お人好しトリオ   作:山元周波数

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第十二話 あれから

 小泉が気絶してから数分経っていた。 うーんと唸りながら、小泉が目を覚ました。そして、ひぃと叫びながら後ずさりをする。なぜなら周五郎、ミッツー、詩織が見つめていたからである。

 

「わ、わるかった。僕が悪かったよ、だから命だけは助けてくれ」

 

 自殺しようとしたことを棚にあげて、顔を真っ青にしながら自分の命を心配している。。ナイフをもてあそびながら無表情で見つめる周五郎を見て、自らの命の危険を感じたのであろう。小泉の背中からは、だらだらと嫌な汗が流れていた。

 

「お前なぁ、さっきあんなことしといて、それを言う?」 周五郎が呆れた顔で語りかける。

 

「それは……」 と小泉が辛そうに喋り出す。

 

「それはさ……、まさか思わないじゃないか。自分が別の人間にラブレターを入れるなんて」 

 はぁと溜め息をつきながら、嫌々といった感じで呟く。

 

 面倒くさそうにため息をついて、

「で、これからお前はどうするつもりなんだ?」 と周五郎は訊ねる。

 

 小泉が、ふふ、と笑いながら、

「どうするもなにも、ナイフを持ったストーカー犯の未来なんて知れてるだろう?」 と答える。

 

 それを聞いた周五郎は、悪戯をする子供のように笑って、

「俺の今回の仕事は、ラブレターの書き手を調べること。そして小谷川のストーカーを説教すること。この二つなんだ。俺は正義の味方でもないしな、面倒なことはしないんだよ」

 

 小泉が目を見開いて、

「いったいどういう……」 と訊ねる。

 

 周五郎はそれには答えず、

「さて、ミッツー、詩織。俺たちは帰るとすっか。」 と活発に告げる。

 

 ミッツーが楽しそうに、

「オッケー。ところで、最近いい喫茶店を見つけたんだよ。三人で行かないかい?」

 

 それを聞いた詩織はニヤリと笑って、

「あ、そうそう。周五郎、あんたが言ってたケーキを奢るってやつ、喫茶店のでもいいわよね?」

「ええ? 俺はケーキ屋のケーキって意味で言ったんだけど……」

「私はケーキを奢るとしかいってないもーん。ちゃんと言わなかったあんたが悪いのよ」

 

 と手をヒラヒラ動かしながら、詩織が楽しそうに笑う。

 

「くそ、覚えとけよ詩織。ま、そういうことだから、小泉。ここで解散な。これからどうするかは、お前次第だ」 

 口をパクパクとさせる小泉を残し、お人好しなトリオは公園を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

「しかし周、あれは傑作だったね」

 公園から喫茶店への道のりで、ミッツーは腹を抱えて笑い出す。もう時刻は6時を回ろうとしていて、鮮やかな夕日が見えていた。

 

「三川、いったいどういう意味よ?」

「気づかなかったかい、詩織。周が小泉に推理を披露していたときさ」

「推理を披露していたとき……。どこか変わったことなんてあったかしら」

 と詩織はなにかの小動物のように首を傾げる。

 

 でも詩織がやるとなぁ、と密かに周五郎は思う。詩織は健康的な美少女だが、つい先日彼女の暴行を受け、小泉に華麗な足技を浴びせたのを見ている周五郎は、可愛いとは少しも思えなかった。それどころか、全く似合わないとさえ思えてくる。

 

「まだまだだね、詩織センセ」

 周五郎の考えに気づかないまま、二人の会話が進んでいく。

 

「むぅ。で、答えはなんなのよ?」

 面白くなさそうに詩織が訊ねる。

 

「周が小泉にご自慢の推理を披露していたとき、随分と威張り腐った態度だったろう?」

「ああ、そういえば。口調もなんか偉そうだったわね」

「俺が野球ボールを投げたときなんか、えっらそうに足を組んでたんだぜ」

「あはは、あの人見知りのあんたが、初対面の相手に偉そうに足を組むなんて。あははははは」

 

 ツボにはまったらしい詩織がケタケタと笑う。

 周五郎は少しむすっとした顔をして、口を尖らせる。

 

「んだよ、ミッツーに詩織。俺の名推理を誉めてはくんねーのか?」

「名推理? 迷推理の間違いじゃないのかい、周」 にやにやとミッツーが笑っている。

 

 この坊主頭を思いっきりぶち叩きたい、という衝動に周五郎は駆られるが、ぐっと我慢して、

「なにが迷推理だ。ちゃんと事件は解決できたじゃねーか」 と不満そうに言う。

 

「ごめんごめん。迷推理は言い過ぎたよ。でも、あんな態度を取らなきゃ解決出来なかったのも事実だろう?」 とミッツーは微笑む。

 周五郎は目を見開いて、

「ちっ、バレてたか。案外ミッツーって勘がいいよな」 と残念そうに呟く。

 

「名探偵の周にそんなことを言って頂けるなんて、光栄だね」 とミッツーが茶化して言う。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。なに勝手に話を進めてんのよ」 詩織はmgmgと手をふって慌てる。

 

 ふふ、とミッツーが微笑んで、

「ごめんごめん、ちゃんと説明するよ。詩織は周の推理を聞いたときどう思った?」

「そうね……。驚いたわ」

「ははは、素直な解答だね、詩織。俺も驚いた。そこなんだよ」

「どういう意味よ?」 詩織はまだわからないといった感じで首を傾げる。

 

「いきなりあんな話をされたら疑問に思うし、信じれないだろう? 自分が犯人と疑われれば余計そうだ」

「あーん、よくわかんない! 結局なにが言いたいのよ」

 

 つまりね、とミッツーが言う。

「普通、小泉はあんな話を否定するんだよ。たとえそれが事実だとしてもね。だってよく考えればそうだろう? 小泉がストーカーだと示す根拠を周五郎は見せていないんだから、しらばっくれたってよかったはずだ」

「そういわれてもねぇ……」 

 

 首をかしげる詩織に、ミッツーは苦い顔で言う。

「だけど、周はそこを付かれたくなかった。ストーカーを受けていたことを証明できる『恨んでやる』と書かれた手紙は持ってない。分かっているのは動機と状況証拠をかき集めた推理のみ。穴だらけと言わざる得ない」

「ええ! じゃあ、あんたはもし否定されたらどうするつもりだったわけ?」 と驚いた顔で周五郎に訊ねる。

 

「だから、そのための演技なんだよ」 はぁーと、周五郎は誤魔化すように欠伸をする。

 

「え!? 演技ってあの威張り腐ったやつが?」 

  

 ミッツーが坊主頭をぽりぽりと撫でながら、

「そういうこと。あんな態度を取れば相手は必ず腹が立つ。そうすれば相手は冷静な判断ができなくなる、と踏んだのさ。違うかい、周?」

 

「全く、ミッツーは無駄に鋭いな」

 あはは、と周五郎は呆れたように笑う。

 

 そんな鋭いミッツーは、少し怒ったように言う。

「そりゃどーも。だけど、俺はあのやり方は感心しないね。例えば周、相手がこっちの挑発に乗ってこない場合は考えなかったのかい?」

「もちろん考えた。けどミッツーの個人情報ファイルとかを見ていて何となくいけるかなーと……」

「あんた、結局勘じゃない」 と詩織が白い目で周五郎をじっと睨む。

 

「ああ、その通りだ。だけど上手くいったんだからいいじゃないか」 と投げやり気味に周五郎は言う。

 

 ミッツーは深いため息をしたあと、

「それに、ナイフを持っている可能性があるのに、相手を煽るのはどうなんだい? それこそ、公園をたまたま歩いていた人間を襲う可能性だって……」 

 

 周五郎は静かに目を背けて、

「……、確かにな。でも、俺は小泉がそこまでするとは思ってなかった、いや、そう望んでた」

 

 ミッツーは僅かに目を伏せて、

「……、周らしいと言えば周らしい優しさかもしれないね。でも、これからはこんな無茶しないようにして欲しい。もしそれで怪我人が出たら、それはただ無責任なのと変わらない」 

 

「……ああ、二度とこんな無茶なことはしないよ。俺が悪かった」 周五郎は静かに、しかし力強く頭を下げた。

 

「顔を上げてくれよ、周。分かってくれれば良いんだ。ところで話は変わるけれど、小杉には何て説明するつもりだい」 先程までとは打ってかわって、ミッツーは笑顔で訊ねる。

 

「見つからなかったことにしておく。あれは小杉のための手紙ではないからな。余計なことを言う必要はないだろう。その事は俺が小杉に適当に話すから任せとけ」 

 

「確かに……。すごい喜んでたもんね。」 うんうんと詩織が首を縦に振る。

 

「ところで、詩織。一つ聞きたいことがある」 と周五郎は、何か考える素振りを見せながら言う。

 

「なによ?」

「もしストーカーに遭ったら普通は怖がらないか?」

「はぁ? そんなの当たり前でしょ。それがどうしたって……。ああ!」

 詩織が何か分かったように叫ぶ。

 

「そうなんだ。小谷川から相談を受けている詩織なら分かると思うが、アイツはストーカーに遭っているのに随分と元気だった」

「でも、それは気丈に振る舞おうとしたんじゃないのかい?」 ミッシーが疑問を口に出す。

 

「……そうかもしれんな」 言葉とは裏腹に、周五郎にはどうも小谷川の元気さは演技ではない気がした。

 

 しかし、それを否定する者がいた。

 

「演技ではないわよ、多分」 と詩織が胸を張って言った。

 

「へえ。その理由は?」 周五郎が少し意外そうに訊ねる。

 

「美空ちゃん……、つまり小谷川のことよ。だから周五郎、アンタはキョトンとこっちを見るな。クラスメイトの名前ぐらい覚えろ、アホ。それでね、美空ちゃんはね、男の扱いが上手いのよ」

「聞いたことがあるよ。まだ高校生になってから一ヶ月位しかたってないけど、もう彼氏を十回くらい変えたらしいよ」 

 ミッシーは坊主頭をさすりながら得意気に言う。しかも、と彼は続ける。

 

「この彼氏ってのが小谷川から告白した奴、小谷川に告白した奴。両方いるんだ。まあ俗に言う尻軽女ってやつかな」

「あんた、そういう言い方はやめなさいよ!」 詩織がきっと睨み付ける。

 

「ごめんごめん。でも俺はその男達が可哀想でならないね。男をとっかえひっかえするのは宜しくないと思うぜ」 ミッシーは肩をすくめて言う。

 

「ほえー。ミッシーと詩織は何でも知ってるな」 と周五郎が素直に誉めると、

 

「あんたねぇ、これ、かなり有名な話よ。知らなかったの? まあいいわ。それで、さっきの話よ。美空ちゃんは男の扱いに長けてる。だから、小泉が自分に寄せる思いも気付いていた。そして小泉のストーカー行為も自分への好意から来るものだと分かっていた。だけど、美空ちゃんは彼氏に関しては、なに不自由なく暮らしている。わざわざ、小泉の想いに答える必要はない。けどストーカーはやっぱり面倒。そこで私たちを利用することを考えたとしたら?」

 

「しかし、小谷川は警察にも相談を……」 と周五郎が言い終わる前に、

 

「そんなの嘘かもしれないじゃない。私たちをこき使うための、ね」

 

 しかし、その話には証拠がない、と周五郎は言おうとして、止めた。これは依頼とは関係のない話だ。これ以上考えても無駄だと思ったからである。しかし、なぜか周五郎はこの詩織の話が、あながち間違っていない気がした。

 

 

 

 

 

 

 そうこう話している間に、三人は目的地である喫茶店に着いていた。

 

 喫茶店の中は明るい内装で、作業着を着ている働き盛りの若い男達や、あーだこーだと騒がしいおばさん達などなど色々な客がいた。

 

「約束なんだから、ちゃんとケーキ奢れよ、詩織」 と周五郎が釘を指す。

 

「わかってるわよ。くどい男はモテないわよ」 べー、と詩織は舌を出す。

 

「はぁ、お店の中でケンカすんなよ。さ、なんか頼もうぜ」 とミッツーは坊主頭をさする。

 

 席につきメニュー表を見た周五郎は、へぇと感嘆の息を漏らす。喫茶店というからあまり期待していなかった周五郎だが、食事が意外としっかりしている。値段も500円ぐらいからと安く、お客が多いのも頷ける。

 周五郎はメニューの中から昇華堂弁当というのを見つける。どうやら日替わり弁当のようで、値段は700円ちょっとだ。

 

「俺はこの昇華堂弁当ってやつにするわ」 と周五郎がメニューを指差しながら言う。

 

「あんた、うちが頼もうとしていたやつをなんで選ぶのよ」

「周。詩織の言う通りだよ。実は俺も頼もうとしていたんだ」

 

 なぜか周五郎は非難をされる。

 

 周五郎は面倒くさそうにため息をつき、

「別に同じものを頼んだっていいじゃねーか」 

「あんたと一緒とか気分を害するわー」

「周、別のにしてくれよ」 

 

 なんでそんなに俺と一緒が嫌なんだよ、と周五郎は二人を睨み付ける。

 

「あんたねぇ、冗談も通じないわけ?」

「全く、周もまだまだだね」

 

「お前らと喋ってると寿命が短くなるかもな」 周五郎は疲れたように息を吐く。

 

 

 結局三人は仲良く一緒に昇華堂弁当を頼んだ。今日のメニューは、白米、薄味の焼き鮭、豚のしょうが焼き、生野菜のサラダ、味噌汁、の5品だった。ちなみに味噌汁は赤味噌である。 

 

「お、この店はランチを頼むとコーヒー、紅茶が100円なんだ」 と周五郎が驚く。

 

「甘いな、周。ケーキのように甘いよ。このお店は白米と飲み物がお代わり自由なんだ。もちろん無料でね」 

「じゃあ、うちは何か頼もっと」

「む、ずるいぞ詩織だけ。俺も頼む」 と子供のように周五郎と詩織は言い争いをする。そんな二人を、ミッツーは楽しそうに見ている。

 

「俺は紅茶にするぜ! やっぱケーキには紅茶だろ」 としょうが焼きを頬張りながら周五郎が言う。

「あんた、またうちの真似をするわけ? うちも紅茶がいい」

「俺はコーヒーにする。やったぜ、俺は周とは違う飲み物だ」

 とミッツーがガッツポーズをする。

 

「お前ら、いい加減にしないと泣くぞ?」

 

 そんなこんなで三人は仲良く食事をしながら談笑したのだった。

 

 

 

 --喫茶店で楽しく話した日から一日がたった。

 

 

 

 周五郎は欠伸をしながら、毎日通っているボロい教室に足を踏み入れる。朝だというのに、奇声をあげる者や妙なダンスを踊っている者や机の上に座って扇子であおぐ者など沢山の生徒が騒いでいる。

 

 (なんで俺達A組はこんなに元気なんだ? まだ始業式から1カ月程しかたってないんだぜ。俺なんかやっとこさ挨拶を出来るようになったレベルなのに……) 

 

 はぁとため息をつきながら席に着く。周五郎はどういう嘘を小杉に付くか考えていた。上手くやらないとバレるのは明白だからだ。うーんと考えていると、目の前に小柄な女の子が現れる。名無しのラブレターをもらった張本人の小杉である。

 

「周君、今回は本当にありがとう」 と小杉が元気よく笑顔で言う。

 

「はい? 何の話だよ」

「ラブレターの書き手を見つけてくれたことだよ」

 

 周五郎はぎょっとした顔で小杉を見る。

 (ミッツーか詩織が小泉の話をしたのか? しかしその事は俺が話しておくと言っておいた筈なのに) 周五郎が思考を巡らせる中、小杉は上機嫌に続ける。

 

「それでね、わたし付き合うことになりました」

 

 小杉の発言を聴いた周五郎は呆然とする。

 いったい何を言っているのだ。ああ、この女の子は頭が変になったのか、と周五郎は見つめるが、彼女はいつも通り幸せそうにニコニコと笑っている。

 

「おはようさん、周(しゅう)、小杉」

「二人ともおはようー」

 

 たった今着いたようで、ミッツーと詩織が挨拶をする。

 すると、周五郎が突然ミッツーに激しくまばたきをする。周五郎が考えた、あるルールに従っているモールス信号である。

 

『オイ、ミッツー。イッタイドウナッテイルンダ』

『ナンノコトダイ、シュウ』

 

 小杉はキョトンと二人を見ているが、詩織が紛らわしている。その間も二人の秘密の会話は続いていく。

 

 

 

『小杉が誰かと付き合うと言っている』

『どういうことさ?』

『小杉はラブレターの書き手を見つけてくれてありがとう、と言っている。どういうことか、ミッツーは分かるか?』

『はあ、意味が分からないよ。周、これからどうする?』

『先ずは、小杉に話を合わせるぞ』

『分かったよ、周。これで連絡を終えるね』

 

 まばたきを終えた二人は小杉に向かい合う。周五郎は詩織に向かってウインクする。俺に合わせろ、と伝えるためだ。

 

 ふーっ、と息を深く吐いた後、

「な、だから言ったろ、小杉。俺に解けない謎はないのさ」 あっはっは、と周五郎は派手に手を叩いて笑う。

 

「ほんとにありがとうね、周君、ミッツー、詩織ちゃん」 と小杉は深く丁寧に頭を下げる。

 

「しかし、俺も最初は驚いたよ。まさかあいつだったとは」 周五郎はうんうんと頷きながら言う。

 

「うん。同じ部活だけど全然気づかなかったよ」

 

 それを聞いたミッツーがまばたきのモールス信号で、

『音楽部に男子は二人しかいないよ。小杉のことを好きと言っていた、山田と音楽部の2年生の副部長だ』 と周五郎に伝える。

 

 周五郎は一度考える仕草をしてから、

「それにしても、まさかあのナヨナヨした奴があんなことするなんて、さすがの俺も驚いたぜ」 

 

「うん、山田君があんな積極的にくるなんて、惚れ直しちゃうよ」

 きゃあーと小杉は手をバタバタ振っている。

 周五郎は彼女を見て、にやりと笑う。

 (上手く鎌に引っ掛かったな。お相手は山田という訳か。さて、と。もうこの場にいる必要もない)

 周五郎は内心の考えを悟られないように顔を引き締め、

  

「悪い、小杉。俺達次の仕事を受けなきゃならないんだ」

「そうだったのかぁ。引き留めちゃってごめんね」

「なーに、気にするな。さあ行くぞ、ミッツー、詩織」

 

 ミッツーと詩織は、あははーお幸せに、と乾いた笑みを見せながら周五郎に連れ出されていった。

 

 

「で、いったいどういうことなのよ」

 周五郎達三人は小杉と喋った後、廊下を歩いていた。詩織は訳がわからないといった感じで、周五郎に答えを求める。

 

「俺が知るわけねーだろ。それを確かめる為に山田のいるB組に向かっているんだろうが」

「え、でもあんたさっき、『次の仕事を受けなきゃならない』 って言ってたじゃない」

「嘘に決まっているだろう、そんなの」 周五郎が当然のように言う。

 

「なによそれ。あんた、嘘つきは泥棒の始まりって言葉知ってる?」

 

「嘘も方便とも言うぜ」 周五郎がふふ、と不敵に笑う。

 

「嘘から出たまこと、とも言うよ。なぁ周。俺さぁ、なぁんで小杉が山田と付き合うことになったのかぁ、気になるんだぁ。解決してほしいなぁ」 ミッツーがイタズラをした子供のように笑う。

 

 周五郎はにやりと笑うと、

「なるほど、それは大変だ。よし、その依頼、この周五郎に任せとけ。……はは、詩織。これで本当に依頼を受けたんだ。嘘じゃ無くなったぜ」 

「む、ずるいわよそんなの」

「あはは、世の中そんなもんだ。ほら、そうこう言ってるうちにB 組に着いたぜ」 と周五郎が楽しそうに言う。

 

「山田君ー、山田君はいるかーい」

 ミッツーが大声でB 組のクラスに叫ぶ。がやがやと騒いでいたクラスの人間は何事かと三人を見るが、周五郎達だと分かると、何事もなかったように騒ぎだした。

 

 俺達も随分と有名になっちまったな、と周五郎は思う。

 

「そろそろいらっしゃる頃だと思っていました」 

 クラスの奥の方から出てきた山田が静かに言う。

 

「ま、ここじゃなんだから、どっか人の居ない場所に行こう」 周五郎が目をぎらぎらさせながら話しかける。

 

 (周、真実が知りたくてウズウズしているんだね。顔を見れば分かる) 

 ミッツーは苦笑いをしていた。いつもなにかと面倒くさいと言っている周五郎だが、一度依頼を受ければ全力でそれに立ち向かう。真実を追い求める。誰が何をしたのか、なぜそんなことをしたのか。貪欲にそれらを追い求める。

 ミッツーはそんな周五郎が友人として大好きだった。

 

 

 お人好しな三人と山田は、校舎と校舎を繋ぐ三階渡り廊下に来ていた。周五郎がロールプレイングの時に通った、あの渡り廊下である。この渡り廊下は白の壁が胸の辺りまでしかない吹き抜けな造りで、清々しい風が四人に当たる。

 

「よし、ここなら大丈夫だろう。山田、事情を話してくれるよな?」

 周五郎の瞳が真実を知りたいとぎらぎら光っていた。

 

「ええ、もちろんです」 と山田が答える。

 彼は大きく深呼吸をしたあと次のように語った。

 

 話は小杉の靴箱に名無しのラブレターが入れられた日のことです。僕はその日、体の調子が悪かったんです。ST が終わった後、僕は急にお腹が痛くなりました。なので、トイレに向かったんです。

 その場にいた正確な時間は覚えていませんが、その後は昇降口に向かいました。スリッパを靴に交換するためです。ご存知かも知れませんが、音楽部は下校時間を過ぎても練習することがあるので、靴を持って音楽部に行くのです。

 その時見てしまったんです。男が昇降口で靴箱を順番に開けているところを。僕は不審に思って、相手の死角となる場所から観察していました。そうしたら、男は小杉の靴箱を開けたとたん、「見つけた」 と言って何かを入れたんです。

 僕は小杉と昇降口で会ったとき、よく喋っていたので、その靴箱が小杉のものであるのは疑いようがありませんでした。その男が昇降口から出ていった後、何を入れたのか見ました。なんと、それはラブレターだったのです。僕は驚きました。もし、小杉があの男と付き合い始めたら……。それを考えると、胸が張り裂けそうでした。

 しかし僕はあることに気づきました。そのラブレターには名前が書かれていなかったのです。僕が黙っていれば小杉は誰がラブレターを入れたのか分からない、そう思った。

 

 どうぞ嘲笑って下さい。僕はそういう最低な人間なんだ。

 だから僕はあなた方トリオが僕の元に来たとき、とても驚いた。だが、あなた方は僕がラブレターを入れたと思っていましたね。僕は嘘をつくことにしました。僕がなにも語らなければこの話はそれで終わりになると思ったから。しかしあなた方が去っていった後、僕は思い直しました。あなた方は実に聡明だ。例え僕がなにも語らなくても、その素晴らしい頭脳で真相にたどり着くのではないかと。

 そのとき僕は深く畏れました。頭脳明晰なあなた達が、小杉の前で素晴らしい推理を披露し、そして最後は小杉とあの男が結ばれて、めでたしめでたし。そこに僕の意志は全く関係ない。ぼくの知らないところで勝手に話が進む。

 

 冗談じゃない。そんなこと耐えられない。そんなことならば僕が彼女に本当のことを伝える。

 多分この気持ちはあなた方には分からない。いや、絶対に分からない。

 僕は彼女に真実を告げようと決めました。しかし、なかなかタイミングが掴めなかった。そのうちに日にちは過ぎていき、結局告げることができたのは今日の朝だったんです。彼女に伝えるとき、どんなに苦しかったことか!! 

 そして僕は彼女に告げました。

『実は君が探しているラブレターなんだけれど……』 しかし僕が言い終わる前に彼女は言ったんです。

 

『ラブレターを書いたのは山田君だったのかー。実は私も山田君のこと、前から好きだったんだ』 と。

 

 僕のあのときの気持ちがあなた方に理解できますか。彼女が僕のことを前から好きだった、だって? これは夢かと思いましたよ。

 でも僕は否定しなければならないんだ。そのラブレターは僕が書いたものじゃないと。でも僕は出来なかった。どうしても出来なかった。だってそうでしょう? 確かにラブレターは僕が書いた訳じゃない。でも僕は彼女のことが好きだし、彼女も僕に好意を持っていた。相思相愛なんだ。このまま黙っていたっていいじゃないか。僕はついに彼女に本当のことを伝えなかったんです。

 そこでどうかお願いです。ラブレターのことは小杉には言わないで欲しいんです。あのラブレターは僕が書いた、そういうことにしてもらえませんか。僕は自分から告白なんてできる気質じゃない。転がり込んできた幸福なんです。どうかこの通りです。

 

 

 山田の一連の話を聞いた三人はしばらく黙っていた。山田は静かに淡々と語ってきた。しかし、なぜか周五郎にはその顔が悲しみで歪んでいるように見えた。そのうちに周五郎がため息をついて、

「山田、お前は考え過ぎなんだよ」 と伝える。

 

「……、どういうことですか?」

 

「そのラブレターは小杉に送られたものじゃない。別の人に送るつもりが、間違えてしまったんだよ」 と周五郎は答える。

 

 

 周五郎はこれまでに起こった事件のあらましを語った。

 

 

 周五郎から説明を受けた山田は 「そうだったんですか」 と呆然と呟く。

 

「だけど、山田君、俺は小杉に本当のことを伝えてもいいと思うよ」

「うちもそう思う。小杉はそんなこと気にする子じゃないのは山田、あんたが一番解ってんじゃない?」 ミッツーと詩織が考えを述べる。

 

「そ、それは……」 山田は何かを恐れるような震えている。

 

「もし、それで何か言うんだったら、その程度の女の子だった、ということだ」 と周五郎はふん、と鼻をならす。

 

「違う、彼女はそんな人じゃない!」 山田が声を張り上げる。

 

 周五郎は人のいい笑みを見せて、

「だろう? 言ってみればいいじゃないか。お前だって、そんなこと気にしながら付き合うのは嫌だろう」

 

「しかし、でも……。」

 

「まぁ、これは強制じゃない。お前の自由だ。俺達は小杉にその事は言わない。保証するよ、そんなの面倒だからな」

 

 山田は考える素振りを見せた後、なにかを決心したように、

「うん、決めました。僕、彼女に本当のことを伝えることにします」 と宣言をした。山田の先程までの震えは、いつの間にか無くなっていた。 

 

「そうか……、頑張れよ。さて、俺達はそろそろ行くよ」 周五郎は優しく微笑む。

 

「周五郎さん、三川さん、詩織さん、本当にありがとう」 山田が三人に、深く深く頭を下げた。

 

 お人好しな三人は気にするな、と言いながら渡り廊下を去っていった。

 

 吹き抜けの渡り廊下にぽつんと残された山田は、真っ青な大空を仰いでいた。すると風が強く吹いた。辺りにあった木々の枝がわさわさ、と音を立てて揺れていた。いつもの山田ならこの風を鬱陶しがっただろう。しかし、今日はそんな気にならなかった。それどころか気持ちのいい風だ、とさえ思った。

 山田は眩しそうに大空を仰ぎ、ぽつりと呟いた。

 彼らは本当にお人好しだ、と。

 

 


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