ザフト機動要塞『メサイア』
現在ここは慌ただしい喧騒に包まれていた。
皆が忙しなく動き回っているが、聞こえてくる声は心なしか弾んでおり、表情も明るい。
それも当然だった。
ロゴス最後の砦であった宇宙要塞『ウラノス』の陥落。
そしてロゴス最後の一人、ロード・ジブリ―ルの死亡。
これによって戦いは終わり、戦争は終結したも同然。
笑みが零れない方がおかしい。
そんな中、指令室で報告を受けていたデュランダルもまた笑みを浮かべていた。
だが彼が笑みを浮かべていたのは、皆とは全く違う理由であった。
手元の端末のデータを読み取っていると、白い制服を纏ったヘレンが入室してくる。
「議長、ただいま到着いたしました」
「やあ、ご苦労だったね、ヘレン」
この場で話すには些か憚られる事もある。
デュランダルは立ち上がり、側近の一人にこの場を任せるとヘレンを伴って自身の部屋に向かった。
「そのご様子ですと、ウラノスの方は上手く行ったようですね」
部屋に入ったデュランダルは自身の椅子に座るとヘレンに状況を説明する為に端末のスイッチを入れ、モニターにデータを表示する。
「概ね予定通りだよ」
ウラノス攻略戦はほぼデュランダルが思い描いた通りに事が運んだと言っていい。
反ロゴス、つまりはマクリーン派が前面に出てウラノスに侵攻した。
それにより彼らはレクイエムやデストロイなどの攻撃を真正面から受け、手痛い損害を被った。
これで地球軍の戦力はかなり削られた事になる。
仮にだが反ロゴス派が追い込まれたとしても、保険としてアストロス、サタナキア、ヴァンクールの三機を戦場に投入していた。
彼らならば十分ウラノスの戦力を押し返せただろう。
結局そこまで追い込まれる事無く決着はつき、杞憂に終わったのだが。
そして戦闘の結果、ジブリールは死亡し、ロゴスは壊滅状態。
概ね準備はこれで整った事になる。
誤算があったとすれば、やはり同盟の存在だろう。
同盟が介入してくる事、自体は想定内だった。
だが彼らによってレクイエムを破壊されてしまった事は誤算であった。
あれはこちら側で確保し、この先の為に使うつもりだったのだ。
それが完膚なきまでに破壊されてしまった。
修復も不可能という事なのだが、それでもやりようはある。
そして問題は最大、最後の敵――――テタルトス。
今回の戦争において地球軍は半ば分裂状態でかつて程の物量は無い。
精強な戦力を持つ同盟軍も戦いに引きずり込み、ずいぶん戦力を削った。
だがテタルトスは別だ。
何度かの遭遇戦や小競り合いで戦いこそ起こったが、結局戦力を削るには至っていな
い。
そのため現在でも彼らは十分に余力を残した状態であった。
何度か彼らを戦いに引き込もうと策を講じたが、すべて水際で対処されてしまっている。
「流石は『宇宙の守護者』エドガー・ブランデルと言ったところかな」
ともかくこれから始める事の最大の障害はテタルトス―――ユリウス・ヴァリスで間違いない。
ヘレンと状況確認を行っている最中に執務室に入ってきた者がいた。
一人は長い黒髪とサングラスで顔を隠し、もう一人は不気味な仮面をつけている。
部屋に入ってきたのはカース―――いや、シオンとクロードであった。
「……失礼します、議長」
「やあ、良く戻ったね。シオン、クロード、御苦労だった」
思えば彼らこそがデュランダルの先兵と言ってもいい。
デュランダル達の目的を達成させるにはいくつか必要な物があった。
その内の一つは権力。
プラントを動かす為の力。
まずはこれがなければ話にならなかった。
その為に前大戦から地道に力を蓄える事を優先。
危険を承知で残ったクライン派を纏め、同盟と協調体制を築いた。
そして秘密裏にパトリック・ザラが所持していた秘密工廠の発見、確保と幾つかの研究ラボ『アトリエ』を少しずつ構築していった。
二つ目は情報。
敵の本当の力や姿を知らずして戦いに勝つことはできない。
デュランダルは迂闊でも無謀でもなかった。
その為、前大戦で重傷を負っていたシオンを秘密裏に救い、協力者としてクロードと共に地球側に派遣。
同時に各勢力に間者を放って何時でも動かるように指示、情報も得ていたのだ。
そして危険と判断した人物については抹殺する為、刺客を送り込み、排除していた。
最後に武力。
自軍の戦力を強化を推進し、新型機の開発や新造戦艦の建造させた。
そして戦後の混乱に紛れ、クロード達に指示しセリスなど各勢力の優秀な人材を確保。
地球軍のエクステンデットの技術を応用し記憶操作を行って自軍に取り込んでいったのである。
開発された新型機にはデュランダルが遺伝子解析を行い、適性を見極め相応しいと判断した者を選出している。
ザフトの―――自分が示す世界の象徴となるように。
もちろんだからといって万全に事が運ぶとは思っていなかった。
戦場では何が起こるか分からない。
もしもという可能性もある。
だから保険も掛けていた。
適性を見出したシン・アスカの保険として、同じく適性を持っていたジェイル・オールディスを。
象徴となる艦ミネルバの保険としてフォルトゥナを。
それらを成長させ、守る存在としてアレン・セイファートを含めた特務隊を三人所属させた。
新型機も対SEEDとしてヘレンが開発していたI.S.システムを搭載。
これについてはリスクの高さ故にデュランダルとしては使いたくはなかったのが、結果的には良かったのだろう。
できればアレンもこちらに止め、ユリウスに対する対抗策としたかったのだが。
それについてもデュルク達をぶつければ十分抑える事ができる。
挨拶もそこそこにシオンが前に出ると、怨嗟の籠った暗い声で呟く。
「議長、頼んでおいた物は?」
「ああ、完成しているよ。後は君に合わせて調整するだけだ」
「……ありがとうございます」
シオンは此処に来て初めて笑みを浮かべると踵を返し、部屋を退室していった。
「良いのですか、彼は?」
「構わないさ。それよりもクロード、準備は概ね整った。君の力を存分に振るってもらう。……相手はユリウス・ヴァリスだ。やれるかな?」
「……問題ありませんよ、議長」
クロードはただ静かに笑みを浮かべ頷いた。
「では議長、始められるのですね?」
「もちろんだ。その為に私達はここまで来たのだから」
デュランダルの脳裏にここまでの事が浮かんでくる。
研究者として研究に打ち込んでいた頃。
忘れ難い友との出会い、最愛の女性タリアとの別れ。
絶望と決意。
今までのすべてが蘇る。
それはヘレンも同じである。
彼女もまた大切な者を失い絶望した者だ。
だからこそ二人はすべてを賭け、この手を汚し、協力してここまで来たのだ。
逃亡したパトリック・ザラをわざと放置。
期待通り潜ませていた間者の誘導によって『月面紛争』を引き起こした。
さらにシオンに手引きさせブレイク・ザ・ワールドを引き起こし、戦争を誘発させた。
戦争勃発後もデュランダルは手を緩めず、情報を操作、地球各地で支援活動を行って支持を得る様にザフトを動かしていた。
これは実に効果的だった。
地球軍、いやジブリールのやり方が強硬すぎた事もその要因だろう。
何の障害も無く順調の支持を得ていった。
正直拍子抜けしたほどだ。
そして時期を見計らいロゴスの存在を世界に暴露、あぶり出し、彼らを追い詰めた。
もちろんデストロイなどの切り札の情報も掴んでいたが放置。
それらを暴れさせた後、反ロゴス連合に撃たせた事でロゴスを世界の敵として認識させる事にも成功した。
オーブから逃れ、宇宙に上がったジブリールがレクイエムでプラントを撃つ事も予測済みだ。
どこが撃たれるにせよ、ジブリールは―――ロゴスは悪という印象を世界に植えつけられる。
ただ邪魔な存在の一つであるフリーダムの撃破には成功したが、ミネルバがザフトから離脱、確保した同盟のパイロットは奪還され、施設も崩壊。
未だに邪魔者であるアオイ・ミナトの抹殺にも至っていない。
これらが誤算といえば誤算である。
幾つかの不確定要素はあるが、それでもやらねばならない―――世界の変革を。
「議長、シグーディバイドの強化型、数機ほどですがロールアウトしたと報告が入っています」
「そうか」
ヘレンの報告に笑みを浮かべて頷く。
後は―――
「世界に示そう。これからの在り方を」
◇
メサイアに到着したフォルトゥナの艦内でジェイルは考え事をしながら宇宙を眺めていた。
これまで様々な事があった。
特に同盟に下ったシン、敵であるアオイ、そして―――
≪お前が求めているのは私ではなく、別のものだ≫
ステラに言われた言葉が脳裏に響き渡る。
「俺の求めるもの……」
ステラに何を求めていた?
考え込んでいても、答えは出ない。
レイや最近様子のおかしいセリスに話す事でもない。
ジェイルはため息をつくと気分を変える為に、シミュレーターで訓練しようと格納庫に向かって歩き出した。
そこに正面から歩いてくるステラともう一人の人物がいた。
正直今ステラと何を話せば良いのか分からない。
だから気まずさを誤魔化す為、ステラの隣にいる人物に目を向ける。
そこにはザフトの制服に袖を通した小柄な少女がいた。
「な、なんで・・・…」
彼女の事も当然覚えていた。
話した事はないが、確か―――
「……ラナ・ニーデル?」
ジェイルの声に歩いてきたラナが反応する。
「貴方は?」
「君も覚えていないのか?」
「えっ?」
「あ、いや」
彼女の場合は話した事は無い。
覚えていなくても仕方がないかもしれないが。
しかし何故ザフトにいるんだろうか?
するとここまで黙っていたステラがラナにジェイルの事を紹介した。
「彼はデスティニーのパイロットだ。名前は―――」
「俺はジェイル・オールディス、よろしく頼む」
「……ラナ・ニーデルです。よろしくお願いします」
ラナはどこか儚げに笑みを浮かべるとジェイルが差し出した手を握った。
「何で君がここに居るんだ?……アオイは知っているのか?」
ステラがいる今、アオイの名を出す事は心情的に躊躇いがある。
だからと言ってラナがザフトとして此処にいるという疑問を棚上げにはできなかった。
しかしジェイルの予想した反応は返ってこない。
ステラはともかく、ラナも不思議そうに首を傾げるだけだ。
「ア、オイ? どこかで聞いた事があるような気がします。そう言えば貴方は私を知っているのですか?」
「えっ」
幾らなんでもアオイの事まで覚えてないのは明らかにおかしいだろう。
驚愕したようなジェイルの表情にラナは気がついたように口を開いた。
「先に言うべきでした、すいません。私、昔の記憶が無いんです。戦闘に巻き込まれたショックらしいです」
「記憶がない?」
それならば自分やアオイの事を覚えていないのも納得できる。
こんな少女が戦闘に巻き込まれて―――
許せないと憤りでジェイルは拳を強く握る。
だがその時、急にあの時の言葉が蘇ってきた。
《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》
《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》
あの時、ミネルバの甲板でアレンがシンに対して言った言葉だった。
なんで今頃あの時の言葉を思い出す?
振り払うように頭を振った。
だが一度浮かんだ考えは消えない。
そんなジェイルにステラは何の感情も見せずいつも通り淡々と告げる。
「丁度いいな。彼女もパイロットだ。お前に彼女の面倒を頼みたい。記憶は無くても知り合いなのだろう?」
「い、いや、しかし」
「では、頼むぞ」
ステラは戸惑うジェイルを置いて歩いて行ってしまう。
その場には呆然とするジェイルと不思議そうな顔のラナだけが取り残された。
「はぁ、とりあえず艦内でも案内しようか」
「ありがとうございます」
ラナを連れて艦内を歩き出した。
ジェイルとて分かっている。
彼女が巻き込まれた戦闘も地球軍とザフトの戦いに間違いないだろう。
ならその責任は紛れも無く自分にもある。
ジェイルもまたザフトの兵士なのだから。
◇
ジェイルにラナを任せたステラは機体の調整をする為、格納庫に向かっていた。
しかし先ほどのジェイルの発した名前が気にかかっていた。
「……ア、オイ、ぐッ!」
頭に響く名前だ。
呟くたびに頭が痛む。
でも―――
胸に手を当てるとどこか温かさを感じる。
「アオイ、アオイ、アオイ」
何度も、何度も名前を呟いている内にステラは自分でも気がつかないまま笑みを浮かべていた。
◇
その日、再び世界は震撼する事になった。
ギルバート・デュランダルが世界に向けて、再びとある事を発表したのである。
それはロゴスの存在が世界に明るみになった日と同様と言える。
今回もまた全世界に、プラント地球例外なくすべての場所に流されたのだから。
◇
《全世界の皆さん。今、私の中にも皆さんと同じ悲しみ、怒りが渦巻いています。何故、こんな事になってしまったのか? 考えても意味のない事と分かっていながらも、私の心もまた、それを探して彷徨います》
《私達は以前にも『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれる大きな戦争を経験しました。そして、その時に誓ったはずでした。こんな事は、もう二度と繰り返さないと》
《にも拘らずユニウスセブンは落ち、またも戦端は開かれ、戦火は拡大し、私達はまた、同じ悲しみ、苦しみを得る事となってしまいました》
《本当にこれはどういう事なのでしょう? 愚かとも言えるこの繰り返しは?》
《一つには以前に申し上げた通り、間違いなくロゴスの存在故にです。敵を作り、恐怖を煽り、戦わせ、それを食い物にしてきた者達。長い歴史の裏側に蔓延る死の商人達の存在です。しかし我々はようやくそれを滅ぼす事ができました!》
デュランダルの言葉に惹きつけられ聞き入っていた人々は、一斉に歓声を上げる。
ようやく自分達を縛りあげていた呪いが解けたのだから。
皆が思った事だろう。
これで戦いは終わりであり、平和が訪れると。
しかしデュランダルの演説には続きがあった。
《だからこそ、私は申し上げたい。我々は今度こそ、もう一つ、我々に巣食う最大の敵と戦っていかねばならないのだと。そして私達はそれに打ち勝ち、解放されなければならない!》
《皆さんにもお分かりの事でしょう。有史以来、人類の歴史から戦いの無くならない本当の理由。常に存在する、最大の敵。それは、何時までも克服できない、我々自身の無知と欲望だと言う事を!!》
何が言いたいのかが分からない。
それが偽りなき世界の人々の感想だっただろう。
ロゴスを倒し、終わりではないのかと?
誰もが首を傾げつつも、演説の続きを聞く。
《地を離れ、宇宙を駆け、その肉体、能力、様々な秘密を手に入れた。しかし人は未だに人を理解できず、自分を知らず、明日が見えない。同等に、より多く、より豊かにと、膨れ上がる飽くなき欲望!》
《それが我々が戦うべき真の敵です。争いの根本、問題は全てそこにある!!》
《しかしそれももう、終わりにする時が来ました。我々はその全てを克服する方法を得たのです! 全ての答えは、皆が自身の中にある! 人を知り、自分を知り、明日を知る。これこそが、繰り返される悲劇を止める、唯一の方法》
《私は人類の存亡を掛けた最後の防衛策として、『デスティニープラン』の導入、実行を、今ここに、宣言いたします!!》
それを聞いた者達の反応は実に鈍いものだった。
もちろん皆が驚きはしたのだが、それだけで賛同も反発も何も起きなかったのだ。
デュランダルから提示された『デスティニープラン』の内容が内容である。
デスティニープランとはつまるところ、その人物の遺伝子情報を解析する事で、先天的な素養や能力を調査。
結果に合わせより相応しい地位や職業を提供、より良い世界を造る物ということらしい。
ピンとこないのも無理は無い。
いきなり遺伝子である。
戸惑うのも当然だった。
それはミネルバと合流し、『ウラノス』からアメノミハシラに帰還したアークエンジェルで放送を見ていたシン達も同様であった。
誰もが口を開かない。
いや、開けないというのが正しい言い方だろうか。
「これがデュランダルのやろうとしていた事か」
「うん、『アトリエ』で手に入れたデータにあった『Dプラン』っていうのはこれだったんだね」
アトリエで手に入れたデータの解析が先程終わったところだったのだが、少し遅かった。
『デスティニープラン』に関する事が分かっていたなら、策を練る事が出来たかもしれない。
それだけデュランダルが巧妙に動いていたという事だろう。
「一見いいことだけ言ってますけど」
《でもまさかいきなり遺伝子とか》
レティシアやモニターに映ったルナマリアも困惑したように口を開く。
いきなりこんな事を提示されたら、悩むのは当たり前だろう。
タリアも難しそうな表情で何かを考え込んでいた。
彼女は昔デュランダルと色々あったようだし、余計に戸惑っているのかもしれない。
「……結局」
「ん?」
「結局、どうなんです? これで本当に平和になるんですか?」
シンにとってはそれが一番知りたい事であった。
デュランダルが提示した『デスティニープラン』で本当に平和になるのであれば、それは喜ばしい事だと思う。
自分達が攻撃されたという事は簡単には納得できないが、本当に平和が来るなら―――
「そう上手く行くもんかねぇ」
ムウが渋い顔で呟いた。
同意するようにアストも頷く。
「……まあ、そんな都合の良い事は無いでしょうね」
「アレン、なんでそう思うんですか?」
「いくつか理由はあるけど、一つは能力格差だな」
遺伝子の解析による能力適性を把握する。
それによって相応しい地位や職業などに就かせるという事だが皆がそれに納得する訳ではない。
この政策は自然に生まれてきたナチュラルよりも、遺伝子操作をされて生まれてきたコーディネイターの方に有利に働く。
そうなればどうなるか?
管理するのは大半がコーディネイターとなり、ただナチュラルは従う。
そういう構図に自然となっていく。
それは再び反発を呼ぶだろう。
ロゴスに煽られていたとはいえ、その事はこれまでの戦いが証明している。
それだけではない。
少なからずナチュラルの側にもコーディネイターより優秀な人間もいる筈だ。
そのナチュラルが上に立てばどうなるか。
間違いなくコーディネイターからも反発が起きる。
「つまり、今まで以上に対立が根深くなる可能性があるか」
「ええ、後は権力者達が認めないでしょうね」
ロゴスとは関係ないにしろ、利益を求める者達。
国や企業を成り立たせるには切っても切れない現実だ。
「お前は適性がないから今の地位を捨てろ」と言われて従う者はいない。
それに努力や培ってきた経験でその地位に立った者。
それによって信頼を勝ち得てきた者もいる。
自分の為、家族の為、利己的な目的の為に利益を得ていた者達。
それがどんな理由であろうとも、自分からその立場を捨てる者はいない。
必ず反発を招く。
「要するにどんな形にしろ『デスティニープラン』の恩恵を受ける者とそうでない者に分かれる。それらが戦いを引き起こす」
そしてデュランダルは反対する者達を容赦なく排除するだろう。
その戦いで生まれた犠牲がデュランダルやデスティニープランに対する不満、不審、恐怖、怒りを募らせ、戦いを呼ぶ。
「……つまり今のナチュラルとコーディネイターの戦いが、今度はデスティニープランの賛成派と反発派の戦いに代わるだけ」
「ああ。それに人の自由意思を考えず、ただシステムに従って生きれる者なんていない。俺達には考える為の意志や感情があるからだ」
正論だけで人は生きてはいけない。
時に不合理であっても行動するのが人間。
何故ならば人には感情が存在するから。
そんな自由意思を押し殺すための方法としての記憶操作やI.S.システムだったのかもしれないが。
「私は反対します」
「マユ」
一番に反発の声を上げたのはマユだった。
皆の視線が集まる中で、何の躊躇いも無く口を開いた。
「私は自分の意志でここまで来ました。間違った事もあったかもしれないけど、それでも自分で選んだ道です。―――それは決して遺伝子で決めた事じゃない。未来を掴むための努力も、痛みを伴っても道を決めるっていう自分の意思もない。それらを否定した世界なんて私は反対です」
マユの言葉にハッとしたようにシンは頭を上げた。
ここまで来たのは―――戦うと決めたのは自分で考えてだ。
記憶が操作されていたとはいえ、あんな絶望はもう嫌だと。
もう失いたくないとそう思った。
その絶望は造られたものでも、ここまで来たのは自分の意志で。
だから―――
「俺も反対です。でも……」
「でも?」
「俺は議長と話をしてみたい。きちんと話して考えて納得した上で、反対したいと思ってます。おかしいですかね?」
シンの言葉にアストは笑みを浮かべて肩を叩いた。
「おかしくはない。それでいい。自分で考えて決めろ」
「はい!」
ともかくデスティニープランに対しては反対という事で皆の意見は一致した。
それをミネルバのブリッジで聞いていたタリアは深く考え込んでいた。
デュランダルとタリアはかつて恋人同士だった。
間違いなく愛し合っていたし、その感情は今でも変わらない。
しかし彼女達の前に避けられない壁があった。
プラントの婚姻統制。
コーディネイターは遺伝子配列が個別に複雑化している為に、子供を作ろうとすると受精が成立せず出産できないという問題を抱えていた。
つまり遺伝子の適合する者同士でしか、子孫を残す事ができないのである。
現在もその出生率の低下はプラントにおける大きな問題となっている
そしてそれはデュランダルとタリア、二人も例外ではなかった。
二人の間には子供は作れない、そう判明したのである。
タリアは子供が欲しかった。
そうなれば結論は一つ。
選択したのは別れだった。
お互いに納得し、握手を交わして別れた。
あの時の選択は間違っていないと思っていたし、少なくともタリアは自分でそう過去の出来事を整理したつもりだ。
しかしデュランダルは違ったのだろう。
あの時の―――振りきれない過去が彼をこんな行動に走らせたのではないか。
そんな気持ちが消える事はなく、何時までも胸の内に燻っている。
ならばこそ自分の手で決着をつけなければならないと、タリアは改めて自分に言い聞かせた。
◇
デュランダルの放送を聞いたカガリ達、同盟上層部も今後の対応に追われていた。
会議室では重要ポストの代表者達が急遽集まり、話し合いが行われていた。
「まさかデュランダル議長がこんな事を考えていたとは」
「ええ、特殊部隊からの報告も上がってきています」
アイラがドミニオンが回収してきたデータを開示するとそれを見た皆が顔を顰める。
「我々の結論は変わりません。このプランを受け入れる事はない」
何度も話し合いを彼らは結論を出していた。
「ただ私達が反対を表明した所でデュランダル議長がそれを止める訳はない。下手をすれば再び戦いになるだろう」
現状同盟軍は再編成を行い、立て直しを図っている最中だ。
各国を守るための防衛戦力もギリギリの状態。
今すぐザフトと事を構えるには些か時間が足りなかった。
もちろん戦いにならずに済めばそれに越したことは無い。
しかしデュランダルの演説を聞く限りにおいてはその可能性も低いだろう。
彼は導入、実行を宣言したのだから。
「……では一つ、私から提案があります。上手くいくかは分かりませんが」
会議に参加していた皆がカガリの提案に耳を傾けた。
◇
デュランダルの『デスティニープラン』実行を宣言した演説は世界に波紋を呼んだ。
それは当然ここテタルトス月面連邦も同じである。
アポカリプスの司令室にはいつものメンバーが呼び出され、話し合いが行われていた。
といっても彼らの結論など初めから出ている訳だが。
「で、我々は?」
「当然、拒否する。上もその方針だ」
「まあ、そもそも奴にそんな権限はない訳だしな」
デュランダルは確かに反ロゴスを発表し、それを為した。
今では世界のリーダーと認識されてはいるだろう。
だがそれだけだ。
奴には各国の法律や意思を無視して施策を実行、導入する権限などない。
「大佐も反対ですか?」
アレックスは黙っているユリウスにも一応声を掛けた。
彼の答えなど聞くまでもないのだが。
「無論だ。奴がやろうとしている事はただの停滞、未来の選択などではない。その先に待っているのは堕落と滅びのみだ。私は世界を腐らせるつもりはない」
ユリウスは始めからデュランダルという男が嫌いだった。
奴は常に諦観し、それを運命だと、抗う事をしなかった。
今自分が行っている行為の本当の意味を理解せず、さらに選択する事まで放棄するなど、絶対に許容できない。
世界に絶望していたラウでさえ、自分の選択として行動していたのだ。
それすら否定するなどあってはならない。
「ともかく全員の意見は一致している。対応も変わらないが、それとは別に同盟から提案があった」
「同盟から?」
エドガーが全員に配った資料には会談の要請があった事が示されていた。
しかもただの会談ではない。
連合、プラント、中立同盟、テタルトス月面連邦。
四つすべての勢力による会談。
内容は当然『デスティニープラン』に関する事である。
これらはすでにすべての勢力に送られているらしい。
「これをどうされるおつもりで?」
「受けるさ。デュランダルも受けざる得ないよ。話し合いに応じず、いきなり武力で脅しという訳にはいくまい。世界からの反発も大きくなる」
「場所はどこで?」
アレックスの質問にエドガーは笑みを浮かべて答えた。
「ここさ。テタルトスで会談が行われる事になる」
エドガーの言う通りプラントも連合もこれを拒否する事無く、会談が行われる事が決定した。
場所はテタルトス月面連邦国都市『コペルニクス』
その場で世界の行く末を決める会談が始まろうとしていた。
すいません、後で加筆修正します。なんかいつも言ってるな(汗