『ヤキン・ドゥーエ戦役』
そう呼ばれた大戦から三年の時が流れていた。
各陣営は未だに緊張状態であり揺れる天秤のように不安定。
いつ均衡が崩れ、戦いが始まってもおかしくないほどであった。
そんな情勢の中でも戦争の傷跡から立ち直り、復興していく国も多く存在していた。
だが、それでも全く戦闘がなかった訳ではない。
何故なら停戦条約は結ばれたとしても、世界は前大戦より大きく変化していた。
そして各勢力の思惑が複雑に絡み合い、争いの火種は常に燻っているのだから。
◇
現在、世界は大まかに四つの勢力に別れている。
地球の存在する多くの国が参加している『地球連合』
遺伝子を調整され生まれてきたコーディネイター達が暮らす『プラント』
オーブ、スカンジナビア、赤道連合の中立三か国による『中立同盟』
そして最も新しい、ヤキン・ドゥーエ戦役時に各勢力から離脱した者達が作り上げた国家『テタルトス月面連邦国』
この四つであった。
これらの勢力がお互いを牽制しながら、睨み合っているのが現状である。
そしてこの中でも常に戦場の只中であったのがテタルトスだった。
停戦と共に誕生したテタルトス月面連邦国は地球、プラントからも認められていない。
あくまでもテタルトスに関する認識はテロリストや裏切り者達が集まっているというものである。
しかしテタルトスを潰そうとしても彼らは地球軍、ザフトを退けるほどの軍事力を有していた。
さらに中立同盟からの支援も行われている為、簡単にはいかないのである。
無論だからといってそんな危険な存在をただ放置しておく事はできない。
その為、散発的とはいえこの三年間、戦闘が絶えず行われていた。
そして今日もまた―――
◇
テタルトスの防衛圏内で巡回しながら戦いに備えていた戦艦に侵入者の報告が入ってくる。
だが知らせを聞いて慌てている者は誰もおらず、警戒中であった月面連邦軍はすぐに迎撃態勢を取った。
「ザフト軍、ナスカ級二隻接近してきます」
報告を聞いたエターナル艦長アンドリュー・バルトフェルドはため息を付きつつ、即座に命令を下す。
「ハァ、毎回毎回懲りないよねぇ。仕方無い、迎撃開始! モビルスーツ出撃させろ!」
「「了解!」」
艦のハッチが開くと次々とモビルスーツが出撃。
宇宙に飛びたした機体はザフト軍を迎撃する為にポジションを取って展開する。
「全機、月の裏切り者共がモビルスーツを展開した。ジンモドキとダガーモドキだ、油断すんなよ!!」
「「「了解!!」」」
攻撃を仕掛けようとしているザフト側の視界には二種類のモビルスーツが見えていた。
その機体こそテタルトスの主力モビルスーツである。
LFA-01『ジンⅡ』
名の通りジンの設計を基に開発された後継機である。
外見もジンを意識した形となっており、武装は基本的なビーム兵装に突撃銃、ミサイルも装備しているエースパイロット用の機体である。
あれこそ彼らザフトの誇りを汚した、忌むべき機体であった。
そしてすぐ傍には地球軍のダガー系を彷彿させる機体がもう一機存在している。
LFA-02『フローレスダガー』
ストライクダガーをテタルトスが独自に発展させた機体。
こちらは一般のパイロット用として扱いやすいように調整されている。
これら二種類の機体に共通しているのはストライカーパックシステムを参考にしたコンバットシステムが採用されている事だった。
このシステムはユニウス条約によってモビルスーツ保有量を制限されたプラントが単一機で様々な局面に対応させる為に開発したウィザードと同じもの。
新国家であるが故にモビルスーツ数が不足しているテタルトスもまた同じような装備換装システムを生み出していた。
全機の展開を済ませたテタルトスとザフトのモビルスーツが激突する。
「落ちろよ! 裏切り者共が!」
「不細工なモドキは消えろ!」
ゲイツRがスラスターを吹かしビームサーベルでジンⅡに斬りかかる。
懐に飛び込み突撃してくるゲイツRに回避運動を取るジンⅡだが側面に回り込んだシグーがビームライフルを撃ちこんで行動を阻む。
動きを鈍らせた敵にゲイツRのパイロットはニヤリと笑みを浮かべて、躊躇う事無く操縦桿を押し込んだ。
「これでまず一機だ!」
彼は自身の勝利を確信する。
ゲイツRのパイロットは決して自惚れていた訳ではない。
彼は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦を生き延びた腕利きのパイロットである。
だからこそあの後のプラントの実情を知っている。
あの戦いを生き延び、混乱したプラント見て来たからこそ、逃げたテタルトスの者達が許せなかった。
同胞だと信じていたが故に。
「死ねぇぇ!!」
しかし振り上げたビームサーベルがジンⅡを捉える事はなく、逆に別方向からの攻撃に晒されてしまう。
横から割り込んできたウイングコンバットを装備したフローレスダガーである。
上手くこちらの死角を突きビームライフルを連射してくる。
「チッ、ナチュラルのおもちゃがぁ!」
ゲイツRのパイロットは標的をフローレスダガーに変えて突撃する。
だがこれは完全な彼のミスだった。
彼は未だにダガー系の機体を甘く見ていた。
それが彼自身の致命的な敗因であり、死因だった。
次の瞬間、フローレスダガーはその機動性でゲイツRの攻撃を容易くかわす。
そして逆に至近距離からビームライフルを叩きこむと敵機の胴体を撃ち抜き撃破した。
「遅いです」
「ば、馬鹿なァァ! 何であんな機体に!?」
ウイングコンバットは機動性を高めるエールストライカーを強化したもの。
ナチュラルでもコントロール可能なように装備自体に制御AIが搭載されているため扱いやすくなっている。
このAIがどの装備にも搭載されているのがコンバットシステムの特徴であった。
ゲイツRが撃墜されると同時に危機に瀕していたはずのジンⅡもウイングコンバットのスラスターを噴射。
ビームクロウを展開して一気に肉薄すると援護のモビルスーツを斬り裂いた。
「ぐあああ!」
斬り裂かれ、爆散した機体を尻目に、テタルトス軍は次々とザフトのモビルスーツを撃破していった。
フローレスダガーに搭乗していたセレネ・ディノは何の感情も見せない。
彼女はとっくに初陣を経験し、多大な戦果をあげたパイロットなのだから。
「三時方向の敵を叩きます。援護してください」
「了解」
現在この戦闘における不安要素はない。
このまま何事もなく終わるだろう。
確信するセレネは機体を加速させ、次の敵に向かっていく。
終始テタルトスはザフトを圧倒し、セレネの予想通りこの戦闘は何事もなく終了した。
そこには何の達成感もない。
だがこれらの戦闘がテタルトスの戦力を底上げしていたのは間違いない事実だった。
前大戦終結後、長引いた戦争によって戦力を失いすぎていた各陣営にとって戦力の増強は急務であった。
だがそれとは別の問題も存在していた。
それが経験豊富なパイロットの不足。
経験豊富なパイロット達の多くは前大戦で死亡してしまい、現在いるのは戦場を知らない新兵が大半である。
しかしテタルトスだけは例外であった。
小競り合いや歴史に刻まれるほどの大きな戦闘など、常に戦場であり続けたテタルトスは実戦の機会が山ほどあったのだ。
攻撃を仕掛けた地球軍やザフトにも同じ事が言えるかもしれないが、ほとんどは撃墜されてしまい生きて帰る者は稀である。
そう考えればテタルトスこそが一番アドバンテージを持っていたといえるだろう。
地球やプラントがテタルトスを排除しようと攻め込んだ事が逆に彼らの戦力を押し上げていたとは皮肉な話である。
戦闘を終え、エターナルに帰還したフローレスダガーのコックピットの中で一息ついていたセレネにバルトフェルドからの通信が入る。
《御苦労さん、お前さんが無事で良かったよ。でないとアレックスに何を言われるか分からないからな》
相変わらずの物言いにセレネは苦笑しながらも釘を刺した。
「バルトフェルド艦長、部下に聞かれますよ」
「おっと」とおどけるように言う彼に思わず笑みがこぼれた。
これが彼なりの労いである事をセレネは良く知っている。
コーヒーをしつこく勧めてくるのが玉に瑕であるが、バルトフェルドのこういう所が部下に慕われる要因なのだろう。
《それにしても今回はやけにあっさり引き揚げたな》
「今回は完全に様子見だったのでは? もうすぐアーモリーワンでは新造戦艦の進水式が行われる筈でしょう」
《そうだな。向こうもそろそろ本腰入れてくるかもしれん》
「ええ」
バルトフェルドの懸念はある意味で当たる事になる。
そう―――ここから再び戦端が開かれることになるのだから。
◇
『アーモリーワン』
ここは戦後に作られた工廠プラントである。
今日この場所はいつもとは比較に成らないほどの喧噪と賑わいに満ちていた。
新たに建造された新造戦艦の進水式が開催されるからである。
その為にプラント内部はパレードのような騒ぎとなっており、VIPなどが招待されて人が多く溢れているのだ。
そんな中で二人の女性がシャトルから降り、通路を歩いて行く。
一人は普通に歩いているだけの筈がどこか気品を感じさせる美しい女性―――スカンジナビア第二王女アイラ・アルムフェルトであった。
彼女は中立同盟軍事最高責任者でありながら、今でも外交の最前線に立っている。
彼女がアーモリーワンに訪れた理由はプラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルと会談を行う為。
良好とは言い難いプラントと中立同盟の関係を改善する為の話し合いであった。
中立同盟の中には現国家元首を含め、彼に対し多くの者が不信感を抱いている。
もちろん理由はいくつかあるが、それを含め今回の会談ではその辺りを確かめる事が目的の一つとなっている。
「流石に人が多いわね」
「ええ、御注意ください。それだけ不審者も近づきやすいですから」
本来ならば万全の警護態勢が整えられるプラント本国かスカンジナビアで開催するのが普通なのだろう。
しかし今回デュランダルの希望により是非アーモリーワンにて開催したいと打診してきたのだ。
プラント本国やスカンジナビアで行う事で地球軍を刺激したくはないという事なのだろうが―――
そしてもう一人、アイラの後ろからついてくる少女がいた。
こちらも彼女に引けをとらない美しい少女、今回の護衛役であるマユ・アスカ二尉である。
長い髪を後ろで纏めて、隙のない佇まいは相当な訓練を積んでいる事が分かる。
そして一番特徴的だったのが彼女の表情だった。
完全な無表情。
感情を感じさせない氷のような冷たい瞳だ。
近寄りがたい雰囲気で周囲を見渡すマユの様子を見ていたアイラは苦笑しながら気遣うように声をかけた。
「マユ、もう少し力を抜いたら?」
「そういう訳にはいきません。何があるかも分かりませんから」
その言葉に感情は無く、事務的に答える。
言っておくがこれはアイラとの関係が悪い訳ではない。
マユ自身の事情によるものだ。
彼女は前大戦においてザフトの攻撃により家族を傷つけられ、多くのものを失った。
そして戦場に身を浸し、前大戦からこれまでずっと戦い続けてきた。
その結果なのだろうか、最近の彼女は親しい者達以外に表情を出すことをしなくなった。
彼女からすればザフトこそ家族を傷つけた元凶。
だが同時に重症であった彼女の兄を救ってくれたのはプラントである。
その心中は実に複雑なものだろう。
マユとしてもアイラに気を使わせるような事は避けたいのだが、至るところから漏れ聞こえてくる声が彼女の神経を逆撫でしていた。
聞こえてくるのはナチュラルやテタルトスに対する罵詈雑言。
「今度こそナチュラル共に見せつけてやる」
「裏切り者共を這いつくばらせる」
そんな周囲から漏れてくる声を聞いているだけでもストレスが溜まるというものだ。
「もう、可愛い顔が台無しよ。男の子だって笑った顔の方に魅力を感じるものよ」
「……そういう事には興味ありませんし」
出来るだけ感情を込めずに言ったつもりだったのだが、アイラには逆効果だったらしく楽しそうに笑っていた。
「『彼』だってきっとそうよ」
「……別に、あの人はそんな―――」
しまったと思った時は遅かった。
より楽しそうにこちらを見ながら問い詰めてきた。
「あら、誰の事を思い浮かべたのかしら?」
「なっ、そ、そんな事はどうでもいいでしょう。それよりアイラ様、プラントの中には私達を良く思わない者達も多くいます。ご注意ください」
流石にこれ以上からかう気も無かったのか、アイラは先程よりも表情を引き締めて頷いた。
「ええ、ありがとう。でも大丈夫よ、マユも居てくれるから」
喧噪が満ちる港の通路を慎重に進み、エレベーターに乗り込むとそのまま下降し始めた。
「ふう、凄い人だったわね」
「ええ、それだけ今回の進水式が注目されていると言う事でしょう」
雑談に相槌を返し、椅子に座ったアイラの後ろに立ったマユはプラントの景色を眺めながらサングラスを掛けた。
これは単純に自分の視線を隠すためだ。
自分でもプラントに関する悪感情は認めている。
だからどうしても視線が鋭くなってしまう。
これから会う最高評議会議長にそんな視線を晒す訳にはいかない。
アイラの立場を自分の所為で悪くする事はできないのだから。
いつも以上に感情を抑え込むと何も考えずただ静かに周囲に気を配る事にした。
二人がエレベーターから降りて、案内されるままに辿り着いた執務室に入ると穏やかな雰囲気の黒髪の男性が笑みを浮かべて迎え入れてくれた。
「ようこそ、アイラ王女。遠路お越しいただき申し訳ありません」
「こちらこそ、ご招待いただきありがとうございます」
男性が差し出した手を握り返す。
この男こそプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルである。
笑みを浮かべるデュランダルに笑顔を返しながらアイラは内心「なるほど」と納得した。
幼少の頃から公の場に出る機会の多かったアイラは様々な人間に会ってきた。
中には欲深い者や危険な者、何を考えているか分からない者など色々いた。
そんな経験からこの男もまた油断のならない相手であると察する事が出来た。
彼が信用できないと言った『彼女』の気持ちが良く分かる。
そんな態度をおくびにも出さずアイラは笑顔のまま会談を始めた。
◇
今回の進水式に合わせ、当然ではあるが軍もまた大忙しだった。
ジンも式典用の装備となり、各部警備の為に誰もが忙しなく動き続けている。
そんな中をルナマリア・ホークは同僚のヴィーノ・デュプレが運転するジープに乗り、妹のメイリン・ホークと共に自分達が乗る艦目指して走っていた。
「それにしてもすごい騒ぎよね」
「ホントだよね」
ここには彼らのように実戦を知らない新兵も多く、ここまで大規模な催しは初めてなのである。
「俺ら、噂じゃ月近辺の配置になるって話だけど」
「月ってテタルトスを警戒してって事よね?」
「多分ね。連中を牽制したいんじゃないの」
あくまでも噂の範疇だ。
それにこの進水式が終われば、嫌でも分かる事である。
「それよりも私達も街に出たかったな」
残念そうに言う妹にルナマリアは呆れながら答える。
「しょうがないでしょ。私達は一昨日出たばかりじゃない。それにそうなったらあいつ等も一緒でしょ。傍にいたら胸やけ起こすわよ」
「アハハハ、それは言えてるね」
ヴィーノは呑気に笑っているが、実態を知っているメイリンの顔は引き攣っていた。
気持ちは良く分かる。
今、自分も全く同じ表情を浮かべているだろうから。
「「ハァ~」」
姉妹同時にため息をつくとヴィーノは訳が分からないとばかりに首を傾げた。
◇
アーモリワン内部は今回の進水式に招待された人達で満ち溢れ、まさにお祭り騒ぎであった。
多くの人が道に溢れ歩きにくい事この上ない。
そんな人が溢れる道をシン・アスカは友人のヨウランと共に歩いていた。
「すごい人だよなぁ」
「ホントだよ」
時間があったので遊びに出たはいいが、この人ゴミでは逆に疲れてしまう。
これなら部屋で休んでいた方が良かったかもしれない。
「けどこの進水式が終わったら休む暇もないだろうしなぁ」
「だな」
だから貴重なこの機会にどこに連れて行ってやろうかと考えていたシンにヨウランはニヤリと笑って肘で突いてくる。
「それよりさ、この後『彼女』とデートなんだろ?」
「なっ! い、いや、ちがっ―――」
「いや、周知の事実なんだから隠す事無いじゃんか」
咄嗟に否定してしまったが、確かに隠すまでも無く彼女と恋人同士である事は皆が知っている。
しかし正面から言われると思わず照れてしまうのだ。
本人が居なくて良かった。
もしも今の会話を聞かれていたら、数日は機嫌が悪くなっていただろう。
「俺は先に戻るから楽しんで来いよ。明日からは忙しくなるだろうしな」
「……そうだな」
最近は進水式の準備ばかりで話す暇もなかったから、今日くらいはゆっくりするのもいいだろう。
「じゃ、俺は先に戻るからな。ただし時間には遅れるなよ」
「大丈夫だよ!」
ヨウランを見送ったシンは待ち合わせ場所に急ぐ。
話していたせいで少し遅れそうだ。
ああ見えて結構時間とかにはうるさいので、少し急いだ方が良いかもしれない。
しばらく走って辿り着いた場所にはもう待ち合わせ相手セリス・シャリエが待っていた。
「マズッ!」
走り寄るシンに待ち人である少女は不満そうな顔を向けてくる。
しかしこう言ってはなんだが、元々可愛らしい顔つきの為か全く怖くない。
「遅いよ、シン」
「ごめん、ヨウランと話してた」
「もう仕方ないなぁ。後でデザート奢って。それで許してあげる」
「分かったよ。何でも奢るって」
その言葉に満足したのか、セリスは笑顔で腕を組んでくる。
それを見たシンも笑みを零して歩き出した。
腕を組んでご機嫌なセリスの顔を覗き見る。
贔屓目に見てもかなり可愛い。
可愛らしい顔に背中まで伸びる金髪、何より明るく面倒見もいい。
本当に自分などには勿体ない子だと思う。
「どうしたの?」
シンがセリスを見ていた事に気がついたのか、不思議そうに訊ねてくる。
流石に見とれていたなんて言うのは恥ずかしいし、色々照れ臭かったので誤魔化すように別の話題を振った。
「いや、この前もデザート食べ過ぎたーって騒いでたからさ。大丈夫かなって」
「うっ、だ、大丈夫だよ。ルナ達と一緒に訓練もしてるし」
「だといいけどな」
「もう、シン!」
「あははは」
三年前の戦争ですべてを失ったシンにとって、セリスといる時間ははなにより癒される大切な瞬間だった。
楽しそうに笑うシン達とすれ違う三人組がいた。
少年が二人に少女が一人。
どう見ても兄弟ではない。
しかし今のアーモリーワンには彼らのような若者を溢れている為、周りからは外からの観光客とでも見えているだろう。
その少女ステラ・ルーシェは周囲の騒ぎにあてられたのか、突然笑顔でくるくると回り始める。
楽しそうに回る少女の姿を一緒に歩く少年達スティングとアウルは呆れながら眺めていた。
「なに、あれ」
「浮かれた馬鹿の演出って奴じゃないか」
ますます呆れた顔になるアウルにスティングが言ってやる。
「お前もやったらどうだ? 馬鹿の演出」
「冗談だろ」
馬鹿馬鹿しい。
自分達は遊びに来た訳ではないとアウルは肩を竦めながらスティングと共にステラを追った。
もしVIPとぶつかりでもして騒ぎを起こされては困る。
まだ仕事は始まってもいないのだから。
「いい加減にしろよ、さっさと行くぞ」
「え、うん」
何時までも踊っているステラを捕まえ、所定の場所に辿り着くとそこにはザフトの制服を身につけた者達が待っていた。
「騒ぎを起こしてないだろうな」
「当たり前だろ」
スティングの言葉に満足したのか、それから特に何も言う事無くある区画の倉庫の前に立つ。
銃やナイフを渡されたスティング達はいつものように準備を開始した。
倉庫のシャッターが開くと同時に目の前に広がるのはザフトの兵士達と横たわるモビルスーツ。
振り返るザフト兵達が動き出す前にスティング達は走り出す。
―――そして惨劇が始まった。
◇
アイラとデュランダルの会談は順調に進み、彼の提案によりアーモリーワンの工廠を見て回る事になった。
外では非常に活気があり、兵士達も忙しそうに動き回っている。
進水式の準備の為か倉庫の周りにはモビルスーツが立ち並んでいた。
ジンやシグー、ゲイツといった前大戦からマユにも見慣れた機体も見える。
その中で見慣れぬ機体が立っている事に気がついた。
あれは―――
「ZGMF-1000ザクだよ」
マユの視線に気がついたのか、デュランダルが説明してくれる。
「ニューミレ二アムシリーズの一機でね。ザフトの最新型主力機さ」
マユは説明してくれたデュランダルに一礼するが、同時に困惑していた。
確かにザクを見たが護衛対象であるアイラから目を離した訳ではない。
しかもサングラスをかけているのだ。
にも関わらずデュランダルこちらの視線に気がついていた。
つまり彼は話をしているアイラではなくマユを見ていた事になる。
ただの護衛役であるマユを見る意味がデュランダルのどこにあるというのか?
そんなマユの心情とは関係なくデュランダルはアイラとの話を続けていた。
「それでお国の方はいかがですか、アイラ王女?」
「そうですね、すべてが順調とはいきません。今でも地球軍とは戦争中ですから」
「交渉はされているのでしょう?」
「もちろんです。ただそう簡単にはいかないのですよ。今日の会談についても向こうは変に勘ぐっていましたから」
それにデュランダルは肩を竦めた。
「中立同盟が我々に軍事支援をおこなう為の交渉をするのではないかと?」
「ええ」
要するに地球軍は中立同盟とプラントが手を組むのではと警戒しているのだ。
しかしそれは現状あり得ない。
その理由の一つがテタルトスの存在である。
中立同盟はテタルトスが中立の立場を表明してからこの三年間支援を行ってきた。
しかし逆にプラントはテタルトスの存在を認めていない。
いや、デュランダルは口にしないが明確に敵視している。
だからその点において同盟とプラントは対立していた。
それが両国の関係改善の壁になっているのだ。
「そんな事実は無いというのにまったく。しかし同盟はこの情勢の中でもその中立の理念を貫き続けている事には感服します」
三年前から地球軍と戦争状態を継続している中立同盟はその立場を変わらず主張し続けていた。
それでも戦端が開かれていないのは地球軍の戦力増強を基本指針としている事とアイラ達の外交努力によるものである。
「……中立を貫くためには力がいる。もちろん大きすぎる力が争いを生む事も、そして中立の理念だけで、綺麗事だけで世界が動かない事も十分理解しています」
「ええ、それも仕方がない。我々が取るべき道は一つだけです。……そう、争いが無くならぬから、力が必要なのです」
その時だった。
とてつもない轟音が響くと同時に爆発が起き、マユは咄嗟にアイラを抱え込むように押し倒すと一瞬後に爆風が襲いかかる。
「ぐっ、いったい何が!?」
マユがアイラを助け起こしながら見えたのは見た事のない三機のモビルスーツ。
しかしその造形はジンや先程デュランダルが言っていたザクなどとは全く違うものだった。
それどころか自分達が慣れ親しんだものによく似ている。
「……ガンダム」
マユは思わず呟くと周囲にいたザフト兵が呆然とあの機体の名を口に出した。
「カオス……ガイア……アビス」
それがあの機体の名前なのだろう。
全員が固まって動けないのを尻目に三機のモビルスーツが動き出す。
取り押さえようとしたモビルスーツ達を一蹴すると三機はバラけて行動を開始した。
それを見ていたデュランダルは兵士達に指示を飛ばす。
「王女達をシェルターに! 何としても取り押さえるんだ、ミネルバにも応援を頼め!」
「ハッ!」
マユは兵士達に先導されアイラの手を引き走りだす。
そんな彼女達を見送ったデュランダルの後ろにはいつの間にか赤服の兵士が立っていた。
バイザーのようなサングラスを掛け表情が見えないが、彼を見たデュランダルは笑みを浮かべる。
「アレン、いざとなったら君に出てもらう事になるかもしれない」
「……了解しました」
デュランダルの言葉にアレン・セイファートは静かに応じた。
◇
カオスに搭乗したスティングはビームライフルを構えて他の二人に指示を飛ばす。
「モビルスーツが出てくる前にハンガーを潰しとけよ!」
「ステラ、お前は左」
「分かった」
ステラの乗ったガイアが四足獣のような形態に変形する。
ザフトのモビルスーツバクゥを連想させるの姿で背中のビームブレードを展開すると迎撃に出てきたディンを真っ二つにした。
仲間がやられた事で正気に戻ったのかジンやシグーが襲いかかってくる。
しかしステラにとってはあまりに遅い対応である。
「邪魔!」
即座に人型に変形するとビームライフルでジンを撃ち抜き、さらにビームサーベルでシグーを袈裟斬りに斬り裂いて撃墜する。
ステラに続くようにアウルの搭乗したアビスが両肩の三連装ビーム砲と胸部のカリドゥス複相ビーム砲を同時に構えて一気に放った。
撃ちだされたビームがアビスに群がるモビルスーツを次々と薙ぎ払っていく。
「おらおら!」
だが敵も黙ってはいない。
当然のように反撃してくる訳だが全く手応えがない。
アウルは敵の放ったビームをあっさり回避するとビームランスを突き出しコックピットを串刺しにして撃破した。
そんな二人の暴れぶりに満足したように笑みを浮かべたスティングも動き出す。
ビームライフルで次々と施設を破壊すると近づいてきた敵にはビームサーベルを叩きつける。
操縦しながらもスティングはこの機体の性能に驚いていた。
「大した性能じゃないか。こんな作戦立てるだけの意味があるって事かよ」
ステラやアウルがはしゃぐのも無理はない。
スティングでさえ高揚を抑えるのが大変だ。
しかし目的を見失ってならない。
あくまでこの機体を持ち帰るのが任務なのだから。
マユとアイラは暴れまわる三機のガンダムから何とか離れようと走り回っていた。
しかし三機の攻撃で建物は崩れ、道は塞がれている。
さらに不味い事にシェルターまでの案内役は爆風に巻き込まれ、行方が分からなくなってしまった。
それでもマユは表情を崩す事無く冷静にアイラに声をかけた。
「アイラ様、大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう、マユ」
アイラは取り乱したりはしていない。
それだけでも大助かりだ。
ここで取り乱されるような事があれば命に関わる。
素早く周囲に視線を走らせるが周りには瓦礫の山が積み上げられ逃げ場がない。
「……どうする?」
その時、爆風と共にマユの目に倒れ込んで来たのは一機のモビルスーツだった。
「あれは―――」
先程デュランダルが説明していた機体だった。
そこで脳裏に一つの打開策が浮かぶ。
この状況ではこれしかないと即座に判断するとアイラの手を取った。
「アイラ様、こちらに」
「ええ」
信頼してくれているのかアイラは何も言わずにマユの後をついてきてくれる。
その信頼には何としても答えなくてはならない。
そのまま二人は倒れたザクのコックピットに乗り込んだ。
この機体はザフトの最新鋭のモビルスーツである。
他国の人間であるマユ達が最新鋭の機体に乗り込むなど本当ならば許されないのだが、今は非常時である。
コックピットに座るとコンソールを操作し、機体を立ち上げていく。
「マユ、動かせるの?」
「はい。ザフト製だけあって少し勝手が違いますが―――いけます」
起動したザクの計器を弄り、フットペダルを踏み込み立ち上がらせる。
即座にスペックと武装を確認すると正面にガイアを確認する。
「何?」
立ち上がったザクに気がついたステラはビームライフルを構えた。
どうせ先程まで落としていた奴と何も変わらない。
そう判断したステラはトリガーを引く。
しかしそれが誤りであった事を次の瞬間、痛感させられた。
「くっ」
放たれたビームを直前で回避したマユはそのままガイアに肉薄して肩のシールドで体当たりする。
当然そんなザクの反応など予想もしていなかったステラに回避する術はない。
「こいつ!」
ザクの体当たりで体勢を崩されたガイアはビームライフルを吹き飛ばされてしまう。それがステラの頭に血を上らせた。
「よくも私に!」
ステラはビームサーベルを構えると怒りに任せてザクに突進する。
「はああああ!!」
ステラが放った斬撃を後退しながらかわしたマユはシールド内に収容されているビームトマホークを構えて迎え撃つ。
放たれた斬撃をお互いにシールドで防御すると火花が飛び散った。
このまま押し返そうとするザクをガイアが逆に吹き飛ばした。
「……パワーは相手の方が上ですね!」
この機体ザクも量産機ながらも高い性能を有している。
しかしガンダムには及ばないらしい。
正面から斬り合うのは分が悪い。
幸いというべきかガイアは勢いに任せて正面から突撃してきた。
「強い……けどこれならば十分に捌ける!」
シールドを巧みに使いガイアの斬撃を流すと蹴りを叩き込み突き放した。
「お前ぇぇぇ!!」
怒りにまかせた特攻で斬りかかってくるガイアをマユは酷く冷たい視線で凝視する。
完全に冷静さを失っているらしい。
こちらとしてはさっさと後退したいのだが、こうも突っかかられては退く事も出来ない。
「ステラ!!」
そこに背後からカオスが斬り込んできた。
マユは驚異的な反応で操縦桿を操作すると機体を逸らすように回避運動を取った。
振り下ろされた斬撃がザクの装甲を浅く抉っていく。
「まだ!」
ビームサーベルを振り下ろし一瞬、無防備になったカオスをシールドで突き飛ばすと距離を取った。
「こいつ!」
「やるじゃないか! ザフトのエースかよ!」
動きの違うザクを警戒するスティングとステラ。
だが反面マユは内心焦っていた。
慣れない機体で二機のガンダムを相手にできると思うほど自惚れていない。
あまり激しい戦いになればアイラも厳しい筈だ。
「どうする?」
何とかこの状況を打開する方法を考えていたところに、上空から何かが飛来してくるのが見えた。
目に映ったのは小型の戦闘機だった。
「……何であんなものが?」
戦闘機が放ったミサイルの一撃でバランスを崩した二機を見てさらに距離を取る。
その間に戦闘機と共に飛来した三つの飛行物体が通過する。
「あれは……モビルスーツの上半身と下半身?」
戦闘機を挟むように上半身と下半身がドッキングするとモビルスーツとなり、さらに最後の飛来物である武装が背中に装着される。
すると機体が白と赤に染まり、背中の剣を構えるとザクを庇うようにカオスに振り下ろした。
その姿は敵対する機体と同じく―――
「……ガンダム」
剣を構えた機体を操るは紅き瞳の少年。
鋭い視線で二機を睨みつけると憤るままに叫びを上げる。
「なんでこんな事を! また戦争がしたいのか、アンタ達は!!」
ここに互いが知らぬまま戦場にて兄と妹は邂逅した。
再び戦乱の幕が上がる。
とりあえず一話だけ出来ていたので投稿しました。