ダーダネルス海峡での戦いを潜り抜けたミネルバはマルマラ海にある港に停泊していた。
あれだけの激戦だったにも関わらず、ミネルバに大きな被害は無い。
艦長であるタリアとしては喜ぶべきことなのだろう。
しかしとてもそんな気分にはなれなかった。
その理由は彼女の視線の先にあるモビルスーツの残骸にあった。
真っ二つにされたグフがクレーンで宙吊りにされて運ばれていく。
「二機のグフは完全に大破、インパルスは右腕損傷、セイバーは背中の武装を破壊されています」
整備班長の報告を聞き、タリアはため息をつきたくなる。
今回の戦闘でハイネはかなりの重傷を負ってしまい本国に移送される事になった。
あの状態で生還できただけでも良しとすべきなのかもしれない。
さらに同じく撃墜されたジェイルもそれなりの怪我を負った為、今は治療中である。
だが一番問題なのはセイバーに搭乗していたセリスであった。
彼女はミネルバに帰還後、意識を失い未だに目覚めていない。
原因は不明という事らしいが―――
ともかく今満足に戦えるのはエクリプスに換装可能なインパルス、新型のイフリートに二機のザクのみという事になる。
戦力としてはそう懸念するほどではないと思う。
だがこの先もあのアークエンジェルとフリーダムが介入してくる可能性がある以上、
出来るだけ万全にしておきたいというのがタリアの本音だった。
「モビルスーツの修理と補給をお願い」
「了解しました」
敬礼して作業にかかる班長にいつも無理難題を押しつけて申し訳ない気持ちになりながらもう一度船体を見上げた。
負けた訳ではないというのに、沈んだ気分なのはアークエンジェルが介入してきた所為だろうか。
今回の戦闘ではあの艦と直接相対する事はなかったが、次はどうなるか分からない。
一度は味方として戦った艦を撃たねばならない葛藤を胸にタリアは歩き出した。
◇
タリア達が補給作業を行っていた頃、シンは艦の医務室のベットの上で眠り続けているセリスを見つめていた。
外見上目立った傷も無い。
ただ穏やかに眠っているように見える。
「セリス、なんで目が覚めないんだ。それに……」
≪死ね!≫
≪うるさい! 邪魔するな!≫
今まで聞いた事のないセリスの声。
あの時のセリスは明らかに様子がおかしかった。
その後に格納庫の戻るなりいきなり意識を失ったし、分からないことだらけだ。
考えられる要因はセイバーに搭載されたという新しいシステムくらい。
どんなシステムなのか詳細が分からない以上、断言はできない。
でもそれくらいしか思い当たる節がない。
そしてシンを憂鬱にしている理由がもう一つあった。
フリーダム―――そのパイロットであるマユの事である。
アークエンジェルが何故あの戦闘に介入して来たのかはシンには分からない。
一つだけ確実に分かっているのは、再び戦場で邂逅した時、フリーダムとの戦闘は避けられないという事だ。
「またマユが来たら俺は……」
戦えるのか?
今回もマユが乗っていると分かっただけで、動きを止めてしまったというのに。
そんな事を考えながらシンは穏やかに眠るセリスの寝顔を見ていた。
◇
暗がりの部屋でリースは一人端末を弄っていた。
その表情はいつも以上に無表情―――いや、どこか怒りを堪えているようにも感じられる。
今リースが弄っている端末の中には特務隊の任務に関する情報が入っている。
さっさとデータを纏める為に素早くキーを叩く。
やはり苛立っているのか、キーを叩く音がいつも以上に大きく部屋に響き渡る。
端末の情報を整理し終わると、今度は別の端末を持ちだしてスイッチを入れた。
こちらは仕事用の端末ではなく、個人用のもの。
端末に映し出された映像にリースの顔が今までのような無表情ではなく、どこか熱に浮かされたような表情に変っていた。
「……アレン」
画面に映っているのはアレン―――アスト・サガミに関するデータと彼の画像である。
議長の秘書官であるヘレンから彼女に与えられた任務。
アレン・セイファートの監視はリースにとっては不服であると同時に幸運であった。
アレンが裏切るなどあり得ない。
信頼している彼を監視などしたくは無い。
しかし不謹慎であろうともこの任務のお陰で彼の傍にいられるのだ。
それが嬉しい。
リースは宇宙でアレンに救われ素性を知って以降、彼に対して特別な感情を抱いていた。
ディオキアで再会して、アレンと話し、再び共に戦ってその思いはより一層強くなっている。
だが、
「……マユとレティシア。女の名前」
それがリースの心に暗い影を落としていた。
どす黒い感情が湧きあがる。
「……アレンのあんな声、聞いた事無い」
とても優しい声だった。
本当に大切にしているかのような、そんな声。
少なくともリースはあんな声で話しかけられた事は無い。
「フリーダムと……もう一機は同盟軍の機体」
リースは自分でも気がつかない内に拳を強く握り締めていた。
激しいまでの嫉妬の感情に気がつかないまま。
◇
ミネルバの格納庫に傷ついたセイバーが運び込まれる。
修復に取りかかろうとした整備班を制して、ディオキアから乗り込んできた連中が機体に取りついた。
彼らは新システムをセイバーに搭載した専属の研究者らしい。
当然整備班にとっては機体の修理の邪魔でしかない為、酷く険悪な表情で彼らを睨みつけている。
その後ろでアレンも観察するようにセイバーを見ていた。
セリスの異常は間違いなく搭載された新システムによるものだろう。
すぐにでも調べたいところだが、あの様子では近づく事もままならない。
それにリースの事もある。
姿は見えないがどこかでアレンを監視している筈だ。
とはいえこれ以上静観していたら事態がさらに悪い方へ進む可能性がある。
セリスの意識不明はその兆候ともいえるだろう。
リスクはあるが、動かざる得ない。
「……もう少し慎重に動きたかったが仕方ない」
緊張感漂う格納庫を出て、アレンが向った場所は艦長室だった。
コンコンとノックすると中から「どうぞ」というタリアの声が聞こえてきた。
「失礼します」
「アレン、なにか用かしら」
タリアは自分の席に座りなにかの作業をしていたのか、手元には端末が置いてある。
アレンはサングラスの下から素早く部屋の中に視線を滑らせると、他に誰もいない事を確認してタリアの前に立つ。
「艦長、少しお話があるのですが、よろしければ私と外でお茶でもどうですか?」
いきなりのアレンの言葉に呆然とする、タリア。
この忙しい時に何を言っているのかと苛立ちに任せて声を荒げようとして思いとどまった。
タリアはアレンの人となりを理解している。
彼は冗談でこんな事は言わないし、状況が見えないほど視野が狭い訳でもない。
「……何を―――ッ!?」
アレンは一枚の紙をタリアの前に差し出す。
それを見たタリアは途端に表情を固くするとアレンを見返した。
表情を変える事無く頷くアレンにタリアは意を決したように立ち上がった。
二人はそのまま私服に着替えてミネルバを出ると町にあるカフェに腰を落ち着ける。
小さな港町とはいえ、周囲は人が行き交い、喧騒が途絶える事は無い。
ここでなら監視はされていても、盗聴までされる可能性は低いだろう。
アレンは席に着くと近寄ってきたウェイターに紅茶を注文すると正面に座る女性を見た。
タリアの表情は曇ったままである。
あんなものを見せられた以上は当然かもしれない。
「それでどういう事なのか説明してもらえるのかしら?」
「ええ、もちろん」
正直な話未だ信じがたい部分もある。
だがアレンはそういう嘘は言わないだろう。
タリアが艦長室で見せられた紙には『ここは監視されている』と書かれていたのだ。
「……色々とお話する前に私の事を話しておきましょうか。まずアレン・セイファートというのは偽名で本名は―――アスト・サガミです」
「なっ!?」
アスト・サガミ!?
突然の告白に絶句するタリア。
アスト・サガミは中立同盟を代表する最強のパイロット一人だ。
それが何故ザフトにいるのか。
「最初に言っておきますが、私は正規の手続きでプラントに入国して、ザフトに入隊しています。もちろん議長もこちらの素性を知っていますよ」
タリアは頭痛がして手で額を抑えた。
デュランダルはまったく何を考えているのだろうか。
「それで同盟の英雄が何故ザフトに? スパイかしら?」
タリアの率直な言い分に苦笑しながら運ばれてきた紅茶を口に含んだ。
「そう思われても仕方ありませんね。先に言っておきますが私が外部へ情報などを持ちだした事はありません。私がザフトに入った理由を強いて言うなら……芽を摘む為でしょうか」
「芽を摘む?」
「……とにかく私がここに居るのはスパイではない。しかし先程の件も合わせて無関係ではありません。そして艦長に今回素性を明かしたのは協力してもらいたいからですよ」
「私が貴方に協力を?」
疑惑の視線でこちらを見てくるタリア。
「協力をお願いしたいのはあくまでも情報収集です。降りかかる火の粉を払うために……そうですね、艦長も気になっているのではないですか? 例えばユニウスセブン落下させたテロリスト達がどうやってザクを手に入れたのかとかね」
確かにそうだ。
あの件についても未だに調査中ということでこちらに報告が上がってこない。
上層部のほうでも調べてはいるのだろうが、何の報告も無いのはおかしい。
さらに言うならオーブの件も同様である。
あれも一応報告書を作って提出はしたが、それについての返答も無い。
新型機がテロリストに渡るという可能性があるというのにだ。
「気になるのはそれだけではない。今回セイバーに搭載された新システム。システムの詳細は不明ですし、機体に搭乗したパイロットは未だ昏睡状態です」
タリアは顎に手を当てて考え込んだ。
それも気になっている事の一つだ。
報告には新型のOSとしか記載されていなかったのだから。
だが単純なOSで意識不明になるとも思えない。
「貴方はそれを知っているの?」
「まさか。だからこそ、こうして調べようとしているんですよ。もちろんリスクはある。ですが何も知らないままでは背後から撃たれる可能性がある」
タリアは落ち着く為か初めて紅茶を口に含んだ。
だがその表情は今なお固いままだ。
いきなりこんな事を言われて迂闊に「はい」といえない事は分かる。
逆の立場でも即答などできないだろう。
「返事を今すぐにというのは難しいでしょうから、決心がついたらで構いません」
そう言ってアレンは紅茶をすべて飲み終わると立ち上がる。
そんなアレンを制止するようにタリアは口を開いた。
「一つだけ聞かせて。艦長室が監視されていると言っていたけど―――」
誰が?
何の為に?
そう聞こうとしたタリアの言葉にかぶせる様にアレンが答える。
「誰がというのは艦長の想像通りだと思いますよ。理由は……これはあくまでも私の想像です。艦長がご存じかどうかは分かりませんがミネルバのクルーは何らかの理由で議長自ら選出しています、インパルスのパイロットにシンが選ばれたように」
「何らかの理由?」
「ええ、その理由までは知らされていませんが、監視されているのもそれが要因の一つではないかと。監視の為というよりか、観察の為と言った方が良いかもしれません」
タリアは一度目を閉じると疲れたようにため息をついた。
「……いいわ、協力しましょう。ただし貴方がザフトに不利益をもたらす様なら―――」
「それで十分です」
アレンは再び席につくと、タリアとの話を再開した。
◇
ダーダネルスの戦いを切り抜けたアークエンジェルは連合、ザフトの追手に見つからぬように海中に潜航し、再び情報収集に努めていた。
アークエンジェルは大戦終了後に改修を受けた事で潜水機能が追加され、武装も魚雷発射管が増設されている。
これにより水中での行動、潜伏、戦闘が可能になっていた。
そんな中、クルー達の表情は芳しくない。
先刻の作戦において結局目的を達成させる事が出来なかった事もあるが、それだけではない。
「まさか、坊主がザフトにいたとはな」
マリューのそばにコーヒーを持ってきたムウが立っていた。
差し出されたカップを手に取る。
彼らがショックを受けているのは、行方が分からなかったアストがザフトにいたという事にだ。
もちろん何らかの事情があるというのは察する事は出来る。
しかしアストは前大戦時にキラと共にアークエンジェル出港時からこの艦を守り抜いてきた存在だ。
それがザフトに入って敵対しているとなれば、クルーが動揺するのも仕方無い。
特に彼と親しい現在の主力であるマユとレティシアの受けた精神的な影響はかなりのものだろう。
「今後の戦闘に影響が出なきゃいいがね。まあ、それは俺も同じなんだが……」
「戦闘中に感じたというあの?」
「ああ」
あれはクルーゼやユリウスと同じ様な感覚。
さらにあの艦、ミネルバの方からも同じ様な感覚があった。
「どうなっているんだ、全く」
片手で頭を掻き毟る。
ともかくあの敵がクルーゼ並の強敵である事だけは間違いない。
アストにあの敵。
この先も厳しい戦いになるのは間違いなさそうだった。
「嬢ちゃん達も切り替えられりゃいいが」
「そうね」
ムウとマリューがブリッジで話をしていた頃、マユ達はアークエンジェル内のとある施設を利用していた。
アークエンジェルは改修を受けた際に娯楽施設など、戦闘に関係ないものも改良を加えられている。
その一つが「天使湯」と呼ばれるもの、いわゆる共同浴場が設置されている。
今その浴場にマユ達が入っていた。
「はぁ~気持ちいいわね」
「本当に」
ラクスとアネット・ブルーフィールドが心底気持ちよさそうに呟いた。
アネットは前大戦時、アスト達と共にヘリオポリスのカレッジに通っていた学生で、初期からアークエンジェルに乗り込んでいたメンバーである。
彼女は非常に面倒見がよく、ヘリオポリスメンバーからは母親みたいだなどと言われている(本人は非常に不服らしい)
ともかくそんな彼女が天使湯に浸かっているのは、別に気持ちいいからだけではない。
目の前にいるマユやレティシアの気分転換になればと強制的に連れて来たのだが―――
「……相当ショックだったみたいね」
「そうですわね」
アネット達の前には膝を抱えて肩より深く浸っているマユと、まったく違う方向を見ているレティシアの姿があった。
気持ちは分かるがいつまでも落ち込んでもらっても困るのだ。
これは荒療治が必要かもしれない。
アネットはマユに気がつかれないように、背後から近寄ると思いっきり胸を掴み上げた。
「へ?」
「うわぁ……マユちゃん、大きいわね」
ようやく何をされてされたのか気がついたマユはみるみる顔を赤くすると甲高い悲鳴を上げた。
「キャアアアアアアアアア!!!!」
アネットを振り払い胸を守るように後ずさると、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「な、何するんですか、アネットさん!!」
しかしアネットはマユの叫びに答える事無く、自分の胸と掴んだ手を何度も見ている。
心なしかラクスの視線も鋭い気がした。
さらに今度はラクスが後ろからレティシアに掴みかかる。
「ち、ちょっと! ラクスいきなり何をするんですか!」
「……流石ですわね」
「うん、見てるだけでわかるもんね」
圧倒的だった。
アネットとラクスはそろってため息をつく。
無情としか言いようがない。
「あ、あの~」
「はぁ、もういい。惨めになるだけだし。それより―――」
今までのふざけた様子から一転してアネットが真面目な顔になる。
「二人とも、ショックなのは分かるけど落ち込んでいても仕方ないでしょう。いい加減しっかりして」
「でも……」
「あいつが何でザフトにいるかは知らないけど、何か事情があるんでしょ。大丈夫、あいつは戻ってくるわ」
自信満々に言う、アネット。
それはもちろんマユやレティシアも同じように思っているが……
「そんな顔しないの。アストの馬鹿はよく自分の中に抱え込んでいたからね。たぶん今回も厄介な事でも抱え込んでるんでしょ、キラも似たようなもんだったけどね。帰ってきたら一発殴った後で説教してやらなくちゃ」
腕を組んで頷くアネットに自然とマユ達も笑みがこぼれた。
確かにそうだ。
彼らはきっと戻ってくる。
むしろどこにいるのか分かった事は収穫だ。
彼らは死んでなどいなかったのだから。
「それにしてもアネットさんはアストさんの事に詳しいですね。もしかして……」
マユの勘ぐるような言葉に動揺したのか、後ずさるアネット。
「ち、ちょっと変な誤解しないでよ! 好きか嫌いかと聞かれればもちろん好きだけど、 あいつはなんというか、手のかかる弟みたいなものよ!」
あまりの慌て具合に皆が一斉に笑い出す。
そこでようやくアネットもからかわれた事に気がついたらしい。
ムッとしながらも、穏やかに笑う二人にアネットも安心したように笑顔になる。
二人の気分転換は上手く行ったようだ。
こちらを見たラクスと頷き合うとようやくアネットも気分よく湯船に浸かる事ができた。
◇
今回の戦闘において一番大きな打撃を受けた勢力はどこかといえば間違いなく地球軍であった。
先方に差し向けた部隊は全滅。
途中から介入してきたアークエンジェルとフリーダムによってカオスやアビスも大きな損傷を受けている。
彼らを迎撃しようとした機体もすべてが返り討ちにあってしまった。
現在地球軍は体勢を立て直しを図っている。
損傷を受けた機体や船舶が集まりその被害状況を確認しようと皆が動き回っている。
そんな中アオイはいつも通りにシミュレーターに座り、訓練に勤しんでいた。
アオイの乗機イレイズに大きな損傷はなかった。
だが新装備であるスカッドストライカーを使用した所為で調整が必要になっている。
その調整を手伝おうと待機していたのだが、その前に整備をしなければならないという事で、今はすることがないのだ。
それに今の内にあの時の感覚を掴んでおきたかったというのもある。
アレを使いこなせればインパルスも倒す事が出来る筈だと考えたのだ。
アオイは操縦桿を動かし、画面に映った敵機にビームライフルのトリガーを引く。
対戦相手は当然インパルスであり、しかもあの動きの変わった状態に設定してある。
これに勝てなくては意味がないからだ。
イレイズの構えた銃口から発射された光が敵機目掛けて撃ちだされた。
しかし正確に放たれたビームをインパルスは余裕で回避、ビームサーベルを構えて突っ込んでくる。
「来い、インパルス!」
袈裟懸けに振るわれた斬撃を掻い潜り、逆にビームサーベルを構えて斬りかかった。
「はああああ!!」
インパルスの胴目掛けてサーベルを叩きつける。
だがそこでインパルスは避けるのではなく、左足を振り上げて蹴りを入れてきた。
「くっ」
咄嗟にシールドを掲げて防御するも吹き飛ばされ体勢を崩されてしまう。
そこを見逃す敵ではない。
止めを刺そうと斬り込んで来た。
振るわれる剣閃が体勢を崩したイレイズ目掛けて振り下ろされる。
やられる!?
その時、再びあの感覚がアオイを襲った。
SEEDが弾けたのだ。
鋭い感覚が全身を駆け抜け、視界が急激に広がった。
インパルスのサーベルの軌跡が眼前にまで迫っている。
だがアオイは焦る事無く操縦桿を動かすと一瞬の閃光がイレイズの横を通り過ぎた。
「今度こそ!!」
サーベルを逆袈裟から斬り上げ、インパルスに叩きつけると装甲を軽く抉る。
後退するインパルスに追撃を掛けるようにサーベルを叩きつけ、お互いの剣がシールドの阻まれて弾け飛んだ。
「ここで終わったんじゃ今までと同じだろう!!」
アオイは思いっきりフットペダルを踏み込むと、インパルスに体当たりして吹き飛ばした。
「インパルス―――ッ!?」
体勢を崩した敵機に止めを刺そうとした瞬間、あの感覚が唐突に消え去った。
「何で?」
呆然とするアオイの隙をついてインパルスの放った突きにでコックピットを破壊されたイレイズは撃墜されてしまった。
「くそ!! 何でだ!」
苛立つようにシミュレーターの操縦桿を殴りつけた。
あの弾けたような感覚。
アレが何なのかは分からない。
でもインパルスやセイバーが急激に動きが良くなるのはニ機のパイロットも同じ現象に襲われているからに違いない。
つまりこれを使いこなせば奴らと対等に戦える。
しかし何度やっても途中であの感覚は消えてしまうのだ。
ダーダネルスから帰還した後、何度か訓練をしている時にあの感覚に襲われたのだが、約二十秒から三十秒程度で消えてしまう。
長く持続できて一分くらいである。
こんな短い時間ではインパルスもセイバーも倒せない。
「くそ!」
もう一度操縦桿を殴りつける。
「俺じゃ駄目なのか……」
「ずいぶん荒れているな、少尉」
「中尉」
シミュレーターのそばにはいつの間にかスウェンが立っていた。
それだけ集中していたという事なのかもしれないが、変なところを見られてしまったようで気まずい。
「……何故荒れているかは、聞かなくとも分かるがな」
「すいません」
ネオやスウェンにはあの感覚については話してある。
もしかすると二人ならば知っているかとも思ったのだ。
答えは分からないという事だったが。
調べておくとも言われたので、その報告を待つしかないだろう。
「少尉、俺から一つだけ言っておくことがある」
「はい」
「お前にどんな力があるのかは知らないが、そんなものに頼るな」
アオイはスウェンの意外な発言に言葉を失った。
アレが使えればインパルスにだって勝てるかもしれないのに。
「いいか、確かに敵は強い。ミネルバのパイロット達は一筋縄ではいかない者達ばかりだ。だがそんな者達とも少尉は自身の技量で互角に戦ってきた。訳の分からない力に頼る事無くな」
「それは……」
「先の戦いでもインパルスと互角以上に渡り合えたのは、間違いなく少尉自身が訓練を怠らず鍛え上げてきたからだろう? いざという時に自分を支え、力になるのは鍛え上げた技量であり、戦い、生き延びてきた経験だ。いきなり手に入った力などではない」
スウェンの言葉にアオイは目が覚めた思いだった。
あの手強い相手を倒したから、いつの間にかあの力にすがっていたのかも知れない。
あれなら勝てる、あれならやれると。
だがそうじゃない。
今までスウェンに教えられてきた事や訓練で鍛えてきた技術で敵と渡り合う事はできた。
ならこれまで通り、それをさらに積み上げていけばいい。
「少尉、お前は強い。今まで通りでいいんだ」
「……ありがとうございます、中尉」
あの力については多少気にはなるが、最後の奥の手くらいにでも考えておけばいい。
やる事は変わらない。
仲間を守る。
その為にインパルスを倒す。
アオイは一旦深呼吸すると再びシミュレーターに座った。
今度はいつも通り、自身を鍛え上げる為に。
◇
豪華な部屋で椅子に座り、ワイン傾けながら端末を見ていたジブリールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
はっきり言って面白くはない状況だった。
特に中東あたりの戦況は芳しくない。
さらに目障りなのがあのミネルバだ。
各地を転戦して尽く、こちらの邪魔ばかりしてくる。
本当に忌々しい。
「……だがそれもこれが完成するまでだ」
端末を切り替えるととある機体が映し出された。
それはGFASーX1『デストロイ』のデータであった。
これが完成すれば戦局を一気に引っくりかえし、調子に乗っている連中を片っ端から始末してやる。
そこに通信が入ってきた。
どうやらヴァールト・ルズベルクからのようだ。
《ジブリール様、お久しぶりです》
「前置きはいい、どうした?」
《……ロドニアのラボで反乱が起きたようです》
ジブリールは驚愕しながら立ち上がった。
《しかも現在近くにはあのミネルバもおります。あそこを発見されると不味いのでは?》
拳を机に叩きつける。
不味いどころではない。
「即刻ラボを破棄させろ!」
《もちろんそう指示しましたが、上手くいかなかったようで》
「役立たず共が!」
ジブリールはしばらく考え込むように目を閉じると妙案でも浮かんだようにニヤリを笑みを浮かべた。
「アレに行かせよう。最近手に入ったのだがテストがまだだったからな」
《了解しました》
通信が切れると同時にジブリールは椅子に座ってワインを傾ける。
「せいぜい調子に乗っているがいい、デュランダル! 必ず叩き潰してやる!」
憎悪の籠った声で、遥か遠くにいるだろう仇敵に吐き捨てた。