次の日、周五郎は早く学校に来ていた。時刻は6時30分。
理由は、周五郎が真面目な性格で毎日朝早くに登校している……、という訳ではなく、ラブレターを入れる場面の可能性の一つをまた検証するためである。
朝早いため、辺りもまだほんのり暗く、静寂につつまれている。ほとんど人がいないぼろい校舎は寂しげに、風に吹かれながら立っていた。
校門を通りすぎた周五郎は運動場を見てみる。朝練をしているのかと思ったが、誰もいない。
小杉は朝7時に学校に登校しているわけだから、昨日やったようにST の後にやるか、朝早く学校に来て、ラブレターをいれるかのどちらかである筈だ。今日は後者の方を確かめるために朝早くねむーい中、周五郎は学校に来たわけだが……。
「おいおい、昇降口が開いてねぇぞ」
まず校舎に入れないことに気づく。しかし、校門が開いていた訳だから先生はいるはずである。
生徒用の入口である昇降口は3つある校舎のうち、真ん中の校舎にあるのだが、開いていなかった。
教員用の入口や来客用玄関は北側の校舎にある。そこなら開いている筈だろう。
北側の玄関に向かうと壁にAEDが掛かっている。
(安全対策はバッチリなのかな。) と感心する。
「よし、開いてた。 これで校舎に入れるな」
教員用入口はやはり開いていた。
(後は真ん中の校舎に行けばオッケーだな)
周五郎は人がいない静かな校舎を歩いていく。
風が強く吹いて窓ガラスが震え、カタカタと音をたてている。
無人の校舎には時折窓ガラスが揺れる音がするが、そのあとまた静寂が訪れる。
校舎同士を繋ぐ渡り廊下にやって来たのだが……。
「開いてない!?」
渡り廊下にも鍵つき扉がついているのだが、鍵が掛かっている。
これでは真ん中の校舎に行ってラブレターを入れることが出来ない。
朝早く来たってのは無理なのか?
となると、やはりST の後にラブレターを入れたってのが濃厚だな。
と周五郎が思っていると、突然後ろに気配を感じ、咄嗟に振り返って見ると……担任の藤下だった。
「周五郎じゃないか。 こんなに朝早くからどうした?」
「わぁぁ!! せ、センセーですか。驚かさないでくださいよ。
……たまたま早く起きたので来たんです。先生こそお早いですね」
「私は鍵を開ける係なんだよ。昇降口が開いてなかったんだろ? 開けてあげるからついてきなさい」
見ると腰に鍵をたくさん掛けている。
(しかし、鍵を開ける係ってことは、小杉がラブレターを見つけた日、つまり5日前のことも知ってるかも知れないな)
「先生、じゃあもしかして5日前に昇降口の鍵を開けたのは先生ですか?」
「5日前? ああ、そうだがそんなこと聞いてどうする?」
藤下が怪訝な顔をしている。
(さて、どこまで話すべきかな)
彼の脳細胞が急速に動き始める。
この高校の教員達は周五郎達がさまざまな依頼を解決していることを知っている。そのことに対する教員の反応はさまざまで、
「ただの高校生がそんなことをするんじゃない。そんなことをする暇があったら、勉学や部活動に励め」と言う人もいれば、
「人助けとはいい心がけだな。困った人がいれば、なにも言われなくても助ける。それこそが助け合いの精神だ。これからも頑張りなさい」 という人もいる。
しかし、大抵の教員は前者で、見つけると注意する。だが、先生たちも本心で言っている人は少なくて、大抵はなにか問題が起きたときに
「教員はなにをやっていたんだ」とマスコミに叩かれても対応できる口実を作っておく、という訳である。
藤下も前者に含まれる。生徒指導部でもあるわけだから、余計賛成はしないだろう。
ここは適当なことを言っておくかと、方針を決める。
「友達が言ってたんですよ。『5日前にたまたま早く起きたから、折角早めに学校に行ったのに開いてなかった』って。」
「ふむ、そういうことか。確かに私が開けたぞ。確かその日は6時40分頃に開けたと思う。大抵先に渡り廊下を開けた後に昇降口を開けているからな」
(小杉がラブレターを見つけたのが朝7時なわけだから、その20分間に入れた可能性もあるにはあるが……かなりきつそうだな。そんなギリギリなことをするよりST の後にやったほうが簡単だ。朝にやるメリットも無さそうだし) と周五郎は考えながらも、一切そんな素振りは見せずに、
「その時間帯に生徒は見かけましたか?」
「音楽部の子達は見かけたが、それ以外は見てないな」
(なるほど。ラブレターを入れたのが音楽部の場合なら、朝に入れた可能性も捨てきれないな)
「いろいろ教えていただき、ありがとうございました。」
「構わないさ。だが、探偵ゴッコもほどほどにしろよ」
はっと藤下を見ると意地の悪い笑みを浮かべている。すでに藤下は周五郎が依頼を受けて動いていたことを気づいていたようだ。
「……、いつから気づいたんですか?」
「最初からだよ。まず、部活動に所属していない人間が来る時間じゃない。しかも、私が鍵を開ける係だと言えば、直ぐに食いついてきた。5日前がどうだったかなんて普通に生活している人間は聞かない。
5日前に何らかの事柄が起きて、誰かがお前たちに依頼し、そしてお前たちが今それを調べているといったところか? その程度、少し考えればわかるさ」
周五郎はうう、と唸って、
「先生、このことは……」
「わかってるさ。他の先生方には言わないでおこう。だが、周五郎、本当にほどほどにしておけよ?」
「わかってますよ」 と周五郎は頬を膨らませる。
「その顔はわかってなさそうだがな。まあいい。ほら開けたぞ」
気づくと昇降口に着いていた。藤下が鍵を開けたところだ。 周五郎が藤下の顔を見るとやれやれといった感じでこちらを見ている。
「ありがとうございます」
周五郎は藤下にお辞儀して、教室に向かう。いろいろあったが、後はミッツーと詩織の報告を聞くだけだな、とぼんやり考える。
ところで……。
(早くきたから誰もいない。
暇だ暇すぎるぅぅぅぅぅぅぅぅゥゥゥ。)
意外と落ち着きがない周五郎であった。