お人好しトリオ   作:山元周波数

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第13話

 10月18日

 あの一枚の招待状のせいで、私の人生はおかしくなってしまった。あの日以来、私はパーティーで出会った素晴らしい女性のことが片時も頭から離れなくなっていた。小説を執筆しているときも、パソコンの画面に映る白い光を見ると、私の頭の中にあの晩見た女性の白い裸体が浮かび上がってくるのだ。

 

 これでは仕事に差し障りがあると考えた私は、思い切ってあのパーティーがあった屋敷をもう一度訪れた。

 ところが、そこで応対してくれた使用人は日本人であった。

 私はあの日あったパーティーのことについて尋ねたのだが、

「はぁ、そう言われましても……。私どもでは、そのようなパーティーはやっていないんです」 と知らぬ存ぜぬである。あの日貰ったルールカードを押し付けても、やはり駄目であった。 

 初め、私はこの使用人が嘘をついているのだと疑ったのだが、その困惑した表情を見るに、本当に何も知らないのだろう。

「そ、それなら君の他に使用人がいるんだ! 誰だね、そいつは。頼むから私に会わせてくれ」 ついに私は使用人の肩にすがって懇願していた。

 使用人はまた困った表情を見せて、

「ここのお屋敷に雇われている使用人は私だけでございます」 と気の毒そうに言うだけであった。

 

 次に、私は友人のSに電話をして、件のパーティーの招待状を送ったか尋ねた。

「招待状を送ったかだって? そういや前にパーティーに誘うとか言いましたかね。いやあ、すいません。すっかり忘れてましたよ。まためぼしいのが開かれたらご招待しますから」 と迷惑そうな声が返ってきて、こちらが返事をする前に切られてしまった。

 ああ、おお、ああ――

 私は絶望のどん底に沈んでいた。私はもう一生、あの女性には会えないのだろうか。

 何か方法はないかと考えるうちに、もう一度件のパーティーに出席できれば、あの女性に会えるのではないかとの考えに行き着いた。

 しかし、たった一つの招待状は、パーティーの日に使用人に渡してしまっている。ああ、これでは八方塞がりだ。

 

 その時、ふとある考えが頭に浮かんで、私は愕然(がくぜん)とした。

 もしや、あの招待状は私宛ではなかったのではなかろうか。確かに招待状には柳田様となっていた。しかし、下の名前までは書かれていなかったではないか。

 あの招待状は私と共に暮らしている妹に来たのではないか。そうだとすると、ああ、私は何て大馬鹿者なんだ! 私は自分が招待されたと早とちりをして、勝手にパーティーに参加してしまったのだ。

 

 しかし……、やはり考え過ぎだろうか。

 私には、あの可愛らしい妹が淫美な秘密のパーティーに出席している姿を想像できないのである。

 

 私は早速自宅のアパートに帰って、

「なあ、愛美。お前、10月15日の晩に何処かへ出かけなかったか」 と妹に尋ねた。

「どうしたの、兄さん。そんなこと突然聞いて」 妹は不思議そうに首を傾げていた。

「い、いやあ。この前晩飯の食べかけが残ってたから」

「あの日は、外人主催のパーティーに行ってたの。でも、全然面白くなかったわ」

「へえ、パーティーかあ。誰が招待してくれたの」

「大学の先輩よ。何でも、彼の父親が外交官をやっているらしくて、その関係で招待されたんですって。先輩がひとりで行くのは嫌だと言うもんだから、仕方がなく付き合うことになったの」

「へえ、それじゃあ本格的なパーティーなんだね。招待状は必要なかったの?」

「いらないわ、先輩が近くまで迎えに来てくれたもの。でも、どうして?」

 

 不審そうに聞く妹に、咄嗟に、

「あ、あの日の晩にポストに招待状が送られてきてね。渡そうと思ってたんだけど、どこかに落としてしまったようなんだ」 と言い訳した。

「ああ、そういうこと。いいわよ、別に気にしなくっても」 

 まさか、私がその招待状でパーティーに来ていたとは、妹も思うまい。私はそのことは黙っておくことにした。

「そのパーティーって何度も開かれてるの?」

「さあ、どうかしら。今回初めて私は行ったし、それにお堅いパーティーであまり面白くもなかったわよ」 と言って、もう話すことはないとばかりにぷいと横を向いてしまった。これ以上、パーティーについて妹に聞いても何もわかるまい。

 

 それにしても……、やっぱり妹はあのパーティーに来ていたのだろうか。私には、この時はどうしても信じられなかった。いや、今思えば、妹は性的なことには無知なのだから、あんないかがわしいパーティーに参加するはずがない、と信じたかっただけなのかもしれない。

 

 10月20日

 馬鹿な……、あり得ない。そ、そんなはずがないじゃないか。こんなことあるもんか。

 しかし、しかしこれは紛れもなく事実だ。これ以上ないほどの証拠だ。

 

 今日妹の愛美が風呂から出てきたとき、バスタオル一枚で応接間に入ってきた。まだ彼女が高校生のときは、恥じらいもなく下着姿で私の前に現れることもままあったのだが、最近は流石にきちんと服を着てから部屋に現れていたから、私は珍しいなと思ってちらりと妹の方を見たのだ。

 その時、妹の肩を覆っていたバスタオルがずれて、白い肩が覗いたのだ。

 

 その時、私は確かに見てしまった。

 愛美の右肩にはっきりと、歯の跡が赤くしるされていたのだ!

 あの晩、私が抱いた相手は愛美だったのだ。ああ、こんなことがあり得るだろうか。私は実の妹と知らずに抱いてしまったのか。

 


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