「ああ、実はな……」
周五郎は今回の依頼のあれこれをミッツーと詩織に話し、ケータイで撮らせてもらった写真を二人に転送する。
「名無しのラブレターかぁ……。周、これまた難儀な依頼だね」
「いいじゃない、ロマンチックで。字も綺麗だし。いいわね〜青春って」 そう言って、ミッツーと詩織は明るい声でけたけたと笑う。
「お前は乙女か」 と周五郎がツッコミをいれる。
念のために言っておくが、勿論詩織は女性だし、周五郎がそれを知らないわけでもない。
「乙女だわ。お肌つるつるの女子高生だわ。JK だわ」と詩織は机に足をのせながら叫んでいる。
クラスメイトは、あー、またやってるよ、といった感じで呆れて見ている。
「乙女の欠片もない発言だな」 と周五郎が茶化すように言うと、
「周、駄目だろ、本当のこと言っちゃ」 ミッツーも周五郎のボケに加わる。
「むっきぃーーー」
顔を真っ赤にして怒った詩織は、周五郎の頭を勢いよく叩く。
「うわぁぁぁー、頭が、折れたぁぁぁ」
周五郎は頭を押さえて叫んだ。くだらない茶番劇の始まりである。
「大丈夫か、周? あちゃー、詩織、これは慰謝料ですなぁ〜」 とミッツーは心底楽しそうに演技を繰り広げる。
「ふふん、軽く叩いた程度で、折れるあんたの頭が悪いのよ」 べぇー、と舌を出しながら詩織が睨む。
「すいません、詩織さん、ガチで結構痛かったんですが?」 周五郎は涙目になっている。どうやら、本当に痛かったようだ。
「へえー、そりゃ大変ねぇ。」 と詩織はどうでも良さそうに言う。
「周、もっと鍛えたほうがいいんじゃない?」 とミッツーも追い討ちを駆ける。
「な、ミッツー、貴様俺を裏切るのか?」
「残念だね、周。俺は1回も周の味方だなんて言ってないんだよ。 最初から、詩織親方の味方だったのさ」 はっはっは、とミッツーは勝利の微笑みを見せる。
「え、うち、あんたのこと味方だなんて思ってないよ?」 詩織は目を丸くして、言う。
「そこは話をあわせろよぉぉぉぉ」
ミッツーの絶叫がクラスに響きわたったのだった。
「まあ、冗談はほどほどにして……、仕事を分担するぞ。今回二人には、小杉を好きな人間が誰なのか探ってもらう」 と真面目な顔で周五郎が言う。
「「簡単に言うけど、どうやってやるのさ(よ)?」」
「俺は人見知りだし、知り合いも少ないが、お前らは交遊関係が、かーなーり広いからな。 そこで、小杉のことが好き、という噂がある人間を探ってほしい。」
「けど、そんな人間いるわけ?」
と詩織が怪訝そうな顔で尋ねる。
「十中八九いるだろうよ。お前らだって修学旅行とかで、恋ばなをするだろ?」
「確かにするけど……。周、まだ俺たち一年生で同級生とどこかに泊まる行事なんてなかったぜ?」
と坊主頭をポリポリ掻きながらミッツーが尋ねる。
「例えばの話だよ。俺が言いたいのは、自分の好きな子って意外と友達が知ってるってこと。
そして、まるで情報屋のように、そういう話をよく知ってる奴っているだろう?」
「「確かにそういう奴いるな〜」」
二人とも、うんうんと大きく頷いている。
「お前らはそういう情報屋とも知り合いだろ? だから、お前らの出番なんだよ。コミュニケーションにかけては、お前ら二人に勝てる人間はいないからな。
ミッツーには主に男子に、詩織は女子に聞いてほしいって訳だ」
「まあ、周は友達少ないもんねー」 とミッツーはニヤニヤしながら言った。
「そ、そんなことねーよ。お前らが友達多すぎるんだよ」 とおろおろと明らかに動揺する周五郎。窓を見て、今日は良い天気ざますね、と意味不明なことをぶつぶつ呟いている。
「でもあんた、知らない人にはほんっと喋りかけれないわよね」 詩織は呆れたようにため息をつく。
周五郎はううっ、と低く呻いて、
「し、しょうがねーだろ、人見知りなんだし。だいたい、お前らのように、全然知らない奴に向かって、
『ヤッホー、元気?』とか、『今度みんなで遊びに行こうよ〜』なんて言える人間、そうそういねーよ」
ミッツーは特に気にした様子もなく、
「フツーじゃね? なあ、詩織」
「そのぐらい普通、普通」 さも当然、といった感じで詩織がピースを作っている。
「それが出来ないから、こうして頼んでんだよ」 はぁ、と周五郎は深いため息をつく。
「ところで、周はどうするんだ?」
「俺はあの手紙をもとに、書いた人間の性格なんかを予想してみる」
「あんた、それ意味あるわけ?」 詩織が馬鹿にするように尋ねた。
「あるさ。お前らが見つけた人間が複数いたとき、役立つだろ?」
「あんたねー、その性格予想の的中率はどのくらいなわけ?」
「そりゃあ……、50%ぐらい?」 周五郎が照れ隠しに舌を出す。
それを見た詩織がおえー、と吐くジェスチャーをしながら、
「低っいなぁー!!」 と文句を言う。
「やれることをやっとくのが俺のモットーなの。そういや、そこの床に落ちてるハンカチって詩織の物か?」
周五郎は喋っているときに、床に花柄のハンカチが落ちているのを気づいていた。
「ん? ああ、うちのうちの」
花柄のハンカチなんて、普段から男っぽいくせに、随分と可愛いもん持ってんだなぁーと周五郎は思いながら、詩織に渡す。
「サンキュー。ところでさあ、今なんか失礼なこと考えなかった?」
「いいえ、滅相もない」
周五郎は今日一番の爽やかな笑みを浮かべる。
「『こいつ男っぽいくせに、可愛いもん持ってんなー』って思わなかった?」 周五郎と同じくらい、詩織もニコニコと笑っている。
「いいえ、全く思ってませんよ」
(なにこいつ、超能力でも使えんの? 怖いよ!)
周五郎の背中を嫌な汗が流れる。
「周ってさ、詩織に嘘つくときはスッゴい笑顔だよね〜」
爽やかな笑顔でミッツーが、とんでもない事実を告げる。
周五郎が詩織の方を恐る恐る見ると、笑顔で彼を見ているが……。
「あのー、詩織さん? 目が笑ってないですよ?」
「周五郎……。あんた、東京湾に沈められるって言葉を知ってる?」
(ヤバイヤバイヤバイ、恐い、恐すぎる。 恐さのあまり、体がガクガク震えてきたぜ。
どうにかして、詩織の気をまぎらわせなくては!)
「そ、それは東京の人が使う言葉じゃございませんか。俺みたいな田舎者は使ったことございません。ところで、詩織センセ、スリッパ別の人のやつ履いてますよ?」
ハンカチを拾ったときに気づいといてよかった、とホッとする周五郎。これですこしは……。
「あんた、そんなことも知らないの? 女子の間ではやってんのよ?
仲のいい子同士でスリッパを交換すんのよ。そんで、卒業式の時にお互いに返すってわけ」
(間違えてた訳じゃないのかよ! くそ、せっかく『あ、ホントだ、ありがとう』といってスリッパを交換してる間に逃げようと思ったのに……) と周五郎は心の中で叫ぶが……。
「それじゃあ、周五郎?」 詩織がにこやかな笑みを見せる。
「は、はい? 何でしょう、詩織センセ。いや、詩織総理大臣」
「歯ぁ、食いしばれぇぇぇぇぇ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁァァァ」
それから一分後--
「ほ、ほら詩織、周、そろそろ授業が始まるよ?」
(いつも、爽やかな笑み崩さないミッツーが、引きつった笑みをしているのは気のせいかな……) と周五郎はぼんやりと考える。
「あら、そうね、じゃあ、今日も頑張りますか!」
(笑顔でさっさと自分の机に行きやがった、あのやろう!!)
「じゃあ周、頼まれたこと、やっとくな?」
気の毒そうにミッツーが周五郎を見ながら言う。
(気の毒だと思ったんなら助けてくれよ!!)という周五郎のつっこみはミッツーには届かない。
「ああ、頼むわ」
何とか自分の席に着いた周五郎が恨みがましく詩織を見ていたが、疲れたのか机の上で寝始めた。
「もう、疲れたよ、パトラッシュ」
ちなみに、真面目な周五郎は授業を寝たことがなかったので、この日は有名になったとか、なってないとか。