機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第5話   すれ違う再会

 

 

 

 

 

 『ユニウスセブン』

 

 宇宙に浮かぶその大地はかつて地球軍による核攻撃により破壊され、ヤキン・ドゥーエ戦役の切っ掛けになった惨劇の場所である。

 

 破壊された大地は宇宙を漂い、現在ではデブリベルトの中に紛れている。

 

 しかし今その悲劇の場所で異変が起きていた。

 

 百年単位で安定軌道にあると言われていた筈の大地が地球に向けて動き出したのである。

 

 無論、普通では考えられない事象が起こった事には原因が存在する。

 

 動き出したユニウスセブンの周りにはフレアモーターと呼ばれる太陽風を利用した推進器が取りつけられていた。

 

 これらの機能によってユニウスセブンは安定軌道から外れ、地球に向かって動き始めたのである。

 

 これは危機的な状況と言っても過言ではない。

 

 あれだけの質量を持つ物体が地球に落ちれば、甚大な被害が出る事は明白なのだから。

 

 そんな動き出した悲劇の大地を感慨深く、そして沈痛な面持ちで見つめる者たちがいた。

 

 前大戦ですべてを失い、憎しみだけを生きる糧としてきたザフトの脱走兵達である。

 

 モビルスーツに乗り込みユニウスセブンを見つめる彼らこそが、大地にフレアモーターを取りつけ、地球に落下させようと企てた張本人だった。

 

 彼らは決して今の世界を認めない。

 

 奪った者達に報いを。

 

 自分達の痛みを、悲しみを、そして憎しみを知らしめる事だけが彼らのすべて。

 

 そしてそんな彼らを率いていたのは誰よりも激しい憎しみを抱いている男。

 

 プラントの最高評議会議長を務めたパトリック・ザラであった。

 

 彼は決して揺らがない憎悪を抱き、指揮しているナスカ級のブリッジでモニターを鋭く睨み付けていた。

 

 前大戦終結後に裁判にかけられていた彼は思想を同じくする者達によって密かに助け出された。

 

 その後、隙ついてプラントから脱出。

 

 『月面紛争』と呼ばれる戦いを引き起こし、それでもなお追手から逃れ続けていた。

 

 ここまで逃れ続けれらたのは当時のプラントが混乱の極みにあり、臨時最高評議会は突然誕生したテタルトスの対処に重点をおいてしまった事が挙げられる。

 

 同時に混乱を避けるためにパトリックの逃亡を伏せた事も裏目に出てしまった。

 

 当時の議員達はパトリックが逃げたところで何もできないと判断してしまったのである。

 

 パトリックはこれまで味わった屈辱の数々を思い起こしながら憎悪を燃やし、拳を握り締めた。

 

 「……見ているがいい、我々から奪ったすべての者達。今日こそ貴様らに報いを与える」

 

 すべてを奪い去ったナチュラル共に裁きを下す。

 

 そして裏切った者達、特にエドガー・ブランデルを今度こそこの手で―――

 

 「ザラ議長閣下、ユニウスセブン移動開始いたしました」

 

 パトリックは視線だけを静かに声をかけてきた者に向ける。

 

 「皮肉か、貴様」

 

 「まさか。私にとって貴方こそ最高評議会議長ですから」

 

 何の感情を見せないまま「良く言う」と内心毒づきながらパトリックは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 その視線には信頼など微塵も無く、疑念に満ちていた。

 

 それもその筈、素性は誰も知らず、何も語らない。

 

 議長と呼んだその男はかつて仮面の男と呼ばれたラウ・ル・クルーゼと同じく不気味な仮面をつけ、素顔すら誰も知らないのだから。

 

 「心にもない事を言うな」

 

 「そのようなつもりはありませんが……では私はこれで失礼します」

 

 正直なところパトリックはこの仮面の男を全く信用していない。

 

 だが忌々しい事ながら彼がいなければここまで来る事は出来なかったのも事実。

 

 何故なら『月面紛争』にて幾つもの手札を失い、もはや成す術無しという状況にまで追い込まれたパトリックにモビルスーツやフレアモータ―などの戦力を提供してきたのは彼なのだから。

 

 ともかくこの仮面の男が何を考えているのか知らないが、利用できるものは使わせてもらうだけ。

 

 排除はいつでもできるのだ。

 

 「最後に一つ聞かせろ。貴様、何故我らに手を貸した?」

 

 不気味な仮面をつけた男はパトリックが出会ってから初めて感情を見せた。

 

 それは自分自身と同じく純粋なまでの敵意と憎悪。

 

 「あなたと同じですよ、ザラ議長閣下。私も目障りで仕方がないのです。だから手を貸しただけ。……なにより奴らが嘆く姿を想像するだけでも少しは溜飲が下がるというものですから」

 

 誰もが凍りつく憎悪の笑みを浮かべたまま仮面の男カースはブリッジから去っていった。

 

 皆が黙り込む中でパトリックだけは平然と目的遂行の為に思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 かつての惨劇の地が動き出した事実はテタルトスの戦艦クレオストラトスでも確認できていた。

 

 報告を聞きながらアレックスは拳を強く握りしめ、ブリッジにいた全員が憤りに歯噛みする。

 

 彼らには今回の件に関して心当たりがあった。

 

 これは間違いなく自分達の追っていた武装集団。

 

 一年以上前に行われた大規模紛争『月面紛争』を引き起こした連中の仕業であると。

 

 あの時に殆どの戦力を奪い、大半は全滅させた筈だった。

 

 だがその生き残りがいる可能性があるという不確かな情報は消える事が無かった。

 

 その真偽のほどを確かめる為に『月面紛争』終結後もテタルトスは一部の部隊に調査を継続させていた。

 

 しかし日々行われる地球軍やザフトからの攻撃を防衛するの為に十分な調査を行うことが出来なかった。

 

 「……本国からは何と?」

 

 「現在、緊急会議を開き対策を検討していると。中立同盟ともコンタクトを取っているそうですが……」

 

 予想通りの返答にため息が出る。

 

 しかし地球の危機に何を悠長なとはいえないのが実情だ。

 

 迂闊に動けばユニウスセブンを落下させたのはテタルトスだと決めつけられかねない。

 

 地球に落さないようにするためには完全に破壊するしかないのだが、あれだけの質量のものを破壊する術は多くは無く、時間的に間に合わないだろう。

 

 ならば細かく砕くというのが最も現実的な手段となるが、月からでは遠すぎる。

 

 「少佐。接近してくる艦あり、エターナルです」

 

 何にしろ今はやれる事をすべきだ。

 

 アレックスは己の無力さを痛感しながらエターナルとの通信回線を開くように指示を出した。

 

 

 

 

 ユニウスセブンの移動は当然プラントの方でも確認され、その知らせはガーティ・ルーとの死闘を生き延びたミネルバにも伝わっていた。

 

 デュランダルが宛がわれた部屋に通信が入り、仔細が報告されると仕事をこなしていたヘレンが振り返る。

 

 「議長、グラディス艦長から、ブリッジに上がってほしいそうです」

 

 「分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」

 

 「はい」

 

 この最悪ともいえる知らせ。

 

 それが部屋で休んでいた中立同盟の二人にも届いたのはそれからすぐの事だった。

 

 呼び出されたアイラとマユはユニウスセブンが地球に向けて動いているという事実に驚愕を隠せなかった。

 

 マユは思わず強く拳を握る。

 

 地球には目覚めぬ両親と彼女にとって何よりも大切な人達がいる。

 

 そんな人達の上にユニウスセブンが落ちたならば―――

 

 自分自身を抑えるマユを一瞥するとアイラは話の先を促す。

 

 「原因は判明していますか?」

 

 「いえ、ですが動いている事は間違いありません。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を」

 

 普段から余裕を崩さないデュランダルも焦りのようなものを滲ませて告げてくる。

 

 その様子が事態の深刻さを物語っていた。

 

 「隕石の衝突か、または他の要因なのかは不明です。しかし今もなお地球に向かっている事は間違いない」

 

 二人の背筋が凍りつく。

 

 あれだけの質量の物が地球に落ちたならばどうなるか、最悪地球が滅んでしまう事すら考えられる。

 

 普段から冷静なアイラでさえこの事態には焦燥を抑えるのが難しい。

 

 「またもアクシデントで申し訳ありませんが、私は修理が終わり次第、ミネルバにもユニウスセブンに向う様に命令を出しました。不幸中の幸いというべきでしょうか、位置も近いですから。どうかアイラ王女にもご了承いただきたい」

 

 「それはもちろんです、議長。これは私達にこそ重大である事ですから」

 

 アイラの返事にデュランダルは満足そうに薄く笑みを浮かべる。

 

 その姿にマユは何か胸騒ぎのようなものを覚えた。

 

 ここまでデュランダルの対応に不満はない。

 

 むしろ良くここまで迅速に対処できるものだと感心してしまうほどである。

 

 だからこそ疑問も出てくる。

 

 要するに完璧すぎるのだ。

 

 まるでこうなる事を知っていたかのように。

 

 マユは軽く首を振ってそんな考えを振り払った。

 

 「……いくらなんでも考え過ぎか」

 

 誰にも聞こえないようポツリと呟くと思考を打ち切る。

 

 そして話し合うアイラ達の姿を見ながら、自分が何をすべきかを考え始めた。

 

 

 

 

 

 当然のようにユニウスセブンの移動と地球落下の話はミネルバ艦内にも駆け巡り、誰もが動揺や困惑といった様子を見せていた。

 

 いきなり地球に隕石が落ちるから破砕作業に向かうと言われても信じられないのは当たり前かもしれない。

 

 ミネルバではそれがより顕著であった。

 

 何故なら経験の浅い若い新兵が多く乗船している為、事態の深刻さを本当に理解できている者は少なく、現実感を持つ事が出来なかったからだ。

 

 だからミネルバ艦内ではクルー達が集まって他人事のように緊張感も無く噂話に興じていた。

 

 「さっきの戦闘凄かったよね。流石フェイスって感じ」

 

 「うん! 最初にミネルバが出撃した時もね、敵艦の目的一人だけ見抜いてたみたいだし」

 

 ルナマリアとメイリンが話しているのは特務隊所属アレンの戦闘の事だった。

 

 シンからみてもあの紅い機体と互角以上に戦っていた技量は凄いものだと思う。

 

 でもアレは騒ぎすぎのような気もする。

 

 「確かに凄かったね。全然勝てる気がしないもの」

 

 セリスのその一言にムッとしてしまう。

 

 シンとしてはセリスがアレンをあのように褒めるのは正直いい気分はしない。

 

 ただその事を口に出すのはあまりに子供じみていると思ったシンは黙り込み、持っていた缶ジュースを煽った。

 

 「ていうか、今はそんな事話してる場合じゃないだろ」

 

 「そうそう」

 

 ヴィーノやヨウランの言う通り、今はユニウスセブンの話の方が重要というのは賛成だ。

 

 というかこれ以上、アレンの話は遠慮したかったシンは積極的に二人の話に耳を傾ける。

 

 「地球への衝突コースって本当なのか?」

 

 「うん、間違いないって」

 

 ヴィーノとヨウラン、メイリンは戸惑い気味に頷く。

 

 今でこそプラントに住んでいるシンもかつては地球に住んでいた。

 

 思い出したくない事もあるが、大切な思い出も当然存在する。

 

 そんな大地が災厄に見舞われる。

 

 シンの心境は複雑なものだった。

 

 「アーモリーワンの騒ぎに続いてだもんね。どうなってるのかな」

 

 セリスの言う通り確かにここまで続けて事件が起こってしまうと本当に偶然なのかを勘ぐってしまいそうになる。

 

 誰かがこれらの騒動を仕組んでいるとでもいうのだろうか。

 

 「でもあんなものどうすんのよ?」

 

 ルナマリアの疑問は最もであり、ユニウスセブンほどの質量を持つ物体が重力に引かれているとなるとすでに軌道を変更するのは不可能である。

 

 そんな疑問をレイがいつも通り冷静な声で答えた。

 

 「衝突を避けたいなら、細かく砕くしかないだろうな」

 

 「でもあれってかなりデカイぜ。ほぼ半分になってるとはいえ……」

 

 「だがやらなければ地球が滅ぶ」

 

 呆れたようにヨウランがぼやきに皆が頷く中、レイの指摘に全員が息を呑んで黙り込んだ。

 

 それはあまりに現実感のない話であり、それこそフィクションの世界で起こるような事だ。

 

 それが自分達の目の前で起こると言われても実感が湧かないというのが本音だった。

 

 「地球滅亡って奴?」

 

 「だな」

 

 口に出してもやはり実感が湧かない。

 

 自分達にどのような影響があるかきちんと理解できない。

 

 だからこそ彼らはその失言を口にしてしまった。

 

 「ん、でもさ、それもしょうがないっちゃしょうがなくないか? 不可抗力って奴でしょ?」

 

 無神経ともいえる言葉にシンは驚いて顔を上げた。

 

 今の現状で言うにはあまりに不謹慎な発言である。

 

 しかしヨウランは今の暗い空気を何とかしようとしたのか構わず続けた。

 

 「その方が色んなゴタゴタが一気に片付いて楽だろ。俺達プラントにはさ―――」

 

 「やめて!!」

 

 ヨウランの言葉を遮るように怒鳴り声を上げたのはセリスだった。

 

 「ヨウラン、いくら何でも言っていい事と悪い事がある!」

 

 「じょ、冗談だよ、怒るなって……」

 

 セリスの剣幕に驚いたのか慌ててヨウランは訂正すると気まずいのか頭を掻きながら視線を逸らした。

 

 その様子を見ながらシンは正直なところホッとしていた。

 

 幾らなんでもあれは言い過ぎだとは思っていたからだ。

 

 でもならどうして自分で否定しなかったのだろうか?

 

 それはどこかで自分には関係ないなんて気持ちがあったからだろう。

 

 すべてを失ってしまった自分に地球を助ける理由はないと心のどこかで感じていたからだ。

 

 そんな微妙な空気だったからか、シンは気付いていなかった。

 

 彼らが集まっていた部屋の外で漏れてくる声をデュランダルとの話を終えたアイラとマユが聞いていた事に。

 

 

 

 

 部屋の外から聞こえてきた声にマユは自身の中に湧き上がってくる怒りを抑える事で精一杯だった。

 

 抑えなければそんな無責任な事を言った者に殴りかかっていたかもしれない。

 

 彼らの発言はマユが今まで必死で守ってきたものに唾を吐いたも同然の事。

 

 前大戦でジェネシスから地球を守ろうと死んでいった人達に対する侮辱以外の何ものでもなかった。

 

 そしてもう一つ、理解した。

 

 やはりこれがプラントに住む大半の人間達の考えなのだと。

 

 「……マユ、彼はあなたの―――」

 

 「行きましょう、アイラ様。私は大丈夫ですから」

 

 マユは感情を抑えつけそのまま歩き出す。

 

 何よりも彼女を憤らせていたのは兄であるシン・アスカもあの中にいた事であった。

 

 前回の戦闘である程度予想はしていたが、ショックが無かったといえば嘘になる。

 

 何故ザフトに兄がいるのか疑問は尽きない。

 

 でも一つだけ言える事があるとすれば彼はもう自分の知っている兄ではないという事だ。

 

 自分の知っている兄ならばあんな事を言わせたままにはしなかった筈だし、何よりもあの少女が止める前にシンに止めて欲しかった。

 

 マユは悔しさと悲しさのあまりいつしか自分の瞳から涙が零れかけている事に気がつく。

 

 「マユ?」

 

 「いえ、行きましょう」

 

 アイラに悟らせないように涙を必死に堪えるといつものように平静を装ったまま部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 そこは実に煌びやかな屋敷であった。

 

 良く手入れをされた部屋に高級な美術品。

 

 明らかに上流階級の人間が住まうような場所。

 

 そこに集まった者達は高級なワインを片手にビリアードに興じていた。

 

 普段ならばただの上流階級の人間達が娯楽に興じているだけで何ら不思議はない。

 

 だが今は状況が違う。

 

 もうすぐ地球では未曾有の大災害が起きる。

 

 しかも確実にである。

 

 そんな状況だというのに彼らの顔には危機感も何もなく、それどころか自分達は関係ないとばかりに話込んでいた。

 

 「さて、とんでもない事態じゃのう」

 

 年配の男がさも緊張感もない声で呟いた。

 

 「地球滅亡のシナリオですな」

 

 「書いたものがいるのかね?」

 

 今回の件は情報不足ではっきりした事は何一つ分かっていないというのが実情である。

 

 単純に隕石などによる自然災害の可能性も指摘されているくらいだ。

 

 「それはファントムペインに調査を命じましたよ。一応ね」

 

 答えたのはこの中でも一番若い男、ロード・ジブリールであった。

 

 彼こそ先の大戦の影響で大きく衰退した反コーディネイターを掲げる組織ブルーコスモスを纏め上げ、かつてと同じように巨大な勢力に立て直した現盟主である。

 

 もしも彼がいなければブルーコスモスは弱体化したまま、消え去っていたかもしれない。

 

 笑みを浮かべながら報告するジブリールに不審げに目を向けた男が質問する。

 

 「今更そんな物を調べて役に立つのかね?」

 

 「それを調べるんですよ」

 

 「しかしこの招集は何なのだ、ジブリール? 各国があれを黙って落させるとも思っていないがな……こちらも避難指示や対策に忙しいのだ」

 

 ワイン片手に何を言おうが説得力などありはしない。

 

 はっきり言ってしまえば彼らにとっては完全に他人事でしかないのだ。

 

 今も必死に対策や避難をしている者達から見れば殴られても文句は言えないような光景である。

 

 しかしここにいる者達すべてが何一つ疑問を持ってすらいない。

 

 これが彼らの本質を表わしていると言えるだろう。

 

 ジブリールは全員の顔を見渡すと芝居がかった口調で語り出した。

 

 「今回の件に関しましては私も大変にショックを受けましてね。ユニウスセブンが? いったい何故? 考えていたのはそんな事ばかりでしたよ」

 

 「前置きはいいよ、ジブリール」

 

 うんざりした様子で先を促す男にジブリールはあえて強く言葉をかぶせた。

 

 「いえ、ここからが肝心なのですよ! やがて世界中の誰もがそう考えるでしょう。ならば答えを示してやらねばならない」

 

 ジブリールの言葉にようやく話の本題が見えてきたのか、その場に居た全員が納得したように頷く。

 

 「もうそんな先の話かね」

 

 「もちろんです。プラントのデュランダルは地球各国に警告を発して回避、対応に自分達も全力を尽くすとメッセージを送ってきました」

 

 「早い対応だったな。奴らも慌てておった」

 

 「となればこれは自然現象という事になるのかの。しかしそれでは……」

 

 彼らは皆プラントのいち早い対応と混乱を知っていた。

 

 その様子を知っているからこそ、先のファントムペインを調査に送るという件についていささか疑問に思ったのだ。

 

 「そんな事はもうどうでも良いのですよ! 原因が何であれ、あの無様で馬鹿な塊が我らの頭上に落ちてくる事だけは確かなんです! どういう事なんです、これは!! 何故我々までもがあんな物の為に顔色を変えて逃げ回らねばならないとは!!」

 

 ジブリールの口調に熱が帯びていく。

 

 その口調の端々からは怒りと憎しみが籠っている事が窺える。

 

 「この屈辱はどうあっても晴らさなくてはならないでしょう! 誰に? もちろん、あんなものを宇宙にドカドカ造ったコーディネイター共にですよ!!」

 

 言いたい事はわかった。

 

 つまりジブリールは今回の事を利用して再び戦端を開こうと主張しているのだ。

 

 だがそれには大きな問題もある。

 

 「それはいいがな。このままでは戦争をする体力も残るかどうか」

 

 本当に最悪の事態ともなれば地球はこのまま滅ぶかもしれないのだから。

 

 「だから今日皆さんにお集りいただいたのですよ。避難も脱出も良いですが、その後に我々は一気に討って出ます。例のプランでね。皆さまにはその事をご承知いただきたいのです」

 

 「強気だな、ジブリール」

 

 「コーディネイター憎しで力も湧きますかな、民衆も」

 

 「残っていればね」

 

 「残りを纏めるんでしょう、憎しみという名の愛で」

 

 誰も反対意見を述べる事はない。

 

 つまりこれが結論だった。

 

 「では、次は事態の後じゃな。君はそれまでに詳細な具体案を」

 

 「はい!」

 

 話が一段落ついたところで今回はお開きとなった。

 

 帰路につく者達を窓から見届けた後、ジブリールは苛立ちをぶつける様に机を殴りつけた。

 

 「愚鈍な屑共め!」

 

 あんな連中にいちいち頭を下げなければならないなど屈辱以外の何物でもない。

 

 奴らの頭にあるのはいかに自分達の利益になるかという損得のみ。

 

 そんな連中に宇宙にいる化け物を駆逐するという崇高な目的など理解できる筈もない。

 

 「だがまあいいさ。ここからすべては始まるのだ!!」

 

 瞳に燃え盛る憎しみを宿し、ジブリ―ルは空から落ちてくる大地の先を睨みつけた。

 

 

 

 

 マユは一人で宇宙を眺めていた。

 

 アイラは議長に話があるという事でブリッジに向かっている。

 

 マユもついていこうとしたのだが、先程の事を気にしてくれたようで「休んでいなさい」と言われてしまった。

 

 こうしていても考えてしまう事はこれから地球を襲う災害の事だけだ。

 

 皆は大丈夫だろうか。

 

 子供達は泣いていないだろうか。

 

 そんな事だけが脳裏に浮かび、何もできない現状に焦りだけ募る。

 

 そこにミーティングを終えたらしいミネルバのクルー達が歩いてくるのが見えた。

 

 その中にはシンもいる。

 

 どうやら先程話をしていたメンバーのパイロット達が格納庫に向かっているらしい。

 

 マユはあえて彼らを無視した。

 

 話しかけられるとは思っていなかったし、話したくもなかった。

 

 しかし向うはそう思わなかったらしい。

 

 「おい、なんでお前みたいなのがこんな所にいるんだよ。用がないなら、部屋に入って―――」

 

 声をかけてきたのはシンだった。

 

 だが刺のある言葉が途中から、なにか気になる様な歯切れの悪い言い方に変わっている。

 

 「シン、そんな言い方は良くないよ。ごめんなさい、貴方の事は聞いてます。ミネルバを救ってくれてありがとう。私はセリス・シャリエと言います。貴方は?」

 

 マユとしては彼らと関わりたくなかったのだが、ここまで丁寧に礼を言われ、自己紹介までされて無視というのはあまりに失礼だ。

 

 自分の無礼はアイラに恥をかかす事でもある。

 

 掛けていたサングラスを外して差し出されたセリスの手を握ると出来るだけ感情を込めずに名前を名乗った。

 

 「……マユ・アスカです」

 

 「えっ、アスカって……」

 

 誰もが予想すらしていなかった名前に絶句する。

 

 だが誰より衝撃を受けたのはシンだった。

 

 格納庫で姿を見た時は顔もよく見えなかったし、別人だと思っていた。

 

 でも目の前にいるのは間違いなく、死に別れた筈のシンの妹マユ・アスカだった。

 

 フラッシュバックするように思い起こされるのは戦いの音。

 

 それらから逃げようと走る自分と家族。

 

 そして凄まじい衝撃と共に―――

 

 そんな忌まわしい記憶が蘇り、憤りが胸を焦がす。

 

 シンはそれを振り払い何とか声を振り絞った。

 

 「マ、マユ、なのか? お前、生きていたのか……俺、お前はオーブ戦役で死んだって―――」

 

 突然の事で戸惑っていたシンもようやく実感が湧き話かけようとした瞬間、言葉が止まる。

 

 マユのシンを見る視線があまりに冷たいもの。

 

 その表情も思い起こされるかつての笑顔とはまるで正反対。

 

 ほとんど感情が感じ取れない無表情であり、記憶にあるマユとはまるで別人のような錯覚すら覚える。

 

 「……お前がザクに乗ってたのか? まさか同盟軍に?」

 

 ミネルバに着艦してきたザクを操縦していたのは護衛役の方だと聞いていた。

 

 つまり動かしていたのはマユと言う事になる。

 

 「……だったら?」

 

 「じゃあ、パイロットになったのか? なんでだよ! あいつらの、中立同盟の所為で俺達家族は! 何も分かってない奴らの為に!」

 

 そう、何も分かっていない連中の所為なのだ。

 

 自分達家族があんな目にあったのはすべて同盟と地球軍の所為なのだから。

 

 憤りのままに声を上げようとした瞬間、マユの平手打ちが容赦なくシンの頬を張っていた。

 

 「え」

 

 「……なにも分かっていないのは貴方でしょう」

 

 マユの表情は明らかに先程までとは違う、明確な怒りが見て取れる。

 

 「貴方が何を勘違いしているか知りませんが、私達家族を傷つけたのは―――ザフトですよ」

 

 マユが何を言ったのかシンには理解できなかった。

 

 「何言って……」

 

 「オーブ戦役終盤にマスドライバー破壊の為にザフト軍が奇襲をかけてきたんです。ZGMF-F100『シグルド』―――この機体が避難しようとしていた私達を撃ったんです」

 

 「……な」

 

 じゃあザフトが俺の家族を撃った?

 

 そんな馬鹿な―――

 

 呆然としているシンをとその後ろでうろたえているヨウランやヴィーノ達をマユは冷たく見つめる。

 

 その視線には背筋に寒気が走るほど、冷たさだけが伝わってくる。

 

 彼らにも理解できたのだろう。

 

 眼の前にいるシンの妹は自分達を敵視していると。

 

 「どうしたのかしら?」

 

 「アイラ様」

 

 気まずい沈黙だけがその場を支配する中、声を掛けてきたのはブリッジに行っていたアイラだった。

 

 「アイラ様、もうお話は良いのですか?」

 

 アイラはシン達を一瞥するとマユに向き直る。

 

 「ええ。今デュランダル議長と話してきたわ。マユ、ユニウスセブンの破砕作業支援の為にモビルスーツを借りる許可を得てきたわ」

 

 「それって」

 

 「ええ、この艦に乗船してきた際に搭乗したモビルスーツザクを貸してもらえるそうよ」

 

 つまりマユにもできる事があるという事だ。

 

 しかし他国の人間である自分に最新型の機体を貸すとは、かなり無理をさせてしまったのではないだろうか?

 

 「大丈夫よ。特に何かあった訳じゃないから」

 

 思わず笑みを浮かべるとアイラに思いっきり頭を下げた。

 

 「ありがとうございます、アイラ様!」

 

 「議長にも機会があれば礼を言っておきなさい」

 

 「はい」

 

 そのままマユは格納庫に向かっていく。

 

 呆然と話を聞いていたシンは我に返るとマユを止める為に後を追おうとするが途中で呼び止められてしまう。

 

 「待ちなさい、彼女を止めても無駄よ」

 

 「何で!」

 

 「地球にはマユの大切なものがたくさんあるからよ。それを守る為に彼女は行くわ」

 

 その言葉にハッとするとシンは唇を噛みながら俯いた。

 

 言いたい事は分かる。

 

 シンも地球に大切な者がいるとなればどんな事があろうと出撃しただろう。

 

 でも、妹がモビルスーツのパイロットになっているという現実は絶対に受け入れられなかった。

 

 「何で? 何でマユが!?」

 

 吐き捨てるように言うシンにアイラは背を向けて静かに呟く。

 

 出来るだけ感情は込めずに事実だけを。

 

 「……知りたければ本人に教えてもらいなさい。ただ、そうね。これだけは言っておきましょう。貴方のご両親は無事とは言えないけれど生きているわ」

 

 「えっ、父さんと母さんが!?」

 

 「……ええ、ただずっと眠った状態だけどね」

 

 それでも生きている知らせはシンにとっては喜んでもいい知らせだろう。

 

 しかし次の言葉で再び衝撃を受けた。

 

 「……先程の貴方達の話マユも聞いていたわよ。地球が滅んでも仕方ないって話」

 

 驚いたようにシンはアイラの顔を見る。

 

 あれを聞かれていた?

 

 「あ、あれはヨウランの冗談で―――」

 

 「だとしても自分の大切な人達が住んでいる場所が滅んでも仕方がないって言われて良い気分はしないでしょう。特にマユは」

 

 今さらながら自分の失態に気がついた。

 

 あの話を聞いていたマユの心境はどのようなものだったのだろう。

 

 もし仮に自分がマユの立場だったなら、地球にいる家族が死んでも仕方がないなどと冗談だろうと言われたら平静でいられる自信はない。

 

 「貴方が直接言った訳ではないにしろ、貴方の態度はマユは酷く傷つけた。その事だけは知っておきなさい」

 

 アイラはそれ以上は何も言わずに去って行った。

 

 傍で見ていたセリス達も同様に気まずく顔を伏せ黙っている。

 

 というか何も言う事が出来ない。

 

 シンは知らなかったとはいえ自分の失態を後悔する事しかできなかった。

 

 

 

 

 地球にほど近い場所に浮かぶ物体。

 

 スカンジナビア宇宙ステーション『ヴァルハラ』

 

 前大戦時このヴァルハラは様々な事情のために未完成の状態であった。

 

 大戦が終結したのと同時に軍備強化に重点を置いた同盟の方針に従い、マスドライバー『ユグドラシル』と共に開発が急がれ最近ようやく完成に至っていた。

 

 そのヴァルハラでも今回の事件に関する事で対応に追われ誰もが忙しく動いている。

 

 そんな中会議室に呼ばれたテレサ・アルミラ大佐は上層部からザフトのユニウスセブン破砕作業を支援せよという正式な命令を受けていた。

 

 「命令が来るだろうとは思っていたから驚きはしないが」

 

 ザフトを支援せよとは、前大戦の事を考えると複雑な気分である。

 

 自分の祖国も地球にあるのだから、破砕作業を支援しろと言われれば望むところだ。

 

 しかしザフトと折り合いの悪いテタルトスの件はどうなっているのだろうか?

 

 「……いや、テタルトスについても後で通達が来る筈か」

 

 テレサは自分達がするべき事は変わらないと自分の艦に戻り、出撃準備を開始した。

 

 

 

 

 シンは準備の整ったコアスプレンダーのコックピットに座りながらため息をついていた。

 

 もうじき目的地であるユニウスセブンに到着する。

 

 こんな事では駄目だと思いながらもシンの心は晴れない。

 

 原因はもちろん再会した妹マユの事である。

 

 マユや両親の生存はシンにとって非常に喜ばしい事だ。

 

 だが迂闊な自分の態度がマユを酷く傷つけてしまった。

 

 一刻も早く謝りたいのだが出撃準備で結局話も出来なかった。

 

 「それに……」

 

 もう一つ気になる事があった。

 

 それは自分の記憶の齟齬である。

 

 シンはオーブ戦役に関する記憶がなく、思い出そうとすればノイズのようなものが走り頭痛が起きるのだ。

 

 今までは怪我の影響と嫌な記憶を無意識に封じ込めているのだと思っていた。

 

 しかし突きつけられた事実は自分の思っているものとは明らかに違っていたのだ。

 

 「どうなってるんだ?」

 

 シンが再び考え込もうとした時、セリスから通信が入る。

 

 「シン、今良い?」

 

 「ああ、大丈夫」

 

 セリスは一瞬迷ったように俯くと意を決して顔を上げた。

 

 「良かったね、シン。家族が生きてて」

 

 セリスの言葉がシンの心に沁み渡る。

 

 ああ、そうか―――自分の大切な家族は生きていたのだ。

 

 「今はちょっと気まずくなっちゃったけど、話せばすぐに仲直りできるから」

 

 「ありがと、セリス」

 

 セリスが自分の恋人で良かったとシンは心からそう思った。

 

 そして同じ格納庫に立っているザクのコックピットではマユが念入りに機体を確認していた。

 

 破砕作業の支援とはいえ何が起きるか分からない以上、入念にチェックする事に越したことはない。

 

 マユはチェックを終え顔を上げると視界に入ったのは、デブリで見た機体『エクリプス』であった。

 

 あの機体に乗り込む赤のパイロットスーツ。

 

 何だかんだ言っても兄であるシンの事は気がかりであったが、マユがもう一つ気になっていたのがあの機体である。

 

 一瞬ではあったが戦場であの機体が見せた動きは―――

 

 デブリでの戦闘をもう一度思い起こそうとした瞬間、突如格納庫に警報が鳴り響く。

 

 《発進停止、状況変化! 先行した部隊がアンノウンと交戦中! 各機対モビルスーツ戦闘用に装備を変更してください》

 

 「交戦中!? いったい誰と?」

 

 《さらにボギーワンも確認しました!》

 

 ボギーワンまで!?

 

 ユニウスセブンで一体何が起きている?

 

 マユは少しでも情報を得ようと管制官であるメイリンに問いかけた。

 

 「どういう事ですか?」

 

 《わかりません。ですが本艦の任務が先行部隊の支援である事に変わりなし、各機発進願います》

 

 ミネルバのハッチが開くと最初にエクリプスが発進するとレイ、ルナマリア、セリス、シンが続く。

 

 そしてマユの搭乗するザクの背中にブレイズウィザードが装備されるとそのままカタパルトに運ばれる。

 

 状況ははっきりしないがユニウスセブンでは不味い状況になっている事だけは確かだ。

 

 マユは気を引き締めると前を見据えてフットペダルを踏み込んだ。

 

 「マユ・アスカ、出ます!」


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