機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第65話  崩れゆく救世の場所で

 

 

 

 

 それは誰もが聞き覚えのある声であった。

 

 いや、聞き覚えがあるどころか、世界中においても『彼』の声を知らない者など殆どおるまい。

 

 もちろんアオイも例外ではない。

 

 それどころか直接話した事があるからこそ、聞き間違えなどあり得ない。

 

 「……ギルバート・デュランダル」

 

 目の前に現れた赤いモビルスーツから聞こえてきたのは間違いなく彼の声だった。

 

 「初めましてかな、アオイ・ミナト君。私の名はクロード、クロード・デュランダルだ、よろしく。君にはヴァールト・ロズベルクと名乗った方が聞き覚えがあるかもしれないがね」

 

 「なっ!?」

 

 予想外の事を聞かされて動揺する。

 

 だがすぐに気を引き締めるとサタナエルから目を離さないように注視する。

 

 「……それで俺に何の用だよ」

 

 「なに、君に興味があってね。議長殿が目指す『デスティニープラン』、その最大の異物であり、障害である君にね」

 

 何だ今の物言いは?

 

 嘲るかのような印象があったが。

 

 その時、動きを止めていたサタナエルがビームライフルを掲げて発射してきた。

 

 咄嗟に上昇し、発射された一射をやり過ごすとこちらもビームライフルを撃ち返す。

 

 しかしそれを容易く回避したクロードはサーベルを構えて斬り込んで来た。

 

 即座に距離を詰めてくるその速度に驚愕しながらシールドを構え、振り抜かれた光刃を受け止めるとクロードの感嘆の声が聞こえた。

 

 「良い反応だ」

 

 「くっ!?」

 

 今の一撃だけで理解できた。

 

 クロードの技量はそこらのパイロットが束になって襲いかかっても敵わないほど高度なものだ。

 

 まだこんな敵がいたなんて―――

 

 サーベルが発する光の中で一瞬だけ後ろに視線を向ける。

 

 そこにはまだ傷ついたジャスティスとヴァナディスが居た。

 

 彼女達を巻き込む訳にはいかない。

 

 アオイは操縦桿を握り直し力一杯押し込んだ。

 

 「このォォ!!」

 

 受け止めたサタナエルの一撃を弾き返し、引き離すと敵は追撃の構えを取る。

 

 それを見たアオイはある種の確信を持った。

 

 奴の言った事がどこまで本気かは分からないが、狙いはあくまで自分なのだと。

 

 「ならば!」

 

 サタナエルをアンヘルで狙撃、できる限りこの場所から引き離す。

 

 まだ動けないティア・クラインやレティシア達がいる。

 

 「こいつは俺が相手をします。貴方達はティア・クラインを連れて撤退して!!」

 

 そう言い放つとアンヘルを連射しながら、速度を上げた。

 

 連続で放たれたビームを避けながらさらに加速したサタナエルはアルカンシェルと並列すると再びライフルを発射してくる。

 

 その射撃はまさに正確無比。

 

 確実に急所を狙ってきている。

 

 「チッ!」

 

 防御に回っては簡単に追い込まれる。

 

 そう判断したアオイは連射されるビームの雨をやり過ごし、ビームサーベルを抜くとサタナエルに斬りかかる。

 

 アオイとクロードは高速で動き、斬り結びながら、メサイア方面に向けて移動していった。

 

 

 

 「邪魔だ!」

 

 リヴォルトデスティニーが放ったノートゥングの一撃が進路を阻む敵モビルスーツを薙ぎ払う。

 

 「やっぱり、防衛線が乱れている?」

 

 シンは襲ってくるザフトの部隊を迎撃、同盟軍の機体を助けながら急ぎメサイアに向かっていた。

 

 しかし途中で巨大戦艦の方で爆発が起きたかと思いきや、要塞を覆っていた陽電子リフレクターが消え、敵部隊の連携が崩れ始めた。

 

 何が起こったのかは分からない。

 

 だが予定外の事が起こり、ザフトも浮足立っているようだ。

 

 でなければこうも簡単に防戦線に穴が空くとは考えられない。

 

 「けどこっちとしては有りがたいよな」

 

 誰もが分かっている事だが、こちらには余裕がない。

 

 各所に分散していたザフトの主力部隊が戻ってくるまでが勝負だ。

 

 足止めはされたが要塞はもう目と鼻の先。

 

 このまま一気にメサイアを落とす。

 

 意気込みながら進もうとしたシンだったが、その前に何機もの強化型シグーディバイドが立ち塞がる。

 

 「性懲りもなく、またこいつらかよ!!」

 

 両手に握った対艦刀アガリアレプトを携え、一斉にウイングスラスターを解放するシグーディバイド。

 

 その姿は白い機体色も相まってある種、美しさのようなものを感じさせる。

 

 だがあの機体の性能を嫌という程知っているシンからすればそんな呑気なものではない。

 

 不吉な死を連想させるだけだ。

 

 立ちふさがった敵を斬り伏せる覚悟を決め、前に出ようとした時―――援軍が駆けつけた。

 

 「シン!!」

 

 「無事か!」

 

 「キラさん、アレン!?」

 

 視線を向けた先には傷つきながらもこちらに駆けつけてくるストライクフリーダムとクルセイドイノセントの二機であった。

 

 「ここは僕達に任せて、シン、君はメサイアに急いで」

 

 「で、でも」

 

 二機は外側から見ても結構なダメージを受けているように見える。

 

 いかに彼らでもこれだけの数のシグーディバイドの相手は厳しいのではないだろうか?

 

 「いいから行け……シン、決着をつけてこい」

 

 「アレン……分かりました! ここを頼みます!!」

 

 邪魔をさせないようにアガートラムを撃ち込み敵を散開させると、その隙にシンがメサイアに向かって飛び立った。

 

 「キラ、これを使え」

 

 アストは残ったフリージアを分離させ、失ったストライクフリーダムの片翼部分を補助するように装着させる。

 

 「これで多少はマシに動ける筈だ」

 

 「助かるよ、アスト。じゃ、行こうか」

 

 「ああ、この後もお客さんが来るだろうしな」

 

 ザフトの主力がもうすぐ戻って来る。

 

 シン達がメサイアを落とすまでは、それらの部隊も二人で足止めするつもりだった。

 

 モニター越しに頷きビームサーベルを抜くと、展開しているシグーディバイドの中へ飛び込むように突撃した。

 

 

 

 

 目的地にまで急ぐシン。

 

 しかし順調にいくとは初めから思っていなかった。

 

 いかにザフトが浮足立っているとしても、敵が居なくなる訳ではない。

 

 必ずまた敵は来ると予想していた。

 

 そして今、シンの前に立ちふさがる機体が現れる。

 

 翼のような外装の片側を完全に破損。

 

 機体は半壊状態で、武装も大半が破壊されてしまっている。

 

 だがビーム刃を放つ不気味な鎌は健在で、強者の迫力は全く薄れていない。

 

 「……ここから先には行かせない、シン・アスカ」

 

 すぐ傍にあるメサイアを背にしていたのはボロボロになったアスタロスであった。

 

 「アンタは―――特務隊隊長デュルク・レアード」

 

 シンもデュルクの戦う場面を何度か見た事があり、彼の技量を知っている。

 

 だからこそ驚きを隠せない。

 

 ここまで彼が追い込まれるとは。

 

 一体誰にやられたのかは知らないが、相手は相当な実力者だったのだろう。

 

 「時間が無いってのに」

 

 彼を突破していかなければ、先に進めないというなら―――

 

 「そこをどけェェ!!!」

 

 コールブランドを抜きアスタロスに斬りかかる。

 

 シンはこの戦い決着をつけるまでにそう時間は掛からないだろうと踏んでいた。

 

 簡単な話だ。

 

 敵のあの損傷では長時間の戦闘には耐えられないと予測したからである。

 

 狙うは破損した外部装甲によって守りが薄くなっている部分。

 

 一息で距離を詰め、勝負を決めるつもりで渾身の一撃を叩き込んだ。

 

 しかしコールブランドはアスタロスが持った武器の柄で弾かれてしまい、今度は下方から振り上げた鎌の刃が襲いかかる。

 

 「ッ、まだ!」

 

 咄嗟の反応で機体を逸らし、ネビロスを回避しようとするが装甲を掠め、傷が作られる。

 

 シンは思わぬカウンターを食らい、冷や汗を掻きながらさらに追撃を掛けた。

 

 「このォォ!!」

 

 左右からの連撃にフェイントも加え、斬撃を叩きつけていく。

 

 しかしすべて大鎌によって弾かれてしまった。

 

 上手い。

 

 流石特務隊隊長、あの傷ついた状態でここまで動けるとは。

 

 「ならその防御、突き崩す!!」

 

 「何時までも調子に乗るな」

 

 幾度と繰り返される刃の応酬。

 

 ネビロスとコールブランドが何度も激突し、光が弾けていく。

 

 隙を作る為にライフルで牽制を行っても無事な外装で受け止められてしまう。

 

 「アンタは何で戦うんだ? デスティニープランの為か?」

 

 「……愚問だな。私が軍人だからだ。アオイ・ミナトにも言ったが、デスティニープランになどに興味はない。それらの正否など考えるのは政治家がやる事だ」

 

 撃ち込まれたノートゥングを事も無げに避けたアスタロスがネビロスを射撃形態に変え、シンを狙ってくる。

 

 「だから命令以外はどうでも良いって言うのかよ!!」

 

 ビームを回避したシンは叫びながらも再び間合いを詰め斬艦刀を一閃する。

 

 受け止めたデュルクの振るうネビロスとコールブランドが激しく鍔迫合う。

 

 「……私は自分の役目を果たしているに過ぎん。それは貴様も同じだっただろう、シン・アスカ」

 

 「ッ!?」

 

 確かに、ザフトで戦っていた頃は同じだったかもしれない。

 

 否定できない部分は確かにある。

 

 もしも何も知らないまま『デスティニープラン』の事を聞いていたなら。

 

 それまで議長の下にいたならば、彼のようにただ従っていたかもしれない。

 

 でも―――

 

 「……俺は、もう違う!! 自分で考えて、選んだ道を進むって決めたんだ!! だから!!」

 

 手に握る斬艦刀を構え直すとシンは決意を口にする。

 

 「これでアンタを倒す!!」

 

 時間はない。

 

 だからこの攻防で決着をつける。

 

 「来い」

 

 斬艦刀を構え、先程以上に速度を上げると敵機目掛けて突撃すると、袈裟懸けに振るう。

 

 だがそれを待っていたかのようにデュルクはサルガタナスを発射した。

 

 拡散されたビームがリヴォルトデスティニーに容赦なく降り注いでいく。

 

 シンはここであえてビームシールドでの防御を選択肢から捨てた。

 

 ビームシールドを展開すれば攻撃を防ぐ事はできるだろう。

 

 しかしその分速度が落ちてしまい、アスタロスに狙い撃ちされてしまいかねない。

 

 だから防御はせず、機動性を生かした攻勢を優先した。

 

 降り注ぐビームを最低限の回避運動で致命傷を避ける。

 

 だが閃光が掠めるたびに機体が振動で震え、所々を削り、傷を刻んでいく。

 

 それでも一切構わず、直進。

 

 サルガタナスを抜け、アンチビームシールドをブーメランのように投擲すると懐に飛び込んだ。

 

 投擲されたシールドを冷静に捌いたデュルクはネビロスを横薙ぎに払う。

 

 リヴォルトデスティニーに鎌の曲刃が襲いかかる。

 

 だが―――この瞬間こそを待っていたのだ。

 

 「ここだァァァ!!」

 

 シールドを捌いた隙に背中に装着していたノートゥングを取り外し、ネビロスに向けて振り抜いた。

 

 砲身下部に装着されたブルートガングがビーム刃を受け止め、外側に弾く。

 

 そしてロングビームサーベルを外装に向けて突き刺しトリガーを引いた。

 

 至近距離から発射されたビーム砲が外装諸共右腕を巻き込み消し飛ばす。

 

 「ぐっ!? まだだ!!」

 

 デュルクはネビロスを弾かれ右腕を失った衝撃に呻きながら、残った左手でビームサーベルを逆手に抜く。

 

 逆袈裟に一閃すると同時にシンもまたコールブランドで突きを放った。

 

 「はああああ!!」

 

 紙一重の差。

 

 僅かに速かったシンの一撃がアスタロスの胸部に突き刺さり、ビームサーベルはリヴォルトデスティニーの腰部を若干斬り裂く程度で留まっていた。

 

 「……見事」

 

 コックピットには届いていなかったのか、デュルクの声が聞こえてくる。

 

 「俺の勝ちだ」

 

 相手は完全に動きを止めている。

 

 デュルクは無事ようだが、もはや戦線に復帰してくる事はあるまい。

 

 このまま止めを刺す事は簡単だ。

 

 コールブランドを横薙ぎに振るえばいい。

 

 だがシンは何も言わずに斬艦刀から手を離し、完全に動かなくなったアスタロスから距離を取った。

 

 デュルクに対して思う所はもちろんあるが―――

 

 止めを差していいのかという迷いがあった。

 

 もしかすると彼の言い分に自分と似通ったところを感じ取ったからかもしれない。

 

 議長の言葉に何ら疑問を持たなかった自分と―――

 

 「できればアンタも……」

 

 シンはそれ以上何も言わず、背を向けメサイアの方へ向っていった。

 

 スピードを上げ、激戦区の戦場を駆け抜けて行く中、見知った機体と艦が戦っている姿が見える。

 

 メサイアを攻撃しているミネルバとソードシルエットを装着しているシークェルエクリプスである。

 

 ビームライフルでミネルバを狙う敵機を狙撃して接近すると通信機のスイッチを入れる。

 

 「皆、大丈夫か!?」

 

 「シン、こっちは大丈夫。それより要塞の方へ行きなさい!」

 

 「えっ!?」

 

 エクリプスがエクスカリバーを敵に投げつけ、フォースシルエットに換装。

 

 そしてリヴォルトデスティニーの進路を確保する為、ビームライフルを連射した。

 

 「妹ちゃんが要塞内部に向かったの」

 

 「マユが!?」

 

 「此処は任せて、行きなさい」

 

 「分かった!」

 

 ルナマリアに任せ、シンはメサイアに向う。

 

 そこで見たのはシグーディバイドと交戦しているデスティニーの姿だった。

 

 「ジェイルがなんであの機体と? いや、今は、マユの方が優先だ」

 

 何が起こっているのかは分からないが、邪魔されないなら好都合だ。

 

 激しい戦闘を尻目に内部に突入した。

 

 

 

 ジェイルはシールドを突き出し、降り注ぐビームの奔流を避け続けながら、目の前の光景に歯噛みしていた。

 

 立ち塞がっているのは、憎むべき死天使でもなければ、倒すべき敵でもない。

 

 自分が守ると決めた少女ラナが搭乗しているシグーディバイドだったからだ。

 

 「ラナ、俺が分からないのか!?」

 

 「……目標を排除する」

 

 どういう状態かは分からないが、こちらを認識する事が出来ていないらしい。

 

 背中のバロールを構え、腹部のヒュドラと共にデスティニーを狙って砲撃が降り注ぐ。

 

 砲弾とビームがメサイアの外壁を撃ち崩し、爆煙と共に破片が周囲に散った。

 

 こちらを狙う正確な射撃に素直な称賛を抱きながら、他のシグーディバイドにも目を向ける。

 

 回り込んで来たシグーディバイドが振るってきたアガリアレプトをビームシールドで防御するとアロンダイトを振り上げ、片腕を叩き斬る。

 

 「くそ!」

 

 ラナと戦う事に忌避感を覚えていたジェイルの反応はいつもに比べて明らかに鈍い。

 

 そんな状態を見透かすかのように、両側面から挟み込むように二機が対艦刀を構えて突進してくる。

 

 動きは実に鋭く、並のパイロットではかわせない。

 

 味方にすると頼もしいが、敵にすると恐ろしい。

 

 「くそ!!」

 

 美しさすら感じる剣閃を機体を沈み込ませて回避。

 

 もう片方の機体をアロンダイトで弾き飛ばす。

 

 しかし息つく暇もなくラナが凄まじい速度で斬り込んできた。

 

 「ラナ!!」

 

 「落ちろ」

 

 他の機体とは一線を画するほどの一撃。

 

 この攻撃だけでラナがどれほど優れているかが分かるというものだ。

 

 斬撃を機体を逸らして回避。

 

 しかし次の瞬間、ラナは装着していた小型シールドからせり出したナイフ状の物を抜き、投げつけてきた。

 

 「不味い!?」

 

 ラナの強化型シグーディバイドには幾つかの専用装備がある。

 

 今投げつけてきたのもその内の一つ。

 

 ラーグルフ対装甲貫入弾であった。

 

 これは連合で使われているスティレット投擲噴進対装甲貫通弾と同じ特性の兵器である。

 

 ジェイルは咄嗟に動きが鈍い左腕のシールドを掲げると投擲された刃が突き刺さり、大きな爆発が起こった。

 

 「ぐあああ!!」

 

 ラーグルフ対装甲貫入弾の爆発によって左腕のシールドは完膚なきまでに破壊されてしまった。

 

 だがジェイルはすぐに体勢を立て直し、追撃を掛けようとしていたラナ機に組みついた。

 

 「やめてくれ。俺だ、ジェイルだ!」

 

 小回りの利くフラッシュエッジに持ち替え、一閃すると肩のビームキャノンを斬り落とす。

 

 「ぐあ、う、ううう」

 

 破壊された武装が爆発した衝撃の所為なのか、ラナは苦しそうに呻き声を上げる。

 

 「ラナ、大丈夫か!?」

 

 コックピットへの影響はない筈だが―――

 

 その時、通信機から微かな声が聞こえてきた。

 

 「……お前達……ザフトは……私から、すべてを……家族を奪って……許せない」

 

 「ッ!? ……ラナ」

 

 なんとなく分かっていた。

 

 彼女はきっと自分達の所為でこんな事になっているのだと。

 

 分かっていながら目を逸らしていた。

 

 

 《俺達はすでに撃たれた者ではなく撃った者だって事だ》

 

 《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》

 

 しつこいくらい自分の中に木霊してきたこの言葉。 

 

 此処に来てようやくアレンのこれらの言葉の意味が身に染みて分かった気がした。

 

 「……なら、どうする?」

 

 いい加減にはっきりさせないといけない。

 

 でなければこれ以上、守るなどと口が裂けても言えはしない。

 

 こちらを突き放し、容赦なく攻撃を撃ち込んでくるシグーディバイドの姿を見つめる。

 

 それは憎しみをぶつけようと暴れる獣の姿。

 

 あの悲しみと痛み、憎しみを生み出した元凶は自分だ。

 

 自身の内面を考察、今までのすべてを思い出す。

 

 思い浮かぶ、顔。

 

 誰より尊敬していた両親の姿。

 

 ステラ、議長やレイ、セリス、シン、ミネルバの面々、そしてラナ。

 

 そこでようやく答えが見えた気がした。

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 

 「アハハハ、何だよ。こんな事か」

 

 自分の単純さに、こんな事に気がつかなかった鈍さとでも言えば良いのか。

 

 正直呆れかえる。

 

 ステラの言っていた事もようやく分かった。

 

 要するに俺は彼女の笑顔に―――無くした平穏を、失った暖かさを見ていたのだ。

 

 ボアズの戦いで両親を失い、心は何も感じず冷たく染まり、奪った連中に報いを―――

 

 そんな事ばかりを考えていた時、彼女の笑顔に失ったものを見た。

 

 だからあそこまで固執していたのだろう。

 

 ラナに対しても同じだ。

 

 彼女もまた自分が失った暖かさを持っていたから。

 

 「どこまで自分勝手なんだよ。でも……」

 

 この状況は守ると言いながら、奪う事しかしてこなかった報いなのかもしれない。

 

 それでも―――

 

 「ラナ、守りたいって思った事は本当だ。自分勝手は今さらだけど、それだけは譲れない」

 

 奪ってばかりきたからこそ、ラナにはもうこんな事をして欲しくない。

 

 「だから力を貸してくれ、デスティニー!!!」

 

 ジェイルのSEEDが弾ける。

 

 背中の光の翼を放出するとフラッシュエッジで残りの敵機の頭部を斬り飛ばし、アロンダイトに持ち替えて加速する。

 

 光学残像を伴い連射されるビームガンを回避しながら、斬り込んでいく。

 

 「はああああ!!」

 

 「落ちろォォ!!」

 

 ヒュドラⅡの砲撃が掠め、爆発によって機体を大きく揺らすがそれでも構わず対艦刀を一閃した。

 

 その一太刀がシグーディバイドの左腕を捉えて斬り裂くと返す刀で左脚部を破壊する。

 

 「ぐううう、このォォォ!!」

 

 「おおおおおお!!」

 

 デスティニーによって頭部を掴まれ、発射されたパルマフィオキーナ掌部ビーム砲によって潰された。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「ごめんな、ラナ。後でいくらでも恨み事は聞く。だから今は眠ってくれ」

 

 ジェイルはラナの機体を抱え、破壊した幾つかのシグーディバイドと共に安全な場所へ運ぶ為、メサイアから離れていった。

 

 

 

 

 

 戦場を駆けるアルカンシェルとサタナエル。

 

 お互いの放った斬撃が軌跡を描き交差する。

 

 その一撃はまたも敵を捉えるには至らず、ただ空を斬った。

 

 「くそ!」

 

 アオイは思わず吐き捨てる。

 

 今まで様々な強敵と手合わせしてきたが、その中でも彼は別格である。

 

 射撃の精度や機体の動き、接近戦もこなす。

 

 全く隙がない。

 

 機体を掠めるビームライフルの一射に冷や汗を掻きながら、アンヘルの砲撃を叩き込む。

 

 「どれほど強力な一撃であろうとも、当たらなければ意味がない、アオイ君」

 

 「この!!」

 

 持ち替えたビームライフルで動き回る赤い機体を狙撃する。

 

 しかしそれをひらりと避けたクロードはライフルで撃ち返してきた。

 

 撃ちこまれた正確な射撃をシールドで止めるが、その隙に飛び込んできたサタナエルに蹴りを入れられ距離を取られてしまう。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 そこでさらに振るってきたサーベルをギリギリで防いだ。

 

 「ほう、受け止めるか」

 

 「……舐めるな!!」

 

 力任せに押し返し、アオイもビームサーベルを抜くと即座に斬り返した。

 

 繰り返される攻防の中、唐突にクロードが口を開いた。

 

 「フム、どうやら向うも大詰めのようだね」

 

 「何?」

 

 アオイ達はいつの間にかメサイアの目の前にまで辿り着いていた。

 

 そこではミネルバや同盟戦艦がザフトの防衛部隊からの攻撃を防ぎながらも要塞に向けて砲撃を開始している。

 

 「……女狐も落とされたか」

 

 要塞に突き刺さる形でフォルトゥナが撃沈されている。

 

 それを見たクロードはニヤリと口元を吊上げると、アルカンシェルを引き離し、メサイア内部に入っていく。

 

 「待て!!」

 

 それを追うようにアオイもまた要塞に突入する。

 

 内部に入った途端に立ち塞がるザクをサーベルで斬り裂き、機関砲で撃破すると先に行ったサタナエルの姿を探した。

 

 「どこに行ったんだ?」

 

 要塞内に入ったのは間違いない。

 

 アオイは奥に繋がる通路を見つけると、近くに機体を着地させコックピットを降りて内部に入っていった。

 

 

 

 

 メサイア内部は砲撃が直撃する度に天井が揺れ、壁が崩れる。

 

 崩壊も時間の問題かと思われる中、ヘレンは息を切らし怪我を負いながらもデータベースのある部屋を目指し歩いていた。

 

 もう要塞が陥落するのは避けられない。

 

 ならば今後の為にもデータだけでも回収しなければ。

 

 「ハァ、ハァ、私は……まだ、負けてなど」

 

 そう、負けた訳ではない。

 

 こちらも大きな痛手を受けはしたが、同盟、地球軍のダメージはそれ以上であろう。

 

 後は外に散っていた戦力が戻りさえすれば、こちらの勝ちなのだ。

 

 こんな世界は壊して、変える。

 

 その為に此処まで来たのだ。

 

 「私は―――ッ!?」

 

 ―――その時、予想もしてなかった音が鳴り響く。

 

 同時に歩いていたヘレンの足に激痛が走り、床へと倒れ込んだ。

 

 「ぐぅうう、ああ、ああああ!!」

 

 何が起きたのか、一瞬分からなかったが痛みと共にすぐに理解する。

 

 自分は今撃たれたのだと。

 

 呻き声を上げ、撃たれた箇所を手で押さえながら、銃を用意して撃ち返そうとする。

 

 しかしすぐさま放たれた二発目の銃撃で弾かれ、立て続けに撃ち込まれた銃弾に肩を撃ち抜かれてしまう。

 

 倒れ込んだヘレンは相手を確認しようと視線を前に向けた。

 

 そこには―――

 

 「ずいぶんと無様な姿だな、女狐」

 

 「あ、お、お前は、く、クロード」

 

 銃を持った黒髪の男クロード・デュランダルが冷たい笑みを浮かべて立っていた。

 

 「な、何故、何故だ」

 

 別にヘレンはクロードの事を心の底から信頼していた訳ではない。

 

 むしろ信頼など欠片もしていなかったと言っていい。

 

 だから彼女が疑問に感じていたのは別の事である。

 

 「君が疑問に思うのも当然かもしれないが、わざわざ教えてやる義理もないのでね」

 

 そのままヘレンの眉間に銃口を向ける。

 

 「色々言いたい事はあるだろうが―――私からの餞だ。地獄で弟と仲良く暮らすのだな」

 

 「クロードォォ!!」

 

 叫びと共に引き金が引かれ、乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 外からの砲撃に揺れるメサイアの司令室。

 

 そこでマユはギルバート・デュランダルと対峙していた。

 

 彼と最初に出会ったのが、兄の治療の為にプラントに潜入した時。

 

 そして二度目はこの戦争の発端とも言える場所、『アーモリーワン』での会談の時だ。

 

 あの時はこんな事になるとは想像もしていなかった。

 

 「ようこそ、マユ・アスカ君。まさか君が来るとは思っていなかったよ」

 

 椅子から立ちあがったデュランダルの姿を黙って見つめていたマユは静かに呟く。

 

 「……まだ、続けますか?」

 

 その問いかけにデュランダルは躊躇う事無く頷いた。

 

 「無論だ。ようやくここまで来たというのに。世界は変わる、いや、変えるんだ」

 

 「何故、そこまでするんです? 仮にデスティニープランを施行しても、争いは無くなるどころか、激化していくだけです」

 

 「かもしれない。だが君も知っているだろう。人は容易くは変わらない。争い、憎み合い、殺し合う。それは可能性を示す者、君達『SEED』でさえも例外ではない」

 

 マユは意外なものを見る様に視線を向ける。

 

 テタルトスから広がった『SEED思想』と彼が掲げる『デスティニープラン』はある種対極に位置するものだ。

 

 それを彼が口にするとは思っていなかった。

 

 「かつて私の友も語っていた。『人はどこにも行けはしない。互いに憎み、殺し合うのみ』だとね。それも今の世界を見ていれば反論も難しい」

 

 語りながらゆっくりと歩き、丁度マユを見下ろす位置に来る。

 

 「そしてそんな今の人の先にある未来は決して良いものとは言えないだろう。かといって人はそうでない道を選ぶ事もしない。そう、誰もそんな道は選ばない、決してね」

 

 ゆっくりと懐から取り出した銃を突きつけてくる。

 

 「だからこそ私が変えねばならないのだよ」

 

 「それは貴方のエゴでしょう!」

 

 マユもまた持っていた銃を抜いた。

 

 「誰も選ばないと言ったけれど、選ばなかったのは、議長、貴方も同じです! 貴方は選択できたんです、月で! あそこで戦いを選ばず、皆と歩む道を選んでいたなら、世界は少しずつでも変わっていったかもしれないのに!! 結局貴方は自分の事しか考えていない!!」

 

 銃を構えて、睨み合う。

 

 引き金を指にかけ―――外から響く爆音と共に、銃声が鳴り響いた。


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