機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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最終話   それでも僕らは一歩を踏み出す

 

 

 

 結果だけを言うのであれば『ユニウス戦役』と呼ばれた戦争は『ヤキン・ドゥーエ戦役』以上の被害をもたらす事となった。

 

 これはブレイク・ザ・ワールドによる被害の大きさや戦闘の激しさも関係していた。

 

 だがそれ以上に強力な火力を持った機動兵器デストロイやスカージ。

 

 そしてレクイエム、ネオジェネシス、アポカリプスなどの大量破壊兵器の投入がその一因となったと言えるだろう。

 

 この『ユニウス戦役』によって各陣営は開戦以前よりも疲弊した状況に追い込まれた。

 

 さらに最終決戦となった『メサイア攻防戦』

 

 この戦いでデスティニープランを提唱していたギルバート・デュランダルの死亡が確認された事で停戦協定が結ばれる事になった。

 

 

 

 

 停戦協定が結ばれた事により、確かに戦争は終結した。

 

 だがそれですべての戦いが終わった訳ではない。

 

 特に甚大な被害を受けた地球軍は開戦前とは比較にならないほど弱体化。

 

 それを狙い澄ましたように様々な場所で内戦が頻発し始めた。

 

 それには連合自体が元々一枚岩ではなく、ロゴスが無理やり力を持って抑えつけ従わせていたという背景もあった。

 

 連合が疲弊した事を見透かし、不満を抱えていた国々が連合からの離脱を表明し、中には武力を用いた反乱も頻発している。

 

 そのような状況である以上は決戦を生き延びたエースパイロットであるアオイも駆り出される事となり、連日出撃を繰り返していた。

 

 目が眩むほどの青空。

 

 こんな日はのんびりと昼寝でもしていたいものである。

 

 しかし今、アオイが居るのは無機質なコックピット。

 

 さらに休む間もなく連日の戦闘。

 

 これではため息の一つもつきたくなる。

 

 「愚痴っても仕方ないし、行こう」

 

 操縦桿を操作し、搭乗機であるイレイズガンダムMK-Ⅱを飛び立たせた。

 

 何故アオイがイレイズを使っているかと言うと、メサイア攻防戦において搭乗していたアルカンシェルは大きな損傷を受けた。

 

 修復しようにも鹵獲した機体故に予備パーツなども無く、結局研究用としてエンリルの方に移送されてしまった。

 

 同じくエクセリオンの方もこれまでの激戦を戦い続けてきたダメージが蓄積されていた。

 

 故にオーバーホールが必要となってしまい、アルカンシェルと共にエンリルに送られていった。

 

 結果として残ったイレイズに再び搭乗しているという訳だ。

 

 アオイとしてはイレイズはずっと乗ってきた相棒のようなもの。

 

 こうして再び共に戦えるのは少し嬉しい。

 

 背中に装着したスカッドストライカーの機動性を使い、展開している敵部隊に突貫する。

 

 「敵はウィンダムが五機か!」

 

 ジェットストライカーを装備したウィンダムが攻撃態勢を取ってくる。

 

 空を飛び交うビームを見極めながら、ビームマシンガンで敵を誘導。

 

 回避運動を取りつつビームサーベルを抜き、距離を詰めた。

 

 アオイが接近戦を挑んできたのを見た敵機もサーベルを抜いて応戦してくる。

 

 「切り替えが早い。でも!」

 

 油断はしない。

 

 敵の斬撃を避けたイレイズはウィンダムの右腕を落とし、同時に側面に回った敵機の胴体を斬り裂いた。

 

 イレイズの予想外の動きに戸惑うように浮足立つ敵部隊。

 

 そこにビームマシンガンと対艦バルカン砲を撃ち込む。

 

 ジェットストライカーは大気圏内において高い飛行能力を有する事が可能で、扱いやすく汎用性の高い装備ではある。

 

 だが機動性や速度においてスカッドストライカーとの差はあまりにも歴然である。

 

 結局、敵部隊は最初に二機が損傷させられてしまった事で陣形を立て直す事ができず、容易く撃破されてしまった。

 

 「ふう、残存の敵はいないな」

 

 レーダーを見ながら他に敵が居ない事を確認すると肩の力を抜いた。

 

 残った敵と拠点はすでに他の部隊が叩いている筈だから、今回はこれで決着がついただろう。

 

 通信機から作戦終了の報告が入ってくると戦場から離れるように機体を翻させた。

 

 ジブラルタル基地に帰還したアオイは機体をモビルスーツハンガーに収め、コックピットから降りる。

 

 そして整備の兵士に手を上げてあいさつしながら、ロッカールームに向けて歩き出した。

 

 小競り合い程度の戦いではあったが、それでも疲れる事に変わりは無い。

 

 パイロットスーツの下は汗だくで非常に気持ちが悪かった。

 

 さっさとシャワーを浴びて、大佐に報告しようと足早に格納庫から出ると見知った人物が立っている事に気がついた。

 

 「あ、中尉!?」

 

 「久しぶりだな、少尉」

 

 そこに立っていたのは怪我の為に入院していたスウェンであった。

 

 最終決戦の際にヴァンクールと相討ちとなったスウェンはあの後に友軍によって回収されていた。

 

 搭乗機であるストライクノワールは殆ど大破に近い状態だった。

 

 しかしスウェン自身は技量の高さ故か軽傷であったが念のために入院していた。

 

 「もういいんですか?」

 

 「この状況では何時までも寝ている訳にはいかないだろう。元々怪我自体も大した事はなかったんだからな」

 

 スウェンとしては軍を離れ、戦う以外の事を考えてみたかったが、しばらくは無理そうだ。

 

 「大丈夫だとは思いますけど、無理はしないでください」

 

 「ああ。それより、大佐に報告に行かなくていいのか?」

 

 「うっ、そうでした」

 

 アオイは頭を下げ急いで走り出した。

 

 

 

 

 「アオイ・ミナト少尉です!」

 

 扉をノックし、声を掛けると「入れ」という返事が返ってくると扉を開けた。

 

 部屋に入ると張りつめた雰囲気の中、仮面をつけた人物がアオイを出迎える。

 

 「失礼します、ロアノーク大佐。任務完了の報告に参りました」

 

 「ああ」

 

 ネオは手元の端末を操作していた手を止めて向き直ると報告書に目を通し始めた。

 

 「なるほど、こちらは問題無かったようだな」

 

 「はい。しかしやっぱり他の地域は未だに混乱していますね」

 

 「これらの動きは例の強硬派が絡んでいると考えるのが妥当だろう。その所為でマクリーン中将もエンリルから離れられんようだしな」

 

 ユニウス戦役において過激な手法を好んで行っていたロゴス派は完全に弱体化した。

 

 現在は反ロゴス派、すなわちマクリーン派が大勢になっている。

 

 しかし戦争終結後の混乱の隙をついてか、今まで身を潜めていたらしいロゴス派とは違う強硬派と思われる勢力が現れた。

 

 しかも現在、彼らが各国に対し反乱を促しているのではという疑惑も濃くなっている。

 

 その為、月で負った怪我が治ったばかりのグラントも忙しなく動き、今はエンリルで戦力の増強や各方面に対する指揮を取っていると言う訳だ。

 

 「彼らの目的も不明だが、それを調査しようにもこちらに余裕がない。今は戦力の増強を最優先にしている状態だからな」

 

 「ええ」

 

 スウェンが軍から離れるのを取りやめた最大の理由がこれである。

 

 戦力不足はもちろんだが、コーディネイターを受け入れ始めたといっても圧倒的に人手が足りないのだ。

 

 アオイは話をしながらも黙々と作業を続けるネオを見て顔を顰める。

 

 大佐の事だ。

 

 休まず仕事をしているに違いない。

 

 いくら忙しいとはいえ、限度というものがある。

 

 「大佐、きちんと休んでいますか?」

 

 「ん、ああ」

 

 気のない返事は休むどころか、碌に食事すら取っていないのだろう。

 

 「ハァ、聞いてますか、『ルシア』大佐!」

 

 「ちょっ、少尉!?」

 

 驚きながらこちらに向くと今までの雰囲気が弛緩し、ネオの態度もやや柔らかく変わる。

 

 「……いくら誰もいないとはいえ、今はネオ・ロアノークよ、ミナト少尉」

 

 やや呆れ気味に仮面を取ると、長い髪と共に整った顔立ちの女性が現れる。

 

 「大佐が話をきちんと聞いていないからですよ。いくら忙しいとはいえ、体調を崩しては意味がありません」

 

 バツが悪そうに視線を逸らすルシアにため息をついた。

 

 気持ちは分からなくはない。

 

 現状もそうだが、何よりラルスの事があるからこそ、自分がと気張ってしまうのだろう。

 

 ラルス・フラガはあの戦いから戻ってくる事無く、MIAと認定された。

 

 乗機であったエレンシアは発見されていない。

 

 だがあれだけの激戦では生存は難しいだろうというのが、彼を知る者達大半の見解であった。

 

 ルシアは覚悟していた事だと気丈に振る舞っていたが、やはりショックは大きかったのだろう。

 

 此処何日かネオとして仮面をかぶり、仕事に没頭している。

 

 「後で食事を持ってきますから、一緒に食べましょう」

 

 アオイの言葉に観念したかのように、作業を止め苦笑しながら背もたれに体を預けた。

 

 「……そうね、少し根を詰め過ぎていたかもしれないわ。ありがとう、少尉」

 

 「いえ、では食事を持ってくる間に休んでいてください」

 

 「ええ」

 

 敬礼をして部屋から退室すると、足早に別の場所に向かう。

 

 たぶん検査も終わり退屈している頃だ。

 

 アオイが向ったのは、医療施設のある区画。

 

 そこの建物の中に入ると動き回る白衣を着た男女とすれ違っていく。

 

 会釈を返しながら、目的の部屋に辿り着くと「失礼します」と声を掛けて部屋に入る。

 

 そこには検査を受けていたステラ・ルーシェが笑顔を浮かべて飛び付いてきた。

 

 「アオイ!」

 

 「うわ、ちょっと、ステラ」

 

 抱きついてくるステラの柔らかさとか、匂いとかに頭がクラクラする。

 

 でも他に人もいる.

 

何とか耐えると、ステラに微笑みかけた。

 

 「検査はどうだった?」

 

 「うん、今までと一緒」

 

 椅子に座っている先生の方を見ると、黙って頷いた。

 

 ステラは元々エクステンデットとしての処置が必要な体であったが、ザフトに囚われていた間にそういった問題は解消されていた。

 

 おそらくクロードがもたらした情報を基にそれらの研究も行っていたのだろう。

 

 だが、それはステラが普通の人間になったという訳ではない。

 

 エクステンデットとしての強化に加え、ザフトで行われた処置による負担は大きかった。

 

 何もしなければ後数年程度しか体が持たないと診断され、最近ようやく安定した状態になっていた。

 

 ただ彼女の身体は今の技術で完治する事はない。

 

 生涯治療が必要であると告げられている。

 

 ステラの笑顔を見ているとそれを忘れそうになる。

 

 だがこれはどんないい訳をしても変わらない自分達連合の罪そのものだった。

 

 その事を胸に刻んで、アオイはステラに微笑み返す。

 

 「ステラ、ただいま」

 

 「うん、お帰りなさい、アオイ」

 

 何があっても守る。

 

 その事だけは変わらない。

 

 アオイは彼女の笑顔に応えるように、優しくステラを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 どの陣営もユニウス戦役によって大きな打撃を受ける事になったのは間違いのない事実である。

 

 しかし月のテタルトス月面連邦だけは、他の陣営と比べても、軽微で済んでいた。

 

 武の象徴であったアポカリプスを奪取され、主砲を利用されないように破壊するというアクシデントは存在した。

 

 だが戦争の終盤から関わった為、戦力は一番余裕をもっている。

 

 とはいえそれはあくまでも他の陣営に比べればという前提である。

 

 決して被害を受けなかった訳ではない。

 

 だからこそ現在も新型モビルスーツや戦艦の開発が進み、訓練も頻繁に行われている。

 

 そして今も宇宙で訓練に出ている三機のジンⅡが互いに鎬を削っていた。

 

 アレックスとセレネの搭乗したジンⅡが息の合った動きで相手に向かって突撃する。

 

 「セレネ、左に回り込め!」

 

 「はい!」

 

 見事な連携で左右から挟撃してくる二機。

 

 それをもう一機のジンⅡに搭乗していたユリウスが笑みを深くしながら眺めていた。

 

 「良い動きだ。だが―――」

 

 鋭く放たれたビームクロウによる攻撃をタイミングを合わせて回避する。

 

 そして反対方向から襲いかかるもう一機のジンⅡに対して回し蹴りで飛ばす。

 

 「ぐっ!?」

 

 「甘いぞ、反応が遅い」

 

 「はい!」

 

 三機は速度を上げ、激突を繰り返した。

 

 すべての訓練を終えたアレックスとセレネは息を切らしながら、基地へと帰還する。

 

 ユリウスの訓練は相変わらず厳しい。

 

 昔に比べれば少しはマシになったと思っているアレックスではあるが、相手は息も乱れていないのだから、流石としか言いようがない。

 

 「二人共、ずいぶん良くなっている。ただ、もう少し相手の動きをよく見ろ」

 

 「「はい」」

 

 総評を聞き、訓練を終えると落ち着いたように息を吐きだした。

 

 「ハァ、流石に疲れたな」

 

 「そう、ですね」

 

 クルーゼ隊に所属していた頃から慣れている筈のアレックスですらきついというのに、セレネはよく弱音も吐かずについて来ている。

 

 本当、冗談とはいえすぐに断った連中に見せてやりたいほどだ。

 

 戦争も一応終結したのに激しい訓練を行うのにはもちろん訳がある。

 

 それは今後テタルトス軍が地球での作戦行動を取る可能性が出てきたからだ。

 

 現在地球は連合の弱体化により、混乱の極みにある。

 

 中には独立を訴える国も多くあり、その内の数国からテタルトスに対して軍事的な支援の要請があったのだ。

 

 もちろん将来的な同盟関係も視野に入れた上で。

 

 今上層部の方で協議が行われているが、確実にこの要請を受ける事になる。

 

 当然、これにはテタルトス側の思惑が存在する。

 

 今回のユニウス戦役で露呈した欠点。

 

 それが地球での作戦行動を取る為の足がかりが存在しない事だった。

 

 テタルトスにとっても大きな影響のあった事象、オーブで行われたザフトの作戦『オペレーション・フューリー』はその最たるものである。

 

 今後、月にも影響が出かねない地球での重大な事件が起こった場合、何もできないというのは不味い。

 

 そこでザフトのカーペンタリア基地と同じ様に同盟関係を結んだ国家に戦力を駐屯させ、地球での活動拠点にしようと考えていたのだ。

 

 それによって最高司令官であるエドガーもバルトフェルドを連れ、現在は地球に向かっている最中である。

 

 この件に関してはアレックスやセレネにしてみれば複雑だ。

 

 彼らはカーペンタリアの件で親を亡くした少年達の事を知っていたから。

 

 「……セレネ、今回の件だが―――」

 

 「大丈夫です。軍に入った時からある程度は覚悟していました。それに大佐もカーペンタリアの様な事にはならないだろうと言っていましたし」

 

 口ではそう言っているが過去の事を―――家族を亡くした時の事を思い出しているのだろう。

 

 顔色があまり良くない。

 

 アレックスは気丈に振る舞う、セレネを抱きしめる。

 

 「アレックス?」

 

 「すまない。何と言えばいいのか、分からないけど、でもこれだけは言わせてくれ。俺は何があっても君の味方だ。一人で背負わないでくれ」

 

 「……ありがとう。そうですよね、私は一人じゃないですね」

 

 その言葉に曇っていた表情が和らぐと、セレネもまた背中に手を回した。

 

 

 

 

 訓練を終え、各所に指示を飛ばしたユリウスは医療施設を訪れていた。

 

 そこの一室。

 

 制服を着込んだ兵士達が警備を行っている場所に近づいていく。

 

 「大佐!」

 

 「警備御苦労、様子はどうだ?」

 

 「変わりなく」

 

 予想通りの返答にユリウスは肩を竦めると部屋の扉を開けて、中に入る。

 

 ベットには金髪の少年レイ・ザ・バレルがこちらを鋭い視線で睨んでくる。

 

 「調子はどうだ?」

 

 ユリウスの問いかけにレイは答えず、逆に問い返してくる。

 

 「……何故俺を殺さずに、ここに連れて来たんですか?」

 

 運ばれた時から変わらない、どこか暗い表情で問いかけてくる。

 

 レイは彼の意思を無視してテタルトスに連れてきた事が不服らしい。

 

 「進歩のない奴だな。少しは自分の頭で考えたらどうだ?」

 

 「ふざけるな! 治療まで施しておきながら、碌な尋問もしない! 何を考えている、ユリウス・ヴァリス!!」

 

 彼にはすでに戦いの結末やデュランダルの死も伝えてある。

 

 その所為か自暴自棄になっているのだろう

 

 「私はお前を殺すつもりなどないし、捕虜として扱う気もない」

 

 「なっ、どういう事だ?」

 

 「そのままの意味だ。私にとってお前は敵ですらない。デュランダルに何を言われたのかは知らんが、お前は本心から奴の言葉のすべてを―――デュランダル風に言うなら、自分の運命とやらをを受け入れてはいなかっただろう?」

 

 それは確かに。

 

 初めからすべてを受け入れていた訳ではない。

 

 未来を考えていた時だってある。

 

 ラウから聞かされた母の言葉。

 

 人の可能性。

 

 それを信じたいと。

 

 しかし自分の存在は―――

 

 「でも、俺は……俺達には」

 

 「時間が無いか?」

 

 そうだ。

 

 普通の人間に比べてあまりに時間がない。

 

 だからこそ、ギルの理想の世界を信じて、その為に戦ってきた。

 

 「……ここでも遺伝子に関する研究は行っている。データもあるから、お前に関して適切な治療を行う事が出来るだろう。完治は難しいだろうが、薬よりは延命できる筈だ」

 

 意外な言葉にレイは驚き眼を見開いた。

 

 「何故」

 

 「私はお前に考える時間と機会を作るだけだ。その上で自分の答えを出し、私と戦うと言うのであれば今度こそ全力で応じよう」

 

 「……この先を生きろというのか?」

 

 「そうだ。どんなに短かろうが、お前には未来を生きる義務がある。……先に逝った兄弟達の分までな」

 

 ユリウスはそのまま背を向けて部屋を出ていく。

 

 静まり返った病室でしばらく俯いていたレイはシーツを握り締めると、意を決して立ち上がる。

 

 その表情に先程までの暗さは無く、ただ前を向いていた。

 

 

 

 

 ギルバート・デュランダルを失ったプラントは地球ほどではないにしろ、混乱した状態にあった。

 

 それでもザフトはディアッカ達、三英雄を中心とした反デュランダル派による統制が行われ、徐々に落ち着いていった。

 

 しかし問題はそれだけでは収まらない。

 

 彼らからもたらされたデュランダル議長やヘレン達が行っていたとされる事柄。

 

 それに関する様々な情報が、最高評議会の頭を抱えさせた。

 

 さらにその証拠やデータを回収しようにも重要な事案に関する大半の情報はメサイアと共に消え去った。

 

 極秘に建設されたらしい施設に関してもどこに存在しているのか分からないなど調査は難航している。

 

 まるでこうなる事すら彼らが予測していたかのように、全くと言っていいほど足取りが掴めないのである。

 

 その為、各陣営からの追及に答える事が出来ず、この件に関しては極秘とされ未だに調査が続行されている。

 

 そんな中、ジェイルは地球のカーペンタリア基地に居た。

 

 リズム良くキーボードを叩き、今日の仕事を終わらせると背筋を伸ばす。

 

 「終わったな」

 

 彼は戦争終結後、フェイスを返上。

 

 配置転換を申請し、現在は後方の事務仕事を担当していた。

 

 パイロットは止められなかったので、訓練やパトロールなども並行して行ってはいる。

 

 しかし最前線で戦っていた頃に比べれば随分時間にも余裕が出来ている。

 

 机の上を片づけ周囲の同僚に声を掛けて立ち上がった。

 

 「お疲れ様でした」

 

 「おう」

 

 「お疲れ様」

 

 挨拶を交わしながら、頭を下げると部屋を出る。

 

 最初の頃に比べれば随分馴染んできた。

 

 ここに来た時は赤服と言う事もあり、思いっきり浮いていたが周囲も慣れてきたようだ。

 

 これでフェイスのままであったら、さらに面倒な事になっていたに違いない。

 

 外に止めてある車に乗り込むと、街に向かって走らせる。

 

 街中で買い物を済ませ、郊外に向かうと一件の大きめの家が見えてきた。

 

 入口に車を止め、荷物をもって家に入ると椅子に座った少女が笑顔で出迎えてくれる。

 

 「おかえりなさい、ジェイル」

 

 「ただいま、ラナ」

 

 戦いが終わった後、ラナは正気を取り戻した。

 

 ジェイルはこれまでの事、戦いの中で気がついた事をラナと話し合った。

 

 恨まれて、憎まれて、何を言われても仕方がない。

 

 そう思っていたが、ラナはこちらを責める事は無かった。

 

 自分もまた同じであると悲しそうに笑っていた。

 

 この時がお互いに初めて本音で語り合った瞬間だったのかもしれない。

 

 ラナが座ったすぐ後ろから髪型は違うが、彼女と同じ顔をした少女達が出てくる。

 

 「「「おかえりなさい」」」

 

 「皆、ただいま。すぐ食事を作るから」

 

 今、ジェイルはラナや数人のラナシリーズの一緒に暮らしていた。

 

 彼女達の存在が発覚した時はそれはもう驚いた。

 

 プラント上層部もさらなる問題に、全員がため息をついたらしい。

 

 彼女達はデュランダル達が行っていた事に関する数少ない証拠であり、扱いも非常に難しかった。

 

 扱いには揉めに揉め、ザフト内で確認されているラナシリーズを一か所に集め、監視するという形に落ち着いた。

 

 そして現在こうしているという訳だ。

 

 最初は同じ顔に面食らったが、髪型や服を変え、それぞれに名前を付ける事でどうにか判別できる様になってきた。

 

 同じに見えてそれぞれに個性もあり、その度に微笑ましくなる。

 

 「良し、できた。皆、席着け」

 

 こうして全員分の食事を用意するのにも慣れてきた。

 

 手際良く料理が完成し、テーブルに並べると全員が着席、食事を始める。

 

 何と言うか彼女達の経歴から食事などはもっと静かなのかと思いきや意外と皆、喋る。

 

 殆どが食べ物の好き嫌いなどの趣向だったり、単なる雑談ばかりではあるが、こういうのは楽しい。

 

 「……ラナ、『彼女』はどうだ?」

 

 「うん、いつも通り」

 

 「そうか」

 

 一応後で様子だけでも見ておこうと、手を止めていた食事を再開した。

 

 皆の食事が終わり、皿を洗い終えた後、ジェイルはこの家の一番奥にある部屋に向かった。

 

 その部屋では一人の少女がベットの上で眠り続けている。

 

 リース・シベリウス。

 

 ジェイルの同僚であり、共に戦場を駆け抜けた戦友である。

 

 彼女は最終決戦の際、I.S.システムを限界以上に酷使した結果、意識不明の昏睡状態に陥ってしまった。

 

 医者からは原因であるI.S.システムのデータがあまりに不足しており、治療する有効な手だても見つからない、

 

 彼女は目を覚ます確率は限りなく低く、仮に目を覚ました所で記憶や精神に重大な欠損がある可能性があると告げられた。

 

 入院というのも選択としてはあり得たが、今のプラントは非常に騒がしい。

 

 それにデュランダル議長に関する噂も流れている。

 

 それらの噂の渦中に巻き込まれる可能性があったリースをプラントに置いていくのも気が引けたので、騒ぎが落ち着くまではと連れて来たのだ。

 

 ジェイルは窓を開けて、空気を入れ替えると月明かりに照らされたリースの寝顔を見る。

 

 戦争中は考えられなかった穏やかな生活。

 

 それはジェイルがずっと欲していたものだった。

 

 何時までこの時間が続くかは分からない。

 

 だが出来るだけ長く続いて欲しいとそう願わずにはいられなかった。

 

 その時、リースの口元が少し動いたように見えた。

 

 だが、良く見ると再び変わらない表情で眠り続けている。

 

 ただの見間違いか、それとも―――

 

 「……夢でも見てるのかな」

 

 それが良い夢である事を祈り、窓を閉めて立ち上がると静かに部屋から出ていく。

 

 外では再び穏やかな笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 オーブ宇宙ステーション『アメノミハシラ』

 

 現在ここに中立同盟各国の重鎮が集まり、今後の話し合いが行われていた。

 

 どうにか今回の戦争も乗り切る事ができた。

 

 しかし同時に負った損害も決して軽くはない。

 

 特に『ブレイク・ザ・ワールド』の復興を待たず、開戦したというのは致命的であった。

 

 今考えればそれすらもデュランダルの策略であったのだろう。

 

 戦力の減退は著しく、立て直しは急務であった。

 

 「なるほど、その為に凍結されていた『アドヴェント計画』を再開すると」

 

 「ええ」

 

 報告書を読み上げるアイラにカガリが追随するとショウがその概要を説明していく。

 

 『アドヴェント計画』

 

 これは『次期主力機開発計画』とは別口の物。

 

 端的に言ってしまえばフリーダム、ジャスティスと言った『ヤキン・ドゥーエ戦役』で多大な戦果を上げた機体の量産化計画の事だ。

 

 『アイテル』の量産型である『ブリュンヒルデ』も本来はこの計画に属した機体となる。

 

 ただこの計画は技術的な面やパイロットの育成もさることながら、コスト面も無視できないものがあり一部を除いて凍結されていた。

 

 『アイテル』に関しては『ヤキン・ドゥーエ戦役』や他の戦いにおいても汎用性や性能の高さが実証されていた。

 

 故に『次期主力機開発計画』に引き継がれる形で開発が継続されたのである。

 

 「しかし、一部ではブリュンヒルデ、コウゲツの運用前提とした高性能な『タクティカル』を開発すべきという声もあります」

 

 「その方がコストも抑えられるからそういう声があるのも当然でしょう」

 

 「ですが、我々としては大洋州連合の事もありますから―――」

 

 赤道連合と大洋州連合は非常に近い位置に存在している。

 

 所謂目と鼻の先だ。

 

 その為、ユニウス戦役においてはいつ戦端が開かれてもおかしくない状態に陥っていた。

 

 だからこそ今後の備えとしても赤道連合は自国の守りの要としてより高い性能を持った機体を欲しているのである。

 

 「もちろんその事は十分に理解しています。カガリ」

 

 「はい。新型機の開発に際し、優秀なパイロットを二名ほど赤道連合に向かうよう指示してあります」

 

 「ありがとうございます」

 

 安堵したように息を吐く赤道連合の代表者を一瞥すると次の議題へと入っていく。

 

 すべての議題が終わり、部屋に戻ったカガリはアイラと共にショウが入れてくれた紅茶を口にする。

 

 「カガリ、国内はどう?」

 

 「ええ、何とか落ち着いています。先の戦いによる被害からもようやく復興しましたから。スカンジナビアの方はどうです?」

 

 「こちらも大丈夫よ」

 

 スカンジナビアはユニウス戦役における実害は少なく、あるとすればザフトからの情報操作による風評被害くらいであろう。

 

 それも亡命してきたユウナ達から得られた各国の情報と外交努力によって、ある程度回復の目途も立っている。

 

 「でも問題はこれからね。連合からの独立を訴え、武力を行使しようとしている国々との戦いに巻き込まれる可能性もある」

 

 この辺の事情は赤道連合と同じだ。

 

 今は大丈夫でも、何時こちらが巻き込まれるかは分からない。

 

 「お姉さまなら大丈夫だとは思いますけど、外交の際も注意してください」

 

 「ええ、それはカガリもね」

 

 お互いに笑顔で頷くと紅茶を再び口に含んだ。

 

 

 

 

 オーブの空港でキラはラクスと共にトール達の見送りを受けていた。

 

 「じゃあ、トール、後は頼むよ」

 

 「おう、行先は赤道連合なんだろ?」

 

 「ええ、そこで新型機のテストパイロットをする事になると思います」

 

 戦争が終わったばかりだというのに、何ともいえない気分になる。

 

 だが今の地球を見ればいざという時に備えも必要というのも理解できる事だった。

 

 「しばらくは大丈夫だろうから、ゆっくりしてくるのも良いんじゃないか? 行方くらましていた時の埋め合わせにさ」

 

 行方をくらませたといっても一応任務だったのだが。

 

 トールの提案にキラは思わず顔を引き攣らせた。

 

 「そ、そうだね。考えておくよ」

 

 正直、怖くて後ろを振り向けない。

 

 トールもようやく失言に気がついたのか、乾いた笑みを浮かべると別の話題を振った。

 

 「え、えっと、アストはどうしたんだ?」

 

 「あ、ああ、アストね。―――アストは今、宇宙に行ってるよ」

 

 

 

 

 キラ達が空港に居た頃、宇宙ではアストとレティシアの二人がザフトとの合流ポイントを目指してシャトルで移動していた。

 

 目的は議長達が残した施設の探索と調査の為である。

 

 重要な任務であれば、ドミニオンやオーディンといった戦艦で動く所なのだろう。

 

 しかし今は戦力を極力動かさないようにと指示が出ている。

 

 他の勢力を刺激しないようにという配慮なのだろう。

 

 テタルトスやプラントの事など、気がかりはいくつもあるが―――

 

 「アスト君、どうしましたか?」

 

 「いえ、その―――」

 

 「何を考えていたか当てましょうか? ティアさんの事ですね」

 

 その通りだ。

 

 ティアの事が気にかかっていた。

 

 レヴィアタンから救出されたティアは、体力や精神面など疲弊していたが命に別条もなく、後遺症も残らなかった。

 

 ラクスとの再会や色々な人々との出会い、そしてある程度状況が落ちついた後で彼女はプラントへと戻っていった。

 

 今できる事したいのだと、そう言って。

 

 「心配ではありますけど」

 

 「アスト君は意外とシスコンだったんですね」

 

 「なっ、シスコンって、シンと同じにしないでくださいよ!」

 

 これに関してはシンも異論を挟んでいたが、普段のあいつを見ていたらとてもじゃないが信じられない。

 

 反論したアストであったがレティシアの呆れたような視線にすぐにたじろいでしまう。 

 

 「確かに心配ではありますよ。今のプラントの中にもコーディネイター至上主義者はいますからね」

 

 これはザフトとしてプラントに入国していた時から懸念していた事だ。

 

 アストは彼らによって出生率の低下の研究に利用されるのではと警戒しているのだ。

 

 どこか気を張るアストをレティシアはため息をつくと、思い切り抱き寄せた。

 

 「なっ、ちょっと」

 

 「大丈夫ですよ、アスト君」

 

 子供を宥めるようにアストの頭を何度も撫でる。

 

 彼はティアを自分のような目には遭わせたくないと思っているのだろう。

 

 出来れば幸せな道を歩いてほしいと願っている。

 

 それが分かるからレティシアはアストが少しでも落ち着けるように撫で続ける。

 

 「心配なのは解ります、貴方の家族ですものね」

 

 「……すいません。少し焦っていたかもしれません」

 

 「もしもの場合は助けに行けばいい。勿論、私も手伝います」

 

 「ありがとう」

 

 シャトルが合流ポイントまで辿り着くとそこには馴染み深い戦艦が待ち構えていた。

 

 「ミネルバ」

 

 偽装の為に施された外装は撤去され、ザフト最強と謳われた雄姿をしっかりと印象づけてくる。

 

 またこの艦と一緒に動く事になろうとは、思わなかった。

 

 ハッチが開き、格納庫に降りるとそこには久ぶりに見るクルーの姿と―――

 

 「よう、アレン」

 

 「なっ、ハイネ!?」

 

 そこにはハイネ・ヴェステンフルスが立っていた。

 

 「何でここに?」

 

 「今回の件は色々とあるしな。それに俺、今は特務隊の隊長って事になってるんだよ」

 

 「特務隊の? デュルクはどうした?」

 

 シンとの戦いで敗れ去ったものの、デュルク本人は無事であると聞いている。

 

 「ああ、デュルク隊長、いや元隊長か。あの人はフェイスを返上して、一から鍛え直すってさ。今は新造プラント建設の手伝いしてるよ」

 

 真面目なデュルクらしい。

 

 しかしフェイスまで返上していたとは思っていなかった。

 

 シンとの戦いで何か思う所があったのか。

 

 何にせよ彼にとっても良い方向へ行けばいいと思う。

 

 「って訳で代行だけど隊長やらせれてんの。人手も足りないし、誰かさんが戻ってきてくれると助かるんだけどな」

 

 ハイネの露骨な誘いに思わず笑みがこぼれる。

 

 後ろで成り行きを見守っていたレティシアも思わず苦笑していた。

 

 「ヴェステンフルス隊長、艦長が呼んでますよ」

 

 そこにルナマリアが声を掛けてくる。

 

 「悪い、っていうかヴェステンフルス隊長はやめろって! ここで立ち話も何だし、行こうぜ」

 

 「ああ」

 

 アストはレティシアを伴い、ハイネの後ろについて艦長室に向け歩き出した。

 

 危険が伴う任務かもしれないが、彼らとなら上手くいく。

 

 そんな根拠もない確信を抱きながら。

 

 

 

 

 雲一つない晴天。

 

 今日は本当に良い天気だった。

 

 もうすぐ夕方になろうとしているが、夕日もまた美しい。

 

 にも関わらず、セリス・シャリエ、いやセリス・ブラッスールはオーブの病院で退屈な入院生活を強いられていた。

 

 「はあ、暇」

 

 この前にルナ達が来てくれて楽しかったのが思い出される。

 

 「早く退院してデザート食べたい。ねぇ、シン、ケーキとか食べたい」

 

 すぐ傍で端末を弄っていた恋人シン・アスカに問いかけるとすぐに呆れたような顔になった。

 

 「何言ってんだよ。まだ検査残ってるんだから駄目だ。それに食べ過ぎると、また太るって大騒ぎするじゃないか。この前ルナ達が来た時、入院生活で痩せたって自慢してただろ」

 

 「うっ」

 

 バツが悪そうに視線を逸らすとボソリと呟く。

 

 「デ、デザートは別腹だし」

 

 「ハイ、ハイ」

 

 「う~」

 

 恨めしそうにこちらを見てくるセリスに思わず笑みが零れた。

 

 本当に良かった。

 

 彼女は出会った頃と何も変わっていない。

 

 これだけで救われたような気分になる。

 

 戦いを終えた後、保護されたセリスはオーブの病院に収容された。

 

 ミネルバはプラントに戻ったが、シンはセリスと一緒にオーブへ戻った。

 

 セリスを面倒事に巻き込みたくないと思ったからだ。

 

 その為、ザフトでは戦死扱いとなっている筈。

 

 この先の事も一応考えてはいるが、今はセリスの回復を待っている状態である。

 

 「それより、マユちゃんと待ち合わせしてるんでしょ、時間は大丈夫?」

 

 「え、ああ、そろそろだ」

 

 端末を閉じ、荷物を持つと椅子から立ち上がった。

 

 「シン」

 

 セリスがジッとこちらを見て目を閉じる。

 

 それに応じて顔を寄せるとキスを交わした。

 

 「じゃあ、また明日!」

 

 「うん」

 

 セリスの笑顔に見送られながら、病室を出る。

 

 これからマユと二人で両親の下に行く約束をしていた。

 

 セリスのいる病院と同じであったなら、待ち合わせる事も無く良かったのだが。

 

 シンはいつの間にか傾き始めた太陽を背に海岸線を歩いていく。

 

 「そういえば……」

 

 前にここを歩いたのは、開戦前だった。

 

 あの時は、今みたいな事に状況になるなんて思ってもいなかった。

 

 戦争での経験や見てきたものがシンの脳裏にはっきりと蘇ってくる。

 

 迷いもしたし、今でも正しいかどうかは分からない。

 

 それでもこの道を選んだ。

 

 ならば最後まで進んでいくだけ。

 

 ゆっくりと考えながら、歩いていると反対方向から一つの影が視界に入ってくる。

 

 視線を上げると、髪の長い少女が見えた。

 

 その少女は換え難い大事な家族であり、妹のマユ・アスカだった。

 

 その姿は前の光景と被る。

 

 あの時は、近くにいたのに誰よりも遠くにいるように感じていた。

 

 譲れないからこそ、ぶつかったし、別れを告げて、そしてまた一緒に戦って―――

 

 だからこそ、たとえこの先で別々の場所に向かって歩いて行くとしても、大丈夫だとと信じられる。

 

 それはマユもまた感じている事だ。

 

 だから彼女は昔と同じ、無邪気な笑顔を浮かべていた。

 

 「待たせたか、マユ」

 

 「ううん、大丈夫―――行こう、お兄ちゃん」

 

 差し伸べられた手を取り、二人は一歩を踏み出した。

 

 たとえ、この先何があろうと選んだ道を歩いて行くと。

 

 そう誓って。

 

 

 

 

 

 

 機動戦士ガンダムSEED effect END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない無機質な部屋に一人の男が座っていた。

 

 机の上にはゲーム途中と思われるチェス盤と仮面が置かれている。

 

 男はその盤面を見て、ただ楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 だがゲームを意識していた訳ではない。

 

 単純にこんな風にチェスをしていた人物を思い出していただけ。

 

 無造作にチェスの駒を弄っていた男の部屋にノックの音が響く。

 

 扉が開いた先には無表情の一人の少女が立っていた。

 

 「お身体の調子はいかがでしょうか?」

 

 「……ああ、問題ない」

 

 「それはようございました」

 

 少女は部屋に入り、手に持っていたコートと不気味な黒い仮面を差し出す。

 

 「こちらをどうぞ」

 

 男はコートを羽織り、仮面を受け取るとそれを顔につけた。

 

 「では行くぞ、№Ⅰ」

 

 「はい、参りましょう―――カース様」

 

 二人が出た部屋は静寂だけが残り、机の上に置かれた駒がコトリと音を立てた。




アドヴェント計画は刹那さんのアイディアを使わせていただきました。

これで終わりとなります。

あとがきはどうするかは決めていませんが、後で投稿するかもしれません。

ここまでこの作品を読んでくださった方、アイディアを下さった方、感想をくれた方、本当にありがとうございました!
 

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