愛知県o市は公立中学校が3つ、高校が1つと、かなり不便な市である。ではど田舎かと言えば、そうではない。名古屋市に隣接しており、土地の価格も名古屋と比べれば安いので、近年色々な所から移り住んでくる人が多く、人口は意外と多い。o市はそんな、都会と田舎がごちゃ混ぜになった場所である。
そんなo 市に唯一ある高校の教室に、ある少年が座っていた。入学式から1カ月経った今、やっと慣れたといった感じで教室は騒がしかった。その少年は静かにあくびをしていた。
ぼさぼさの手入れされていない髪の毛、いたずらに飛び出た眼球、かさかさの唇。その少年の容貌を見て、お世辞でもイケメンと言う人は居ないだろう。
彼の名は田中周五郎(たなかしゅうごろう)。周五郎はこの学校ですこし有名だった。周五郎は友人二人と報酬無しの何でも屋をしているのだ。
「あの、周君、お願いしたいことがあるんですが……」
ぼんやりと空を眺めている周五郎に、一人の小柄な少女が喋りかけた。しかし、彼は気づかない。周五郎は自分の入学当時のことを思い出していた。
学校生活がはじまってから直ぐに、彼は同じクラスのある二人と仲良くなった。彼は人見知りだったので、とても喜んだ。
性格がかなり違う周五郎たち三人はクラスで少し有名だった。そこまでは順調な滑り出しだったのだが……。
学園の何でも屋になったきっかけは、ある些細なことだった。あんなことをしなければ良かった、と周五郎はぼんやりと考えていた。
「すいませーん、聞いてますか? 無視しないでくださいよ」 周五郎がふと前を見ると、小柄な少女が周五郎の顔の前で手を降っていた。
(いけない、いけない。考え事してたから、目の前の人間に気づかなかったぜ)
どうやら、また、周五郎たちの元に依頼人が来たようだった。
(今回はどんな依頼なんだ。簡単な頼み事だといいんだが……)
周五郎は面倒そうにため息をついた。周五郎は頼まれると、いやとは言えない気質なのだ。
周五郎の目の前で小柄な女の子が、彼の注意を引くためにジャンプしていた。
目がぱっちりとしていて、あどけない顔立ちで、きょとんと周五郎を見ている。
身長は150㎝位だろうか。見ていると保護欲がわく子とは、まさに彼女のようなことを言うのだろう、と周五郎は一人で納得していた。
彼女は、周五郎たちのクラスの室長をやっている小杉安奈(こすぎあんな)である。音楽部所属で、周五郎は彼女のことを『真面目で、いいやつ』と思っていた。人見知りである彼にとって彼女は数少ない友達の一人だ。
「あのー、周(しゅう)君聞いてる?」
小杉があどけない顔で明るく聞いている。 周五郎はどうでもよさそうに、
「すまん、考え事をしてた。もう一回いってくれないか」 とのんびり訊ねる。
「もおー、だからね、頼み事があるんだってば」 と小杉は特に気にした様子もなく言った。
周五郎は眩しそうに小杉を見た後に、
「…………、すまん、一つ聞いてもいいか?」
「いいけど、何かな?」 目をぱちくりとさせて、小杉は言う。
「なんで君は朝早いのにそんなに元気がいいんだ? 眠たくないのか?」
「だって私だもん」と手を腰において小杉は誇らしげに周五郎の方を見る。
元気な彼女とは対照的に周五郎は、はぁ、と暗い溜め息を付きながら、
「……まあいいや、全然よくないけど、よしとしよう。それで、頼み事ってのは?」
「それはねぇ……」
とバックから何かを取り出そうとする。
あまり乗る気分ではない周五郎は、すこし彼女をからってやろうと決める。
からかえば彼女が依頼を諦めてくれるんじゃないか、と淡い期待を持ちながら、
「ところで、小杉の声は聞こえるのに姿が見えないなぁ」 と周五郎はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ちょっと、いくら私の身長が低いからって、見えないことはないでしょ」
「やっぱり声しか聞こえないなぁ。声も気のせいかな?」 とにやにやしながら周五郎が呟く。
「もおー、ひどいよ」 と先程よりも低い声を周五郎の耳が捉えた。周五郎が不審に思い、小杉の方を見ると、そこには目の辺りがほんのりと濡れた女の子の姿があった。
「わ、わるい、からかったのは悪かったから、泣くなって、な?」
(かるい冗談で言ったつもりだったのに。 女の子の涙には弱いんだよ) 周五郎は急におろおろしだした。
「……もお、からかわない?」
「ああ、からかわない、からかわない。それで、依頼ってのは?」
小杉(こすぎ)はまだ納得いかないようで、ほっぺたをふくらませていた。しかし気が済んだのか、カバンに目薬をしまい何かを取り出した。
(……目薬? いつのまにそんなもん目にさしたんだよ。心配して損したわ) 周五郎は呆れていた。からかっているつもりが、実はからかわれていたのだ。
「目薬なんて使うなよ、紛らわしい。 ……で、それは手紙?」
「えへへ、とりあえず読んでみて」
小杉は恥ずかしそうに手紙を周五郎に渡す。
周五郎は渡された手紙を素直に見てみる。
『突然このような、手紙を書いてすいません。あなたのことが前から好きでした。みんなに優しくて、勉強や、運動もできる。そして何より、あなたの輝く笑顔を見て、あなたのことが好きでした。もしよければ、お返事下さい。
〇』
手紙を読んだ周五郎は顔を真っ赤にして、
「……なるほどね、それで君はこれを見せて、俺に自慢しているわけだ」 と肩をぶるぶる震わせる。
「え? いや、そうじゃなくて……」
「どうせ、俺はモテねーよ。ラブレターなんてもらったことないし、告白されたこともない。好きな子はいるけど、告白できないチキンですよ。ええ、ええ、羨ましいですとも。だけどな、そういうことは誰か別の人に自慢しろよ! 」 と目を血走らせながら周五郎はヒステリックに叫び散らす。
「いやいやいや、何を怒ってるの? 違うよ、そうじゃなくて……」
「あー、はいはい、どうせ、俺はチキンですよ。俺はブスで、ノロマでばかで運動おんちで……」
「だから、違うってば!! 」と小杉が大声をあげ、よくやく、周五郎は我に返った。
(しまった、俺としたことがつい興奮して我を忘れてしまった。ヤバイ、また小杉がほっぺたをふくらませてる) 周五郎はまたおろおろしだした。
「すまん、つい興奮してしまった」
結局彼は謝ることにした。人間負けるが勝ちである。
「いや、いいんだよ。 私もなんかごめんね」 と小杉は遠慮がちに微笑む。
「いや、俺が悪いんだ。ところで頼み事ってのはなんだ?」 周五郎は顔に営業スマイルを張り付ける。
「あのね、この手紙を誰が書いたか探してほしいの」
周五郎はぱちくりとまばたきした後、手紙をもう一度確認する。確かによくみると、名前が書かれていない。
また、大変な仕事になりそうだな、と周五郎は溜め息を付くのであった。