魔界の大魔王(笑)として転生したが、ドラクエ世界ではなく恋姫†無双の世界に転生したのはおかしいんじゃないかな!? 作:てへぺろん
それでは……
本編どうぞ!
「ガクガクぶるぶるガクガクぶるぶるガクガクぶるぶる……!!!」
一人の少女が震えている。それは袁術であった。反董卓連合に参加したその日、少女は恐怖を知ることとなった。異形の存在、白も黒も存在しない純粋で深淵の沼より這い出た本当の恐怖。毎日その夢を見る。体の小さな袁術は更に小さく見えてしまう程に怯えながら生活を余儀なくされていた。
そんなぶるぶると震える袁術の背後からそろり、そろりと影が近づいていた。その影は袁術の肩を掴むと……
「だ~い~ま~お~う~だ~ぞぉ!!!」
「ぴぎゃぁあああああああああああああああああああああ!!?」
包まっていた布団を投げ出し寝床から転げ落ちる。悲鳴をあげ、目から涙を流して恐怖を振り払おうと近くに散らばった物をところ構わず投げた。
「いたっ!」
「ぴぃえ?」
投げた物が当たったのだろう。声がした……が、袁術はその声には聞き覚えがあった。投げつけようかとしていた手が止まる。
「もう~お嬢様ったら、わたしですよ。美羽様の愛しい愛しい七乃です」
そこにはいつも傍に居てくれる張勲の姿であった。安心できる存在が目の前に現れたこともあって笑顔の華が開いた袁術だったが、今思えば先ほどの声も張勲と同じだった。そして恐怖の存在はこの場に居ず、居るのは袁術と張勲……このことから子供でも答えがわかる。みるみるうちに袁術は感情を爆発させる。
「な、七乃よ、騙したのか!?」
「違いますよ~お嬢様、揶揄ってみただけです♪」
「お、おのれ七乃!!この!この!これでもくらうのじゃ!!!」
「ああん❤お嬢様もっと叩いてください❤」
「七乃が気持ち悪いのじゃ!!?」
騙された袁術は怒りに燃えた。小さな拳で張勲の頭を何度も叩くが軽いポカポカとした音がなるだけで、叩かれている本人は堪らないといった表情で惚けていた。当然袁術はそんな張勲に怯えるわけで……最近はこんなことの繰り返しでここがあの殺伐とした三國時代なのか疑ってしまう程に平和だった。
「し、失礼します!!!」
しかしそんな平和はこの時代では長く続かない。
慌てた様子の兵士が声もかけずに入って来る。その行動に張勲は一瞬殺気を放った(本当は袁術のお仕置きが中断されて機嫌が悪くなっただけ)が只事ではないと察して態度を改める。
「どうしたんですか?いきなり入って来るなんて……ほら、お嬢様がこんなに怯えているじゃないですか」
張勲はこう言っているが、怯えている原因は気持ち悪い張勲にあるのだが……そんなことなど今はどうでもいいとさえ兵士は鬼気迫っていた。堪らず口が開く。
「只今門前に孫呉の兵あり!!孫策が反旗を翻したようです!!」
「ぴぃえ!!?」
「(……遂に来ましたね)」
張勲の予想通りの事態だった。母である孫堅は誰もが恐れるほどの力を持ち、その意思を継いだ若き王。名君の誉れ高く、『江東の小覇王』と称される孫策が、このまま言いなりの犬で終わるほどの人物だと思っていない。今は手綱を握っていても、飼いならすことなどできぬ。それはまさに虎そのもの。必ずや飼い主に牙を向ける時が来ると。
その時がやってきたのだ。しかし張勲も最愛なる袁術の為であるならば抜かりはない。
「すぐに準備していた部隊に連絡を取り、背後から奇襲して孫策さんの首を取ってきてください」
「は、はい!」
「七乃……大丈夫なのかえ?」
兵士は慌てて飛び出して行った。静けさに包まれる場で、隅に避難していた袁術が恐る恐る這い出て来る。贅沢三昧な日々はあの日から鳴りを潜め、今の姿は不安の中に取り残された少女だった。そんな袁術の小さなを手を握りしめて張勲は言った。
「大丈夫ですよお嬢様、私がついていますから」
反旗を翻した孫策に太刀打ちすべく張勲は戦場へと歩を進めていくのであった。
「……うっ!?」
「な、七乃!?だ、大丈夫かえ!?」
「は、はい!美羽様の七乃は全然大丈夫です♪」
小さな出っ張りに
結果から言えば敗北した。孫呉の兵力はそこまで多くはなかったが、士気が高揚し負ければ国が亡ぶ覚悟を宿していた。その戦いは虎の群れ、袁術の軍勢は数こそ勝るもののあの当主の下に居る者達。権力や金に酒に溺れた者達寧ろごろつきと言った方がお似合いの者達だらけ。張勲の直属はまだまともであってもそんな者達が大勢束になっても今の孫呉には敵ではなかった。不利と見るな否や逃走を初め、一気に戦局は傾き袁術側が劣勢に立たされた。張勲がしばらく持ち堪えるが武では孫策に太刀打ちできず撤退した。
敗北が確定した瞬間だった。張勲は急いで城に向かい怯える袁術を発見。小さな彼女を連れて逃走を測ろうとした。
策士である張勲だ。逃走経路の確保も念入りに行っていた。本来ならば秘密の抜け穴を通って逃げ出す算段だったが予期せぬ事態に見舞われてしまった。
部下が張勲を襲った。何とか撃退できたものの、多数の部下が裏切った。正確には袁術の首を土産として自分は生き延びようと生きることに欲が出てしまい、張勲共々袁術を亡き者にしようとしたのだ。ぶるぶると震える袁術は小さい幼女、多数の元部下が彼女を狙う中で張勲だけは彼女の味方だった。何人も切り伏せ、命からがら生き延びることができた。
しかし張勲も限界であった。逃げ出した先での住居も確保していたが、部下の何人かそのことを知っている者がいた為そこへはもう向かえない。愛する袁術と二人だけの行く当てもない逃走劇。いくら愛する彼女と居ようとこのままでは限界を超えてしまうところだった。張勲は袁術を不安にさせないように空元気を振りまいているだけであった。
「(流石に疲れました。追っては……来ていないでしょうが、もしもの時は美羽様だけでも逃がさないと)」
愛する者の為ならば自らの命など気にも留めない張勲は腹黒勢であっても立派な忠臣だった。
それは長い旅だった。二人だけの旅、袁術は横暴な政治を続けていた為に人々からの評判が
その為、時に身を隠して町に出向く。時に物を漁り、食い凌ぐこともした。もはや以前の栄光はどこに行ったのやら(元々栄光などなかったのだが)見る影もない。そんな二人は遠く離れた地へやってきていたが、正確な場所まではわからない。流れに流されてとある山頂へと辿り着いた。
「七乃……お腹空いたのじゃ」
「お嬢様、もう少~しの我慢ですから」
正直張勲も手持ちが空となって何も買えずにいた。袁術の方はお金など自分自身で管理したことも持ったことすらしないので、今の二人は無一文、この時代に金も食べ物もなければ他者から手に入れるしか方法はほとんどない。ならば他者を傷つけてでも自分が生き残る道を探す……人間とは追い詰められてしまえば他者など人とは見なくなる。金品を得られる機会を運んでくれた
だからなのか、天はそんな二人を気に入ったのか袁術の鼻先がぴくりと動いた。
「どうしましたお嬢様?」
「……いい匂いなのじゃ」
「匂い?くんくん……確かに」
袁術と張勲は顔を見合わせ匂いに釣られて道なき獣道を進んでいくと……
「おおっ!?」
「こ、これは!!?」
草をかき分け開けた場所へと辿り着いた二人が目にしたもの、それはぐつぐつと煮えた鍋に大量の肉と野菜が出迎えた。
「七乃、こ、ここ、こここここ、これは食べて良いものか!?」
「はい、きっとこれは日頃の行いが良い私達に天から与えられたご褒美でしょうね」
「そうなのかえ?お菓子ではないのが不服じゃが、仕方ないの!」
そう言って食器に限界まで注いで口に運ぶと空腹だった体に衝撃が走る。
「……美味しいのぅ……」
「……はい、美羽様……」
いつも高級な食卓が並んでいた頃とは天と地の差がある食事だが、これほど美味いと感じたことはなかった。二人は鍋の肉と野菜を次々と食してひっそりと小粒の涙を流しながら食べていく。満タンになっていた鍋はすぐに底をつき、二人のお腹はいっぱいになった。
「美味しかったのぅ七乃!」
「何日ぶりのまともな食事でしょうか……ああ、美味しかったですぅ♪」
本当に美味しかった。体の芯まで伝わる満足感が支配する中で天からの恵みに感謝していると……
「「「……はっ?」」」
唖然とこちらを見つめる顔があった。
「……っと言うそれはそれは涙ありの旅路でした」
「へぇ~、ボク達感動しちゃった……って、なるわけないでしょ!!」
「詠ちゃん落ち着いて」
「……遺言はそれだけかな張勲殿?」
「星さんもぼ、暴力はいけないと思いますぅ……」
正座をさせられている張勲は淡々と事の経緯を語った。いざ、遠足での醍醐味であるみんなで食事を楽しみにしていたら、いつの間にか鍋が空っぽになっており、食した犯人達を発見した趙雲達にすぐさま捕らえられた袁術と張勲。何故勝手に食べた理由を今しがた語られたばかりだが、今まで散々傲慢な生活をした結果の自業自得な結末に悪びれない張勲に対してツッコミを入れる賈駆に折角心を込めて用意した食事を取られた趙雲は笑みを浮かべていたが目が笑っておらず、手にした「
だがその程度の脅しで張勲は屈しない。腹黒い彼女だからこそその程度の殺気を向けられても平然としていられるが、今彼女は平然を装っているだけである。
「ガクガクぶるぶるガクガクぶるぶるガクガクぶるぶる……!!!」
袁術が張勲の影に隠れ怯えている。それは趙雲のせいではなく、背後にいる存在のせいだ。
「………………………………………………」
大魔王ことミルドラース。かつて最強と呼ばれた呂布を圧倒して見せた怪物。それが再び袁術の前に現れたのだ。二度と会いたくない存在が今、こちらを見下ろしており袁術はそんなミルドラースに恐怖を感じて震えている。
「(まさか幽州まで来てしまっていただなんて……それも最悪の形で再会することになるとは思いませんでした。失態です!なんとか美羽様だけでも……しかし相手が……どうする?どうすればお嬢様を救える……!!?)」
張勲はこれまでにない程に頭の中を回転させる。彼女は無能でも蛮勇の持ち主でもなく、冷静に状況を判断できる能力を兼ね備えた将である。相手が人間ならいくらでも手立ては浮かぶが、人ならざる者に勝てるとは思わない。かつてあの最強の呂布を圧倒してみせた暴力的な力を振るう存在ミルドラース、大魔王の前では彼女の存在など儚き塵以下である。その気になれば大陸全土を容易く支配できる……そう考えている。
そんな格違いの相手を前にして逃げ出すことなどできない。だが諦める選択肢は張勲には存在しない。何故なら例え大魔王がなんだろうとも大切な存在である袁術と比べたら天と地ほどの差があるからだ。袁術LOVEの変人だが、袁術を愛する気持ちに一点の曇りはない。
袁術だけは生きてほしい。例え世界が大魔王の手に落ちようとも袁術にだけは手出しはさせない。
大魔王がなんだ?最強を倒したからなんだ?愛する袁術に手を出そうものなら己の存在と共に地獄に道連れにしてやる!
じわじわと張勲の胸に湧き上がる
同じ武人として趙雲はその瞳に真っ先に気づく。
「よせ」
「――主!?」
しかし張勲に届く前に止められた。ミルドラースが趙雲を止めたのだ。
「……張勲よ」
「……なんで……ございましょうか?」
「………………………………………………」
「………………………………………………」
ミルドラースと対峙する張勲は怯むことはなかった。自身を見下ろす大魔王に対して敵意を隠すことなく睨みつける。彼女にはない
「……良い目だ」
「……はい?」
何故自分は褒められたのか理解できなかった張勲だったが、ミルドラースが袁術に視線を向ければ「ぴぃ!?」と悲鳴を上げる愛する袁術を守る為に立ち塞がる。危害を加えるのだろうと判断したようだ。傍で事の成生を見守っていた董卓と賈駆も一触即発の状況に危機感を感じている。この中でも趙雲は己の主に全てを託すつもりらしい。
「……袁術よ」
「ガクガクぶるぶるガクガクぶるぶるガクガクぶるぶる……!!!」
大魔王に声をかけられた袁術は震えが増す。今にも取って食われてしまう草食動物の恐怖を体現しているかのようだ。
「……城に来ぬか?」
「……ぴえっ?」
「……はい?」
大魔王の提案に唖然とする袁術と張勲であった。