横に振る。

 

「私も詳しくは聞かされていません。ですが、場所を問わずに出現するハンドレッド、トレジャーシリーズよりも遥かに力を持つ危険なカードを封印するために集めていると聞いております」

 

「本当に、本当にそれ以外の事を知らねえんだな?」

 

「ええ」

 

 念を押すように問い、それ以上答えを引き出せない事を悟ったのだろう、藤田は不機嫌そうに舌打ちをし、椅子に体を預ける。

 

「WDCにもナンバーズを持っている参加者は居る筈です。ですが、貴方達はWDC本戦には進んではいけません」

 

「え、なんで?」

 

 真っ先に疑問の声を挙げたのは大崎だ。

 持つだけでプロ決闘者とも互角に渡り合える力を与えるナンバーズ、それらを持つ決闘者は必然的に予選を突破する事は明白だ。

 ならば最上達が予選、本戦と勝ち進み、手当たり次第に決闘者と決闘する事がナンバーズを回収する近道となる筈だ。

 

「WDC本戦にはすでに手を打ってあります。貴方達はこれらの決闘者以外と決闘して勝利してください」

 

 フードの男がDパッドを操作し、空中に投影するのは7人の決闘者達の顔写真だ。

 その中には九十九遊馬の顔もある。

 

「なんでこいつらと決闘しちゃいけねえんだ?」

 

 藤田が不満げにぼやく。

 その声色には面倒だから全員決闘して勝てばいいんだろうがという思いが込められている。

 

「彼らは本戦に進んでくるナンバーズ所持者と決闘し回収する役割を持っています。ですから我々はそれ以外の、ナンバーズ保持者と決闘してください。そしてナンバーズを回収して私に届けてください。私がそれを受け取り次第、約束通りその場で200万を差し上げます」

 

「それについてだけどこの装置動かないんだけどどうやって使うんだ?」

 

 最上は手のリングを弄り、フード男の持つナンバーズへと向けるフリをし、フード男へとナンバーズを回収するとされる腕輪を使おうとする。

 あわよくばオーバーハンドレッドナンバーズを回収しようと企む最上だったが、腕輪は動かない。

 最上と同じように部屋に集まった3人は腕を翳したり、リングを触るも不振な行動はない。

 

「そこは私が説明しよう」

 

 堺は立ち上がると腕輪を皆に見える様に真っ直ぐに突き出す。

 手の先にあるであろう何かを掴みとらんとするように指を開う堺、その姿は老いを少しも感じさせないものだ。

 

「なに簡単だ、決闘で勝ち、相手に手を翳し念じるだけでいい。ナンバーズを拐取する際、かなり苦しむだろうが死にはしないし、意識不明になることもない。注意すべき点は自分以外が決闘に勝利してもナンバーズを引き抜くことはできない事だ。それとナンバーズを引き抜く際に余分なカードが手に入るかもしれない、もしそうなったら私に知らせてくれ、そのカードは私が報酬と同じ値段で買い取ろう」

 

 堺はそこまで言い終え、自分の席へと戻る。

 それを見届け、フード男はぺこりと腰を折り終了を告げる。

 

「説明は以上です、それではプロ決闘者様方、ナンバーズハントを開始してください」

 

                     ●

 

 誰も居なくなった部屋で紫色のフードを被った人物は学校関係者をリストアップしながら呟く。

 

「ちっ、あの女ぁ、一体どこまで知ってやがんだ⋯⋯」

 

 フード男の目論見では最上はナンバーズという特殊なカードとそれに纏わる逸話、そして蹂躙する機会さえ与えてやれば好き勝手に働いてくれるだろうと思っていた。

 だが実際に顔を合わせてみれば最上は明らかにこちら側の何かを知っている様子だった。

 

―――上手く誤魔化してるつもりかもしれねえが、俺様を騙そうだなんて百万年はええんだよ。

 

 不穏分子たる最上、そして黒原の存在。それらをどう扱うかを考えながらフード男は今まで進めてきたサ君の更に先を読む。

 フェイカーとトロンの両方を誑かし九十九遊馬とアストラルからナンバーズを奪い取る作戦が失敗するとは思えない。

 

「だがもしもという事がある。九十九遊馬とアストラルが予想外の力を発揮すればこの計画すらも食いやぶられるかもしれねえ、そうなればこの俺様が直接出向く必要もあるかも知れねえ、その用意もしておくか」

 

 フード男には果たしたい野望がある、それを達成するためにフード男は入念に計画を組み立て、更に2重、3重に策を張り巡らせているのだが、それらの計画すらもが失敗に終わった事を考え、フード男は次に自分が接触すべき人物をリストアップする。

 九十九遊馬が在学する学校関係者、そして他の町の有力者、WDCの運営委員会、そしてその接触する相手の中に黒原の名前があった。

 

                     ●

 

「最上プロ、少し待っていただけないか」

 

「ん?」

 

 最上を呼び止めたのは(さかい)プロだ、中折れ帽を被り子供のように笑顔を向ける老人を最上は若干めんどくさいと思いながらも顔には出さないようにし近寄る。

 

「プロ決闘者の中で現実主義者(リアリスト)寄りの貴方に聞きたいことがある。貴方は運命のカードというものについて信じていますか?」

 

―――宗教臭い勧誘かよ……。

 

 最上は絆が、カードとの結びつきが、友情が、デッキが答えてくれる、そのような言葉を吐く人間をバカにしている。

 自分に起こらない事を信じるほど最上はロマンチストではなく、運が良過ぎる引きもしょうがない程度にしか自分の感情を揺らさない。

 

「ピンチの時に駆け付けてくれたりするけど手札事故も引き起こす憎めない事故要因ってやつだっけ。私に起こらない物を信じる訳が無いよ」

 

「そうですか、そうですよね」

 

 そのまま納得したように頷き、最上の胸元を一瞥した後、堺は歩き出した。

 最上も特に急ぐような用事はなく、その後を追う。

 

「そういえば、貴方が見せてくれた九十九遊馬と水田裕との決闘、彼らは非常に楽しげに決闘を行っていましたが、貴方はそれを見てどう感じましたか?」

 

「別に、ファンデッキとファンデッキの決闘だろ。何も感じないよ。つまらない決闘だった。そういうそっちはどう感じたんだ?」

 

「中盤までは大事な何かを賭けた切迫した決闘、後半は何も賭けずただ全力でのぶつかり合いをしていた、という感じかな。いやはや見てて2人とも楽しそうだった」

 

 最上もその言葉につられる様に遊馬に言われた言葉を思い出す。

 

―――あんた、決闘をやっていて楽しいのか、ねえ。

 

 最上からすれば決闘をするだけで楽しいなんて思わない。

 決闘はあくまでも勝って自分が愉しむものであり、それは信仰の様に根強く最上に巻き付き、それは解けることは無いだろう。

 常識も考え方も違う人間からお前は間違っている。などと言われ、私が間違っているかも、または、私が間違っていました。なんて揺らぐような考えを最上は持っていない。

 だからこそ最上愛は水田裕や九十九遊馬が何故、楽しそうに決闘をしているのかが理解できない。理解する気も無い。

 

「全く、どうしてあんな風に笑うのか、理解できないなぁ」

 

 最上が決闘を行っているのは自分の欲求を満たす趣味だ。

 そこに他の感情など無い。

 追い詰められればイライラするし、何もできずにバーンで焼かれり、徹底的に自分の行動を邪魔されれば不快感を隠せない。

 逆に叩きつぶして勝てば愉しい、努力し苦悩している他人を叩きつぶすのが痛快だ。それだけの物であり、だからこそ九十九遊馬や水田裕の様に負けても追い詰められても楽しげに笑う精神を理解できない。

 

「……それは当然だろう」

 

 最上の馬鹿にする呟き、それに答えたのは堺だ。

 立ち止まらず、背中越しに答えが返って来る。

 

「彼らはカードの絆で結ばれ、そして君は信じるべきカードは無いのだから、そうなるのは当然だろう」

 

―――いきなり何言ってんだこいつ!?

 

 最上は堺は色物プロ軍団の中で比較的まともかと思っていた。

 だが先ほどの発言で一番色物だと確信し、若干距離を取りつつ話す。

 

「私は向かい合った決闘者が持つカードとの絆を、一番信頼居ているカードを見る事が出来る。そして長いプロ決闘者人生の中でそれがどれほど強力なのかは十分に理解している。九十九遊馬君に水田裕君だったかな。彼らはそれを持っている」

 

 堺は帽子へと手をやり、僅かに目元を隠す様に位置を正す。

 

「私はとある2枚のカードに選ばれ、それらを最大限に発揮させるカードを集め、デッキを組むことができた。その力が私をこの場所まで登らせてくれることが出来た。だからこそ私は知りたいんだ。運命のカードがどういう物なのか、それはどこまで人に影響を及ぼすのか、そしてそれは誰にでも宿るものなのかを」

 

 1歩、先に歩み出て堺は言葉を続ける。

 他人など興味が無い最上でも分かるぐらいにその声からは意思が感じられる。

 全てを敵に回そうとも、大切な者全てを失おうとも、それが知りたいのだと。

 

「話が長くなりましたね。さて、最上プロ、人生の先輩としてアドバイスを1つ、貴方にしましょう」

 

 廊下の奥では藤田がエレベーターの扉を尾さえ、堺と最上を睨んでいる。

 早く来いと言うようん不機嫌そうなその表情に堺は軽く笑い声を漏らし、僅かに足を早める。

 

「自分の価値観ばかりが素晴らしい、なんて考えているといつか手痛い失敗をします。たまには他人の価値観を見て、実践して世界を広げるべきです。今の貴方の世界は閉じられすぎている」

 

 エレベーターに乗り込んだ堺は最上の眼を見て優しく語りかけ、最上は、エレベーターには乗り込まず、そのまま堺を見る。

 

「それでいいよ。私の世界は私と叩きつぶされるべき物で満ちていればいい」

 

 堺は深く息を吐く。

 聞き分けのない子供にどう言い聞かせようかと悩む年上のように、何をどう言葉をかけるのかを迷い、そのままエレベーターが閉まる。

 1人残された最上は呟く。

 

「実践ねえ…………」

 

                     ●

 

 裕は僅かに汗をかきながらも足元を探し回っていた。

 響子の宿泊しているホテルからここまでの道のりを戻り、無く、自販機やベンチを除き込むも見つからない。

 

「はー、見つからないなぁ、あの中には免許証やらクレカやら色々重要な物が入ってるのに」

 

「そうですね、って……」

 

 同い年に見えたけど本当は何才ですかなんて聞いたら非常に失礼なのではないだろうか、言葉に詰まった裕の様子を不思議そうに眺める響子へごまかすように裕は話題を無理矢理作る。

 

「ハートピースって事は響子さんも決闘者なんですか?」

 

「うん、そうだよ。この街に来たのも自分のための目的と取材のついでに参加したんだけど色々厄介な事になって大変なんだよね。そういえば君にも聞いてみよう。この街でトレジャーやらハンドレッドの中に不思議なカードがあるって話知ってる?」

 

「え」

 

 裕は知っている。というかそれに乗り移られ被害が出ました、なんて言えない。

 裕が後に知ったのだが、あの周辺にあった信号や家財道具が軒並みショートしたり、道路が穴だらけになっており原因不明の事故として処理されていたのだ。

 裕は基本、あまり考えずに喋る。それ故にここで知ってますなんて言って詳しく話を聞かれると余計な事をしゃべってしまう可能性は大きい。

 

「っと、知らないですね、そんな都市伝説があるんですか?」

 

 知らないフリをする。

 

「うん、白紙のカードが落ちていてそれはナンバーズってカードに変わるらしいのよ、それが重要な物らしくて結構、真面目に欲しいんだ」

 

「欲しいって、取材じゃなくて何かに使うの?」

 

「え、えと、取材、そう取材です。私、ちょっとした新聞記者をやってて、そんなカードがあるのなら見てみたいなーって」

 

「へー、そうなんですか」

 

 掃除用にハートランドシティで起動している掃除ロボットに回収された可能性も裕は考え、交番に行くかと裕が考えはじめると、響子に似た女性がこちら側へと走って来るのが見えた。

 

「あっ、やっと見つけたよ、響子ちゃん、財布を落としたんでしょ見つけておいたよ」

 

 動きやすい軽装な響子とは対になるようにヒラヒラとした白スカートを揺らしながら響子の前に立った女性は響子へと可愛らしい財布を突き出す。

 響子はゆっくりと手を伸ばす。

 それは何かを警戒するような動きだ。

 

「……お姉ちゃん、ありがとう」

 

 響子の姉は響子とよく似た顔立ちをしており、体つきは姉の方が女性らしくある程度柔らかげに丸い。

 ヒラヒラとした白いワンピースを着こんだその姿は、まるでどこかの国の姫のようである。

 響子は財布を受け取るといそいそとバックへと戻す、その動きをじっと観察していた姉の視線は横に動き、裕へと向けられていた。

 

「おや、財布を一緒に探してもらったのか、うちの妹の面倒見てくれてありがとうございます。って、ん、君は」

 

「いえ、暇だったのでお礼を言われるようなことはしてませんし」

 

 裕の顔を見て驚いたように目は見開かれ、そして悪戯を企てる少女のような笑みが浮かぶ。

 裕はその表情に最上の笑みを重ねてしまい、僅かに苦笑いを浮かべた。

 

「お姉ちゃん、ちょっと用事を思い出したから先にホテルに戻るね、水田君も手伝ってくれてありがと」

 

 姉の視線が裕へと向けられたのを見て、響子は早歩きで立ち去っていく。

 その余所余所しさと先ほどの財布を受け取る際の様子を思い出し、裕は何気なく聞く。

 

「喧嘩でもしたんですか?」

 

「あー、まあそんな所。何とかきっかけを掴みたいって思ってんだけどなぁ」

 

「そうなんですか」

 

「うん、まあしょうがないかもしれないけどね……。ああ、そういえば、私の名前は氷村(ひむら)麗利(れいり)、妹の困っているときに助けてくれてありがとう」

 

 頭を下げた麗利は裕の手に決闘盤が付けられているのを見つけ、

 

「ん、決闘盤? ということは君も大会参加者か、ならちょうどいい。私とハートピースを賭けて決闘しよう」

 

「良いですよ、やりましょう!」

 

 ここまできて対戦相手が見つかった事を喜び、裕は決闘盤を構える。

 麗利も慣れた手つきで決闘盤を装着する。

 

「さくっと終わらせるよ!」

 

「負けない!」

 

「「決闘」」

 

                      ●

 

 決闘盤の点滅が終わり、光が残っているのは麗利の方だ。

 

「私のターンだね。ドロー! 私はフィールド魔法、忘却の都レミューリアを発動、そして深海のディーヴァを召喚! 召喚時効果、発動だよ!」

 

 麗利と裕の周りを取り囲むように神殿が構築、そして視野の全てが深い水底の蒼へと変わる。

 裕は手札を見るモンスター、エフェクト・ヴェーラーのようなカードは無く、動きを妨害できない。

 麗利の場に呼び出された歌姫の声は周囲へと響き、海底神殿の柱よりのそりと姿を見せるのは棘のある盾だ。

 

「ディーヴァの効果でデッキから海竜族、レベル3以下のモンスターを特殊召喚出来る、私は海皇の重装兵を特殊召喚するよ!」

 

―――海皇デッキか。強いよなぁ……しかしエクシーズかシンクロ、どっちが出て来るんだろ。

 

 深海のディーヴァはチューナーであり、そして今発動しているフィールド魔法、忘却の都レミューリアには自分フィールド上の水属性モンスターの数と同じ数だけ、自分フィールド上の水属性モンスターのレベルをエンドフェイズ時まで上げるという効果がある。

 つまり今の状況では麗利はランク2かランク4のエクシーズモンスター、レベル8のシンクロモンスターまで選択肢がある。

 更に言えば海皇の重装兵には自分は通常召喚に加えてレベル4以下の海竜族モンスター1体を召喚できる、という効果があり、麗利の手札次第では更なる展開も出来る。

 固唾を飲んで見守る中、麗利は手札、そして裕を見比べ、

 

「さてさて、では始めましょう! レミューリアの効果発動、ディーヴァと重装兵のレベルを2つプラスしてレベル4にするよ! そしてレベル4となった水属性の深海のディーヴァと海王の重装兵でオーバーレイ、先陣は君にするか、来たまえ、ランク4、バハムート・シャーク!」

 

 渦の中、姿を見せるのは青と白の人型をした鮫だ。

 海中を素早く泳ぎ回り、太い脚でしっかりと神殿を踏みしめる。

 

「でもってオーバーレイ・ユニットになっている深海のディーヴァを使いバハムート・シャークの効果発動! 水属性・ランク3以下のモンスターエクシーズ1体をエクストラデッキから特殊召喚するよ!」

 

 水属性モンスターのコストと墓地に送られる事で効果を発揮する事で有名な海皇シリーズ、その中でもかなり強力な効果を持つ海皇の重装兵には海竜族モンスターを召喚する効果とは別にもう1つ効果を持っている。

 重装兵には水属性モンスターの効果発動のコストとして墓地に送られた時、場の表側カードを破壊する効果があり、裕がバハムート・シャークを破壊するかオーバーレイユニットをなんとかして剥がさないと次のターンにバハムート・シャークが効果を発動させるだけでエクストラからエクシーズモンスターが特殊召喚され、裕の表側のカードを破壊されるというかなり厄介な状況になってしまう。

 

「エクストラデッキからナ⋯⋯いやまだいいか、ランク2のアーマー・カッパーを特殊召喚、カードを3枚伏せてターンエンドだよ!」

 

麗利場     バハムート・シャーク ATK2800 (ORU1)

LP4000    アーマー・カッパー DEF1200 (ORU0)

手札1      忘却の都 レミューリア

        伏せ3

 

裕場     

LP4000

手札5     

 

 レミューリアによって攻撃力と守備力が200ポイントアップしバハムート・シャークの攻撃力が上がっており裕の中々打破しづらい。

 そして相変わらず裕の手札は微妙である。

 

―――とりあえず……このドローに賭ける!

 

「俺のターン、ドロー! おっ、手札からボルト・ヘッジホッグをコストにクイック・シンクロンを特殊召喚!更にジャンク・シンクロンを召喚、効果でボルト・ヘッジホッグを特殊召喚する!」

 

 あっと言う間に裕の場に3体のモンスターが並ぶ。

 それを見慣れたように動じない麗利は、この状況で出て来るモンスターを予想してくる。

 

「ライブラリアン、かな?」

 

「そうだよ! レベル2のボルトヘッジ・ホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング、シンクロ召喚、TGハイパーライブラリアン!」

 

「手札は3枚か……うーん、変なドローされても困るし、罠カード、強制脱出装置をライブラリアンに発動するよ」

 

 光の柱から現れた眼鏡の男性が場に下り立った瞬間、足元の場ごと宙へと跳ね上がりエクストラデッキへ戻される。

 貴重なドローソースを失い、まずいかなと考える裕はとりあえず現状打破を狙う。

 

「むっ、じゃあボルト・ヘッジホッグの効果でチューナーであるクイック・シンクロンが居るために自身を墓地から特殊召喚、レベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング、レベル7、ジャンク・アーチャー!」

 

「ここでジャンク・アーチャー……?」

 

 輪と星の中より降り立ったのはオレンジ色の弓兵だ。

 そして裕の選択に僅かに首を傾げる麗利、その眼は裕を値踏みするよう裕と手札を行き来する。

 

「ジャンク・アーチャーの効果でアーマー・カッパーをこのターンのエンドフェイズまで除外する!」

 

 アーマード・カッパーには自分のモンスターが戦闘を行うバトルステップに手札を1枚捨ててる事でこのターン、自分フィールドのモンスターは戦闘では破壊されず、自分が受ける戦闘ダメージは全て0になるという効果がある。

 ここで問題なのは手札を1枚捨てるという所にあり、下手にカッパーを放置し攻撃を仕掛けようものならば捨てられた海皇モンスターの効果によって麗利のアドバンテージを稼がれたり裕が不利になる可能性もある。

 だからこそ1時的とはいえカッパーを除外するカードを裕は選んだのだ。

 

―――あのカードなんだろ……アーチャーを召喚したときに奈落もしてこなかったし、ブレイクスルー・スキルみたいなのを使わなかったし⋯⋯まあ攻撃してみよう!

 

「バトル、アーチャーでバハムート・シャークを攻撃! ダメージステップ、俺はバハムート・シャークに禁じられた聖槍を発動する!」

 

 これによってバハムートシャークの攻撃力はレミューリアの効果を受けられず、更に攻撃力を800ポイントダウンし1600に下がる。

 これで戦闘破壊できる! そう意気込んだ裕だったが、

 

「んー、残念。カウンター罠、神の宣告を発動。禁じられた聖槍は無効だ。というわけで返り討ち!」

 

 茶色の弓兵は白と青の鮫竜へと向かう。

 弓兵を支援する様に背後より投じられた聖槍は白い長いひげの老人によって握りつぶされ、バックアップを受けるはずだった弓兵は忘れられた都の力を受けた鮫に食い千切られてしまう。

 

ジャンク・アーチャー ATK2300 VS バハムートシャーク ATK2800

破壊→ジャンク・アーチャー

裕LP4000→3500

 

「くっ、メイン2、カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「そのエンドフェイズ、除外されたアーマー・カッパーは帰ってくる。ついでにサイクロンだよ。伏せカードも破壊する!」

 

 黒い異世界への渦が開き送り込まれた河童がよろめきながら出てくると同時に竜巻が裕の伏せたカードを撃ち抜く。

 裕が伏せた和睦の使者すらも無くなり、場にはカードなし、裕の手札にはライトロード・ハンター・ライコウのみとなってしまう。

 

裕場        

LP3500    

手札1     

 

氷村場     バハムート・シャーク ATK2800 (ORU1)

LP4000    アーマー・カッパー DEF1200 (ORU0)

手札1     忘却の都 レミューリア

      

「ドロー! 海皇の竜騎隊を召喚」

 

 その召喚されたモンスターを見て、裕の表情に悔しさが浮かぶ。

 その表情、そして先ほどの決闘映像から得た彼の人物像を思い浮かべ、手札に速攻のかかしなどのカードは無いのだろうと麗利は考える。

 

「バトル、バハムート・シャークと竜騎兵で直接攻撃だよ!」

 

 ライフを容赦なく削りにかかる。

 バハムート・シャークの口からの水撃と竜騎兵の手にした武器は裕へと直撃し裕のライフを削り取った。

 

裕LP3500→0

勝者 氷村

 

                        ●

 

「うーん、確かにもうちょっと、こう足りないかなぁ、まあ、いっか。ハートピースを頂戴」

 

 変な腕輪を付けた手を催促する様にこちらに向ける麗利へと裕は1つしかないそれを差し出し重いため息を吐く。

 

―――絶対に勝ちあがるぞ、と考えていたのに予選の初戦で敗退するとはなぁ。

 

「アドバイスするなら、君の表情が分かりやすすぎるね。あと考えが分かりやすすぎだよ。普通ならバハムート・シャークを狙う所なのにジャンク・アーチャーでカッパーを除外した時点でコンバットトリックを狙ってくる事は簡単に読めちゃうよ。こちらとしては神の宣告をどこで打とうかなって考えてたのが決まったから楽でよかったけどね」

 

「うう、ぐうの音も出ない……」

 

 前にも同じような事を最上に言われたなぁ、と苦い思い出を思い出し裕は唸る。

 落ち込んだ様子を見せる裕、その肩に手を当て麗利は励ます様に叩き、

 

「また今度会ったときにでもゆっくり決闘でもしようではないか。そんときはもっと強くなっててよね、期待してるよ!」

 

 手を振り歩き去っていく少女の背を裕は見送る。そして見えなくなるとデッキに手を当てて、

 

「予選突破ぐらいはしたかったなぁ、ゴメンなクェーサー、今度やるときは出して活躍させてやるからな」

 

                       ●

 

「ちょっと予想してたのと違ったなぁ、まあ伸びしろはあるけど愛ちゃんが言う通りまだ微妙だね」

 

 適当な路地を曲がりダラダラと歩きながら麗利は独り言を呟く。

 ひらりひらりと袖が揺れ、麗利が動くたびに踊る。

 ナンバーズを持って居る人物を察知し、知らせる腕輪が映し示す方角へと歩き、路地の更に奥へと歩く。

 麗利が見たのは目付きの異常な女子が立っている。

 周囲には参加者と思われる決闘者が倒れ、周囲の壁には切り刻まれたような傷が走っていた。

 

「私は強いんだ、私は強い、私は強い」

 

 同じ言葉を吐き続ける少女、その姿に時々、誰かと喋るように独り言を言い始めた妹を重ね、

 

「ううん、強くないよ、それはナンバーズのおかげであって君の実力じゃない」

 

 そして名前も知らない少女の姿にふと自分を重ねてしまい否定の言葉を放つ。

 彼女がどういう欲望を持ったにせよ、それは彼女の望む姿ではないだろう、だから助ける。そう決め麗利は前に歩き決闘盤とハートピースを見せる。

 ハートピースを目にした瞬間、少女は麗利へと歩き、決闘盤を展開する。

 

「回収させてもらうよ、そのナンバーズ」

 

 獣の様に唸り、敵意を剥き出しにする少女の背後、ターバンを巻いた男の姿が薄く現れる。

 その眼光は鋭く、放たれる視線に麗利は一瞬だけ恐怖を覚え、脚を止める。

 

―――まだ決闘してないのにこんな体たらくじゃ、響子ちゃんを救えない!

 

 麗利は1歩、決意を込めて前に出る。

 

―――ここで負けてもナンバーズを奪われるだけ、だけどこんなナンバーズごときに負けるようじゃ響子ちゃんに勝てない。だから!

 

 自分を奮い立たせるために名乗りを上げる。

 大舞台で大観衆を前に決闘をするのと同じように、いつもの明るく、全力全開の声を高らかに響かせる。

 

「歌えず踊れずだけどアイドルっぽいプロ決闘者、氷室麗利、ここに参上! さあ、さくっと終わらせよう!」


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