機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第3話   暗き道を辿って

 

 

 アーモリーワンで起こった新型機の強奪。

 

 奪われた新型であるカオス、ガイア、アビスはザフトの追撃を振り切りアーモリーワンから離脱に成功する。

 

 そして奪った新型に搭乗していたスティング達は母艦であるガーティ・ルーへと辿り着いた。

 

 この時点でほぼ作戦は成功と言える。

 

 しかしこれで終わりではない。

 

 ある意味でここからが本番であった。

 

 ここから追撃の手を伸ばしてくる相手から逃げ延びて、初めて作戦は無事成功で終わるのだ。

 

 離脱準備に入ろうしているガーティ・ルーに接近しているのは三機のモビルスーツ。

 

 その内の二機は奪い取った機体とよく似た造形の機体であった。

 

 それをプラントの陰から見ていたネオとスウェンはすぐにスティング達が手こずっていた理由を看破する。

 

 「なるほど。これは私のミスか」

 

 「……例の三機だけではなかったという事ですね」

 

 「予定外ではあるが、丁度良い。このまま奪取するか、破壊する」

 

 「了解」

 

 エグザスとストライクEがプラントの陰から飛び出すと母艦に迫るザフトの三機に突進、攻撃を開始しようと武器を構える。

 

 だがその時、ネオの全身に何かが駆け巡った。

 

 「……なんだ?」

 

 リニアガンで敵機の陣形を崩しながら三機のモビルスーツを注視する。

 

 「……どの機体だ?」

 

 この感覚に従ってその元を探し出す。

 

 ネオの感覚が告げたのは白い一つ目の機体ザクファントムだった。

 

 「あの機体か……スウェン、白い一つ目に注意しろ」

 

 「……了解」

 

 突然とも言える忠告にスウェンは特に異論を挟まなかった。

 

 ネオは時に以上ともいえる勘の鋭さを発揮する時がある。

 

 部隊に配属された当初こそ面食らったものだが、その勘は馬鹿に出来ない。

 

 だから今回もその勘が働いたのだろうと判断したスウェンはネオを援護する為、ビームライフルで敵機の動きを誘導していく。

 

 その攻撃に晒されたシン達も即座に応戦の構えを取った。

 

 「こいつら!」

 

 突撃してきたモビルアーマーの攻撃を飛び退いて回避するとビームライフルを構えて反撃する。

 

 だが正直なところシンは敵を所詮はモビルアーマーであると甘く見ていた。

 

 目的はあくまでも奪われた機体であり、こんな雑魚に構っている暇はないのだと。

 

 モビルアーマーといえばモビルスーツが普及し始めた現在において、すでに前時代の兵器である。

 

 それがザフトで大半の、少なくともシンの認識であった。

 

 しかしその認識はすぐに撃ち砕かれることになる。

 

 シンの放った一撃をエグザスは容易く回避すると機体側面にある砲台が外側に向けて弾け飛んだ。

 

 「な、なんだ!?」

 

 砲台が巧みに操られ、インパルス目掛けて四方からビームを叩きこんでくる。

 

 「くっ!」

 

 コーディネイター故の反応速度で正面からのビームを受け止めるものの、背後、左右からの攻撃に対応しきれず、回避したビームが一射が脚部に傷を刻んでいく。

 

 「シン!!」

 

 避け切れなかったビームの射線上に割り込んだセリスのセイバーがシールドを掲げて受け止めた。

 

 「セリス!?」

 

 そんなセイバーの援護も見透かしたようにエグザスは背後から攻撃を加えてくる。

 

 だがその攻撃を今度はザクが割り込んでシールドで弾いた。

 

 「シン、下がるんだ! こいつは……こいつは普通じゃない!!」

 

 レイはビーム突撃銃を放ちながらエグザスに肉薄する。

 

 だが放ったビームは敵機を貫く事無く空間を薙ぎ、逆に別方向からのビームに襲われた。

 

 「くっ」

 

 再びレイの全身を不可思議な感覚が駆け巡る。

 

 スラスターを使って背後からの攻撃を避け切るとすれ違いざまにビームを撃ち込んだ。

 

 「レイ!」

 

 「シン、下がって!」

 

 戦闘を開始したレイの援護の為に割って入ろうとしたシン達。

 

 しかし今度はスウェンのストライクEがビームライフルショーティーを構えインパルスとセイバーに連続で撃ち込んでくる。

 

 「くっ、この!」

 

 ストライクEが連続で撃ち込んで来たビームをインパルスとセイバーは左右に飛んで回避する。

 

 接近してくる敵機にシンはライフルからビームサーベルに持ち替えて斬り込んだ。

 

 だが袈裟懸けに振るわれた斬撃をスウェンはあえて懐に飛び込む事で避けると、スラスターを吹かしてインパルスを突き飛ばした。

 

 「……甘いな」

 

 「ぐあああ!」

 

 スウェンは動きを止めたインパルスにビームライフルショーティーで狙いをつける。

 

 しかしそれを阻止する為に横からセイバーがストライクEを攻撃してきた。

 

 「シンはやらせない!」

 

 正確な射撃でこちらを狙ってくるセイバーの動きに合わせスウェンもまたビームを撃ち込んだ。

 

 セリスはそれをやり過ごし肩に装備されたビームサーベルでストライクEを斬りつける。

 

 「こいつ、動きが違う」

 

 ストライクに似た機体のパイロットは動きを見ても実戦慣れをしていない新兵だろう。

 

 だがこの赤い機体は明らかに違った。

 

 「ザフトのエースか……」

 

 改めてスウェンは気を引き締めビームライフルショーティーを構え直す。

 

 敵はエース級。

 

 今までの認識を切り替えると即座に攻撃を開始する。

 

 「この敵、強い!」

 

 セリスもまたストライクEのパイロットであるスウェンが手強い相手であると認識した。

 

 油断せず、互いにライフルを撃ち込みながら高速ですれ違う。

 

 「セリス!」

 

 シンもセイバーを援護する為、ビームサーベルで攻撃を仕掛けようとするが、またもや予想外の攻撃に晒されることになった。

 

 レイと戦っている筈のエグザスから放たれたビームが背後から襲ってきたのだ。

 

 「くそ!! アイツ、レイと戦いながら俺にも攻撃を!?」

 

 降り注ぐ閃光にシンは後退しながらシールドで防いでいく。

 

 「アレはどうにでもなるか」

 

 防戦一方のインパルスを片手間に相手をしながらネオはザクファントムを観察する。

 

 敵の動きや殺気のようなものが伝わって敵機からの攻撃は十分に回避できる。

 

 しかしだから一方的に有利という訳ではない。

 

 相手も同じなのか的確に攻撃を回避してくる。

 

 「問題はこの白い奴か」

 

 「何だこいつは!?」

 

 レイは馴染みのない感覚に戸惑いながら四方から襲いかかるガンバレルを回避。

 

 小刻みに操縦桿を動かしながら奇妙な敵機にビーム突撃銃を撃ち込んだ。

 

 「厄介な」

 

 ネオはレイほど戸惑う事はなかったが、苛立たしげに呟いた。

 

 感覚に従って相手の動きに合わせ攻撃を加えていくが相手もこちらの動きを読み、背後を突かせたガンバレルを撃ち落としていく。

 

 この感覚は―――

 

 「……そういう事か」

 

 レイのザクファントムを凝視しながら納得したように頷く。

 

 「あの男の……負の遺産だな」

 

 ネオは忌々しい事を思い出したのか、操縦桿を強く握り締めて吐き捨てるとため息をつく。

 

 その時だった。

 

 アーモリ―ワンの下部分が展開され、そこから出てくる艦を確認した。

 

 それは当然ネオ達だけでなく、戦っていたシン達も気がついた。

 

 「ミネルバ!?」

 

 ザフトの新造戦艦ミネルバが宇宙に飛び出し、ガーティ・ル―に接近していく。

 

 これ以上の戦闘は厳しいと判断したネオは即座に決断した。

 

 「スウェン、撤退するぞ」

 

 「了解」

 

 エグザスとストライクEは相手をしていた敵機を振り払うとお互いをカバーしながら後退する。

 

 「逃がすかよ!」

 

 「シン、追っては駄目! 冷静になって!」

 

 「ッ!?」

 

 制止するセリスの声にシンは苛立ちを抑えながらも機体を止めた。

 

 気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をして冷静に思考する。

 

 そして気が付けばコックピットには警戒音が鳴り響き、インパルスのパワーが危険域に入っている事に気がついた。

 

 あのまま追撃しても返り討ちだ。

 

 敵に対する怒りや憤りは消えなかったがこれ以上セリスに心配はさせられない。

 

 「ありがと、セリス。もう大丈夫だ」

 

 「うん、ミネルバに戻りましょう」

 

 「ああ」

 

 インパルスとセイバーはレイのザクファントムを合流するとミネルバに向って移動していった。

 

 

 

 

 その頃、宇宙へと飛び出したミネルバでは、動き出そうとしている敵戦艦に攻撃を開始しようとしていた。

 

 「不明艦を今後『ボギーワン』と呼称する! アーサー、何やってるの! 早く席に座りなさい!」

 

 「あ、は、はい!」

 

 飛んだ叱責に戦況を呆然と見ていたアーサーは急いで自分の席に着くとタリアはすぐに指示を飛ばし始めた。

 

 「ボギーワンを撃つ! ブリッジ遮蔽、アンチビーム爆雷発射用意」

 

 新造戦艦であるミネルバは今までのザフト艦には無い新システムを多数採用されている。

 

 CICと一体化されている戦闘ブリッジもその一つだった。

 

 ブリッジが下降してCICに移行するとアーサーが声を上げる。

 

 「ランチャーエイト、一番から四番ナイトハルト装填! トリスタン一番、二番、イゾルデ起動! 照準『ボギーワン』!」

 

 ミネルバに装備されている武装が動き、砲身がせり上がる。

 

 準備が完了した事を確認したタリアが再び声を上げようとした時、後ろからその様子を見ていたデュランダルが口を挟んできた。

 

 「彼らを助ける方が先じゃないのか、艦長?」

 

 タリアは思わず顔を顰めそうになるのを必死で堪えた。

 

 これがデュランダルを乗せたくなかった最大の理由である。

 

 戦闘中に素人からいちいち口出しされるのは邪魔でしかない。

 

 うんざりしながらデュランダルに返答しようと振り返るが、そこに思わぬ所から助け船が出た。

 

 「……議長、グラディス艦長の判断は正しい。今の状況では母艦を撃ち、敵を引き離す方が早い。我々が口を挟むのは指揮系統の混乱を招きますから、ここは艦長に任せましょう」

 

 「そうか、分かった」

 

 アレンの回答に頷いたデュランダルはそのまま口を挟む事無く黙って正面に向き直った。

 

 正直な話、彼も口出ししてくると思っていただけに意外な対応だった。

 

 何であれデュランダルを諌めてくれたのはありがたい。

 

 彼に対する印象を改めながら、タリアは指示を飛ばした。

 

 「攻撃開始!」

 

 「ナイトハルト、撃て!!」

 

 アーサーの声が響くと同時にミネルバからミサイルが次々と発射され、ガーティ・ルー目掛けて撃ち込まれた。

 

 降り注ぐミサイルの姿にガーティ・ルーを任されたイアンは躊躇う事無く声を上げる。

 

 「迎撃!」

 

 ガーティ・ルーの艦底から近づいてくるミサイルをイーゲルシュテルンで撃ち落とすが、接近を許していた為に爆発の震動が艦を激しく揺らした。

 

 さらにこちらのエンジンを狙って次々と砲撃が撃ち込まれてくる。

 

 ここらが潮時だろう。

 

 いくら作戦が上手くいっても、撃沈されては意味がない。

 

 「エグザス、ストライクE、着艦!」

 

 「よし、離脱する!」

 

 ガーティ・ルーはエンジンを噴射すると一気にこの宙域からの離脱を図ろうとする。

 

 だがそれを黙って見逃すミネルバではない。

 

 「ボギーワン、離脱していきます!」

 

 「インパルス、セイバー、ザクは?」

 

 「現在収容中です」

 

 「急がせて! このまま一気にボギーワンを撃つ!」

 

 ここで逃がす訳にはいかない。

 

 たとえ奪われた三機を破壊する事になったとしても。

 

 ミネルバの攻撃は止む事無くガーティ・ルーに叩き込まれていく。

 

 対応に追われるガーティ・ルーのブリッジにネオとスウェンが戻ってきた。

 

 「大佐」

 

 「遅くなった」

 

 「敵艦、尚も接近中です」

 

 撃ち込まれるミサイルを迎撃するたびに大きく艦が揺れるが、そんな中でもネオは冷静に声を上げた。

 

 「両舷推進予備タンクをアームごと分離、爆破。その隙に機関最大、急速離脱する」

 

 「り、了解」

 

 敵の足を止め、離脱を図るには有効な作戦だろう。

 

 ガーティ・ルーの両舷にある推進予備タンクが切り離される。

 

 「ボギーワンより船体の一部が分離!」

 

 なんだ?

 

 離脱するために船体を軽くした?

 

 いや、あれはまさか―――

 

 タリアが思考し正しい回答を得る数瞬前、背後から微かにアレンの声が聞こえた。

 

 「……なるほど」

 

 その声に振り向く前にタリアも正解に辿り着いた。

 

 だが思考していた一瞬の隙、それこそが致命的であった。

 

 「撃ち方待て! 面舵―――」

 

 タリアの指示は間に合う事無く、切り離された推進予備タンクがミネルバの眼前で大きな爆発を引き起こした。

 

 凄まじい震動が船体を襲い、同時に眩い閃光が視界を塞ぐ。

 

 「きゃあああ!」

 

 「わあああ!」

 

 メイリンの悲鳴とアーサーの叫びがブリッジに響き渡る。

 

 しかしタリアはしてやられた事を歯噛みしながらも冷静に指示を飛ばした。

 

 「CIWS起動! アンチビーム爆雷発射! 次は撃ってくるわよ!」

 

 だが、その予想は外れた。

 

 一向に反撃は訪れず爆煙から脱したミネルバが見たのは戦域から離脱していくガーティ・ルーの姿であった。

 

 こんな手で離脱するとは。

 

 完全に向うの方が一枚上手だったという事だ。

 

 デュランダルに追撃を進言しようと振り返ると、あの震動の中でも声一つ上げずにいる者が先に視界に入った。

 

 あの声はアレンのものだった。

 

 彼は最後に行ったボギーワンの目的に気がついていたのだろうか?

 

 だとすれば流石は特務隊といったところだろう。

 

 これからの事を考えれば彼がミネルバに乗り込んでいるのは幸運かもしれない。

 

 見ればメイリンにもあの声が聞こえていたらしく、驚いた様子でアレンを見ていた。

 

 デュランダルに声を掛けようとした時、レイがブリッジに飛び込んできた。

 

 「議長、アレン!?」

 

 流石にデュランダルが乗りこんでいるとは思っていなかったのだろう。

 

 しかし今はそんな事は後回しだ。

 

 このまま逃がせばそのツケは間違いなく自分達で払う事になる。

 

 「議長、今から下船していただく事は出来ませんが、私はこのままあの艦を追うべきだと考えていますが」

 

 「私の事は気にしないでくれ、艦長。この火種、放置すればどれほどの大火になって戻ってくるかと考えれば優先すべき事柄は決まっている。あれら機体の奪還及び破壊は最優先責務だよ」

 

 「ありがとうございます。トレースは?」

 

 「追えます!」

 

 緊張感を保ったまま全員表情を引き締める。

 

 「本艦はこれよりボギーワンの追撃戦を開始する!」

 

 アーサーが艦内に伝達するとタリアは警戒レベルを下げ、ブリッジの遮蔽を解除した。

 

 ミネルバは高速艦であるが敵艦もかなり速いらしく、追いつくにしても時間がかかるだろう。

 

 そこで今まで黙って議長の横に座っていた秘書官ヘレン・ラウニスが声を出した。

 

 「議長は部屋でお休みください。この現状すぐにどうという事にはならない筈ですから」

 

 「ああ。ありがとう、ヘレン」

 

 「ご案内します」

 

 レイに先導され部屋を出ようとした時、通信が入ってきた。

 

 モニターに映ったのはスラスターを損傷して帰還していたルナマリアだ。

 

 しかし彼女は非常に困惑したような表情でこちらを見ている。

 

 「どうしたの?」

 

 《申し訳ありません。戦闘中だった事もあり報告が遅れてしまいました。本艦発進時に格納庫にてザクに搭乗していた民間人二名を発見、拘束しました》

 

 民間人がザクに搭乗していた?

 

 機体を奪う事が目的?

 

 ボギーワンの関係者?

 

 一瞬だけ過った考えを即座に捨てる。

 

 それならばわざわざミネルバに乗り込んでくる必要はないのだから。

 

 《その者は中立同盟スカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトとその護衛役を名乗り、デュランダル議長との面会を希望しています》

 

 「は?」

 

 声が出ない。完全に絶句してしまった。

 

 これからボギーワン追撃もあるというのになんでこう厄介な事ばかり起こるのか。

 

 立て続けに起きる事態にタリアの心労は増えていく一方だった。

 

 

 

 

 どうにかミネルバから逃れたガーティ・ルーの格納庫では早速奪った機体の解析が行われていた。

 

 流石はザフトの最新機といったところだ。

 

 解析にあたった者たちは次々に驚嘆の声を上げている。

 

 そんな中でスウェンはモニター越しに眠る者達の顔を眺めていた。

 

 ベットの上で眠っているのはスティング、ステラ、アウルの三人である。

 

 彼らは現在特殊なベットに寝かされ精神を安定させる調整を受けていた。

 

 戦闘の度にこんな処置が必要になる兵士などイアンが渋い顔をするのも分かる。

 

 見ているだけのスウェンが言っても説得力も無いだろうがこんな光景は気分は良くない。

 

 どうやらそれは隣に立つネオも同様らしく若干嫌悪感がにじみ出ていた。

 

 「……彼らの『最適化』は概ね問題ないようですね」

 

 「ああ。ただアウルがステラにブロックワードを使ってしまったようだ。それが少し厄介らしい」

 

 彼らにはブロックワードと呼ばれる特殊な暗示が施されている。

 

 それぞれ違う言葉であるがこれを聞くだけで彼らは一種の恐慌状態に陥ってしまう。

 

 前大戦で投入された生体CPUは命令も聞かず暴走する事も多かった。

 

 この反省から現在のエクステンデットはブロックワードでそれを抑え、彼らを制御しようということらしい。

 

 「……色々思う事はあるだろうが」

 

 「分かっています。それよりザフトの追撃は―――」

 

 「あると想定して動く。予定通りに」

 

 「了解」

 

 このままザフトが見逃してくれるなどと考えるほど二人は楽観もしていなければ甘く見てもいなかった。

 

 

 

 

 案内されたミネルバの一室で、アイラとマユはようやくデュランダルと面会を果たしていた。

 

 後ろには艦長であるタリアと秘書官ヘレンが立ち、その席でデュランダルは沈痛な面持ちで頭を下げた。

 

 「本当に申し訳ない。王女までこんな事態に巻き込んでしまうとは。ですがどうかご理解いただきたい」

 

 「お気になさらずに……議長にとっても今回の事は不測の事態であったでしょうから。それにこのまま見過ごす事は出来ないというのも当然の事であると分かっています」

 

 仮に立場が逆であったならアイラはデュランダルと同じ選択をした筈だ。

 

 だからこそ彼を責める気など初めからなかった。

 

 「ありがとうございます。王女ならそう言っていただけると信じておりました」

 

 「あの部隊について何か分かった事は?」

 

 「今はまだ何も。船体に何を示すようなものをありませんでしたから。しかしだからこそ今回の事態を一刻も早く終わらせなくてはなりません」

 

 「ええ、もちろんです」

 

 あえてデュランダルは明言を避けていたが心当たりくらいはあるだろう。

 

 敵部隊が使っていたモビルスーツがダガー系であり、ストライクの姿も確認されている。

 

 さらにミラージュ・コロイドに加えあれほどの火器を揃えた戦艦となれば単純にテロリストであるとは考え辛い。

 

 話を聞いていただけのマユですら、すでにその結論に至っている。

 

 胸の中に湧きあがる感情を抑える為、軽く頭を横に振り顔を上げると、デュランダルとサングラス越しで目が合った。

 

 まただ。

 

 アーモリーワンでもそうだが彼は自分の事を見ていた。

 

 何かを観察するかの様に。

 

 その視線によって言い知れぬ不審感が膨らんでいく。

 

 そんなマユを尻目にデュランダルは立ち上がると笑顔でとんでもない事を口にした。

 

 「どうでしょう。時間のある内に艦内を見て回られては」

 

 「議長!?」

 

 艦長であるタリアが慌ててデュランダルを見た。

 

 しかし慌てたのは彼女だけではなく、マユ達もである。

 

 ミネルバにはザフトの最新技術が多く使用されて造られた最新鋭の艦であり、いわば機密の塊である。

 

 それを他国の人間に見せるなどあり得ない。

 

 だがデュランダルは気にした素振りもなく笑顔のままだ。

 

 「一時的とはいえ命を預けて頂く事になるのですから。この艦の事を知っていただくのは当然でしょう。それが盟友としての我が国が見せる誠意です」

 

 そう言われてしまえばタリアに反論する事は出来ない。

 

 「……ではご案内します。こちらへ」

 

 ヘレンの先導に従って全員が部屋から出るとミネルバ艦内を歩き始めた。

 

 

 

 

 ミネルバの格納庫では急ピッチで機体の整備が行われていた。

 

 戦闘は終わっていない。

 

 『ボギーワン』を追撃する以上必ず戦闘は起こる。

 

 だからこそ万全な状態にしておかねばならない。

 

 「作業、急げよ!!」

 

 整備班長の怒声が響きわたる中でシンはルナマリアを捕まえて話を聞いていた。

 

 内容はあのザクの事。

 

 単純にあの機体に乗っていたパイロットの事が知りたかったのだが、返ってきた答えは予想すらしていないものであった。

 

 「中立同盟!?」

 

 「そう、アイラ・アルムフェルト。驚いちゃった」

 

 シンにとって中立同盟の名は複雑な気分にさせるものなのだが、ルナマリアは気にした様子もなく話を続けていく。

 

 「でもさ、一番驚いたのはザクに乗ってたパイロットだよ」

 

 「パイロット?」

 

 「そう。私達と同い年か年下の女の子だったの! 顔はサングラスで見えなかったけどかなり美人だったわよ」

 

 「えっ」

 

 あれだけの技量をもったパイロットが年下かもしれない?

 

 シンの中に言いようのない憤りが湧いてくる。

 

 もちろんパイロットとしての矜持が傷ついたというのもある。

 

 しかしそれ以上に年下の女の子というのが引っ掛かった。

 

 当然ではあるがザフトにも自分より年下の女性はいる。

 

 口には出さないものの、シンはそれを良しとは思っていなかった。

 

 彼が思い出すのは決して忘れられない少女の事―――脳裏に再び過去の情景が思い起こされようとした時、

 

 「シン!」

 

 後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 振り返るとセリスが腰に手を当て非常に不満そうな顔で立っている。

 

 「えっと、どうかした?」

 

 「私、凄く怒ってるんだけど!」

 

 それは見れば分かる。

 

 顔立ちの為か全く迫力はない訳だが、怒らせたままなのは心情的にも良くない。

 

 恐る恐るセリスに声を掛けた。

 

 「えっと、なんでそんなに怒ってるんだ?」

 

 「当たり前でしょう! 何であんな無茶したの!」

 

 それでようやく分かった。

 

 どうやら前の戦闘で無茶な追撃した事を怒っているらしい。

 

 「演習じゃないんだよ! 何かあったらどうするつもり!」

 

 「ご、ごめん」

 

 シンは素直に謝ることにした。

 

 これが上から目線の教官とかなら苛立って反発したかもしれない。

 

 でもセリス相手にそんな事はない。

 

 むしろ心配させてしまったのが申し訳なかった。

 

 「……心配させないで」

 

 悲しそうな表情のセリスを見てシンの胸が痛む。

 

 こんな顔をさせたくないのに―――

 

 「本当にごめん」

 

 そのまま二人は見つめ合った。

 

 場所が場所ならセリスを慰めようと抱きしめていたかもしれない。

 

 そんな自分達だけの空間を生み出すシン達にルナマリアがうんざりした顔でため息をついた。

 

 「あ~はいはい。ごちそうさま。そういうのは誰もいない場所でやってくれない?」

 

 「「えっ」」

 

 そこでようやくここが格納庫である事を思い出した二人は顔を赤くして俯いてしまった。

 

 この二人はアカデミーにいた頃からこうなのだ。

 

 「見てたの、ルナ?」

 

 「当たり前でしょ。全く!」

 

 「居るなら居るって言ってよね、恥ずかしいなぁ」

 

 「初めから居たわよ!!」

 

 冗談抜きで一回殴ってやりたい。

 

 ルナマリアはそんな事を考えながら、呆れ半分でシン達を見ていると格納庫の一画が大きくざわついた。

 

 何かと思って視線を向けるとデュランダルと三人の女性が歩いていた。

 

 一人は議長付きの秘書官のようだが、後ろを歩く二人は先程まで話題に上っていた人物だった。

 

 「あれって、同盟の」

 

 「そうよってどうしたのセリス?」

 

 セリスは額に手を当てて考え込むように俯いていた。

 

 良く見れば顔色も良くない。

 

 「う、うん。何か―――やっぱり気のせいかな」

 

 「ハァ? ちょっと大丈夫?」

 

 「なんでもない。それより、シンは大丈夫?」

 

 セリスはある程度シンの過去を知っている。

 

 同盟に対する複雑な感情の事もだ。

 

 だからこそ何か騒ぎを起こさないか心配だったのだが、セリスが振り返った時、シンは意外にも冷静であった。

 

 いや、どこか様子が変である。

 

 彼は何かを呆然と見ていたのだ。

 

 「あれは……」

 

 「シン?」

 

 シンが見ていたのはデュランダルでもなければアイラでもない。

 

 後ろに立つサングラスを掛けた少女。

 

 どこかで見た事がある。

 

 誰かに似ている。

 

 最後に見たあの少女の顔を―――再び過去の情景が浮かぶと同時に頭にノイズが走った。

 

 「ぐっ」

 

 「どうしたの!?」

 

 「い、いや、何でもない。……部屋に戻ってる」

 

 片手を頭に置きながらシンは格納庫から出ていく。

 

 「シン!」

 

 心配そうな顔でセリスもまたシンの後を追っていった。

 

 その後ろ姿をアイラと共に歩いていたマユもまた目撃していた。

 

 とはいえ格納庫から出ていく後姿である為、自分の知っている人物と同じとははっきり言えない。

 

 しかし、まさか―――

 

 「どうかしたかな?」

 

 覗き込むようにマユの顔を見つめるデュランダルの問いかけに我に返る。

 

 今は考えるのを止めよう。

 

 「いえ、何でもありません」

 

 「そうか。では説明を続けよう」

 

 デュランダルの説明を聞きながらマユは警護に専念する。

 

 あえて何も考えないようにして―――

 

 

 

 

 ミネルバとガーティ・ルーの再戦が間近に迫っていた頃、テタルトス武力の象徴ともいえる巨大戦艦『アポカリプス』にはエターナルが接舷していた。

 

 アポカリプスは前大戦末期からテタルトスの前身ともいうべきブランデル派が建造していた戦艦であり『宇宙の守護者』と呼ばれるエドガー・ブランデルが用意したのものだ。

 

 その火力と大きさにより敵軍には畏怖の対象であり、テタルトスにおける武の象徴である。

 

 そんな巨大戦艦の司令室の前にバルトフェルドとセレネは立っていた。

 

 「アンドリュー・バルトフェルド中佐、セレネ・ディノ少尉、入ります」

 

 テタルトス軍は地球軍と同じく階級制が導入されている。

 

 プラント出身者からは戸惑う声も上がったものの、地球軍から参加した者達も多くいた事や軍内部を素早く統率する必要があった為に導入される事になったのである。

 

 二人が入った司令室にはテタルトス軍最高責任者であるエドガーが待っていた。

 

 「お呼びでしょうか」

 

 「ああ。実は例の調査を行っているわが軍の近くに所属不明の戦艦が接近しているという報告が来た。君達にはその支援に向かってもらいたい」

 

 「支援ですか?」

 

 調査部隊の指揮を執っているのは彼だ。

 

 支援が必要とはとても思えないが。

 

 「……二人はアーモリーワンでの事件については聞いているか?」

 

 「はい」

 

 アーモリーワンで起こったザフトの新型機強奪はすでに二人の耳にも入っていた。

 

 今回の事は間違いなく世界に何かしらの影響を与える事になるだろう。

 

 報告によればダガー系のモビルスーツも使用されていたらしく、テタルトスにも疑いの目があるとか。

 

 元々プラントとの関係は非常に悪いため、疑われるのも無理はない。

 

 しかしいきなり開戦というのも不味い。

 

 そのため御偉方はずいぶん頭を痛めているらしい。

 

 「……まさか接近している不明艦というのは」

 

 「おそらくザフトから新型機を強奪した部隊だろう。追って来たと思われるザフト艦も確認している」

 

 その強奪部隊がテタルトスの部隊であるとザフトに誤解されれば開戦のきっかけになりかねない。

 

 こちらの言い分など聞きもしないだろうし、遭遇戦で貴重な兵力を失うのも避けたい。

 

 さらに言うならばザフトの新型がどれほどのものかを見極める機会でもあるという事だ。

 

 「了解しました!」

 

 「頼むぞ」

 

 「ハッ!」

 

 バルトフェルドとセレネは敬礼すると司令室から退室する。

 

 「分かっていた事ではある。再び大きな戦いが始まるか」

 

 エドガーの呟きはこの先の世界の未来を暗示しているかの様に確信に満ちていた。


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