シンは憂鬱な表情でミネルバの甲板から外を眺めていた。
港町というだけあって、海風が気持ちいい。
ディオキアのいい場所だったが、ここもきれいな所だった。
しかしそんな光景を見てもシンの心は晴れない。
未だにセリスが目覚める様子がないからだ。
その為に最近はずっと医療室に通い詰めだった。
しかし長居していたのが不味かったのか、邪魔だと医務室から追い出されてしまったのだ。
出来れば目覚めるまで付いていたかったのだが、邪魔であると医者から言われてしまったのでは反論する事は出来ない。
手すりに肘をおいて外を眺めてため息をついていると、背後の扉が開いた。
振り返った視線の先にいたのは、頭に包帯を巻いたジェイルだった。
先の戦いで撃墜され、怪我を負ったジェイルはずっと医務室で治療を受けていた。
ここにいるという事はもう良いという事なのだろう。
「ジェイル、お前、目が覚めたのか」
「……ふん」
ジェイルは不機嫌そうに鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
相変わらず態度が悪い。
苛立ちを抑えながら、シンもまた視線を外す。
というかジェイルは普段からこんな感じだが、今日は一層機嫌が悪いらしい。
ダーダネルスの戦いで乗機を落とされた事が余程ジェイルのプライドを傷つけたのだろう。
だからと言ってこちらに苛立ちを向けてくるのは筋違いというものだ。
八つ当たりされるこちらはいい迷惑である。
「……はぁ」
顔を突き合わせていても気分が悪くなるだけ。
シンはそのまま艦内に戻ろうと歩きだした。
「待てよ」
甲板を出ようとしたシンの背中に声が掛けられた。
声色からしても友好的な話だとは思えない。
「なんだよ」
「……予備で運び込まれたコアスプレンダー、今度から俺がアレに乗る事になった」
「コアスプレンダーに!?」
あれはまだ調整中とか聞いていたけど、使えるようになったのだろう。
となるとジェイルもインパルスに搭乗する事になる。
「最初に会った時に言ったな。お前には負けない。必ずお前以上にインパルスを使いこなして見せる!」
挑戦的な視線で見つめてくるジェイルにシンは苛立ちを隠す事無く睨みつけた。
「お前達はこんな所でまた喧嘩か」
一触即発の雰囲気の中で水を差すようにどこか呆れたような様子のレイが顔を出した。
正直助かったかもしれない。
あのままでは売り言葉に買い言葉。
そのままでは殴り合いに発展していたかもしれなかったからだ。
シンとジェイルに近づくといつも通りの表情で淡々と告げた。
「シン、任務だ」
「任務?」
「ああ、すぐにブリーフィングルームに来るようにとの事だ」
一体何の任務なのだろうか。
ミネルバの出港にはまだしばらく時間が掛かる筈だ。
詳しい話はそれこそ向うで聞けばいいとシンはあえてジェイルを無視して、レイと一緒にブリーフィングルームに向かう。
ブリーフィングルームは閑散としており、中で待っていたのは副長であるアーサーのみだった。
「来たな。早速任務の説明に入るぞ」
席についたシンとレイにアーサーが周辺の地図を表示して説明を始めた。
アーサーの話によればここからそう遠くないロドニアに地球軍の研究施設らしき場所があるらしい。
最近まで何らかの動きがあったようだが、破棄されたと情報が入った。
だが詳しい事情も分からず、確かめもせずに迂闊な判断はできない。
未だに抵抗勢力が存在している、または何らかの兵器が残されている可能性もあるのだから。
「調査任務かぁ」
「そんな嫌そうな声出すなよ。今説明しただろ。もし何かあったら不味いんだからさ」
アーサーが宥めるように言ってくる。
理屈では分かっているのだが、乗り気がしない。
というか自分に調査任務など向いていないのに。
「シン、なんであれ任務だ」
「……分かってるよ」
立ち上がったレイに続くようにシンも立ち上がる。
「そういえば、アレンやルナ達は?」
「彼らにはミネルバの護衛に残ってもらう。ないとは思うが万が一にも襲撃があるかもしれないからな」
「まあ、確かに」
いくらなんでも全機で行く必要は確かにないだろう。
あくまでもただの調査なのだから。
気を抜くのは不味いかもしれないが、難しく考える事はない。
そう結論づけると格納庫に向かって歩き出した。
◇
ロドニアラボの件は当然ファントムペインの母艦であるJ.P.ジョーンズにも伝わっていた。
施設で研究されていたのはエクステンデット関する事だ。
ファントムペインにとっても無視できるものではない。
しかし彼らは動く事が出来ないでいた。
一番階級が上のユウナは部隊の再編成で手一杯。
しかも軍の重要事項に関わる事を彼が任されるとも思えない。
ならば判断を下すのはネオなのだが、彼は現在J.P.ジョーンズにはいない。
彼はグラント・マクリーン中将に呼び出されているからだ。
ロドニアの件に関して命令が来たわけではない。
その話を小耳にはさんだスウェンにしても独断で動く気はなかった。
「中尉、どうしたんですか?」
シミュレーターに座るアオイが不思議そうにこちらを見ていた。
訓練の途中に考え事をしていたのが、珍しかったのかもしれない。
「なんでもない。それよりもずいぶん良くなってきた」
「ありがとうございます」
実際にアオイの動きは格段に良くなっている。
それはスウェンの指導によるものではない。
アオイ自身が訓練によって鍛え上げてきた結果だ。
スウェンが最初からアオイに教えていたのは、一つだけ。
相手の動きを読むという事だけだ。
敵は黙って、動かない訳ではない。
思考し、行動し、攻撃してくる。
それを考慮しながら、先読みできれば相手がどれほど強敵でも互角以上に戦える事は前大戦においてスウェンが実証済みだった。
実践できればアオイにとっても大きな力になる。
そして最近これらの努力の結果がシミュレーターの数値にも表れてきたのだ。
だが、これ以上の訓練はオーバーワークになってしまうだろう。
休めと言いかけたところに、スティング達が歩いてきた。
「アオイ、いつまで訓練やってんだよ。もういいからバスケでもしようぜ」
アウルがボールを持って手を振っている。
珍しい事にステラも一緒だ。
また海でも見ようというのかもしれない。
「行ってこい、少尉。これ以上訓練しても身につかないだろう」
「……分かりました」
アオイはシミュレーターから降りるとアウル達と甲板に向かって歩いて行く。
丁度その時、上空から空母に下りてくる輸送機が見えた。
輸送機が格納庫に入ってきて着陸する。
扉が開いて中から下りてきたのはグラントと会っているはずのネオであった。
「大佐!?」
少し早すぎるような気がする。
ネオが戻ってくるのはもう少し先のはず。
「大佐、ずいぶん早いのですね」
「……話事態は大した事ではなかった。それよりも何かあったのか?」
「ロドニアラボの方でトラブルがあったそうです」
「……それについてはすでに上の方で別部隊を送っているようだ」
戻ってきたネオとスウェンが話をしている所を遠目で見ていたアオイは何か違和感のようなものを抱いた。
ただそれが何かが良く分からない。
「何やってるんだ、行こうぜ」
「え、ああ」
先に歩きだしたスティング達に追いつくようにアオイも歩き出す。
もう一度だけネオ達の方を見る。
でも艦橋に向かう二人の姿が見えるだけで、違和感の正体は未だに分からなかった。
「アオイ、いこ」
ステラがアオイの手を握って先を急かしてくる。
そこでようやく違和感の正体に気がついた。
ステラだ。
いつもならステラがネオに駆け寄っていくはず。
何度も見て来たが今回はそれが無かったのだ。
「えっと、ステラ、大佐の所にはいかなくてよかったの?」
「ん?」
「何時もなら大佐の所に走って行くじゃない? 今日は行かなかったからさ」
「いいの。いこ、アオイ」
本人が良いなら別にアオイが言うべき事はないのだが、調子が狂うというか―――
「はぁ、考えても仕方ないか」
ステラに手を引かれながらアオイは甲板に向かった。
◇
ミネルバから発進したインパルスとザクファントムの二機は先が見えないほど深い森の中を慎重に進んでいた。
周囲は静かで、レーダーにはなんの反応も無い。
敵など危険なものはいないと思うが、奇襲を受ける可能性もある。
周りを警戒しながら視線を動かしていく。
「シン、見えたぞ」
正面に大きめの施設が見えてくる。
何の研究をしていたのかは知らないが、こんな場所で行う物など碌な研究では無いだろう。
「施設周辺に危険が無い事を確認しだい中に入るぞ」
「了解」
ここまでおかしな事は無かった。
シンが大丈夫だろうと判断しかけた瞬間、突然コックピット内に甲高い警戒音が鳴り響いた。
「レイ!」
「右方向だ!」
インパルスとザクファントムが左右に飛び退くと砲弾が大きく地面を抉った。
スラスターを吹かしながら、回避行動を取り、シンはモニターを注視する。
そこには青い装甲を身に纏った機体が立っていた。
GAT-X1022『ブルデュエル』
エースパイロット用カスタマイズモビルスーツ開発計画。
通称「アクタイオン・プロジェクト」に基づき、再製造されたデュエルを改修した機体である。
武装はトーデスシュレッケンにスティレット投擲噴進対装甲貫入弾、スコルピオン機動レールガン、リトラクタブルビームガン、ビームサーベルとなっている。
さらにブルデュエルの周りには数機ほど見た事のない機体が佇んでいた。
形状はウィンダムに良く似ている。
GAT-04b『フェール・ウィンダム』
オーブ離反者から得た技術によりウィンダムを強化。
さらにこの機体用に改良を加えたフォルテストラを装備した機体である。
武装は基本的にウィンダムと同様だが、ビームマシンガンや腕部小型ビームガン、肩部三連ミサイルなど火力も強化されている。
「新型かよ」
何の妨害も無かったから、このまま終わるかと思ったけどそう上手くはいかないという事だろう。
思わず舌打ちする、シン。
「油断するなよ、シン」
「分かってる!」
敵機が弾けるように周囲に飛び、持っているビームマシンガンを構えて撃ちこんできた。
インパルスとザクを囲むようにビームの雨が降り注ぐ。
シンはシールドでビームを弾くと、ビームライフルでフェール・ウィンダムに狙いを付けた。
「これで―――ッ!?」
トリガーを引こうとした瞬間、ブルデュエルが割り込んでくる。
右肩に装備されたスコルピオン機動レールガンを放ちながら、ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。
「こいつが隊長機かよ!」
レールガンを避けながらターゲットを変更。
ブルデュエルに狙いを付け、トリガーを引いた。
完璧なタイミング。
撃破は出来なくても、動きは鈍ったはず。
そこにサーベルで斬り込んで、勝負をつける。
だがそんなシンの思惑はあっさりと外れてしまう。
ブルデュエルはシンが放ったビームを容易く回避すると、ビームサーベルを振りかぶった。
「なっ、くそ!」
敵機の予想外の動きにシンは驚きながらもシールドでサーベルを受け止めた。
「このまま押し返す!」
インパルスがシールドごと押し返そうとした瞬間、ブルデュエルは剣を引ひいた。
「何!?」
バランスを崩したインパルスに対しブルデュエルはリトラクタブルビームガンを至近距離から発砲してきた。
「ぐっ、この!」
機体をしゃがみ込ませ、ギリギリビームをやり過ごし後退しながらビームライフルで牽制する。
しかし放たれたビームが敵機を捉える事無く、空中を薙いでいく。
「流石は隊長機って事か!」
舐めてたら、やられるのはこちらになる。
視線をレイのザクの方に向けると、あちらもフェール・ウィンダムに手こずっているようだ。
それにザクには飛行能力がない。
エールストライカーを装備して空中を飛びまわるフェール・ウィンダムの方が有利だ。
ここが足場のない海上よりは遥かにマシなのだろうが、やりづらいのは間違いない。
フェール・ウィンダムは空中で旋回しながら、ザクのビーム突撃銃の射撃を回避すると、肩のミサイルを叩きこんでくる。
「面倒な」
レイは舌打ちしながらスラスターを吹かし、迎撃しながら後退するとブレイズウィザードの誘導ミサイルを撃ち込んだ。
囲むように放たれたミサイルがフェール・ウィンダムに襲いかかる。
しかし敵機は余裕を持って腕部小型ビームガンでミサイルを撃ち落とす。
そして爆煙に紛れ、別方向からザクへと肉薄してきたフェール・ウィンダムがサーベルで突きを放った。
視界が遮られた状態からの不意打ち。
普通のパイロットであればそれで終わっていたかもしれない。
だがレイは普通のパイロットではない。
「舐めるな!」
突き出されたサーベルを彼の直感に任せて機体を操作。
肩のシールドで弾き飛ばすと、ビームトマホークを横薙ぎに斬り払った。
相手はかわしきれないはず。
だがビームトマホークはフェール・ウィンダムの腰部分を抉るのみに留まり、撃破するには至らない。
「落とせなかったか」
相手の反応が思った以上に速い。
「雑魚ではないという事か」
息つく暇も無く背後から回り込んだもう一機がビームマシンガンを撃ちこんでくる。
連携も上手い。
ザクが数機のフェール・ウィンダム相手に激闘を繰り広げていたすぐそばで、インパルスもまたブルデュエルと激突を繰り返していた。
リトラクタブルビームガンの射撃を受け止めると、ビームライフルを撃ち返す。
「このぉ! 落ちろ!!」
こいつも強い。
もしかするとカオスやガイア、アビスのパイロット達以上かもしれない。
ブルデュエルのサーベルをシールドで弾きながらこちらもビームサーベルを叩きつける。
互いの剣閃が火花を散らす。
弾け合った瞬間にレールガンで牽制してくるブルデュエル。
撃ち込まれたレールガンをやり過ごしながら歯噛みする。
何とかレイの方に援護に向かいたいが、こいつが邪魔だ。
「どけぇぇぇ!!」
向かってくるブルデュエルに再び剣を向けた瞬間―――
上空から撃ち込まれたミサイルがザクを囲んでいたフェール・ウィンダムの陣形を崩した。
「なんだ!? 地球軍を撃ったという事は援軍?」
シンの視界に入ったのは、自分でも良く知る機体、コアスプレンダーだった。
その背後にはチェストフライヤー、レッグフライヤー、そしてフォースシルエットが追随している。
「な、なんで!?」
そこで出撃前にミネルバで話した事を思い出した。
あれが来たという事は―――
「下がってろよ、シン!」
「やっぱり、ジェイルかよ」
コアスプレンダーに乗っているジェイルは眼下に広がる光景を見てすぐに状況を把握すると、チェストフライヤー、レッグフライヤーを合体させる。
そして一緒に飛んできたフォースシルエットを装備すると、VPS装甲が展開されて機体が色付く。
紛れもない自分が乗っている機体インパルスだった。
シンの機体とは違いダークブルーに染まっている。
シン達が出撃した後でミネルバでもこのあたりでの戦闘を確認した。
しかしミネルバはそう簡単に出港する事は出来ない。
だから誰かが援軍に行く事になったのだが、ジェイルが無理やり志願した。
何時までも怪我人扱いされるのは御免だし、早く機体に慣れたかったというのもある。
ジェイルは即座に機体のチェックを済ませ、異常が無い事を確認するとフェール・ウィンダムの懐に飛び込んだ。
即座に抜いたビームサーベルを上段から振り下ろす。
一瞬の閃光がフェール・ウィンダムの右腕を斬り落とした。
問題ない。
思いのままに動く。
出撃前にあの研究者達がまだ調整が済んでないなんて言っていたが、十分戦える。
「新システムなんて必要無いんだよ!!」
撃ち込まれたビームガンを回避しながら、袈裟懸けにビームサーベルを叩きこむ。
横っ跳びで回避するフェール・ウィンダムにレイのザクファントムが回り込みビーム突撃銃で狙撃した。
「施設を巻き込む訳にはいかないか」
胴に直撃を受けたフェール・ウィンダムにレイはスラスターを吹かせシールドごと体当たりして弾き飛ばした。
吹き飛ばされたフェール・ウィンダムは施設から離れた場所で爆発した。
「シン、ジェイル、出来るだけ施設から引き離せ。爆発に巻き込まない様にな」
「ああ!」
「分かってるよ!」
ジェイルはビームライフルを構えながら敵機を睨みつける。
エールストライカーを噴射させ、空中を動きまわるフェール・ウィンダム。
確かにシンやレイが手こずる訳だ。
こいつらはかなりの強敵である。
「……だからなんだ」
脳裏に浮かぶのはダーダネルス戦における屈辱的な敗北の記憶。
舞うように蒼い翼を広げて、こちらを圧倒するあの姿。
思い起こす、それだけで湧きおこってくる、激しい怒りと憎悪。
もう絶対に負けない。
もう二度と!!
そしてあの死天使を必ず落とす!!
「俺がぁぁ!!」
ジェイルのSEEDが弾けた。
今までに感じた事が無い感覚が全身に広がり、フェール・ウィンダムの動きが手に取るように分かる。
撃ちだされた肩部ミサイルをCIWSで撃ち落とすと、爆煙の中からビームライフルで敵機を狙撃した。
正確に放たれたビームがフェール・ウィンダムの右肩部を撃ち抜くと、腕ごと破壊する。
「ここだぁ!!」
バランスを崩したフェール・ウィンダムの胴体目掛けてビームサーベルを叩きこむ。
突き出された剣がフェール・ウィンダムのコックピットを直撃するとジェイルはそのまま横に斬り払う。
真っ二つされた敵機が森の中に落ちて爆発した。
二機のフェール・ウィンダムが落とされた事で一気に形勢が有利になった。
「今がチャンスだ!」
ジェイルに負けるかとシンはフットペダルを踏み込んで、ブルデュエルに斬りかかる。
逆袈裟から振るわれた剣閃がブルデュエルに迫る。
だがブルデュエルはそれには応じず、後ろに飛んでサーベルをやる過ごす。
そして肩部に装備してあるスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を引き抜きインパルスに向けて投げつけた。
あの武装の事はデータで見た事がある。
「受けては駄目だ!」
操縦桿を引き、後退して回避するシン。
だがさらにレールガンを撃ちこんでスティレット投擲噴進対装甲貫入弾を爆発させるとそれに紛れてブルデュエルは反転した。
それに合わせて後退していくフェール・ウィンダム。
「逃げたのか?」
不利だと悟ったのかもしれない。
「くそ!」
相手が手強かったとはいえ、結局倒せなかった。
それにあのジェイルの動きはもしかすると―――
「シン、油断するなよ。まだ敵がいるかもしれない」
「あ、ああ」
シンは切り替えるように頭を振ると、周囲を警戒し始めた。
◇
後退するブルデュエルに残ったフェール・ウィンダムから通信が入る。
《後退してもいいのか?》
明らかに不服そうな物言いである。
しかし今回彼に指揮権は与えられていない。
指揮を執っていたパイロットは後から来たもう一機のインパルスによってすでに死亡してしまった。
戦力の低下に、指揮官の撃墜。
不利と見たブルデュエルのパイロットは即座に撤退という判断をしたのだが、彼はそれが気に入らないらしい。
フェール・ウィンダムのパイロットの質問に幼い声で返答があった。
「……はい。命令である重要情報すべて破棄は完了しています。それにあれ以上の戦闘は無意味でした」
ブルデュエルのパイロットは驚く事に少女だった。
彼女が年端もいかない少女であるという事が余計にフェール・ウィンダムのパイロットの機嫌を損ねているようだ。
だがそれは本人にはどうにもならない。
なんであれ自分はあの判断が間違っていたとは思っていない。
ミネルバが近くにいる事は聞いていた。
だから別にザフトのモビルスーツが施設に来ても驚きは無い。
奇襲をいう形で不意は付けたし、有利な状況のままなら戦い続ける事も可能ではあった。
しかしそんな時こそ想定外というのは起こるものである
それがもう一機のインパルスの存在だった。
援軍として駆けつけて来たあの機体の戦闘力はもう一機と同様に厄介だった。
最低限の目的は達成している以上、被害が大きくなる前に撤退すべきと判断したのだ。
《確かに最低限の任務は果たしている。だが施設の破壊が出来なかった事は失態だ。そこは分かっているんだろうな、ラナ・ニーデル》
ブルデュエルのコックピットの中で表情一つ変えず、ラナ・ニーデルは頷いた。
「はい」
《まあいい。最初にしては良くやった方だろう》
「ありがとうございます」
通信が途切れると同時にラナは表情を変えないまま、チラリと施設があった方角を見る。
あれがインパルス―――マサキおじさんの仇だ。
ラナの中に怒りと殺意が湧きおこる。
今回はやむえず退いた。
だが次は必ずこの手で止めを刺してやる。
そしてザフトのすべてを叩きつぶす。
その為に私は力を求めたのだから。
静かに殺意を迸らせながらブルデュエルとフェール・ウィンダムは夜の暗闇に紛れて消えていった。
◇
宇宙のシャトルの中でヘレンはセリスの戦闘データを閲覧していた。
笑みを浮かべながら満足そうに頷く。
予想以上の成果だった。
しかも想定はしていたが、こんなにも早くフリーダムとの交戦データが手に入るとは幸運だった。
今回I.S.システムの負荷が大きかった為か、彼女は意識が戻っていないらしい。
「この辺の改良が必要ね」
一度の戦闘で意識を失ってしまうのでは兵器として使えない。
I.S.システムには幾つかのリスクが存在する。
その一つがパイロットに対する負荷だ。
特殊な催眠処置と投薬によってSEED発現状態を擬似的に再現する事が出来るこのシステムだがそれによってパイロットに多大な負荷を掛けてしまう。
システムを使い過ぎればパイロットはあっという間に廃人になってしまうのだ。
少なくともセリスはもう二、三回システムを使うだけでもう二度と目を覚まさなくなるだろう。
そしてもう一つがシステムの不安定さである。
システムを使用する為に催眠処置を施す際、ある程度パイロットの思考を操作する事ができる。
今回セリスには命を脅かす敵機に対して異常な敵意を抱くように操作していたのだが、思わぬ形で戦闘中にI.S.システムが強制終了している。
それによってどれ程の時間システムを作動させ続けられるのかという持続時間を計測する事が出来なかった。
どうやらシン・アスカの声に反応したからのようだ。
「これについても考えないといけないかしらね」
彼の存在がセリスにとってマイナスになるようならば引き離す事も考えないといけない。
予備として運び込まれたコアスプレンダーの方はもう少し改良を加えて情報を集める必要がある。
「ジェイル・オールディスに処置は施したと報告もきているし」
まだまだ改良を加えていかなければならないだろう。
端末をさらに操作すると戦艦とモビルスーツのデータが表示される。
これらの完成も近い。
すべてが順調、焦る事は無いとデュランダルへの報告書をまとめ始めた。
フェール・ウィンダムは刹那さんのアイディアを参考にさせてもらいました。
ありがとうございました。
機体紹介更新しました。