機動戦士ガンダムSEED effect   作:kia

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第30話  両者の道

 

 

 

 

 

 多くの犠牲が出たクレタ沖の決戦もようやく決着がつこうとしていた。

 

 インパルスによって斬り裂かれた戦艦から炎が垂直に噴き上がると大きな爆発が起きた。

 

 蒼い翼を羽ばたかせ縦横無尽にフリーダムを操るマユはビームサーベルでムラサメの両手、両足を瞬時に斬り飛ばす。

 

 マユは数機のみだが、あえてコックピットを狙わずに武装やメインカメラだけを破壊していた。

 

 あくまで目的はオーブ離反者が持ち出した機体の破壊と情報を握っているだろうセイランの確保である。

 

 そのついでという訳ではないがムラサメやアストレイのパイロット達も何か知っている可能性がある判断し、彼らも確保する事にしたのだ。

 

 「ムウさん!」

 

 「こっちは任せろ、お嬢ちゃん!」

 

 ムウのセンジンが飛行形態で戦場を突っ切ってくると、斬り倒されたムラサメを回収する。

 

 今回もアークエンジェルの守りに徹していたムウだったが状況を見る限り地球軍、ザフト共にこちらに構っている余裕も無い。

 

 あれならば艦の武装だけでもしばらくは大丈夫だろうと判断し二人の援護に駆け付けたのだ。

 

 アストレイやムラサメを抱えて少し離れた地球軍の戦艦の方を探る様に見る。

 

 間違いなく居る。

 

 今回もあのパイロットはこの戦場に存在していた。

 

 「何故出てこない?」

 

 それに―――

 

 「ダーダネルスで交戦した奴とは―――」

 

 「ムウさん、どうしたんですか?」

 

 「……いや、何でもない。先に戻るぞ」

 

 ムウはそれ以上は考えないようにするとアークエンジェルに帰還する進路を取った。

 

 後退していくムウを確認したマユは周囲を見渡すとオーブから奪取された機体はもういない。

 

 どうやらこの戦場に存在するオーブ機は破壊出来たようだ。

 

 「あ、ああ、あああ」

 

 その光景を見ていたユウナは思わず後ずさった。

 

 まさかここまで突破してきた上にオーブから持って来た機体をすべて破壊されるとは思ってもみなかった。

 

 彼はあくまでも政治家。

 

 戦場を駆ける軍人ではない。

 

 それ故にフリーダムとアークエンジェルの正確な戦力評価が出来ていなかった。

 

 「ユ、ユウナ様」

 

 怯えたようにこちらを見てくる士官達。

 

 皆ユウナ達と共にオーブから離脱してきた者達ばかりだ。

 

 彼らもまた想像もしていなかったのだろう。

 

 まさかここまで追い詰められるなど。

 

 「ま、まだだ! 戦力は残ってるんだ! 残った機体にフリーダムを落とせと命令を出せよ!」

 

 「し、しかし、もう後退した方が……」

 

 「僕らにそんな選択があるもんか!」

 

 信用されていない自分達がここで退くという選択など取れる筈はない。

 

 退いた先で待っているのは転落のみ。

 

 前に進む為には勝つしかないのだ。

 

 「早く命令を出せ!」

 

 「は、はっ」

 

 ユウナの声に士官たちが動き出す。

 

 その様子を気にも止めず、ユウナは蒼い翼の天使を怯えの含んだ瞳で見つめていた。

 

 そして外ではユウナの命令に従って動き出したモビルスーツ隊がフリーダムを包囲するとビームサーベルを腰だめに構え、突っ込んでいく。

 

 それらをいつも通り冷静に捌く、マユ。

 

 サーベルで正面の敵を返り討ちにすると、即座に振り返り背後の敵を斬り捨てる。

 

 「は、反応が速すぎる!」

 

 「ひ、怯むな!」

 

 今度は左右から挟むように剣を振るってくる。

 

 しかしそれすらもマユには通用しない。

 

 片側の斬撃をシールドで流し、機体を回転させると、もう片方の剣閃がフリーダムに届く前にサーベルで腕を切断した。

 

 「そ、そんな」

 

 「ば、馬鹿なぁ!」

 

 動揺して動きを鈍らせたダガーLにフリーダムは容赦なく斬撃を叩き込んで来た。

 

 コックピットを斬り裂かれ、何もできないままパイロット達の意識はかき消えた。

 

 

 

 

 マユは息を吐き出すと旗艦を見た。

 

 セイランの確保が出来ればよいのだが、流石にそこまでさせるほど地球軍も甘くない。

 

 フリーダムを通さないとばかりにウィンダムの部隊が立ちはだかっている。

 

 「時間がない」

 

 マユは敵の攻撃を避けつつ、ビーム砲とレール砲を駆使して撃墜していく。

 

 為す術なく胴を穿たれたウィンダムはそのまま墜落して戦艦に衝突、諸共に爆散した。

 

 「邪魔です! 貴方達に構ってる暇はないんです!」

 

 やはり守りが厚い。

 

 このまま押し切る事は可能だろう。

 

 だがそうなればレティシアを孤立させる事になる。

 

 マユはチラリとザフトの新型と交戦しているブリュンヒルデを見た。

 

 お互いに対艦刀と斬艦刀を振るい、上下左右から相手の機体を斬り裂かんと叩きつけている。

 

 確かに強い。

 

 イフリートのパイロットはマユの目から見ても一流のパイロットである。

 

 間違いなくエース級だろう。

 

 だが―――それだけだ。

 

 あれではレティシアには及ばない。

 

 「いい加減に死んで」

 

 リースはビームライフルで敵機を牽制しながら、体勢を崩す。

 

 そのままスラスターを吹かせ、一気に懐に飛び込むとベリサルダをブリュンヒルデ目掛けて上段から叩きつける。

 

 これで決まった。

 

 リースはそう確信する。

 

 だがここで彼女は目の前にいる相手がどれほどのパイロットなのかを知る事になる。

 

 対艦刀を紙一重で機体を逸らす事で避けたレティシアは左手のシールドをイフリートに向けて投げつけた。

 

 「な!?」

 

 虚をつかれたリースはシールドが当たる前に上昇する。

 

 しかしレティシアの目的は別にシールドを当てる事ではなかった。

 

 リースが上昇するのを見越していたレティシアは空いた手でビームサーベルを引き抜き、イフリートに叩きつけた。

 

 「はああ!」

 

 敵機の攻撃に驚愕しながらも回避運動を取ろうとする、リース。

 

 その行動は彼女の技量の高さを物語っていると言えるだろう。

 

 だが今回は相手が悪かった。

 

 『戦女神』が相手だったのだから。

 

 交錯する一瞬の攻防。

 

 煌く剣閃がイフリートのベリサルダ諸共右腕を叩き斬った。

 

 「ぐぅ……殺してやる」

 

 リースはこいつを絶対に許さないと強烈な視線で睨みつける。 

 

 「ああああああああ!!!」

 

 残った左手のベリサルダを下から斬り上げるがそれすらもレティシアは読んでいた。

 

 リースが対艦刀がブリュンヒルデに届くより前に、斬艦刀を振り下しイフリートの左腕を切断した。

 

 両腕と武装を失い呆然とするリース。

 

 さらに背後から蒼い翼を広げたフリーダムが凄まじい速度で突っ込んで来る。

 

 「フリーダム!?」

 

 フリーダムはリースが反応するより速く腰の剣を一閃するとイフリートを真っ二つに斬り裂いた。

 

 コックピットを避ける事が出来たのはリースのパイロットとしての技量が一流であるという確かな証拠である。

 

 だがそんな事は彼女にはどうでもよい事だった。

 

 ここで敵パイロット達の聞こえてきたから。

 

 

 

 

 墜ちていくイフリートを一瞥したマユは敵を警戒しながらレティシアに声をかけた。

 

 「レティシアさん、大丈夫ですか?」

 

 「ええ、私の方は問題ありません」

 

 「良かった。ではアストさんのところに―――」

 

 そうマユが言いかけた時、通信機から笑い声が聞こえてきた。

 

 不気味なほどの歓喜の声が。

 

 《フフフ、アハハハ、そう、やっぱり貴方達なんだ。見つけたよ。アレンに群がる害虫を》

 

 声が聞こえてくるのは落下していくイフリートからだ。

 

 「貴方は一体……」

 

 《リース・シベリウス。私の名前覚えていて。貴方達を殺す人間の名前だから。マユとレティシア。私も貴方達の事を忘れない―――絶対に》

 

 凍りつくほど冷たい声にマユもレティシアも背筋が寒くなる。

 

 この相手は何を言っている?

 

 イフリートが海に落ちると声は途切れ、何も聞こえなくなる。

 

 しかし不気味な悪寒は消える事無く二人の体にへばりついていた。

 

 「レティシアさん」

 

 「……最低限の目的は達成しました。アークエンジェルに帰還しましょう」

 

 できればアストの下まで行きたかったが、今回は無理だ。

 

 二人は落ちていった機体を一瞬だけ見ると、アークエンジェルまで後退した。

 

 

 

 

 空中で交差するエクリプスとフェール・ウィンダム。

 

 互いに構えた剣を一閃する。

 

 アレンは敵機の斬撃を流しながら、エッケザックスを横薙ぎに叩きつけた。

 

 対艦刀がフェール・ウィンダムを斬り裂こうと迫る。

 

 しかしカースは機体を下降させて、対艦刀を潜り抜けビームマシンガンを撃ち込んでくる。

 

 「この動き、やはり貴様は!?」

 

 「ふっ、そんな事はどうでもいいと言っただろう!」

  

 フェ―ル・ウィンダムはビームマシンガンを撃ち込みエクリプスを牽制、距離を詰めた。

 

 同時に撃ち込むミサイル。

 

 それを難なく撃ち落とした敵に対し、爆煙越しにスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を投げつけた。

 

 アレンは咄嗟にエッケザックスを盾にするが、スティレット投擲噴進対装甲貫入弾が炸裂してエクリプスを吹き飛ばす。

 

 それを見たカースは口元を歪めるとビームサーベルを構えて突撃した。

 

 「終わりだ! アストォォ!!」

 

 体勢を崩したエクリプスに迫る斬撃。

 

 「まだだ! カース!!」

 

 フェール・ウィンダムが止めとばかりに放った一閃。

 

 しかしカースが見たのは捉えた筈の斬撃を、容易く回避するエクリプスの姿だった。

 

 「なんだと!?」

 

 アレンは破壊された対艦刀を捨て、腰のサーベルを逆手に抜く。

 

 カースが反応する前の一瞬の煌きがフェール・ウィンダムの腕を斬り落としていた。

 

 「貴様ァァァ!!」

 

 激昂するカース。

 

 だがアレンは反応する事無くシールドを叩きつけ、体勢を崩したフェール・ウィンダムにサーベラスを撃ち込んだ。

 

 砲撃をギリギリシールドを構えて受け止める。

 

 だが機体がカースの反応についていけず、完全に防ぎきれなかったシールドを腕ごと破壊されてしまった。

 

 「チィ、強化されても、所詮はナチュラルの機体か! ここまでだな」

 

 カースは不利と見たのか反転する。

 

 しかしそのまま逃がすほどアレンはお人好しではない。

 

 「逃がすと思うか!!」

 

 追撃しようとするエクリプスにミサイルを放ち、起爆させた際の爆煙に紛れ離脱を図る。

 

 「忌々しい!!」

 

 カースは屈辱を噛み締め、旗艦を目指す。

 

 その仮面の下で渦巻く激しい憎悪を押し殺しながら。

 

 

 

 

 インパルスとイレイズは睨みあうように傾く甲板の上に佇んでいた。

 

 海面に機体が落下すると同時に爆発が起きる。

 

 爆発の衝撃にさらに艦が揺れて傾いていくが、シンもアオイも動けない。

 

 戦場にいる筈の二人の考えは全く同じ。

 

 何故?

 

 そんな疑問だった。

 

 しばらく固まっていた二人だったが、再び爆発がお互いの機体を揺らすとどちらともなく口を開く。

 

 「アオイ、お前がずっとイレイズに乗っていたのかよ」

 

 「……ああ」

 

 今までずっと邪魔な敵だと思っていた。

 

 撃墜されかかった事すらあった。

 

 ハイネを落としたのもイレイズなのだ。

 

 憎むのも当然―――

 

 それなのにシンの胸中には憎しみは無く、ただただやり切れない痛みのようなものが広がっていた。

 

 彼も分かってはいるのだ。

 

 アオイの生い立ちを考えれば地球軍に加わっているというのは不思議ではないと。

 

 それでも燻ぶる憤りを吐き出すようにコックピットから乗り出すと思わず叫んだ。

 

 「何でだよ! 何でお前みたいな奴が、地球軍なんかに入って!」

 

 シンの脳裏に浮かんだのは地球軍が行っていたガルナハンを含む西ユーラシアの酷い状況やロドニアラボで行われていた非道な実験の光景。

 

 シンは短いながらの交流でアオイの人となりを知っていた。

 

 もちろんすべてを知っている訳ではない。

 

 でも少なくともあんな非道に参加するような奴じゃない。

 

 それなのに―――

 

 「何で俺の敵になってるんだよ!」

 

 必死に叫ぶシンの問いかけにアオイは逆に冷静になりつつあった。

 

 シンは義父の仇だ。

 

 アウルの仇だ。

 

 許せないし、殺したいとも思った。

 

 正直、憎しみがないと言ったら嘘になる。

 

 でもアオイは自分の中に渦巻いている、感情を押し殺した。

 

 ここで感情を吐き出すのは簡単だ。

 

 ただ叫ぶだけでいい。

 

 でもそうじゃないだろう。

 

 お互い様なのだ。

 

 アオイもまた銃を取って引き金を引き、誰かを殺してきた。

 

 自分もまた奪った者。

 

 ダーダネルスで落とした機体のパイロットもシンにとって大切な誰かだったのかもしれない。

 

 そんな自分がどうしてシンだけを責められるだろうか。

 

 「……守るためだ」

 

 シンの問いかけに対する答え。

 

 それは最初に戦うと決めた理由。

 

 アオイは自分の中に満ちていた怒りや憎しみを振り払うよう首を振る。

 

 憎しみに捉われてはいけない。

 

 ステラと話したあの日の事を思い出す。

 

 アオイはあえてシンと同じ様にコックピットから乗り出して大きな声を出した。

 

 「家族やみんなを守りたいからだ!」

 

 「ッ!?」

 

 「お前がどう考えているか知らないけど、地球軍にいる人にだって皆が皆非道な事をしてる訳じゃない。守りたいから戦う人だってちゃんといる。俺だってそうだ! シンは違うのか!?」

 

 確かにそうだ。

 

 シンにも守りたい物がある。

 

 だからこうして戦ってきたのだ。

 

 そこでアオイはどこか悲しそうに苦笑する。

 

 「……でもまさかインパルスのパイロットがお前だったなんてな」

 

 あまりにもつらそうなアオイの顔にシンも俯いた。

 

 何でこうなるんだろうか。

 

 そんなやり場のない憤りだけが募っていく。

 

 その時、地球軍の艦から信号弾が上がった。

 

 撤退信号だ。

 

 それを見たアオイはコックピットに戻る。

 

 「アオイ!」

 

 アオイは一瞬だけシンの顔を見る。

 

 何かを呑み込むように目を閉じると呟いた。

 

 「……シン、お前とは決着をつける。俺が戦う理由はさっき言った通りだ。だからその時はお前も遠慮しなくていい」

 

 「えっ」

 

 「守りたい物があるんだろ。だから次も全力でこいよ。まあ、俺も負けないけどな」

 

 「アオイ、待て!」

 

 イレイズはインパルスから距離を取りゆっくり離れていく。

 

 シンは追撃する事も出来ず、ただ見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 クレタ沖での戦いは多くの犠牲を出しながらも、実質ザフトの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 今回の戦闘も切り抜ける事ができた、ミネルバ。

 

 しかしタリアの表情曇ったままだ。

 

 その理由。

 

 それは前回とは違い被害が大きい事だった。

 

 現在ミネルバの船体は敵からの攻撃を受け続けた事によりボロボロ。

 

 今にも沈みそうな雰囲気である。

 

 さらに艦載機の被害も大きい。

 

 ザクウォーリア大破。

 

 ザクファントム中破。

 

 最新機であるイフリートもフリーダムによって大破。

 

 パイロットのリースも軽傷ではあるが今戦える状態ではなく治療を受けている。

 

 インパルス、エクリプスは無事であるがパイロットのジェイルは戦闘後に体調不良を訴え医務室に運び込まれてしまった。

 

 セリスと同じ様にだ。

 

 つまり現在戦えるのはアレンのエクリプスとシンのインパルスの二機だけという事になる。

 

 仮にこんな所を襲撃されればミネルバに抗う術はない。

 

 「あの、艦長?」

 

 考え事をしていたタリアにアーサーが恐る恐る声を掛けてくる。

 

 「……何、アーサー?」

 

 「セリスに続いてジェイルまで、やっぱりおかしいですよね?」

 

 アーサーがそう思うのも無理はない。

 

 いくらなんでも立て続けに新システムを導入した機体のパイロット達が倒れるなど明らかにおかしい。

 

 「……そうね。でも今は早く艦の修理をしないと。その話は後よ」

 

 「はい」

 

 タリアはあえてこの話題を打ち切った。

 

 彼女自身が答えられないというのもあるが、この件に足を踏み入れるのは相当の覚悟がいる。

 

 監視されているのならば尚の事だ。

 

 タリアはアーサーから視線を外すと余計な事は考えず正面だけを見た。

 

 だがミネルバ艦内では誰かが止める訳でもなく、皆口々にその話題の噂をしている。

 

 「やっぱりおかしいだろ、どう考えてもさ」

 

 「まあね。あいつら全然機体を触らせないし」

 

 ヨウランがヴィーノやメイリン、ルナマリアと搭載されたシステムの噂をしていた。

 

 ディオキアで乗り込んできた技術者達は機体に全く触らせない。

 

 パイロットが運び込まれた医務室にまで入り浸っている。

 

 そしてセリスに続きジェイルまで同じ様な事になったのだから良くない噂が広がるのも当然であった。

 

 「でもジェイルは目が覚めたんでしょ」

 

 「そうみたい。だけど今も医務室から出られないらしいよ」

 

 「……セリスは今も眠ったままみたいだけどさ」

 

 セリスの名前が出た途端皆の雰囲気が暗くなる。

 

 ここにいるメンバーは皆セリスと同期の者達ばかりだ。

 

 だから全員が彼女を心配して医務室に様子を見に行ったりしている。

 

 しかし今日まで彼女が目覚める気配はない。

 

 それが余計に不安を煽り、変な噂が気になるのだ。

 

 皆が暗くなっている中、部屋にシンが俯きながら入ってきた。

 

 「シン、大丈夫か?」

 

 ヴィーノが気遣うようにシンに声をかける。

 

 シンは前回の戦いの後、どこか上の空で常に何か考え込んでいた。

 

 「……ああ、俺は大丈夫だ。ルナ、怪我は?」

 

 「うん、大した事無いよ」

 

 乗機を破壊されたルナマリアはコックピットで起きた爆発で軽傷を負った。

 

 今は頭と腕に包帯が巻かれている。

 

 暗くなった雰囲気を変えるようにヨウランが別の話題を振る。

 

 流石にシンの前でセリスの話をするほど、迂闊ではない。

 

 ルナマリアやメイリンが睨みつけたのもあるが。

 

 「そういやガイアのパイロットはどうなったんだ?」

 

 その話にシンはビクッと体を震わせる。

 

 ヨウラン達は知る由も無いが、その事もシンを考え込ませていた要因だった。

 

 クレタ沖でジェイルによって中破させられたガイアはミネルバに収容された。

 

 元々奪われた機体であり、こちらに奪還するのは当然の事である。

 

 しかし問題はパイロットだった。

 

 ガイアのコックピットから引きずりだされたのは、同い年くらいの少女。

 

 あの時アオイと一緒にいたステラだったのだ。

 

 「怪我してるらしいけど、暴れられたら困るから拘束されて医務室に収容されたってさ」

 

 「結構可愛い女の子だったよな」

 

 「ヨウラン」

 

 睨むルナマリアに「冗談、冗談」と笑ってごまかすヨウラン達の話を聞き流しながら、シンは立ち上がった。

 

 「シン?」

 

 「俺、もう一度医務室に行ってくる」

 

 ヨウラン達の返事を待つ事無く、部屋を出ると医務室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 『アトリエ』から脱出したフォルトゥナはプラント本国に辿り着いていた。 

 

 ここまで敵の襲撃を受ける事無く辿り着けたのは運が良かったとしか言いようがない。

 

 先の戦闘により防衛部隊の半数以上が撃墜され、無事に艦に収容できた機体も損傷のない機体を探す方が難しいほどである。

 

 さらに言うならば現在この艦を動かしているのは半分以上が訓練を受けていない素人だった。

 

 ヘレンは艦長席に座り、今後の事を考えていた。

 

 この状況で『アトリエ』を失ったのはかなりの痛手である。

 

 そしてこの艦フォルトゥナは本来であればもう少し後に公表される筈だったもの。

 

 さらに言うなら新型の開発もまだ途中だった。

 

 「……ともかく議長に報告するしかないわね」

 

 フォルトゥナが港に接舷すると、指示を出してヘレンはデュランダルの執務室へ歩きだした。

 

 手続きを済ませ部屋に入ると、デュランダルが仕事をしながら出迎えた。

 

 「やあ、ご苦労だったね、ヘレン」

 

 「申し訳ありません、議長。『アトリエ』を落とされてしまいました」

 

 ヘレンが頭を下げるとデュランダルは変わらず柔和な笑みを浮かべる。

 

 「それについては気にしなくてもいい。確かに『アトリエ』を失ったのは痛いが、新型の開発や研究は別の場所で行えばいいだけだ。それよりも丁度良かったよ」

 

 デュランダルの物言いに不思議そうに首を傾げる、ヘレン。

 

 それを気にせず、端末を操作すると情報を呼び出した。

 

 「これは……クレタ沖での戦いの結果ですね」

 

 「ああ、今回の件でミネルバは相当な深手を負ったようだが、地球軍の損失はそれ以上だろう」

 

 さらにガイアとそのパイロットの確保したというのも良い知らせだ。

 

 デュランダルは続けて端末を操作する。

 

 そこの表示されたのはとある人物からの通信記録であった。

 

 「これは……」

 

 「これで例の宣言を早められる。ロドニアで得られなかった情報も彼らから提供してもらったからね。後は準備が整い次第『大天使』に消えてもらえば次に進める」

 

 これなら先に進めても問題はないかもしれない。

 

 ただ同時に懸念事項もある。

 

 「議長、気になる事がいくつかありますが」

 

 「何かな?」

 

 「ミネルバです。どうやらタリア・グラディスとアレン・セイファートが色々探っていると報告が入っています。さらにシン・アスカ。彼にフリーダムを撃てるとは思えません」

 

 技量的な話ではない。

 

 シンは予定通り、パイロットとしての技量を高めている。

 

 その腕前はアーモリーワンから出港した頃とは比較にならないほどだ。

 

 だが、それでも不安要素が大きすぎた。

 

 フリーダムのパイロット、マユ・アスカ。

 

 彼が妹を撃つなどあり得ない。

 

 I.S.システムを使えば別だろうが。

 

 「それにセリスに対しても悪影響が出る可能性がありますし」

 

 「ふむ」

 

 顎に手を当て考え込む、デュランダル。

 

 「それらについてはもうしばらく様子を見よう。ヘレン、フォルトゥナはどうかな?」

 

 「『アトリエ』から抜き出したデータを移し替え、艦の最終調整が終わり次第、何時でも発進できます」

 

 「そうか。では準備を急がせてくれ」

 

 「了解いたしました」

 

 ヘレンが頭を下げて部屋を退室する。

 

 デュランダルは端末を操作すると提供されたデータを呼び出した。

 

 しばらくそれを眺めていたデュランダルであったが、とある人物のデータを見た瞬間、珍しく表情を変えた。

 

 先程までとは明らかに違う、何か気にいらないという表情である。

 

 端末に映し出されていたのは、地球軍のパイロットのデータだった。

 

 「……アオイ・ミナト」

 

 しばらくそのデータを睨むように見ていたデュランダルであったがすぐに端末のスイッチを切る。

 

 そのまま椅子にもたれ掛かる様に座り込むと目を閉じた。

 


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