機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第31話  変革の始まり

 

 

 

 

 ジェイルが初めに感じたのは、激しい頭痛だった。

 

 体もだるく、気持ちが悪い。

 

 「一体何が起きた?」

 

 朦朧とする意識をはっきりさせる為に体を起こしながら頭を振って、周囲を見渡す。

 

 見覚えがあった。

 

 ここはミネルバの医務室のようだ。

 

 起き上がったジェイルに気がついたのか、白衣を着た男が近づいてくる。

 

 「気分はどうかな?」

 

 「……最悪だよ。あんたは誰だ?」

 

 「ただの研究員だよ。それよりこちらの質問に答えて欲しい」

 

 男は感情も見せず淡々と質問にしてくる。

 

 まるでモルモットを観察しているかのように男からは何の情も感じられない。

 

 それに一種の気持ち悪さのようなものを感じながら、質問に答えると研究者の男はカルテかなにかに書き込んでいく。

 

 そうしている内にようやく意識がはっきりしてきた。

 

 そして思い出す。

 

 クレタ沖での戦いの事を。

 

 そう、ジェイルはあの戦いで死天使に再び敗北したのだ。

 

 屈辱のあまりシーツを強く握り締める。

 

 そしてその後で―――

 

 「ふむ、こんなものかな。君はしばらく医務室で休む事。明日も検査を行わせてもらう」

 

 偉そうに言ってくる男を睨みつけた。

 

 ジェイルが一言文句を言おうとした瞬間、横から大きな奇声が聞こえてくる。

 

 「ここはどこ!! 離せぇぇ!!」

 

 「この声は!?」

 

 ジェイルはそのままベットから起き出すとカーテンを押しのけた。

 

 そこに居たのはベットの上に縛り付けられていたステラの姿だった。

 

 「ステラ、なんで……」

 

 そこまで言って唐突に記憶がよみがえってくる。

 

 あの戦いでガイアを撃破したまでは良かった。

 

 だが露出したコックピットの中に見えた人影がジェイルの意識を奪ってしまった。

 

 コックピットにいたのはかつて出会った少女ステラだったのだから。

 

 ジェイルは意を決して話しかける。

 

 「ステラ、なんでお前がガイアに―――」

 

 「うるさい! 誰だ! 離せぇぇ!!」

 

 拘束されていてもなお暴れる、ステラ。

 

 ジェイルはそんな彼女を抑え込むように肩を掴んだ。

 

 「俺が分からないのか! ジェイルだ!」

 

 「知らない! あ、ああ、ネオ、アオイ! どこ、アオイィィ!!」

 

 ジェイルは思わず後ずさる。

 

 何が起こっている?

 

 混乱するジェイルに白衣の男が近づいてくるとそのままベットの方へ連れ戻されてしまう。

 

 「おい、離せ! 俺は彼女に―――」

 

 「あれは捕虜だ。君が気にする必要はない」

 

 「ふざけるな!」

 

 その言いように思わずカチンとくる。

 

 白衣の男を睨みつけ、暴れ出さんばかりだったが、再び頭がふらつくと景色が歪んで見える。

 

 そのまま力が入らずベットに座り込んでしまった。

 

 「君は無理できる状態ではない。大人しくしなさい」

 

 「くっ」

 

 ジェイルはそのまま寝かされてしまう。

 

 再び意識が朦朧としてきた。

 

 眠りに落ちる直前ジェイルの脳裏に浮かんでいたのはステラと共にディオキアで出会った少年の事だった。

 

 アオイ・ミナト。

 

 ステラがガイアのパイロットという事は一緒にいた奴も地球軍の関係者だったのか。

 

 たぶん間違いないだろう。

 

 もしかすると奴も戦場にいたのかもしれない。

 

 ならば―――

 

 ジェイルは考えの纏まらないままいつの間にか眠りについていた。

 

 

 

 

 多くの傷を負いながらもミネルバはようやくジブラルタルに辿り着いた。

 

 もはや撃沈寸前と言ってもよいほど酷い損傷。

 

 よくここまで持ったものだと感心すらしてしまう有様だ。

 

 無残にも破壊された船体を修復する者達は感心半分呆れ半分でそれを見ると、ため息をつきながら破損個所に取りつき作業を開始していく。

 

 そんな中、シンはもはや日課になったと言っても良いセリスの顔を見る為に医務室に向かって歩いていた。

 

 今回もあの白衣の研究員につまみ出されてしまうかもしれない。

 

 しかし艦の修復で動けない以上は任務も無く、はっきり言ってシン達にやるべき事はない。

 

 ヨウラン達は忙しそうに動いていたが、今シンにできることがあるとすれば精々訓練くらいだろう。

 

 その訓練もすでに終わっている。

 

 部屋にいてもただ余計な事を考えてしまうだけだ。

 

 だからいつも通りセリスの顔を見に行こうとしている訳だが、今回はもう一つ目的があった。

 

 ステラの事だ。

 

 今回は彼女の様子も見ようと決めていた。

 

 クレタ沖で収容されたステラは意識を失い怪我をしていた為、医務室に運ばれた。

 

 当然動けないように拘束された状態でだが。

 

 尋問しようともしたらしい。

 

 しかし目が覚めた彼女はただ暴れようとするだけでどうにもならなかったようだ。

 

 自分が行った所で話が出来るかは分からないが、それでも―――

 

 「……アオイの事もある」

 

 だから話を聞きたかった。

 

 医務室についたシンは扉をくぐり中へと入る。

 

 だが意外にも誰もシンの姿を見ても咎める事無く、慌てながら部屋を行き来していた。

 

 何かあったのだろうか?

 

 入口で困惑するシンの耳に大きな声が飛び込んできた。

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような奇声だった。

 

 「離せぇぇ!! 私は、私はァァァァ!!」

 

 シンが見たのは拘束されながらもベットの上で暴れるステラの姿だった。

 

 それを白衣を着た研究員が抑え込んでいる。

 

 「ステラ!」

 

 それを見て駆け寄る、シン。

 

 しかし返ってきたきたのは予想もしていない答えだった。

 

 「誰だ、お前は! 何故私の名を知っている!?」

 

 「え、覚えていないのか?」

 

 確かに彼女とはそう話をした訳ではない。

 

 でもあれからそう時間は経っていないというのにどういう事なのだろうか。

 

 シンはステラに駆け寄ろうとして白衣の男に制止される。

 

 「……ここは今立入り禁止だと言っていなかったかな」

 

 相変わらず嫌な言い方だった。

 

 しかもこちらに対してなんの感情も見られないこの目がシンは嫌いだった。

 

 「……別に様子を見に来るくらい―――」

 

 「我々の邪魔をしないでもらいたいな。ジェイル・オールディスもやたら捕虜にこだわっていたが、これ以上手間を取らさないでもらいたい」

 

 「ちょっ、待てよ!」

 

 有無言わせず医務室を追い出されたシンは憤りに任せて壁に拳を叩きつける。

 

 「くそ!!」

 

 ヨウラン達も言ってたけど、胡散臭い連中だった。

 

 「態度も悪いし、なんなんだよ、あいつらは!」

 

 無理にでももう一度中に入ってやろうかと思ったその時、廊下からルナマリアとメイリンが歩いてくるのが見えた。

 

 「何やってるの?」

 

 出来れば口にしたくは無いが、たぶんルナマリア達も同じ目的の筈。

 

 嫌な思いをさせる事も無いとシンはそっぽを向きながら、呟いた。

 

 「……医務室に入ったら、邪魔だとか言われて追い出された」

 

 「やっぱり駄目かぁ」

 

 思った通り彼女達もセリスの様子を見に来たらしい。

 

 彼女達は昔から仲も良かったし、こうして気にしてくれている。

 

 そんな二人にシンは思わず顔を綻ばせた。

 

 しかしルナマリアやメイリンを巻き込んでまで無理やり医務室に入る訳にはいかないし、ここは出直すしかないだろう。

 

 そう結論を出して二人に話掛けようとした時、メイリンが何かに気がついたように声を出した。

 

 「お姉ちゃん、あれ」

 

 メイリンの指差した先にいたのはアレンだった。

 

 いつも通りにサングラスを掛けていて表情は見えないが、どこか雰囲気が違う。

 

 なんというか周囲を警戒しているような感じだ。

 

 「どこに行くんだろ?」

 

 「さあ」

 

 声をかける間もなくアレンは廊下を角を曲がって見えなくなった。

 

 

 

 

 アレンは周囲を警戒しながらとある部屋に向かっていた。

 

 目的の部屋の扉を開き、入った部屋は何もなく閑散としている。

 

 アレンが入ったここは誰も使っていない空き部屋である。

 

 机に設置してある端末を立ち上げると、素早くキーボードを叩き出す。

 

 彼の目的はセイバーとインパルスに搭載された新システムの詳細を知る事だった。

 

 もちろんこちらが監視されている事は百も承知である。

 

 だが今はリースも怪我の為医務室から動けず、監視の目も緩んでいる。

 

 チャンスは今しかないのだ。

 

 着々とデータを呼び出し、進めていくがアレンは不満そうに顔を顰めた。

 

 「もっと早ければ文句はないんだけどな」

 

 キラくらいのスキルがあればもっとスムーズにいくのだろう。

 

 だがアレンにはこれが限界である。

 

 しばらくの間、画面とにらめっこをしているとようやく目的のデータを発見する事が出来た。

 

 「これだな」

 

 『I.S.system』

 

 キーボードを叩き詳細を確認する。

 

 その内容はアレンを驚愕させるには十分なものだった。

 

 「『Imitation Seed system』特殊な催眠処置と投薬によって、SEED状態を擬似的に再現する!?」

 

 つまりセリス達はこのシステムの影響であんな状態になったという事だ。

 

 パイロットに対しても相当な負荷が掛かるらしい。

 

 まさかザフトがこんな物まで開発していたとは思わなかった。

 

 しかもSEEDに関するシステム。

 

 プラントではSEEDに関する事は完全に御法度である。

 

 コーディネイターとしての力に自負をもっている彼らにとって決して認められないものだからだ。

 

 だがデュランダルは違うという事だろう。

 

 「思った以上に猶予が無いかもしれないな」

 

 デュランダルが何をしようとしているのか、早く掴む必要がある。

 

 アレンは必要な情報を集めてディスクに落すと端末を閉じる。

 

 そして足早に部屋を出た。

 

 それから数日後、とある放送が世界に向けて発信された。

 

 これが再び大きな変化をもたらす事になる。

 

 

 

 

 それは何の前触れも無い、突然の出来事であった。

 

 プラントや地球のあらゆる都市に例外無くその放送は流された。

 

 その内容―――

 

 それはプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルが全世界に向けてとある事に関する発表を行ったのである。

 

 《全世界の皆さん。私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです。今戦争中にも関わらず、このような放送を発信する事をどうかお許しいただきたい》

 

 『一体なんだと言うのか?』

 

 皆がそう思ったに違いない。

 

 そしてこの放送を見ていたロード・ジブリ―ルも同様だった。

 

 流れる放送を忌々しげに見つめている。

 

 しかし彼はこの後、これまでの人生の中で一番と言えるほどの衝撃に襲われる事になる。

 

 《我々プラントは連合のやり方に異を唱え、不本意とはいえこれまで戦いを繰り広げてきました。同時にユーラシアから分離、独立を果たそうとする人々を支援してきました》

 

 《こんな得る物の無い、ただ戦うばかりの日々に終わりを告げ、自分達の平和な暮らしを取り戻したい。戦場など行かず、ただ愛する者達と共にありたい。そう願う人達を支援してきました》

 

 映像が切り替わると連合の非道を証明するような、見ているだけで気分を害するような光景が映し出されていく。

 

 《にも関わらず私達の和平を望む手をはねのけ、我々と手を取り合い、対話による平和への道を選ぼうとした人々を、連合は力を持って弾圧し、時には排除してきたのです》

 

 《何故でしょうか! 平和など許さぬと、戦わねばならぬと、誰が、何故言うのです!? 何故、我々は手を取り合ってはいけないのですか!?》

 

 デュランダルの演技染みた物言いにいい加減、苛立ち始めるジブリ―ル。

 

 しかし画面の中ではピンクの髪をした少女がただ悲しそうに画面の前で言葉を紡いでいた。

 

 それもまた胡散臭げに鼻をならすジブリ―ル。

 

 「何をする気だ、デュランダルめ!」

 

 《今回の戦争のきっかけとなった惨劇、それによって生まれてしまった数多の悲劇を、私達は忘れません。被災された人々の悲しみと苦しみは深く果てない事であると思います》

 

 《それによって新たな争いが起こってしまうのも仕方ない事なのかもしれません。しかし皆さんが本当に望むのはそんな憎しみに満ちた世界ではない筈です》

 

 ティア・クラインが俯きながら必死に訴えるその姿は演技とは思えない真摯さが伝わってくる。

 

 彼女はプラントを支持する者達からは『希望の歌姫』と呼ばれているらしい。

 

 ジブリ―ルでなければ簡単に騙されているだろう。

 

 「ふん、そんな子供だましに引っ掛かると思うか!」

 

 ティアの言葉を引く継ぐようにデュランダルが再び口を開いた。

 

 《そう、皆が望んでいるのは優しさと光溢れる世界である筈です。しかし皆さん、この世界にはそれを邪魔しようとする者がいるのです》

 

 《遥か昔から自分達の利益の為に常に武器を持たせ、敵を作り上げて、撃て、と煽ってきた者達。平和な世界にだけはするまいとする者達が》

 

 それを聞いた途端ジブリ―ルは目を見開き思わず立ち上がった。

 

 あり得ないと思いながらも、まさかという疑念が消えない。

 

 《あのコーディネイターを忌み嫌う組織『ブルーコスモス』ですら、彼等によって作り上げられたものにすぎない事を皆さんはご存知でしょうか?》 

 

 《そう、常に敵を創り上げ、常に世界に戦争をもたらそうとする軍事産業複合体、死の商人、名を『ロゴス』! 彼らこそが平和を望む私達全て真の敵!!》

 

 次の瞬間、画面に写真がいくつも映し出された。

 

 いずれもロゴスを構成する幹部達の写真である。

 

 その中にはジブリールの写真もあった。

 

 手元の端末に他のロゴスのメンバーから通信がひっきりなしに入ってくるがそれを繋ぐ余裕が無い。

 

 《私は今ここに彼ら『ロゴス』と戦う事を宣言します!!》

 

 歯が砕けるのではないかと思えるほど力一杯噛みしめる。

 

 ジブリ―ルの中に渦巻いていたのは今までとは比較にならないほど激しい怒りだった。

 

 まさかこちらの存在を暴露してくるとは思ってもいなかった。

 

 しかしここでさらに驚愕する事実が公表される。

 

 《そして皆さん、ここで私の声を聞き、協力してくれる方を紹介いたします》

 

 次に画面に現れたのは一人の男。

 

 だがその男がその場にいるのは明らかに場違いだった。

 

 その理由は簡単である。

 

 男が身に纏っていたのは地球軍の制服だったからだ。

 

 そして当然ジブリ―ルはその男の事を知っていた。

 

 《私は地球連合軍グラント・マクリーン中将であります。私を含めた同志達は今回デュランダル議長と話し合い休戦、協調していく事を決断いたしました》

 

 それを聞いた途端ジブリールはワイングラスを床に叩きつけた。

 

 「おのれぇ、裏切りものがぁぁ!!」

 

 モニターに映った人物達を殺意の籠った視線で睨みつけると手元の端末を引きよせ操作する。

 

 他のメンバーからの通信は後回しだ。

 

 端末に映ったのは以前に通信した、研究者の男だった。

 

 またこいつかと苛立ちを募らせながらも怒鳴りつける。

 

 「『デストロイ』と『ラナシリーズ』はどうなっている!」

 

 いきなり怒鳴りつけるように通信してきたジブリールに研究員は怯えながら答える。

 

 《は、はい。『デストロイ』は現在最終チェック中、です。『ラナシリーズ』はいくつか失敗作もありますが、何体かはすでに実戦投入も可能です》

 

 研究者の答えにジブリールは歯を噛みしめる。

 

 デストロイのパイロットとして予定されていたエクステンデットの内、二体はクレタ沖の戦いで戦死が確認されている。

 

 残った一体は適性の問題で時間がかかる。

 

 何よりもネオ・ノアロークはグラント・マクリーンとも近しい関係なのは知っている。

 

 おそらくは奴もこの宣言に同調する筈だ。

 

 ならばパイロットはもう決まっている。

 

 「調整を急がせろ!!」

 

 《は、はい!》

 

 『デストロイ』の調整が終わり次第攻勢に出る。

 

 この下らない宣言諸共奴らを消し去ればどうとでもなる。

 

 ジブリールは未だモニターの中で話し続けているデュランダルの姿を睨みつけると踵を返し部屋から出て行った。

 

 

 

 

 放送を終えたデュランダルの傍に立っていたグラントは息を吐く。

 

 彼が最初にデュランダルと接触したのはダーダネルス戦後だった。

 

 これまでブルーコスモスの思想に染まっている上層部を危惧し、自分と同じ考えを持つ者達を集め、対策を話し合ってきた。

 

 中にはもっと過激な手法を取るべきという意見もあった。

 

 だがそれは最終手段として控え、現場などでは自分達に与えられた権限の中で対策を講じてきたのだ。

 

 しかし今回の戦争での西ユーラシアの強硬姿勢による信頼失墜とクレタ沖での戦いで多くの犠牲が出た事により地球軍に余裕は無くなってしまった。

 

 このままではブレイク・ザ・ワールドの復興にも大きな影響が出てしまう。

 

 元々戦争をする余裕などなかったのだから。

 

 かと言ってロゴスが休戦などする筈はない。

 

 そこでグラントは最終的な手段に出たのだ。

 

 できれば反乱という形は取りたくなかったのだが、仕方がない。

 

 そう割り切りながらも苦い思いを噛みしめていた彼にデュランダルは手を差し出してきた。

 

 「ありがとうございました、マクリーン中将。これで我々の意思は世界に伝わった。ここからです」

 

 「ええ。宣言でも申し上げましたが、よろしくお願いします」

 

 グラントは笑みを浮かべながらデュランダルの手を取る。

 

 だが失礼な話ではあるが、グラントは内心で彼の事をどこか信用しきれてはいなかった。

 

 彼が争いを望まず、平和を求めている事に疑いの余地はない。

 

 しかし、どこか彼の事は心から信用できないという気持ちが消えなかったのだ。

 

 今までブルーコスモスの思想に染まった連中と接してきたから、疑心暗鬼に捉われているだけというのも否定できないのだが。

 

 「では中将、まずは―――」

 

 「……ええ、『デストロイ』を破壊しましょう」

 

 自身の余計な考えを押し殺すと今後の事に集中するためにデュランダルと話を詰めていく。

 

 それでも最終的に彼は敵になる―――何故かそんな予感が消えなかった。

 

 

 

 デュランダルが発した宣言は世界に大きな混乱を招く事になった。

 

 しかし一番混乱していたのは間違いなく地球軍であったのは間違いない。

 

 誰もが動揺し、どうするのかを迷った。

 

 グラント・マクリーンを裏切り者とし、バケモノ共の戯言だと吐き捨てる者もいれば、今までのやり方がおかしかったと賛同する者もいる。

 

 自然と連合は割れていき、ロゴス派と反ロゴス派(マクリーン派とも呼ばれる)に別れていった。

 

 しかし大した混乱もなかった部隊もある。

 

 その一つが地上で活動していたノアローク隊である。

 

 元々ネオはグラントとも親交が深かったことで、事前に準備が進められていたからだ。

 

 もちろんジブリールに気がつかれないよう、慎重に。

 

 そんな連合の混乱が収まらない中アオイはスウェンと共にスティングのメンテナンスを眺めていた。

 

 アオイの表情は暗く、拳は何かに耐える様に振るえ、強く握られている。

 

 その理由は目の前の光景にあった。

 

 眠っているのはスティングだけで、他のベットは空席になっている。

 

 アウルとステラはクレタ沖の戦闘から帰還する事がなかった。

 

 大きな被害を受けた地球軍は捜索もできず、そのまま二人は戦死と認定されてしまったのだ。

 

 当然アオイはかなり動揺してしまい、しばらくコックピットから出る事ができなかった。

 

 「……あの、中尉。本当にスティングの記憶を―――」

 

 「ああ、アウルとステラの記憶は消去する。そうしなければスティングは暴走する可能性がある」

 

 スティングは日頃から二人の面倒をよく見ていた。

 

 その二人が戦死したとなれば間違いなく動揺するし、戦闘になれば暴走すると判断されたのだ。

 

 正直な話、納得できなかった。

 

 あんなに仲の良かった二人の記憶を奪うなんて―――

 

 だが、彼がエクステンデットである事も分かっている。

 

 こういう処置が必要になる事も。

 

 だからアオイはこうして見ている事しかできない自分が許せないのだ。

 

 「……少尉、例の宣言については良かったのか? 別にこちら側にいる事を強制はしないが」

 

 「ああ、構いません。正直な話、初めから今までの上層部の考えにはついていけなかったっていうか―――ステラ達をただの兵器として使い捨てるような考えは許せなかったし」

 

 大した混乱はなかったノアローク隊にも例外がいくつかあった。

 

 途中から入隊してきたアオイのような者たちである。

 

 話を全く知らなかったアオイ達はもちろん大混乱に陥ってしまった。

 

 反乱が起きたも同然であるからだ。

 

 その後スウェンから話を聞かされ、落ちついたアオイは迷い無くこちらにつく事に決めた。

 

 しかし何人かはロゴスを支持する部隊に移動してしまった。

 

 だがそれは仕方無い事であろう。

 

 強制することでもない。

 

 ともかく後悔などは一切ないのだが、少し気になる事もある。

 

 「これからはザフトと行動するんですか?」

 

 今まで敵として戦ってきたのだ。

 

 簡単には割り切れない。

 

 もちろん休戦する事で戦争をしなくて良いならそれが一番に良いのは分かっている。

 

 しかしアウル達の事を考えると、複雑な思いは消えなかった。

 

 「さあ、どうかな。特に我々は任務とはいえファントムペインとして活動してきたからな。詳しい事は大佐に話でも聞いてくればいい」

 

 確かに大佐に話を聞いた方が良いかもしれない。

 

 何よりここで自己嫌悪に浸っていても仕方ないのだ。

 

 「少し大佐に話を聞いてみます」

 

 「そうした方が良いだろう」

 

 アオイは眠るスティングの方を一瞬見てからその場を離れると大佐の部屋に向かって歩き出した。

 

 歩きながらアオイが考えていたのはインパルス―――シンの事だった。

 

 決着をつけるとは言ったが、このままでは戦う機会もなさそうだ。

 

 ホッとすると同時に何か虚無感のようなものに襲われる。

 

 今までシンに勝つ為に頑張ってきた分、何と言うか力が抜けてしまった。

 

 こんなままでは駄目だろうと気合いを入れる為に頬を叩くと、いつの間にか着いていた大佐の部屋の扉をノックした。

 

 「大佐、アオイです。少しよろしいでしょうか?」

 

 だが良く閉まっていなかったのか、ノックした事で扉が開いてしまった。

 

 開いた扉から見えた部屋の中は端末などが置いてあるが、何と言うか余計な物は置かれていない殺風景な印象を受ける。

 

 「何も無い部屋だな」

 

 外からとはいえ他人の部屋を覗くなんて良くないが、本当に何もないのだ。

 

 アオイ自身、私物が多くある訳ではないがいくらなんでも無さ過ぎる気がする。

 

 何でと考える前にアオイはネオについて何も知らないという事に気がついた。

 

 そういえばこの部隊に所属してからネオとゆっくり話した記憶があまりない。

 

 スウェンやスティング達とはよく話したり、訓練していたのだが、ネオとは訓練すらした事が無いのだ。

 

 初めて会った時にあんな変な仮面をつけていたから、無意識に避けていたのかもしれない。

 

 もしかしたら事情があるのかもしれないのに。

 

 例えば顔に大きな傷があるとか。

 

 それを考えずに避けていたなんて、本当に勝手だ。

 

 アオイは再び自己嫌悪に陥りながらもため息をつくと、ある物に気がついた。

 

 「あれって」

 

 視界に入ってきたのはいつもネオがつけている仮面だった。

 

 無造作に置いてある仮面を見ながら重要な事に気がつく。

 

 「あれがあそこにあるという事は大佐は仮面をしていないって事だよな」

 

 つまり今は素顔ということだ。

 

 アオイが若干興味を引かれたその時、物音が聞こえてくる。

 

 音が聞こえてくるのは部屋に備えつけてあるシャワー室からだ。

 

 そこでようやく仮面を外している理由に気がついた。

 

 不味い。

 

 そう思って部屋の扉を閉めようとしたのだが、一歩遅かった。

 

 アオイがドアノブを掴んだ瞬間、シャワー室の扉が開いてしまったのだ。

 

 そこから出て来た人物はアオイの予想と大きく違っていた。

 

 髪の毛は金の髪、傷があるかと思った顔は―――美しい端整な顔立ち。

 

 間違いなく美人だ。

 

 そして体にはタオルを巻いているが、その大きく膨らんだ胸は隠し切れていない。

 

 スタイルも良いようだ。

 

 つまり―――

 

 「えっと、女性?」

 

 アオイは驚きのあまり目を逸らす事も忘れ、ただ呆然としてしまった。

 


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