朝というのは出来るだけ穏やかに迎えたい物だとアレンは思っている。
ましてや昨日のように色々あった後ならば誰でもそう思うだろう。
しかしこの日の朝はそうはいかなかった。
昨夜はティアとの食事を終え、もう少し話がしたいという彼女を部屋に帰した後に色々考えていたから良く眠れなかった。
アレンはベットから降りると、制服に着替えてレストランに向かった。
しかしどうやら起き出してくるのが些か遅かったらしい。
レストランには結構な数の兵士達が集まっていた。
どうしたものかと思っていると、人ごみの中から声がかかった。
「アレン、こっちです!」
声の掛かった方向にルナマリアが手を振っているのが見える。
テーブルにはシンやセリス、ルナマリア、レイ、ハイネが座っていた。
しかしジェイルの姿が見えない。
彼の性格から考えると一緒に食事という事も無いだろうからすでに済ませてしまったのかもしれない。
「おはよう」
「「「おはよう御座います」」」
「みんな早いな」
シン達はすでに食事を始めており、半分くらいは食べ終わっている。
アレンもすぐに注文すると空いている席に座った。
「どうした? あんまり休めなかったのか?」
「……なんでもない。少し考え事をしていただけだ」
「ふ~ん。まっ、あんまり考え過ぎるなよ」
「ああ」
こういう所がハイネが皆から慕われる理由なのだろう。
他の部隊にも彼を慕う兵士達は多いと聞いた事がある。
ハイネの気遣いに感謝しながら笑みを浮かべると運ばれてきた食事を食べ始めた。
しばらく雑談をしていたのだが、ルナマリアが何かを聞きたそうにこちらを見ている。
「何だ、ルナマリア? 俺の顔に何かついているか?」
「あ、いえ、その」
普段のルナマリアらしくなく歯切れが悪い。
そんな彼女の言葉を引き継ぐようにセリスが口を開いた。
「アレンはティア様とは親しいのですか?」
「は?」
あまりに予想外の質問に食事をしていた手も止まる。
「その、昨日……」
セリスが言葉を濁した事でアレンもようやく気がついた。
というか今まで考えなかった自分の迂闊さに頭を抱えたくなった。
確かにティアと食事をしたらどうかとデュランダルが勧めた時にも皆も傍にいたのだ。
あれでは現在プラントで一番有名と言って良いティアとの関係を邪推されても仕方がない。
変な誤解をされないようにアレンは食事をしていた手を置き全員に向き合った。
「誤解されないように言っておくが、ティア様とはお前達が思っているような関係じゃない」
「そうなのか? 結構、親しそうだったじゃないか」
ハイネも面白そうな顔で話に食いついてきた上、シンも興味がありそうにこちらをちらちらと見ている。
「彼女と初めて会ったのは俺がフェイスに任命されたすぐ後だ。議長付きの護衛役になる前は彼女の護衛役だったんだよ。それに彼女は関しては少し特殊な事情がある」
「特殊な事情って……」
「……詳しくは言えないが彼女はずっと最低限の人間にしかその存在を知られていなかった。前大戦終盤に至っては人目に触れないように監禁状態でな、特に同年代の人間と接した経験が無い。だから初めてできた同年代の知り合いである俺に懐いているんだよ」
「なるほど。確かに前大戦時の評議会はクライン派に対してかなりきつかったからな」
ハイネはあえて言葉を濁したが、当時のクライン派に対する対応は苛烈といえるものだった。
だからこそ当時を知るハイネにはやや疑問が残る。
パトリック・ザラはクライン派に容赦などしなかった。
そんな彼がシーゲル・クラインの遺児となるティア・クラインを何故そのまま生かしておいたのだろうか?
それもアレンの言う特殊な事情とやらに関係あるのか。
そこまで考えてやめた。
軍人である自分が考える事ではない。
何よりもすでに終わった事なのだ。
これ以上の詮索に意味はないだろうとハイネは何も言わずに食後の紅茶を口に運んだ。
皆も納得したようにアレンから視線を外すと同時に周囲が大きくざわついた。
どうやら今話題に上がった人物がレストランの中に入って来たらしい。
ティアとリースである。
二人は目ざとくこちらを見つけると躊躇う事無く歩み寄ってくる。
アレンはこれから起こるだろう面倒事に頭を抱え、それを見た全員が笑いを堪えた。
◇
アオイとステラは未だにディオキアに留まり、街を散策していた。
理由は簡単である。
ネオからの命令が一向に届かず、動く事が出来ないからだ。
さらにザフトの基地も近い。
仮にアオイ達の立場が露呈すればただでは済むまい。
つまり正体がばれるような迂闊な行動は取れない訳だ。
その為、アウルは相当イライラしている。
スティングがなだめてはいるのだが、部屋に留まっていても余計にストレスが溜まるだけ。
という事でアオイはステラと一緒に街の散策を行っていた。
ステラと共に海が見える位置をゆっくり歩く。
一見退屈に見えるかもしれないが、アオイは十分楽しい。
ステラも海が見えるのが余程嬉しいのか子供のようにはしゃいで笑っていた。
「アオイ、海!」
「うん、ここの海は綺麗だね」
きっと子供達もここ見たら喜ぶだろう。
そんな事を考えながらはぐれない様にステラと手を繋ぎながら歩く。
ステラは楽しそうに手を引かれながら海を眺め、アオイがそれを微笑ましく見ていると後ろから声を掛けられた。
「アオイ兄さん?」
振り返った先には荷物を持った少女。
それはアオイの知っている人物だった。
「ラナ……ラナじゃないか!」
彼女はラナ・ニーデル。
かつてアオイと一緒の施設にいた事のある少女である。
施設にいたころから大人しい性格ではあったが面倒見もよく、子供達と遊んでいたし、アオイの事も慕ってくれていた。
確か彼女はアオイがマサキに引き取られる前に、地球軍の士官に引き取られた筈だ。
何故こんな所にいるのだろうか?
笑顔で近寄ってくるラナにアオイはそのまま疑問をぶつけた。
「なんでラナがここにいるんだ?」
「えっと、色々あって……」
ラナは周囲を確認しながら言葉を濁らせる。
よほど話し難いらしい。
だがそれはアオイ達も同じ。
迂闊な事は言えない。
アオイは誤魔化すようにステラにラナの事を紹介する。
「ステラ、こっちは施設に一緒に居た事があるラナだよ」
「ステラ・ルーシェ」
「ラナです。よろしくお願いします」
ステラの事は今一緒に仕事をしていると説明して、出来るだけ人がいない方へ移動する。
ラナの雰囲気からあまり愉快な話ではない事を察したアオイはステラに海を見ているように言うと少し離れた。
近くのベンチに座り、彼女の口から語られたのは、予想通りの良くない類の話だった。
「……養父が戦死しました」
「ッ!?」
なんとなく彼女の様子から予想はしていた。
でも実際聞かされると堪える。
彼女の養父はガルナハンにいたらしい。
あそこはかなり強引に軍が占拠して作り上げた基地だ。
その為か現地の人たちにもかなり恨まれ、結果それがミネルバを含めたザフトを呼び込む事に繋がり、陥落させられた。
もちろん彼女の養父がそれに加担していたかは定かではない。
だがそれに巻き込まれたことだけは間違いなかった。
その件は家族を亡くした彼女には言えないし、言ったところで納得できる筈も無い。
大切な人を亡くしたという事実こそ彼女にとって一番重要な事の筈だからだ。
「じゃあディオキアには来たのは?」
「養父の知り合いを頼って……」
それ以上はラナの様子を見ていたら聞けなかった。
深く詮索しようにもアオイもまたファントムペインの一員だ。
変にボロが出ないように黙るしかなかった。
「そういえば、マサキおじさんも亡くなったって聞きました」
「……ああ、ザフトの―――インパルスの攻撃で」
「……そう、ですか……うっ、うう」
俯いたまま涙ぐむラナを少しでも慰めようと頭を撫でた。
ラナもまた義父さんの事を慕っていた。
ましや自分の養父も亡くしたとなれば、内心相当堪えているに違いない。
「ご、ごめんなさい、アオイ兄さんもつらい筈なのに」
「……俺は大丈夫だよ。区切りもつけた」
それもステラのおかげだ。
彼女がいてくれなかったら、義父さんの言葉も忘れ、憎しみに捉われていたに違いない。
「……そうですか。私も大丈夫です。やる事もありますから」
その時のラナの眼はかつての彼女からは想像できない程、深い悲しみと黒い憎しみに染まっていた。
「ラナ……」
彼女にはそんなものに囚われて欲しくなかった。
でも何と言えばいい?
しばらく海をみてはしゃぐステラの姿を見ながら二人で黙り込む。
アオイは意を決して立ち上がるとラナに向き合った。
「途中まで送っていくよ」
「……兄さん、ありがとう」
ラナの悲しげな、そして若干の暗さを残した笑みが気になった。
でもあえて何も言わずに立ち上がるとステラを呼んで歩きだした。
◇
ディオキアの街は活気に満ちていた。
人々が笑い、多くの人が行きかっている。
そんな中をシンは一人で歩いていた。
本来ならばセリスと来る予定だった。
しかし彼女は定期健診で来られず、他のメンバーはそれぞれに休暇を過ごすらしい。
そんな事情もありシンは一人で街を見ている訳だが、物足りない。
ヨウラン達でも誘えば良かっただろうか。
それに一人だと余計な事を思い出してしまう。
議長から聞いた、戦争を生みだしてきた者たち。
ロゴス。
思わず表情が強張り、拳を強く握ろうとして、直前で何とか自制する。
こんな街中で目立った事をして、問題を起こせばまたアレンやハイネに殴られる。
それだけはごめんだ。
それにしてもアレンに関しては思わず笑いがこみあげてくる。
結局あの後ティアとリースの二人も同じテーブルに座って、気まずそうに食事をとっていた。
ティアは終始嬉しそうだったし、リースもいつも通りだったそうなので、気まずそうにしていたのはアレン一人だったが。
当然そんな様子は周囲も興味津々だった訳であり、そこら中の視線を集めていた。
あれはしばらく兵士達の間でも噂になるに違いない。
アレンに関しては尊敬もしているし、凄いとも思っている。
でもどこか隙もなく完璧なイメージもあったのでこういう所を見ると親近感が持てた。
そんな朝の出来事を気分良く思い出していたシンの前にある意味で最悪の相手が現れた。
それは相手も同じだったらしく、不機嫌そうにこちらを見てくる。
「……なんでお前がここにいるんだよ、ジェイル」
「……休暇の間どこにいようが俺の勝手だろ」
よりにもよって何で休暇中にこいつと出会わなくてはならないのか。
自分の不運を嘆きながら、場所も忘れて睨みあう二人。
丁度その時、ラナを送るためにアオイ達もここを歩いていた。
本来ならば接点など持たない筈の彼らはついに出会う。
二組がすれ違いかけた瞬間、どこからか悲鳴が上がった。
「な、なんだ!?」
誰もが悲鳴の上がった方を見ると二人組の男が鞄を抱えてこちらに全力で走ってきた。
「どけぇ!」
「きゃ!」
「ステラ!?」
男達がアオイのそばにいたステラを突き飛ばすとそのまま走り去っていく。
倒れそうになったステラを抱え込むよう傍にいたジェイルが受け止めた。
「おい、大丈夫―――」
「ステラ、大丈夫!?」
「うん」
駆け寄ったアオイに笑みを返すステラに怪我がない事を確認すると逃げた男達の方を見る。
そこにはシンによって取り押さえられた男達の姿があった。
正確には足を掛けられて転ばされたというのが正しい。
「このガキがぁ!」
立ち上がりながらシンを睨みつけると即座に殴りかかる。
しかし、シンにとっては遅すぎた。
軍人として訓練を受け、実戦を経験した彼にとって素人に毛が生えた程度のパンチなどいくらでも捌ける。
シンはたやすく男の腕を掴んで捻りながら背後に回ると男は情けない悲鳴を上げた。
「いててて!」
「このガキ!」
仲間が簡単に抑えられて激昂したのか、もう一人の男がシン目掛けて殴りかかってきた。
シンは掴んだ男の腹にひざ蹴りを入れて突き飛ばすと殴りかかってきた相手に向き合う。
しかし―――
「危ない!」
そこに走り込んできたアオイの蹴りが思いっきり男の顔面を捉え後ろに吹き飛ばした。
カウンター気味に決まったのか、男は完全に昏倒して動かない。
倒れ込んだ男たちは周りにいた人達に取り押さえられる。
アオイは無茶な体勢で蹴りを放ったのが良くなかったらしく、バランスを崩し尻もちをつくように倒れた。
「おい、大丈夫かよ」
倒れたアオイにシンは手を差し出した。
「いてて、あ、うん、大丈夫」
アオイは差し出されたシンの手を掴む。
シン・アスカとアオイ・ミナト。
ここに運命の二人は出会った。
◇
男達は地元の警察に任せてシン達は海の見える海岸に移動していた。
というのも思った以上に大きな騒ぎになってしまい、目立ちたくなかったからだ。
「ステラを助けてくれてありがとう、俺はアオイ・ミナト」
「ラナ・ニーデルです」
穏やかな笑みを浮かべるアオイとかつてのマユを思い出させる年頃のラナにシンも特に警戒する事無く自己紹介を始めた。
「シン・アスカだ。彼女を助けたのは俺じゃなくてあいつ―――ジェイルだし」
肝心のジェイルは意外にもシン達についてきただけでなく、楽しそうに波と戯れるステラを近くで眺めている。
「シンは強いな、護身術でも習ってるのか?」
シンはビクッと体を震わせた。
あんな風に男達を押さえ込んだのだから、気になるのも当たり前かもしれない。
だがザフトの兵士だとバレると面倒な事になる。
「えっ、え~と、まあ、そんなところかな。アオイだってあの蹴りは凄かったじゃないか」
「俺のは見よう見真似だって。たまたま上手く決まったけどさ」
アオイは照れくさそうに頭をかいて苦笑いを浮かべた。
穏やかな雰囲気のままお互いの事を話し、雑談を交わしていく。
不思議な気分だった。
戦争が始まってから、仲間以外とこんな会話をするなんて思ってもいなかった。
ましてや彼らとは今さっき会ったばかりなのだ。
この感じはヨウランやヴィーノ達と話している時に似ている気がする。
それもアオイの人柄というか、話しやすい雰囲気も大きかったのだろう。
そしてラナとステラ。
彼女達は昔のマユの姿を思い出させた。
ラナは年齢に合わずしっかりしており、逆にステラは無邪気で微笑ましい。
まるで昔と今のマユ両方を見ているようだった。
だから余計に親近感が湧いたのだろう。
なんであれアオイはいい奴という事だけは短い間にも理解できた。
シンがそんな不思議な気分になっている頃、ジェイルもまた同じような感覚を味わっていた。
彼の前にはステラが嬉しそうに浅瀬ではしゃいでいる。
何と言うか癒される光景である。
前大戦で家族を亡くした後はひたすら力だけを求めて訓練に勤しみ、他の人間などに構わなかった。
だからこうして誰かの姿をただ見ているなんて、本当にらしくない。
そんな普段とは違う気分だったからか、自分から彼女に話しかけていた。
「なあ、そんなに海が好きなのか?」
「うん!」
迷いも何もない笑顔に思わずジェイルは見とれてしまった。
「……何を見とれているんだ、俺は。相手はナチュラルなんだぞ」
あまりに自分らしくない。
ジェイルは頭を振って余計な考えを追い出そうとするが、黙ってステラの笑顔を見ているとそんな事もどうでも良くなった。
ただずっと見ていたいような、不思議な気分だった。
そんな彼の様子に気がつく事無く、ステラは再び海を駆け回り始めた。
そうして穏やかに時間は過ぎていく。
だがそんな時間も長くは続かず、終わりが近づいていた。
「シン達は旅行者なのか? 地元の人間には見えないけど」
「ああ、まあね。アオイ達は?」
「俺とステラは仲間達と仕事の関系でディオキアに来たんだ。ラナは―――」
アオイは一瞬言葉を詰まらせるものの、すぐに言いなおそうとしたがその前にラナが暗い声で口を開いた。
「……私の養父が戦争で亡くなったので、知り合いを頼ってここに」
ラナの冷たさすら持った言葉にシンの表情は凍りついた。
家族が戦争で亡くなった?
「……ザフト攻撃で。この街の人達はザフトに友好的みたいですけど私は」
それだけで彼女がザフトに対してどういう感情を抱いているかよく分かる。
ラナは膝の上においた両手を強く握りしめ、体は震えていた。
「私は彼らを決して許しません」
アオイやシンも何も言えず黙っているとラナは勢いよく立ちあがった。
「……ごめんなさい。私そろそろ行かないと。アオイ兄さん、久ぶりに会えて嬉しかったです。シンさんもお元気で」
「ラ、ラナ!」
立ちあがったラナはそのまま走って行ってしまう。
シンは何の反応もできない。
昨日とはまるで逆の気分だ。
デュランダルに認められ、誇らしかったものが一瞬で冷たくなった気がした。
「ごめんな、シン。ラナの事、悪く思わないでくれ」
「え、ああ、いや」
声が震えないようにするのがやっとだ。
それでもあの子の事だけは聞いておきたかった。
「……アオイはあの子―――ラナとはどういう関係か聞いてもいいか?」
「う~ん、そうだな。やっぱり家族というのが一番しっくりくる言い方かな。血の繋がりはないけど」
「えっ」
「俺達は戦争で家族を亡くした孤児で一緒の施設で育ったんだよ。でさ、施設でいつも面倒見てくれた地球軍の士官の人―――俺の義父さんなんだけど、その人が亡くなったって話をしたばかりで……ラナは感情的になってたんだ」
シンはそれ以上は何も聞けなかった。
ただあの子、ラナが自分達を憎んでいるだろう事だけは分かる。
自分もかつてはそうだったから。
だから一瞬だけ見えた彼女の表情に悲しみと憎しみが満ちていた事にすぐ気がついたのだ。
場が暗くなり誰も口を開かない。
どれだけそうしていたのか、太陽は傾き夕日が周囲を照らしている。
その時、道路から車のクラクションが鳴り響く。
アオイが振り向くとスティングとアウルが軽く手を振っているのが見えた。
どうやら迎えに来てくれたらしい。
「シン、どうやら俺達の迎えみたいだ。お~い、帰るよ、ステラ!」
砂浜にしゃがみ込んでいたステラが顔を上げ、ジェイルと一緒に歩いてくる。
そしてジェイルとシンに手に持っていたものを差し出した。
「これあげる」
「お、おう」
「え、ありがとう」
差し出されたのは小さな貝殻だ。
もしかすると助けた事に対する彼女なりのお礼なのかもしれない。
どこまでも無邪気な彼女らしいお礼だった。
「アオイ、戻ろう」
「うん。じゃあ、シン、ジェイル、ステラの事ありがとう。またどこかで会おうな」
アオイが笑みを浮かべるとジェイルはいつも通りの不機嫌顔で鼻を鳴らして横を向く。
「ふん、機会があればな」
そんなジェイルに苦笑しながらアオイはシンに向き合う。
「シン、またな」
「……ああ」
シンは差し出された手を握り、声の震えを抑えながら答えるので精一杯だった。
去っていくアオイ達の背中を見ながら思い出されるのはかつてアレンに言われた言葉だ。
《俺達はすでに撃たれた者ではなく、撃った者だって事だ》
《もしもこの先、お前の行動の結果によって大切な人を亡くした者が目の前に現れた時、どうするんだ?》
あの時の言葉が何度も脳裏に響く。
ザフトの攻撃で大切な人達を失った彼ら。
シン達の正体を知ったら彼らはどうするのだろうか?
罵倒するか。
それとも仇を討とうと銃を向けてくるのか。
なんであれシン達が何を言おうとも、奪われた彼らにこちらの言葉など通じない事だけは確かだろう。
もしも、仮に彼らが仇を討とうと銃を向けてきたらその時、シンはどうするのだろうか?
だがいくら考えても明確な答えなど出る事はなかった。
◇
アオイは車のシートにもたれかかると、ラナの事を考えていた。
知り合いを頼ると言っていたけど、どういう人なのだろうか?
その辺だけでも確認するべきだったかもしれない。
考え込むアオイにスティングが聞いてきた。
「アオイ、あいつらはなんだ?」
「旅行客だってさ。騒ぎに巻き込まれたところを助けてくれたんだよ」
「ふ~ん」
スティングとアウルはその話だけで興味を無くしたのか、それ以上は聞いてこなかった。
アオイは再びシートに身を任せて座り込むとステラが笑みを浮かべて手を差し出してくる。
「アオイ、これあげる」
「えっ」
ステラの手にあったのは先程二人に上げた物と同じ綺麗な貝殻だった。
「これ」
「アオイには一番綺麗なのをあげるね」
「ありがとう、ステラ。今日は楽しかった?」
「うん!」
色々あったけど、今日は出かけて正解だった。
シンやジェイルにも会えたし、ラナにも再会できた。
疲れた事もあったけど、ステラの笑顔だけで十分に癒される。
ラナの事は気になるが、今のアオイにはどうしようもない。
出来る事があるとすれば、せめてこれから先の幸せを願う事だけだった。
◇
部屋の窓からディオキアの夜景を眺めながらデュランダルは端末を操作していた。
こんな時でも彼は休まず仕事を続けている。
もはや職業病といえるかもしれないが、性分なのだから仕方がない。
そこに飲み物を持ったヘレンが入ってきた。
「少し休まれてはいかがですか?」
「ああ、そうだね。ありがとう、ヘレン」
デュランダルは作業の手を止めると、ヘレンが入れてくれた紅茶を飲む。
ヘレンはそのまま報告を開始する。
「宇宙でテストを行っていた『X56S/Θ』が母艦ごと消息を絶ちました。探索を行ったところ暗礁宙域にて戦闘の後らしき痕跡を確認。おそらく何者かによって破壊されたか奪取されたかと」
「テタルトスか、あるいはレイヴンか。他には何か?」
「例のシステムを『X23S』に搭載完了いたしました」
デュランダルはわずかに顔を顰めるがヘレンは構わず報告を続ける。
「それからミネルバに補給として運び込ませた予備のコアスプレンダーにも同じくシステムを搭載しておきました」
紅茶のカップを置くと鋭い視線でヘレンを見据える。
しかし彼女は涼しい顔だ。
「セリスの健診も異常はありませんでしたから、機体の最終調整が終わり次第、データの収集を開始します。近々丁度良い相手も現れるでしょうから」
「アークエンジェルか」
「はい。オーブから出港した事を確認しています。ただ『X23S』、コアスプレンダー共にシステム最終調整に時間がかかっておりますのでアークエンジェルと相対する時までに間に合うかどうかは分かりませんが」
ヘレンの報告が終わると同時に再び端末のスイッチを入れると残った仕事に手をつける。
そんなデュランダルを眺めながらヘレンはそばに立ち続けていた。