魔界の大魔王(笑)として転生したが、ドラクエ世界ではなく恋姫†無双の世界に転生したのはおかしいんじゃないかな!?   作:てへぺろん

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名誉挽回……の前に各諸侯の反応回です。


それでは……


本編どうぞ!




大魔王ミルドラース

 後に言い伝えられる伝説がある。

 

 

 快晴だった空には暗雲が広がり、地上の命を照らす太陽は遮られて大地は闇に覆われる……

 

 

 穏やかだった風も怯えて震える突風となり逃げ惑う……

 

 

 なすすべもなく愚かな人間が見つめることしかできぬのは恐怖そのもの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我は大魔王ミルドラース……魔界の王にして王の中の王である。さぁ呂布よ、我にその恐怖と嘆きを捧げるがいい!!!

 

 

 大魔王ミルドラースが連合軍と董卓軍の中心に位置する荒野の戦場に姿を現した。大魔王が発する言葉に大気が震え、馬は生気を失ったように震えることすらなく縮こまり、吹く風は無情な冷たさを放ちまるで逃げるように人々の間をかけていく。誰もがその姿に釘付けにされてしまい、恐ろしい光景から目を離せなくなっていた。この場にいるだけでも体中から生気が失われていく錯覚に襲われてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――ッ!!?な、なな……ななの……ななのぉおおお!!!」

 

 「だ、だいじょうぶ……大丈夫ですよお嬢様!!わ、わたし七乃が傍についております!!!」

 

 

 袁術は腰かけていた椅子から飛び降りて張勲の胸の中へと隠れるようにしがみつく。涙を浮かべ震える小さな体が密着して離さないようにギュッと力が籠る。いつもの張勲ならば最愛の袁術にしがみつかれたら幸せを感じるはずが今はそれどころではない。張勲も戦場に存在する格違いの化け物から目が離せずに逆に袁術にしがみつく形になっている。

 

 

 「(美羽様……私は美羽様をお守りする立場ではありますが……今回ばかりは……!!!)」

 

 

 張勲は今にも逃げ出したかった。自身の最愛なる袁術を捨て置いて逃げろと本能が張勲を駆り立てて今にもそれに従ってしまいそうになっていた……恐怖がすぐ傍そこにまで迫っていた。

 

 

 「(……私がいなければ美羽様は一人ぼっち……一人になってしまえば美羽様は……!そんなことさせません!何もかも私自身の命が尽きても美羽様だけは……手放さない!!)」

 

 

 恐怖に抗う一人の忠臣がいた。その者は震える小さな体を抱きしめている……その手だけは絶対に離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(あれが……あれが……大魔王!!?)」

 

 「雪蓮後ろに下がって!!」

 

 

 震える馬が使い物にならなくなり孫策は飛び降りた。だが足に力が入らずに地面に膝をつく。体から力が抜けるような感覚に襲われる……疲労ではない。恐怖心から来る脱力感であった。言わずとも原因は連合軍の前に存在する大魔王の存在であった。孫策はその大魔王を呆然と見上げる形になる……遠くにいるのに遥か頭上に君臨しているような圧倒的に巨大な存在に魂を奪われてしまいそうだった。傍にいた周瑜も孫策の異常に気がついたのか後ろに下がらせようとするが、孫策はその場から動くこともできない。孫策ほどの武勇に優れた者であったからこそミルドラースが放つ重圧が体全体にのしかかり鎖のようにその場に繋ぎとめたのだ。

 

 

 「雪蓮!!くそ!祭、穏よ手伝え!!」

 

 「――ッ!策殿!!」

 

 「――ッ!?は、はいぃ!!」

 

 

 周瑜に呼ばれてやってきたのは黄蓋(真名は祭)と陸遜(真名は穏)の二人だ。どちらにも大きな果実を実らせており孫呉に人間であることが一発でわかる。黄蓋は弓の名手であり、孫策の母親である孫堅の代から孫家に仕える宿将である。しかしその黄蓋であっても周瑜に声をかけられるまで動けなかった。同じく陸遜もそうである。周瑜の愛弟子で副軍師の立場にある彼女の頭脳すら麻痺させる光景を映し出した。この世のものとも思えないおぞましい姿に二人とも意識を失いかけていたぐらいだ。

 

 

 「大丈夫か二人共!?」

 

 「儂ならばなんとか大丈夫だ……」

 

 「わ、わたしも……」

 

 

 明らかにいつもの二人の様子ではなかった。天真爛漫な性格の黄蓋ですら顔色が悪い……陸遜は無理をしているのがわかるぐらいに真っ青になっていた。屈強な孫呉の兵士達ですら足が震えて尻もちをついている者や天に祈りを込めて救いを求める者もいた。だが仲間のことは心配ではあるが一番に救い出さなければいけないのは孫策であった。彼女を放って置くことなど周瑜にはできやしない。

 

 

 「祭、穏よ!私が雪蓮を担ぐから支えてくれ!!」

 

 「わかったぞ!」

  

 「わ、わかりま……した!」

 

 

 周瑜は動けない孫策を黄蓋と陸遜とで支えて運ぶ……今の孫策は体中の力が抜け出して代わりに恐怖と言う名の重りを入れられているようであった。体が鉄のように重かった。

 

 

 「(大魔王ミルドラース……こんな存在が居ていいはずがないわ!!)」

 

 

 背後を振り向けば大魔王が存在する。それから遠くに逃げるように役に立たなくなった兵士達をかき分けて孫策を安全な場所へと連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………………………………………………………………!!?」

 

 

 あまりの光景に言葉も発することさえ忘れてしまった曹操は体がぐらついた。騎乗していた馬が意識を失い地面に投げ出されようとしたが、我に返り咄嗟に受け身を取った為に事なき終えた。傍には軍師である荀彧が控えていたのだが、彼女ですら敬愛する曹操に目もくれずに頭を抱えて震えていた。それも荀彧だけでなく、鍛え抜かれた兵士も孫呉の兵と同じく戦場の化け物に恐れをなして中にはうずくまって失禁する者までもいたのだから無理もないことだ。見渡せば軍が密集している状態のはずなのにも関わらず、小柄な曹操でも遠くの景色を視界に入れられるほど立っていられる者は存在していなかった。連合軍はもはや何もかも混乱しており正気でいられている者の方が少ないと理解できた。しかし彼女は覇道を目指す者……すぐに意識を切り替えこの混乱を生み出した存在を睨みつける。

 

 

 「(ミルドラース……私が想像していたよりも……いえ、強がりなんてみっともないわね。正直に言うと……あなたを過小評価していたわ。でもそれは……私の過ちだったようね!!)」

 

 

 曹操は拳を握りしめる。握りしめた拳から一滴の赤い雫がこぼれ落ちていく……血であった。強く握りしめ過ぎた為に爪が肌に食い込み血を流す。しかし彼女はそんなこと気にもしていない……否、気づくことすら今の彼女にとってはどうでもよかったようだ。

 

 

 「(一刀の言っていた通りだったわ。世界を支配し、全ての頂点に君臨する存在……それがあなたなのね。大魔王ミルドラース!!!)」

 

 

 彼女が抱いたのはなんだろうか?嫉妬かはたまた恐れなのか……それを知るのは彼女自身のみであるがこれだけは言えた。彼女の覇道には壁よりも分厚く、壁よりも高い存在が立ちはだかるであろう……

 

 

 「華琳様!!!」

 

 「華琳様お怪我はありませんか!?桂花も無事か!?」

 

 「……えっ……春蘭……秋蘭……」

 

 

 この混乱する状況下でも曹操の身を案じて駆け付けたのは夏侯惇と夏侯淵の姉妹だった。夏侯惇は曹操に怪我は無いか念入りに体を調べる。そして夏侯淵は姉に曹操を一旦任せて荀彧の手を取り引っ張って立たせようとするが、足に力が入らずに立てない様子だ。顔色も悪いし、二人に気づいて瞳に生気を取り戻したようだった。声をかけられるまでは精神状態も危うかったと判断できる。そんな時に別の方向からは一刀率いる警備隊の三人娘も集合し、董卓を討伐しにやってきた曹操部隊の将たちが一堂に集まった。

 

 

 「華琳!俺やっと思い出したんだ!あのミルドラースに見覚えがあったのは昔やったTVゲームに出てくる……華琳?」

 

 

 曹操を心配する声も一刀の困惑と興奮混じりに話す様子も今の彼女には構っている余裕などなかった。

 

 

 「(……ッ!!!)」

 

 

 今にも震えだしそうな体を必死に抑えることしか彼女にはできなかったのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗雲立ち込める空の下では自慢の金でできた鎧など意味などない。太陽の光が存在せぬ今の大地では輝くことなどできないのだから……

 

 

 ミルドラースが真の姿を現してから状況が一変に変わった。連合軍も董卓軍も混乱の中にあった……袁紹の本隊もそうであった。

 

 

 「……うぅッ!!!」

 

 「斗詩しっかりしろ!大丈夫だ!あたいが……ま、まもってやるから。こ、このやろう!あたいの斗詩を怖がらせやがって……!!」

 

 

 顔良はミルドラースが真の姿を現してからと言うものあまりの恐怖に泣き出してしまった。顔良を怖がらせたミルドラースに対して武器を向けるが震えていた。文醜は持ち前のポジティブシンキングで気合いを見せているつもりではあったのだが、体が恐れていた。遠くに離れているはずのミルドラースが目の前にいるような錯覚を恐怖心が見せつける……自分はこんな奴に勝てるのかとさえ頭に浮かんでくる。

 

 

 「……」

 

 「麗羽様!なにボケっと突っ立っているんっすか!?あたいの後ろに隠れてくださいよぉ!!」

 

 

 気合いで立っているが体は今にも崩れてしまいそうである。どこか遠くを見つめ続けている袁紹を守ろうと文醜の心の叫びであったが……

 

 

 「……」

 

 「――ッ!?麗羽様どこ行くんっすか!!?」

 

 

 文醜の叫びも届かずに袁紹はフラフラと体を揺らしながら戦場へと向かって行った。

 

 

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 ……わたくしは……夢でも……見ているのかしら……?

 

 

 袁紹は金・青・赤・白・緑の色をした花々に囲まれた大地に佇んでいた。先ほどまで自分は連合軍で総大将を務めていたはずなのにどうしてと疑問が浮かんでくるが、すぐさまその疑問は消えてしまった。視界の先で何かがどんどんとこちらに近づいて来る……真っ黒でまさにそれは闇そのものとも呼べる黒色が袁紹と花々を覆いつくして辺りを黒一色で染め上げてしまう。

 

 

 な、なんなのですの……これは!?

 

 

 一体何が起こっているのか袁紹にはわからなかった。しかし意外と居心地が悪いと思うことはできなかった。普段ならば他色を混ぜても変化のない黒など金を着飾る袁紹には価値のない色だと思われた。だが今はどうだ?宝石よりも価値があり、何ものよりも愛おしい存在に見えてしまうのは何故だろうか?袁紹自身にもわからない……わからないが愛おしく思えてしまう。

 

 

 なぜ……なの……です?ここはとても……居心地がいい気がしますわ!

 

 

 真っ黒な世界に一人だけポツンと存在する袁紹だが心が次第に晴れ晴れとしていく気がしていた。自身以外誰もいない真っ黒な世界で闇を堪能していた時だ。

 

 

 闇の中に浮かび上がる巨大な影が姿を現す……大きく腕が四本生えて巨大な翼、棘の生えた尻尾を揺らす存在……ミルドラースである。袁紹はその時理解した。この辺りを覆う黒はただの闇ではなく、ミルドラースが持つ存在感そのものであると。彼からこの闇は生まれ、光もちっぽけな花々をも覆いつくしてしまった……この闇は彼そのものであることを理解してしまった。

 

 

 『「……」』

 

 

 ミルドラースらしき影は何も話さずにただ袁紹を見下ろしていた。

 

 

 ミルドラースさん、わたくしはどうしてしまったのでしょうか?あなたを思うと胸が苦しくなるのです……これは一体何なのですか!?

 

 

 袁紹が胸の内を打ち明ける。しかしそれでも影は答えない……

 

 

 『「……」』

 

 

 袁紹の前から霧のように消えていく影……袁紹は咄嗟に手を伸ばすが真っ黒な世界が遠ざかっていき、我に返った時は連合軍の最前列にまで移動していた。

 

 

 「あら……?わたくしはなにを……!?」

 

 

 訳がわからない袁紹の視界に入って来たのは……

 

 

 「ミルドラース……さん……」

 

 

 大陸最強の武人とあいまみえるミルドラースの姿であった。

 

 

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 『「……誰も死ななければいいのだろ?」』

 

 

 そう言ってた老人は劉備達の前で変わり果てた姿を現した。老人の時よりも大きい肉体に腕も四本になり羽を生やした同一人物とは思えない姿だった。その変わり果てた姿を見た者の多くは取り乱し連合軍は混乱に陥った。しかしその中でも普段と変わり様のない……いや、普段よりも興奮した状態の兵士達がいる。

 公孫賛率いる幽州の者達だ。彼らはミルドラースを我らの英雄として称えている。そんな彼らがミルドラースの真の姿を拝めることができたことに感激し、体中に感じる威圧感を神聖なものだと脳が捉え、皆が片膝をついてお祈りをしている。この光景を傍から見れば異常な光景にしか見えない……部隊ではなく宗教団体の人間達にしか見えないのだから。

 

 

 「は、はわわ……雛里ちゃん……は、はなれちゃだめ……だよ……!?」

 

 「あわわ……朱里ちゃんも……は、はなれないでね……!」

 

 

 諸葛亮と龐統は軍師としての才能も知性もある。そんな二人がこの異常さを理解できぬわけはない……目の前に広がる光景に脳が現実だと理解してしまい、今まで共に過ごして来たはずのミルドラースに対して恐怖を抱き震え上がってしまった。ミルドラースの姿を見るだけで体中を恐怖が支配する……震える足では立ち上がれず尻もちをついて抱き合う形で寄り添っている。

 

 

 「ミルじいは……ミルじいはどうしちゃったのだ!?あんなにブクブク太って……もしかして病気なのか!?」

 

 

 それに対して張飛は幸いにも諸葛亮と龐統とは違いおつむが弱かった。そのため状況を理解できなかったことが恐怖を和らげる結果になったのであろう。しかし本能では感じ取っているようで口ではミルドラースのことを心配しているが、体は自分の身長を超える巨大な蛇矛を手に臨戦態勢に入っていた。本能から来る無意識で張飛自身も気づけていない様子であり、訳がわからないと混乱していた。

 

 

 「あれが……ミルドラース……殿なのか……!?」

 

 

 関羽はどうしたらいいのかわからなくなっていた。義妹である張飛が懐いており、公孫賛や趙雲から信頼を置かれているミルドラースの姿は優しい老人であった。しかし今の彼の姿は化け物の姿をしていた。それだけではなく放たれる威圧感に今にも押しつぶされそうになっている。そして感じるのは危機感……関羽は手に持つ「青龍偃月刀」をいつの間にかミルドラースに向けていたことに気づいてしまう。初めて会った時こそは警戒したが、共に過ごしている内に優しい御仁だと認識していた……はずだったのだが、今の自身を見てみるとその人物に刃を向けている……彼女は複雑な気持ちになり、武器を下ろしたくても本能が拒絶し体が言う事を聞くことはなかった。

 

 

 「……!?桃香様……?桃香様はどこに!!?」

 

 

 関羽は傍に居たはずの劉備の姿がどこにもいないことに気づいてしまった。目で周りを見てもそれらしい人は見当たらない……

 

 

 「……桃香様……」

 

 

 どこにいるかわからない劉備を見つけるためにこの場から離れていく。それでもミルドラースに対して警戒を緩めることはできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……はぁ……!?」

 

 

 劉備は兵士達の中を通り抜け戦場がよく見える最前列へと躍り出た。走っていたのだろう、息を切らして汗をかいていた。それでも彼女は気にしない……今はただ見ていたかった。

 

 

 『「……誰も死ななければいいのだろ?」』

 

 

 ミルドラースさんは私の願いを聞いてくれたの……?

 

 

 劉備は公孫賛達に胸の内を打ち明けた。この戦いでもう誰も犠牲者を出したくないと言う甘い都合の良い夢だった。汜水関での戦いでは両者に多くの負傷者と死者が出た。遠目でもその時の光景はクッキリと記憶に沁みついていた……またあの光景を見るのは嫌だった。話し合いで解決できないか……自分でもバカなものだと思っていた。けれど勇敢に諦めずに戦う敵兵の姿が思い起こされてこの戦いそのものが間違っているのではないかとさえ脳裏に浮かんでいたほどだ。お人好しで情に脆い彼女はこの世界で生き残っていけることが奇跡と言っても過言ではない。その優しさが命取りになることだってある。しかしそんな彼女の元に集まって来た者もいることは確かだ。義妹の関羽に張飛、今では諸葛亮と龐統も劉備を慕っている。だがミルドラースはどうだろうか?

 ミルドラースと劉備の関係は同じ陣営に属しているだけに過ぎない。それに劉備は戦場へ出向いて剣を振るう事すらなく、後方で軍師である諸葛亮と龐統の指示に従い支援をしているだけであった。人助けしたいと思っているが実際にやっているのは自分以外の周りの者だけで自分は何もしていない。それに対してミルドラースは今や幽州の救世主である。天と地ほどの差だ。天にいるのはミルドラース、地に這いつくばるのは劉備……そんな彼から慕われることもないし、太守でもなく上司でもない劉備の胸の内を聞き入れることはないと思っていた。しかし彼は天幕から出て行き、しばらくした後に袁紹が号令を出した。

 

 

 その号令の内容に驚かされた。一騎打ちをしてミルドラースが勝てば董卓軍は無血開城で降伏すると言うものであった。諸葛亮と龐統の二人は相手は追い込まれているからと言って負けた時のリスクが大きすぎる賭けには乗らないだろうと思っていた。しかもそれだけが理由ではない。向こう側には大陸最強の武人として称される呂布がついている。噂でしか聞いたことはないが、その武勇には誰も勝てない……ましてや一騎打ちなど無謀というものであった。たとえミルドラースであっても……そう劉備も思っていた。けれども誰の血も流したくないと言う願いを聞いてくれた……話し合いはできなかったにせよ、取り柄のない自分の願いを彼は叶えようとしてくれていることに喜びを感じていた。

 

 

 そして現在ミルドラースの真の姿が現れ、連合軍が目の前の光景に恐怖し混乱する状況下でもこの戦場を闇で染め上げた魔王を劉備は恐れなかった。

 

 

 私は……ミルドラースさんのこと信じています。他のみんなが信じなくても……おじいさんじゃなくても私はあなたを恐れたりしません!だって私の願いを聞いてくれた優しい人(?)だって知ってるもん!

 

 

 劉備はこれから始まるミルドラースの勇姿をその目に焼き付けようとしっかりと目を凝らして戦場に凛々しく佇んでいた。

 

 

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 ああ……あれが……ミルドラース様の……真のお姿……!!!

 

 

 なんて美しいのだろうか!なんて強大な威光なのだろうか!ミルドラース様が真のお姿を現してからと言うもの空も大地も愚かな人々もミルドラース様にひれ伏している。それも無理はないことだ。それほどに素晴らしいお姿を目に焼き付けることができてみんな幸せ者だな。私も今……とても……とても……とてもとても幸せだ♪このまま死んでもいいとさえ思えるが、ミルドラース様にご迷惑はおかけできない。ミルドラース様はお優しいお方なので私や星が賊退治に出向いた時にはいつも気にかけてくださった。あの時のことは忘れられない……!!

 

 

 白馬が縮こまって使い物にならなくなり、馬上から投げ出される形で地面に転がっていたのは公孫賛だ。しかし痛みなど今の公孫賛には屁でもなかった。偉大なる自身の全てを捧げてもいいとさえ思えるお方の真の姿をこの目で見ることができ感激のあまり表情はだらしなく年頃の女性がしてはいい顔ではなかった。それでも本人は幸せそのもので全身が火照っていた。

 

 

 「白蓮殿、そんなところで寝ていますと風邪を引きますぞ?」

 

 

 傍に寄って来たのは趙雲だ。彼女はいつも通りのように見えるが、この状況下で普段通りでいられる辺り彼女もミルドラースに毒されたのであろう。公孫賛ほどではないにせよミルドラースに信頼を置いている彼女は真の姿を見た時は流石に驚いたが「私の主ならばこれぐらい当然」とすぐさま受け入れ恐怖さえ感じることはなかった。そう思うと趙雲自身ミルドラースに慣れてしまったと思えるようになっていた。常識外れのことを仕出かしても「私の主ならば……」と済ませてしまうだろう。そして隣にいる公孫賛への対応も慣れてしまい、趙雲が公孫賛の手綱を握っているのではないかと思うほどであった。

 

 

 「星よ、今はミルドラース様の偉大さを私の体に全身を使って染み込ませているところなのだ。邪魔しないでほしい」

 

 「しかしそうしていると主の戦いを存分に堪能できませぬぞ?これから見物であると言うのに」

 

 「む、それもそうだな。よいしょっと!」

 

 

 公孫賛は立ち上がり趙雲と共にミルドラースの戦いをじっくりと目に焼き付ける。

 

 

 ああ……ミルドラース様!私はなんて幸せ者なんだ……!!ミルドラース様のお傍でこうして仕えさせてもらい太守まで任されている。ミルドラース様の一番近くに置いてもらえるなんて感謝だけでは収まりきれません。ああ……ミルドラース様!ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様!ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様!ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様!ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様!ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様ミルドラース様!!!望むならばこの私は大陸全てをミルドラース様に献上して差し上げます!!酒も城も人も命さえもミルドラース様のものにしてみせます!!!

 

 

 公孫賛と趙雲にはこの異常な光景は特別なものではなかった。公孫賛はうっとりと見つめ、趙雲は戦いの行方を楽しみに見守っていた。ミルドラース色に染められた者は皆こうなっていくのだろうか……そう思わずにはいられなかった。

 

 

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 「……な……あっ……!?」

 

 「嘘や……こんなの……ウチは……認めへんで!!」

 

 

 混乱しているのは連合軍だけではない。董卓軍も同じであった。城門から戦いを見ていた時、呂布が勝利したものだと思った。いや、あの時は呂布が勝ったのだろう……しかし勝負はまだ終わっていなかった。いきなり空が雲に覆われ大地が薄暗くなった時に何やら嫌な予感がした。武人の勘と言うものであった。その勘は的中してしまい董卓軍と連合軍の前に現れたのは化け物であった。その姿を見た瞬間に華雄は腰を抜かして呼吸が苦しくなり、張遼は現実ではないと自分に言い聞かせていた。そうしないと心が折れてしまい二度と武器を手にすることなどできなくなってしまうからだ。

 

 

 小さな体は震えていた。逃げようと本能が陳宮に囁いていた。けれど頑なに本能の言う事には聞く耳を持とうとしなかった。逃げ出してしまえば全てを失う……大切な場所、大切な仲間、そして……

 

 

 「――恋殿!?」

 

 

 陳宮は大切な人の元へと震える体を必死に動かしながら城門を下りて行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「不穏な空ね……」

 

 「詠ちゃん……」

 

 「ごめん……月を怖がらせるつもりはなかったの」

 

 「ううん、わかってる」

 

 

 洛陽では董卓と賈駆が虎牢関方面の空を見て不安に思う。先ほどまで晴れていた空が今では暗く暗雲が立ち込めていることが洛陽からでもわかる程であった。

 

 

 「……大丈夫かな……みんな……」

 

 「……」

 

 

 董卓の心配する声に何も言えなかった。きっと大丈夫だと願ってはいるものの実際に策通りに事が進むかなんてわからない。もしかしたら最悪洛陽の方に暗殺部隊が派遣される可能性だってあったほどで、賈駆はこの場に残り、策を陳宮に任せていた。しかし賈駆も一匹の魔王の存在によって策自体を台無しにされるとは思わないだろう。魔王の存在を未だ知らない二人は虎牢関にいる仲間達の無事を心の底から願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの思いが交錯する虎牢関前の戦場で一匹の魔王は一人の人間と対峙していた。

 

 

 「――ッ!!!」

 

 

 しかしその人間の顔には……今まで一度も感じたことのない絶望が生まれていた。 

 

 


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