ザフトによるロード・ジブリール捕縛を目的としたオーブ侵攻作戦『オペレーションフューリー』
万全の戦力をもって行われたこの作戦は、見事なまでに失敗に終わってしまった。
作戦開始時において誰がこんな結末を予想できたであろうか。
いかに中立同盟の部隊が精強とはいえ、この戦力をぶつけて尚落とせない。
それどころか、逆に敗北するなど誰も考えなかったに違いない。
フォルトゥナの艦長ヘレン・ラウニスは内心から沸き起こる怒りを必死に抑えていた。
彼女の背後にはデュルクとヴィート、リースの三人が立っていた。
デュルクとリースはいつもと変わらないがヴィートはいささか緊張気味だ。
何故ならば表情の固いデュランダルがモニターに映っていたからである。
《なるほど。つまりジブリールを捕縛する事も出来ず、君たちはオーブに敗退したと、そう言う事かな?》
責めるような視線を向けるデュランダルの歯を着せない言い方にヴィートはビクっと体を振るわせた。
拳を強く握り、体を震わせている。
それは命令を完遂できなかった自分に対する怒りによるもの。
ヴィートは責任感も強いため余計にそう思ってしまっていた。
「……はい。申し訳ありません。アークエンジェル、フリーダム、そしてデスティニーと言って差し支えないでしょう。それら新型機に参入により部隊は押し返され、さらに投入したシグーディバイド部隊も壊滅。あのままではどうにもなりませんでした」
《……ふむ》
作戦開始からしばらくは問題なかったのだ。
地上と宇宙から戦力を送り込み、同盟軍を上回る物量で押しつぶす予定だった。
フォルトゥナから出撃したデスティニーを含む新型機も投入され、もう少しの所まで追い込んだのだ。
しかしそれも後から現れたアークエンジェル、フリーダムにより、戦線は押し返されてしまった。
あげく肝心のジブリールはあのシグルドで宇宙に離脱。
これでは兵士達の士気を保つことは難しい。
さらにアレだ。
フリーダムとデスティニーに良く似た機体によってシグーディバイド部隊があっさりと撃破されてしまった事。
あんなものを目の前で見せつけられた兵士達の士気はガタ落ちだ。
そこでヘレンはこれ以上の戦力消費を避ける為、即座に撤退を命じたのである。
《いや、判断は適切だった。ありがとう、ヘレン》
「しかし、議長」
《目的の大半は十分に達成出来た。特にあの新型のフリーダムとデスティニーらしき機体。あれらの存在がわかった事は大きい》
「はい」
確かにこの戦闘における一番の収穫はあの二機に関するデータだろう。
あの機体は紛れも無く脅威となる。
「つきましてはシグーディバイドの強化プランを進めたいと思っています」
《ああ、頼むよ。それからデュルク、ヴィート》
「「はっ」」
二人がモニターに向かって敬礼するとデュランダルは苦笑しながら制した。
《そこまで固くなる必要はない》
「しかし自分達は……任務を果たせませんでした。それに―――」
ヴィートは怒りで拳を強く握る。
今度は自分に対してではない。
戦場で出会ったアレン・セイファートに対してだ。
即座に一蹴されてしまった事もだが、何よりもあれだけ議長からの信頼を得ておきながらザフトを裏切った事。
絶対に許せない。
《ともかく君達には宇宙に上がってもらいたい。君達の機体がようやく完成したのでね》
「私達の機体ですか?」
《ああ。君達の力を存分に発揮できるように調整が加えてある。その機体を受領して欲しくてね》
「了解しました」
自分に渡される新型機。
どのような機体かは分からない。
だがそれならばアレン、そしてアオイ・ミナトの新型とも渡り合える筈。
後は自分次第という事になる。
それからアレンの事をデュランダルに報告しておいた方が良いだろう。
ヴィートは意を決して口を開いた。
「議長、報告したい事があります。……アレンの事で」
《……聞かせてもらえるかな?》
ヴィートはオーブの戦場でアレンと再会し、撃墜された事を報告する
話を聞き終えたデュランダルはしばらく思案するように目を閉じる。
悩んでいるようにも見えた。
それだけアレンを信頼していたという事なのだろう。
「奴は裏切り者です。特務隊としての誇りを汚し、我々の信頼を裏切った最低の―――」
「違う」
感情の任せて言葉を続けようとしたヴィートを遮る様に今まで黙っていたリースが口を挟んだ。
「アレンは私達を裏切ったりはしない。悪いのは全部マユとレティシア。あの女共に騙されているだけ」
「お前何言ってんだよ。アイツは裏切者なんだ! 俺達で倒すんだよ!!」
ヴィートがそう言った瞬間、リースは冷たく殺意の籠った視線で睨みつけてくる。
「―――それ以上言ったら、殺すよ」
「お前!」
「二人共、その辺にしておけ」
睨みあう二人にデュルクが割り込む。
流石にデュランダルの前では不味いと思ったのだろう。
その制止に二人も不服そうながら引き下がった。
《……しかしアレンと戦うとなればいかに君達といえど簡単にはいかない》
その言葉にヴィートはムッとする。
確かにアレンの技量は高い。
だがこちらも同じ轍を踏む気はなかった。
しかしデュランダルの口から飛び出した言葉にヴィートはおろか普段冷静なデュルクでさえ驚愕の表情を浮かべた。
《何と言っても彼は―――アスト・サガミなのだから》
「なっ!?」
「アスト・サガミ!?」
もちろんその名前は知っている。
前大戦の英雄であり、ザフトにとっては忌むべき名。
『消滅の魔神』の異名で恐れられたエースパイロット。
そこでヴィートは依然リースがアスト・サガミに関する事を調べていた事を思い出した。
横目でリースを見ると彼女は驚いた様子も無く平然としている。
「……リース、お前知ってたのかよ」
「だったら?」
「なっ、おま―――」
《ヴィート、彼女に口止めをしていたのは私だよ。余計な混乱を招きたくはなかったからね》
「議長、その素性を知りながら何故彼を受け入れたのですか?」
《デュルク、彼はこの先で必要になる存在だったのだよ。……本当に残念でならない》
デュランダルは沈み込むように額に手を当て、声のトーンが落ちた。
この先に必要になるというのは良く分からない。
しかしアレンの事を心から信頼していたのだろう。
それなのに裏切るなどやはり許す事は出来ない。
その時、初めてリースが自分から声を上げた。
「大丈夫です、議長。アレンは戻ります。……周りの害虫共すべてを排除すれば、彼は帰ってきます」
笑みを浮かべるリース。
その言動に対する寒気と共にヴィートは不服そうに眉を顰めた。
やはりリースはどこかおかしい。
何と言うかタガが外れているような危うさを感じた。
《なんであれ彼と相対する以上は十分に注意して欲しい。彼は特別な存在だからね》
「特別?」
《そう、とある特別なコーディネイターを殺すための生まれたカウンター、『カウンターコーディネイター』とでもいえば良いのかな》
「カウンターコーディネイター」
《それだけではない。彼はSEEDを持つ者。人類の進化の可能性それを示す者故に並の者では相手になるまい》
「なっ、SEEDって」
それはプラントでは完全に御法度であるテタルトスが掲げる考え『SEED思想』と同じだ。
それをプラントの議長が躊躇なく口にするとは。
《SEEDは実在する力だ。正しい認識がされているとは言い難いがね。ともかくアレンに関しては君らに任せる》
「はっ。アオイ・ミナトの件も必ず!」
《頼む。私はヘレンとまだ話がある。デュルクとヴィートは宇宙に上がる準備をしてくれ》
「「「了解!」」」
三人が退出するのを見届けるとヘレンとデュランダルは今後の事を話し合う。
「それでオーブの件はどうなさるのです?」
《どうもしない。さっきも言ったが目的は十分に達成できた》
『オペレーションフューリー』における最大の目的。
それはジブリールの捕縛ではない。
本当の目的は同盟の力、すなわち新型の性能を把握し損害を与える事だった。
確かにザフトも痛手は受けたが同盟もまた同じく損害を被った。
それも決して軽くない損害をだ。
今回の戦争で同盟を無理やりに戦いに引っ張り込んだのも、彼らに戦力を温存させない為である。
さらに想定外の力を発揮した新型フリーダムやデスティニーモドキのデータも手に入った。
成果としては十分すぎる。
「ティアは使わないのですか?」
《ティアはアイドルだ。政治的な役割は荷が重い。それに彼女の本当の役目はすべてが終わった時にこそある》
「はい」
《ではヘレン、準備が終わり次第フォルトゥナにも宇宙に上がってもらうよ》
「了解しました」
通信が切れ、部屋に静寂が訪れる。
ヘレンは引き出しを開け、一枚の写真を取り出した。
そこにはヘレンともう一人、聡明そうな少年が映っている。
「もうすぐよ。もうすぐ―――世界は変わるわ」
ヘレンは普段見せない優しい笑みを浮かべ、愛しそうに写真を眺めていた。
◇
フォルトゥナの格納庫に帰還したジェイルは傷ついた自身の機体を見上げていた。
所々に傷があり、酷い所は欠損して部分すらある。
議長から託されたこの機体をここまで傷つけたのは仲間だったシンと敵のアオイだった。
「シンか……」
元々敵だったアオイについてはまだ分からなくも無い。
屈辱なのは変わらないし、彼が敵である事も分かっている。
しかしシンは―――
最初は頭に血が上りシンの話を聞かなかったが何故同盟にいたのだろう?
それにシンが生きているという事はミネルバも無事な可能性が高い。
ならば何故ザフトへ戻ってこないのか?
アオイの件にしても疑問が残る。
ロゴス派であるはずのアオイが何故ジブリールを狙ったのか?
「くそっ!」
分からない事ばかりだ。
ジェイルが苛立ちに任せガリガリと頭を掻き毟っているとザルヴァートルから降りてきたセリスがフラフラしながら歩いている。
「セリス、大丈夫か?」
「何が?」
駆け寄ったジェイルにセリスはどこか虚ろな表情を向ける。
やはり顔色が悪い。
先程の戦闘で何かあったのだろうか?
今の彼女にシンの事を話すかどうか一瞬迷った。
いや、黙っていても仕方がない。
いずれ分かる事なのだ。
それに知らずに戦場で相対する事の方が悲劇だ。
「何がって顔色が悪いぞ。……セリス、その、シンの―――」
「ジェイル、セリス」
シンの事を伝えようとした時、割り込むようにレイが声を掛けてくる。
「セリス、調子が悪いなら、医務室で休んでいろ」
「……分かった。先に休むから」
どこか危なっかしい足取りでセリスは歩いて行ってしまう。
「それで何を話していた?」
「えっ、ああ」
レイもシンとはアカデミーからの付き合いのある人間だ。
彼にも伝えた方がいい。
ジェイルはレイに戦場での出来事を話す。
シンやアオイとの戦いや感じた疑問の事もだ。
それを聞いたレイは何かを警戒するように明らかに表情を硬くした。
「どうした?」
「ジェイル、シンの事はセリスに話すな。彼女にはショックが大きいだろう」
「だが、戦場で戦う事になったら……」
「その前に俺達で裏切り者を倒せばいいだけだ」
レイは何の迷いも無くそう答えた。
もう少し悩むなりするかとも思ったが、そんな様子は微塵も無い。
頼もしい気もするが、どこか冷たくも感じる。
「……それにアオイとかいう奴の事も気にするな。奴はロゴス派だ」
「でもオーブでは―――」
「ロゴスの考える事など知らないが、大方ジブリールが邪魔になって消しかかったんだろう」
「そうなのか?」
レイは再び考え込むジェイルの肩に手を置いた。
「ジェイル、奴は敵だ。敵の考えている事など俺達には分からないが、議長が正しいという事だけは間違いない。そして奴らはそれを阻む敵。俺達はそれを排除すればいい」
「……そうだな」
納得しきれた訳ではない。
しかし議長が正しいというのは間違っていないと思う。
ならばそれに応えるのが自分達の仕事だ。
ジェイルの返事に満足したのかレイは格納庫を後にする。
「ここにいても仕方ないな」
ジェイルも格納庫を出ると、前に金髪の少女が歩いているのが見えた。
ステラだ。
周りを見ても白衣の連中はいない。
話をするにはいい機会であるとジェイルは意を決してステラに話掛けた。
「ステラ!」
「……またお前か。何の用だ?」
「まだ思い出せないのか?」
「何度も言わせるな。私はお前の事などし知らない」
ステラは煩わしそうにため息をつくとジェイルに視線を向ける。
「だが丁度良い。お前に言っておきたい事がある」
「言っておきたいこと?」
「お前は私に何を求めている?」
「えっ?」
ステラに求めるもの?
ジェイルはただステラには戦場から離れて欲しい。
そしてディオキアで会った時のように笑っていて欲しいと思っただけだ。
だがそれを口に出す事が出来ない。
ステラはため息をつくと同時にキッパリと告げる。
「私はお前の求めるものの代わりはできない」
ジェイルはステラの言葉に固まってしまう。
「何を言って」
「お前が求めているのは私ではなく、別のものだ。その代りはできない。いい加減に迷惑だ」
ステラはそのまま去ってしまった。
一体彼女は何を言っているんだろうか?
彼女を何かの代わりにしようとしている?
ジェイルはステラが言った意味を理解できず、呆然とただ立ち尽くす事しかできなかった。
◇
通信を終えたデュランダルは傍にある大きなモニターに目を向けた。
そこにはカガリが全世界に向け、演説を行っていた。
《世界の皆さん。私は中立同盟オーブ代表カガリ・ユラ・アスハです。今回我が国、オーブで起こった大規模戦闘、ジブリール氏の引き渡しを求めたザフトの侵攻に関する事柄の詳細を説明させていただきたいと思います。皆様の中には我々がジブリール氏を匿ったのではないかという疑惑をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。それを含めどうか聞いていただきたい》
カガリはザフトとの通信記録やデータを公開しながら戦闘開始から終結までの経緯を説明していく。
デュランダルはただ何もせずに笑みを浮かべて見ていた。
その時、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼します、議長」
入ってきたのはティア・クライン。
いつも通りどこか自信なさそうに俯いている。
ヘレンはここでティアを使うという事を主張していたがデュランダルにその気はなかった。
そもそもティアを前面に出したのはあくまでも民衆の暴動を抑え、兵士達の士気を上げる為。
ラクス・クラインは平和を望む歌姫。
しかし逆を言えばそれだけだ。
彼女はプラントに居た頃も政治的な事にはあまり関わりを持たず、実績も無い。
それはティアも同じだ。
彼女もラクスの意思を継ぐという形で政治面には極力関わらせず宣伝や活動を行ってきた。
そんな彼女がいきなり政治面に口を挟んでも違和感も付きまとう。
なによりそんな回りくどい事をせずとも同盟に対する不信感は世界に行き渡っていた。
ジブリールや『ブレイク・ザ・ワールド』のテロリストが使っていたシグルドが国内にいたという事実だけでも十分印象が悪い。
たとえカガリがどのような演説をしようとも根付いた不信感は一朝一夕では払拭できないだろう。
《以上の事からも私共は決してロゴスに与するものではありません》
「その言葉を誰が、どこまで信じてくれるだろうね。いかに君がそれを示しても人は自分が信じたい物しか信じないのだよ」
カガリの姿をどこか哀れみさえ覚えながらもデュランダルはモニターを注視する。
「あの、議長、お聞きしたいのですが、アレン様は……」
デュランダルはアレンがザフトを抜けた事をティアには伏せていた。
伝えれば間違いなく彼女は塞ぎこむだろう。
それだけティアにとってアレンは強い影響を与える存在だった。
「すまないね、ティア。アレンは任務に行っていて、当分は戻れないのだよ」
「そうですか……」
「でも心配する事はない。アレンは必ず君に会いに行く筈だよ」
「はい」
デュランダルの言葉に安心したのか、笑みを浮かべる、ティア。
「そう言えばもう一つお聞きしたい事がありまして……」
「何かな?」
「アオイ・ミナト様と言いましたか。その方とお会いしたいのですけど」
これには流石にデュランダルも驚いた。
ヘレンからティアとアオイが接触したというのは聞いていたが。
「何故彼に会いたいと?」
「……はい。この前基地を案内していただいたのですが、満足にお礼も言えませんでしたから」
「なるほど。時間ができた時にでもどこの部隊の者か調べておこう」
「ありがとうございます、議長」
ティアは頬笑み、手を合わせ喜ぶ。
それをデュランダルは気がつかれないよう鋭い視線でティアを観察した。
アレンでさえティアに多大な影響を及ぼすというのに―――
これ以上のイレギュラーは歓迎すべきではない。
そう言う意味でも彼はどこまでも邪魔な存在だった。
「……アオイ・ミナト。やはり君は邪魔だな」
いつもとは比較にならないほど冷たい声色で呟くとこれからの先の事に思いを馳せた。
◇
世界に向けた放送を終えたカガリは疲れた様子で深く椅子に座り込む。
それを見たショウは労いの言葉を掛けた。
「カガリ様、お疲れ様でした」
「ああ、とはいえこの放送も焼け石に水といったところだろうがな」
「しかし、何もしないよりはマシでしょう」
確かにそうだ。
今ここで自分達の立場を明確にしておかなければ、憶測やデマによって中立同盟の立場はさらに悪くなる。
だからこそ今回の放送に踏み切った訳だが、状況が厳しい事に変わりはない。
そこでスカンジナビアにいるアイラから通信が入った。
《カガリ》
「お姉さま、今回の件、本当に申し訳ありません」
ジブリールを国内に侵入させてしまったのは紛れもなくオーブの失態だった。
スカンジナビアからの情報提供がなければ事態はもっと深刻になっていただろう。
《後悔はすべてが片付いた後にしなさい。今回の教訓をきちんと今後に生かせば無駄ではないわ」
「……はい」
《ただ今回の件に関しては仕方ない面もある。どうやら以前からかなり周到に準備されていたみたいだしね。仮にスカンジナビアや赤道連合で同じ事があったとしても事前に対応できたかと言われたら難しかったでしょうしね》
アイラの言う通りだ。
ジブリールの追跡をしている過程で捕らえた兵士達の証言や行動の痕跡を調べてみるとどうやらかなり前から準備されていたようだった。
だからこそそれに対応できなかった自分の能力不足が恨めしいのだ。
とはいえここで後悔していても何も変わらない。
アイラが言ったように今後に生かし、同じ轍を踏まないようにするしかないのだ。
「ところでお姉さま、例の情報はどこから入手されたのですか?」
カガリの質問にアイラは複雑そうな表情を浮かべる。
《そうね、本人の希望もあって詳しい事は言えないけど……実はヘブンズベースから脱出してきた者から情報が提供されたの》
「ヘブンズベースから!?」
《ええ》
保護したものというのはジブリールの側近か近しい者だったのだろう。
それならば彼の行動を把握できていてもおかしくない。
《それよりもこれからの事を考える必要があるわ》
「ええ、私はアークエンジェルに宇宙に上がってもらい、ジブリールを追ってもらった方が良いと考えていますが?」
《そうね。今回の件に関しては同盟も自ら動いた方が良い。悪印象を払拭する初めの一歩としてね。アークエンジェルには宇宙に上がってもらいましょう》
「分かりました。会議の方も準備を進めておきます」
《お願いね》
アイラとの通信を終えたカガリは詳しい話をするためショウを伴いアークエンジェルに向った。
◇
オノゴロ島に帰還したアークエンジェルではモビルスーツの補修や整備に追われていた。
ザフトは撤退したとはいえ、何時また戦闘になるかは分からない。
ならば再び戦闘が起きても大丈夫なように備えておかないといけない。
だが今の状況では傷ついていない機体を探すほうが難しかった。
その中でも深刻だったのはリヴォルトデスティニーとトワイライトフリーダムだった。
先の戦闘で新システムを発動させた二機はオーバーロードを起こしてしまったのである。
二機の足元で端末を弄っているのは開発者であるローザ・クレウス博士。
その傍には補佐役としてエルザもいた。
「ふむ、オーバーロードするとはな。まだまだ機体の調整が必要か。実戦データが手に入ったのは大きかった」
「クレウス博士、C.S.システムの方も問題があるようです」
「そこの端末にデータを移しておいてくれ」
「はい」
エルザがリズムよくキーボードを叩き、C.S.システムのデータを端末に移していく。
このC.S.システムこそシグーディバイドを撃退する際に発動したシステムである。
『Convert Seed system』
ローザ・クレウスが開発したSEED用のシステムだ。
SEED発現を感知すると機体の一部装甲が拡張、格納されていたスラスターを解放する。
さらに両翼から光の翼が放出され、通常とは比較にならない速度での高速戦闘を可能としている。
同時に収集した戦闘データから機体制御や補助を行い、パイロットの力を100%発揮できるようにシステムがサポートするようになっている。
ただし機体やパイロットの負荷が大きく、連続使用はできないのが欠点だった。
「流石に負荷が大きすぎるな。状況によっては任意でシステムの開放が出来るようにした方が良いか」
「そうですね。SEEDの発現を感知する度にシステムが発動していたのでは機体の方が持ちませんし」
二人は手を止める事無く、話を詰めながら作業を進めていく。
作業を手伝いながらその様子を見ていたアストとシンは先の戦闘の事を話していた。
「セリスが!?」
「ああ、レティシアさんのヴァナディスと戦っていた新型にセリスが乗っていたらしい」
シンは憤りで拳を強く握り締めた。
ジェイルがいた時点で考えなかった訳じゃなかった。
だがまさかすぐ傍にいたとは。
「一応説得したらしいが、途中から様子が変わり、話を聞くような状態じゃなかったようだ」
「それって……」
「おそらくI.S.システムの影響だろう。助けるには機体を破壊するしかない」
ダーダネルスでの戦いではシンの声に反応してシステムが中断したらしい。
でもいつまでもそんな欠陥を残しておくほどデュランダル達は甘くない。
シンは調整を受けているリヴォルトデスティニーを見上げ決意する。
セリスはプラントにいた頃、シンを救ってくれた。
ならば今度はこっちの番だ。
「……俺が必ず助けます!」
「分かった。セリスに関してはお前に任せる」
「はい!」
力強く頷くシンにアストは笑みを浮かべる。
そこにレティシアとマユが格納庫に入ってきた。
「アスト君、シン君、二人ともブリッジに」
「カガリさんから話があるみたいです」
「カガリから話?」
おそらく今後の事だろう。
アストはシンと共にブリッジに上がると、懐かしい顔ぶれが並んでいた。
その中でも眩しいほどの笑顔を向けているのがアネットである。
「久しぶりねぇ、アスト」
「あ、あはは、そう、だな。ア、アネット」
「カガリさんの話が終わった後で―――私からも話があるから」
「い、いや、で、でも」
「話があるから」
「……はい」
アネットの迫力に屈したアストはそれ以上は何も言えずに頷いた。
何故かレティシアやマユも怖いくらいの笑顔を向けてきているのは気のせいだと思いたい。
そんなアストの肩にトールが腕を回してくる。
「久しぶりだな、アスト」
「ああ、久しぶりだ、トール。元気だったか?」
「まあな」
雑談に興じたいところだが、挨拶は後だ。
マリューやムウとも挨拶を交わし、シンを紹介する。
とはいえ全員シンの事は知っているから、皆の自己紹介が中心ではあるが。
皆の紹介が終わったところに丁度カガリがブリッジに入ってきた。
「全員揃っているな。……話の前にアスト、久ぶりだな」
「ああ」
「言いたい事は山ほどあるが、それは後だ。それからシン・アスカ。私はカガリ・ユラ・アスハ。お前には色々と詫びねばならない」
「あ、いや」
前ならば彼女にも突っかかっていたかもしれない。
記憶の改ざんがあったと分かっても複雑な気分であった事も確かだ。
でもそれは自分の中で心の整理を付けたつもりである。
だから―――
「……まあ、色々ありましたけど、マユや両親の事ではこっちが礼を言わないと―――ありがとうございました」
「兄さん、せめて視線くらいは合わせてください」
「……分かってるけどさ」
照れくさいというのもあるし、なんというかこう言うのは苦手なのだ。
「いいんだ。それらの話も後でしよう。……皆も分かっていると思うがジブリールはあのシグルドと共に宇宙に上がってしまった。どんな理由があれ、これは同盟の失態だ。これ以上奴の好きにはさせない為に同盟もジブリールを追撃する事に決定した。そこでアークエンジェルにはこのまま宇宙に上がってもらいたい」
「宇宙に……」
ジブリールを放っておけないというのはここにいる誰もが分かっている事だ。
誰からの異論もなかった。
◇
ザフトの撤退に紛れてオーブから離脱したアオイとルシアも宇宙に上がる為にパナマ基地に到着していた。
ラルス達はすでに宇宙に上がり、宇宙要塞エンリルに到着している筈だ。
これからアオイ達もそちらに向かう事になる。
機体をシャトルに積み込み、宇宙へ上がる準備を進めている二人にマクリーン中将からの通信が入ってきた。
《二人とも無事で何よりだった。……ジブリールを宇宙に逃してしまったのは痛いが》
「申し訳ありません」
もっと上手くやれていればジブリールが宇宙に行く事を阻止する事が出来たかもしれない。
《少尉、詫びる必要なはい。むしろあんな状況で良くやった》
「ええ、中将の言う通り、そこまで気にしては駄目よ」
「はい」
ルシアに肩を叩かれアオイも切り替えるように頭を振った。
後悔しても時間は戻らない。
重要なのはこれからどうするかだ。
《二人にはしばらく休んでもらいたいくらいだが、そこまで余裕も無い。君たちはこのままジブリールが向ったウラノス攻略戦に参加して欲しい》
「……ウラノス攻略戦」
アオイ達もまた宇宙に激戦に身を投じる事になる。
機体紹介2更新しました。
次はストーリーを進めるか。それとも息抜きに外伝でも書くか……