クェーサー厨が行かされる難易度ちょっとハードモード   作:TFRS

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クェーサー厨が行く世界

 全てが終わってから1年が経った。

 新しい世界とやらが広がったあの日の事を水田裕は昨日の事の様に思い出す事が出来る。

 同じ顔の人間が楽しく決闘をし、クェーサーと共にあり続け、それを魅せられ続けるという生き地獄のような日々がやっと終わったというのに、水田はまたしても裕によってクソったれな日々へと叩き落とされている。

 自分が何も出来ない事は分かっている、自分には力が無く、どうする事ができない事も分かっている。

 それでも忘れられず水田はあの日の事を今でも夢に見る。

 

「何回見るんだよ、この夢はっ!」

 

 白い光の世界、そこで水田は何かがぶつかった衝撃が得る。すぐさま水田は立ち上がり毒づく。

 見渡す限りの真っ青な空、背の高い建物、そして顔を下に向ければ公園がある。

 手には決闘盤が展開されたままであり、クェーサーとダーク・リベリオンが揃えて置かれていて、遠くには九十九遊馬達の姿がある。

 あの時、あの場で水田は裕が居ない事を気付いたのは周りを見回してからすぐだ。

 

―――裕がクェーサーを置いたままどこかに行くわけが無い。

 

 なら、そう口にし、裕は自分へと体を返し裕は何処かへと消えてしまった事を理解した。

 だがそれを信じたくない水田は唇を噛み締め、声を押し殺し、体の奥から湧き上がる感情を唸り声に変え発散する。

 なんとかして探し出そうとするも足が動かない。

 視界はぼやけ、それを必死で拭いながらも水田裕の感情の暴発は止まらない。

 喘ぐように上を向き、口を開け、

 

「大馬鹿野郎」

 

 何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

 

「大馬鹿野郎ッ」

 

 誰も答えなど返さないと理解していても、何度も呟き、そして。

 

「一緒に探すって約束したのにっ…………」

 

 何故こうなった、こんなことを望んでなどいない。そう空へと吠えて、水田裕はようやく夢から覚めた。

 汗ばんだ髪をかき上げ水田は枕元を見る。

 そこにはクェーサー厨の大馬鹿野郎が置いていったカード達があり、朝日に反射して輝いている。

 息を整え、水田はベッドから降り、時間を見る。

 1つ学年が上がり、学校が夏休みに入った初日、朝からのバイトは遅刻しても文句は言われない。

 それでも早めに支度を済まし玄関へと向かう。

 誰かが望み、誰かが渇望し手を伸ばした世界で、水田裕はこんな世界なんか望んでなんかいない、と思いながら今日を生きている。

 

                     ●

 

 朝日に照らされる街並み、人間や赤や青の人型が慌ただしく動く中、水田裕はだらだらと歩き、赤信号で立ち止まる。

 裕は暇つぶしに頭上を見上げれば、駅前の街頭スクリーンがある。

 それに流れているニュースはアストラル人とバリアン人、人間達による新たな技術開発の話題、そして次に流れるのは第2回WDCについてだ。

 この第2回WDCではようやく市民の生活に溶け込み始めたアストラル人やバリアン人との異文化決闘交流も目的とされており、前大会のベスト3である3人とアストラル世界、バリアン世界、人間世界のプロ決闘者によるエキシビションマッチが行われるという。

 

「うわぁ」

 

 その対戦カードを見て、水田は思わず声を挙げる。

 WDCでのベスト3である神代凌牙VS最近になって3つの召喚法を自在に操る様になってきたプロ決闘者であるⅣ。

 銀河眼やフォトンを自在に操る天城カイトVS特別参加枠のバリアン七皇の中よりミザエル。

 第1回WDC優勝者である九十九遊馬VSアストラル世界最強と謳われる謎の決闘者、アストラル、という物理的な面でかなり不安になるメンバーだ。

 そしてミザエルという名を聞いた時、水田が思い出すのは激怒した彼の言葉だ。

 

―――何故、お前はクェーサーを使わない! 私は、私の時空龍は貴様とあのシンクロドラゴンに勝ちに来たというのに、何故だっ!

 

 思わず手を動かし触れる先、そこに在るのは1年前よりエクストラデッキから抜かれ、使われていないあのバカの相棒だ。

 1年前、水田裕が九十九遊馬達と距離を取っていたとき、ミザエルに運悪く見つかって強制的に決闘を申し込れた事があり、その決闘中でクェーサーを出せる機会があったが出さずにベエルゼウスを出し、激怒したミザエルに胸ぐらを掴まれたのだ。

 

―――あの時もARビジョンだけじゃなく物理的な被害があったけど、カイトとの決闘となると、エキシビションマッチのせいで会場がぶっ壊れるんじゃないのかなぁ。

 

 銀河眼同士のぶつかり合い等、様々な原因でもたらされるであろう被害を心配にするもまあ九十九遊馬の他の仲間がどうにかするだろうと流し、青になった信号を渡ろうと動き出した人に押されるように歩き出す。

 人ごみに流されるように駅前より少しだけ歩いて、水田は超高層マンションの前に来た。

 そこはとある少女の住んでいる部屋があり、半強制的にやらされているアルバイトの雇い主が住んでいる。

 

                     ●

 

 合鍵で雇い主である少女、最上の住んでいる部屋に入り、水田がまず行うには部屋の片づけだ。

 室内に放り出された衣服、書類、漫画やゲーム、カードの山をそれぞれの場所に納めていくうちに水田裕は1枚のカードを見て、手が止まった。

 黒枠のカード、ナンバーズだ。

 無論、それは一般に流通している物である。カードテキストをコピーされ、力を失ったナンバーズはアストラルと遊馬が回収する前の持ち主へと渡され、皆が今でも愛用している。

 あの日、起きた事はドン・サウザンドをアストラル世界、バリアン世界、人間世界の協力で倒した、というシナリオが公表されているだけだ。

 一般決闘者にはナンバーズとヌメロン・コードの力、そして九十九遊馬達の活躍も伏せられている、はずだった。

 それなのにナンバーズに関してはネット上にはかなり真実に近い噂がある。

 曰く、本物のナンバーズという物が何処かにあり、それには特殊な力が宿っている。

 曰く、本物のナンバーズを100枚集めるとどこからともなく金色に輝く龍が現れて願いを1つだけ叶えてくれる。

 曰く、あのドン・サウザンドもそれを狙っていた。

 

―――本当に100枚集めれば願いが叶うって言うんなら俺も集めるんだけどなぁ。

 

 かなり内部事情に詳しい誰かが何らかの意図を持ってネット上で流したのだろう、だがすでにナンバーズは役目を終えており本物のナンバーズなど存在するとすればヌメロン・コードを内包したヌメロン・ドラゴンぐらいだろう。

 そのような強大な龍を手に入れる事など出来ない水田はため息を吐き、手を動かし部屋の片づけが終え、カーテンを開き陽光を取り入れて、食パンをトースターに入れ、部屋の前に立った。

 扉を軽くノックし、

 

「最上、入るぞ」

 

 扉を開ける。

 ベッドの方を見れば、長い黒髪があちこちに飛び跳ねた少女が身を起こしている。

 水田が部屋に入ると同時に起きた彼女はまだ眠そうに目をこすり、腕を上に上げ大きくのびをする。

 女性がそのようなポーズをすれば胸が強調されるポーズになるわけでだが、彼女の胸は薄く、僅かに盛り上がるのみだ。

 部屋に入って来た水田を最上はうっとおしげに流し見し、眼を閉じて、もう一度寝ようと布団に身を投げる。

 すぐさま整った呼吸音が聞こえ始め、水田は彼女が眠りにつかせまいと扉を乱暴にノックし続け安眠を妨害する。

 水田の行動に最上は眠る事を諦め起き上がり、

 

「あー、分かった、分かった。起きるから飯の支度しといて」

 

 言い捨て、堂々と恥じらいも無く最上は水田の前で服を脱ぎ始めた。

 

                      ●

 

 シャワーを浴び、朝食を食べ終わった最上はソファーに体を投げ出し、適当にテレビを見つつ決闘盤を腕に装着し、デッキよりカードをドローしている。

 

―――あれは何をしてるんだろうな?

 

 水田はその行動に疑問を持ち、最上に聞いてみたが明確な答えは返ってこず、はぐらかされるだけであった。

 そんな水田の疑問に満ちた視線を無視し最上はつまらなさそうにチャンネルを変える。

 その様子はまるで日溜まりでくつろぐ猫のように力が抜けていて、普段の傲慢で強欲な覇気が全く感じられない。

 

「ダルーい、ダルーい、あーめんどーい」

 

 緩み切った表情で何度も同じ単語を口にしながらも、眼だけには真剣な色を浮かべ、カードを5枚ドロー、ドローしたカードをデッキに戻し、シャッフル、5枚ドローの動きは止まらない。

 そのようなだらけきった姿を見て一般決闘者はこれが魔王と呼ばれる野良プロだとは分からないだろう。

 最上愛は高校を卒業し、本格的にプロの道へと進んだ。

 どこの団体にも所属せず大会に出場しては優勝をかっさらうという辻斬りのような生活をしつつ、気まぐれに開いた便利屋を営んでいる。

 そしてこの便利屋と最上の私生活を補助するというのが1年前、九十九遊馬とアストラルとの決闘の最中に最上から持ち掛けられたバイトの内容だ。

 WDCの話題だらけのテレビを消し、最上はゆっくりと身を起こし水田へと今日の予定を聞く。

 最上のスケジュール管理は水田が行っているからだ。

 

「んでなんか今日仕事ある?」

 

「今日は⋯⋯決闘ギャングの取り締まりに手伝えって当局から来てるぐらいかな。それ以外は明日も明後日も明々後日も白紙だよ」

 

 それを聞いた最上は露骨にめんどそうに舌打ちをし、

 

「めんどーいなぁ、あーあ、当局に借りなんてつくるんじゃなかったかなぁ。でもそれだとなー」

 

 口で文句を言いつつ最上はシャッフルしていたデッキとは別の、いつも闇の決闘で使っているデッキを手にする。

 それを腰につけているデッキホルダーへと挿入し、最上はソファーより立ち上がる。

 

「そういえば水田、お前は夏休みなんか用事とかねえよな? これから忙しくなるぞ」

 

「忙しいってまだ何も予定は入ってないよな」

 

 水田が管理する最上の予定帳には白が並んでおり予定など立てていない。

 そこで水田が思い当るのは、最上の行っている便利屋に変な事件が持ち込まれた可能性だ。

 面白そうな仕事が入った、行くぞ! と水田裕を引っ張りまわし、たいていは命を賭けて決闘する事で解決するのだが、巻き込まれる水田としては気が気ではない。

 

―――自分の命じゃなくて俺の命を賭けて闇の決闘をするのはいい加減止めてくれねえかなぁ!

 

 最上愛と言う人間が他人から何を言われても言う事を聞かない自己愛自己中精神なのは理解している。

 だからこそ水田裕は胸の中で叫ぶ。

 それが表情に出ているのだろう、最上は笑みを浮かべる。

 

「いや、これから忙しくなるんだよ」

 

 凄まじく意地の悪い笑顔を。

 そしていつものようにデッキトップからカードを5枚ドローしては戻し、シャッフル、ドローを繰り返す。

 

「あれからもう1年が過ぎた。1年があれば誰でも成長ができるし、誰だって力をつけれる。そろそろ誰かが動いてもおかしくない」

 

 その言葉を聞き。水田裕が思い出すのは行方を眩ませたドン・サウザンド、ベクター達の事だ。

 最上がどこからともなく取り寄せて来る資料、部屋に散らばった書類の中にはそれらの名前がたまに記されている。

 最上がそれらの足取りをどういう意図があって調べているかは水田裕が何度聞いても口を割らない。

 だがそれらは確実にこの世界の何処かに潜んでいて今も何かを企んでいる。

 それを考え、水田裕は一瞬だけ誰かがこちらを監視しているような視線を感じ、思わず振り返る。

 誰もない。何もない。

 当たり前ではあるが、それでも心臓はバクバクと音を立てている。僅かに荒くなった息を吐き、水田裕は最上へと詰め寄り、

 

「だったら、ここでこんな事をしていても」

 

「だから待ってんだよ。最終兵器がくるのをな」

 

「えっ」

 

 疑問に感じる水田、そして2人の居る部屋に軽い電子音が響いた。

 チャイム、それは来客を知らせる物だ。

 それは何回も連打される。

 まるで一刻も早くこの扉を開けろと言わんばかりに連打される。

 それを聞き、まるで欲しい玩具が届いたように最上の顔に笑みが浮かぶ。

 そしていつまでも出ない水田達に痺れを切らしたように玄関が開かれる音がし、玄関と居間を繋ぐ扉が開かれた。

 入って来た人影は嬉しいという感情を抑えきれずに叫んだ。

 

「やっと会えたぜ! クェーサー&俺のデッキ達ぃいいいっ!」

 

                     ●

 

―――やっと来たか。

 

 湧き上がる感情を抑え、最上は飛び込んできた人物を見、呆然としている水田を置き最上は立ち上がる。

 クェーサー厨の馬鹿と自分を苛立たせる行動しかしない大馬鹿野郎がこちらを見ていない間に最上は素早く手鏡を取り出し身だしなみを整える。

 

―――寝ぐせはすでに整えた、着替えもした、カッコ悪い所は1つもない。よし。

 

 素早く自己判断を下し、最上はいつかのように、長い髪を手で払いながらいつもの笑みを浮かべて口を開く。

 

「遅い、お前は相変わらず私を苛立たせるのが好きなんだなぁ」

 

 息を切らし、額に髪と汗を浮かべる少年へと言う。

 

「うっせえ、こっちは所持金ないから走ってきたんだぞ!」

 

 帰ってくるのは平凡な反論。

 その声を聞き、止まっていた水田が息を大きく吸い込み、1度だけ両目が潤ませ、そして拳を握り少年へと殴りかかる。

 水田が体を捻り、息を切らしている少年の右頬へと拳を叩き込んだ。

 息とも声ととれるような妙な音と大馬鹿野郎が床を転がる音が部屋に響く。

 決闘で衝撃を殺し方を学習したのか、即座に立ち上がると少年は抗議の声を挙げようとし、更なる水田の追撃の前に言葉を発するタイミングを逃した。

 何度も何度も拳が振るわれ、そして堪え切れなくなった様に少年の胸に顔を押し当てる水田。

 どうして、という声は徐々に言葉の形を泣くし、嗚咽へと変わる。それを本気で済まなさそうに見る少年を見て、

 

―――あとで私もしよう。

 

 笑う。

 最上は1年も連絡を寄越さず、1週間前になってようやく連絡してきたバカが水田によって殴られている場面を見て、少しだけ気分を良くし冷蔵庫へと歩き出す。

 それは単純に喉が渇いたからであり、大汗をかいている少年への嫌がらせも含まれている。

 

―――しかし変わらないなぁ

 

 僅かに水田の方が背が高いだけで抱き合う姿は鏡に映したように同じ顔だ。

 1年前に消えたときから少年は何も変わっていないように見える。

 水田の様子から最上が何も説明をしていない事を悟った少年、裕は最上を睨み付けて来るも、最上はそれを鼻で笑い、取り出した氷を冷えたジュースに入れ、見せびらかす様に飲む。

 最上の嫌がらせともいえるような行動に最上への追及を諦めたのだろう、裕は胸に額を付ける水田へとどう説明したものかと頭を掻き、

 

「俺はお前と同じように弾きだされてリペントが堕ちたっていう次元の狭間に墜ちたんだよ。何もない上にどこに行けばいいのかも分からないから連絡も取れなかったんだ。リペント達の助けでここまで帰って来れたけど、1年もかかっちまった。本当にごめん」

 

「説明の1つでもしろよ! せめてDパッドに何かメッセージでもしとけよぉ。俺がどれだけ、どれだけっ……!」

 

 裕の本当にすまないという言葉に水田は鼻声で訴える。

 それを受け、裕はもう一度頭を掻き、

 

「それが、その、なんだ、それを思いついたのが堕ちてからぐべっ」

 

 水田の放った拳が腹へと突き刺さり、裕が更に謝罪の言葉を重ねようとするのを封じる。

 しばらく沈黙が続きこのままではらちが明かないという事を悟ったのだろう、裕は水田を引き剥がすと立ち上がり本題を切り出した。

 

「さあ、行こうぜ」

 

 水田も答えは分かっている。それでも聞く。

 

「…………どこに?」

 

「約束だったろ、お前のクェーサーを取り戻しに行くぞ。取り戻してそしてお前ともう1度楽しく決闘がしたいんだ」

 

 安堵と怒り、その他諸々の感情と涙が入り混じった表情で水田は顔を上げ裕を見る。

 

「でも場所が」

 

 その言葉に応えるのは最上だ。

 本命の情報を集めるついでに、と片手間程度ではあるがそれについて調べてある。

 それが詰まったファイルを最上は2人の間に放り投げ、

 

「とりあえずクェーサーを所有していそうな奴で決闘マフィアのトップらが居る5ヵ所、そこに1つ1つ乗り込んで探し出す。なぁに、問題はない。どうせカードを脅して取り上げたり、物理的、心理的、経済的に所有者を追い詰めてするようなクズ連中がほぼ全てだ、私達が叩き潰しても誰も文句は言わせない」

 

 最上は出会った当初に自分が裕に何をしたかを棚に上げて自信満々に言う。

 そしてこっそりと心の中でほくそ笑む。

 

―――これを集めるのやらで当局に大分借りを作ったが、まあいい。これでようやく私の目的が達成できる。

 

 最上自身の目的のためとはいえ他人のために働くのは正直、気が進まなかったし、面倒だったし、腕も頭も思う様に動かなかった。だがそれでもこの日のために情報を集めて精査したのだ。

 それが実を結んでくれなければ困る、というか怒る。

 最上はいつもの自己愛と自信満々に腕を組み、2人の前に立つ。

 

「だから出かける用意をしろ、このために夏休みを選んだんだ。世界中を歩き回り、クズ共からカードを巻き上げて、ついでにお前のクェーサーを取り戻す」

 

 その言われた内容に裕は声を挙げる。

 

「逆、逆だからな! こいつのクェーサーを取り戻すのが主な目的だからな!」

 

 重要だと念を押し、そして裕は水田へと手を伸ばす。

 手を取り外へと連れ出そうとでも言うように、水田が手を伸ばさないと届かない位置で裕は笑いながら言う。

 

「さあ、1年前の約束を果たしに行こうぜ。過去の後悔を晴らし、お前の相棒を取り戻しに行こう。俺とお前が力を合わせればなんだって勝てる、だから」

 

 水田は裕の手をとる。

 しっかりと握り、実態が在るのを確かめ、そして

 

「1年も待たせやがって、遅いんだよ大馬鹿野郎」

 

 立ち上がった。

 

                    ●

 

 ようやく手元に返って来たクェーサーを見れば裕は頬が緩み、気分は大分向上する。それを目にし水田もようやく裕が返って来たことを実感できたのだろう。安堵した様子で家に長期旅行の準備をしに戻った。

 そして玄関の扉が閉まる音を聞き裕は最上へと向き直る。

 裕は最上を見て思うのは、ただ1つ。

 

―――変わらないなぁ

 

 背も、胸も、髪型も、顔に浮かぶ意地の悪そうな笑みも、何もかも全てが1年前と同じだ。

 頭の先から足までを見てそれを確認する間、部屋には時計の秒針の動く音だけが響いていき、そして裕は最上へと切り出した。

 

「最上、お前の目的はなんだ?」

 

「ん? 私の目的が分からないのか?」

 

「ああ、全くわからん」

 

 最上は自分のためになることにのみ力を貸す少女だ。

 その性格の悪さは理解したくはないが誰よりも、それこそ1年間、共に居た水田よりも裕が一番よく知っている。

 その裕が分からないと聞くのだ。

 最上が裕のクェーサーを探す事によって何の利益が生まれるのかが分からないから問うのだ。

 

「言ったはずだ、クェーサーを探すのはついでだって」

 

 手にしたジュースを飲み、デッキらしきものよりカードをドローし確認、最上は口元を上げながら答える。

 その声には喜びと僅かな興奮が混じっており裕は何か最上がやってくるんじゃないかと反射的に身構える。

 

「ついで?」

 

「そう、それには第2回WDCも関係しているんだぜ」

 

「あれとお前が決闘マフィアからカードを巻き上げるってのと何の関係があるんだ?」

 

 裕もこの部屋に向かう際に見かけただけだが面白そうなイベントではある。

 そこに最上がどう関わるのかが分からない。

 

「第1回WDC、ナンバーズを集めるためにフェイカーの策略で開催されたあの大会、あの場所でアストラル世界とバリアン世界は人間世界を舞台にナンバーズを賭けてぶつかった。その思い出みたいな場所で、俺達は共にここにいて、一緒に強くなっているって示したいんだとよ」

 

 誰に見せるのか、それを裕が問う前に最上が更に口を開く。

 

「私はお前から受けた水田のクェーサー探しの依頼の他にもう1つ、他の人間から依頼を受けている」

 

 あくまでもデッキよりドローされるカードを見、戻しシャッフルする動きを止めず最上は言葉を続ける。

 

「今、世界各地の決闘ギャングのトップがアンティ決闘で負けて勝者の傘下に入るってのが裏決闘社会では起きている。その決闘を見ていた奴らが口をそろえて言うんだよ」

 

 発せられる言葉、その言葉の裏にある意味を裕は考えるも結論にはたどり着かない。

 だがなんらかの不安が裕の胸に湧き上がる。

 部屋の温度が急に下がり始めるような不安感、それが最上を中心に吹き荒れ始める。

 何もかもが既に始まっている。逃げる事も降りる事もできない。そんな事をしてももう手遅れだ、そう言うように、最上は笑みを浮かべ、

 

「エクゾディアを見たと」

 

 それを聞き、裕が思い出すのは最終決戦でこちらを見た1人の男の眼だ。

 勝利を渇望し、殺意満ちた男の射殺すような視線を。

 

「ドン・サウザンドがヌメロン・コードを狙い動き出した」

 

 さっと部屋の室温が零度にまで下がったような錯覚を裕は受ける。

 部屋に差し込む陽光は陰り、その部屋に輝くのは自己愛に満ちた少女の爛々に煌めく瞳だけだ。

 彼女の眼は嗤う。

 彼女の口元は嗤っている。

 嬉しくてうれしくてしょうがないと言わんばかりに口元は三日月の様につり上がっている。

 

―――だけどドン・サウザンドの厄介な能力はあの場所で失われているはず。俺が持っているスキルドレインみたいな能力の無効化は必要ない筈だ!

 

 裕の持つ力は勝率が限りなく0に近いカードを使った異能力ゲームを勝率50パーセントの運が全ての決闘にする事だ。

 当然、負ける可能性もある、遊馬達がいればそれで充分だろ、そういう意味を込め裕は声を荒らげる。

 

「だけど、だけどドン・サウザンドは洗脳と初手エクゾの能力を失ってはいるはず。態々リペント達を使ってまで俺を探しにくる理由が分からない!」

 

 裕が次元の狭間から生還できたのはリペント達のおかげだ。

 それが無ければ今も裕はあの狭間を彷徨い続けただろう。

 

「俺を探すためにそれだけ多くの人材を使うぐらいならばリペント達を使ってその決闘マフィアを潰す方に尽力を注ぐべきだ。あいつらの方が俺よりも決闘の安定性もバリアン人としての性能も強い筈!」

 

 それはそうだ。最上はそう前置きをする、

 

「まあお前の運に全てを任せるよりもリペント達の方がカード性能も安定性も上だ。だけどリペントとその嫁、プラネタリーやあの村の住人を使ったのにも訳があるんだよ」

 

 まだ急いだ理由がある。そう言うのだ。

 珍しく不機嫌と咎めるような声で最上が告げるのは、

 

「裕、お前、遊馬達に黒原の能力について何も言ってないだろ」

 

 黒原の能力は3つだ。

 好きなカードを好きなタイミングでドローする。

 そして相手は自分の行動を妨害するカードを引けない。

 必ず黒原が先攻となる。

 それらの能力が合わさると言う事はカードゲームとしてのルールを踏みにじるものだ。

 

「…………あっ!?」

 

 誰がどうあがいても勝てる可能性は極めて少ない能力を持つ、その男の事を裕はあの場所で口にしていない。

 遊馬達が直接、黒原と出会ってはおらず、黒原が持つ能力について知る由もない。

 つまりはあの少年は何も制約を受けていないという事実がある。

 

「ここまでくればお前でも分かるな。黒原がドン・サウザンドと接触しやがった。黒原がドン・サウザンドと手を組んだ影響でアンティ決闘での勝率が跳ね上がって決闘ギャングへの侵食速度も予想よりも遥かに早まった。だから九十九遊馬に私が提案したんだ。私達もドン・サウザンドらとの戦いに参加してやろう。とりあえず決闘ギャング共を虱潰しに叩き潰しドン・サウザンドの行方を探すってね」

 

 薄暗い部屋の中、裕は黙りこくる。

 同時に最上はポケットに手を突っ込む。

 軽い金属音に裕はなんだと目を挙げれば、

 

「ああ、そうだ。前に言ってた礼だ。持っとけ」

 

 手裏剣のように飛んでくる物をキャッチし裕は開く。

 そこにあったのは鍵と通帳、そして通帳に挟まれる書類の束だ。

 疑問に思う裕は顔を上げ、絶句する。裕の目に映る最上の取った行動はまたドン・サウザンドにでも洗脳されているのかと心配になるほどの異常なものだった。

 自分の意見は正しく、後ろめたいことなど何もないという最上は他人と会話をする際は目線を逸らさない。だがこの瞬間、この一瞬だけまるで恥じらっているかのように視線を逸らしたのだ。

 そして微妙に小さく早口な声で、

 

「前に私が言ったな。全て終わったら私が直々にお前の役に立つことをしてやろうって。でもお前が居なくなったんで私が勝手に決めた、これ以上の事はしない! それらは好きに使え」

 

 裕は通帳を見、鍵に刻まれた部屋番号を見て、驚愕の表情で最上へと近づく。

 

「お前、これ……」

 

 そこに記されている部屋番号は今、最上の部屋のすぐ隣だ。そして通帳には自分の名前があり1の後に0が8つ並んでいる。

 そして戸籍など無い筈なのに戸籍まで作られ自分の名前が記されている。

 最上は裕を見ず、視線を別の方向に向けたまま、手を広げ

 

「これとはどれだ? 身分か? 当局に魔導のカードを渡して作らせた。金か? 余ってるから渡しておいた。住む場所か? この階は私が貸し切っている、1部屋ぐらい貸してやる」

 

 魂だけになった裕に身分証も保険証も住む所も金も持っていない。

 それを最上は用意したのだ。

 

「あと無職だろ、だったら私の下で働け。お前の無効化能力はなんだかんだいって切り札になる。私が有効活用してやろう」

 

 少しだけ気恥ずかしいとでもいう様に目を合わせない最上、その光景を第三者が中身を一切考慮せずそのシーンだけを切り取れば、本当にまともな年頃の少女のように思える。

 一応、最上自身のためとはいえ、それでも裕の為に借りを作ってまで色々してくれたという事実に裕は胸を熱くし、1年ぶりに合って抱いた印象を取り下げる。

 

―――ほんのちょっとはまともになったんだな、色んな所が成長してないとか決めつけて悪かった。

 

「最上!」

 

 感極まっている裕の言葉を聞き、ふと我に返ったように照れたような様子から一転、最上は決闘盤を取り出した。

 

「ああ、それとこれを見てくれ」

 

 まるで子供が親に褒めてとねだる様に、まるで子供が自分の力を他人に見せびらかしたいように、最上はとても良い笑顔を裕に向ける。

 

「1年間の努力の成果だ」

 

 5枚のカードが裕へと向けられる。それを戻し、またも5枚ドローする。

 1度目は怪訝そうな裕の表情が回数を重ねる度に抜け落ちていく。

 それが10回を超えた辺りから裕は最上の手札ではなく、最上の顔を見始めてた。

 最上が行っていたのはただ5枚ドローする事だけ、5枚ドローするという行為が何を指すのか、それを裕は理解したのだ。

 彼女が何を目指し努力したのか、裕はそれを彼女自身の口から聞きたい、そう思い最上の言葉を待つ。

 裕の表情を理解し最上は明るい笑顔で言う。

 

「私は初手に必ず1枚エクゾパーツが来るようになった」

 

 曇っていた空が晴れだし、陽光が部屋に差し込み始める。

 最上はそれを背で受け、黒髪は濡れ羽色に輝かせながら、瞳にはいつもの自分を最も上に定める自己愛の感情を浮かべ、微笑むのだ。

 裕がここにいるにも関わらず連続10回、エクゾパーツを必ず1枚、手札に引き込んだのだ。

 その姿に裕はある男の姿を重ね合わせてしまう。

 何もかもに勝利しようとし、自らの我欲の為に異世界すらも飲み込まんと手を伸ばし、全てを裏から操り書き換えという全能の力を求めた男を。

 

「裕、私は最強になる」

 

 真っ直ぐに見据え、

 

「自分の勝ち負けすらも私は操りたい。他人如きの願いや感情に私は負けたくない。負けるとしても私が負けてやった、お前は私の掌の上だ。そう思い、実行できるぐらいに、ピンチすらも自演し、私が自分で解決できるぐらいに、私は最強になるッ!!」

 

 他人なんて私の我欲を満たすための道具だ。

 他人如きが私の勝敗に関わるな。そこに突っ立っていればいい。

 そう言い放つ。

 彼女は何も変わってなどいない。

 彼女は明確な目標を持って、それへと努力しただけであり、彼女は自分の事だけを考えている。

 

「私の楽しみは誰にも妨害なんかさせるもんか。私の願いは私のものだ。私の勝利も私だけのものだ、私が欲しいと思ったものを私は誰にも渡さない」

 

 彼女が欲するのは最強の座、必ず初手でエクゾディアが揃うレベルまで最強になる。

 そして最強になった彼女が目指すのはたった1つ。

 それだけのために彼女は最強になろうと決意し、したくも無い努力を積み重ねている。

 瞳を煌めかせ己の内を語る様子は恋する乙女の様で、内容を聞けば誰もが顔をしかめる醜悪なものだ。

 

「そして、そして初手5枚がエクゾを揃えれるようになり、最強の座について私はお前からクェーサーを奪う。奪って、大舞台で私はお前と戦うんだ。そこでお前は私を本気で倒しにこい。私を敵だと想い、見て、私だけを見つめろ。私は、私はっ、私を本気で勝ちに来るお前に勝ちたいんだッ!」

 

 その座にまで立ち、彼女の目に映るのはたった1人、ちっぽけな少年の背中だ。

 そこに至るまでにある全てを叩きつぶす、彼女はそう誓っている。

 

「私が他人を気にするなんて私が許さない。私の感情は私だけのものだ。本気のお前を倒さないと私はお前を目で追いかけ続けてしまう。そんなのは私じゃない。私は、私以外にいらない!」

 

 最強無敵の能力を持つ黒原も、九十九遊馬を倒しヌメロンコードを欲するドン・サウザンドも、自分に勝ったままでいる全てに勝利する。勝ち逃げなんて許さないと彼女は言う。

 彼女の瞳に宿るは自分が最も上の存在でありたいという自己愛の焔、自分の中に自分ではない者がいる事を許さず、それを排除したいと猛り狂う暴風がある。

 そのような渇望に餓える彼女の視線の先には、裕の背中がくっきりと映っている。

 それを勝ちたいと最上は決意に燃えている。

 裕は言葉を失い、先程まで思っていた事を取り下げる。

 

―――言葉を訂正しよう。

 

「1年たっても、お前の自己愛っぷりは全く変わらないな」

 

 裕は苦笑し最上を見る。

 最上は裕を見て、何をバカな事を言っているんだというように、にっこりと微笑む。

 自分が変わる必要が無いと思う人間がどれだけ月日を重ねようと、どれだけ他人と言葉を重ねようと変わる訳が無い。

 自分がこのままでいいんだと思っている人間が考えを変えるなんてある訳が無いのだから。

 

「変わる? 何を言ってるんだ? 私の容姿も、力も、能力も、願いも、野望も何もかも私は私の全てを愛しているんだ。己がしたい事の為に成長はしよう、だけど私が変わる必要なんて何もない。そんな事を私は望むわけが無いじゃないか」

 

 今の私は素晴らしい。

 今の私が願っている事は今、私が最もしたい事だ。

 私の行動は全て私の楽しみに繋がっているのだから。

 そう言い切り、最上はいつものフレーズを口にする。何度だって何時でも、何処でも、誰の前でも言ってきた最上愛と言う少女を示す言葉を。

 

「私は私を愛しているのだから」

 

―――本当に何も変わらない。こいつは本気で最強を目指して本気で俺に勝ちたいと願っている。

 

 いつでも相手になるんだがなぁ、裕はそう呟くも目の前の少女が勝ちたいのは普段通りの自分ではない事も理解している。

 そうしている間にも最上は先ほどまでのエクゾディアパーツが入ったデッキを外し、別のデッキを取り出した。

 そしてどこからともな新品の決闘盤を取り出し、裕へと投げ渡し、

 

「まあ、まだ水田は戻ってこないようだし、どうだ?」

 

「ああ、やってやるよ」

 

 この世界は誰かが望んで誰かが望まなかった世界だ。

 この世界はカオスも、ランクアップ、No.、儀式、アドバンス召喚、融合、シンクロ、エクシーズ、ペンデュラム、アストラル人、バリアン人、人間、感情や意思、悪意や善意、我欲、願いなどの全ての存在が入り混じり、欠けている物など無い世界だ。 

 この世界は依然としてアンティ決闘があり、欲望のままに人は動き、誰かが泣き、絶望する世界だ。

 この世界は伸ばした手を握り、人が人を助け、希望を持ち、夢の未来へと進む世界だ。

 全てが共にある未熟な混沌とした世界で、今日も決闘者達は笑って、泣いて、喚いて、拳を握って、自分の我欲の為に突っ走る。

 

「本気でかかってこいよ、クェーサー厨。お前の相棒を出す前に更地にしてやるよ!」

 

 上から目線で叫ぶ自己愛少女、それに相対するクェーサー厨は水田より渡されたデッキを取り出し決闘盤へと挿入する。

 デッキが、エクストラデッキが喜ぶように陽光に反射し、裕は思いっきり笑みを浮かべ、

 

「全力でぶん回してお前に魅せつけてやるよ、自己愛野郎! 俺の最強の相棒を目に焼き付けろ!」

 

 今日もまた決闘者達はデッキを手にし、己とは違う主観を持つ他人と言葉を交わし、分かり合い、時には分かり合えず決別する。

 俺の切り札とデッキが最強なのだと。

 私が誰よりも最強なのだと。

 自分が求めるものは必ずあるのだと。

 誰もがデッキに願いと感情を乗せ、それぞれが絶対に譲れない我欲を胸に目の前の相手へと叫ぶのだ。

 

「「決闘!」」




ネタが溜まったら書くかもしれませんがここいらでクェーサー厨は終了です
1年と4か月ほどのお付き合い本当にありがとうございました

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