大西洋北部アイスランド島にある地球連合軍の最高司令部ヘブンズベース。
現在は地球軍の中でロゴス派と呼ばれている者達が集まり、ザフト、反ロゴス派の襲撃に備えて準備が進められていた。
誰もが敵を迎え撃つ為に慌ただしく動く中、一人場違いなほど覇気のない男がいた。
ユウナ・ロマ・セイランである。
廊下にゆっくりと歩きながらため息をついている。
別に仕事がない訳ではない。
彼も准将の役職を与えられている以上、やる事は山ほどあるのだ。
しかし彼の表情は暗い。
それはあのデストロイが行った惨劇を見たからだった。
もう自分はこの道を選んだ。
だから今さら引き返せるとは思っていない。
しかしあんな関係のない人々を薙ぎ払い平然と笑っていられるような感性も持ち合わせてはいなかった。
それからある種の迷いのような物が彼の中にしこりになって残っている。
全く自分らしくも無い。
ユウナはわざと大きく首を振る。
「はぁ、仕事に集中しよう」
そうすれば余計な事は考えなくて済むはずだ。
そう結論づけたユウナは仕事を進める為に自分の部屋に戻ろうと足早に歩き出した。
すると前方に数人の兵士が集まっているのが見える。
その中央には二人の少女がいる。
ユウナは再びため息をつくと近寄って声をかける。
「何をしているのかな?」
「じゅ、准将」
その場にいた全員が敬礼する。
ユウナも敬礼を返しながらチラリと少女達の方を見た。
少女は二人とも同じ顔をしている。
間違いなく『ラナシリーズ』と呼ばれるエクステンデットだ。
連合のロゴス派はオリジナルのラナ・ニーデルから何体かのクローンを生み出し、調整を施して兵士として投入している。
先のデストロイに搭乗したのもその一人だ。
だがその中には、適合できなかった者達もいる。
ここにいる彼女達も失敗作と烙印を押された存在に違いない。
元々エクステンデットは部品扱いだ。
その中でも失敗作の立場など無いに等しい。
彼女達の末路など悲惨なものである事は想像に難くない。
「えっと、こいつらが全然仕事で使えないので」
一人が言い訳を口にするが、そんな事を聞いても仕方がない。
「……もういい。君らは早く持ち場に戻るんだ」
自分達よりも上の階級の者にそう言われれば従うしかない。
彼らはやや不満そうにしながらも、反論する事無くそのまま立ち去った。
ため息をついて少女達を見ると頬が赤くなっている。
おそらくは殴られたのだろう。
「君たち、大丈夫かい?」
声を掛けながらユウナは不思議に思っていた。
何故彼女達を助けたのだろうか?
彼女達を憐れんだから?
それとも―――
自分でも良く分からない。
そんな考えも纏まらないまま、ユウナは怯える少女達に手を差し伸べていた。
◇
ヘブンズベースの別の区画では宇宙から戻ってきたヴァールト・ロズベルクが端末を操作していた。
忙しなく指を動かす彼の対面には不機嫌そうにこちらを睨む仮面の男カースが座っている。
カースを苦笑しながら見ていたヴァールトは指を止めた。
「ずいぶん不機嫌だね」
「……理由は言わなくても分かるだろう?」
カースの目的はあくまでもマユ・アスカとアスト・サガミだ。
奴らに絶望と苦痛を与えて殺す。
それこそが彼の悲願である。
にも関わらず彼は不本意な機体での戦いやあんな木偶のお守りだ。
不機嫌にもなるだろう。
「なるほど。確かに君には無理を言ってきた。ではそんな君に良い報告をしよう」
「何?」
ヴァールトはそのまま端末をカースの方へ向ける。
それを読んだカースの口元が歓喜で歪んだ。
狂気すら感じさせる笑みである。
「……君には手伝ってもらう事があるが、まだ時間もある。それまでならば宇宙に行って来ても構わない」
その答えにカースは満足したように立ち上がる。
「そうだ、行くならもう一つ用事を頼まれてくれないか?」
「用事だと?」
「ああ。まあ難しい事じゃない。入って来てくれ」
部屋の扉が開く全員同じ顔をしている少女達が入ってきた。
「彼女達も一緒に連れて行って欲しい」
「この人形共をか?」
どいつもこいつも表情もなく無表情だ。
しかも同じ顔ばかりだから、不気味さを増す。
そこでカースも気がついた。
「……こいつはオリジナルじゃないのか?」
部屋に入ってきた『ラナシリーズ』の中にはオリジナルのラナ・ニーデルが混じっていた。
虚ろな表情から見て何かしらの調整を受けたのだろう。
「ああ、そうだ。彼女は優秀だからね。気に入らないかな?」
「当然だ。だがまあいいだろう。今は機嫌がいい」
今回はそんな事はどうでもいい。
目的はあくまでも別なのだ。
そのついでだと思えば気にもならないだろう。
カースはそのまま数人のラナ達を連れて部屋を出る。
ヴァールトはそれを見届けると再び端末に目を落とした。
◇
世界が反ロゴス派に傾きジブラルタル基地には多くの戦艦が集まっていた。
ロゴス派の拠点であるヘブンズベースを落とす為である。
当然その中には反ロゴス派の地球軍も集結している。
次々と地球軍の戦艦がジブラルタルに入港する。
その中の一隻。
船内にはルシア・フラガとアオイ・ミナトの姿があった。
何故この二人がここにいるのかといえば情報収集の為。
ザフトの内情や先の自分達を襲撃した理由も探る必要があったのだ。
仲間であったミネルバも攻撃するような連中。
何をしでかすか分からない。
もちろん確実に情報が手に入れられるという訳ではない。
むしろ情報が手に入る可能性の方が低いだろう。
マクリーン中将の方で探ってもらうという手もあるが、現状でもデュランダルと腹の探り合いをしている状態だ。
迂闊な事をすればロゴス派の烙印を押され、協力関係すら解消する事になりかねないのである。
かと言って他の部隊に調査を任せたら今度は彼らが消されるかもしれないのだ。
ならば多少リスクはあれど自分達で動くしかない。
ザフトの基地内を見て回れば新型を確認する事くらいは出来る可能性はある。
潜入自体は無駄にはならないだろう。
「少尉、大丈夫だとは思うけど一応確認しておくわ。目的はあくまでも情報収集。無茶な事はしないように。それからもしもの場合の逃走ルートも頭に入っているわね?」
「ええ、大丈夫です」
アオイはザフトから狙われている。
だがそれはごく一部からのみだ。
もしも全軍から追われているのならば、もっと激しく追撃が来てもおかしくない。
マクリーン中将の方でもそんな話は聞いていないらしい。
他の部隊の方でもそれとなくザフトの方から情報を得ようしたらしいが、アオイに関する話はなかった。
勿論それでも危険はある。
だがアオイは自ら今回の情報収集に志願した。
それはシンから教えて貰ったステラは生きているというのを確認したかった事。
そして遠目からでもギルバート・デュランダルを直接見たかったというのがある。
「それにしても素顔の大佐と一緒に外に出るなんて、不思議な感じですね」
「そうね。もう顔を隠す必要は無くなったけど、みんな驚いていたわね」
ルシアがくすりと笑う。
ネオ―――ラルスが部隊に合流した際に、部隊のメンバーにはルシアの事も話してある。
もちろんアル・ダ・フラガに関する件などは伏せられたが、それでも全員が驚いていた。
スウェンはいつも通り冷静な表情だったが。
ともかく彼女が一緒である事は頼もしい。
「では行きましょうか」
「はい」
基地を歩き回るには地球軍の制服は目立ち過ぎるのでザフトの制服に着替えて外に出た。
流石にヘブンズベースを落そうと戦力が集中している場所だ。
所狭しと地球軍、ザフトの艦が集まっている。
一際目を引くのはミネルバ級二番艦フォルトゥナであろう。
ミネルバとよく似た造形でありながらも、良く見れば細部に違いがある。
「同型艦か。搭載機に関しても調べたいけど、警戒が厳重すぎるな」
「無茶は厳禁よ」
「分かってます」
フォルトゥナから目を外し基地内を見渡すと多くの兵士達で溢れかえっていた。
ザフトの基地という事もあり、地球軍の兵士は入れない場所もあるようだが。
「では予定通り、私は宿舎や司令部辺りを探ってみます」
「俺は格納庫の方を」
二手に別れて基地内を散策する。
端末などからハッキングでもできれば情報も手に入りやすいのだろう。
しかし痕跡からこちらが捕まる可能性が高くなる。
それにコーディネイターに勝るほどの技術は持ち合わせてはいない。
一応逃げる為のルートを確認しながら、周囲をそれとなく観察していく。
しばらく歩いていると周りにザフトの兵士達の姿が多くなってきた。
この辺りは地球軍の兵士はあまり入っていないエリアのようだ。
丁度良い。
アオイは倉庫の壁を背にして、もたれ掛かると耳を澄ます。
そこらからザフトの兵士達の噂話が聞こえてくる。
[地球軍の戦艦が港に止まっているのは不思議な気分]
[次の作戦では新型が投入される]
そんな色々な噂が聞こえてくる。
中でも気になる話題があった。
それがアークエンジェルに関するものだ。
どうやら新型戦艦の襲撃を受けて撃沈されたらしい。
フリーダムやオーブの新型も落とされたとか。
さらにパイロットを収容したなんて噂まであるようだ。
「……フリーダムを落とすなんて」
アオイの脳裏のあの蒼い翼を広げて戦う姿が思い起こされる。
あのフリーダムを倒すとは相当な技量を持つパイロットがいるらしい。
これからの事を考えると頭の痛い話だ。
しばらく端末を弄るふりをしながら噂に耳を傾けるが、目新しい話は聞けないようだ。
アオイはルシアと合流する為に倉庫のそばにある狭い通路に足を踏み入れる。
しかしそこで予想外の展開が起こった。
通路に入った瞬間、正面から来た誰かとぶつかってしまったのだ。
「きゃ!」
「うわ!」
アオイは踏みとどまるがぶつかった相手は尻もちをついてしまう。
まさかこんな所から人が出てくるなんて、迂闊だった。
ここで揉め事は不味い。
「あの、すいませんでした! 大丈夫で―――」
アオイはすぐに謝ったのだが、その言葉も途中で止まってしまう。
尻もちをついていたのはピンクの髪をした少女ティア・クラインだったのだ。
ティア・クラインと言えばもはや世界でも知らぬ者はいないと言われるほどの歌姫である。
『希望の歌姫』と呼ばれる彼女を慕うものはプラントのみならず、地球にも多くいるという。
そんな彼女がよりによって何でこんな場所にいるのだろうか。
アオイは自身の不運を嘆きながらも不自然にならぬように平静を装いながら手を差し出した。
「えっと、だ、大丈夫ですか?」
「は、はい」
彼女はやや怯えたようにこちらの手を取って立ち上がらせる。
そんなに怖い顔をしてるだろうか?
ちょっとショックだったが、揉め事が起こる前に早く立ち去るべきというアオイの理性が働き何とか表情に出す事だけは防げた。
「とにかくすいませんでした……ティア様」
「……いえ、私も前を見て無かったので、申し訳ありません。あの、それよりもですね……道を教えていただけないでしょうか?」
「えっ」
アオイは思わず頭を抱えたくなった。
どうやってここまできたのかという疑問を棚上げしとりあえず目的地を聞く事にした。
「どこに行きたいのですか?」
「……はい、パイロット宿舎の方へ」
ジブラルタルに潜入する前にある程度の施設の位置は把握済みなので案内する事は出来る。
本当は避けたい。
だがザフトの制服を身にまとっている以上彼女を放っておくのは不信感を抱かれるかもしれない。
「分かりました。案内しますよ」
そういうとティアは初めて顔を綻ばせた。
「ありがとうございます」
余り目立ちたくはなかったので、人通りの少ない場所を選んで行く。
それにしても護衛も付けないなんて不用心もいいところだ。
アオイが言えた事ではないがロゴス派の刺客でも紛れ込んでいたらどうするつもりなのだろう。
「あの、ティア様は護衛も付けずにどうしてあんな場所に?」
「え、あ、はい。少し基地内を回っていたのですが、護衛の方とはぐれてしまいまして」
「だったらその辺の兵士を捕まえて案内してもらえば良いのでは?」
「その、知らない方と話のは少し。それに迂闊に出ていくと騒ぎにもなってしまいますから。でも貴方は他の方とは違うんですね」
「えっ?」
「他の方は興奮気味だったり、もっと畏まって接してこられますので」
なるほど。
彼女の立場からすればそれも仕方ないだろう。
それにしても映像で見るのとでは印象がずいぶん違う。
もっと堂々としたした印象だったが、本人はやたら大人しい。
おそらくこっちが素の彼女なのだろう。
「あ、あはは、そうですか。緊張しているのかもしれませんね」
やや乾いた笑いでごまかす。
彼女の歌が嫌いという訳ではないが、別にファンという訳でもない。
緊張しているのも、別の理由でだ。
そんなアオイの様子が可笑しかったのか、ティアはくすくすと笑っていた。
どうやら彼女の緊張は解けたらしく雰囲気が和らいでいる。
アオイとしては警戒されているよりはずっと良いし助かる。
しばらく雑談(というには少し言葉数は少なかったが)を交わしながら歩くと宿舎が見えてきた。
宿舎の玄関前には四人の男女が立っている。
その内の一人、眼帯をつけた女性がこちらに気がつくと他二人の男性と駆け寄ってきた。
「ティア様!」
「ヒルダさん、ヘルベルトさん、マーズさん、申し訳ありません。はぐれてしまって」
「ティア様が謝られる事ではありません。我々こそ―――」
三人と話を始めたティアを見てもう大丈夫だろうと判断したアオイはその場から離れようとする。
あんまり長居してボロが出たら間抜けすぎる。
「では私はこれで」
「あ、少し待って下さい。お名前を教えていただけませんか?」
立ち去ろうとしたアオイをティアが呼び止めた。
アオイはどうしたものかと少し考える。
彼女だけならば振り切っていく事も出来ただろうが、生憎他にも人がいる。
眼帯の女性など刺すように睨んでいるので無視したら不味い事になるかもしれない。
仕方無く、用意していた偽名を名乗る事にする。
「私は―――」
しかしそこで傍にいたもう一人の女性がこちらを見ている事に気がついた。
射るような視線。
この目は―――
警戒するアオイに女性の方から声をかけてきた。
「貴方がティア様を案内してくれたのかしら?」
「……ええ」
「そう、礼を言わなくてはいけないかしらね、アオイ・ミナト君」
アオイを知っている。
と言う事はこの女性はあの部隊の関係者。
気がついた時にはもう遅い。
アオイの腹には拳銃が突き付けられていた。
「この方をご存じなのですか、ヘレン様?」
「ええ。良く」
ティアに問われたヘレンは笑みを浮かべて頷く。
アオイはヘレンから目を逸らす事無く、睨みつけた。
◇
同じ頃、フォルトゥナの格納庫でボロボロになったインパルスのパーツをジェイルは複雑な表情で眺めていた。
『エンジェルダウン作戦』でようやくフリーダムを撃破する事が出来た。
それは喜ばしい事だ。
だがここにきて別の問題が浮上していた。
フリーダムとの戦いでチェストフライヤーは大破してしまった。
そしてミネルバから運び出したパーツはもう残っておらず、インパルスは使用できない。
プラントから予備のパーツを持ってくる事も出来るかもしれない。
しかしロゴス派との決戦には間に合わないだろう。
さらにその直ぐ傍には大破しているセイバーが横たわっている。
パイロットであるセリスは無事だったものの、セイバーの修復も難しいと報告を受けた。
つまりフォルトゥナに戦力として残っているのはリースのベルゼビュートのみという事になる。
ここでミネルバが戻ってきたなら状況も違うだろう。
しかしミネルバは―――
「まさか撃沈されるなんて……しかも落とした相手が―――イレイズかよ」
ミネルバは任務中にロゴス派の敵部隊と遭遇。
その際の戦闘で撃沈されたと報告を受けたのだ。
敵の新型によってインパルスも撃墜されてしまったらしく生存者もいないとヘレンからは聞かされた。
さらに極秘ではあるが任務についていたアレンもテタルトスとの戦闘でMIAになってしまったらしい。
彼の戦果や特務隊という立場もあってそれらはすべて一部を除いて伏せられている。
ジェイルは拳を強く握り締めた。
確かに戦場で相対した時もイレイズのパイロットは高い技量を持っていた。
あの時、先に倒しておけばミネルバが落とされる事もなかったかもしれない。
ミネルバに関してはジェイルも愛着はあるし、クルー達にも仲間意識があった。
シンの事も気に入らないとは思っていたが、別に憎んでいた訳ではない。
少なからず一緒に戦う仲間であるとは思っていたのだ。
それを奴がすべて奪った。
「……必ず俺が倒してやる!」
イレイズのパイロットは必ず!
固く拳を握るジェイルの前にレイとセリスが歩いてくる。
「ジェイル、議長がお呼びだ」
「議長が?」
「ああ、行くぞ」
一人歩き出したレイを追うようジェイルも歩き出す。
その傍を歩くセリスをジェイルは複雑そうに見た。
何か声を掛けるべきだろうか?
彼女の恋人であるシンや友人であるルナマリア達もすべて死亡したのだ。
友人や恋人を失ったセリスのショックはかなり大きい筈である。
「セリス、その、大丈夫か?」
ジェイルは気遣うように声を掛けた。
だが意外にもセリスは大して反応も無く淡々と返答してくる。
「ん、怪我はもう大丈夫。大した事無かったから」
「いや、そうじゃなくて、ミネルバの事―――」
「……確かにショックだけど、落ち込んでも仕方ないしね」
セリスのその言葉にジェイルは違和感を覚えた。
あそこまでシンの事を思っていた彼女が酷く淡白に見えたのである。
シンの事だけではない。
ミネルバにはあれだけ仲良くしていたルナマリアやメイリンが乗っていたのだ。
にも関わらずやたらと反応が薄い。
それともジェイルや他の皆がいる為に気を使っているのだろうか?
「どうした、ジェイル?」
「あ、ああ、何でも無い」
ジェイルは違和感を振り払うようにレイの後を追うと迎えに来ていた車に乗り込んだ。
しばらく基地内を走って車が横付けされたのは工廠のような場所だった。
案内されて奥に進んでいくとデュランダルが持っている端末で誰かと話をしているのが見えた。
「そのままここまで連れて来てくれ。……ああ、構わない。見られたところでどうという事はない。では頼むよ、ヘレン」
どうやら話をしていた相手はヘレンらしい。
ここに誰かを連れてくるつもりのようだ。
デュランダルは話を終えるとこちらに向き直り笑みを浮かべた。
「やあ、良く来てくれたね。君達の活躍は聞いているよ」
「お久しぶりです、議長」
三人とも敬礼するとデュランダルが手で制する。
「そう固くならないでくれ。今日呼んだのは君達に見せたい物があったからでね」
「見せたい物?」
訝しむジェイル達だったが、一斉にライトが光を放ち周囲を照らした。
そこにあったのは三体の巨人。
「ZGMF-X42S『デスティニー』、ZGMF-X666S『レジェンド』そしてZGMF-X26S『ザルヴァートル』どの機体も工廠の作り上げた自信作だよ」
「あの、この機体は」
「そう君達の新しい機体だ」
わざわざジェイル達を呼んだのはこれを見せたかったからという事らしい。
「『デスティニー』はインパルスのデータを基に君を想定した調整を加えてある」
「俺を!?」
これが自分の新しい機体なのだとジェイルは翼を持った巨体を見上げる。
「うむ。そして『レジェンド』、これは誰もが使用できるように改良したドラグーンシステムを搭載している。レイ、この機体は君に任せる」
「はっ!」
敬礼するレイに頷くとそのままデュランダルはセリスに向きあった。
「最後に『ザルヴァートル』、これは君の機体だ、セリス。君の力を存分に発揮できるようにしてある。期待しているよ」
「はい!」
セリスの返事にデュランダルは満足したように頷く。
「これらの機体こそがこれからの戦いの中心になっていくだろう。あと少しで戦いも終わる。君達には無理をさせてしまうが頼むよ」
「「「はい!」」」
これを使いこなしてロゴスを―――イレイズを倒す!
見ればセリス、レイ共に自身の機体を誇らしげに見上げている。
どうやら二人も同じように感じているらしい。
新たに決意を固めた所に、別の誰かが入ってきた。
おそらく先程呼ばれた人物だろう。
ジェイルが振り返った先にいたのは、ディオキアで出会った少年だった。
「……なんでアオイが」
アオイがヘレンに付き添われて歩いてくる。
その表情は非常に険しい。
そんなアオイを見ながらデュランダルはいつも通りの笑みを浮かべた。
「ようこそ、アオイ・ミナト君」
◇
「ギルバート・デュランダル」
まさかこんな形でデュランダルに会う事になるなんて。
しかもジェイルまでいるとは。
シンがインパルスのパイロットだった時点で彼もザフトである事は予想していた。
それよりもこれからどうする?
デュランダルと向き合うアオイの背後にはヘレンが銃を突き付けている。
アオイは焦りを抑えつけ、周囲に視線を走らせた。
目の前には新型らしい三機のモビルスーツが佇んでいる。
周囲を探っても隙はない。
だがある意味丁度良い。
ここで真意を問いただす。
時間稼ぎくらいにはなるだろう。
「……ギルバート・デュランダル、貴方は何をするつもりですか?」
「私が何をしたいかというのはあの放送で言った通りなのだがね」
「本当にそれだけですか?」
デュランダルが言った通り、ロゴスを討って戦争を終結させるというだけならば別にこちらを襲撃する意味はない。
アオイ達は反ロゴス派なのだから。
それでも攻撃を仕掛けてきた以上は何か目的がある筈なのだ。
アオイの意図を汲み取ったのかデュランダルは変わらぬ笑みを浮かべたまま話を始めた。
「アオイ君、君は今の世界をどう思うかね?」
「世界?」
「そうだ。「何故こんな事に?」「どうしてこうなる?」、そんな憤りを感じた事はないかな?」
それは勿論ある。
戦場で散った義父やアウル達の事を考えれば、今でも苦い思いがわき上がってくる。
「君にもあるだろう。そんな憤りを。そんなものが満ち溢れているのが今のこの世界というものさ。何も知らない人々は争い、そして戦いが起きる。同じく悲劇もね」
「何が言いたいんです?」
「もしもすべてが初めから決まっていたとしたらどうかな? 生きる人々が自分の役割を理解し、運命を知っていたとしたら―――そこに戦いはない。皆がただ自分の役割を全うし、争う事も無く、穏やかに生きられる世界」
役割?
運命?
何を言っているのだろうか、この男は。
「私はそんな世界を作りたいと思っているのだよ」
つまりそんな世界にアオイ達は邪魔でしかない。
だから攻撃を仕掛けたということなのか。
「……それが貴方の考えですか」
「そうだ。君はどう思うかな、アオイ君?」
答えは決まっている。
もちろん戦争を肯定するつもりはない。
だがすべてが最初から決まっている世界なんてものに興味はない。
少なくともアオイは自分の意志で道を選んだのだから。
「……そんな世界は御免ですね。俺はあくまでも自分の意志でここまで歩いてきたんだ」
「そうか。まあ君ならそう言うのだろうね。だからこそ―――邪魔なんだが」
デュランダルの冷たい言葉で周囲が凍りついた。
一気に緊張したこの場においてアオイの味方は誰もいない。
変わらずヘレンから銃を突き付けられているし、金髪の少年はこちらを殺意を込めて睨んでいる。
ライトが付いているとはいえ、照らしているのは新型の周りのみ。
アオイには逃げ場はない。
一か八かで動くか?
いや、賭けで動く前にどうしても聞いておかねばならない事があった。
「ステラはどこです?」
ステラの名前を聞いた途端ジェイルが憤りに満ちた表情を見せながら詰め寄ろうとするが、レイに制止される。
デュランダルは納得したように頷くと質問に答えた。
「なるほど、君がここに来たのは彼女の為かな。彼女は我々に協力してくれる事になったよ。もちろん本人からも承諾を得ている」
「な!?」
とても信じられない。
ステラが彼らに協力するのを承諾したなんて。
「もういいかな。では―――」
デュランダルが口を開こうとしたその時、傍にいたレイが何かを感じ取った。
それは戦闘でも感じたあの感覚だった。
「ギル!!」
「目を閉じろ!」
レイがデュランダルに叫ぶと同時に背後から聞こえた声に従いアオイは目を閉じる。
その瞬間、内部に目が眩むような光が照らされた。
アオイはそれに乗じてヘレンを突き飛ばすと外に向けて走り出した。
「待て!」
「議長、追跡を!」
「いや、今は騒ぎを起こしたくはない。せっかく集まってくれた人々に混乱させてしまう」
確かにこれからロゴス派の基地を落とそうというのに、両者に不信感を持たせるのは不味い。
しかしこのまま放っておくのも問題だろう。
そんな疑問に答えるようにデュランダルは笑みを浮かべた。
「放っておく訳ではないよ。彼らに関しては特務隊に命令を出してあるからね。追跡は彼らに行ってもらう。だが一つだけ伝えておこうか。彼だよ、イレイズのパイロットは」
「なっ!?」
たった今までいた彼がイレイズのパイロットであるという衝撃の事実にジェイルのみならずセリスも表情を凍り付かせた。
そして動揺するも次の瞬間、激しい怒りが込み上げてくる。
ミネルバを落したのはアオイだったのだ。
ステラの事もありアオイに対する怒りで歯噛みするジェイルは彼が走り去った方向を睨みつける。
その様子をデュランダルはどこか満足そうに見つめていた。
◇
ルシアと合流したアオイは予定通りのルートに向かって走っていた。
「まったく! 私が気がつかなかったらどうするつもりだったんですか!」
「すいません、大佐」
アオイがティアを宿舎に連れて行った際、ルシアはまだあの辺を調査していた。
それで連れていかれるアオイを見て助けに来てくれたのだ。
あそこで時間を稼いだ事も無意味ではなかった。
「説教は後です。ともかくここから脱出しますよ」
「はい」
できるだけ人のいない場所を選びながら二人はジブラルタルを駆けて行く。
逃走ルートをあらかじめ準備していた事もあり、追手に捕まる事無くジブラルタルから脱出する事に成功した。
◇
特務隊の襲撃を切り抜けたミネルバはアレンの案内に従って入国したスカンジナビアのドックに収容されていた。
ミネルバの修理を請け負ってきた者達が見れば、「またか」とため息がつくだろう。
それほどに酷い損傷だった。
よくもまあこんな状態でここまで辿りつけたものだと感心してしまう。
今はスカンジナビアの技術者達が修復作業を進めている最中だ。
そんなミネルバのブリッジではシン達が集まり、アレンの話を聞いていた。
まず聞かされたのはアレンの正体である。
彼の正体がアスト・サガミだと聞いた時はそれこそ皆揃ってかなりの動揺していた。
すでに正体を知っていたタリアが宥めてくれた事でなんとか大した騒ぎにはならなかったが。
事前に彼女に素性を明らかにしていたのが幸いしたようだ。
「それで、アストでいいかしら? それともアレン? どちらにしても全部話してもらえるんでしょうね?」
アストはタリアの言葉に苦笑しながら頷いた。
「どちらでも呼びやすい方で構いません。そして俺が知っている事はすべて話しますよ」
「では何で貴方がザフト、いえプラントにいるのかしら」
「いくつか理由があります。その内の一つはあくまでも個人的な理由ですので割愛しますが、大きな目的としてとある人物を探すためですかね」
「とある人物?」
「セリスですよ」
「セリスを!?」
アストの口から出た意外な言葉に皆が驚いた。
「まず、セリスの今の名前は本当の名前ではありません。彼女の本当の名前はセリス・ブラッスール。中立同盟のパイロットであり、スカンジナビア王家の血筋に連なる人間です」
「セリスが同盟のっていうか、王家に連なる人間!?」
驚くシン。
何と言うか予想外にも程がある。
「ああ。彼女の家はあくまで分家筋だがな。彼女は元々第二王女アイラ・アルムフェルト様の護衛役だったんだよ」
ブラッスール家は昔から王家の人間を守るための護衛役として存在してきた。
護衛役自体は強制ではない。
しかし幼いころから王家の者と共に過ごす機会も多い事から自分でその道を選択する者が大半であり、セリスもその一人だったとか。
「ちょっと待てよ! じゃあセリスが戦争の所為で昏睡状態になっていたっていうのは―――」
「彼女はおそらく記憶を操作されていたんだろう。定期的な健診とやらもその処置の為だったんだろうな」
「そんな!?」
セリスの記憶が操作されていたとは。
シンは思わず拳を強く握りしめる。
「それにシン、お前も記憶の一部を操作されているんじゃないか?」
「え?」
「オーブ戦役時の記憶に齟齬があるんだろ?」
アストの指摘にシンもそれに気がついた。
そうだ。
マユから聞かされたオーブ戦役の詳細とシンの記憶には齟齬があった。
当時は怪我の影響や思い出したくない事を無意識に拒絶していたんだと思っていた。
じゃあアレも記憶が操作されていたからなのか?
「そういえば……」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「最初ミネルバに王女が乗り込んで来た時、シンも変だったけど、セリスの様子も少し変だった」
あの時は気にもしてなかったが、もしかしてセリスは何かを感じていたのかもしれない。
「とにかく彼女はヤキン・ドゥーエ戦役後も変わらずアイラ様の護衛についていたんだが、同盟とテタルトスの間で行われた会談を妨害する形で起こった、『月面紛争』での戦闘に巻き込まれ行方不明になった」
戦争が終結してからも戦闘自体は散発的に行われていた。
特にテタルトス周辺はそれが顕著で、『月面紛争』という大規模紛争に発展したのだ。
セリスはそれに巻き込まれたという事だろう。
でも普通はMIAに認定されるだけの筈だが―――
「彼女は戦闘中に行方不明になった訳じゃない。行方不明になったのは戦闘が終了した直後だった。その頃丁度気になる事も起こっていた為に同盟はその件も含め調査する事になった」
「気になる事?」
「同盟国内で行方不明になった人間達が存在したんだ。ただの失踪にしては少し気になる数でな。そしてテタルトスからも同じ様な失踪者がいた。そして同時期にもう一つ事件が起きた。キラ―――いや俺の仲間の一人が正体不明の者達から襲撃を受けたんだ」
「襲撃!?」
「ああ、殺されかけた。分かったのは襲撃者がコーディネイターであるという事だけ。……忌々しいがある人物からの助言もあって、ごく一部の人間以外には何も知らせず、仲間は身を潜めながら、俺はプラントに入ってそれらを調査する事にしたんだよ」
シン達には思い当たることがあった。
それはミネルバがオーブに入港していた頃に起きた襲撃事件の事だ。
あの事件も確か襲撃者はコーディネイターだったとカガリには聞かされていた。
とすればアストの話に何かしら関係があるのだろうか?
それらの調査過程で失踪した者達は誘拐されている可能性が高くなり、「アトリエ」と呼ばれる施設の事も発覚したのだ。
「つまり俺がザフトに入ったのはそれらの事に議長が関わっているかどうか調査する為だよ。現段階でもザフトが関わっていたのは間違いないようだがな」
アストの言う通りだ。
もはやザフトが関わっていないと証明する方が難しい。
それだけ状況証拠はそろっている。
でもさらに疑問は残る。
「なんでそんな事を……」
「そこまでは分からない。デュランダルやヘレンは俺の素性を知っていた為に信用していなかったからな。ただあの二人が何かをしようとしている事は確かだ」
アストの事情は分かった。
だが今度は何でミネルバが攻撃を受けたのかという疑問も出てくる。
アストに関する事だったら、彼だけが狙われる筈だ。
「ミネルバに関しては推測の域を出ないが、あの新システム―――I.S.システムが関わっているのかもしれない。後はミネルバクルー、特にシンの存在がセリスに悪影響が出ると考えたのかもな」
勝手なことを。
そんな話を聞けば途端に不安になってくる。
「セリスは今どうなって……」
シンの呟きにアストは俯きながら答える。
「……再び記憶を操作された可能性が高いだろう」
「くそ!」
それは最悪の想像ではあるが、おそらく事実だ。
思わず壁を殴るシン。
セリスと仲の良かったルナマリアやメイリンも表情を曇らせている。
当然だ。
友達の記憶が操作されているかもしれないというのだから。
「議長がそれを指示したのかしら?」
「どうでしょう。どちらかといえばヘレン・ラウニスがその手の事を主導して行っていると感じてましたけどね。まあ議長もそれを知りながら黙認していたみたいですが」
「秘書官である彼女が?」
「ええ。彼女は今でこそ秘書官という立場ですが、昔は議長と同じ場所で研究を行っていた共同研究者だったらしいですからね。議長とは部下というよりも、もっと対等な関係なのかもしれません」
アストは議長の傍で護衛役として過ごしてきた。
時には秘書官であるヘレンとデュランダルの関係を推察できる場面もあったのだ。
皆が黙り込む。
どうするか決めかねているのだろう。
気持ちは分かるがこうしても仕方がない。
アストはこれからの事を話そうとしたその時、胸元に仕舞っていた端末に通信が入った。
通信相手は―――アイラ王女だ。
「何でしょうか?」
《話をしているところ悪いけど、アークエンジェルの件に関する報告が上がってきたわ》
アストがドミニオンで報告を聞いたのは甚大な被害を受けた事のみ。
その続報だろう。
《アークエンジェルは大きな被害を受けたものの、何とか無事らしいわ。でも―――》
「どうしたんですか?」
《……フリーダムとブリュンヒルデが撃墜され、パイロットであるマユとレティシアがザフトに捕まったらしいわ》
機体紹介2更新しました。
ザルヴァートルのイメージはデルタカイですね。