機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第59話  反撃の一手

 

 

 

 

 

 

 

 それはいつか見た光だった。

 

 暗闇の宇宙を照らし、命を消し去る死の閃光は一度見れば誰でも忘れないであろう。

 

 それだけマユの下方を通過した強烈なまでの一射は脳裏に焼きついた光景だったのだ。

 

 「あれは……ジェネシスの!?」

 

 『ジェネシス』はヤキンドゥーエ戦役、最終決戦に投入された核エネルギーを使用した巨大ガンマ線レーザー砲である。

 

 すべての命を薙ぎ払う、悪魔の兵器。

 

 まさかアレを再びザフトが使うなんて―――

 

 ジェネシスの光に巻き込まれ、コロニーと共に同盟軍の部隊が薙ぎ払われていく。

 

 その光景はまさに前大戦の再現だった。

 

 怒りと憤りで操縦桿を握るマユの手に力が入る。

 

 陣形は崩され傷ついた艦隊も多く、立て直しに時間が掛かるだろう。

 

 その前にもう一撃食らったら終わりだ。

 

 「なら、ジェネシスを破壊しないと―――」

 

 そこに警戒音が響き渡る。

 

 「どこを見ている!!」

 

 懐に飛び込んできたメフィストフェレスがビームサーベルで斬りかかってきた。

 

 上段から振り下ろされた一撃を盾を構えて受け止める。

 

 「どうした、ネオジェネシスを見て前大戦の事でも思い出したのか?」

 

 「くっ、貴方は!!」

 

 連続で叩きつけられる光刃が弾ける度に火花が散り、鋭い攻撃にマユは後退を余儀なくされてしまう。

 

 「……何とも思わないんですか? 再びジェネシスが使われて―――」

 

 「くだらんな。貴様といい、アストといい、相変わらず反吐が出る! 以前も言った筈だ、ゴミ共の事などどうでも良いとな!!」

 

 嘲るような叫びと共に振るわれる怒涛の連撃を捌きつつ、歯噛みする。

 

 「貴方という人は!!」

 

 マユはこの男を知っている。

 

 他者を見下し、仲間でさえ平気切り捨てる奴であると。

 

 それでもこうして言葉を交わすと改めて理解する。

 

 この男はここで絶対に倒さなくてはならない。

 

 シオンアストの過去のような出来事を何度でも繰り返し、悲劇を引き起こしていくだろう。

 

 「絶対させません! 貴方をアストさんの所へは行かせない!!」

 

 コックピットに向けて繰り出された突きを回避すると、負けじと斬艦刀を横薙ぎに払う。

 

 刃がメフィストフェレスの装甲を掠め、バランスを崩した所にすかさず蹴りを入れる。

 

 「チッ」

 

 シオンは腕を振り上げて蹴りを受け止めると忌々しげに吐き捨てる。

 

 「そんなにあんな奴が愛しいか? 理解できんな。―――しかしお前の目の前で奴を八つ裂きにしてやるのも一興か」

 

 その一言がさらにマユの怒りを煽る。

 

 「させないと言っています!!」

 

 マユのSEEDが弾ける。

 

 

 『C.S.system activation』

 

 

 システム作動と共にトワイライトフリーダムの装甲が解放され、光が放出される。

 

 同時に凄まじい速度でメフィストフェレスに肉薄すると、シンフォニアを叩きつけた。

 

 「はあああ!!!」

 

 怒声と共に浴びせた一太刀がメフィストフェレスの左肩部を大きく抉った。

 

 さらに即座に放ったレール砲が胴体に直撃すると衝撃と共に敵機を大きく吹き飛ばす。

 

 叩きつけられる猛連撃。

 

 マユの動きについていけず、シオンは防戦へと自然に追い込まれていく。

 

 しかしそんな衝撃の中でもシオンの表情は崩れない。

 

 むしろこれを待っていたと言わんばかりに、ニヤリと口元を歪めていた。

 

 「そうだ、それでいい」

 

 不甲斐無いこいつを倒して何の意味があろうか。

 

 繰り出されるすべてを叩きつぶして、絶望のもと息の根を止める。

 

 それでこそ屈辱すべてが晴らせるというもの。

 

 「それでこそ、殺しがいがある!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 シオンの殺意に反応し、I.S.システムが作動。

 

 SEEDが発動したのと同じく感覚が鋭く研ぎ澄まされる。

 

 先程まで一方的にやられていたフリーダムの攻撃を捌き、不意を突く形で放ったルキフグスで動きを止める。

 

 同時に懐に飛び込むとビームサーベルを横薙ぎに振るって左のエレヴァート・レール砲を破壊した。

 

 「見える」

 

 先程までは一方的にやられるだけで、反応できなかったフリーダムの動きに対応できる。

 

 「貴方だけは!!」

 

 「死ねぇ、マユ・アスカァァ!!」

 

 互いの刃が迸り、綺麗な軌跡を描きながら相手を斬り裂かんと繰り返される激しい応酬。

 

 かたや白い悪魔を目掛け、かたや翻る蒼き翼を追って。

 

 光刃を振るう二機のガンダムが高速でメサイアの方へ移動しながら、攻防を行っていく。

 

 「マユ!!」

 

 離れていくマユを追うため、シンもまたメサイア方面に機体を向けた。

 

 しかし、僚機であるシグーディバイドがそれをさせない。

 

 「くそ!」

 

 このままではトワイライトフリーダムと完全に引き離されてしまう。

 

 奴と二人にするのは危険すぎる。

 

 シオンを倒さなくてはならないと判断したのはマユだけではなかった。

 

 話は聞いていたが、ここまで危険を感じさせられるとは思わなかった。

 

 彼から感じ取った底冷えするような憎悪は決して甘く見て良いものではない。

 

 「どけェェ!!!!」

 

 マユがあのシステムの使用を決断したという事はそれだけ奴を倒すという覚悟の現れだ。

 

 C.S.システムはパイロットや機体に掛かる負荷が大きく、連続使用できない。

 

 そして今までのデータから一度の戦闘で使用できる回数も二回までと制限が設けられていた。

 

 それ以上の使用は整備と調整が必要になり、無理に使えば機体の方がオーバーロードしてしまう可能性が高くなる。

 

 だからシステム変更により任意にシステムを作動できるように調整が加えられていた。

 

 まさに切り札である。

 

 シンは今まで以上に加速しながら敵機に迫る。

 

 「でやあああああ!!!」

 

 「なっ!?」

 

 光学残像を伴い斬り込んで来たリヴォルトデスティニーの一撃にシグーディバイドのパイロットは目を見開いた。

 

 I.S.システムが発動していなければ、動きの影すら捉える事が出来なかっただろう。

 

 「くっ、速―――」

 

 横薙ぎに払った一撃に腕を容易く切断され、コックピットに突き立てられたコールブランドによってパイロットはあっけなく絶命した。

 

 「これで一つ!!」

 

 残りは二機。

 

 コックピットを潰した敵機を残りの二機に向けて投げつけ、ビームライフルで撃ち抜いた。

 

 破壊されたシグーディバイドが爆散に紛れ、一気に距離を詰めるとビームサーベルを一閃する。

 

 振るわれた光刃が頭部を斬り飛ばし、すれ違いざまに放ったライフルの一射が容赦なくシグーディバイドを一蹴する。

 

 「そ、そんな……」

 

 残ったラナシリーズのパイロットは目の前の現実に呆然とするしかない。

 

 「くそ!!」

 

 湧きあがる恐怖を押さえ込みどうにかライフルを構えようとするが次の瞬間、思いも依らない攻撃に晒される。

 

 「ドラグーン!?」

 

 シグーディバイドに襲いかかったのは、金色に輝く砲塔だった。

 

 四方から浴びせられる砲撃を強化された反応でどうにか回避に成功する。

 

 しかし飛び込んできたアカツキが持つ双刀型ビームサーベルに左翼を斬り飛ばされてしまう。

 

 「この、悪趣味なモビルスーツなんかに!!」

 

 バランスを崩しながらもビームランチャーを放った。

 

 目標はあくまでもデスティニー型のモビルスーツ。

 

 こんな奴ではない。

 

 だが、敵機に直撃したビームは反射されシグーディバイドに向けて跳ね返ってきた。

 

 「なっ、反射された!?」

 

 あまりに予想外の事に反応が遅れてしまう。

 

 ビームがシグーディバイドの腕を消し飛ばし、大きく態勢が崩されてしまった。

 

 「ば、馬鹿な―――」

 

 彼女が最後に見たのはビームサーベルを振り上げた敵機の姿だった。

 

 最後の敵機から突き刺さったサーベルを払い、破壊を確認したシンはハァと息を吐く。

 

 「無事か、坊主!」

 

 アカツキからムウの気遣う声が聞こえてくる。

 

 「はい、俺は大丈夫です。それより、状況は?」

 

 アポカリプス、そしてメサイアから放たれた一撃でかなりの害が出ている筈。

 

 アスト達ならば無事だと思うが―――

 

 「ああ、こっちも手酷い被害を受けたが、今はアークエンジェルが残った戦力を纏めてる」

 

 どうやらアークエンジェルは無事だったようだ。

 

 「それから後方で情報を集めている部隊から連絡が入ってきた。とりあえず、各コロニーはすべて排除出来たらしい」

 

 同盟だけでなく、地球軍の方も上手くやったようだ。

 

 核を使わずに済んだ事にホッとする。

 

 結構な被害は出たが、コロニーの脅威はなくなった。

 

 なら後はあの巨大戦艦と要塞の方へ集中できる。

 

 「オーディン隊は敵を排除しつつ、こっちに向かってるそうだ」

 

 「アレン達は?」

 

 「そっちも結構な被害を受けたらしいが、ドミニオンを中心に再編成していると報告が入ってきている」

 

 どうやらアスト達も無事らしい。

 

 「では俺も」

 

 「ああ。囲まれる前にあの要塞を落とすぞ。もうすぐミネルバもくるらしいからな」

 

 「ミネルバが……」

 

 ミネルバもヴァルハラの戦闘をどうにか切り抜けたのだろう。

 

 ムウの話を聞いて安堵するも、すぐに気を引き締める。

 

 話だけなら同盟が何とか攻勢を凌いだように聞こえる。

 

 だが実際追い詰められているのはこちらの方だ。

 

 いかにコロニーを排除できても、敵戦力すべてを撃破できた訳ではない。

 

 物量は変わらず向うが上。

 

 コロニーに配置されていた部隊がメサイア方面に帰還し、背後から挟撃、囲まれてしまえば一溜まりもない。

 

 さらにザフトの主力は未だ無傷でメサイアに控えている筈である。

 

 セリスやジェイル達、そしてフォルトゥナの姿が確認できない事が良い証拠だろう。

 

 勝利する為にはそれらが全面に出てくる前にメサイアを落とすしかない。

 

 「じゃあ、行くぞ!」

 

 「はい!」

 

 シンはマユを追う為、アカツキを先導するように前へ出る。

 

 視線の先にはザフト機動要塞メサイアと巨大戦艦アポカリプス。

 

 そこはまさに死地に違いない。

 

 それでも退く事は出来ないと覚悟を決め、操縦桿を握り直した。

 

 

 

 

 高速で移動しながら繰り返される激突。

 

 速度に乗った斬撃が首を取らんとラルスの目の前を薙いでいく。

 

 しかし返す刀で振るわれた鎌が再び襲いかかった。

 

 「チッ」

 

 アスタロスの放った連撃を上昇して避けたものの、後ろにあった戦艦の残骸を容易く切断したその威力に舌打ちする。

 

 敵が振り抜いた鎌に視線を向ける。

 

 アンチビームシールドですら斬り裂くその威力はあまりに危険だ。

 

 直撃を受ければ撃墜は必至。

 

 「距離を取っても―――しかし、このまま戦うよりはマシか」

 

 敵の武装を見る限り、近接戦闘は圧倒的に不利。

 

 敵の土俵で戦えば、あっという間に追い詰められてしまうだろう。

 

 ならばたとえビームシールドを持っていようとも、距離を置いた方がまだ戦いようもある。

 

 ガンバレルを横にスライドさせ、内蔵されたミサイルを一斉に叩き込むと同時にビームライフルで狙撃した。

 

 しかしアスタロスはライフルの一射を事も無げに外装で弾き、次に腹部が発光する。

 

 「そんなものは通じない」

 

 発射されたサルガタナスが拡散し、ミサイルをすべて薙ぎ払う。

 

 爆煙に紛れ接近を試みようとしたデュルクであったが、背後からの一撃が襲いかかる。

 

 「ッ!? ドラグーンか……」

 

 アスタロスの背後には一基の砲台が回り込んでいた。

 

 さらに別方向からの何条もの狙撃が振り注ぐ。

 

 「なるほど、ミサイルはこの為にか。という事は距離を置いて戦う気か」

 

 大鎌ネビロスをよほど脅威と見たらしい。

 

 近接戦を不利と悟って、距離を取って戦うつもりなのだろう。

 

 パイロットはかなり冷静な人物らしい。

 

 「手強いな。だが、その程度では私は倒せない。舐めないで貰おうか!」

 

 機体を回転させながらドラグーンの射撃をかわし、一気にエレンシアに肉薄すると上段からネビロスを振り下ろす。

 

 「こいつも速い!」

 

 スウェンが相手にしている機体もかなりの速度を持っていたが、アスタロスもまったく見劣りしない。

 

 後退しながら繰り出される鎌の刃を流していくが、装甲を掠めるだけでも相当の衝撃が走る。

 

 「こう接近されてはドラグーンは使えないだろう」

 

 エレンシアは敵をどうにか引き離そうとライフルから持ち替えたビームサーベルで斬り上げる。

 

 しかしその瞬間、ラルスが目を見開いた。

 

 飛び退くように回避したアスタロスは持っていたネビロスの刃が消え、放出口が移動しこちらに向いた。

 

 「まさか!?」

 

 持ち前の直感で危機を感じ取ったラルスは咄嗟に機体を沈ませる。

 

 次の瞬間―――ネビロスから一条の閃光が発射された。

 

 「ぐっ!」

 

 一直線に進むビームが自機の肩部を抉り、バランスが崩されてしまった。

 

 しかし、この結果にデュルクは不満げに眉を顰める。

 

 今ので仕留めたと思ったのだが、それ以上に相手の反応の方が速かった。

 

 それだけの技量を持ったパイロットだという事だ。

 

 「やるな」

 

 「射撃兵装としても使えるのか……」

 

 本当に面倒な武器だ。

 

 咄嗟に反応しなければ今ので相当なダメージを受けていたかもしれない。

 

 しかも未だ腰には対艦刀と思われる武装も健在、腹部のビーム砲まである。

 

 これをどう攻略したものか―――

 

 そこでラルスの全身にとある感覚が駆け抜ける。

 

 同時に覚えがある存在が近づいてくるのが分かった。

 

 他人の助けを当然のように当てにするというのは本意ではないが、今回ばかりは助かった。

 

 口元を僅かにつり上げ、口を開いた。

 

 「ずいぶん待たせてくれるな」

 

 それはデュルクの方でもすぐに確認できた。

 

 この宙域に近づいてくる機体がある。

 

 しかも通常ではあり得ない速度で。

 

 瓦礫だらけのこの場所に異常なスピードで突っ込んでくるなど、正気の沙汰とは思えない。

 

 こんな事をする奴を自分は少なくとも一人しか知らない。

 

 「ようやく来たか――――ユリウス・ヴァリス」

 

 

 

 

 それはやはり異常としか言いようがなかった。

 

 前方を行く青紫のカラーリングの機体グロウ・ディザスターは惜しむ事無く速度を上げ、岩や瓦礫が散乱する中を事も無げに突破していく。

 

 それを追うシリウスのパイロット達は皆、目の前の光景に戦慄を覚えざる得ない。

 

 現在テタルトスに存在する量産機の中でシリウスは最上位に位置する機体である。

 

 いかに量産化に伴い、ユリウス用から若干性能を落としたとはいえ、その力は十分過ぎる。

 

 仮にザフトの量産機と比べても、単純なスペックで五分に張り合えるのはシグーディバイドくらいであろう。

 

 それを任せられ、特殊部隊に配属された彼らは全員一流のパイロット達である。

 

 そんな彼らにしてディザスターの動きはあり得ない。

 

 目一杯飛ばしているにも関わらず、すでに倍以上の速度で移動し、大きな差がつけられていた。

 

 そして後方から向ってくる本隊はさらに引き離されている。

 

 「流石、大佐だ」

 

 敵であったなら震えが止まらないほど恐ろしい存在だろう。

 

 しかし彼は味方、ならばこれほど頼もしいものはない。

 

 パイロット達は全員が気合いを入れるかの様に叫びを上げる。

 

 「ああ、俺達も大佐に続くぞ!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 ディザスターに続くようにシリウスもまた瓦礫の中を突っ切っていった。

 

 それを尻目にユリウスは表情一つ変えず、直進していく。

 

 生憎部下達を待ってやる時間はない。

 

 ここに来るまでに確認した二度もの閃光。

 

 一度目はアポカリプスの主砲、そして二度目に放たれたものは―――

 

 「……ジェネシスとはな。やってくれる」

 

 アポカリプスが奪われた事も痛恨の極みだが、あんな切り札まで用意していたとは。

 

 アレが月に撃ち込まれないという保証はない。

 

 いや、プランに賛同しない者は容赦なく討つつもりだろう。

 

 「だが何時までも自分の思惑通りに事が運ぶと思うな、デュランダル」

 

 すべての障害を潜り抜けたディザスターの前に、ザフトと地球軍の戦闘が見えた。

 

 どうやら合流する前に発見されてしまったらしい。

 

 構わず戦場に突入するとビームサーベルを抜き、すれ違い様にグフを斬って捨てる。

 

 即座にビームライフルに持ち替え、動きの鈍った敵から容赦の欠片も無く撃ち落としていく。

 

 「な、何!?」

 

 「何であの機体がここに!?」

 

 彼らが驚愕するのも無理はない。

 

 月でディザスターに手酷くやられた事は記憶に新しい。

 

 なにより地球軍と戦っていた最中である。

 

 そこにテタルトスが来るなどと誰が想像できようか。

 

 しかも彼らは補給艦を守る為に後方に待機していた所謂予備部隊。

 

 元ザフト最強と言われた男に敵う道理はない。

 

 それを証明するかのように、大した抵抗も出来ぬまま次々と撃ち落とされていくザフト機にユリウスは自分でも知らない内にため息をついていた。

 

 「……本当にザフトの質は落ちたらしい」

 

 自分がかつて所属していたクルーゼ隊はエリートと呼ばれていたが、決して努力を怠っていた訳ではなかった。

 

 ユリウス自身が部下達と共に厳しい訓練を行い、常に上を目指していた(ちなみにクルーゼ隊では地獄の訓練として有名であり、それが行われるとなれば誰もが顔を青くしたとか)

 

 彼らが訓練を怠っているとは思わないが、それにしても甘いと感じるのだ。

 

 ある程度の敵を撃破し、ナスカ級を撃沈すると周囲の様子を確認する。

 

 残ったザフト機は大した数ではなく、後から駆けつけてくる部隊の方に任せておけば十分対応できる。

 

 残った敵を無視し、直感に従って移動する。

 

 視線の先では二機のモビルスーツが鎬を削っているのが見えた。

 

 一機は地球軍の機体、パイロットはラルス・フラガだ。

 

 そしてもう一機はザフトの新型機、動きから見てデュルクに間違いない。

 

 「さて、デュルク、望み通り相手をしてやる」

 

 速度を落とさないまま、ディザスターはアスタロスに斬りかかった。

 

 

 

 

 ザフトの警戒は最大限まで上がっていた。

 

 メサイア、そしてアポカリプス周辺では同盟と地球軍、テタルトス軍を迎撃の為にすでに部隊が出撃を済ませている。

 

 フォルトゥナの待機室で見ていたジェイルは迷いを抱えたまま、ラナと一緒にモニターを睨みつけていた。

 

 これで良いのかという疑問は未だ消えず、頭の隅で燻り続けている。

 

 しかし戦いとなれば別だ。

 

 いい加減に切り替えなければ、ラナを守る事すらできなくなってしまうかもしれない。

 

 「少しは休めたか、ジェイル?」

 

 「……ああ」

 

 セリスと共に部屋に入ってきたレイが声を掛けてくる。

 

 「分かっていると思うが、同盟がそこまで来ている。それに地球軍と―――テタルトスが現れたと報告が入ってきた」

 

 「テタルトスが?」

 

 彼らが来たという事は間もなくフォルトゥナも出撃になる。

 

 もう迷ってはいられない。

 

 余計な考えを追い出すように頭を振る。

 

 「それからもう一つ言っておく……ステラがやられたそうだ」

 

 「なっ、ステラが!?」

 

 彼女はヴィートと共に先に出撃し、コロニーに向かったと聞いている。

 

 しかし機体性能やその技量を考えるとそう簡単にやられるとは思えない。

 

 「一体どういう事だ!? 誰がやった!?」

 

 「やったのは―――地球軍、つまりはアオイ・ミナトだ」

 

 「アオイが……」

 

 アオイがステラを―――

 

 怒りや嫉妬。

 

 そしてやっぱりこうなったという諦観のような何とも言えない複雑な感情が胸中に湧きあがってくる。

 

 ≪私はお前の求めるものの代わりはできない≫

 

 結局あの言葉の意味も分からないままだ。

 

 結局、碌に話す事も出来なかった。

 

 「奴こそ絶対に倒さなくてはならない仇敵、議長が目指す世界の異物だ。ここで何としても排除するぞ」

 

 レイの決意にセリスは黙って頷き、ラナも異存はないのか何も言わない。

 

 「……分かってる」

 

 「大丈夫、ジェイル?」

 

 複雑な感情を吐き出すようにため息をついたジェイルを心配そうにのぞき込み、ラナは手を握ってきた。

 

 暖かい。

 

 ラナの手はジェイルの複雑な心情を溶かすかのような、不思議な温もりがあった。

 

 余計な事はもういい。

 

 この温もりを守るために戦う。

 

 誰が相手だろうとも。

 

 「もうすぐ出撃だ。全員機体で待機」

 

 「「「了解」」」

 

 レイやセリスが待機室を出ると手を握ってくれたラナに微笑み返した。

 

 「ラナ、ありがとう、もう大丈夫だ」

 

 「うん」

 

 「行こう。君は必ず俺が守る」

 

 ラナの手を握り、決意を新たにしたジェイルも皆の後を追って歩き出した。

 

 パイロットスーツを着込み、デスティニーのコックピットに乗り込む。

 

 すると近くに見た事も無い機体が佇んでいる事に気づいた。

 

 「あれって新型か?」

 

 そんな呟きを聞いていたのか、レイが教えてくれる。

 

 《そうだ。まだ若干調整が残っているらしいがな》

 

 「へぇ、でも誰が乗るんだ?」

 

 《そこまでは知らないが、任されるのは優秀なパイロットらしい》

 

 それまでには決着をつけると言いたい所だが、そこまで容易く倒せる相手ではない。

 

 それに手強いのはテタルトスだけではない。

 

 シンにアスト、そしてフリーダム。

 

 彼らも健在の筈だ。

 

 運ばれたデスティニーの前方のハッチが開く。

 

 気合を込め操縦桿を強く握り締めると、一瞬だけ目を閉じた。

 

 「……誰が来ようが、必ず。ジェイル・オールディス、デスティニー、出るぞ!」

 

 

 

 

 フォルトゥナが発進、各機が出撃したと報告を聞いたデュランダルは宙域図に方に視線を移す。

 

 現在メサイアの正面から同盟軍、右側面から奇襲を仕掛けてきた地球軍の一部とテタルトスの部隊が戦闘を行っている。

 

 現在殆ど想定した通りに事が運んでいた。

 

 ネオジェネシスとアポカリプスの主砲により、同盟に打撃を与え、地球軍には余力は残っていない。

 

 後はテタルトスの主力を排除すれば―――

 

 「これでチェックメイトか……いや」

 

 それではあまりに呆気ない。

 

 そこまで甘い相手ではない筈だ。

 

 ならば余計な横槍が入る前に、出来る限り敵戦力を排除する。

 

 「アポカリプス主砲の射線変更。目標テタルトス主力部隊!」

 

 「ハッ!」

 

 戦艦がスラスターを噴射させ、テタルトスの部隊がいる方へと向きを変えていく。

 

 「君は存在は邪魔だ。故に消えてもらおう―――ユリウス・ヴァリス」

 

 デュランダルが笑みを浮かべる。

 

 後は主砲が発射され瞬間を待てば良いだけ。

 

 だがその時、オペレーターが叫びを上げた。

 

 「レーダーに反応! 左側面から、急速に接近してくる物体、これはモビルスーツ、いやモビルアーマーか!?」

 

 「映像を出せ」

 

 「ハッ」

 

 表示されたのは二機のモビルスーツ。

 

 ノヴァエクィテスとエリシュオンである。

 

 二機は巨大補助兵装であるミーティアを装着し、凄まじいまでの速度でこちらに向かって来ていた。

 

 ここで逆方向からの奇襲とは。

 

 「……ヘレン、『スカージ』の準備は?」

 

 《完了しています》

 

 「出撃を。アレはこの為に用意した兵器なのだから」

 

 《了解》

 

 通信が切れたと同時にこの戦闘が開始されて初めて表情を変える。

 

 モニターから目を離さず、デュランダルは邪魔者を見るかのような鋭い視線で突撃してくる二機のガンダムを睨みつけていた。

 

 

 

 

 メサイア付近での戦闘が始まろうとしていた頃、アオイはガーティ・ルーの医務室でステラの様子を眺めていた。

 

 ベットの上で眠る彼女は穏やかに呼吸を繰り返している。

 

 「良かった、ステラ」

 

 簡易的な処置を施したものの、記憶に関しては目覚めるまでははっきりした事は言えないと医者から聞かされていた。

 

 しかしそんな事は二の次だ。

 

 此処に居て、そして生きているだけで十分だ。

 

 記憶がなくて覚えていなかったら、流石に少しさみしい。

 

 でも思い出はまた作れば良いだけなんだから。

 

 「……アオイ」

 

 「ステラ!?」

 

 いつの間にか目を覚ましたステラが微かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

 というか名前を呼んだという事は―――

 

 「俺の事が分かるのか?」

 

 「うん」

 

 記憶があった事に安堵すると微笑むステラの髪を優しく撫でる。

 

 「ごめん。助けるのが遅くなって」

 

 その所為でザフトに利用されてしまった挙げ句、自分達と戦う事になってしまった。

 

 悔しさで拳を強く握り締めるが、その上にステラが優しく手を置いた。

 

 「いいの。また会えたから」

 

 ステラの言葉に救われたような思いがした。

 

 彼女を助け出せて良かった。

 

 それで気が緩んでしまったのか、今までやスティングの事で思わず涙が零れそうになるがどうにか堪える。

 

 「どうしたの、アオイ?」

 

 「……何でもないんだ。ありがとう、ステラ」

 

 そこに甲高い音と共に通信が入ってくる。

 

 おそらく出撃準備が整ったのだろう。

 

 急いで通信に出ると案の定、格納庫からの呼び出しであった。

 

 「呼び出しだ。俺、行くよ」

 

 「……行ってらっしゃい」

 

 「うん」

 

 もう一度ステラの頭を撫でると、医務室を出た。

 

 床を蹴り、急いで格納庫に入ると準備の整ったアルカンシェルの姿が見えた。

 

 「アオイ、準備は出来てるぞ」

 

 「ありがとう」

 

 端末を持った整備兵から説明を受ける。

 

 アルカンシェルにはエクセリオンからW.S.システムを移植され、同時にOSにも手を加えた事でナチュラルにも操縦可能になった。

 

 リミッターの役目をしていた外部装甲は破損していた為に除去。

 

 代わりにプログラムを組み、パイロットの意思で通常時と最大出力時の切り替えができるようになっている。

 

 ここまでは事前に説明を受けた通りのようだ。

 

 そして武装にはエクセリオンの装備を持たせたらしい。

 

 扱えるように無理やり改修したらしいが、アオイとしては扱いなれている分、朗報であった。

 

 「後はW.S.システムが上手く補正してくれる筈だ」

 

 「分かった」

 

 機体に乗り込もうとしたアオイの下にルシアが近づいてくる。

 

 「大佐、もう少し休んでいた方が―――」

 

 あれだけの損傷を負ったのだ。

 

 ルシアの体にも相当の負担が掛かった筈である。

 

 「私は大丈夫よ。それより、無茶だけはしないように。いいわね、少尉」

 

 「はい、分かってますよ」

 

 ルシアの言葉に力強く頷くとアルカンシェルのコックピットに乗り込んだ。

 

 スイッチを入れて、OSを立ち上げるとカタパルトまで移動する。

 

 開いたハッチの向こう側では所々で戦いの光が点滅し、激しい戦闘が続いている。

 

 VPS装甲のスイッチを入れると、機体の色が鮮やかな白に染まった。

 

 この先ではさらに強い相手が待っている。

 

 そしてギルバート・デュランダルも。

 

 怯む事はない、いつも通りにやるだけだ。

 

 「アオイ・ミナト、ガンダム行きます!!」

 

 躊躇わず、力一杯フットペダルを踏み込んだ。

 

 体にかかるGに耐え、宇宙に飛び出すと一気に加速する。

 

 ここに生まれ変わった白いガンダムが戦場へと帰還した。




いつも通りおかしな部部は後日、加筆修正します。

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